- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.414, No.413, No.412, No.411, No.410, No.409, No.408[7件]
リクエスト
「うわ、マジ辛そう」
「そんなことないだろ」
いや絶対に無理、と至は首を振る。
見るからに辛そうな色のカレールーを前にしては、誰だってそうすると思うのだ。もっとも、そうせずに犠牲になった団員もいるのだが。
千景が辛い物好きだということは知っているし、ランチを共にした際に激辛の物をそれでも不満そうに食べるのを何度も見たことがある。彼いわく、辛さが足りないそうだ。
「大丈夫だって。俺を信じて」
「先輩を信じるくらいなら悪魔を信じた方がマシですよ」
だいたい、今まで散々からかい目的でたくさんの嘘をついてきた男が何を言っているのか。至は大袈裟にため息をつき、肩を落としてみせる。
「茅ヶ崎、俺に対する扱いが大分ひどくなってきたな」
「それも愛情です」
「愛してるならちょっと食べてみてよ」
「愛情とは言いましたが愛してるとは言ってませんよ????」
確実に愛してはいるのだが、そんなつもりで愛情と言ったわけではない。そもそも、愛があれば何でもできるわけがないのに。
「頑張って作ったのにな……」
しょんぼりと肩を落とし、珍しく眉を下げた千景に、至はぐっと言葉に詰まる。頑張って作っただろうことは分かる。ジャンケンにわざと負けたとはいえ、あのメンツでは本当に大変そうだ。
至とて、恋人(+α)の手料理は食べたい。
「……じゃあ、一口だけ。いや一口っていうか一舐め?」
しょんぼりとした千景は可愛らしくて、もっと見ていたい気持ちもあるけれど、それもちょっと忍びない。
至は千景からスプーンを受け取って、辛そうなカレールーをほんの少し掬う。口許に近づけるだけで、辛そうな匂いが鼻をつく。いい匂いなのは確かなのだが、これは「辛そう」なレベルを越えている。
それでも意を決して、舌を出しペロリと舐めてみた。
「……ッ」
一舐めでギブアップ。これはご飯と一緒でも頬張れるものではない。
「どう?」
「先輩はこれで人を殺せると思います。っていうかこれ食べれるのあなたくらいでしょ」
「茅ヶ崎、涙目になってる」
「誰のせいですか!」
やっぱり、愛があってもできることとできないことがある。
「こんなの他のヤツらに食べさせたら怒りますよ。咲也とか椋とか、無理して食べそうだし。絶対に駄目」
「……そうか、じゃあ辛さはどうにかしてみるよ。何か具のリクエストある?」
不評にはがっかりしているものの、大事な家族が無理をして食べるのは嫌らしく、受け止めてくれる。至はホッとして、遠慮なくリクエスト。
「“ち”がつくもの。好きなんですよねー」
「ち? 俺かな」
「バカなんですか!?」
「だって“ち”がついてお前の好きなものだろ」
確かに千景にも“ち”がついていて、至が大好きなものだけれども。今はそういう話をしている状況ではなかったはずだ。
「チーズですよ、チーズ!」
「チーズ?」
「結構定番だと思うんですけど。マイルドになるし」
「なるほど。ちょっと取り入れてみるよ」
「頑張って、みんなが食べられる辛さにしてくださいね。あ"ーほんと辛かった……死ぬわ……」
まだ舌の上に残っているような気さえする。効果はないだろうが、ヒリヒリとした舌の熱を冷まそうと、口から出してパタパタと手で扇げば。
「んんッ!?」
その舌を舐めて押し込んでくるものがあった。
「ん、んん……」
もう慣れてしまった、千景の舌の感触。舌に残っていた辛さを紛らわしてくれているのかと思うが、うっかり別の熱があがってきそうである。
「……ちかげさん……」
寮でなければ、このままなだれ込んでもいいのだが、彼にはまだ大事な仕事が残っている。やんわりと千景の体を押しやって、名残惜しげに唇を離した。
「"ち”がつくもので口直しかな」
「……直りました」
