- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.234, No.233, No.232, No.231, No.230, No.229, No.228[7件]
だから恋は困るんだ
あんまり美味しくねぇ。
飲み慣れたはずのコーヒーを、その日に限って俺はそう思った。
時刻は午後11:00。終夜営業のカフェの外、飲み屋の電気がきらきらと無責任に灯っている。俺には入れない場所だ。いや、入れてもアルコールは飲めない。まだ、そういう年齢。一切飲んだことがないかと言えばそれは嘘になっちまうけど、積極的に飲みたいもんでもなかった。
今はコーヒーの方がいい。好みの味に出逢うとホントに嬉しいんだよな。その店の場所と名前は秒で覚えられるから、リピートすることだって多々ある。
ここもそういう店のひとつだ。
だから、ここのコーヒーがまずいわけねぇ。
なのに今日は、まずい……いや、まずいんじゃねーな。美味くねーんだ。おんなじだろって言われそうだけど、全然違う。
俺はカップを静かに置いて、ため息を吐いた。原因は分かってんだ。ただ、認めたくないだけで。
だってさ、好きなひとが合コン行っちまってるってだけで、こんだけコーヒーまずくなるとか、超ガキっぽくね?
演劇に関する男女混合の意見交換会だよって言ってたけど、いやそれめっちゃ合コンだし。
分かってんのかなあのひと。分かってねぇんだろうな、芝居馬鹿だし、演劇に関することって言われたら、なんでもほいほい行っちまうんだろ。
その中にどんだけアンタ狙いの女がいると思ってんだ、紬さんは!
は~……しんど……。なんでヤローなんかに惚れちまったんだろうな。しかも年上。いや年上は好きなんだけど、性別がな。どう考えたって上手くいくわけねーじゃん。
どうにかカフェ友ってポジは維持できてっけど、それじゃ意味ねーんだよな……いや意味なくはないんだけどさ、紬さんが意見交換会って名前の合コン行くって時、止められねーの、すげえ悔しい。酒の席じゃなかったら、俺も絶対ついてくのに。飛び入りなんてよくあることだろ。
未成年なことを、これほど悔しいと思ったことはない。もどかしい。今すぐ成人して、紬さんと飲みに行ってみてぇ。酒は別に飲まなくてもいーけど、他のヤツら牽制しときたいんだよな。
だって紬さんとなら、酒よりコーヒーだしさ。
あー、ここのコーヒーが今日美味くない理由、もひとつあったわ。
正面に紬さんがいねぇ。
紬さんとカフェ巡りし始めてから、一人で飲むことがなくなったせいか、ちょっと、……さみ、しい。
紬さんのやわらかい笑い顔もないし、なんか照れくさそうに呟く声もない。万里くん、て呼んでくれるあの声、たまんなく好きなのにさ。
それがひとつもない店内は、今の俺にとってヘブンじゃなくなってる。
逢いてーな……今LIMEしても、見てねーだろうな……。アプリ立ち上げてみるけど、やっぱりやめとこ。
そもそもあのひと慣れてねーから読む習慣もついてねーし……おい俺の指勝手に動いてんじゃねーよなんだよこれ、送れるわけねーだろ。
逢いたい。
なんて。
……は!? なんで勢いで送信ボタン押した!? 削除削除削除!! やっべ、セーフセーフ、既読は付かなかった、全然よゆー。
……もし、万が一にでも読まれてたら、ごまかそ。他のヤツに送る予定だったって。誰にって、誰でもいーし。んなもん送るような相手いねーけど。
はー、も、マジしんどい。紬さん相手だとホント何もかもが上手くいかねぇ。
紬さんを好きになってなきゃ、ここのコーヒーも美味いはずだった。紬さんのいない寮に帰りたくなくて、こんなとこで時間潰したりもしなかった。LIMEのメッセひとつに言葉選んで悩んで、送信タップする指が震えたりもしなかった。
調子が狂う。いつもの自分でいられない。
「万里くん?」
ほら、幻聴まで聞こえてきた。さすがにこれはやべ、…………は?
「つ、……紬さん?」
なんで、どうしてここに紬さんがいるんだ? 幻覚か? いやそれにしてはすっげぇリアル。……本物?
「なにしてんすか、こんなとこで。アンタ今日、合コンだったろ」
「合コンじゃないってば。っていうか万里くんこそ何してるの、こんな時間まで。未成年なんだから、駄目じゃない……?」
本物……本物!? なんで……っていうか、偶然、だよな? 合コンの店、ここから近かったんか? さすがにそれは聞いてなかったけどさ。
「万里くんがここのコーヒー好きなのは知ってるけど、夜遊びは駄目だよ」
言いながら、紬さんは俺の正面に座る。えっ……と、コーヒー飲んでくつもりってことで、いいんだよな。
「すみません、アメリカン。万里くんは?」
「あー、じゃ、俺もアメリカンで」
そうして店員に追加オーダーを頼み、ふうっと息を吐いた。まったくゲンキンなもんだぜ、紬さんが来た途端にここはヘブンに変わる。
「いいんすか、未成年と夜遊び・・・・・・・とか」
「えっと……じゃあ、俺が保護者ってことで」
「頼りねぇ保護者だな」
気まずそうに紬さんは視線を泳がせて呟いてくる。二人でいると、どっちかっていうと俺の方が上に見られる。その紬さんが保護者って、ウケるわ。
それを抜いてもな、保護者かあ……って気分だわ。
紬さんには、保護者じゃなくて恋人になってほしいのに。
「でもびっくりしたな、コーヒー飲んでいこうと思って入ったら、万里くんがいるんだもの。ドア開けてすぐに目に入ってきたんだよ。目立つからなぁ、万里くん」
「そんなに目立つっすか? ん~……自分じゃ分かんねーけど」
「えっ、あっ、そういうものなの? ……なら、やっぱり気をつけなきゃね」
運ばれてきたアメリカンをすすりながら、紬さんがため息を吐く。それって俺が補導されたりとかそいうこと心配してんのかな。んなヘマしねーのにさ。
「紬さんも、今日の合コンで目立ってたんじゃねーの? 誰かと連絡先交換してきたんすか?」
「真面目な意見交換会だよ? っていうか俺が目立つわけないじゃない……交換したくても俺、やり方分からないし」
「…………合コンの意味なくね、それ」
「あのね万里くん、俺、今はお芝居で精一杯で、女の子とおつきあいするつもりは全然ないんだよ」
ため息交じりに呟かれた言葉に、俺は心の中でガッツポーズ。それなら、積極的に「夜遊び」行ったりしねーよな? まぁ芝居に夢中ってことは俺も眼中にはねぇんだろうけどな……。
「万里くんとこうやってカフェ巡りする方が楽しいしね。万里くんは、いいの? 女の子と一緒の方が嬉しくない?」
マジでか。今のマジでか。紬さん、合コンより俺とのカフェ巡りの方がいいって! どんな殺し文句だよ。やっぱこの人、無自覚で人たらしだわ。
「俺も別に。今はキョーミねぇっつか、もともと恋愛方面にキョーミねぇからさ」
「あ、……そうなんだ……」
だから、紬さんを好きになったのは俺的に予定外っていうか、おかげで空回りしっぱなしなんだよな。
「紬さんとこうやってコーヒー飲んでる方が、俺も楽しーしな。夜はまた店が違った雰囲気になるし」
紬さんの言葉を真似て返した俺に、紬さんが満面の笑みを返してくれる。マズった、可愛い。
「ホント? じゃあ、またこうして夜遊びしようね、万里くん」
続いた紬さんの言葉に目を瞠って息を止めて、危うくカップを取り落としそうになった。何言ってんだ。何言ってんだこの人!
