共犯者たちのランデブー

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※本誌ネタバレあります※

手塚は、廊下の壁にもたれて人を待っていた。少し早く着いてしまったなと携帯端末が表示する時刻を眺める。
気が急いてしまうのは、自覚している感情のことを思うと仕方がないような気がした。

「よう手塚。待たせたな」
「いや、十分前だ、跡部」

なんでもないようなフリをして、待ち人にいつもの表情を向けてみる。
待っていた相手は、跡部景吾だ。
ほんの少し前までは、対戦校の部長同士。その後は同じ選抜チームで戦う仲間同士。そしてそれぞれの国を背負ってプレイする敵同士。
さらに手塚にとっては、あの夏の日から特別な人になってしまった相手だ。

なぜよりによって、と何度も自分自身に呆れたが、相手が跡部景吾では仕方がない。そう諦めることにした。

「言い忘れたが、決勝進出おめでとう」
「ああ、ありがとよ。てめぇと幸村の試合、見事だったぜ」
「お前とももう一度試合してみたかったが、次の公式戦は恐らくお互いプロになってからだな」
ため息交じりにそう返すと、跡部がわずかに目を瞠ったように感じられた。変なことを言っただろうかと不思議に思い、手塚はじっと見つめることで訊ねかけた。
言葉にして問いかけようとは思ったけれど、音にするより跡部を見ていたい気持ちが勝る。我ながら重症だと心の中で叱咤するも、視線を逸らすことはしなかった。
「ああそうだな。楽しみにしてるがいいぜ」
じっと見つめ返してくる跡部の視線で、覚悟のほどが知れる。せり上がってくる歓喜は、やはり上手く表せなかった。

「ところで跡部、本当にやるのか……? この、焼肉バトルとやらを……」
「アーン? 今さら何を言ってんだ手塚ぁ。準備はすっかりできてんだぜ」
そうか、と諦めて返す。

手塚が跡部を待っていたのは、試合後に各国代表選手たちを巻き込……集めて行う焼肉バトル……晩餐会……いや、バトル……どちらでもいいが、ともかく以前全国大会準決勝後に行ったような、焼肉を絡めて勝敗を競うというミッションのためだ。

決してデートの誘いではない。

それだったらどんなにいいかとは思うが、共犯者として声をかけてくれたことは、嬉しく思っていた。
「まさか本当にやるとはな。俺の自主トレに押しかけてきたのは、よもやこちらの話がメインだったのではないだろうな?」
「ハッハァ! そこを見破るとはさすがだぜ! ……って、冗談だろ。そう怒るなよ」
「怒ってはいない」

ドイツ対日本戦が始まる前――昨日のことだ。跡部が、ドイツの選手村にまでやってきた。
対戦国のテリトリーに足を踏み入れる度胸はさすがといったところだが、手塚ゾーンを破り満足げに「明日の試合が楽しみだ」なんて言う彼をどうやって引き留めようか考えていた時、跡部がとんでもないことを告げてきたのだ。

跡部家がメインスポンサーとなり日本選手たちと焼肉晩餐会を楽しむことになっているが、乗らないかと。
どうせなら各国代表を集めるかと言い出すまでに、時間はかからなかった。
そんなに急にできるものかと言ってやりたかったが、彼が跡部であることを考えると、実行できてしまうのが悲しいところだ。

トントン拍子に焼肉バトルへと発展してしまい、誰が何をどう交渉したのか各国の監督陣から出資もあるらしいなんて話まで出た。
バトルとなると乾の特製ドリンクが出てくるのだろう。絶対に負けられないし、頭が痛いと思っていたら、「てめぇは俺様の共犯者だぜ」なんて言われ、ヘリで大会運営を見守ることになってしまったのだ。
乗るか、乗らないか。そう問われたら、乗るに決まっている。ヘリに。
楽しそうに、嬉しそうに笑う顔に撃ち抜かれただなんてことは、ドイツのチームメイトたちには死んでも言えやしない。

設備や関係各所への連携確認ということで、バトルが始まる前から手塚は跡部とともにヘリへと乗り込んだ。
思っていたよりも距離が近い。腕が触れるほどの距離に、どうしようもなく胸が鳴った。
けれど、この騒音では心音が聞かれることはないだろう。安心して好き勝手に鳴らせることにした。