「そう、なら良かった。じゃあ、みんなの好みも聞いてくるよ。夕飯楽しみにしてて」
「あ、千景さん」
「ん?」
美味しいカレーとの戦いに向かう千景を呼び止めて、至はもうひとつ、リクエストをする。
「今のじゃ足りないんで、デザート、いつものホテルでくださいね」
“ち”のつく至の好きなもの、あんなキスでは全然足りない。
千景には想定範囲だったようで、笑いながらOKと返してくれる。
さて美味しいはずの夕飯まで、ゲームをして待っていようかと、至はソファの上に座り直した。
#両想い #ラブラブ #千至
自覚
暴れる男を押さえつけて、枕を押しつけた。
何度経験しても胸くその悪い感触だ、と千景――いや、エイプリルは眉を寄せて舌を打った。
手の下で暴れているのはヒトではない。電池の入ったヌイグルミだ。やけに大きくて力の強いヌイグルミ。
そうでも思わなければ、やっていられない。
反面、ヒトであると認識していないと、今度は自分がヒトでなくなったような感覚に襲われる。
助けてくれ。枕の下からそんな言葉が聞こえた気がした。
悪いが助けられる立場にはない。個人的な恨みもなければ、助ける義理もないのだ。
いや、恨みというか、悪意はあった。組織の密売ルートに干渉してこなければ、目をつけられて自分にこんな任務が回ってくることもなかったのにと。
組織を甘く見ていたのが、この男の運の尽きだろう。
エイプリルは深く息を吸い込み、そこで止めて、震える唇を、笑うことでごまかした。
「憐れな男に神のご加護を――クソッタレ」
そうして、手にしたベレッタの引き金を引く。
サイレンサーを通過し、枕を突き抜けて、弾丸は男の頭を撃ち抜いた――。
あとの〝始末〟は組織の専門部隊に任せればいい。エイプリルは〝卯木千景〟に戻り、普段通りの生活をすればいいだけだ。
(……こんな、震えた手で、どうやって……)
仕事用のグローブを外し、ヒトを殺したホテルを離れても、手の震えは治まらない。血の匂いがするようで、どこにも触れられない。
どこにも行けない。アジトにも戻れやしない。もう誰もいないあそこに戻って、何になると言うのか。
(こんなんで、よくアイツの敵を討つなんて……)
くらりと視界が揺れる。殺したいほど憎い相手がいるのに、そこまでたどり着けない。
そもそも〝彼〟も本当に生きているのか分からない。
生きているのか死んでいるのか分からない相手の代わりに、命じられるままに邪魔な人間を消していく――反吐が出そうだと頭を振った。
そのとき。
プライベート用のスマートフォンが着信を知らせる。煩わしいと思うが、音が鳴り止まない。こんな気分の時にいったい誰だと、怒鳴りつけてやろうかと取り出した電話の画面に、
「……茅ヶ崎?」
会社の後輩の名前が浮かんでいた。
『あ、やっと出てくれた。もしかして取り込み中ですか?』
「……取り込み中だったけど?」
彼の名は茅ヶ崎至。潜入した商社の後輩社員だ。とは言っても直接関わりのある部署ではないが、ある理由でそれなりに親しくしている相手だった。
『は~昨日の今日で浮気とかマジ意味がワカラン』
「何が浮気だ。何の用?」
親しく、というのはつまりそういう意味であり、しかしながら恋人ではない関係、である。
『俺が先輩に電話するなんて、用件はひとつだけだと思いますけど』
「昨夜のじゃ足りなかったか? 淫乱」
『あれで満足させてるつもりだったんですか? ヘタレ』
「殴るぞ。……茅ヶ崎、悪いけど、今日はそういう気分になれないんだ」
満足させているかどうかは問題ではない。自分の性欲が満たされればそれでよかったし、相手を気遣わないで済む関係は、千景には心地が良かった。
だけど、今日は逢うわけにはいかない。
こんな気持ちのまま、触れるわけにはいかないのだ。彼まで汚れてしまう。
『……逢いたいんですけど』
「俺は逢いたくないんだよ」
『何かありました? 声がおかしい』
「何もない」
『嘘つき』
