ただの好意かそれとも恋か

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発行物詳細

2022/05/03 全国大会GS Ω2022にて発行
【装丁】文庫サイズ/92P/全年齢/500円(イベント価格)
【自家通販】BOOTH(https://hanaya0419.booth.pm/items/3834166)匿名性なし
【あらすじ】全国大会後、跡部は物足りない日々を過ごしていた。気まぐれに手塚をテニスに誘えば、意外にも快諾が返ってきて驚く。それでも日が暮れるまで打ち合い、抑圧のないゲームを楽しんだ。気晴らしになったと言う跡部に、誘ってくれてありがたいと手塚は恋を告げてくる。跡部はそれを受け入れる気は当然なくて断るが、手塚は諦める気はないようで――? 旧テニの世界線です。

手塚は小さくこくりと頷き、理解をしてくれた。手塚とはいいライバルでいたいのだ。それは跡部の本心だが、手塚にそういう気持ちがある以上無理だろうかと、ほんの少し寂しくて、悲しくなってくる。
 緊張が解けてしまったのか、手塚がらしくなくどさりと音を立てて隣に腰をかけてきた。
「では、どうしたら交際してもらえるだろうか」
「――テメェ理解したんじゃなかったのかよ!? ついさっき分かったって言ったばかりだろうが!?」
「提案が却下されたのは分かった。だから妥協案を」
「何も妥協してねえだろ。最終的には俺とつきあいたいってことじゃねーの」
「それはそうなる」
 至極真面目くさった顔で素直に頷かれて、くらりと目眩がするようだ。跡部は思わず屈み込んで頭を抱えた。
「手塚、お前な……」
「可能性が少しでもあるならつけ込んで、……すまない言い方を誤った。攻めてみた方がいいだろうと思って」
「つけ込むんじゃねーよ。可能性なんざ欠片もねぇ」
「欠片もか」
 ああ、と大きなため息とともに返してやる。それには「そうか」と返ってきたが、先ほどのことを考えると、理解したというだけで諦めたというわけではないのだろう。
 テニスで心地の良い疲労を感じた後にこんなことで疲れることになるなんて、思ってもみなかった。跡部は体を起こし、髪をかき上げた。
「俺様の美貌に血迷うヤツがいるのは仕方ねえが、男からってのはあんまり気分のいいもんじゃねーな」
「……すまない。俺も、好きになろうと思って好きになったわけではないんだが、お前からしてみたら、そうだろうな」
 肩を落として手塚が小さく呟く。
 心なしかしょんぼりとしているように見えて、跡部は気づかれないようにぱちぱちと目を瞬いた。いつも強引なプレイで相手や観客を巻き込んでいく男が、跡部景吾の言葉ひとつでこうもしおれてしまうなんて。
 手塚には悪いが、面白いものを見たと感じてしまう。
「まったく面倒なこと言い出しやがって。俺はテメェにそういう勘違いさせる態度取ってた覚えもねぇ……ん、だが……」
 言いかけて、ふと思いとどまる。指先を額に当てて記憶を掘り起こしてみるが、恋に発展してしまう態度を取っていなかったとは言い切れないような気がしてならない。
 好敵手として認識していたし、試合会場で顔を見れば声をかけてもいた。それはライバルとしての挑発でしかなかったけれど、わざわざ近くに行ってまでというのはやりすぎだったのではないだろうか。執着と取られても仕方がない。越前リョーマとの試合でも、頭のどこかに手塚のプレイが存在していたのも事実だ。
 他校の選手相手に、自分から話しかけることは少ない。手塚だけは違う。それを自覚していなかったのは認めるが、断じて恋心からではない。
 しかし、跡部のその態度から周りが勘違いする可能性はあったのだと今初めて気がついた。それで囃し立てられて祭り上げられて、手塚も勘違いしてしまったのだろうか。
「おい手塚よ、俺様はな、別にテメェのことは」
「気分を害させてすまない。何しろ初めてのことで、勝手が分からないんだ。誰に相談すればいいかも分からない。跡部は困るだろうと思っていたんだが、隠しておくのは誠実ではないと思ってのことだ」
 勘違いをさせたのなら詫びねばならないと思った弁明を、手塚は遮ってくる。この物言いからするに、周りはともかく彼自身は跡部の感情を変なふうに解釈したわけではないらしい。ホッとした反面、あれは少しも特別なことではなかったと思われているようで面白くない。複雑な気分だった。
「テメェいったい俺様のどこに惚れたんだよ」
 好敵手とはいえ、普段の生活はお互いまったく知らない。ふとした仕草や価値観に触れて恋に落ちるほど、共に過ごした時間があるわけでもないのだ。学園生活でそういう時間が多いのならばまだしも、いつ、いったいどこに惹かれたのだろう。
「どこ……」
 訊ねた言葉に、手塚は腕を組んで考え込んでいる。すぐに出てこないというのは、多すぎて分からないのか、それとも言い出せないほどマズイ部分なのか。
 ――――コイツが跡部のコネや財力云々なんて言うはずもねーが、顔なんて言ったら張り倒してやるぜ。
