恋をしている

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発行物詳細

【装丁】文庫サイズ/86P/R18
初めて出す塚跡本です。時系列的には全国終わった後くらい?
【自家通販】BOOTH(https://hanaya0419.booth.pm/items/3304450
【あらすじ】
手塚は、恋人である跡部にちゃんと気持ちが伝わっているのか不安に思っていた。想う気持ちは大きいのに、明け透けに言葉を伝えてくる跡部に比べて何も返せていない。いつ何のきっかけでこの想いを自覚したのか思い返し、きちんと伝えようとするけれど――。

「手塚、打つだろ」
「ああ。少し待て、これを提出してくる」
その日、学園同士の交流だとかで合同で生徒会が招集された。報告書を作成し終えるや否や、当然とでも言いたげな跡部が窓から顎で外を指した。
強いプレイヤーと打てるのは純粋に嬉しい。関東大会の試合を経て、お互いを好敵手と認識し合った相手ならなおさらだ。
手塚は顔に出さないまでも、跡部と打ち合うのを楽しみにしていた。
全国大会でも氷帝学園と当たったが、彼ともう一度公式戦を行う機会がなかったせいもあるだろう。
チームとして勝敗は決したものの、根に持つような様子も見せず好敵手として球をかわしてくれる彼に、好感は持っていた。
遠慮も何もなく強いサーブを打ってくるのも、手塚ゾーンに対抗しようとしてくるのも、楽しくてしょうがない。それは跡部の方も同じようで、彼と打ち合うと必ずと言っていいほど長い時間を要した。
「手塚、まだやるのかい?」
案の定、今日も長いタイブレークに突入していたが、不二に声をかけられる。
「邪魔をして申し訳ないけど、校門の鍵締まるよ。家の人も心配するんじゃない?」
気がつけば他の部員はすでに帰宅しているようで、誰もいない。跡部との打ち合いに時間がかかることに、部員たちも慣れてしまったのだろう。
「もうそんな時間か」
トスを上げようとしていた手を下ろし、手塚はネットの向こうの跡部に視線を移した。
「跡部。今日のところはこれで終わりにしよう。どちらが勝っているということもないし、ちょうどいいだろう」
水を差しやがってとでも言いたげに眉を寄せたものの、跡部はラケットを下ろす。
「手塚、テメェの家族ごと俺様の家に引っ越せ。そうすりゃ時間なんて気にせず打てる」
跡部が言うと、冗談かそうでないのか分からない。
だが、家族に心配をかけてしまうという部分を酌んでくれたことに感謝した。
「跡部、明日は?」
言って、手塚は自分で驚いた。確かに跡部と打ち合うのは楽しいが、毎回跡部が押しかけてくるからであって、自分の方から求めることはなかったのに。
すぐ傍で、不二が小さく「へえ」と呟いたのも、珍しいと感じたからだろうし、ネットの向こうで跡部がぱちぱちと瞬いたように見えたのも、そういう理由だろう。