「ちょ、なに、言って」
「あ、でもたまにだよ、たまに。そうそう未成年を連れ出せないよ」
大事なとこそこじゃねーし! ほんとにこの人は、無自覚でどうしようもない、危なっかしい!
そんなとこも可愛いって思っちまうんだよな。
ああ、これだから恋ってヤツは。
◇ ◇ ◇
そっかぁ、万里くんは恋愛に興味ないんだ……。じゃあしばらく女の子とつきあう予定もないわけで。目立つ自覚がないってのほんとどうしようもないなって思ったし、女の子に牽制する必要なくなったのかな。それは有り難いけど、当然俺なんか眼中にないよね。手放しでは喜べないよ。
万里くんには知られたくない。あの交換会を途中で抜けて、万里くんと巡ったカフェ探してたなんて。まさか本人がいるとは思ってなかったけどさ。
夜遊びしちゃいけない年齢の子に、なんでこんな恋しちゃったんだろう。
困ったなあ……叶う見込みなんて全然ないのに、止められない。
だって、万里くんが俺とのカフェ巡り楽しいなんて言ってくれるから。浮かれちゃうじゃない……。
……でも、さっきの・・・・は見間違い、だよね……? スマホの画面にポップアップで出てきたメッセージ……。
逢いたい。
なんて。
びっくりしてアプリ立ち上げたら新規メッセージなかったし……恋愛に興味ないなら、他の人宛でもなかったはず。やっぱり俺が万里くんを好きすぎて生み出しちゃった幻だったんだ。
その瞬間はがっかりしたけど、ここで万里くんを見つけた途端天国に来た感覚にさえなったんだから、ゲンキンだ。
ああ、これだから恋ってものは。
#両片想い #ワンライ
この雨になれたら
ざあざあ。
雨が窓を叩く音がする。
紬は熱を持ったコーヒーカップを両手で持ち上げ、ガラスを滑る雨粒を眺めた。
「まだ、強いね、雨足」
「あー……そっすね」
小さく呟くと、正面の席に座った万里からも同意が返ってくる。彼の手に握られた携帯端末は、ゲームでも起動しているのだろうか。紬はゆっくりと瞬きをして、小さくため息を吐いた。
本当は、コンビニに寄る予定だったのだ。そこで傘を買って、MANKAI寮に帰る――それが、当初の予定。土砂降りの雨の中、ほんの少し雨足が弱まった隙にと二人で飛び出して、ぱしゃ、と水たまりを踏んだり飛び越えたりした目的地。
自動ドアのすぐ傍に、いかにも今が買い時ですとでも言わんばかりにおかれた色気も何もないビニール傘。それを一本ずつ買って、傘の分だけできてしまう距離にションボリしながら帰るはずだったのだ。
それなのに、見つけてしまった。コンビニの少し先、営業中と小さなプレートがかかるこのカフェのドア。
あ、と声を上げたのは、ふたりほぼ同時だった。
紬さん、と万里の声が呼んだのと、万里くん、と紬の声が呼ぶのが重なって、噴き出したのが二十分ほど前。
お互いに共通するのは、芝居とカフェ巡りのみだ。年齢も違えば興味があることも違う。好きな食べ物も違うし、カフェを好む理由も違う。
だけど、だからこそ、紬は見逃せなかった。
万里ともっと長く一緒にいられる口実を。
傘を買うのをやめて、もう一度雨の中を一緒に走った。また万里が手を引いてくれたけど、特に深い意味はないんだろうなあと思うと、嬉しさと寂しさが同時に襲ってくる。
――――高校生相手に恋とか、……馬鹿みたいだよね……。
いつからだろう。
摂津万里という年下の男の子に、月岡紬は恋をしている。
驚くより先に、笑ってしまったのを覚えている。
叶うわけがないのに、どうして好きになってしまったんだろう? 理由は探せばたくさんある気がしたけれど、紬は万里を好きになった理由を探していない。どれだけ理由を並べ立てても、それは結局「彼が摂津万里だから」ということになってしまう。
顔も、声も、仕草も、醸し出す雰囲気も、歳のわりに大人びた表情も、ときおり見せる子供っぽい笑い顔も、摂津万里だからこそ出せるモノ。素のままの彼の全部が、紬の心を支配している。
今、この時も。
「やっぱ傘買って帰った方が良かったっすかね? 通り雨だと思ったんだけどな」
「うーん……どうだろ。何か急ぎの用事でもあった? 万里くん」
「や、俺はヘーキっすけど。傘一本とブレンド一杯だったら、俺迷わずブレンド選ぶわ」
言って、万里がカップを持ち上げる。笑ったその口唇がカップの端に触れるのを見て、紬はほんの少し視線を背けた。
あの口唇に触れられたら、どんなに幸福だろうか。そんな風に思ってしまう自分が、情けなくて仕方がない。叶わない恋なんて、早々に諦めてしまえばいい。何度もそう思ってきた。
「それに、傘あると紬さんと話すのに邪魔だしな」
なのにそのたび、万里が邪魔をしてくれる。諦めることを諦めて、せめてこの距離を保っていたいと苦笑する日々だ。