陽が落ちる寸前の美しい景色を、こうして隣で眺められる。操縦士がいてはさすがに二人きりとはいかないが、それだけでも充分だった。
「壮観だな」

「そうだろ。この景色を俺様と堪能できるなんざ、贅沢者じゃねーの、手塚ぁ」

騒がしかった心臓が、止まるかと思った。まさかこの想いに気づいているのではないだろうなと内心焦るけれど、手塚はそれでもなんでもないフリを続ける。
「飛行機からは、眺める余裕がなかった」
「ふ……ん。じゃあせいぜい眺めておくんだな」
眉をつり上げた跡部が、ふいと顔を背けるのに気がついて、手塚も顔ごと跡部を振り向いた。
手塚が分かるほどに、跡部は不機嫌そうだ。
返す言葉を間違えただろうかとじっと眺める。夕陽に照らされる跡部の髪がとても美しくて、視線を釘付けにされた。
「なんだよ?」
「……いや、綺麗だなと思って、眺めていた」
「あ? ああ、海かよ。昼の海もいいが、夕暮れ時ってのも、なかなかイイな」
跡部の向こう側に、ちょうど海が見える。
そういうことではないのだがと言いかけて思いとどまった。海ではなく跡部がだなどと言えるわけがない。さらに、緩んだ口許が窓に映って見えて安堵した。機嫌は直ったらしい。

「今度泳ぎに行くかよ?」
「泳ぐより、釣りがしたい」
「釣りか、いいな。まあさすがに大会終わってからだな……」
予定空けろよと言われて、手塚はぱちぱちと目を瞬いた。
大会が終われば、跡部は日本に帰るだろう。手塚はドイツへだ。それなのに予定を空けろということは、逢える、のだろうか。
「あ、でも確かドイツって釣りの免許いるんじゃなかったか……? 他の国でするか……」
「跡部、それは、俺とお前でか?」

二人きり、で。

「…………まさか嫌とは言わねーだろうな。アーン?」

国を越えてまで、二人で、逢う。これを逢瀬と言わずになんと言えばいいのか。先ほどから跡部が、探るような、煽るような言動をしているのが気にかかる。これはもしかしなくても、気づかれているのではないだろうか。
「…………………………ひとつ訊くが、それは俺がお前に抱いている感情を知っていてのことか?」
気まずさと、羞恥と、膨れ上がってしまった期待を込めて跡部を見やれば、彼はややあって面白そうに口角を上げた。

「さあな、知らねーよ。知ってほしけりゃとっとと言うがいいぜ」

指先で顎を持ち上げて挑発される。けれど、確信した。跡部は手塚の中にある想いにとっくに気がついているのだと。
そして、付け加えるならば。

「お前の球なら、どんなもんだって受け止めてやる」

キラキラと期待に満ちたその瞳は、跡部も手塚と同じ想いを抱えているのだと。

「どうした手塚、怖じ気づいたかよ」
「そういうお前は、ずいぶん落ち着かないようだな。隠し事とは、共犯者が聞いて呆れるぞ」
「あァ!? ……っと、やべぇ、もう時間じゃねーの。会場の方へ戻るぜ」
チッと舌を打つ跡部だが、そうしたいのは手塚と手同じこと。せっかくもう少しで跡部がどう想ってくれているか聞けるところだったのに。
だが、時間に遅れるわけにもいかない。
遊覧飛行もといテスト飛行を終えて会場へと戻るヘリの中、せめて少しだけでも意思表示をしておこうと、左手で跡部の右手に触れてみる。

握り返してくれたということは、やはりそういうことなのだろう。
もしかしたら、長い間ずっと想い合っていたのではないだろうか。

しかしお互いが負けず嫌いであるせいなのか、「惚れた方の負け」を認めたくないらしい。事実、跡部は手塚にばかり言わせたがっている。

跡部がそのつもりならば、こちらも受けて立とう。

手塚は跡部の右手に指を絡め直して強く握った。
「いよいよだな、跡部」
「ああ…ショータイムの始まりだ!」
砂浜には、このバトルに参加する選手たちが続々と集まってきているのが見える。
しかし、手塚と跡部もまた、新たな戦いへと身を投じることになるのだった。

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