さくら、ひらひら

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陽の当たる桜並木を、恋人と二人で歩く。
手をつな繋ぐことはできないけれど、心の方はしっかりとつながっていると思いたい。

「もう散っちまうな。もう少し早く時間が取れりゃ良かったんだが」
「先日の雨で、ずいぶんと散ってしまったからな。来年は満開の時期に一緒に見られるといい」

桜の木を見上げると、花びらを付けている部分はもう少ない。落ちた花びらは道を覆い、時たま吹く風で踊っている。
それもまた風情があるが、本当なら満開の時期に二人で花見でもしたかったと思う心を、手塚は正確に酌み取ってくれる。跡部は「そうだな」と肩を竦め、葉桜に変わりかけた枝を見上げた。
「だが、葉桜もいいと思う。あの緑は、コートの芝と同じ色だ」
「ハハッ、相変わらずテニス馬鹿じゃねーの、手塚ァ」
「何かおかしなことを言ったか?」
言いながら振り向いてくる手塚に、跡部は首を振って微笑む。
この男の頭の中はテニスでいっぱいで、それが跡部には少し寂しくて、誇らしい。
跡部と同じく、テニスにすべての情熱を注ぐ手塚が、本当に愛しい。
自分たちの間には常にテニスがあって、それが自然なのだ。各国の大会で逢う時は敵同士、休日には恋人同士、それが心地良い。

「うわ……っ」

強い風が頬を撫でていく。突然のことに対処ができず、髪が乱れてしまった。指先で梳いていると、ふいに手塚が手を伸ばしてくる。
「花びら」
「ん? ああ、悪い。サンキュ」
どうも先ほどの風で舞った花びらが肩についていたようだ。まだひらひらと名残のような花びらがたくさん舞い落ちてくる。

「こうして降ってくる花びらを掴めたら幸福になれると聞いたことがあるが、これはノーカウントだろうか」
「アーン? ずいぶんロマンチックなこと言うじゃねーの」

風や空気の抵抗を考えると、確かに降ってくる花びらを掴むのは至難の業だろう。
だがしかし、跡部景吾を見くびってもらっては困る。手のひらで顔を覆い、得意の眼力を発動してみた。
風の流れ、花びらの向き、重さを考慮して、降ってくる小さな花びらを捕まえてやった。
「俺様にかかればこんなもの、朝飯前だぜ」
ほら、とその花びらを突き出してやれば、手塚はどうしてか眉間にしわを寄せた。理由が分からなくて首を傾げる。もしかして手塚も花びらを捕まえたいのだろうかと視線を上向けた。気まぐれな風だ、また吹いて桜の花を散らすだろうと呟きかけた時、

「……花に先を越された気分だな」

「手塚?」
突き出した手を包み込んで、そのまま引き寄せられる。
花びらを掴んでいた指を解くように搦め捕られたせいで、せっかく掴んだ花びらがひらりひらひらと落ちていった。

「花びらなど掴まずとも、お前のことは俺が幸福にする」

は……、と息を吐くように声を立て、ボッと頬が染まるのを自覚する。どうしてこの男は毎度毎度、脈絡もなくとんでもないことを告げてくるのか。惚れているのはこちらの方だけだとは思わないのは、時折こうして馬鹿でかい愛を示してくれるからだ。
今でも充分幸福なのだが、撃ち込まれたサーブは返してやろう。
跡部は空いた手をすっと持ち上げて、人差し指で手塚の唇に触れた。

「ああ、そうだな。俺の桜はここにある」

そうして絡んだ手を引き寄せて、キスでリターンする。満足げに腰を抱いてくる腕に身を任せて、跡部も手塚の背中に腕を回した。
もう風で花びらが降り注いでも、指先が花びらを追うことはない。互いのそれは、相手を抱きしめることにしか使われなかった。

 

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