No.288

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金色の曼珠沙華-005-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

#シリーズ物 #ウェブ再録

 違和感に気づいたのは、四限が終わりを迎える頃。 昼食前の体育は空腹感を煽って、体力的にも精神的にも…

金色の曼珠沙華

金色の曼珠沙華-005-


 違和感に気づいたのは、四限が終わりを迎える頃。
 昼食前の体育は空腹感を煽って、体力的にも精神的にも疲弊感が募る。
 チームを組んでのバスケットボールは、いつも十座のいるところが勝ってしまう。というのも、誰もディフェンスに来られないからだ。
 ドリブルをしても、シュートをしても、誰も手を出してこない。パスを受けるチームメイトさえが眼力で怯え、ろくにアシストしてやれない。
 チーム戦が苦手だというのは以前からで、あまり楽しいものでもなかった。それでも体を動かすのは好きで、何とかコート上を走ろうとしたのだが。
「……?」
 足首に時折鈍い痛みが走る。軸足にして体を翻すとき、足を踏み込むとき、ズキリと痛む。
 我慢できないほどではないが、普段にはないせいで、意識がそちらに向かってしまった。
(足、もしかしてどっかでひねったのか……?)
 今の授業でか、それとも朝のランニングの時か。
 十座はほんの少し考え込み、ハーフタイムまで待とうとボールの行方を視線で追う。こちらにパスは回ってきそうにないと、歩調を緩めた。
(稽古までに治るか……? あんまり動かさない方がいいんだよな、多分……)
 体育の授業よりも、断然稽古の方が大事だ。今日は朝の稽古がなかったし、夕食後の稽古に参加できない事態など御免である。
 もっと上手くなりたいと朝思ったばかりなのに、鍛錬を怠ることはできない。
 十座は休憩になったのを機に、チームを抜けた。「先生」と話しかけた教師までもが、ビク、と体を強張らせたのには、思わず苦笑してしまった。
「ぬ、抜けるのか。じゃあ誰か交代……田崎、お前入れ。保健室行かないでいいのか?」
「……平気っす」
 ハーフタイム終了とともに、コート外でプレーを見ていたクラスメイトが、代わりにコートに入っていく。
 それまで十座と組んでいたチームメイトたちの顔が、明らかに安堵したものに変わった。たとえ勝てなくても、のびのびプレーしたいのだろう。
 その気持ちは、十座にもよく分かる。たとえどんなに下手くそでも、のびのびと芝居がしたい。
(秋組の連中は、俺を怖がるとかしねぇもんな……他の組のヤツらも、会話の中に入れてくれっし……)
 十座は体育館の隅に腰を下ろし、どちらのチームを応援するでもなく、再開したゲームを眺めていた。
 ボールが床を叩く音、シューズが床をこする音、ボールを受け止めてゴールネットが音を立て、歓声が上がる。
(殺陣がうまくいくたびに、客席から歓声が上がる。それに気づくのは最初の方だけで、夢中になってくると全然聞こえなくなるけど……幕が下りて、でけぇ拍手が聞こえるんだ。あれは、すげぇ)
 一度知ってしまったあの快感を、忘れることなんてできない。
 誰になんと言われようと、この先何があろうと、芝居を続けていたい。
(似てんな、どれもこれも。一度知ったら、抜け出せねぇ……)
 あんみつの美味しさを知っている。
 芝居の楽しさを知ってしまった。
 恋情を覚えてしまった。
 十座はじっと手を眺め、あんみつを食べるための、芝居の仕草のためのこの手で、左京を抱き締められたらいいのにと眉を寄せて、口唇を噛んだ。
 できるわけもないと、ぎゅっと握りしめてゆっくりと息を吐き出す。
(あのひとを抱き締めたら、どんな感触なんだ……。なんか芝居の役の上でも、そういうのありゃあいいんだが、……って、んなこと考えてるって知られたら、張り倒されるな)
 大好きな芝居を、そんなことのためには使えない。
 そこまで思って、項垂れた。
 そんなことでは済ませられないほど、気持ちは大きくなってしまっている。
 芝居をすることが好き。古市左京が好き。
 芝居をすることで、より深く左京を好きになってしまう。
 左京を好きになることで、より広く芝居に興味が出てしまう。
 それらを切り離して、どちらかを諦めることなどできやしない。もうそんなところまで、想いは成長してしまっていた。
(どうすりゃいいんだ……いっそ言っちまった方が楽になれんのか? 抱き締めたいって、触れてみたいって、……アンタが好きだって?)
 言えるわけねぇ、と大きく息を吐く。
 良くて殴られて終わる。悪くて劇団から追い出される。
 どう考えたって、幸福なことにはなりそうもない。
(今は、傍で見ていられるだけでいい。稽古の時だって一緒だし、時間が空いてりゃ自主練につきあってくれる。……それで、満足してろ)
 いつかそれだけでは満足できなくなるのだとしても、今十座が左京に求めていいのはそこまで。芝居に打ち込んでいれば、少なくとも左京の不興を買うことはないはずだ。
(夜の稽古は……一緒にできればいい……)
 それだけでいい。何度も何度も自分に言い聞かせて、呟きそうになる好きだの三文字を、無理やり飲み込んだ。


#シリーズ物 #ウェブ再録