華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.289
金色の曼珠沙華 2017.10.01
#シリーズ物 #ウェブ再録
周り中が敵だらけだ、と顎を伝ってきた汗を拭う。背中を合わせた男からも、緊張が伝わってきた。生きるか…
金色の曼珠沙華
favorite いいね ありがとうございます! 2017.10.01 No.289
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周り中が敵だらけだ、と顎を伝ってきた汗を拭う。背中を合わせた男からも、緊張が伝わってきた。生きるか、死ぬか。今自分たちはその狭間にいた。
『ランスキー、表はやっぱり固められてるぜ。どうする』
『……どうするもこうするも、突破するしかないだろう。ルチアーノ』
そう返せば、男は口の端を楽しそうに上げて、弾の装填をした。こんな状況で笑っていられる神経が理解できないと、小さく息を吐く。
『だーな。早いところこんなとこ抜け出して、いい女抱きてーわ』
『生きて帰って美女を抱く者こそが勝利者、か。お前そればっかりだな』
『うるせーよ』
もう一丁の拳銃にも装填を終えて、セーフティを外す。その小さな仕草が、昨日とは違っていた。
何げない仕草のはずなのに、少し胸が高鳴ったなんて、とてもじゃないが認めたくない。
これはそうだ、あれだ、敵の中を突っ切らなければいけない状況で、アドレナリンが放出しているせいだ。そうに決まっている。
『行くぞ』
『うっせ、指図すんな!』
二人で、同時に床を蹴る。銃身から飛び出していく弾丸は、敵の心臓を貫いた。
だけど向こうも怯まない。数に物を言わせてこちらを始末する気だ。
弾にだって限度があると、ランスキーは突破口を探す。その頬の数ミリ横を、ルチアーノの放った弾丸が掠めていった。風圧でか、頬が切れて血が流れ落ちてくる。
その弾を撃ち放った張本人は、それくらい避けろやとでも言わんばかりに笑っている。ランスキーは仕返しにと、ルチアーノに銃口を向けた。
それでもルチアーノが慌てることはない。知っているからだ。ランスキーの銃口が狙っているのは自分ではないことを。
『右!』
ランスキーの声とともに、ルチアーノは頭を右へと傾ける。それと同時かもしくはそれよりも早く、引き金を引いていた。
ルチアーノの後ろにいた敵が弾丸に倒れ、ルチアーノは避けた勢いで、右側に身を転がして敵からの弾丸を避け、ランスキーの足下を狙った。
彼が敵を蹴り上げるタイミングに合わせ放った弾丸は、その向こうにいた敵の足を撃ち抜いた。
素早く身を起こし、タ、タ、タンとまるでダンスでも踊るかのように、床の上でステップを踏む。無防備な背中を、敵を蹴り飛ばしたランスキーが自身の背で守った。もっとも、ルチアーノの背中でランスキーの背も守られているわけだが。
ルチアーノが左腕をそっと押さえる。言葉にこそしなかったが、打たれたのだろうと推察したランスキーは、そこをさらに狙われたりしないように、庇って体をズラした。
『ランスキー、五秒、援護しな!』
『あァ!? なに言ってやがんだ、ルチアーノ、おいっ!』
答えも聞かずに、ルチアーノは突破口にできそうな場所を突っ走っていってしまう。
勝手な男だ、と思いつつも、ランスキーは彼の進路を邪魔する敵たちを撃ち抜いていった。
「なあ、ちょっと休憩挟まねぇ?」
「あ、ああ……ちょっと走りすぎたな……」
ルチアーノとランスキーから、摂津万里と兵頭十座に戻る。
熱が入りすぎたのはふたりとも自覚していて、自分に戻った途端汗が不快に感じられた。今すぐここで冷たいシャワーを浴びたいくらいだ。まあそんなことできるわけもなく、シャツの襟でぱたぱた仰ぐくらいしかできないのだけれども。
(足首……やっぱりちょっと痛むな)
十座はわずかに眉を寄せ、ジクジクと痛む足首に視線をやった。役に集中している間は気にならなかったが、兵頭十座に戻った途端痛みを認識してしまった。
「かっけ~ッス二人とも~!」
「あ? トーゼンだろ」
「ああ、タオル悪いな太一」
これくらいヨユーだよ、と太一からタオルを受け取る万里を尻目に、十座もまた太一からタオルを受け取り、鏡張りになった壁の傍に腰を下ろす。
そこにドリンクを置いていたというだけで、別に――左京の傍に腰を下ろしたわけではない。
十座はそうしてから気がつき、気まずい思いを隠そうとタオルで汗をかいた顔を拭った。
(頭ん中でこの人どうこうしてるなんて……誰にも知られたくねぇ)
左京をネタに欲を放てば、終わった後は、罪悪感と背徳感と情けなさと、嫌悪感さえ襲ってくる。夜を越えてしまえば、また左京を欲してしまう自分が、なんとも浅ましい。
「随分入り込んでたな、兵頭」
その左京に声をかけられて、十座は飛びはねそうな心臓をジャージの上から押さえ込んだ。気づかれないように、ゆっくりと左京を振り仰ぐ。
「せ、摂津のヤローがアドリブ入れてくるんで、なりきらないとやってらんねぇんす」
「ああ、切り返しがスムーズだったな。上手くなったじゃねぇか」
左京の声のトーンが少し上がる。演技指導をしている弟子の成長が嬉しいのだろうか。いくら十座が鈍くても、それがお為ごかしでないことは分かる。
上手くなった。たったそれだけの言葉が、嬉しい。昇天しそうなほど、嬉しい。
(左京さん……)
もっと観てもらいたい。もっとアドバイスしてほしい。同じ舞台で、同じ世界で演じていたい。
一回りも歳が違う自分が、左京とつながっていられるものはこれしかない。だから誰に笑われようと、そしられようと、演劇の世界からは離れたくないのだ。
たとえ、生涯に一度の恋を押し込めて我慢して、諦めてでも。
「そういやお前、足首は大丈夫なのか?」
「え?」
「さっき左足庇ってただろう」
十座は、左京を振り仰いで目を瞠る。確かに今日、いつの時点かで足首を痛めたのは事実だが、それは誰にも言ってない。
「俺に休めって言う前に、自分の心配するんだな。足の痛みを甘く見んなよ」
「し、湿布は貼ったんで……多分大丈夫だと思うっす。まだできる」
「まあ言っても聞かねえだろうとは思ってたが……続けるんだったら、殺陣は控えろ」
左京だけが気づいてくれたのかと思うと、浮かれそうなほど嬉しい。心配してくれる左京が、やっぱり大好きだ。
(我慢しようって決めた直後にこれだ……勘弁してくれ、左京さん)
胸が締めつけられる。
左京の気遣いは、純粋に仲間への想いであって、十座のような恋情があるわけではない。
それは分かっているのに、また左京への想いが大きくなってしまった。
#シリーズ物 #ウェブ再録