贈る側のはずなのに(10/4)

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 テニスをしないか。
 悩みに悩んで俺がそう言った時の跡部の顔は、いつになく嬉しそうだった。

 
「珍しいこともあるもんだなぁ、手塚。お前の方から俺を誘ってくるなんてよ」
 ひとしきり打ち合って楽しんだ後、ベンチで水分補給をしながら跡部が笑う。そうだろうかと考えかけて、まあそうだなとすぐに肯定した。声をかけるのは、いつも跡部の方からだったからだ。断る理由もないどころか、渡りに船とばかりに俺は一も二もなく頷いていたんだが、今日ばかりは俺の方から誘いたかった。
 今日は跡部にとって大切な日だ。この世に生を受けた日。いわゆる誕生日というヤツだな。
 額を、頬を伝う汗がきらきらと輝いているこの男が、生まれた日。
「迷惑だったか?」
 しかし予定が空いているとは思わなかった。何しろこいつは跡部景吾だ。パーティーだとかなんだとか、絶対にあるだろう。そんなに忙しい日になんで俺の誘いを受けてくれたんだ。テニス馬鹿としか言い様がない。
「んなわけあるか。パーティーの開始時間も少しずらせたしな。……ハ、今日という日にテニス、ね。お前らしいが」
 ああ、やはりパーティーがあるのか。これは気づかれているのだな。今日誘った理由に。
「これ、誕生日プレゼントのつもりなんだろ? テニス馬鹿のお前らしい発想じゃねーの」
「……テニス馬鹿というのは、お前には言われたくないが」
「フ……じゃあ、傲慢だとでも言ってやればいいか? お前とのテニスを俺が喜ぶと思ってんだろうが」
 ぐっと言葉に詰まった。何をプレゼントすればいいか分からなかったというのは、言い訳でしかないのだろうな。だって仕方がないだろう。跡部景吾だぞ。欲しいものは何でも手に入るだろうし、自分の力で手にするという男だ。そんな相手に、何を贈れと言うんだ。しかも、跡部の印象に強く残るようなものなんて、そうそうない。
「まあ、その判断は正しいぜ。お前の思ってる通り、俺はお前とするテニス、好きだしな」
 悔しいことに、と言いながらも、跡部の顔は嬉しそうだ。そんな顔をするのはやめてほしい。おかしな期待をしてしまうだろう。
 跡部は俺のことを、ただのライバルとしてしか見ていないのだろうに。
 俺だけが恋情を抱いている。それは分かっているんだ。だからこそ、他の誰にもできない贈り物を選んだつもりだ。俺自身も楽しんでしまったが、テニスなのだから仕方がない。
「誘ってくれて嬉しかったぜ。お前の誕生日には、俺の方から誘ってやるよ」
「それはいつもと変わらない気がするが」
「嫌なら……控える」
「そんなことは言っていない。俺はお前とテニスがしたいと思っている」
 ベンチから腰を上げて帰り支度を始めてしまった跡部に、俺は慌ててそう返した。「やめる」ではなく「控える」というあたりはなんだか嬉しい。跡部は本当に俺とのテニスを楽しみにしてくれているらしい。
「ん、なら予定空けておけよ。七日、青学に迎えに行ってやるから」
 いつもと変わりなくても、跡部と一緒にいる時間が増えるならそれは幸せなことだ。しかも、俺の誕生……日……、待て。なんで俺の誕生日を跡部が知っているんだ。思わず跡部の腕を掴んでしまった。汗で湿る素肌の感触に、うっかり胸が鳴る。
「な、んだよ」
「どうして俺の誕生日を」
「……………………は?」
 跡部が不思議そうな……というより、不審そうな顔をする。俺はそんなにおかしなことを言っただろうか。
「いや、お前……普通知ってんだろ、好きなヤツの誕生日くらい……」
 呆れた様子で跡部は呟く。耳を疑った。どういうことなんだ。好きなヤツというのは、つまり、俺のことか。跡部が、俺を……? まさか、そんな都合のいいことがあるわけがない。
「おい手塚、なんで今さら驚いてんだ。まさかとは思うが、俺の気持ちに気づいてなかったのか?」
「ま、待て跡部、お前の気持ちというのは」
「…………俺がお前を好きなこと、とっくに気づかれてると思っていたんだが。その上で誘ってくれたんなら、脈があんのかと浮かれてたが……どうやら見当違いだったようだな。鈍いにも程があんだろーが」
 そんな都合のいいことが――あった。跡部が俺に好感を持ってくれているのは分かっていたが、それがこんな意味だなんて思わないだろう、普通。
 項垂れて、顔を覆った。どんな顔をすればいいか分からない。嬉しくて仕方がないのに、先を越されたようで面白くない。
「こんなふうに言うつもりじゃなかったんだが、手塚、俺はお前が好――」
 ハッとして顔を上げ、とっさに跡部の口を手のひらで覆う。声を遮られて跡部は目を瞠り、次いで不愉快そうに眉間にしわを寄せた。もっとも、そうしたところでこの男の美しさが損なわれることはないんだが。
「すまないが先に言わせてもらうぞ、跡部。俺はお前が好きだ。恋という意味で、跡部景吾に惹かれている」
 よかった、これで俺の勝ちだ。
 跡部の目が先ほどより大きく見開かれて、は、と訝しむ吐息が手のひらに当たる。信じられないのだろうか。そうだろうな、俺だってすぐには受け止められない。
 だけど、驚いてなのか力をなくした跡部が膝から崩れそうになるのは受け止めてやれた。かすかに震えているように思うのは、どう捉えたらいいのか。怒りなのか、歓喜なのか分からない。
「お……れさまの告白を遮ってまで言うとはいい度胸じゃねーの、手塚ぁ……!」
 低い声が耳に届く。これは怒っているのか。まあ口を塞がれたのではいい気はしないだろうな。すまないとは思うが、負けたくなかっただけなんだ。嫌われてしまっただろうか。
「跡――」
 衿をぐいと引かれる。きらきらと光る髪が視界を襲ったかと思った次の瞬間には、唇が触れていた。柔らかく食まれて、驚愕に目を見開く。
「これで一勝一敗だろ、アーーン?」
 なるほど先を越されたくないと思ったわけだな。そんな状況でファーストキスはどうかと思うが、俺と跡部である以上は勝負になってしまうのも仕方がない。頬が赤くなっている跡部も可愛いし、ここは負けておいてやるとしよう。
「……では、これで俺とお前は恋人同士ということで良いんだな」
「お前のが冗談じゃねーならな」
「俺は冗談など言わない」
 そうかよ、と俯きながら呟く跡部は、耳まで赤くなっている。思わず抱き寄せてしまったが、恋人なのだから問題ないだろう。現実なのだと認識したくて、俺は跡部を強く抱きしめる。
「跡部、……誕生日おめでとう」
「ああ、ありがとよ。最高のプレゼントじゃねーの、手塚ァ!」
「贈る側のはずなんだが、俺の方がプレゼントをもらってしまったように思う」
「バーカ、お前へのプレゼントはこんな揉んじゃねーからな。覚悟しとけ」
 跡部が嬉しそうに強く抱き返してくれて、胸が鳴る。もっと早く告げていれば良かったとも思ったが、跡部が喜んでくれたのだから、まあ、よしとしておこう。


 その後、引っ張り込まれたパーティーで、氷帝メンバー相手に恋人宣言された時には、どうしてくれようかと思ったが。

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