即座に見抜かれる。電話越しだというのに、いったい何をどこまで分かっているのだろう。いっそ恐ろしい。
そういえば、彼には最初から、貼り付けたような笑顔が嘘くさくて気になったと言われていたのだったか、と思い出す。
『今どこですか?』
「茅ヶ崎、逢えない」
『俺を抱くくらい簡単ですよね』
「話を聞け……」
『聞いてるから言ってんですよ。何があったか知りませんけど、俺のことめちゃくちゃに犯して忘れればいいでしょ』
そういう問題ではない、と言いたいのに、どこにも行きたくない自分を受け入れてくれるのは、たぶん彼しかいない。
『……ね、今、どこですか?』
端末越しに聞こえる声が、いつもより優しく感じられる。千景はめいっぱいためらって、近くのホテルを指定した。
「眼鏡、してないんですね」
「裏の仕事中だったんだ。ヒトを殺してきてね」
シャツの裾から手を忍ばせて至にそう告げるが、彼は動じる様子もない。信じていないのか、どうでもいいのか。
「何の反応もないのはちょっと傷つくな。俺のことどうでもいいみたいだ」
「どーでもよくはないですけど、他の相手のことなんて聞いても楽しくないですし」
「……他の相手?」
「あれ? そういう意味じゃなかったんです? てっきりベッドの上で抱き殺してきたのかと思ったんですけど」
なるほどそういう誤解をするのかと、千景は笑ってしまう。普通の生活をしていれば、所属した組織の命令でヒトを殺すなどという発想には至らないのか。
「そういうんじゃないよ……そもそも、今はお前しか抱いてないのに」
「うわ殺し文句か」
ベッドの手前まできて、至が身を寄せてくる。正直、本当にそういう気分にはなれなかったけれど、誰かの温もりが欲しい。許されるものではないが、罪ごと包み込んでもらいたい。
至が望むのならばと、腰を抱いてベッドに落ちていこうとしたけれど。
「やめましょ」
腰の手をやんわりと押しやって、至が行為の中断を促してきた。彼の方から誘ってきたはずなのに。
「どうして」
「そういう気分じゃないなら、盛り上がらないし」
「お前がしたいって言ったんだろ」
「分かりません? 口実ですよ。あんな声出されて、放っておけるわけなかったから。……ああ、俺らしくもない。他人にこんなふうに思うこと、ないのに」
言って、至が千景を抱きしめる。シャツ越しの体温はいつもと変わらず、情欲でない何かが全身を包み込んでいくようだった。
「何があったのか分からないですけど、ひとりにしたら駄目だって思ったんですよ。実際に逢ったら、余計にそう感じちゃって」
「茅ヶ崎……」
きゅう、と心臓が締めつけられる。この感情は、いったいなんだろう。
ヒトを殺したこの手で、触れてはいけない。だけど、触れたい。触れてほしい。
「そんな泣き出しそうな顔したひとに抱かれても、気持ちよくなんてならないですよ。せっかくだから、一緒にお風呂入って暖まりましょうか。一緒に眠って、明日の朝一緒にモーニング行きませんか」
「一緒……」
「はい」
そんなことは経験がない。千景は戸惑って、返事ができないでいた。
「抱きたくなったら、抱いてくれてもいいですよ」
ほらお風呂行きましょう、と手を引いてくれる至に、胸が鳴る。
自覚をしたら駄目だと、千景は唇を引き結んだ。この感情を受け入れてしまったら、憎しみさえ消えてしまう。
手を引いてくれる至を逆に引き寄せて、背中から抱きしめた。
「……せ、ん、ぱい?」
「…………なんでもない。風呂、入ろう」
至を追い越してバスルームに向かう。
抱きたくなったら、と言われた通り、抱きたくなったからそこで至を抱いた。体の温度が上がるのと同じ速度で、じわじわと侵食されていくようだ。
自覚したらいけない。
憎しみを凌駕するほどに――この男のすべてが欲しいなんてこと。
#千至 #ワンライ #セフレ
喫茶ペテン師にて
二見重人は、少し冷めたコーヒーを飲み干して、はあ、とため息をついた。