――――万里くんにこの気持ちを言っちゃったら、きっとそんなこと言ってくれなくなるよね。女の子にモテるんだろうし、おつきあいなら断然そっち。今は、ゲームにしか興味ないのかな。
モテそうな容姿をしているのに、特に女の子と出かけたりしている様子がないのは、休日には稽古かゲームに勤しんでいるからだろうか。それを考えると、彼がゲーム好きで良かったと思うし、ゲーム仲間らしい至には、せいぜい捕まえておいてほしいと思う。そんなズルイことを考えた。
「にしても、紬さんてすげーのな」
「え? 何が?」
「天気まで読めんだろ? さっきあと十秒っつって俺のこと引き留めたじゃん。マジで雨足弱まったし」
「ああ……あれね……」
紬はどう答えようか迷って、気まずそうにコーヒーをすすった。
確かに、雨宿りしていた建物のひさしから飛び出す直前、万里を引き留めた。あと十秒待てば雨足が弱まるからと、手を握って。
――――あんなの、嘘なのにな。万里くんて素直。
そう、紬は雨の勢いを読んだわけではない。あんなのは万里を引き留めて、手を握るための口実だ。偶然にも雨足は本当に弱まってくれて、万里が手を引っ張ってくれたのだ。思わぬ幸福に目を瞠ったけれど、きっと万里は気づいていないはず。
「やっぱ花の世話とかしてっと読めるようになんの? 雨に弱いヤツとかもあんだろ」
「うん、そうだね……恵みの雨は必要だけど、多すぎると根が腐っちゃうし。今日は屋根の下に入れてきたから、大丈夫だと思うんだけど……予報より早くてびっくりした」
雨の勢いを読めることにしておいて、万里の素直さにまた気持ちが大きくなるのを、どう隠したものかと思案する。
知られたくないけれど、気づいてほしい。瞬きをして万里の姿を視界に納めるたび、心の中が変わっていく。
叶うわけないのだから絶対に知られたくないという思いと、こんなに好きなのだから少しは気づいてほしいこの鈍感、という気持ちが交互にやってくる。
「でも、今回の雨は恵みかもな、俺たちにとっちゃ。このカフェ知らなかった」
「あ、それはそうかも。万里くんが一緒の時でよかった」
カフェ巡りは一人でだってするけれど、どうせなら万里と一緒の時がいい。気に入った店はどうせあとから万里と一緒に来るのだから、それなら最初から、という思いで口にした言葉に、どうしてか万里の声が詰まったような気がした。珍しく視線を逸らされて、紬は首を傾げる。
――――もしかして、気づかれた? ……ううん、そんなはずない。万里くんと一緒にカフェくるの楽しいって、前から言ってるし、こんなことで気づかれるはずないよね。
「なんかほんともう……むり……」
はあーと万里が大きなため息を吐く。無理、というのはどういう意味だろう。もう一緒にカフェに来られないということだろうか? 何か彼の気に障ることを言ってしまったのだろうか?
――――それならそれで、いっそ言ってしまおうか。俺は万里くんのことが好きなんだって。
どうせ嫌われてしまうなら、この気持ちを知ってほしい。そして困ればいい。
八つ当たりだと分かっていても、そう思わずにいられない。こちらはそれほど好きなのだ、と紬はこっそり万里を睨みつける。
――――きみの肩を濡らす雨にさえ嫉妬するほど、俺は。
あの雨になれたらいい。たとえ指先で払われても、一時でも触れていられる。
そんな馬鹿なことを考えて、紬は恵みの雨にごめんとありがとうを心の中で呟いた。
#両片想い #ワンライ
きみといっしょに
ばしゃばしゃばしゃ。
踏んだ水が跳ねて、パンツの裾を盛大に濡らしていく。だけど今この時点で、それを気にしている余裕なんかなかった。恐らく、道行く人の誰にもだ。
「紬さん、あそこ」
「うん」
無駄だと知りつつも、万里は腕を目の少し上にかざし視界を確保する。突き刺さらんばかりの勢いで降る雨に、そんなものがどれだけ有効だろう。
こんな日に限って傘を持ってきていない。おまけに傘を売ってそうなコンビニも雑貨屋も、目の届く範囲にはなかった。しかし運良く、ひさしのある建物を見つける。そこに紬を促し、どうにかびしょ濡れの大惨事はまぬかれたわけだが。
「ッあーもう、今降るかよ!?」
「びっくりしたね……降るの夜って言ってた気がするんだけど」
ひとまず雨の攻撃を避けられる場所で、万里は濡れた頬を濡れた腕で拭う。それに気づいた紬が、鞄からハンカチを取り出した。
「万里くん、使って」
「や、いーすよ。アンタ使えば」
「駄目だよ、風邪でも引いたらどうするの」
「風邪引きそうなのアンタのほうだけどな、紬さん」
見るからに体力なさそうだし、と笑って付け加えると、うん体力はあまりないけどねと、頬にハンカチを押しつけられた。
「使って」
真剣なまなざしに射貫かれて、万里の胸が鳴る。
「…………サンキュ」
