No.468, No.467, No.466, No.465, No.464, No.463, No.4627件]

(対象画像がありません)

恋するうさぎはメンドクサイ-004-

千至WEB再録 2020.05.31

#千至 #片想い #ウェブ再録

「いいもの飲んでるな、茅ヶ崎」「あれ、先輩も飲みにきたんですか」「……こんばんは卯木さん」「どうも。…

千至WEB再録

恋するうさぎはメンドクサイ-004-

「いいもの飲んでるな、茅ヶ崎」
「あれ、先輩も飲みにきたんですか」
「……こんばんは卯木さん」
「どうも。隣、いいかな? 眠れなくて」
 俺がちゃんと笑って声をかけてやったのに、外岡は眉を顰めて茅ヶ崎の腰から手を離し、わざとらしい笑みを向けてきた。いいところで邪魔しやがってってところかな?
「珍しいですね、先輩が眠れないとか。緊張してるんですか?」
 昼間あんなに緊張してたヤツに言われたくない。お前の貞操を守ってやろうっていうのに、分からないのか?
 それとも……奪われたかったのか……?
 ひょっとして俺のしていることは本当に余計なお節介なんだろうか。日本のことわざ……なんだっけ、あれ、焼け木杭に火がつく、という……。
 茅ヶ崎は、もしかして外岡のこと好きだった……?
 ……なんてことだ、その可能性を少しも考えていなかった。あれだけ傷ついたのは、信頼していたからだろう。恋情も含まれていたのかもしれない。その男と再会して、昔のことでも話していれば、あの頃の想いがよみがえってくるということもある。……のか?
「先輩なに飲みます? ウォッカベース好きでしたよね」
 茅ヶ崎の隣の椅子に腰をかければ、さりげなくオーダーを促してくれる。コイツのこういうところは好ましいな。というかウォッカベースが好きだと言った覚えもないんだけど。
 でもそれは真実で、自然と口元が緩んだ。俺のこと、気にかけてくれてたんだな、茅ヶ崎も。
「うーん、じゃあ……――カミカゼ」
 バーテンダーにそう告げると、かしこまりましたと軽く頷いて、ウォッカとホワイトキュラソー、ライムジュースをシェイクしてくれた。
「先輩、明日公演あるの忘れてませんよね……強めじゃないですか、それ」
「景気づけだよ。ライムが聞いててさっぱりするし」
「お酒強いんですね。……ところで卯木さんは、カクテル言葉をご存じで?」
 外岡が茅ヶ崎の向こうから俺に声をかけてくる。声をかけるだけで、茅ヶ崎にそんなに顔を寄せる必要があるのか?
 しかしこの男、意外にもその存在を知っていたんだな。じゃあ、俺がカミカゼをオーダーした理由も分かってるわけだ。
「へぇ……そんなのあるんですか。花言葉みたいなものかな」
「ええ、あるんですよ。知ってる相手同士なら、それで会話をすることだって可能ですね」
 カミカゼのカクテル言葉は――きみを救う。
 オオカミに狙われたうさぎちゃん……いやうさぎは俺か。狙われた茅ヶ崎を、救うよっていうこと。まあ茅ヶ崎が知ってるとは思わないけどね。
「たとえばこれなんか。ウイスキーフロートなんですけど、カクテル言葉は楽しい関係。チガの飲んでるインペリアル・フィズは楽しい会話」
「いやお前との会話なんてちっとも楽しくねーわ」
「そう言うなって。久しぶりなんだからさ」
 言いながら、外岡は茅ヶ崎の背中をポンポン叩く。髪に触れたら許していなかった。下心丸出しで触るんじゃない。
 でも、良かった。茅ヶ崎はやっぱり外岡と一緒にいても楽しくないんだな。春組のみんなといた方がいい顔してるし。俺とランチ行ってる時の方がよほど可愛い。
 ……可愛い? なんだそれ。言葉のあやだな。茅ヶ崎が可愛いわけない。
 ともかくお前の出番じゃないんだよ、外岡。
「茅ヶ崎。それを飲んだら部屋に戻ろう。みんな心配するだろ。飲み足りないならコンビニでチューハイでも買ってやるから」
 茅ヶ崎にベタベタと触る外岡を引き剥がしてやりたい。お前はコイツの彼氏か。茅ヶ崎もなんで拒絶しないんだ? まさか高校時代からこうだったわけじゃないよな? いや、あり得るけど……。いちばん性に敏感な年頃だ。外岡が恋情どころか劣情をもって茅ヶ崎に触れていたとしたら――。
 ああ、なんだこの感じ。怒り……焦り? どうしてだ、誰に対して?
「ん……そうしようかな。外岡もいやがるし」
「おいチガ、お前なぁ……」
 茅ヶ崎はそう言って、残っていたフィズを飲み干す。外岡の目が、茅ヶ崎の喉元に釘付けになっていた。もちろんそこを掻き切ろうという殺意ではない。触れたがる劣情だ。ふざけるなよ本当に。
