ただの好意かそれとも恋か2

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 寝室でのキスは、跡部の好きな紅茶の味がした。
 家に着いて、メイドに出してもらったのが紅茶だったせいだろう。何でもないように私室で紅茶を飲んだが、いつもより早く飲み干してしまったのはお互いの欲望だった。
 私室から続く寝室へと誘ったのは跡部の方。ドアを閉めるなり抱き寄せてキスをしてきたのは手塚の方。
 ここに来るまで、電車の中でもいつも以上に無口だったのは、必死で欲望を抑えていたからなのだろうというのがまざまざと感じられて、きゅんと胸が締めつけられた。
「ん、ぁふ……」
 ベッドに行くまでくらい我慢できないのかと思うのに、跡部の腕は手塚を抱き寄せる。
 もっと深くキスがしたい。人目がないおかげで、唇の感触に、舌の感触に集中できるというのが、欲望のレベルを増大させた。
「ん、ぅ……っ、は……」
「跡部……」
 舌に軽く歯を立てられて、ぞくぞくと快感がせり上がってくる。恋心のなせる業なのか、手塚のキスはとても気持ちがいい。上手いか上手くないかで言ったら、上手い方なのではないだろうか。比べる対象がないから分からないけれど。
 そして、一生この唇だけでいいとも思ってしまう。
「手塚……キス、気持ちいい……」
 はあ、と吐く息と共にそう呟けば、触れている手が強張った。そうしてぎこちないながらも脇腹をなで上げてくる。
「……ずっと触れたかった、跡部……」
「ひと月くらいだろ……」
「何度頭の中で抱いたと思ってるんだ」
 濡れた唇を指先で拭う仕草に、胸が高鳴る。いったい何度抱かれてきたのだろうと思うと、恥ずかしいのと同時に照れくさくて、さらに嬉しい。いろんな感情がごちゃ混ぜになって、思考の整理が追いつかなかった。
「……このすけべヤローが」
「誰でもそうじゃないのか」
 ぐっと手塚の体を押しやってベッドへと歩む。それをちゃんと追ってくる手塚に安堵して、まるで悪びれない様子に緊張が解けた。
「まあそーだな。好きなヤツには触れたい、セックスしたいって思うのがほとんどだろう。中には肉欲を伴わない愛もあるだろうが、俺たちは違うようだぜ」
 大きな枕を立てかけて、その前に腰を下ろす。息を吸い込んで、吐いて、傍に佇む手塚を見上げた。
「俺もお前に触れたい。触れてほしい。知ってるだろ手塚、俺はすべてを手に入れる男だ」
 手を取って強く引いてやれば、力に負けた手塚がベッドに乗り上げてくる。もっとも、ここでは勝負する必要もない。引く力などそうかけてはいなかった。
「本当にいいのか、跡部。もうお前が何を言おうと止められないが」
「焦らすのが好きなのかよ、テメェは。だいたいな、俺がお前をちゃんと好きなんだって認めてやったのは、お前と、その……こういうこともできるっていうか、したいって思い始めたからだぜ」
 触れたいと思い始めたら恋でいいのだと言った滝の声が、脳裏によみがえる。それはこの身で実感した。
 跡部は手塚の腕に触れ、もう覚悟を決めているのだとまっすぐに見つめてみた。
「お前に抱かれることを想像した。あんなキスしちまったら、もう想像だけで足りるわけねえ。お前もそうだろ、手塚」
「……ああ、絶対に足りないな」
 跡部の触れた腕を、手塚は腰に回してくる。唇が重なった後に、ドキンドキンと大きな音を立てる胸が合わさった。
 ちゅ、ちゅ、と音を立てながら何度もキスを交わして、お互いの緊張を解いていく。それに比例するように、鼓動と欲望は大きくなっていった。
「……っ」
 手塚の手のひらが、腹から這い上がってくる。シャツ越しの体温と明確な欲に、跡部の肩が揺れた。
「……すげえ、ドキドキしてんだが……」
「そのようだな……」
 シャツ越しでこんなにドキドキしていて、直接触れられたらどうなってしまうのだろうと、跡部は不甲斐なさに歯を食いしばる。やはり、想像と現実は全然違うのだと思い知らされた。
 顎に歯を立てられてのけぞる。唇はそのまま喉を通り、首筋を吸い上げる。チリッと焼け付くような痛みを覚え、もしかして痕がついたのではないかと考えているうちに、引き出されたシャツの裾から手塚の手のひらが入り込んできた。
「ん……ッ」
「……これがお前の肌の感触か……綺麗に筋肉がついているな……」