見失ってしまったのが痛いなと、ネオンの輝く窓の外を睨みつける。この歓楽街まで追ってきたはいいものの、途中で見失ってしまった。あまり良くない噂もあるこの歓楽街に、〝彼〟がいるなんてこと考えたくない。
(いや、でもあれは確かに只野だし……)
重人がここにいるのは、ある一人の生徒の動向を確認するためだ。ここ最近校内での様子がおかしく、気にかかっていたところに、つい先日、彼を見かけてしまった。私服だったが、わりと派手目な服装で、年上の男と歩いているところをだ。
普通なら、他校の友人か、親戚か、と思ったことだろう。だが、友人と思うには歳が上過ぎたし、上等なスーツを着たその男とは不釣り合い過ぎた。
何か困っているのだろうかと、尾行してみたが、重人のそのときの服装では悪目立ちしてしまい、気づかれる前に写真だけ撮ってその場をあとにしたのだ。
(何か変なことに巻き込まれてるのか? 詐欺とか、クスリ……いや、只野に限ってそんなこと)
校内で様子がおかしくなる前の只野は、快活で真面目に勉学に励む生徒だった。そんな彼が、何を目的に歓楽街に消えていくのか。
何か困っているのなら、相談してほしい。そうは思うが、彼に取って自分は一教師でしかない。どこまで踏み込んでいいものか。
ともかく、目的と現状を確認しなければと思い、服装をかなり派手めにして、重人はここ数日勤務が終わってからこの歓楽街を歩き回っていた。
だが、只野は見つからない。活動時間がズレている以上仕方のないことだが、その間にもし取り返しのつかない事態にでもなったらたまらない。
重人はもう一度、大きなため息をついた。
そのとき、
「お客さん、申し訳ないけどそろそろ閉店なんだよね」
そう声をかけられふっと影がかかり、重人はハッとして声の主を振り仰いだ。グリーンティーを思わせる色の髪と、眼鏡。人のよさそうな顔をしていたが、レンズの奥の瞳がどうにも気にかかった。
が、時計を見れば日付が変わる少し前。終電には間に合うけれど、そんなに時間が経っているとは思わなかった。
「ああ、すみません……じゃ、お会計」
「どうも」
気づけば、店内に重人以外の客はいない。そもそも、この歓楽街で喫茶店というカテゴリならば、それも仕方ないのかと納得はできる。場所柄、客が立ち寄るのは健全な飲み屋、カラオケ店、もう少し奥まった場所のキャバクラや性的サービスの店だろう。
「お釣りです。酔ってはないみたいだけど、駅まで大丈夫ですか?」
「え、あ、ああ……大丈夫。……ねえマスター、アンタ、この界隈長い?」
こういう場所になじみがないわけではないが、実情を探るにはそこをよく見ている人物に訊くのが手っ取り早い。重人は一つ瞬いて、その男に訊ねてみた。
「この界隈、とはまた……曖昧な質問だ」
「気分を害したなら失礼。けど、こんなとこに喫茶店開いて、しかもそこそこ続けていられるみたいなのは、素直にすごいと思ってね。長いのなら、少し訊きたいことがあった」
「おかげさまで、繁盛はしてるよ。なに、きみ、刑事さん? 聞き込みなら、できる限りの協力はするけどね」
「いや、こんなチャラい刑事いないだろ……」
違いない、と男は笑う。その一瞬あと、レンズの奥の瞳が色を変えた気がした。
男はくいと顎で傍のテーブルを示す。話しが長くなると思ったのか、協力的で助かった。重人は、示されたそこに腰を落ち着け直した。
「珍しいな。俺のこと知ってて来たわけじゃなさそう」
「え?」
「で、何が知りたいって?」
「あ、ああ……えっと……最近ここらにこの男が来てるはずなんだが、動向が探れない」
重人は、何か含んだような物言いをする男に不審さを感じながらも、早いところ話しを聞きたいと切り出す。先日撮った只野の写真を見せると、男の眉が少し動いた。
「こっちのスーツの男?」
「いや、そっちじゃない」
「ああ……うん、なるほどね」
「何か知っているのか? 彼が変なことに巻き込まれているなら、早くどうにかしないと」
男は明らかに、何か知っている様子だ。手がかりに早くもぶち当たったのは、運が良かった。