 整った容姿というのは惹かれるひとつの要素だろうが、そんな理由で恋を告白してこないでほしい。そんな男相手に気を揉んでいる時間が惜しいのだ。
 跡部はそのわずかな懸念と苛立ちを眉間のしわに刻む。責めるような眼差しで、手塚の答えを待った。
「テニス、だろうか?」
「――は?」
 ややあって、振り向いた手塚が思いも寄らなかった答えを告げてきた。いや、思いも寄らなかったというよりは、接点がそれしかないのだから当然でしかない。選択肢にもしていなかった。
「だろうか、ってお前な……訊いてんのはこっちなんだよ。なんで疑問系なんだ」
「あまり理由を考えなかった。普段のお前を知らないし、他に何を挙げればいいのか分からない」
「俺のことを何も知らねえのに、よくもまあ好きだなんて言えるな。テメェはプレイスタイルだけでなく恋愛スタイルまで強引で傲慢なのかよ」
「お前のテニスに触れてしまえば、好きになっても仕方がないと思うが」
 呆れて物が言えないと息を吐き出すように笑ってやれば、さらなる追撃を受ける。ぐっと言葉に詰まった。
 テニスと人格がイコールで結ばれているのもどうかと思うが、嬉しくないわけではなかった。跡部のテニスには、恋をするにふさわしい価値があるのだと、恥ずかしげもなく言われているのだ。
 少しばかり、くすぐったい。
「それに、その理論でいうなら、俺のことをよく知りもしないのに付き合えないとは言えないんじゃないか?」
「屁理屈こねんな、次元が違うぜ。俺の美技が観衆を惚れさせるってのはまあ間違いねえがな、手塚よ。要するに俺とテニスがしてえってことだろうが。それはただの友人とか、ライバルでも成り立つぜ」
 跡部自身大会を経て、尊敬するプレイヤーは増えた。対戦はできなかったものの観戦してうずうずした選手や、受けてみたいと思う技はたくさんあった。もう公式戦では当たらないからこそ、焦がれるような思いだってある。
 手塚のそれも、同じものではないのか。
 たった一度対戦したあの試合。頂上決戦と言われているのも知っている。あの試合を上回る熱戦も多々あるが、多くの選手たちの胸を打っただろうことには変わりがない。跡部の中でも、ただひとつの特別な試合だ。
 跡部にとって手塚が特別な相手であることは否定しない。
 手塚にとっても跡部が特別になってしまっていることも、否定はしない。
 しないが、テニスに焦がれるのと相手自身に焦がれるのとはまったく違う。
 そう諭してやったというのに、手塚は面白くなさそうに眉間にしわを刻んだ。
「成り立たないな。少なくとも俺は、ただのライバルにキスをしたいとは思わない」
 即座に否定されて、絶句した。まさか手塚国光の口からそんな単語が飛び出してくるとは思わないだろう。違和感だらけだ。
「キ、………………ス、とか言うのかよ、お前が」
「心配しなくても、無理やりどうこうするつもりはない。怖がるな」
「だっ……誰が怖がってんだよ。……少し、驚いただけだぜ。少しな」
 思わず強張ってしまった体を、深呼吸ひとつでなだめる。
 しかし、困った。手塚は頑なに恋情だと示してくる。キスがしたいなどと、人並みの感情も持ち合わせていたんだなと若干的外れなことを考えた。健全な男子中学生らしくて微笑ましいことだ。相手が自分でさえなければ。
 無理やりどうこうするつもりはないという彼の言葉を信じたいが、信じ切れるほど手塚国光という男を知らない。
 もちろんイメージというものはあって、その中で彼がそんなことをする男だとは思っていない。そもそも恋愛感情をきちんと認識できる男だとは思っていなかったのである。これは跡部のデータ不足だ。
「もちろん、純粋にテニスプレイヤーとして尊敬もしている。テニスにかける情熱は見ていて心地がいいし、負けたくないという思いも強くなる」
 膝の上でぐっと強く拳が握られるのが見えて、跡部はそっと視線を上に上げる。前を見据える横顔は、跡部も惹かれて止まないテニスプレイヤー・手塚国光だった。
 テニスに関する思いは同じなんだよなと、呆れにも似た歓喜が膨れ上がる。
「お前とテニスをしたいという思いも嘘ではない。それでも跡部のことを考えていると、ふとした瞬間に触れたくなる。抱きしめたくなるんだ。これが恋でないというのなら、俺は本当の恋を知らなくても構わないと思う」
 振り向いた視線は、まっすぐに向かってくる。
 ひとつひとつ、音を確かめるように呟かれる言葉はするりと耳に入り込んで、跡部の中に留まってしまう。
 ここまで言われてしまっては、否定するのは野暮というものだ。
「……本当に、好きなのか、俺のこと」
 跡部は最後にもう一度、確認した。
「ああ、好きだ」
 答えは分かっていたけれども、揺るがない手塚の恋情を受け止めるには、必要なプロセスだった。
「そうか」
 短くそう返し、ふうーとゆっくり息を吐く。膝の上で手を組んで、こくりと唾を呑んだ。

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