華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.416
NOVEL,A3!,千至 2019.01.13
#両片想い #千至 #ワンライ
横を向いて、スマホの画面を眺める。いや、スマホ越しにベストを羽織る男を眺めた。 ああ今日も帰るのか…
NOVEL,A3!,千至
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横を向いて、スマホの画面を眺める。いや、スマホ越しにベストを羽織る男を眺めた。
ああ今日も帰るのか。そう思うと胃の辺りがずしりと重たくなる。こんな時間がとてつもなく嫌で、眠ったふりをしていたいのに、自分を散々抱いたあとシャワーをして、こうしてベストを羽織る姿も見ていたい。
どうしようもないなと、至は無意識のうちに眉間にしわを刻んだ。
「何か変なメッセージでも来てるのか? 茅ヶ崎」
「来てませんよ」
手首に高そうな時計をはめて、彼は――卯木千景は甘みの欠片もない声で訊ねてくる。至も、同様に素っ気なく返してみた。実際、眼前のスマホ画面には変なメッセージなど来ていない。
あるのは、千景との部屋番号のやりとりだけだ。職場の先輩で、ただのセフレというだけの、それこそ素っ気ないもの。
「そう? ならいいけど。お前終わったあとっていつもスマホ睨んでるから、誰かにバレて変なことになってんのかなって思ってね」
「え……、俺いつもそんなですか?」
「わりとね。セックスしたあとそんな顔されるのは、気分良くない。何かあるのか?」
千景はジャケットに手をかけないで、じっと至を見下ろしてくる。そんなつもりではなかったが、これは弁解をした方がよさそうだと、至は千景とのLIME画面を伏せてベッドに置いた。
「やだな、誤解しないでください。先輩とのセックスが気持ちよくないわけないじゃないですか。あなたがいちばんよく知ってるでしょ、俺の反応」
腕を千景に向かって伸ばせば、身を寄せてキスをしてくれる。気持ちよくないわけではない。求めに応じてくれたことを嬉しく思う気持ちと、同時に苦しく感じてしまう至の方に問題があった。
「……茅ヶ崎、もし誰かにとがめられるようなことがあれば、俺に言え。そいつ消してやるから」
「うーわー、先輩が言うとなんかガチっぽいんですけど。……大丈夫ですよ、誰にもバレてません。ウチの劇団にもね」
「今日は稽古よかったのか? ……そう。茅ヶ崎、――言えよ」
唇にキスを落として、千景は眼鏡を押し上げ離れていく。至は瞬くことでそれに答え、千景が口の端を上げた。
「じゃあ茅ヶ崎、おやすみ。またね」
「おやすみなさい先輩。また、気が向けば」
愛のこもった言葉を交わすことはおろか、手を振りあうこともせず、それは突然、世界が変わったかのように終わりを告げる。まるで舞台の幕が下りたようだと至は目を閉じた。
消せるものならば、この胸の痛みを消してほしい。引き留めたい思いを、触れたいこの気持ちを、せめて朝まで一緒になんて願うみじめさを、ひとつ残らず消してほしい。
「またって、あんのかよ、本当に……」
スマホを持ち上げロックを解除すれば、素っ気ない文字だけのLIME画面。間違っても恋人同士のそれではない。ズキンズキンと痛む胸をかきむしりたい。こんなLIME消してしまいたい。
千景の、噓か本当か分からない「またね」に期待をしてしまう自分自身を消してしまいたい。
何度も千景を受け入れた部分より、心臓の方がひどく痛む。いっそこっちが劇中であればいいなんて思った。
千景が海外出張が多いのは知っていた。帰国して少し本社に顔を出してまた違う国へ、なんてのも、ザラだったのも知っている。だけどひょんなことで関係を持つようになってからは、減っていた気がしたのに。
(ほぼ二ヶ月未読って、あの人何してんの……?)
