華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.468
千至WEB再録 2020.05.31
#千至 #片想い #ウェブ再録
「いいもの飲んでるな、茅ヶ崎」「あれ、先輩も飲みにきたんですか」「……こんばんは卯木さん」「どうも。…
千至WEB再録
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「いいもの飲んでるな、茅ヶ崎」
「あれ、先輩も飲みにきたんですか」
「……こんばんは卯木さん」
「どうも。隣、いいかな? 眠れなくて」
俺がちゃんと笑って声をかけてやったのに、外岡は眉を顰めて茅ヶ崎の腰から手を離し、わざとらしい笑みを向けてきた。いいところで邪魔しやがってってところかな?
「珍しいですね、先輩が眠れないとか。緊張してるんですか?」
昼間あんなに緊張してたヤツに言われたくない。お前の貞操を守ってやろうっていうのに、分からないのか?
それとも……奪われたかったのか……?
ひょっとして俺のしていることは本当に余計なお節介なんだろうか。日本のことわざ……なんだっけ、あれ、焼け木杭に火がつく、という……。
茅ヶ崎は、もしかして外岡のこと好きだった……?
……なんてことだ、その可能性を少しも考えていなかった。あれだけ傷ついたのは、信頼していたからだろう。恋情も含まれていたのかもしれない。その男と再会して、昔のことでも話していれば、あの頃の想いがよみがえってくるということもある。……のか?
「先輩なに飲みます? ウォッカベース好きでしたよね」
茅ヶ崎の隣の椅子に腰をかければ、さりげなくオーダーを促してくれる。コイツのこういうところは好ましいな。というかウォッカベースが好きだと言った覚えもないんだけど。
でもそれは真実で、自然と口元が緩んだ。俺のこと、気にかけてくれてたんだな、茅ヶ崎も。
「うーん、じゃあ……――カミカゼ」
バーテンダーにそう告げると、かしこまりましたと軽く頷いて、ウォッカとホワイトキュラソー、ライムジュースをシェイクしてくれた。
「先輩、明日公演あるの忘れてませんよね……強めじゃないですか、それ」
「景気づけだよ。ライムが聞いててさっぱりするし」
「お酒強いんですね。……ところで卯木さんは、カクテル言葉をご存じで?」
外岡が茅ヶ崎の向こうから俺に声をかけてくる。声をかけるだけで、茅ヶ崎にそんなに顔を寄せる必要があるのか?
しかしこの男、意外にもその存在を知っていたんだな。じゃあ、俺がカミカゼをオーダーした理由も分かってるわけだ。
「へぇ……そんなのあるんですか。花言葉みたいなものかな」
「ええ、あるんですよ。知ってる相手同士なら、それで会話をすることだって可能ですね」
カミカゼのカクテル言葉は――きみを救う。
オオカミに狙われたうさぎちゃん……いやうさぎは俺か。狙われた茅ヶ崎を、救うよっていうこと。まあ茅ヶ崎が知ってるとは思わないけどね。
「たとえばこれなんか。ウイスキーフロートなんですけど、カクテル言葉は楽しい関係。チガの飲んでるインペリアル・フィズは楽しい会話」
「いやお前との会話なんてちっとも楽しくねーわ」
「そう言うなって。久しぶりなんだからさ」
言いながら、外岡は茅ヶ崎の背中をポンポン叩く。髪に触れたら許していなかった。下心丸出しで触るんじゃない。
でも、良かった。茅ヶ崎はやっぱり外岡と一緒にいても楽しくないんだな。春組のみんなといた方がいい顔してるし。俺とランチ行ってる時の方がよほど可愛い。
……可愛い? なんだそれ。言葉のあやだな。茅ヶ崎が可愛いわけない。
ともかくお前の出番じゃないんだよ、外岡。
「茅ヶ崎。それを飲んだら部屋に戻ろう。みんな心配するだろ。飲み足りないならコンビニでチューハイでも買ってやるから」
茅ヶ崎にベタベタと触る外岡を引き剥がしてやりたい。お前はコイツの彼氏か。茅ヶ崎もなんで拒絶しないんだ? まさか高校時代からこうだったわけじゃないよな? いや、あり得るけど……。いちばん性に敏感な年頃だ。外岡が恋情どころか劣情をもって茅ヶ崎に触れていたとしたら――。
ああ、なんだこの感じ。怒り……焦り? どうしてだ、誰に対して?