なぜ、そんなにも頑ななのか。年下の未成年に風邪でも引かせたら、オトナの責任だとでも思っているのだろうか、この頼りない風に見える成人男性は。万里は仕方なくそのハンカチを受け取って、額や頬についた水滴を拭った。
――――こんなもんでドキドキするとか、小学生かよ……。
青い縦縞の清潔なハンカチ。紬のものだと思うともったいなくて、だけど貸してくれたことがとても嬉しい。
好きな相手の持ち物で、自分を拭うことの気まずさと、むずがゆい幸福感。
まさか気づかれてはいないだろうけど、摂津万里は月岡紬が好きだった。いや、だった、ではなく、現在進行形だ。
いったいいつ、そういう対象になってしまったのか分からない。よくカフェでお茶をするようになり、月岡紬というひとりの男を知っていくうちに、膨らんでしまった恋心。
気がついたのは、些細なきっかけ。
たまたま入ったカフェで、紬を見つけた。約束をしていたわけでもないのに、その偶然と、紬が笑いながら言ってきた言葉に、心を全部持っていかれてしまったのだ。
『たまにはひとりもいいかと思ったけど、駄目だね、寂しい』
LIMEしようと思ってた、と途中まで打ち込んだアプリ画面まで見せられて、戻れなくなったのは、二ヶ月ほど前。
想いを告白しようにも、玉砕すること必至の恋だ。諦めるというわけでなく、ただ純粋に、紬を困らせたくない。きっと、悩んで、迷って、めいっぱい躊躇って、悔しそうにごめんと言ってくるはず。
自分のことで悩んでくれるのは嬉しいが、だけどやっぱり困らせたくない。
告げずにさえいれば、紬とこうしてでかけることができる。恋心を押し込めて押さえ込んで鍵をかけて、今日はどこのカフェに行こうなんて訊ねることができる。
今日も、そうして誘い出したのだが。
「ごめんな紬さん……連れ回したあげく、濡れさせちまって」
「えっ、ううん、いいよ、だって俺も連れ回したじゃない。万里くんお花とか興味ないでしょ」
「あー、まぁ、ねぇけど。アンタが楽しそうに花とか見てんのは面白いかな。あ、紬さん肩すげぇ濡れてる。つかほっぺたも」
万里は紬に借りたハンカチで濡れていないところを探して畳み直す。紬も雨に濡れてしまっているのだから、処置をしておかねばそれこそ風邪を引いてしまう。丞あたりに怒られるのは目に見えていて、そっとハンカチを差し出した。
「あ、大丈夫だよ。平気」
「平気じゃねーって。使った後で悪いけど……つか、拭くから動くなって」
他人の使ったハンカチを使いたくないのか、単に遠慮しているだけなのか、紬は自身のハンカチを受け取ってくれない。困ったような表情は万里をも困らせて、仕方なく、本当に仕方なく、紬が逃げないように腕を掴んだ。
頬に、ハンカチを当てる。すっとハンカチに染み込んでいく水滴を凝視して、万里はハンカチ越しに紬に触れた。
頬、鼻筋、顎、首、髪。丁寧にしようと思えば手つきがゆっくりになってしまって、より長い時間触れる事になってしまう。それはそれで嬉しいのだが、何かの拍子に気づかれてしまいそうで恐ろしい。
――――そんな風に目ぇ閉じんじゃねーよ、無防備すぎ。キスしちまうぞ。
目蓋についた水滴を拭おうと目許付近に手をやった自分が悪いのだが、この体勢でその仕草はやめてほしいと、理性を総動員させる。
「……ま、こんなもんかな」
「あ、ありがと……」
「はー、これしばらく止まねーよなあ……どーする紬さん」
借りたハンカチは洗濯して返すから、と万里はポケットにしまい込む。空を見上げてもまだまだ止みそうもなくて、このままここにじっとしていては寒さで結局風邪をひいてしまうだろう。それでは元も子もない。
万里は携帯端末で近くに休めそうな店がないか検索する。もしくはコンビニだ。傘さえあればこの豪雨の中でも、帰って熱い風呂に入れる。
「あ、そこの角にコンビニあるわ。なあ紬さん、ちぃっとここで待っててくんねぇ? ひとっぱしり傘買ってくっから」
「え? 駄目、こんな雨の中、万里くんに行かせられないよ。俺が買ってくるから、万里くんが待ってて。駄目なら俺も行く」
「いや意味わかんねーし。俺のが足早いじゃん?」
「うっ……で、でも、やだよ……ひとりでいるの」
少し顔を背けられて、万里は頭を抱えたくなる。どうしてそんなにも可愛らしいことを言うのだろう、この男は。確かにこの雨の中一人で待つのは心細いだろうが、それだって数分だ。
「万里くん、一緒に行ったら駄目かな……」
「…………ちゃんと走れるんすか」
「が、頑張る」
「わぁったよ、じゃ、行くぞ」
「あっ、ちょっと待って、十秒!」
結局折れてしまい、雨の中へ駆け出そうとした時、紬の慌てた声。何だ十秒って! と振り向いた万里の手を、握るものがある。
「あと十秒、多分雨足が弱まる」
紬の、頼りないと思っていた手だ。
万里の体を、熱が駆け巡った。
――――な…………んだこれ!! 十秒もこれっ……、無理!