帰国日を訊ねるLIMEに、既読の印が付かない。忙しくて見る暇がないのか、スマホをどこかに置き忘れてでもいるのか。千景の所属している部署に探りを入れてみても、出張の内容さえ分からなかった。
千景には謎が多すぎる。度重なる出張、多忙だろうにジムで鍛えてでもいるかのような肉体、すべてを覆い隠すような眼鏡、ときおり混ざる危ない発言。普通の商社マンとしては捉えられないような人間だった。
(……次いつ逢えるのか、とか。そういうの気にしなきゃならないの、本当にしんどい……面倒くさい、もうやめたい、こんなの)
一日に何度もLIME画面を気にしてしまう。今までそんなふうになるのはゲームに関することだけだったのに。千景のことで頭がぱんぱんになってしまう。連絡がないから余計にだ。
何度も、本当に何度も自問自答して、眉を寄せてLIME画面を見下ろす。こんなに長い間既読も付かないのは、千景の中でそう重要な相手にはなれなかったのだ。そう思って、至は唇を噛む。
〝このIDをブロックしますか〟というご丁寧な確認に、OKボタンを押して返した。
稽古のない金曜日、もう無理して定時で上がる必要もなくなった。定時で上がれればそれはありがたくダッシュで会社を抜け出すが、それはゲームのためでしかない。千景との時間を増やすために、昼食時間を削ってまで仕事をすることはなくなったのだ。
「お先に失礼します、お疲れ様」
まだ仕事の残っているらしい同僚たちにお決まりの挨拶をして、ぺこりと頭を下げて職場を出る。時刻は午後九時三十分、帰って美味しいご飯にありつこうと、少し沈んだ気分を上昇させた時だった。
「お疲れ、茅ヶ崎」
車のドアの前に、逢いたくて逢いたくなかった男の姿を見つける。
至は思わず後ずさる。けれど、心のどこかで願っていたのか、簡単に捕らわれてしまった。
「なんで逃げるのかな。お前の車だろ?」
「か、帰ってたんですか、先輩」
「俺の帰国日も知らないって、薄情だよね。乗れ、茅ヶ崎」
助手席を促されて、至は顔を背ける。このままいつものお決まりのパターンになるのかと思うと、気が重い。
「茅ヶ崎」
責めるように呼ばれ、至は回り込んで助手席のドアを開ける。IDをブロックしてしまったことは、なんと言って責められるのだろう。まるで死刑宣告でも受けるかのように、心臓が嫌な音を立てた。
「何かあったのか?」
車が発進してわりとすぐ、運転席から声がかかる。苛立ちをちゃんと隠した声はさすが卯木千景と言えばいいだろうか。だが至は、そんな千景から顔を背けた。
「別に何もありません」
「何もなくていきなりIDブロックするのか? おかしいだろう」
「おかしいのは俺たちの関係でしょう? いいじゃないですか、ただの先輩後輩に戻ったって」
窓ガラスに映る千景の顔を眺める。きっと今自分の眉間にはしわが寄っているのだろうなと自覚はしていた。
「また、抱いたあとと同じ顔してる。いつもいつも、誰からのLIMEであんな顔してたんだか知らないが、面倒なことになってるなら言えって言っただろう!」
「今この状況がいちばん面倒ですよ! 何も言わずにブロックしたのは悪かったかもしれないですけど、普通空気読んで距離置いたりしません!?」
勢いだけで振り向けば、同じく振り向いた千景の目が驚愕に見開かれていく。それはすぐに正面に戻っていったけれど、千景は長く細く息を吐いたようだった。
「……単に、俺との関係を解消したいってだけだったのか」
「え? あ、はい……?」
千景のことを考えるのがしんどい。セックスが終わるたびに惨めな気持ちになりたくない。そういった気持ちを一切説明せずにブロックしてしまったが、言わなくても分かると思っていた。何か気に入らないことがあったことくらいは。
「俺とのことでお前に何かあったのかと思って――気が気じゃなかった」
「は……? 先輩まさか、本当に俺が面倒ごとに巻き込まれてると思ってたんですか?」
「〝またね〟って言っただろ、関係を解消したがってるなんて誰が分かるか! 連絡が取れなくて俺がどんな思いでいたと思ってるんだ!」
「なっ……それはこっちの台詞ですよ! 二ヶ月も既読付かないし何かあったのかとか俺が何かしたのかとか思うじゃないですか! 心臓潰れそうだったのに!」
「それはっ……」
弁解をしようとしてか、千景が再度振り向きかけて、途中で視線が戻る。弁解できる要素がないのだろうか。
「それは……悪かった。ごめん」
至は耳を疑った。まさか千景から謝罪をうけるなんて思っていなかったのだ。「先輩?」と小さく呼べば、千景の眉間にしわが寄せられていく。
「……俺には敵が多いから、一緒にいるとお前も危険かもしれない。今までその事実から目を背けてきた」
「え、いや何言ってるんですか。社内の評判知らないとは言わせませんよ。社内どころか社外だって」
「たぶん俺は茅ヶ崎のことを気に入ってて、手放したくなかったんだと思う」
「は……え……いや、なに……何言ってんですかホント……」
困惑がそのまま頬の熱になる。危険かもしれないというのはどういうことか。それを黙っていたのは手放したくなかったからというのはどういうことか。
「でもお前が嫌ならやめようか。送るよ。えっと……劇団の寮まででいいのか?」
ドキンドキンと胸が鳴る。痛みは相変わらずあったけれど、潰れそうなほどのものではない。至は口を押さえ、うっかり飛び出てきそうな何かに耐える。
(な、なんだこれ、なに、どういうこと、死にそう、心臓、マジでか)
顔が熱くて、体が熱くて、むずがゆい。汗まで浮き出てきそうな情動に、至は慌てた。
「茅ヶ崎?」
「え、あ、は、はい……あの、寮で。ナ、ナビします」
「……よろしく。寮の場所知らないから」
少しの間と、消えない眉間のしわが気にかかる。気になる間も心音は治まってくれなくて、ナビしようとする声が震えた。
「茅ヶ崎。心配かけてごめん」
苦笑して少しだけ振り向いてくる。
瞬間、恋に落ちたと自覚して、くらりと目眩。
ああ苦しかったのはこのせいかと初めて気づいて、震える唇を開く。
「先輩……行き先変えていいですか。いいですよね」
「え?」
「どこでもいいんで近くのホテル。二ヶ月音沙汰なかった分、ちゃんと既読のマークつけてください」
自覚をしたらしたできっとつらい。それでも、触れたい思いの方が勝ってしまう。きっと胸の痛みは千景がどうにかしてくれるはずだ。
「二ヶ月分とか、お前月曜日にまともに出社できると思うなよ」
「え、あ、え」
ほんの少しの後悔も、恋と夜の闇に溶けていく――。
#両片想い #千至 #ワンライ