華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.418
NOVEL,A3!,千至 2019.01.19
#両想い #ラブラブ #千至 #ワンライ
夜の風の冷たさに、至は思わずぶるりと体を震わせる。こんな日に限ってマフラーを忘れてきたのが悔やまれ…
NOVEL,A3!,千至
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夜の風の冷たさに、至は思わずぶるりと体を震わせる。こんな日に限ってマフラーを忘れてきたのが悔やまれた。
(まだかな)
だが、寒いにも関わらず、心だけはそわそわふわふわほわほわ。
誰かを待つということが、こんなにもくすぐったい気持ちになるなんて思わなかった。ちゃんと来てくれるかという不安はない。何しろ同じ職場で同じ劇団で部屋まで同じという相手なのだ。
だがだからこそ〝待ち合わせ〟という概念がない。取引先への直行でもなければ出勤は毎日一緒。デートに出掛けるにしたって同じ部屋からでは待ち合わせる必要もない。わざわざLIMEして都合を聞いて落ち合うなんてことは、仕事が終わった後しかなかった。
『一緒に帰れる?』
『いーですよ』
『少し遅れる。待ってて』
『おk』
なんて短いやりとりが、至には嬉しい。待っている間にゲームのクエストもこなせるし、彼を待つのは嫌いじゃない。
寒くなければ、の話だが。
自慢じゃないが寒さには弱い。できることならずっとコタツに入ってぬくぬくしていたいのだ。待つのは嫌いじゃないが早く来てほしいなと思っているところへ。
ひやり。
「ひえっ」
首筋に冷たい感触。至は幽霊にでも遭ったかのような声を上げ、そのひんやりの正体を振り向いた。
「先輩、やめてくださいよ!」
「ははっ、悪い。予想以上の反応してくれて嬉しいよ」
「俺を驚かせるために手袋しないで来たんですか? タチ悪い」
待ち人来たる。恋人である千景はちゃっかりマフラーを巻いてはいたが、手が寒々しい。確か朝はしていたはずだけど……と思い起こせば、理由なんてひとつしか思い当たらず、憎らしげに睨んでみた。
「いや、急いでてね。なんで外にいるの、どこか店でも入ってれば良かったのに。窓から見えて驚いた」
「え、窓ってどこから」
「十三階の会議室」
「分かりやすい噓おつ。店探して歩きながらだとゲーム無理だし、ここで待ってた方が楽なんですよ」
千景がその辺りをさすのを、乾いた笑いで返し、会社のビルのすぐ傍で待っていたことに言い訳をした。職場ではまだ猫を被ったエリート商社マンなのだ、ビル内でのプレイは控えたい。幸いこちら側の道は駅と反対側で、人通りは少なかった。
「それにしてもな……見てるこっちが寒い。これ巻いてて」
「え? あ」
言って、千景は自分のマフラーを外して至の首に巻き付けてくる。つい二秒前まで千景が巻いていたせいか、それは温もりと移り香を伴って至を包んでくれた。
思わぬ優しさに頬が火照るのを自覚して俯けば、千景のマフラーからほんのりと漂う彼の匂いに目眩がする。
「で、でも、先輩が寒いんじゃ」
「俺は平気だよ。待たせて悪かったな。次から、待ち合わせはどこかお店にしようか」
「え、でも」
「俺が〝遅れてごめん〟って走ってくるのが好きって理由は、却下な」
「何で知っ……――あ」
なんでそれを知っているのかと言いかけて、墓穴を掘ったことに気づく。飛び出た声を今さら戻すことなどできやしない。
見透かされていたことが恥ずかしくて、気まずくて顔を背けるのに、千景は手袋をしないままでそっと手を握りしめてくる。
「俺がそうだから。息切らせて走ってくるの、ときめくよな」
「……今度からゆっくり歩いてくることにします」
自分がそうだからお前もだろうなんて、さも当然のように言ってのける千景が憎たらしい。そしてそれが事実であることが悔しい。今回も急いで来てくれたのが嬉しかった。
結局惚れたらもう負けなんだよなあと、諦めたように息を吐いて項垂れる。
ふわりと香ってくる千景の匂い。悔しいくらい胸が疼いて、握られた手をきゅっと握り返す。
「……マフラー、ありがとうございます」
「ん、寒くないか?」
「寒いには寒いけど、平気ですよ。これ、先輩の匂いがしますね」
「ちょっと変態っぽいな」
「ちがっ、移り香っていうか! このノーロマンが!」
「へぇ、移り香って……ちょっと色っぽいよね」
引かれたかなと思い離れようとしたら、千景は逆にぎゅっと握った手を引き、髪に鼻先を埋めてきた。
「ホントだ、茅ヶ崎の匂いがする」
カッと体中に熱が充満するかのようだった。こんなところでそんなことをして、注目を浴びないほど日本はまだオープンじゃない。だが千景が人に見られるようなそんなヘマをするわけもなく、辺りはしんとしていた。
「そ、それは移り香っていうかもはや俺の匂い……」
「いい匂いがする」
すん、と鼻から息を吸う音が聞こえる。こんな往来ではしがみつくこともはばかられて、握りあった指先で千景の手の甲を撫でてみた。
「先輩、まっすぐ帰るつもりじゃ……ないですよね?」
「まあ、体も冷えたしね。マフラーじゃなくて、お前に匂い移してやろうか」
「じゃあ、俺は先輩に移しますよ」
そうして二人、匂いが相手に移ってしまうほど濃密な夜を過ごすことになるのだった。
#両想い #ラブラブ #千至 #ワンライ