紬はじっと空を見上げている。雲の動きでも見ているのか、絡んだ指先に力がこもったのに気がついていない。
「向こうの角、だよね」
「お、おう。――走っぞ!」
十秒、経ったかどうか。紬が繋ぎ止めてくれた手を離したくなくて、万里は指を絡めたまま、紬と一緒に雨の中へ駆け出していった。
ばしゃばしゃばしゃ。
水が跳ねて靴も裾も濡らしていくけど、やっぱりそんなこと、気にする余裕なんてどこにもない。
#両片想い #ワンライ
キスは眼鏡をかけてから
十座が目を開けると、そこには恋人の寝顔があった。布団の隙間から見える肌に、昨夜付けたキスマークが見えるのが、なんともたまらない。
起こさないようにそっと身を寄せれば、綺麗に脱色された金色の髪が視界いっぱいに広がる。
その髪は思っていたよりもさらさらしているのだと、こんな関係になって初めて知った。
これが夜にはベッドの上に散らばり(多くはベッドでない場所でだが)、十座の視界を楽しませるのだ。
十座はそっと腕を持ち上げて、恋人の――左京の髪を撫でる。
甘いものを食べている時と、こうして左京の髪を撫でている時の至福と言ったら。いや、とても言葉では表せない。
叶うと思っていなかったこの恋が受け入れられたのは、恐らく左京の気まぐれだ。
そうでなければ、同性相手に、しかも一回りも年齢が違うガキなど相手にしてくれないだろう。
いつか終わりがくるかもしれない。それは早いうちか、忘れて油断した頃にかは分からないが、それを覚悟しておかなければならない。
――――また無茶しちまったけど……今のうちに、ってのが……俺の中にあるんだろうな。左京さんが、俺を相手にしてくれるうちに、知りたかったんだ。この人を。
視線を、口唇を、体を重ねられるようになってから、しばらく経ったけれど、いつも夢中になってしまう。
起きたあとに怒られるのももう慣れたが、左京が起き出さないうちにこうして髪を撫で、頬に口づける時の緊張は、まだまだ慣れやしない。
額に、眉間に、鼻先に、ふたつ並んだ黒子に。順番に口づけて、左京が起きるのを待った。
「ん……」
今日は目を覚ますのが早いなと、口唇へのキスをし損なってこっそり舌を打つ。
「兵頭……?」
「……っす。体、平気すか、左京さん」
寝起きの掠れた声で名を呼ばれ、胸が高鳴る。眠そうに目を擦る左京に、昨夜の無茶を謝罪する。覚醒した左京はため息とともに寝返りを打って、体を上向けた。
「あー……ちったあ手加減てもんを覚えたらしいな……」
それでも体のあちこちが痛ぇ馬鹿がと、悪態をつくことを忘れない左京にホッとする。本当に怒っている時は、口さえきいてくれないのだから。
疲労がまだ抜けていないのか、ゆったりとした口調にトクトク胸が鳴る。機嫌の悪くない今のうちに、と十座は口を開いた。
「左京さん……」
「あァ?」
機嫌が悪くないと思ったのはただの願望だったかと感じるほど、低い声が返ってくる。
だけど、言いかけた言葉を今さら引っ込められない。余計に怒らせてしまいそうだ。
「……キスをしてもいいっすか」
一瞬、左京の息が止まったような気がした。そうして、周りの空気が二度ほど下がったような錯覚も。
やっぱり言わない方が良かったかとも思うが、キスをしたいのは本当だ。昨夜充分に堪能したはずの左京の口唇だが、いつだって触れていたい。
「だ、駄目ならいいっすけど……」
「……構わねーが、眼鏡よこせ……」
「は? 眼鏡?」
十座は目を見開いた。
構わないと許容されたこともそうだが、眼鏡をよこせと言われたことに。左京は本当に目が悪いようで、眼鏡がないと手元足下がおぼつかないようなのだ。
それは理解できるが、なぜ今眼鏡を欲するのか。そう思う間にも手探りで枕元の眼鏡ケースを探していて、十座は左京がそれを探し当てる前に取り上げた。
「左京さん、アンタ寝ぼけてるのか? キスをするのに、なんで眼鏡がいるんだ」
眼鏡が邪魔になってしまうような激しくて深いキスをするつもりはないが、それはあくまで予定であり、したあとのことまで責任はもてない。
皮脂や汗で眼鏡が汚れるのを嫌っているのは知っていて、だから不意打ち以外ではちゃんと眼鏡を取ってくれるのを待っているというのに。
構わないと言いながら眼鏡をかけたいというのは、やんわりとした拒絶なのか、何かの謎かけなのか、それとも本当に寝ぼけていて思考が働いていないだけなのか。
「いいからよこせ、兵頭。見えねぇだろう」
「見える必要があるのか? ここにいるのは俺だ、左京さん。ベッドの中で、こんな格好のアンタにキスをするのは、俺でしかねぇんだから」
相手を見極める必要はないと、十座は眉を寄せて低く囁く。左京の過去の女は知らない。だが、今恋人としてキスをするのは自分でしかないのだから、見えなくても不便はないはずなのに。
左京がひとつ瞬きをして、細めた目で見つめてくる。朝っぱらから色っぽい視線をよこされて、十座の熱が上がってしまった。
「馬鹿か、だから……見たいと言ってんだ」
「……え?」
「俺にキスをする時な……甘ったれたガキが、いっちょまえに大人の男の顔をしやがる。……見せろ、兵頭」
左京の指先が、十座の口唇をなぞってくる。その仕草と言葉の意味に気がついて、ボッと顔を赤らめた。
「左、京さん、アンタ、何言ってるか分かって……」
「兵頭、眼鏡……」
左京の指が、十座の手にある眼鏡ケースを指す。寝ぼけているわけではないようで、十座の口唇が震えた。震える指先でケースを開け、丁寧につるをつまんで開く。
他人に眼鏡をかけるなんてしたことがない。外す行為はしたことがあるけれど、逆はコレが初めてだ。左京の頬やこめかみをつつかないように、レンズを汚さないように、ゆっくりとかけていく。
いつもの、左京の顔だ。
眼鏡のレンズ越しに、左京の瞳をじっと眺める。
見えますか、という愚問を音にする前に、十座は左京の口唇を撫でた。
「……好きだ、左京さん」
ゆっくりと胸を重ね、口唇を重ねる寸前聞こえたのは、「知ってる」という、左京の吐息のような声だった。
#両想い
First Kiss
「なあ、紬さん」
万里は携帯端末の画面をテーブルに伏せて置き、恋人の名を呼んだ。その声を受けて、紬が振り返ってくれた。
「どうしたの、万里くん」
「キスしてもいっすか」
立てた膝に腕を置き、折り曲げて襟足をかき混ぜる。
恋人とは言うが、ほんの少し自信がない。何しろ恋人らしいことを何もしていないのだ。
好きだと告白してからしたことといえば、どこが好きか、どれだけ好きか、これからどうしようか、今時中学生でももう少し進んでいそうなのに、そんなことしか話し合っていない。
カフェに行って話し込むのは、恋を告げる前からしていたことだし、いまいち新鮮みに欠ける。
