勝負はこれから

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黄色の信号に従って、跡部は停止線で車を止めた。

「今日はやけに信号に捕まっちまうな。ついてねえ」
ステアリングを指先でトントン叩きながら舌を打つ。早くマンションに帰って、人目を気にせず触れ合いたいのに。焦る気持ちを浅ましいとは思うけれど、手塚相手に今さら取り繕うこともない。

「跡部」
「アーン? ……ん」

助手席から呼ばれて、声だけで返したら、手のひらで強引に振り向かされた。間を置かずに重なってきた唇には若干驚いたけれども、拒むことはしなかった。
「おい危ねえだろ、手塚」
「あと十秒ある」
触れるだけで離れていった唇に、それでも抗議くらいはしておこうと思ったのだが、無駄だった。
重なった唇は、今度は先ほどより長く、深いキスになる。
きっちり十秒キスをして、離れた瞬間に信号が青へと変わった。
「部屋まで待てねえのか」
「待っているつもりだが」
手塚はひとつ瞬いて、シートに体を預ける。今いったい何をしたのか覚えていないのだろうか? 呆れつつも、跡部はゆっくりとアクセルを踏み込む。
「お前本当に俺のことが好きだな」
わかりきったことを、あえて言葉にしてみる。いくら久しぶりに逢ったからといって、運転中さえ我慢できないなんて。しかもこれで待っているのだというから驚きだ。そうやって口の端を上げたら、こちらこそ呆れたようなため息が聞こえた。

「まあ、お前が俺を想う以上にはな」

だが、次の言葉がいただけない。跡部は「アーン?」と煽るように声を上げた。
「聞き捨てならねえな、手塚ァ。俺がてめぇを愛してねえみたいに言うんじゃねえ」
「そうは言っていない。ただ俺の方がお前を好きだというだけだ」
運転中にもかかわらず触れたいと思うほど、と付け加えられて、跡部は少し先の信号を見据える。タイミング的に、次は捕まらない。普段なら信号待ちなどしたくもないが、この時ばかりはチッと舌を打った。
「ふざけたこと言ってんじゃねーぞ。俺の方が気持ちはでけぇんだよ」
「いや、俺の方が大きい」
「どの口が言いやがる。ロクに言葉にしねえくせに」
「それは仕方がないだろう。言葉では足りないからな」
お互いに、一歩も譲らない。
せっかく久しぶりの逢瀬だというのに、これではケンカになってしまう。もともとそう甘い雰囲気でベタベタするタイプでもないが、険悪になりたいわけでもない。

好きの気持ちが大きいと言われるのは嬉しいけれど、納得がいかない。

跡部は青信号をやり過ごし、車の流れを見て路肩に停車する。
「どうした、跡部」
「うるせえ黙ってろ」
手塚の首に手を回し、ぐいと強く引き寄せれば、シートベルトがしゅるりと音を立てて伸びる。助手席と運転席の真ん中で、互いの唇が重なった。

優しく触れたのは一秒だけで、お互い同時に唇を開く。出逢った舌先を触れ合わせて押しこみ、舐り合った。
至近距離で視線がぶつかる。挑むようなその瞳が心地よくて、もっと近くで見たいと両腕で抱き寄せた。
「……っふ、は、はぁ……んぅ」
吸い、吸われ、ぴくりと腰がうずく。ごまかすようにぴったりと唇を合わせてようやく、跡部は目蓋を落とした。湿った音が車内に満ちていく。手塚の手のひらがシャツの上から胸を撫でるのに合わせて、跡部も手塚のシャツのしわを愛撫した。

触れたい。

こんなにも触れたい思いが強いのに、「お前より」だなんて言わせない。
跡部は手塚の舌に軽く歯を立てて、食らいかねないほどに強く吸い上げた。
「……っは、っはぁ……、は……どうよ、これでもまだふざけたこと言いやがるのか。アーン?」
運転を中断してまで触れたがった自分の気持ちが、負けているなんて思いたくない。跡部は濡れた唇を手塚の指で拭い、勝利を宣言した――つもりだった。
「ああ、俺は負けない」
二の句が継げずに眉を寄せる。
頑固者だと思ってはいたが、ここまでとは。跡部は頭を抱えたくなった。
「そもそも最初に好きだと言ったのは俺の方だろう、跡部」
「そんなもんタイミングの問題だろうが! お前絶対に俺の気持ち知ってて言いやがっただろ!」
「先を越されないようにと思っただけだ」

中学時代から続くこの関係は、恋人同士であり、宿敵同士。負けず嫌いの二人が、なににおいても争ってしまうのは、仕方のないことだっただろうか。

「ったくてめぇは、昔っから強情だな。全然変わらねえ」
「お前には負ける」
「そこは負けんのかよ」
じっと睨めつけるが、手塚が怯むことはない。また、勝ちを譲る気もないらしい。跡部は盛大に舌を打ってシートに体を預け、ゆっくりと車を発進させた。流れに乗って、速度を上げていく。
「もういい。これからじっくり教えてやるぜ、手塚ァ」
早いところ部屋に帰って――いや、部屋までなんて待てやしない。どこか近くに部屋でも取るかと、思いつく跡部系列のホテルを割り出していく。
さてどうやって手塚に分からせてやろうか。それを考えると、苛立ちが好戦的な気持ちに変わっていく。
「さあ、覚悟しな。夜は長ぇぜ」
「そうだな。愛しているぞ跡部」
「ばぁか。殺し文句はベッドの中まで取っておけ」

そうやって、二人はあの時のタイブレークのような夜に身を投じることになるのだった。

 

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