「教えてもいいけど、情報料高いよ?」
「あ? 情報料?」
男はにっこりと人のよさそうな笑顔を向けてくるが、放つ言葉は正反対の色を持つ。
「ちょっとヤバめな感じだからな。他人の懐に入り込むのにリスクはつきものだろ。対価が欲しい。というか、俺の本業そっちなんだけどね。知らないで俺に訊いてくる度胸に免じて、相場より安くはするよ」
「あー……いわゆる情報屋ってヤツ?」
話には聞いたことがあるが、本当に存在するなて思わなかった。
だがしかし、その情報は確実なものなのか分からない。重人の方こそ、金銭を支払うならガセネタであるリスクは回避したいのだ。
「残念だ、俺は割と薄給でね。アンタの満足しそうな金額なんて払えそうにない」
「そう? 充分払えると思うけど?」
「高いんじゃなかったのか」
「人によるんじゃないかな? 俺を満足させてくれればいいだけだから。体でね」
「断る」
「いいね、即座に把握して毅然と突っぱねるその態度。気に入った。ん、じゃあこれはどう? キスひとつ、情報ひとつ」
自慢ではないが、重人は自分の顔がそういう方面で使えることを知っている。男女問わずだ。だから学校ではあんなふうにしている(それだけではなく楽だからでもある)。そういう意味で声をかけられたこともある。事実、この数日この界隈をうろついていただけでも相当だった。
この男からそれを提示されるとは思っていなかったが、断るしかないことは始めから決まっている。
「……情報が先でも可能?」
しかし、只野が変なことに巻き込まれているかもしれないのだ。キスひとつで手がかりが聞けるのなら、いいのではないだろうか。キスもしたことがない状態なら拒んだだろうが、生憎そんなに初心でもない。
「いいよ。……この子ね、確かに見たことあるよ。俺が見た時は区議の男と一緒だった。その区議、浮気が原因で離婚されて奥さんへの慰謝料で大変だってのに、こんなとこ来るのかなって、少し気になった。浮気相手、男だったってのもあってね」
「え……!?」
重人は目を瞠った。それは、つまり、只野がそういうターゲットにされているということなのかと。
「でもさっき見せてもらった写真は違う男だった。……はやりのパパ活、ちょっと前の言葉で言えば、援交かな?」
「ふざけんな! 買春じゃねぇか!」
いくら言葉を変えても、たどり着くところはそこだ。重人は青ざめて、只野が食い物にされている可能性が大きくなった以上、ゆっくりしてもいられないと立ち上がった。
それに合わせるように立ち上がった男に腕を引かれ、抱き寄せられる。ぶつかったその拍子に、テーブルの上のタバスコが倒れ、カタタと音を立てた。
「んっ……」
唇が触れたと思ったら、ぺろりと舐められてビクリと肩が揺れた。驚いて油断した唇の隙間に舌をねじ込まれて、深く、深くむさぼられる。
「んっ、は、……んぅ」
舌が引き出され、絡む。ちゅ、と水音を立てて吸われれば、しびれるような痛みと熱を感じ、体から力が抜けていった。
「は……」
「お代を忘れてもらっちゃ困るね」
「べ、別に逃げるつもりじゃなかった」
強く腰を抱かれ、唇を指先で撫でられる。約束は約束で、払う気はあったのだが、気がせいてしまっただけだと男に謝罪した。思っていたよりも気持ちのいいキスに、警戒心が薄れてしまったこともあり、するりと言葉が出てくる。
「……アンタに抱かれれば、今よりもっと質のいい情報がもらえるのか?」
「そうだな、割と好みだし。名前は?」
「…………至」
だけど、この男が何者なのか分からない。重人は、偽名を名乗った。なぜその音が出てきたのか、重人には分からない。とっさにしては、それらしい名前だったと思う。
「ふぅん。至、俺に抱かれてみる?」
「名前も知らない男に抱かせるほど安くない」
「ああ、ごめん。千景だよ、卯木千景」
「……ちかげ、さん」
胸が鳴る理由が分からない。その男の名を口にするだけで、どうしてこんなに胸が熱くなるのだろう。