「ん……そうしようかな。外岡もいやがるし」
「おいチガ、お前なぁ……」
茅ヶ崎はそう言って、残っていたフィズを飲み干す。外岡の目が、茅ヶ崎の喉元に釘付けになっていた。もちろんそこを掻き切ろうという殺意ではない。触れたがる劣情だ。ふざけるなよ本当に。
「せっかくのところ邪魔してしまってすみません、外岡さん。コイツ明日大事な公演なんで、連れていきますね」
「え、あ、ああ……そうですよね、明日は星井も観劇しますし。チガにとっては神的存在だもんな。緊張してトチるなよ」
「だーれに言ってんだ? じゃあね、おやすみ」
茅ヶ崎はフンと不敵に笑って会計を頼み、腰を上げる。俺もそれに合わせて立ち上がった。
「お詫びに一杯奢りますよ。すみません、こちらの方にシャンディ・ガフを。チェックは俺に」
バーテンダーにそう頼んで、目を細めて外岡に笑ってやれば、俺の意図には気づいたようだった。「無駄なこと」なんてカクテル言葉じゃ、ちょっとあからさまだったかな。まあでも、アイツのあからさまな下心よりはよほどマシだ。俺は茅ヶ崎を先に歩かせて後を追った。背中に突き刺さるような外岡の視線を受けながらね。
「先輩、コンビニ」
追いついた俺の袖をつんと引っ張って、エレベーターを指す。本当に飲み足りないのか。仕方ないなと肩を竦め、エレベーターに乗り込んでエントランスの階を押してやった。
「ねえ、邪魔したかな」
「え? ああ、アイツですか。んー、助かりましたよ。もうちょっとしつこかったら、先輩にヘルプLIME送ろうかと思ってました」
「ふうん、アイツの下心には気づいてるんだ?」
「下……あんまり気にしないようにしてたのに、言葉にしないでくださいよ」
茅ヶ崎がげんなりした顔になったところで、エレベーターがエントランスに着く。すぐ隣のコンビニに向かって、酒類のコーナーに足を運んだ。
「先輩も飲むでしょ、はい」
「買うの俺なんだけど。まあ、うん、飲もうかな」
茅ヶ崎は勝手にプレミアムだかなんだかのビールを手渡してくる。飲んだことない銘柄だけど、まあいいか。
茅ヶ崎はこれ好きなのかな? 覚えておこう。
「あと、ジャーキーとナッツとー、あ、これこれ」
「おいどさくさに紛れて課金カード持ってくるな。それは自分で買え」
油断も隙もないな。いや、ある意味では隙がありすぎなんだけど。やっぱり外岡のことは気づいていたんだ、コイツ。
ビールとつまみを買って、部屋に戻る。
「先輩、お風呂先にどうぞ」
「いや、俺は後でいいよ。先に入れ。酔って寝ないうちにな」
「先輩ほんと過保護。さすが孫大好きおじいちゃんですね」
「お前は俺の息子ポジだろ」
「それな。じゃ、先に入ってきますよ。早めに上がってくるんで」
「ごゆっくり」
全く茅ヶ崎は、本当に危機感というものがない。外岡の気持ちに気づいていながら、どうして隣で酒なんか飲むんだ。俺に助けを求めるって言ったって、その時俺が動けなかったらどうするんだ?
はぁ……今日は手遅れにならなくて良かったけど、アイツあの様子じゃ諦めてなさそうだしな……。あとで茅ヶ崎にキツく言っておこう。外岡には気を許すなって。
というか、気に食わないのはもうひとつ。俺に助けを求めたらちゃんと来るって、なんの不思議もなく思っていそうなところだ。お前の失敗にいつでも付き合ってやれるほど暇じゃないんだけど?
……って、助けも求められないうちから心配して茅ヶ崎を捜してた俺が言えることじゃないか。
でも、心配だったんだ。今日は昼間も緊張で様子がおかしかっただろ? またその緊張ぶり返してやけ酒でもしてたらって思うじゃないか。だから捜した。そのおかげで魔の手から救えたのはラッキーだと思ってるよ。
あんなヤツに触らせたくない。子供っぽい独占欲なんかで茅ヶ崎を傷つけた男になんか。百歩譲って、高校時代のいざこざもなくちゃんと段階を踏んで茅ヶ崎へ想いを告げているならともかく、酒に力を借りようだなんて男じゃ駄目だ。
……なんだか、娘を嫁にやる親の心境だな。いや、少し違うか……茅ヶ崎は息子だし、結婚なんかしないし。……アイツも、いつかはするのかな。あの廃人ゲーマーの世話をできる女がいればいいね。すごくもやもやするけど。
さっきからなんだか不可解な感情ばかりだ。
民間人に、殺意に似た感情を抱いた。エモノを持っていたら――理性が押しとどめていなかったら、まずいことになっていたかもしれない。それは駄目だ、任務でもないのに。それに、犯行がバレるのも良くないけど、茅ヶ崎に関わるヤツなんだから、彼にも害が及ぶ。嫌疑をかけられて、劇団が潰れるようなことになったら、俺は今度こそ自分を許せない。
茅ヶ崎を守りたいのに、それじゃ俺がアイツを窮地に立たせてしまうんだ。
外岡のことは気に入らないが、生かしておいてやろう。
#千至 #片想い #ウェブ再録