男同士じゃ堂々と手も繋げないし、ちょっと距離の近い友人同士を演じてみたり、時には兄弟を演じてみたり、それはそれで楽しいのだけれど、物足りないと思ってしまうのはこっちだけだろうか、と万里は指に自分の髪を絡ませる。
叶うと思っていなかった恋だから、大事にしたい。壊れないように、そっとゆっくり進んでいきたい。そう思っているのは本当だけれど、紬にもっと近づきたいと思っているのも本当だ。
――――こんなこと言ったら、怒られっかな……。
もっと近くに行きたい。口唇に触れたい。もっと言えば、抱いてもみたい。
紬はどこまで許容してくれるだろう? こうして部屋の中で過ごす二人の時間を、もっと増やしたいと言ったら、叶うのだろうか。
「あ、うん、いいよ。しようか」
拒絶されると身構えていた分、紬の何でもないような明るい声に、反応の仕方を忘れた。
「えっ、……いーのかよ」
まるでカフェのはしごでもしようかというほどの軽い調子には、万里の方が驚いてしまう。性的なことにあけすけなタイプにも見えないが、それはもしや万里の勝手な思い込みだったのだろうか。
いくら恋人同士とはいえ、男相手に簡単に「キスしようか」なんて返せてしまうほど。
「え、するんじゃないの? 違った?」
「いや違わねーけど……」
なんだか思っていたシチュエーションと違う、と万里は困ったように片方の眉を上げる。
もちろん「しようか」という合意は嫌だ、駄目だ、というわけではない。
想像の中の紬は、キスしてもいいかなんて言ったら、びっくりして大きな目を瞬いて、恥ずかしそうに、目一杯ためらって、「うん」と頷くような――そんな夢を見ていたわけでもない。
ファーストキスもまだしたことのない小学生じゃあるまいし、と思ってはいるが、あまりにもイメージと違う。
男相手だということに、嫌悪も緊張もないののだろうか。
「うん、じゃあ、はい」
紬は読んでいたシナリオをパタンと閉じて横に置き、腰を上げて万里の正面に座り直してくれる。万里は、さらに驚いた。
正座。
紬は万里の前で、ちょこんと正座をしたのだ。綺麗にそろえた膝の上に握った拳をそっと置いて、さあ来いとでも言うようにまっすぐに見つめてくる。
しかしよくよく見てみれば、膝に置かれた拳はだんだんと力が入ってきているようで、紬の緊張を伝えてきた。
ふはっ。
万里は思わず笑い声で空気を揺らす。
おかしさと一緒にどうしようもない愛しさがこみ上げてきて、紬への想いがまた一回り大きくなった。
「……なに、万里くん」
「わ、悪い……俺、キスする時に正座する人って初めてだわ、っくく……」
「正座するのなんて、俺だって初めてだよ……」
「なんだよ、しよっかなんて軽いこと言ってたから、俺とのキスなんてそんな重要な事じゃねーのかと思ったら、……ドキドキしてくれたんだ?」
そうだ、思っていたのと違ったというのは、そこだ。
こちらはしぬほど緊張しているのに、年上の余裕とでも言いたげな紬の態度が、腑に落ちなかったのだ。
だけどそうではなかったのだと知って、ホッとする。
「万里くん、笑った罰」
「えっ」
紬が珍しく軽く睨みつけてくる。万里はしまったと思った。せっかくのチャンスが、これでふいになってしまうのかと。いや、そんなことより、きっと精一杯勇気を出した紬を傷つけてしまったのだろう。
「紬さん、ごめ――」
だけど弁解しようと伸ばした手を、紬が絡め取ってくる。万里は目を瞠った。
紬の左手と、万里の右手が、絡んでいく。指を交わらせてくる紬に驚いて、視線をそちらへ向けてみれば。
「あとの隙間は、万里くんが埋めてね」
照れくさそうに目を細め、はにかんで口にする紬の「キスをしよう」おさそい。
ドキドキしてくれたんだ? と訊ねた万里の方こそが、返り討ちに遭ってドキドキのオンパレードだ。
だけど、万里がしかけて紬が深くしてくれた絶好の機会を逃してなるものかと、空いた左手を上げる。隙間を埋めてねと言った紬の願いを聞き届けて、首の後ろに運んでゆっくりと引き寄せた。
口唇が触れる、二センチ手前。ぴたりと止まって万里は笑った。
「ファーストキスだな」
「えぇ? うそつき」
「うそじゃねーって。俺と紬さんの、な」
「こういう時にも使うの……?」
「使うの」
しらねーけど、とは口にしないで、二センチ分、首を伸ばして隙間を埋めた。
#両想い
かわいいひと
※ほんのり十左あり
「万里くんは素直ないい子ですよ?」
あいつらの問題児っぷりはどうにかなんねーのか、と言った左京さんに俺がそう返したら、心底不可解だという視線を向けられた。なんでだろう、本当にそう思っているのに。
「月岡……気は確かか」
「はい? もちろん。俺、そんなに変なこと言いました?」
左京さんがため息をついて首を振る。まあ、左京さんは万里くんと同じ秋組だし、稽古中に起こる十座くんとのケンカを諫めてるって話も聞くし、色々と大変なんだろう。
でも、俺は本当にそう思ってるんだ。万里くんはいい子だって。
たとえば、リーダー会議の時ゲーム禁止っていったらちゃんとスマホしまうしところとか。ご飯食べる前にはちゃんといただきますって言うところとか。そりゃあ、たぶん校則違反のピアスをしていたり制服をきちんと着ていなかったりもするけれど、悪ぶってるわりに、万里くんは素直でかわいい。と思う。
「お前、すっかり摂津に参っちまってるみてーだな」
俺が淹れたコーヒーをすすりながら、左京さんが呆れたような視線を向けてくる。俺と万里くんが恋人としてつきあってることを知る、数少ない相手だ。でも、それを言ったら左京さんだって、随分――十座くんに甘いしね。俺のこととやかく言えないと思うんだけどな。
「十座くんも、一生懸命でいい子ですもんね」
だから、仕返しみたいに言ってみた。左京さんは言葉を詰まらせて、そして俺を軽く睨みつけてくる。分かりやすい人だなあ。否定が返ってこないってことは、つまりそういうことなんだろう。
俺と左京さんは、それぞれ年下の恋人がいる。年の差が気にならないって言ったら嘘になるけど、それでもこの恋を終わりにする選択肢はなかった。
「まあ、いいさ。お前の前じゃ猫かぶってんだろうしな。せいぜいあの猛獣をしつけておいてくれ」
「ずいぶんかわいい猛獣なんですけど……」
ふふ、と笑ったその時、監督に頼まれて買い物に行っていた万里くんと天馬くんと太一くんが帰ってくる。
重い、と言いながら談話室に入ってくる天馬くんと、特売たまごとジャガイモ大量ッス~と嬉しそうに笑う太一くんと、マジだりぃとうんざりした顔で買い物袋をテーブルに置く万里くんと。
文句を言いながらもなんだかんだ監督のお願いをきく万里くんは、やっぱりいい子だと思う。
「おかえり、万里くん」
「あ、紬さんも帰ってたんすか。なあ明日空いてる? さっきネットでよさげなカフェ見つけたんすよ」
万里くんは小さな声でそう言って、スマホを取り出す。一応内緒の関係なのに、これじゃあすぐにバレちゃわないかな?
