華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.410
NOVEL,A3!,千至 2018.11.10
#千至 #ワンライ #セフレ
暴れる男を押さえつけて、枕を押しつけた。 何度経験しても胸くその悪い感触だ、と千景――いや、エイプ…
NOVEL,A3!,千至
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暴れる男を押さえつけて、枕を押しつけた。
何度経験しても胸くその悪い感触だ、と千景――いや、エイプリルは眉を寄せて舌を打った。
手の下で暴れているのはヒトではない。電池の入ったヌイグルミだ。やけに大きくて力の強いヌイグルミ。
そうでも思わなければ、やっていられない。
反面、ヒトであると認識していないと、今度は自分がヒトでなくなったような感覚に襲われる。
助けてくれ。枕の下からそんな言葉が聞こえた気がした。
悪いが助けられる立場にはない。個人的な恨みもなければ、助ける義理もないのだ。
いや、恨みというか、悪意はあった。組織の密売ルートに干渉してこなければ、目をつけられて自分にこんな任務が回ってくることもなかったのにと。
組織を甘く見ていたのが、この男の運の尽きだろう。
エイプリルは深く息を吸い込み、そこで止めて、震える唇を、笑うことでごまかした。
「憐れな男に神のご加護を――クソッタレ」
そうして、手にしたベレッタの引き金を引く。
サイレンサーを通過し、枕を突き抜けて、弾丸は男の頭を撃ち抜いた――。
あとの〝始末〟は組織の専門部隊に任せればいい。エイプリルは〝卯木千景〟に戻り、普段通りの生活をすればいいだけだ。
(……こんな、震えた手で、どうやって……)
仕事用のグローブを外し、ヒトを殺したホテルを離れても、手の震えは治まらない。血の匂いがするようで、どこにも触れられない。
どこにも行けない。アジトにも戻れやしない。もう誰もいないあそこに戻って、何になると言うのか。
(こんなんで、よくアイツの敵を討つなんて……)
くらりと視界が揺れる。殺したいほど憎い相手がいるのに、そこまでたどり着けない。
そもそも〝彼〟も本当に生きているのか分からない。
生きているのか死んでいるのか分からない相手の代わりに、命じられるままに邪魔な人間を消していく――反吐が出そうだと頭を振った。
そのとき。
プライベート用のスマートフォンが着信を知らせる。煩わしいと思うが、音が鳴り止まない。こんな気分の時にいったい誰だと、怒鳴りつけてやろうかと取り出した電話の画面に、
「……茅ヶ崎?」
会社の後輩の名前が浮かんでいた。
『あ、やっと出てくれた。もしかして取り込み中ですか?』
「……取り込み中だったけど?」
彼の名は茅ヶ崎至。潜入した商社の後輩社員だ。とは言っても直接関わりのある部署ではないが、ある理由でそれなりに親しくしている相手だった。
『は~昨日の今日で浮気とかマジ意味がワカラン』
「何が浮気だ。何の用?」
親しく、というのはつまりそういう意味であり、しかしながら恋人ではない関係、である。
『俺が先輩に電話するなんて、用件はひとつだけだと思いますけど』
「昨夜のじゃ足りなかったか? 淫乱」
『あれで満足させてるつもりだったんですか? ヘタレ』
「殴るぞ。……茅ヶ崎、悪いけど、今日はそういう気分になれないんだ」
満足させているかどうかは問題ではない。自分の性欲が満たされればそれでよかったし、相手を気遣わないで済む関係は、千景には心地が良かった。
だけど、今日は逢うわけにはいかない。
こんな気持ちのまま、触れるわけにはいかないのだ。彼まで汚れてしまう。
『……逢いたいんですけど』
「俺は逢いたくないんだよ」
『何かありました? 声がおかしい』
「何もない」
