キスを贈る

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 目を覚ますと、すぐに他人の肌の色が視界に飛び込んでくる。同時に、自身に巻きつく腕の存在に気がついて、なんとも言えず幸福な気分になった。
 跡部が手塚より先に目を覚ますのは、実は珍しいことで、今日は久しぶりに恋人の寝顔を眺めることができる。
 しわの寄っていない眉間だとか、案外に長い睫毛だとか、綺麗な鼻筋だとか、引き結ばれていない口許だとか。
 
 ――――やっぱ、いいな。こういう時間。
 
 跡部はゆっくり瞬きをして、目を開けても消えていかない現実に口許を緩める。
 昨夜は、とても濃密な時間を過ごした。手塚の誕生日だったおかげで、いつも以上に甘やかせた気がするが、彼の方はどう思っているだろう。幸せだと思ってくれていたらいい。
 そんなふうに考えていたら、たまらなくなって思わず目蓋に口づけてしまった。そうしてからしまったと思ったが、一人で起きているのも寂しいし、これで起きてしまってもいいかと唇を離した。
 
「ん……跡部、起きたのか?」
 
 案の定起きてしまって、寝顔を堪能する時間が終わる。しかし朝いちばんに恋人の声が聴けるのは嬉しい。

「モーニン、ダーリン。まだ早いぜ?」
「おはよう……確かに充分な睡眠を取ったとは言えないな……」

 昨夜の行為で体力を使い過ぎたのか、珍しく手塚が眠たげな声を上げる。可愛いなと跡部は目を細め、鼻先にキスを贈った。

「まだ寝るなら、俺はお前の寝顔見て楽しむが。可愛いじゃねーの」
「可愛くないだろう。どう考えたってお前の寝顔の方が可愛い」
「自分の寝顔なんて分かるわけねーだろ。なんなら写真撮ってやろうか」
「おいやめろ」

 枕元の携帯端末に手を伸ばせば、それを手塚の手が追ってくる。端末の上で重なった温もりに胸が鳴って、振り向いた先で唇同士が触れ合った。

「ん、……フフッ、おいこら、くすぐってえだろ」
「お前が悪い。そういう可愛いことをするな」
「理不尽すぎんだろ……」
 
 唇は喉元に移動して、朝から過ぎた触れ合いに変わっていく。
 目蓋にキスなんかしなきゃよかったと思いつつ、両腕で抱き寄せて、今度は手塚の額にキスをした。

 跡部を胸の下に組み敷いて、奥まで入り込む。のけぞった喉元に食らいついて、跡を残した。
 
「んっ……んんッ」
 気持ちよさそうに声を上げる跡部に、また欲望がせり上がる。中でこの快楽を解放したいと思う反面、ずっとこんな時間が続けばいいとも思う。
 手塚は正直、自分はもっと淡泊な男だと思っていた。テニス以外には興味がなくて、恋愛なんて考えたこともなかったのに。だけど、この男を前にするとそんな自分がどこかへ消えて言ってしまう。
 触れたい。かき回したい。ずっと奥を濡らして、揺らして、そこに欲を叩きつけたい。
 
「跡部……っ」
 跡部景吾に出逢わなければ、テニスだけに集中して生きていけただろう。恋の痛みも幸福も何も知らずに、こんな熱の解放も覚えず、ただひたすら、テニスに。
 
「手塚、好き……好きだ、手塚ぁ……っ」
 
 息を呑む。
 心臓を鷲掴みにされてしまった。たまらなく愛しい。手塚は跡部の足を大きく広げさせ、ずっと、ずっと奥まで入り込んだ。相当気持ちがいいのか、震えた声を上げる跡部を何度も何度も突き上げて、中をかき回す。締めつけられる感覚に酔い、身を震わせる。
 荒れた吐息で名を呼び、ゆっくりと引き抜き隣に横たわる。同じように乱れた息を整える跡部を横目で見ながら、頬を撫でた。

「また無茶をさせたな。すまない跡部」
「いいぜ、お前にしか許さねえことだしな」
「あまり俺を甘やかすな」
「んなこと言うならあんまり俺に甘やかされてんじゃねーよ」
「難しいな」
「そうだろ」
 
 くっくっと笑う跡部が、たまらなく可愛い。左手でそっと髪を撫でると、心地よさそうに目蓋を落とす。
「なんか……たまんねえよな」
「……なにがだ」
「ラケット握る大事な手でよ、俺のことこうやって大事そうに撫でてくれんの、すげえ嬉しいぜ」
 
 手塚は目を瞬いた。利き手だからではあるのだが、無意識だったと。
 
「……大事そう、ではなく、大事なんだ」
「そうかい、ありがとよ」
 
 この男に出逢わなければ、と思うと憎たらしくさえ感じるのに、それ以上の愛しさで覆われてしまう。
 テニスをやっていてよかった。そうでなければ跡部景吾には出逢えなくて、こんな時間も過ごせなかったはず。
 
「愛しているぞ跡部。来年の互いの誕生日も、一緒に過ごせるといい」
 
 そう言って、大事な恋人の唇にキスを贈った。

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