「せっかくのところ邪魔してしまってすみません、外岡さん。コイツ明日大事な公演なんで、連れていきますね」
「え、あ、ああ……そうですよね、明日は星井も観劇しますし。チガにとっては神的存在だもんな。緊張してトチるなよ」
「だーれに言ってんだ? じゃあね、おやすみ」
 茅ヶ崎はフンと不敵に笑って会計を頼み、腰を上げる。俺もそれに合わせて立ち上がった。
「お詫びに一杯奢りますよ。すみません、こちらの方にシャンディ・ガフを。チェックは俺に」
 バーテンダーにそう頼んで、目を細めて外岡に笑ってやれば、俺の意図には気づいたようだった。「無駄なこと」なんてカクテル言葉じゃ、ちょっとあからさまだったかな。まあでも、アイツのあからさまな下心よりはよほどマシだ。俺は茅ヶ崎を先に歩かせて後を追った。背中に突き刺さるような外岡の視線を受けながらね。
「先輩、コンビニ」
 追いついた俺の袖をつんと引っ張って、エレベーターを指す。本当に飲み足りないのか。仕方ないなと肩を竦め、エレベーターに乗り込んでエントランスの階を押してやった。
「ねえ、邪魔したかな」
「え? ああ、アイツですか。んー、助かりましたよ。もうちょっとしつこかったら、先輩にヘルプLIME送ろうかと思ってました」
「ふうん、アイツの下心には気づいてるんだ?」
「下……あんまり気にしないようにしてたのに、言葉にしないでくださいよ」
 茅ヶ崎がげんなりした顔になったところで、エレベーターがエントランスに着く。すぐ隣のコンビニに向かって、酒類のコーナーに足を運んだ。
「先輩も飲むでしょ、はい」
「買うの俺なんだけど。まあ、うん、飲もうかな」
 茅ヶ崎は勝手にプレミアムだかなんだかのビールを手渡してくる。飲んだことない銘柄だけど、まあいいか。
 茅ヶ崎はこれ好きなのかな? 覚えておこう。
「あと、ジャーキーとナッツとー、あ、これこれ」
「おいどさくさに紛れて課金カード持ってくるな。それは自分で買え」
 油断も隙もないな。いや、ある意味では隙がありすぎなんだけど。やっぱり外岡のことは気づいていたんだ、コイツ。
 ビールとつまみを買って、部屋に戻る。
「先輩、お風呂先にどうぞ」
「いや、俺は後でいいよ。先に入れ。酔って寝ないうちにな」
「先輩ほんと過保護。さすが孫大好きおじいちゃんですね」
「お前は俺の息子ポジだろ」
「それな。じゃ、先に入ってきますよ。早めに上がってくるんで」
「ごゆっくり」
 全く茅ヶ崎は、本当に危機感というものがない。外岡の気持ちに気づいていながら、どうして隣で酒なんか飲むんだ。俺に助けを求めるって言ったって、その時俺が動けなかったらどうするんだ?
 はぁ……今日は手遅れにならなくて良かったけど、アイツあの様子じゃ諦めてなさそうだしな……。あとで茅ヶ崎にキツく言っておこう。外岡には気を許すなって。
 というか、気に食わないのはもうひとつ。俺に助けを求めたらちゃんと来るって、なんの不思議もなく思っていそうなところだ。お前の失敗にいつでも付き合ってやれるほど暇じゃないんだけど?
 ……って、助けも求められないうちから心配して茅ヶ崎を捜してた俺が言えることじゃないか。
 でも、心配だったんだ。今日は昼間も緊張で様子がおかしかっただろ? またその緊張ぶり返してやけ酒でもしてたらって思うじゃないか。だから捜した。そのおかげで魔の手から救えたのはラッキーだと思ってるよ。
 あんなヤツに触らせたくない。子供っぽい独占欲なんかで茅ヶ崎を傷つけた男になんか。百歩譲って、高校時代のいざこざもなくちゃんと段階を踏んで茅ヶ崎へ想いを告げているならともかく、酒に力を借りようだなんて男じゃ駄目だ。
 ……なんだか、娘を嫁にやる親の心境だな。いや、少し違うか……茅ヶ崎は息子だし、結婚なんかしないし。……アイツも、いつかはするのかな。あの廃人ゲーマーの世話をできる女がいればいいね。すごくもやもやするけど。
 さっきからなんだか不可解な感情ばかりだ。
 民間人に、殺意に似た感情を抱いた。エモノを持っていたら――理性が押しとどめていなかったら、まずいことになっていたかもしれない。それは駄目だ、任務でもないのに。それに、犯行がバレるのも良くないけど、茅ヶ崎に関わるヤツなんだから、彼にも害が及ぶ。嫌疑をかけられて、劇団が潰れるようなことになったら、俺は今度こそ自分を許せない。
 茅ヶ崎を守りたいのに、それじゃ俺がアイツを窮地に立たせてしまうんだ。
 外岡のことは気に入らないが、生かしておいてやろう。