でも、万里くんは一生懸命俺を好きでいてくれる。それが嬉しくて、俺は思わず、ソファに座った彼の髪を撫でてしまった。
「……紬さん? なにしてんの」
「え、あ、ごめん。えっと、明日だっけ。バイト終わってからでよければ」
突然髪を撫でられた万里くんは、わけが分からないというように俺を振り向いてきて、ちょっと照れくさそうに笑う。かわいいなんて思って、反応が遅れてしまった。
「おー、それでいっすよ。じゃあ、いつもんとこで待ち合わせな」
「うん、楽しみにしてるね」
万里くんとはカフェデートが多い。だけど飽きない。俺は万里くんのオススメがすきだし、万里くんもたぶん俺のオススメを好きになってくれる。
待ち合わせというのには少し心配なこともあったけど、やっぱり楽しみ。カフェラテ色の万里くんの髪を、もう一度撫でてみた。
遅くなっちゃったな、と時計を覗き込む。
万里くんはもう待ち合わせ場所に来ているだろうか。たぶんそうなんだろうなと思う。外で待ち合わせる時、たいてい万里くんの方が先に来てるんだよね。
学生だから時間が自由になりやすいんだよ、と彼は言うけれど、俺だってそれなりに自由になるはずなんだけどな。なんでいつも、万里くんは先に来てるの? たまには俺だって万里くんを待っててみたいんだけどな。
そう思って、俺は歩く速度を少し速めた。約束の時間まではまだあるけれど、もし先に来ていたら、待たせたくない。
俺が万里くんを待っていたいっていう理由のひとつには、彼があまりにもカッコイイことが挙げられる。それで何が困るって、……困るじゃない、あの子一人で立ってると女の子たちに声かけられやすいんだから。
それは仕方ないって思う。恋人っていう欲目を抜いても、万里くんは本当にカッコイイ。顔だって整ってるし会話だって面白いし、明るいし、声かけたくなるよね、分かるよ。
でも、ごめん、その子、俺の。
って、何度言いかけたことか。言えないけどね。
待ち合わせの目印が見えてくる。そこにひときわ目立つ容姿の男の子がいて、きゅっと胸が締めつけられた。
ああ、やっぱり今日も女の子……っていうか女の人と喋ってる。すごいな……ちょっとその勇気、俺にも分けてほしいよ……。俺が女の子だったら、遠くから見るだけで精一杯だと思う。
……落ち込んできちゃった。やっぱり次はもっと早く来よう。
でも……いいことだってある。
退屈そうにしていた万里くんが、人混みの中で俺を見つけてくれる瞬間。それが、すごく好きなんだよね。
「紬さん」
万里くんが、本当に嬉しそうに俺の名を呼んでくれる。ぱあっと華やいだような笑い顔と一緒にだ。今の今まで退屈そうに女の人と話してたのに、この変わりよう。カッコイイだけじゃなくて、この瞬間の笑顔、ものすごくかわいいって思ってしまう。かわいいって言うと万里くんは怒るから、言えないんだけど。
「あー、じゃあ、ツレ来たから」
万里くんはそう言って、女の人には目もくれずに俺の方に向かってきてくれる。がっかりしたような彼女には申し訳ないけれど、万里くんは俺のだし、いいよね……。
「ごめん万里くん、遅くなっちゃった」
「べっつに、まだ時間前じゃん」
「でもまた待たせちゃったよね。次こそ俺に待たせてよ」
約束していたカフェに向かいながら、ひとまずの謝罪。本当にどうして万里くんは、嫌な顔ひとつしないんだろう? どうかすると何時間でも待ってそうなカンジだよ。そんなに待たせたりしないけど。
「え、待たせるって、予告すること? おもしれーなぁ、紬さん」
万里くんが笑う。最近は万里くんに引っ張られてか、俺もよく笑えるようになったのが嬉しい。紬さんの笑ってるとこ好き、と言ってくれた万里くんを、俺はきっと彼が思っている以上に好きだと思う。
「だって万里くんを一人で立たせてると、今日みたいなこと多いじゃない……」
「なに、紬さん。それ、妬いてんの?」
ひょいっと顔を覗き込まれて、俺は思わず視線を泳がせる。万里くんはきっと分かって言っているに違いなくて、悔しい。俺の方が年上なのに、余裕があるのはいつも万里くんの方。
ああ、でも、ここで。
「妬くっていうか、万里くんは俺のって言って引っ張っていきたくなる、かな」
なんて言ったらきみはどうするのかな。
「……っつ、紬さんちょっとタンマ、むり……」
仕返しみたいに万里くんをじっと見つめ返してみたら、予想以上の反応をもらってしまった。顔を真っ赤にして固まってしまっている。いつもきみが言ってることと同じじゃない、ねぇ?