少し居心地が悪いと感じたその時、跡部が後ろの方に転がっていたボールをラケットで拾い上げた。面でトスを上げ、ポンと打ってよこされる。
手塚はそのボールをとすりと胸で受け止め、ラケットに乗せた。
「また明日な、手塚」
「――――」
瞬きと、呼吸を忘れた。
いつもの勝ち気な口調だったが、その顔が楽しそうで、嬉しそうで、少しの間動けなかったのだ。跡部がコートを去ったその瞬間まで。
「手塚、ボクは初めて聞いた気がするよ。人が恋に落ちる瞬間の音というものを」
聞き慣れない単語に、思わず隣にいた不二を振り向く。まさか自分に言われたのだろうかと視線で訊ねたら、ふっと笑う声で返された。
「……………………何を言い出すかと思えば」
恋、だなんて。
その感情の名前は知っている。だけど、今の自分には必要のないものだ。
テニスをしていたい。テニスがないと生きていけないなどとは思わないが、テニスだけをしていたいと思うことはある。それほどに、自分の人生に食い込んでいた。もっと上を目指したい。恋なんてものにうつつを抜かしている暇もない。
「跡部が俺とテニスをしたがってくれていることは嬉しく思うが、けっしてそういった不埒な感情ではない」
跡部は尊敬するべきプレイヤーで、学校が違う以上は敵対者で、そもそも同性だ。
今はテニスに全てを懸けたい。
その思いは跡部だって同じだろう。同じだからこそ、挑み合える。
「ボクは恋情が不埒なものだとは思わないよ。手塚も普通の男子中学生だったんだなって、嬉しささえ感じる」
てっきり本当にテニスにしか興味がないのだと思っていた。そう言われて、間違った解釈ではないと思うが、と視線だけで答える。
「いいじゃないか手塚。跡部だってキミに好感は持ってるだろうし、アプローチしてみれば」
「不二」
部室に向かいながら、諫めるために名を呼ぶ。不二の中では、すでに確定事項となってしまっているらしい。面白半分といった様子ではないが、ありがたくない世話だ。
跡部に対する気持ちを穢すな。
そう形になって飛び出しそうだった音を、手塚はすんでのところで飲み込んだ。
――跡部に対する、気持ち……?
不思議な感覚だった。否定をしたいのに、否定したくない。
跡部に対して持っている感情が、好意か悪意かと言ったら、当然好意の方だ。しかし悪意ではないというだけで、恋ではない。
彼の、本気のテニスに対する真摯な思いを嬉しく思っている。ただそれだけだ。
あの時、全力で受け止めてくれた彼に対する、純粋な感謝と尊敬――恋ではない。
「手塚、本気で怒ってるね」
「分かっているなら、今後軽はずみな発言は控えることだな」
不二からは何も返ってこなかったが、追求されることもなく、手塚は息を吐く。
跡部が打ってよこしたボールを受け止めた時の、胸の音には気がつかなかった振りをして。