『嘘つき』
即座に見抜かれる。電話越しだというのに、いったい何をどこまで分かっているのだろう。いっそ恐ろしい。
そういえば、彼には最初から、貼り付けたような笑顔が嘘くさくて気になったと言われていたのだったか、と思い出す。
『今どこですか?』
「茅ヶ崎、逢えない」
『俺を抱くくらい簡単ですよね』
「話を聞け……」
『聞いてるから言ってんですよ。何があったか知りませんけど、俺のことめちゃくちゃに犯して忘れればいいでしょ』
そういう問題ではない、と言いたいのに、どこにも行きたくない自分を受け入れてくれるのは、たぶん彼しかいない。
『……ね、今、どこですか?』
端末越しに聞こえる声が、いつもより優しく感じられる。千景はめいっぱいためらって、近くのホテルを指定した。
「眼鏡、してないんですね」
「裏の仕事中だったんだ。ヒトを殺してきてね」
シャツの裾から手を忍ばせて至にそう告げるが、彼は動じる様子もない。信じていないのか、どうでもいいのか。
「何の反応もないのはちょっと傷つくな。俺のことどうでもいいみたいだ」
「どーでもよくはないですけど、他の相手のことなんて聞いても楽しくないですし」
「……他の相手?」
「あれ? そういう意味じゃなかったんです? てっきりベッドの上で抱き殺してきたのかと思ったんですけど」
なるほどそういう誤解をするのかと、千景は笑ってしまう。普通の生活をしていれば、所属した組織の命令でヒトを殺すなどという発想には至らないのか。
「そういうんじゃないよ……そもそも、今はお前しか抱いてないのに」
「うわ殺し文句か」
ベッドの手前まできて、至が身を寄せてくる。正直、本当にそういう気分にはなれなかったけれど、誰かの温もりが欲しい。許されるものではないが、罪ごと包み込んでもらいたい。
至が望むのならばと、腰を抱いてベッドに落ちていこうとしたけれど。
「やめましょ」
腰の手をやんわりと押しやって、至が行為の中断を促してきた。彼の方から誘ってきたはずなのに。
「どうして」
「そういう気分じゃないなら、盛り上がらないし」
「お前がしたいって言ったんだろ」
「分かりません? 口実ですよ。あんな声出されて、放っておけるわけなかったから。……ああ、俺らしくもない。他人にこんなふうに思うこと、ないのに」
言って、至が千景を抱きしめる。シャツ越しの体温はいつもと変わらず、情欲でない何かが全身を包み込んでいくようだった。
「何があったのか分からないですけど、ひとりにしたら駄目だって思ったんですよ。実際に逢ったら、余計にそう感じちゃって」
「茅ヶ崎……」
きゅう、と心臓が締めつけられる。この感情は、いったいなんだろう。
ヒトを殺したこの手で、触れてはいけない。だけど、触れたい。触れてほしい。
「そんな泣き出しそうな顔したひとに抱かれても、気持ちよくなんてならないですよ。せっかくだから、一緒にお風呂入って暖まりましょうか。一緒に眠って、明日の朝一緒にモーニング行きませんか」
「一緒……」
「はい」
そんなことは経験がない。千景は戸惑って、返事ができないでいた。
「抱きたくなったら、抱いてくれてもいいですよ」
ほらお風呂行きましょう、と手を引いてくれる至に、胸が鳴る。
自覚をしたら駄目だと、千景は唇を引き結んだ。この感情を受け入れてしまったら、憎しみさえ消えてしまう。
手を引いてくれる至を逆に引き寄せて、背中から抱きしめた。
「……せ、ん、ぱい?」
「…………なんでもない。風呂、入ろう」
至を追い越してバスルームに向かう。
抱きたくなったら、と言われた通り、抱きたくなったからそこで至を抱いた。体の温度が上がるのと同じ速度で、じわじわと侵食されていくようだ。
自覚したらいけない。
憎しみを凌駕するほどに――この男のすべてが欲しいなんてこと。
#千至 #ワンライ #セフレ