#千至 #片想い #ウェブ再録

(対象画像がありません)

恋するうさぎはメンドクサイ-003-

千至WEB再録 2020.05.31

#千至 #片想い #ウェブ再録

 そんなこんなで、ナイランのキャラとしてPR活動をしてみたけれど、やっぱり茅ヶ崎の様子がおかしい。い…

千至WEB再録

恋するうさぎはメンドクサイ-003-


 そんなこんなで、ナイランのキャラとしてPR活動をしてみたけれど、やっぱり茅ヶ崎の様子がおかしい。いつもなら俺たちに駄目出しするくせに、今の茅ヶ崎は逆に駄目出しされかねない。それは他のみんなも気づいていて、テンポが狂う。
 PRはなんとか無事に終えたけど、主演をなんとかしろとみんなに頼み込まれて、茅ヶ崎を連れ戻す役目を仰せつかった俺の身にもなってくれ、あの馬鹿。
 茅ヶ崎は誰にも何も言わずにどこかへ消えていたけれど、ああ、うん、たぶんあそこだろうな。
 いくらかの確信を持ってパーク内を歩く。まったく世話の焼けるヤツだ。主演があんなふうじゃ、成功するものも成功しやしない。
 なんだか悩んでいるような茅ヶ崎を見たくない――わけじゃないけど。面白いからね。
 でも、だからっていつまでも見ていたいわけでもないんだよ。俺の相棒である彼は、何事にもまっすぐで、純粋で、高潔な騎士だ。そうだろ? 茅ヶ崎。
 ああやっぱりここにいた。王の間だ。王座の前で、茅ヶ崎は跪いて何かを祈っているように見えた。その祈りを邪魔するのは心苦しいけど、みんなが心配するし早く連れ戻そう。
「やっぱりここか、茅ヶ崎。心配するから、一言くらい残していけ」
 茅ヶ崎が振り返る。ランスロットではない、茅ヶ崎の顔だ。……コイツ、顔だけはいいんだよな。
「咲也や監督さんが、でしょ」
 俺も心配するとは欠片も思わないわけか。可愛くない。
「……まあね。俺はお前の親父ってことらしいから、仕方なく迎えにきたんだよ」
 本音を隠して返してみれば、茅ヶ崎はなんでか苦笑する。
 よくここが分かりましたねと茅ヶ崎は言うが、なんで分からないと思うんだ? だってここ、あのランスロットの限定SSRの背景にそっくりだろ。茅ヶ崎なら、ここしかないと思ったんだけど。
「……ちょっとパワーをもらいにきたんです。ガチャの」
「ガチャの、ね……」
 茅ヶ崎は猫かぶるのは上手いけど、嘘は下手だ。ガチャのパワーをもらいにってのも嘘ではないだろうけど、大部分はそれじゃないだろ? こんな時くらい、素直に頼ってくれてもいいのにな。茅ヶ崎の中で、俺はまだ頼れる存在じゃないんだろうか……。
 俺では頼りにならないというなら――。
「捜したぜ――ランスロット」
 ごめんガウェイン、お前を貸してくれ。
 緊張しているランスロットに発破をかけるエチュードを仕掛ければ、茅ヶ崎――ランスロットが返してくれる。俺の大事な相棒だ。
「どんなことがあっても、お前ひとりじゃねえんだ。安心して楽しめよ」
 その言葉が、ガウェインのものなのか、それとも卯木千景としてのものなのかは分からない。でも、彼はハッとしたような顔をしてくれた。
「そろそろ時間だ。行こうぜ相棒。――新しい旅に」
「ああ」
 彼は肩の力を抜いて頷いてくれる。緩んだ口元が嬉しかった。
 これでもう、大丈夫だろう。茅ヶ崎は分かったはずだ。一人ではないのだからと。
「急にエチュード仕掛けてくるなんて……。先輩、いつからそんなに演劇好きになったんです?」
 素に戻った茅ヶ崎が、むくれて睨みつけてくる。さっきまでの高潔な騎士はいったいどこへ行ったのやら。
「さあね。でも演劇馬鹿のお前には負けるかな」
「……そうですね。俺の方が少し長いんだし、そう簡単に負けちゃたまんないですよ。ここでは俺の方が先輩です。そんなわけで、さっきの芝居に駄目出ししていいですか?」
 いいですかと訊ねておきながら、駄目だと言っても聞きそうにない勢いだ。俺は一応はいはいと返しておいた。
 こういう負けず嫌いなところがあるから、茅ヶ崎は構い甲斐があるんだ。
「手の角度もう少しこっちに。ガウェインのかっこよさを最大限に活かしてください。あと台詞、もう少しランスロットを心配してるみたいに、あ、でもそれとは気づかせちゃ駄目なんで、そこんとこさじ加減が――」
 矢継ぎ早にぽんぽん飛び出してくる駄目出しに、思わず笑ってしまいそうだった。完全復活かな、茅ヶ崎。良かった。こっちの方がお前らしくて好きだよ。
 ……ん? ……んん。……間違ってはない。俺は別に茅ヶ崎のこと嫌いじゃないし、ちゃんと家族として大事に思ってるからな。
「ようやく終わったか。はぁ……それにしても、さっきは不意を突いたのに全然キャラがぶれなかったね、茅ヶ崎は。さすが」
「そりゃあ、長年ナイラン愛こじらせてるんで。誰にも負けませんよ」
「それだけ熱くて重いナイラン愛があれば、星井ディレクターにも届くんじゃないか。あのプレ公演の時みたいに。オズとのクロスオーバー公演、許可もぎ取ろうとしてたプレゼンみたいにね」
 真実の心というものは、ちゃんと届くのだと、俺はこの劇団に入って知った。教えてくれた茅ヶ崎が忘れちゃ駄目だろ。
「……ありがとうございます」
「……何が?」
「いーえ、別に」
 まったく素直じゃないな。いや、素直な茅ヶ崎は慣れてないから勘弁してほしいけど。
「さあ、戻ろう。みんな心配してた」
 ぽんと背中を叩いて、足を踏み出す。星井氏がくるからって変な緊張してPR活動もろくにできなかった――なんてことは、内緒にしておいてあげるよ。



 明日の公演に向けて、他のみんなは早く休んだようだった。でも茅ヶ崎はまだ落ち着かないらしくて、ホテルの部屋に戻ってこない。俺もね、一応は心配するんだよ。一言くらい残していけっていうのに、アイツときたら。馬鹿なの?
 また何か悩んでるんだったら、ちゃんと助けてやりたい。相棒として。
 とは言っても、捜すところなんてたかが知れている。ホテル近くのコンビニか、ホテルのロビーか、それともバーラウンジか。
 ロビーのソファにはいなかった。コンビニにもいなかった。一応二軒回ったんだけどね。となればあとはホテル上階のバーラウンジ。
 俺はエレベーターでその階を押し、飲んでるなら一杯くらい奢ってやろうかとも思う。飲みすぎてるなら引っ張ってこようと思う。
 まったく、俺がこんなだから過保護って言われるんだ。知ってるよ。万里や東さんがそう言ってるの。でも、仕方ないだろう。……大切なんだ。大切な、家族……なんだから。
 案の定、茅ヶ崎はバーにいた。カウンターでロングのグラスを握る姿が見える。他にも客はちらほらいるようなのに、アイツは目立つな。一人で飲んだりしたら、女から声かけられたりするんじゃないのか?
 だけど、俺の予想に反して茅ヶ崎の隣に女はいなかった。俺は想わず目を瞠る。
 断ったのではない。隣にちゃんと連れが――外岡がいるからだ。
 なんでだ? どうして、仲違いしたヤツと一緒に仲良くバーなんかにいるんだ? 茅ヶ崎の神経が信じられない。いや、そりゃ俺だって密と仲違いしていたことはあるけど、それは誤解だったわけで、そもそも今だってそんなに仲良くない。仲が良かったことなんて一度もないし。
 だけど話を聞く限りではアイツと外岡の件は誤解ではない。せっかく育んだ友情を粉々にされたんだろ。それなのに、どうしてそいつの隣で笑えるんだ?
 それに、気づいてないわけないだろ、茅ヶ崎。外岡はお前に気があるんだぞ。ちゃんとまずい方面でだ。あからさまに俺に敵意なんか向けて、独占欲丸出しの子供のまま成長してないじゃないか。
 そんなヤツと二人で酒だと? 危機感がないにもほどがある! 飲み過ぎて部屋に連れ込まれるのがオチだ。それどころか変な薬でも入れられてたらどうするんだ!?
 おいふざけてるのか外岡、その手はなんだ。茅ヶ崎も振り払え、腰の手を……っ!
 胃液がせり上がってきそうなほどの不快感。気がついた時には、二人が俺の目の前にいた。外岡が無害なら、邪魔するつもりはなかったんだけどな。


#千至 #片想い #ウェブ再録

(対象画像がありません)

恋するうさぎはメンドクサイ-002-

千至WEB再録 2020.05.31

#千至 #片想い #ウェブ再録

 場当たり稽古が終わった。ナイランはいつもの公演とはスタッフも違うから、みんなどうにも緊張はするらし…

千至WEB再録

恋するうさぎはメンドクサイ-002-

 場当たり稽古が終わった。ナイランはいつもの公演とはスタッフも違うから、みんなどうにも緊張はするらしくて、スムーズに行かないところもあったかな。だけどそれが新鮮な気持ちを連れてきてくれる。
 緊張というものは悪いことばかりではない。公演に慣れてしまった気持ちを引き締める意味では、ナイランは特別な公演と言えるかもしれない。
「どこに行ってもガチャ回してる」
「今回のガチャだけは出るまで引く。はい課金完了、からの十連!」
 茅ヶ崎はあんまり気が引き締まってないみたいだけど。いつもと変わらないな。出るまで引くのも、課金後最初はドブなのも。
「……まあ、久しぶりのランスロットを演じる緊張を隠しているようにも見えるけど」
「イタル、バラバラダヨ」
 バレバレかな、と突っ込みを入れつつ、「そういうわけじゃないけど」とこっそり否定をするあたりが茅ヶ崎らしい。
「そんなことより先輩。俺とガチャ勝負しません?」
 遠慮しとく、と即答してやった。話題を逸らすためもあったんだろうが、つきあってやる義理はないからな。そうしたら、茅ヶ崎は意味深に視線を流してきた。何か良からぬことでも企んでいそうな目だ。
 なんで今一瞬息が止まりそうだったんだ?
「今回の目玉が、ランスロットとガウェインだって言っても?」
 挑発的な笑みを向けてくる。それはランスロットの顔ではなく、間違いなく茅ヶ崎至のものだ。どうも今ソシャゲ版ナイランのガチャがⅣ限定らしい。シトロンがなぜか得意げに説明をしてくれる。
「そうそう。だから先にどっちかのSSR出した方が勝ちってことでどうですか?」
「物欲センサー出まくりの至さんが、千景さんに勝てるとは思わないっすけどね……」
「でも、Ⅳのキャラならやりたくなりますよね。オレもモードレッド引きたいです」
「ねえ、アンタは俺狙いで回して……」
 なんだかみんなガチャを回す雰囲気になってきたな。外堀を埋められるってのはこういうことか。
 どうするネ? とシトロンに訊ねられ、断り続ける方が面倒だなと悟った俺は、ため息交じりに茅ヶ崎の挑戦を受けてやった。
「今の俺は茅ヶ崎至ではありません。ランスロットですから。絶対先に引く」
「……ハッ、楽に勝てると思うなよ?」
 受けたからにはちゃんと勝負しないとね。俺も茅ヶ崎に挑発的な笑いを向けてやったら、ぱちぱちと目を瞬いて「望むところだ」と返してきた。
「ところで、勝負するのは構わないんだけど報酬はどうするんだ。勝った方には何かあるの?」
「うーん。考えてなかった。俺は先輩より先にSSR引ければいいので」
「やめるか」
「ちょ、待った待った。えーとじゃあ、俺が勝ったら今月のランチ全部先輩のオゴリで」
「俺が勝ったら?」
「仕方ないですね、今月のランチ全部オゴらせてあげます」
「えっと……それってつまりどっちにしろ千景さんが至さんにオゴるってことになってませんか?」
 遠慮がちな咲也の声に、バレた、と茅ヶ崎は舌を出す。また課金のしすぎか? 少しは学習すればいいのに、この馬鹿。
「分かったよ。じゃあ今月はずっと出張入れておこう」
「マジでやりそうだからアレだな……。ま、報酬は追い追いってことで」
 はいはい、と適当にあしらっておく。俺は別に報酬が欲しいわけじゃないからな。茅ヶ崎をからかって遊べたら、それでいい。
 なんていうか茅ヶ崎は、からかい甲斐があるっていうかないっていうか、子供っぽいところもあれば大人のズルさも知っている、そんな男だ。だから俺の嘘に乗っかってはこないくせに、引っかかったフリをして場をしのぐ。それが俺には心地いい。
 こんなやりとりさえ、口元が緩んでしまうくらいには。
 ふと、茅ヶ崎からの視線に気がつく。悪意でなく、もちろん好意なんかでもなく、ただ探るためだけの視線だ。なに? と問いかけるように視線を返してみれば、責めるような目をして逸らされた。なんなんだ、いったい。
「さすがに腹減ったっすねぇ」
「お腹ポコポコダヨ~」
「ペコペコですね」
「そうだね。どこかでお弁当買ってこようか」
「アンタの手作り弁当……食べるのもったいない」
「いやわたしのじゃないからね?」
 そんなことを言いながら、用意された楽屋へと向かう。この地域にしかないお弁当とかもあるだろう。それは楽しみだ。
 だけど、その気分を降下させるものがある。関係者以外入れないはずのそこに、劇団関係者じゃない男がいた。
「げっ……」
 隣の茅ヶ崎が、嫌そうな声を出す。それもそのはずだ。控え室で待ち受けていたのは、コイツの元親友。外岡氏。
 初演の頃に聞いた話じゃ、わりと仲がこじれたんだと思ったけどなんというか……面の皮が厚いな、外岡氏は。
「あからさまに嫌そうな顔するなよ、チガ」
 ……チガ、ね。他の誰もそんな呼び方はしないのに、この男だけが茅ヶ崎をそう呼ぶ。親友だったのなんて、昔のことだろうに。馴れ馴れしい。
「地方公演には来られないとうかがっていたんですけど……」
 さすがの監督さんも、不審そうな顔を隠していない。まあ彼女は隠そうとしても無理だろうけど。演技力があれじゃあね。しかしこの男、なんでこんなところに? 仕事……だろうか。
「実は、ちょっと相談がありまして」
 どうやら仕事ではあるらしい。公演に関係あることなら、別にお前じゃなくてもいいと思うけどね。なんだかんだで、茅ヶ崎に逢いにきたんじゃないのか? ケンカ別れしておいて、こっちは未練たらたらな彼氏みたいな感じだな。
 ……なんだ? 今、すごく嫌な気分だ。あの男の顔を見ていたくない。だけど今ここで楽屋を出ていけば、妙なことになる可能性が高い。俺は太ももの横で軽く拳を握るだけにしておいた。
 懐柔するつもりなのか、外岡は高級な弁当まで用意していた。いや、それは星井氏の差し入れだから、コイツは関係ないんだが。その星井氏も今回の公演を観に来ると告げられて、茅ヶ崎が固まってるのが面白い。本当にナイランが好きなんだな。
 でもキュウリを肉と言い張って食べるのはどうしたものか。公演大丈夫か? まあ、俺がフォローするけどね。
 ところでさっきから外岡の視線が向かってきている気がするんだが。
 最初は、俺の隣でそわそわ食ってる茅ヶ崎を見ているのかと思ったけど、違うな。あれは、俺への敵意だ。敵意? なんでアイツが? まさか組織のことに関連しているんじゃないだろうな。正体がバレているなら消すけど……いや、どうもそういう雰囲気じゃないな……。
「茅ヶ崎、こぼすなよ」
「わ、わか、わかってますよ」
 ペットボトルをつかむ手さえ危なっかしい茅ヶ崎を横目で見て、ボトルの底を支えてやる。外岡の視線が一気に鋭くなったことに気がついた。
 おやおや。これは。……なるほど、そういう意味の視線か。俺のチガに構うなってとこかな? 誰がお前のだ。気分が悪い。
「そういえば、さきほど相談があるとおっしゃってましたが……星井さんのことですか?」
 監督さんの声に、やっと外岡の視線が外れる。
「ああ、いえ……実は、舞台のPR活動にご協力いただけないかと」
「PR活動って……まさか」
 外岡の相談事に、茅ヶ崎の顔が曇る。公演前に役者のやる気削いでどうするんだ。馬鹿か。
「今回こそ、ぜひ《たるち》に宣伝協力を――」
「お断りします」
 茅ヶ崎が何かを言う前に、監督さんが全力で拒絶する。彼女のこういうところ、好感が持てるよね。
「やらないって前にも言った。監督を困らせるな」
 真澄も真澄で、監督さんを理由にはしているけど、茅ヶ崎に視線をくれたのは見逃してない。素直じゃないな、真澄も。
「そうでしたっけ?」
 しかしこの男は性懲りもなくすっとぼけている。さすがに俺も口を開いたよ。
「そもそも契約書にはプロモーション活動への協力なんて項目はなかったと思いますが? 天下のエンドリンクス社が、まさかそんな大事なこと忘れるはずもないですし」
 目一杯の笑顔を向けてやったつもりだ。嘘は言ってないし、監督さんたちも言ってるように《たるち》を表に出させるつもりはない。裏の顔、というものの重要性を、俺はここにいる誰よりも知っている。
「……冗談ですよ」
 どうして外岡は、俺にだけ睨んでくるんだ。楽しくなってくるだろう。……何か誤解されているのかな、もしかして。
 ああ、そういえばコイツは高校時代も同じようなことしてたんだっけ? 茅ヶ崎が自分以外と仲良くしてるのが面白くなくて、本性をバラした、ってね……変わってないじゃないか。茅ヶ崎、大丈夫か? 仕事とはいえ、こんなのと関わって。
「近くでナイランの公式イベントを行っていまして。皆さんにも少し顔を出していただけないかと。ナイランのロケハンに使ったところですよ。チガなら分かるだろ? っていうか、公式イベントなんだから知ってるだろ」
「ああ……まあ。公演終わったら覗こうかと思ってたけど」
 話を振られて、茅ヶ崎が面倒そうに答える。
 確かに茅ヶ崎がチェックしてないわけはないんだ。公演場所の近く、公式イベント、ロケハンで使った聖地、なんて、オタク心をくすぐるだろ。
 それにしてもあの男、仕事のはずなのに茅ヶ崎をチガと呼ぶのはいただけないな。公私混同するな。
 茅ヶ崎の声にいつもの覇気がないのは、あの男のせいだけじゃないと思うけどね。
 まあなんだかんだでPR活動に協力することにはなってしまった。外岡が絡んでなきゃ、純粋に楽しめたのにな。

#千至 #片想い #ウェブ再録

(対象画像がありません)

恋するうさぎはメンドクサイ-001-

千至WEB再録 2020.05.31

#千至 #片想い #ウェブ再録

 はじめに印象に残ったのは、あのピンクアゲートのような瞳だった。 口許は笑っていながらも、その美しい…

千至WEB再録

恋するうさぎはメンドクサイ-001-


 はじめに印象に残ったのは、あのピンクアゲートのような瞳だった。
 口許は笑っていながらも、その美しい瞳は笑っておらず、鮮やかなピンクはどこか冷めているように感じられた。それでも内に何かを秘めているような揺らめきを何度か見たのを覚えている。
 この男は何かを隠している――はじめは警戒、次には興味。組織の任務に支障を来すようなものではなかったのが残念だが、その仮面はなんのために付けているのか気になった。
 剥がしてやりたい。そう思ったこともあったけれど、その時の俺には何よりも大事な使命があった。オーガストの仇を討つ。ただそれだけのために生きて、終わった後のことは何も考えられなかったんだ。
 結局それは真実を知らなかった俺の空回りだったわけだけど、まさかあの炎みたいな感情の先に、こんなことが待っているなんて思わなかったよ。



「千景さん、すみません運転してもらっちゃって。疲れてませんか?」
「ん? ああ大丈夫だよこのくらい。監督さんの運転する車に乗るくらいならね」
「どういう意味ですかっ」
「ははは。帰りは茅ヶ崎に運転させるし、問題ないよ」
「うげ」
 急に名前を出された茅ヶ崎が、蛙を踏み潰したような声を出す。コイツのどこが弊社の王子様なんだろう?
 今日は、MANKAIカンパニー春組の地方公演だ。公演自体は何度もやってて、もちろん他の組も地方に出掛けて公演している。衣装や道具は事前に遠征先に送るけど、それでも思い出したように必要な物が増えていく。そんな時は車での移動になっちゃうんだよね。重い荷物抱えて移動して、遠征先の関係者に挨拶して場当たりして、なんて、無駄に体力を削られるだけだ。
 車を運転できる俺と茅ヶ崎が、交代で運転手を任されている。監督さんも免許はもっているんだけど、うーん、どうもね。
「今回くらい見逃してくださいよ。そう長い時間じゃないんだし。ほら俺は主演ですしね」
 はははと乾いた笑いを漏らしながら、茅ヶ崎はなんとか運転手を回避しようとしてくる。運転が嫌いなわけではないんだろう。コイツはただゲームがしたいだけだ。
「それを言うなら俺は準主演なんだけど?」
「俺の方が出が多いじゃないですかっ」
「はぁ……そんな泣き言、ランスロットなら言わねぇだろうな」
 ニ、と笑ってやると、目を見開いて、悔しそうに眉を顰めて、遠慮なしに睨みつけてくる。もう一度言うけど、コイツのどこが弊社の王子様なんだ?
「……すまない、お前にばかり負担をかけるわけにはいかないし、帰りは俺が替わる」
「ああ、まずは目の前のデカいヤツ倒してからだな」
 役のままそう言うと、茅ヶ崎はふいと顔を背けた。あれは素なんだろうな。ま、ホントに疲れてたら危ないから、帰りも俺が運転してやるけどね。何しろ茅ヶ崎はいちばん出番の多い主演だ。
 そう、今回の演目は茅ヶ崎主演、俺が準主演の舞台。KNIGHTS OF ROUNDⅣ。世界的人気を誇るゲームの舞台版だ。プレ公演を経て無事に本公演にこぎ着けて、星井ディレクターのお墨付きとあって劇団の知名度も少し上がった。
