華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.415
NOVEL,A3!,千至 2018.12.08
#両片想い #千至 #ワンライ
金曜日、仕事帰り、浮かれた企業戦士たちが多い中、千景は至を無理やり助手席に押し込んだ。 逃げ出しそ…
NOVEL,A3!,千至
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金曜日、仕事帰り、浮かれた企業戦士たちが多い中、千景は至を無理やり助手席に押し込んだ。
逃げ出しそうな至に「話がある」と釘を差して、バタンとドアを閉める。
千景は運転席に乗り込み、すべてのドアをロックした。
「先輩」
抗議のような声は聞こえてきたけれど、構いもせずエンジンをかけアクセルを踏んだ。ゆっくりと走り出す車。助手席の至は、仕方なくシートベルトを締めるが、落ち着かない様子で視線を泳がせる。太腿の上できゅっと握りしめられた拳には、千景も気がついていた。
「先輩、停めてください。降りますから」
「話があるって言っただろう」
「俺にはありません」
「俺にはある」
らしくないテンポで会話が進む。かみ合っているようなかみ合っていないような、ちぐはぐなものが。至は明らかに話をしたくないようで、一度も千景を見ようともしない。
「……いい加減にしてくれ茅ヶ崎。いくら俺でも怒るぞ」
「もう怒ってるじゃないですか」
「このままどこかへ連れ去ってやろうか」
舌打ちのあとに、千景はそう呟く。至はきゅっと唇を噛んで俯いた。
「運転、しながらとか、危ないと思いますけど」
「俺の話を聞く気はあるのか?」
至は顔を背け、押し黙る。それを肯定と執ったか否定と取ったか、千景は近くのパーキングに車を滑り込ませた。
それでもドアのロックは解除せず、ステアリングから手だけをそっと下ろす。
「……茅ヶ崎」
静かな声に、至の肩がびくりと揺れる。
「もう終わりにしよう」
ああ……、と至は心の中で嘆く。ついにその時がきてしまったのだと。俯いたまま、太腿の上で拳を握りしめる。
「理由は分かっているんだろう?」
責めるような千景のこえに、至は震える唇を開いた。
「……でも、先輩……」
「分かってるはずだ、茅ヶ崎」
「まだ気持ちの整理が」
「今さら何を言ってる……!」
至の心臓がドクドクと異常な速度で大きな音を立てる。相変わらず千景の方を見ようともしない至を、落ち着けようとしてか、逃がさないようにと思ってか、ステアリングから降りた千景の手が、至の拳に被さってきた。
「せんぱ……っ」
「分かってるはずだろ、そうだと言え……!」
「分かってますよ! だけどこんなふうになるなんて思わなかった!」
「俺だってそうだ!」
千景の手のひらが、助手席側のドアを叩く。至近距離でその声を受けた至は、ぞくぞくと体を震わせた。
「後ろめたくないのか、茅ヶ崎。俺とセックスするだけの関係なんて」
ぐ、と言葉に詰まる。後ろめたさがなかったわけじゃない。
職場はもちろん、家族にも、劇団の仲間にも、誰にも言わずに関係を続けてきた。
恋情の伴わない関係のはずだったのに。
「カミングアウトしろって言ってるんじゃない、クローゼットで構わないんだ。ただ、終わりにしたい」
終わりにしたいと言う千景の唇が、泣き出しそうな至の唇に触れてくる。触れたその唇が震えているのに、至はそこでようやく気がついた。
「茅ヶ崎……」
鼻先に、目蓋に、髪の先に、千景の唇が降る。怖がっているのは自分だけではないのだと気がついて、至はようやく長く息を吐いた。
「――ちゃんと、恋人同士になろう」
恐る恐る目蓋を持ち上げれば、そこにはすがるような顔をした千景。
きゅう、と心臓が締めつけられた。
何か言って返したいのに、胸がいっぱいになって何も出てきてくれない。自分だけの想いだと思っていたのに、こんなふうになるなんて。相手の気持ちに気づいたのは、たぶん同じタイミング。
だけど恋人同士なんて幸せな関係になって、もしも壊れてしまったら――怖くて仕方がない。劇団の仲間にも言えないこんな恋、続けていく自信なんかなかった。
「頼む、茅ヶ崎……頷いて……」
ずっと続けられる自信なんて、誰にもあるわけがない。この先、何があるかなんて、誰にも分からない。相手が相手なだけに、余計にだ。
それでも。
至は千景の背中に両腕を回し、肩に額を押しつけ、千景にも分かるようにコクンと頷いた。
今の至には、これが精一杯だ。どうか伝わってほしいと千景を強く抱きしめる。
耳元で、ちがさき、と吐息のように呼んだ千景の声は、伝わったと考えていいだろう。
そうして二人は、セフレという関係に別れの言葉を贈ってやった。
#両片想い #千至 #ワンライ