重人は、情報を手に入れるためなのだと自分に言い訳をしながら、今度は自分から……千景にキスをした。
#劇中劇パロ
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降り始めた雪が、横顔にちらつく。
綺麗だな、なんて言ったら、笑われてしまうだろうか。至は苦笑して肩を竦める。
「茅ヶ崎、寒い?」
それを誤解してか、彼が――千景が声をかけてきた。
「寒くないわけないでしょ。雪ですよ、雪。本場の」
至は素直に本音を口にする。寒いかと訊かれて、余計に寒さを実感してしまったではないか。
ふる、と身を震わせる。北の大地ということから、防寒対策はしてきたつもりだったが、本当に〝つもりだけ〟だったらしい。甘く見ていた。
「じゃあ、俺の上着のポケットに手を入れてみる? 少しは暖かいだろ」
「監督さんにフラレたからって俺に振らないでくださいよ。再利用禁止」
「ひどいな」
つんとそっぽを向いてやるのは、ちょっとした意地悪だ。曲がりなりにも自分という恋人がいるのに、その傍で他の女性に気を持たせるような言動をするなんて。
せっかく綺麗なイルミネーションと、狙ったかのように綺麗な雪が見られたのに、心がささくれ立つ。至は眉を寄せて俯いた。
自分にこんな感情があったなんて。
これはまぎれもないヤキモチで、綺麗な気持ちではない。
聡い千景は絶対に気づいているはずで、居たたまれなかった。至はごまかすように、イルミネーションを他の角度からも見ようと足を踏み出す。
はずだった。
「えっ……」
手を取られ、ぐいと引き寄せられる。絡め取られた手はそのまま千景の上着のポケットに突っ込まれてしまった。
「せ、せんぱ……」
こんなところで、と至は慌てて引き抜こうとするが、ポケットの中でがっちりと指を絡め、縫い止められている。今回の弾丸旅行は、自分たちだけでなく、他のメンバーもいるというのに。
「茅ヶ崎が寒がるからって言い訳は、成り立つ。最近忙しくてご無沙汰なんだから、これくらいさせろ」
ボッと、顔の熱だけ上がったような気がする。
確かにここ最近は職場の方が忙しくて、恋人らしい触れ合いができていない。今回無理に有給休暇を取ったのは、千景とこういったイルミネーションを見てみたかったからだなんて知られたら、恥ずかしくて死ねる自身があった。職場のみんなには、申し訳ない気持ちもある。
だけど、触れたかった。
千景はそういう気持ちを汲んでくれる。
至はそれでも、仕方なくといったふうに、ポケットの中で千景の手を握り返した。
「ん?」
「なに」
「先輩、これ俺のカイロ……」
ポケットの中、やけに温かい物がある。気がつけば、自身のポケットに入っていたカイロがどこかへ行っていた。
「待っていつの間に抜き取ったんですか」
「人を泥棒みたいに。まあ盗ったんだけどね。ついさっきだよ。茅ヶ崎がイルミネーションに見惚れてるとき。可愛かったな」
「からかってます?」
「バレた?」
「先輩この野郎」
「冗談。可愛いなって思ったのは本当だよ。カイロがなくなれば、寒くて俺のとこきてくれるかなって思ったのに……全然きてくれないから、ついに焦れただけ」
きゅ、と手を握る指に力が込められる。千景の言葉を頭から反芻して、把握して、至は頬を赤らめた。
彼はときどき、恋に溺れていることを隠しもしない。噓をつくのが得意なくせに、これは噓で覆わないようで。
「茅ヶ崎、寒くない?」
「……もう、寒くないです。先輩が、隣にいてくれるんで」
「そう、良かった」
寒くない、だけでは離れていってしまう。至は、千景が傍にいて手を握ってくれているからなのだと強調して、こつりと肩に額を当てる。
「来年、どこかにイルミネーション見に行こうか。二人きりで」
「旅費、先輩持ちですよね」
「いいけど、夜は覚悟してもらうことになるかな」
「やっぱりワリカンで」
残念、と千景の笑う声が聞こえる。
目の前に広がるイルミネーションが、涙でぼやけて見えた――。
#両想い #ラブラブ #千至