No.471

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恋するうさぎはメンドクサイ-007-

千至WEB再録 2020.05.31

#千至 #片想い #ウェブ再録

「千景でも、動揺することがあるの」「至さん、何したんすか」「……別に、たいしたことじゃないよ。さて、…

千至WEB再録

恋するうさぎはメンドクサイ-007-

「千景でも、動揺することがあるの」
「至さん、何したんすか」
「……別に、たいしたことじゃないよ。さて、さっさと着替えてゲームゲームっと……」
 茅ヶ崎はそう言って衣装を脱ぎ始める。言えないだろうな。俺がお前に恋してるなんてでまかせは。自分が恥をかくだけだ。
「外岡、まだ何かあるのか?」
 衣装を脱ぎ始めてすぐ、茅ヶ崎は外岡に視線を移す。まだいたのか。
 あわよくば茅ヶ崎の着替えでも見るつもりだったんだろう。他のメンバーもいる中、下心全開で茅ヶ崎を見るんじゃない。
「あ、ああ、いや……あの、うん、お疲れ様。また連絡する」
 ハッとして言葉を濁し、外岡は楽屋を出て行った。一応お見送りを、と監督さんも追っていく。俺の着替え見てくれないの、と呟く真澄も、俺の視界には入らなかった。腹立たしさで、茅ヶ崎の腕を取る。
「茅ヶ崎。なんだあれ」
「は? ちょっと……痛いんですけど」
「また連絡するって、なんだ。お前アイツと連絡先の交換なんかしてるのか?」
 外岡は茅ヶ崎に向けてそう言っていた。少なくとも連絡を取る手段はあるってことだ。
 電話番号? LIMEのID? メールアドレス? 他に俺が知らないツールが何かあるのか?
「昨日も言っただろう、アイツに気を許すな。食われたいのか」
「先輩、先輩落ち着いて。交換なんかしてませんよ。アイツは俺がたるちだってこと知ってるし、そっちのツールで連絡取ることはできますよ。でもそれはあくまで配信者と一視聴者だし、やり取りしてないんで」
 強く掴み過ぎたのか、茅ヶ崎が顔をしかめる。
 ハッとして手を緩め、じっと茅ヶ崎を見つめる。嘘を言っている様子はなくて、俺に隠れて連絡を取り合っていることはなさそうでホッとした。
 ……なんでだ。いくらなんでも過保護だろう。酔っている時ならともかく、茅ヶ崎だってそれなりの対処はしてるはずだ。俺がここまで気を揉んでやる必要はない。
 分かってるのに、嫌だ。
 茅ヶ崎が俺の知らないところでアイツと話しているのは、ものすごく嫌だ。もっと言えば、俺が一緒にいる時でも嫌だ。
 俺の眉間に皺が寄るのが分かる。唇を引き結んで、無言で責めるように茅ヶ崎を見つめた。返ってくるのは、困惑というより呆れた視線。小さなため息まで聞こえて、苛立ちは増した。
「コレで否定すんだもんな……。せーんぱい、着替えたいんで放してください。これ以上何か言いたいなら、昨日のこと認めてからにしてくださいね」
 茅ヶ崎はそう言って睨み返してくる。振り払うことだってできるのに、あえてそうしないのは、俺を負かしたいんだろう。
 ややあって、俺は掴んでいた茅ヶ崎の腕を解放した。
 ……認めたわけじゃない。負けたわけでもない。ただ、他のヤツらもいるし、喧嘩してるのかって思わせたくないじゃないか。事実、咲也の顔がホッとした表情に変わった。俺が最年長なんだから、不安にさせたら駄目だ。
 考えないようにしよう。もう、茅ヶ崎のことは。