「手塚。お前、次の部長は決めてんのか?」
「ああ、決めている。竜崎先生とも話し合った」
いつものように打ち合って、フェンスにもたれながら水分を補給する。お互い部を率いてきた長ではあるが、次の世代に託さなければいけない。
「跡部のところは部員がたくさんいるから、大変だろうな」
「ハッ、今のいいな手塚。氷帝のじゃなく、俺のってとこがよ。だがそんな俺様も、さすがにずっと部長でいるわけにはいかねえからな」
一年の頃から率いてきた部員たちも、次の世代に移っていく。感傷的になっているのか、少し自嘲気味に上がる口の端を珍しいと思った。
「跡部の後継というのは、本当に難しそうだ。……いろいろな意味で」
「テメェに言われたかねーな。技術や統率力を、どうしても比べられちまうだろ。だがそれを撥ねのけて乗り越えられるヤツを選ぶんじゃねーか。お互いに」
跡部も跡部で、後継をもう決めているようだ。お互いにと付け加えられた言葉が、手塚の視線を跡部に向けさせる。
こんな時、跡部と知り合えて良かったと思う。環境もプレイスタイルも異なるのに、共感できる部分が多くあった。それこそ、お互いにだ。
そうだといいと胸の内で思いながら、ボトルに口をつける彼をじっと眺めた。
「しかし、分からねえもんだな。お前とこんなふうに頻繁に逢うようになるなんてよ。生徒会の件だって、テニス通して知り合ってなきゃ断ってる」
「それはそうだな。最初はうちの部員たちも驚いていたようだが、今はお前が押しかけてくることに、もう慣れきっている」
「くくっ、一人くらい観客がいてもいいんだがな。手塚、もう一ゲームやろうぜ」
跡部がフェンスから体を起こし、ラケットを握る。コートを顎で指し、いつもの挑戦的な瞳を向けてきた。
「勝つのは俺様だ!」
「……俺は負けない」
手塚もラケットを握り、コートへと足を踏み出す。
胸が逸る。血が滾る。
ボールを打つたびに、ボールを打ち返されるたびに、言いようのない高揚感がわき上がってくる。
その高揚感を込めた球が、跡部の足下を撃ち抜いた。息を止めたような彼の一瞬の表情。転がったボールを追った視線。
「やるじゃねーの、手塚ァ」
そして向けられた、好戦的な瞳。
手塚は息を飲んだ。
背筋を駆け抜けていった何かに気を取られ、跡部の反撃に動くことができなかった。
「アーン? 俺様の美技に酔いでもしたか?」
転がったボールを追うことすらできない手塚に、跡部が声をかけてくる。
茫然と――いや、愕然とした。
硬直した三秒。手塚は眉を寄せ、ようやくボールを振り向く。指先で拾い上げ、ぐっと握りしめる。その拳が震えているのを、跡部には気づかれたくなかった。
「すまない、何か、少し……悪寒のようなものを感じて」
「ああ、俺様の美技にだろ。……ってわけでもなさそうだな。汗の処理ミスったんじゃねーのか手塚」
跡部はラケットを肩に担ぎ、ひょいっとネットを飛び越えてくる。もうゲームをするつもりはないようだった。
「今日は切り上げるぞ。体の不調を甘く見るんじゃねえ」
「…………いいのか。俺の方が勝ってたが」
ぐっと言葉につまった跡部だが、視線を左右に泳がせて正面に戻し、不本意そうに眉を寄せてチッと舌を打つ。
「仕方ねえから、今日は勝ちを譲ってやるぜ」
そう言って通り過ぎ、バサリとタオルを放ってきた。勝負にこだわる跡部が、勝ちを譲ってまで体調を優先してくれたことに驚くが、それ以上に嬉しくて苦しい。
「ああ、そうだ手塚。明日はちょっと家の用事があって来られねえんだ」
「そうか」
「悪いな。今日は送っていくぜ、今車を呼ぶ」
言いながら携帯端末を取り出す跡部に、手塚は首を振った。
「いや、申し出はありがたいが、遠慮させてもらおう。歩きたいんだ。寄るところもあるしな」
「そーかい。じゃあ、またな手塚。肩冷やすんじゃねーぞ」
厚意をやんわりと押し返しても、跡部は機嫌を損ねることなく、むしろ気遣ってくれる。手塚は「ああ」と返して、跡部の背中を見送った。
細く長く、息を吐き出す。口許を覆う手が、心なしか震えているように思えた。
「……跡部……」
本当は寄るところなんかない。歩くことも鍛錬の内だとは思っているが、断った本当の理由はそんなことではなかった。
まさかこんなことになるなんて。
先ほど、体を駆け巡ったものの正体に気がついてしまった。どれだけ否定しようとしても、一度自覚した感情は体の中に根付いてしまう。
もっと近くで見たい。もっと近くで射貫かれたい。
――触れたい。
手塚は間違いなく、跡部のあの好戦的な瞳に欲情したのだ。
欲情。
試合中の興奮や高揚感とは違う。試合なら、触れたいなんて思わない。抱きしめたいなんて考えもしない。
あの情熱をもっと深く知りたいと思ったことはあるが、こんな熱は欲しくない。
くそ、と手塚は珍しくそう呟いて、項垂れて額を押さえる。不二の言っていたことを、こんな形で自覚してしまうなんて。
跡部を目で追ってしまうのは、ボールを打ち返す仕種を見るためだ。
打ち合う時間を作ろうと予定を調整するのは、そうしないと跡部が不機嫌になるせいだ。
今日は行けないと連絡が来るたび気持ちが沈むのは、勝負が持ち越されたからだ。
体が熱くなるのも、胸が騒ぐのも、流れる汗に目が行ってしまうのも、すべてテニスにつながっている。
そう言い訳をしてきた日々が、ついに終わりを告げてしまった。

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