 手のひらはそのまま這い上がり、指先は筋肉の道筋をたどる。はあ、と熱っぽい吐息が耳元で聞こえて、ぞくぞくと体が震えた。だんだんと上がってくる指先に胸が高鳴り、ついに二つの突起にたどり着かれて、膝が揺れる。
「手塚……っ」
「そう可愛い反応をするな、跡部」
 言いながらも手塚の指先は跡部の小さな乳首をつまみ上げ、くいくいともてあそぶ。その度にしびれるような快感が腰をうずかせた。
 ――――……んな、とこで、感じる、とかっ……冗談だろ……っ。
 ボタンが外されて肌が露わになる。少し硬くなった突起に吸いつかれて、息を呑んだ。
「んんぅ……っ、あ、あ……っ」
 指とは感触が違う。舌で転がされ、吸われる。舌先でつつかれて跡部はのけぞり、じわりと額に汗が浮かんできたのが分かる。
「てづかぁ……っあ、あ……ン」
 甘ったるい声が空気に溶けていく。とても自分が立てている声とは思えない。恥ずかしいという気持ちより、手塚がどう思うかの方が心配だ。跡部はゆるゆると手を持ち上げ、口許を覆った。
「……っ、ぅ、……んぅ…………っく、ふ」
 それでも漏れてしまう声に歯を食いしばる。それに気づいたのか、手塚は吸いついていた胸から顔を上げた。
「跡部、声を抑えるな」
 せっかく覆った手をはがされて、跡部は責めるようにも手塚を見つめる。
「な、萎えねえかよ、こんな声……」
「いや、いつもの強気な声も好きだが、だからこそそんな声はとてもいい。逆に興奮しているんだが」
 至極真面目な顔でそう返されて、呆れながらも頬が染まる。そして恐る恐る視線を下へ向けると、分かりやすく雄を象徴するものがあった。パンツをぐいと押し上げるそれは、手塚の言う〝興奮〟を視覚的に伝えてくる。
「……勃ってん、の、か」
「…………お前のもだろう」
「んッ……ぅ」
 すっと伸ばされた手に触れられて、腰が沈んでいく。思わず呑んだ息を、のけぞって吐き出した。震える体にぐっと力を入れるのに、上手くいかない。くすぐるような手塚の指先がじれったくて、気持ちよくて、体中の力が抜けていくようだった。
「……っん、ふっ……ぅ、う」
 パンツ越しに包み込まれて、びくりと肩が揺れる。自慰など何度もしたことがあるのに、他人の……手塚の手でされているということが、快感を上乗せしてくる。
「は……っ、はぁ……」
 手塚の呼吸が荒くなったのに気づく。欲情されているのだと知る頃には、手塚の手はベルトのバックルを外して下着の中に入り込んでいた。
「てづ、か、……それっ……」
 にちゅにちゅと湿った音が耳に届くが、塞ぐ気力さえ持っていかれる。手塚に引き出されて、上に、下に、扱かれる。くぼみを擦られて、つま先がシーツを掻いた。汗がこめかみを伝い、顎を流れて喉に筋を描く。それを追った手塚の舌の感触に、跡部は震えた声を上げた。
「あ、あ……っ手塚、放せ、はな……せ、ばか、いやだ」
 気持ちよくてどうにかなってしまうと、ふるふる首を振る。こんなに気持ちいいなんて思っていなかった。浅ましい、はしたない醜態をさらしそうで怖い。まだ知らない自分がいそうで、身を預けきれなかった。
「跡部……、すまない、耐えきれない」
 ずいと身を寄せてくる気配がして、跡部は目蓋を持ち上げる。手塚の我慢が限界なのは理解できるが、まだ許容できない。手首を掴まれて、思わず身を強張らせた。
「てづ……っ」
「さ、……触って、くれないだろうか……」
 だけど掴まれた手を押しつけられたのは、シーツの上ではなかった。ファスナーの降りたパンツの向こうに、下着を押し上げる物がある。ぶわあっと羞恥がせり上がってくる。そして同時に、歓喜に似た欲望も。
 これが、自分を求めた熱なのか。
 跡部はちらりと手塚の顔を見やる。上気した頬と、荒い呼吸を漏らす濡れた唇。そして、獰猛な肉食獣のような瞳。
 ぞくぞする。分かりやすく言えば、感じた。
 手塚の欲というものを、この瞬間まで本当には理解していなかったのだろう。だが、今、明確に理解する。すべての熱でもって触れてこようとしているのだと。
 こちらの方こそあふれそうだと、跡部は指先で下着のゴムを引く。熱を帯びた雄が待ちわびていて、知らず口の端が上がった。

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