その瞳に映るもの

この記事は約5分で読めます。

キスをするとき、いつも最初に目を閉じるのは跡部の方だった。
以前一度、「目を閉じろよ」と言ってはみたのだが、「お前の顔を見ていたい」と恥ずかしげもなく返してきた男に、それ以上何をどう言えばいいのか分からず、今もまだ続いている。
今回こそ先に閉じてはやるものかと思っているのに、両頬をがっちりと掴んでくる手の温もりと強引に押し入ってくる舌先の熱さに翻弄されてつい目を伏せてしまうのだ。

そして今日も、負けた。

「んっ、んんぅ……っ」

絡めた舌を吸われて、ビクリと肩が揺れる。それに気づいてか、少し唇を離してあやすように上顎を舐めてくる。これは止まりそうもないなと若干諦念を込めて、手塚の背中に腕を回した。
そのままぐいと引き寄せ、手塚ごとベッドへと倒れ込む。僅かに跳ねた体を、マットレスと手塚の腕に抱き留められた。

「いいのか?」
「駄目だって言って止まるもんじゃねーだろ」
「お前が本当に嫌なら、しない」

そういう言い方はずるいぜと、手塚を見上げる。そっと両手を伸ばして、手塚の眼鏡を外してやった。手塚を家に呼んだ時点で、こうなることは予測がついていたし、期待していなかったわけでもない。お互いに想い合う者同士なら、触れ合いたがって当然だ。

「抱きな、手塚」

手塚の唇が額に触れてくる。指先は互いのシャツのボタンをもどかしげに外し、抜かれたネクタイがベッドの隅へと放られた。
唇を離しているのが寂しいとでも言いたげに、何度も何度もキスを交わす。触れる部分を、角度を変えて、浅く、深く。

「はっ……ぁあ」

胸を探っていた手塚に胸の突起を気づかれて、つまみ上げられる。背中を走り抜けた快楽に、跡部は思わずのけぞった。

「相変わらず敏感だな、跡部。少し触っただけだぞ」
「うるせぇ……好きなやつに触られて気持ちいいのなんか、どうしようもねえじゃねーの」
「お前の恥ずかしがる顔を見るのは楽しいな」
「悪趣味だぜ」

それでも構わないと、両方の乳首を責め立ててくる。歯を食いしばって堪えるけれど、指先でころころと転がされ、押し潰され、つまみ上げられ、挙げ句は舌先にねっとりと包み込まれれば、矜持なんてすぐに瓦解してしまう。

「んぁ、あ、あっ、あ……馬鹿、手塚っ……歯ぁ、立て、んな……ッ」

僅かな痛みと、じれったい快感。ちゅっと吸い上げられて、腰がずくずくと疼いた。自分がこんなに快楽に弱いなんて知りたくなかった、と顔を覆うけれど、気がついた手塚に手のひらを剥ぎ取られる。

「隠すな、跡部」
「見れる体勢でもなかっただろ……」
「見える」

胸に顔を埋めた状態でかと返してやりたかったが、手塚ならどんな体勢でも見れてしまいそうでやめておいた。ある意味、手塚も眼力を使えるのではないかと思ってしまう。

「お前のどんな表情も見逃したくない。隠さないでくれ」

至極真面目に囁かれ、カアッと体中の熱が上がる。この男は普段寡黙なくせに、こんなときに不意打ちを食らわせてくる。本当にタチが悪いと、跡部は両手をベッドに投げ出した。

「~~~~ああもう、好きにしやがれ」
「お前のそういうところは、本当にタチが悪いな」
「テメーに言われたら終わりじゃねーの……っ」

つう……と指先で胸のラインをなぞりながらため息をつく手塚に、蹴りでも入れてやろうかと思った。しかし不利な体勢なのは自分の方だ。ここは素直に身を任せておいてやろうと目を瞬く。

「手塚、もっと触れよ……お前が触れてないとこ残したら承知しねーぜ」
「分かった。任せてもらおう」

煽れば、手塚の瞳に獣のような灯火が宿る。跡部はぞくりと背筋を震わせた。テニスをしているときよりもっと顕著に表れる熱情に、跡部の方こそ煽られる。
手塚の手のひらが、指先が、体のラインをなぞる。舌先が腹の筋をたどり、唇はそこかしこに痕を残す。炎を溶かし込まれたような熱さに、跡部は吐息を荒らげた。

「手塚、っも……焦らしてんじゃ、ねえ、あ、あんっ……う、はあっ、あァ……ッ」

太腿にいくつもの痕が散らばる。膝に歯を立てられて、カクリと腰が揺れる。ふくらはぎを撫で上げつつ、手塚は立ち上がった雄を唇で愛撫し始めた。せり上がってくる快感にのけぞり、湿った吐息で寝室の空気を揺らす。
ちゅぷ、ぢゅぷ、とわざと音を立てながらの口淫が、恥ずかしくてたまらない。だけどやめないでほしい。

「あっ、あぁっ、や、手塚っ……いや、駄目だ、指っ……」

さらに追い打ちをかけるように、指先が侵入してくる。何度か受け入れたことがあるとはいえ、この違和感は慣れるものでもない。かき回されて押し広げられ、脚が踊る。

「ん、んん……っはぁ、は、っく、ぁう、あ……そこ、いやだ、そこっ……手塚ぁ……っ」

ふるふると首を振り、縋るように名を呼ぶ。まったく情けないことだと思うが、今の跡部にそれをどうにかする余裕などない。根元から先端へべろりと舌で舐め上げられ、ぎゅっと強くシーツを握りしめた。

「指では……これ以上奥にいけない。跡部、触れてないところを残すな、……だったな?」

濡れた唇を拭いながら、手塚がそう言い放つ。跡部はその声にすら反応して、ぞくぞくと背筋を震わせた。これから与えられるさらなる快感に期待が高まる。片足を自ら持ち上げて広げ、吐息で誘ってみせた。

「ん……ッ、んんっ……あぁ、あ、あ」

熱の塊が押し入ってくるようだ。呼吸のリズムを合わせ、お互いがいちばん苦しくないタイミングで深く深く繋がる。

「跡部、大丈夫か?」
「あ、ああ、平気、だ……いいぜ、動いても」
「すまない、ゆっくりするから」

それはそれで焦れったいんだがと言いたいが、引き抜かれていく手塚に自分の内部が連れていかれそうで息を呑む。そうしてまた押し込まれ、奥を突かれて高い声を上げた。

「……っひ、あう、ああッ、あ……――ぁ、手塚、手塚……っ」

浅く、深く、揺すられて息が上がる。動くたびに快感が上乗せされて、これ以上はないと思ったところへさらに追加された。

「跡部……っ」
「いい、だめだそこ、これ、以上っ……あぁっ、あ、あ、っは……あぁ……ん」

目の前がチカチカと光って、頭の中が真っ白になったかのようだった。お互い大きく息をして、ゆっくりと整えていく。力が抜けたらしい手塚の体の重みにさえ、満たされていく気分だ。
広いベッドに寝転んだ手塚に乗り上げて、唇にキスをする。手塚の手のひらが、あやすように背を撫でてくれる。唇を離して顔を上げたら、手塚はやっぱり目を閉じてはいなかった。

「ふ……そんなに俺の顔好きかよ、手塚ァ」
「ああ、好きだな」

素直に認められて面食らうが、悪い気はしない。跡部は手塚の手を取り、自分の頬に添えさせた。

「じゃあ、見てな。もっと近くで――ずっと」

そうして唇を寄せていくけれど、閉じられない目蓋を気にすることはもうなかった。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました