No.466

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恋するうさぎはメンドクサイ-002-

千至WEB再録 2020.05.31

#千至 #片想い #ウェブ再録

 場当たり稽古が終わった。ナイランはいつもの公演とはスタッフも違うから、みんなどうにも緊張はするらし…

千至WEB再録

恋するうさぎはメンドクサイ-002-

 場当たり稽古が終わった。ナイランはいつもの公演とはスタッフも違うから、みんなどうにも緊張はするらしくて、スムーズに行かないところもあったかな。だけどそれが新鮮な気持ちを連れてきてくれる。
 緊張というものは悪いことばかりではない。公演に慣れてしまった気持ちを引き締める意味では、ナイランは特別な公演と言えるかもしれない。
「どこに行ってもガチャ回してる」
「今回のガチャだけは出るまで引く。はい課金完了、からの十連!」
 茅ヶ崎はあんまり気が引き締まってないみたいだけど。いつもと変わらないな。出るまで引くのも、課金後最初はドブなのも。
「……まあ、久しぶりのランスロットを演じる緊張を隠しているようにも見えるけど」
「イタル、バラバラダヨ」
 バレバレかな、と突っ込みを入れつつ、「そういうわけじゃないけど」とこっそり否定をするあたりが茅ヶ崎らしい。
「そんなことより先輩。俺とガチャ勝負しません?」
 遠慮しとく、と即答してやった。話題を逸らすためもあったんだろうが、つきあってやる義理はないからな。そうしたら、茅ヶ崎は意味深に視線を流してきた。何か良からぬことでも企んでいそうな目だ。
 なんで今一瞬息が止まりそうだったんだ?
「今回の目玉が、ランスロットとガウェインだって言っても?」
 挑発的な笑みを向けてくる。それはランスロットの顔ではなく、間違いなく茅ヶ崎至のものだ。どうも今ソシャゲ版ナイランのガチャがⅣ限定らしい。シトロンがなぜか得意げに説明をしてくれる。
「そうそう。だから先にどっちかのSSR出した方が勝ちってことでどうですか?」
「物欲センサー出まくりの至さんが、千景さんに勝てるとは思わないっすけどね……」
「でも、Ⅳのキャラならやりたくなりますよね。オレもモードレッド引きたいです」
「ねえ、アンタは俺狙いで回して……」
 なんだかみんなガチャを回す雰囲気になってきたな。外堀を埋められるってのはこういうことか。
 どうするネ? とシトロンに訊ねられ、断り続ける方が面倒だなと悟った俺は、ため息交じりに茅ヶ崎の挑戦を受けてやった。
「今の俺は茅ヶ崎至ではありません。ランスロットですから。絶対先に引く」
「……ハッ、楽に勝てると思うなよ?」
 受けたからにはちゃんと勝負しないとね。俺も茅ヶ崎に挑発的な笑いを向けてやったら、ぱちぱちと目を瞬いて「望むところだ」と返してきた。
「ところで、勝負するのは構わないんだけど報酬はどうするんだ。勝った方には何かあるの?」
「うーん。考えてなかった。俺は先輩より先にSSR引ければいいので」
「やめるか」
「ちょ、待った待った。えーとじゃあ、俺が勝ったら今月のランチ全部先輩のオゴリで」
「俺が勝ったら?」
「仕方ないですね、今月のランチ全部オゴらせてあげます」
「えっと……それってつまりどっちにしろ千景さんが至さんにオゴるってことになってませんか?」
 遠慮がちな咲也の声に、バレた、と茅ヶ崎は舌を出す。また課金のしすぎか? 少しは学習すればいいのに、この馬鹿。
「分かったよ。じゃあ今月はずっと出張入れておこう」
「マジでやりそうだからアレだな……。ま、報酬は追い追いってことで」
 はいはい、と適当にあしらっておく。俺は別に報酬が欲しいわけじゃないからな。茅ヶ崎をからかって遊べたら、それでいい。
 なんていうか茅ヶ崎は、からかい甲斐があるっていうかないっていうか、子供っぽいところもあれば大人のズルさも知っている、そんな男だ。だから俺の嘘に乗っかってはこないくせに、引っかかったフリをして場をしのぐ。それが俺には心地いい。
 こんなやりとりさえ、口元が緩んでしまうくらいには。
 ふと、茅ヶ崎からの視線に気がつく。悪意でなく、もちろん好意なんかでもなく、ただ探るためだけの視線だ。なに? と問いかけるように視線を返してみれば、責めるような目をして逸らされた。なんなんだ、いったい。
「さすがに腹減ったっすねぇ」
「お腹ポコポコダヨ~」
「ペコペコですね」
「そうだね。どこかでお弁当買ってこようか」
「アンタの手作り弁当……食べるのもったいない」
「いやわたしのじゃないからね?」
 そんなことを言いながら、用意された楽屋へと向かう。この地域にしかないお弁当とかもあるだろう。それは楽しみだ。
 だけど、その気分を降下させるものがある。関係者以外入れないはずのそこに、劇団関係者じゃない男がいた。
「げっ……」
 隣の茅ヶ崎が、嫌そうな声を出す。それもそのはずだ。控え室で待ち受けていたのは、コイツの元親友。外岡氏。
 初演の頃に聞いた話じゃ、わりと仲がこじれたんだと思ったけどなんというか……面の皮が厚いな、外岡氏は。
「あからさまに嫌そうな顔するなよ、チガ」
 ……チガ、ね。他の誰もそんな呼び方はしないのに、この男だけが茅ヶ崎をそう呼ぶ。親友だったのなんて、昔のことだろうに。馴れ馴れしい。
「地方公演には来られないとうかがっていたんですけど……」
 さすがの監督さんも、不審そうな顔を隠していない。まあ彼女は隠そうとしても無理だろうけど。演技力があれじゃあね。しかしこの男、なんでこんなところに? 仕事……だろうか。
「実は、ちょっと相談がありまして」
 どうやら仕事ではあるらしい。公演に関係あることなら、別にお前じゃなくてもいいと思うけどね。なんだかんだで、茅ヶ崎に逢いにきたんじゃないのか? ケンカ別れしておいて、こっちは未練たらたらな彼氏みたいな感じだな。
 ……なんだ? 今、すごく嫌な気分だ。あの男の顔を見ていたくない。だけど今ここで楽屋を出ていけば、妙なことになる可能性が高い。俺は太ももの横で軽く拳を握るだけにしておいた。
 懐柔するつもりなのか、外岡は高級な弁当まで用意していた。いや、それは星井氏の差し入れだから、コイツは関係ないんだが。その星井氏も今回の公演を観に来ると告げられて、茅ヶ崎が固まってるのが面白い。本当にナイランが好きなんだな。
 でもキュウリを肉と言い張って食べるのはどうしたものか。公演大丈夫か? まあ、俺がフォローするけどね。
 ところでさっきから外岡の視線が向かってきている気がするんだが。
 最初は、俺の隣でそわそわ食ってる茅ヶ崎を見ているのかと思ったけど、違うな。あれは、俺への敵意だ。敵意? なんでアイツが? まさか組織のことに関連しているんじゃないだろうな。正体がバレているなら消すけど……いや、どうもそういう雰囲気じゃないな……。
「茅ヶ崎、こぼすなよ」
「わ、わか、わかってますよ」
 ペットボトルをつかむ手さえ危なっかしい茅ヶ崎を横目で見て、ボトルの底を支えてやる。外岡の視線が一気に鋭くなったことに気がついた。
 おやおや。これは。……なるほど、そういう意味の視線か。俺のチガに構うなってとこかな? 誰がお前のだ。気分が悪い。
「そういえば、さきほど相談があるとおっしゃってましたが……星井さんのことですか?」
 監督さんの声に、やっと外岡の視線が外れる。
「ああ、いえ……実は、舞台のPR活動にご協力いただけないかと」
「PR活動って……まさか」
 外岡の相談事に、茅ヶ崎の顔が曇る。公演前に役者のやる気削いでどうするんだ。馬鹿か。
「今回こそ、ぜひ《たるち》に宣伝協力を――」
「お断りします」
 茅ヶ崎が何かを言う前に、監督さんが全力で拒絶する。彼女のこういうところ、好感が持てるよね。
「やらないって前にも言った。監督を困らせるな」
 真澄も真澄で、監督さんを理由にはしているけど、茅ヶ崎に視線をくれたのは見逃してない。素直じゃないな、真澄も。
「そうでしたっけ?」
 しかしこの男は性懲りもなくすっとぼけている。さすがに俺も口を開いたよ。
「そもそも契約書にはプロモーション活動への協力なんて項目はなかったと思いますが? 天下のエンドリンクス社が、まさかそんな大事なこと忘れるはずもないですし」
 目一杯の笑顔を向けてやったつもりだ。嘘は言ってないし、監督さんたちも言ってるように《たるち》を表に出させるつもりはない。裏の顔、というものの重要性を、俺はここにいる誰よりも知っている。
「……冗談ですよ」
 どうして外岡は、俺にだけ睨んでくるんだ。楽しくなってくるだろう。……何か誤解されているのかな、もしかして。
 ああ、そういえばコイツは高校時代も同じようなことしてたんだっけ? 茅ヶ崎が自分以外と仲良くしてるのが面白くなくて、本性をバラした、ってね……変わってないじゃないか。茅ヶ崎、大丈夫か? 仕事とはいえ、こんなのと関わって。
「近くでナイランの公式イベントを行っていまして。皆さんにも少し顔を出していただけないかと。ナイランのロケハンに使ったところですよ。チガなら分かるだろ? っていうか、公式イベントなんだから知ってるだろ」
「ああ……まあ。公演終わったら覗こうかと思ってたけど」
 話を振られて、茅ヶ崎が面倒そうに答える。
 確かに茅ヶ崎がチェックしてないわけはないんだ。公演場所の近く、公式イベント、ロケハンで使った聖地、なんて、オタク心をくすぐるだろ。
 それにしてもあの男、仕事のはずなのに茅ヶ崎をチガと呼ぶのはいただけないな。公私混同するな。
 茅ヶ崎の声にいつもの覇気がないのは、あの男のせいだけじゃないと思うけどね。
 まあなんだかんだでPR活動に協力することにはなってしまった。外岡が絡んでなきゃ、純粋に楽しめたのにな。

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