 そう思ったのは間違いないのに、帰り際に寄ったお土産コーナーにご当地限定のナイラングッズが置いてあって、うっかり茅ヶ崎の顔が浮かんでしまった。
 アイツ、これちゃんとチェックしたかな。まあ来られない距離じゃないけど、イベント中限定かもしれないし、ここの名産品持ってるランスロットなんて、かなりレアなんじゃないのか?
 茅ヶ崎を呼ぼうと思ったけど、アイツはアイツで土産を物色しているようだ。うーん、どうしよう。買っておいてやる? でももう持ってたら無駄だしな。けど、なんで教えてくれなかったんだって、後から文句言われるのも面倒だ。
 悩みに悩んで、俺はそのコーナーに置いてあったメダル型のストラップを手に取った。
 それだけ小さな紙袋に入れてもらって、他のお土産とは区別する。
 コレを茅ヶ崎に渡してやったら、どんな顔するんだろう。喜ぶかな。それとも、どうして先輩が、って不審そうな顔をするだろうか。ハハ、どっちでも面白そうだ。ガチャの賭けは俺が勝ったわけだけど、残念賞としてでもあげてみよう。
「あ、帰りは俺が運転――」
 みんなの買い物が終わったところで運転席に向かえば、茅ヶ崎が声をかけてくる。覚えてたのか。
「いいよ別に。疲れてるだろうし。ゲームしたいんじゃない?」
「うぐ……否定できない。じゃ、よろしくです」
 茅ヶ崎は上機嫌で助手席に回る。一応ナビ役で、と言ってはいたものの、絶対に役に立たないと思う。だってそのピンクアゲートの瞳は端末画面に釘付けだろう? せっかくランスロットのSSRが手に入ったんだしね。
 後部座席では真澄がちゃっかり監督さんの隣を陣取って、じいっと眺めているのがバックミラーで分かる。ふふ、本当に片時も目を離したくないんだな。
 真澄を見てると、やっぱり俺は恋なんかしてないって思えて安心する。あんなこと言い出した茅ヶ崎がおかしいんだよ。
 恋なんてなんの足しにもならないのに。むしろ俺にとってはマイナスでしかない。傍にいたくなって、傍にいてほしくなって、相手のことしか考えられなくなって、自分のことだけを考えてほしくなって、……そんなの絶対に任務にも支障を来すだろう。
 劇団を守るためにも組織を抜けないってのに、そんなことになったらアイツらは俺を調べ上げて、密にも行き着いて、幸福が崩壊する。
 そんなこと、絶対にさせない。
 ねえ茅ヶ崎。俺は恋なんてできないんだよ。相手がお前じゃなくてもね。
 案の定茅ヶ崎のナビは役にも立たず、それでも無事に寮にたどり着いた。予定より少し早いかな。
 他の団員たちにただいまを告げて、お土産を渡せば、談話室で今回の遠征話に花が咲く。俺はそれをやんわりとやり過ごして、部屋に戻った。
 この劇団は居心地が良いけれど、俺みたいな人間には少し眩しすぎる時がある。無理をしてそこに溶け込むよりも、離れてみるのも大事だったりするんだ。もちろん周りには気づかせないようにね。まあ、密なら気づくだろうけど。
 でも、俺はこれでも自分が変わったと思っている。以前なら、そういう時はアジトの方へ行っていたのに、今は自室で過ごしている。……ふ、自室、ね。寮の一室を、こんなに普通のものだと思うなんて、昔からじゃ考えられないな。
 その時、ドア開いてここのもう一人の住人が顔を覗かせる。茅ヶ崎だ。少し心臓が跳ねたのは、あんまり認めたくない。ごまかすみたいに膝の上で愛機を広げたけれど、そういえばこのソファは茅ヶ崎のだったな。そう思い始めてしまったら、どうも落ち着かなくて、指の動きが鈍い。
「先輩、何か疲れてます?」
「いや……別に」
 そう嘘を吐いてキーをタタタと叩く。当たり障りのないキーワードでサーチをかけて、何でもないふうを装った。
「分かりやすい嘘おつ~。はい、ひとまず。お疲れ様でした」
 言って、茅ヶ崎は温かいコーヒーを渡してきた。え、なんだこれ。茅ヶ崎が入れてくれたのか?
 声には出さずとも、表情で何が言いたいか悟ったらしく、茅ヶ崎が肩を竦めた。
「万里が入れてたから、ついでにもらってきてあげたんですよ。あ、ほらガチャ負けちゃったし」
「ああ、万里のなら安心して飲めるよ、ありがとう。というか、ガチャ勝負の報酬、これで済ませるつもりじゃないだろうな」
「え、駄目ですか」
「駄目に決まってるだろ。今月のランチは茅ヶ崎の奢りだな」
「待って待って、今月はホント課金で余裕がなくて」
 いつもだろ、と言ってやる。コイツが課金しない月とかあるんだろうか。
 茅ヶ崎はいつもの干物スタイルに着替えて、ソファに腰を下ろす。俺の隣だ。このソファは茅ヶ崎のだから、俺が座らせてもらってる方だけど、茅ヶ崎は何も言わない。卯木千景という男がこの部屋にいることを、何の不思議にも思っていないんだ。
 それが、どうしようもなく嬉しい。
 胸が熱くなるのに比例して、キーを叩く指先が冷えていく。ここにいたらいけないという思いが、指先を鈍らせる。隣にいるのに、茅ヶ崎とは住む世界が違うんだ。
「先輩、コーヒー冷めますよ。せっかく持ってきたのに」
「ああ……うん、ありがとう、もらうよ」
 カップを持ち上げれば、指先に熱が移る。じんわりと広がっていくその温かみは、全身を弛緩させていくようだった。ゆっくりと焦げ茶の液体を口に含んで喉の奥に流し込めば、独特の苦みと酸味、ほんの少しの甘みが感じられる。香しい匂いが鼻を通り抜けて、まだコーヒーを味わう余裕があるのだと安堵した。


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