 それはひとえに、茅ヶ崎のバカみたいな情熱のおかげだろう。功労者だと思ってるよ。本当にね。
 だからこそこうして、オファーが来たりもするんだ。地方公演は基本的に営業をかけているんだけど、今どうも近くでナイランのイベントがあるみたいなんだよね。
 そのおかげで、カンパニーに公演依頼がきたってわけ。公式サイドも絡んでるし、再演許可もあったし、主演の茅ヶ崎はやる気に満ちてるしで、春組のみんなも楽しそうだ。
 正直、こんなに長く留まることになるとは思わなかったけどな。
 なにせ俺は最初、この劇団を潰そうとしてた。オーガストが死んだのに、俺たちだけのうのうと生きていることが許せなかったんだ。だけどディセンバー……密と俺を生かし続けてくれたのはオーガストで、俺たちが幸福になることが彼の願いだった。
 彼を、彼らを信じ切れなくて裏切った俺が、幸福、ね……。それにはまだ少し抵抗があるけれど、この温かな連中の傍で……どうにか頑張っていきたいと思ってるよ。
 普段見ない街並みにそわそわしている咲也や、監督さんしか目に入っていない真澄、そんな真澄を困ったふうな表情ながらもあしらう監督さん、さっそく道行く人と仲良くおしゃべりを始めるシトロン、無意識にかネタになりそうなモノを探している綴。そして歩きながらじゃゲームもできないとむくれる茅ヶ崎。
 自然と口許が緩んでしまう。この大切な家族たちを、俺は全力で守りたい。
「せーんぱーい、何してんですか。はぐれちゃいますよ。あ、おじいちゃんだからサポート必要か」
 茅ヶ崎が笑いながら手を差し出してくる。ニヤつく口許は、先ほどの仕返しらしい。俺はその手をゆっくりと払い、歩幅を広めた。
 そうすれば、同じ歩幅で、同じ速度で、隣を歩く茅ヶ崎。口許はさっきみたいな悪戯好きのそれではなくて、嬉しそうに微笑んでいた。
 そうやって黙って笑ってれば、王子様に見えるのかもね。


#千至 #片想い #ウェブ再録

usagihyoushi.jpg

恋するうさぎはメンドクサイ

NOVEL,A3!,千至,千至WEB再録 2020.05.31

#片想い #ウェブ再録

(画像省略)2020/05/31に出した千至本。至が外岡と一緒にいるところを目撃して、不可解な感情に…

NOVEL,A3!,千至,千至WEB再録

恋するうさぎはメンドクサイ

usagihyoushi.jpg

2020/05/31に出した千至本。

至が外岡と一緒にいるところを目撃して、不可解な感情にとらわれる千景。あからさまな外岡のアプローチに、気をつけろと忠告したら、「先輩のも分かりやすい」と苦笑交じりに返される。恋をしてると言われるけれど、絶対に認めたくはない。それでも、頭の中は至で一杯だった――。
千景の一人称、外岡が当て馬役のため、苦手な方はご注意ください。えっちなシーンはありません。


001002003004005006007008009010

#片想い #ウェブ再録

幸福の連鎖

NOVEL,A3!,千至 2020.05.01

18歳以上ですか? yes/no

NOVEL,A3!,千至

幸福の連鎖

18歳以上ですか? yes/no

この世界の桜より

NOVEL,A3!,千至 2020.04.25

18歳以上ですか? yes/no

NOVEL,A3!,千至

この世界の桜より

18歳以上ですか? yes/no