「だから、次は俺が待つよ」
「や、でもちょい待ち、アンタが一人で立ってたら余計に危ねーじゃん。俺の倍はくるだろ女どもが」
「あはは……そんなわけないでしょ、万里くん」
分かってねーなあ、とため息を吐かれる。そんなこと言われたって、実際ナンパとかされたことないし、万里くんの言うことに頷くのは無理だ。
「でもな紬さん。今まではそうだったかもしれねーけど、俺とつきあうようになってからアンタどんどん、なんつーか、綺麗になってっしかわいくなってっし、俺はそういうアンタを一人で立たせたくねーの。分かんだろ」
万里くんが真剣に心配そうな顔をしてくる。そんなわけないのに、気を遣ってくれてるのかな。
「それにさ」
「……それに?」
「言っても怒んねぇ?」
「怒らないよ」
万里くんは少し気まずそうに髪をかき混ぜて、立ち止まる。指先が触れ合っているのが分かって、俺も立ち止まって万里くんの音を待った。
「紬さんがな、人混みの中で俺を見つけて、嬉しそうな顔して、そのあとごめんってちょっとしょんぼりすんの、俺すげー好きなの。それ、見たいだけなんだよな。そのためなら、たぶんどんだけでも待てるぜ、俺」
……どうしよう。そんな理由だとは思ってなかった。万里くんはいつも俺の予想の斜め上を行くから、心の準備もできやしない。
「俺のしょんぼりしてるとこ好きとか、酷いな……」
「怒んないっつったじゃん」
「怒ってない」
「つーむーぎーさぁん、なあ、悪かったって。今日オゴるからさ」
本当にぜんぜん怒ってないんだけど、恥ずかしさ八割、意地悪二割でつんとそっぽを向いて歩き出したら、万里くんが情けない声を出しながら追いかけてくる。
ねえ、俺もきみのそういうところ大好きだよ。
「怒ってないってば」
「じゃあなんでこっち向いてくんねーの」
「万里くんがかわいいから困ってる」
「意味分かんね」
そう言って万里くんは口を尖らせる。俺はこんなに分かりやすくきみを好きで、きみをカッコイイと思ってて、かわいいとも思うようになってしまったのに、まだまだぜんぶは伝わらないみたいだ。
どうしたらいいかな。たまに見せる子供っぽい……というか年相応な顔とか、膝枕してって俺にだけ甘えてくるのとか、すごくかわいいと思うのにな。
「紬さん、機嫌直してよ、せっかくのデートなのに」
「あのねほんとに怒ってないんだよ、万里くん」
「じゃあこっち向いてって」
「んー……ダメ」
「なんで!?」
「きみにキスをしたくなるから」
「は? ……――ッ」
ほらね、そうやって俺の言葉なんかで顔を赤くするきみのこと、ほんとに好きなんだ。
カッコイイのはいいけど、そうやって普段にない表情とか仕草とか見せるのは、俺だけにしといてね、万里くん。
#両想い
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いつもとは違う駅でカフェを探してみよう。そう言ったのは万里の方で、紬はひとつ瞬いて、それにいいよと返した。それが、昨日の夜のできごと。天鵞絨駅周辺のカフェは行き尽くしてしまって、目新しさがない。もちろんお気に入りのカフェというモノはそれぞれにできたけど、どうせなら新規開拓もしてみたい。
せっかくできたカフェ友なのだ、楽しみたい。
ゴトン、ガタン。車輪がレールの上を滑る。ぶつかり逢う音を紬はドアすぐそばの手すりにもたれて聴いていた。すぐ目の前、カフェ友である摂津万里が、電車のドアにもたれながら携帯端末の画面に指を走らせている。紬はその横顔をじっと眺め、そして、伏せた。
――――行き先のない電車なら良かったのに。
目的があって電車に乗っている以上、いつか行き先に着いてしまう。万里と過ごすために行き着く先だが、万里と一緒に過ごしたいから着いてほしくない。
今日は何を話そうか。紬は目を伏せたまま、万里との会話のネタを探した。探して、なにもないことに苦笑する。
こうして一緒にカフェにいく間柄ではあっても、お互いの間にカフェ巡りと芝居以外に共通の趣味などない。実際今だって、万里の視線は携帯端末の中のゲームを追っているのだろうし、その指先は敵だかなんだかを倒すためにしか動かない。
今まで一緒に行ったカフェの中でも、会話のネタがなくて沈黙が流れるのは、よくあることだった。だけど紬は、それを苦痛には感じていない。紬にだって自分のテリトリーというものがあるし、自分自身のペースというものがある。万里だってそうだろう。沈黙は苦痛ではない。ただほんの少し、寂しいだけで。
万里の声が聴きたい。
万里の声で呼ばれたい。
万里の声に返したい。
初めての恋は、紬のぜんぶを巻き込んで、深い沼に引きずり込んでいく。
――――叶うわけないのに。この距離で万里くんを見ていられるって、それだけで、満足、したいのに。
上手くいく恋だとは思っていない。いないのに、欲望だけは一人前だ。
――――好きって言いたい、好きになってもらいたい。キスだってしたいし、抱かれてもみたいんだよ。ねぇ万里くん、俺がこんなこと考えてるなんて、きみは全然知らないんでしょ。
万里は、恋に興味がないと言っていた。そういえば自分自身も高校生の頃は芝居ばかりで、恋愛に意識を向ける余裕なんてなかったなあと思いだす。それを考えると万里の言い分は分かるのだが、万に一つでも可能性はないと気分が沈んでいってしまう。
「紬さーん、なんか疲れてねぇ? 引き返す?」
目を閉じたままそんなことを考えていたら、さすがに万里が気づいて声をかけてくる。紬はその声を全身に染み渡らせるようにゆっくりと目蓋を持ち上げた。
「ううん、そんなことないよ。どうして?」
「ため息、六回目」
紬は目をぱちぱちと瞬いた。万里の視線は携帯端末に向かったままで、こちらの動向を気にかけているようには見えなかったのに。まさかじっと眺めていたときのことは気づかれていないだろうなと、少し視線を逸らした。
「ちっちゃいヤツだけど、なんか苦しそうだったからさ。座れたら良かったんだけどな……」
万里がやっと顔を上げて、電車内をきょろりと見回す。それでも夕方のこの時間帯、空いている席はひとつもなくて、座ることは難しい。
「目的んとこまであと三つだけど、次で降りようぜ。どこだっけ……あー、行ったことねーわ。ちょうどいいじゃん、次の駅で新規開拓しよ」
万里が車内の表示板を確認して、次の停車駅を確認する。確かにカフェ巡りできたことはない駅だ。万里は他の用事でも来たことがないのか、それとも紬に悟らせないための嘘なのか。
――――多分、きたことあるんだろうなあ……万里くんは、優しい、ずるい……。他の人にも、そんなに優しいのかな……。
後者だろうと紬は思う。さっき一瞬見せた表情は、本当に心配してくれている顔だった。目的の駅まで我慢するより、早く降りて座れるところを探した方がいいと思ったのだろう。
――――苦しい。万里くんが好きで、大好きで、苦しい。
クスリなんかない、治るわけない、お医者サマで草津の湯でも、この初めての不器用な恋は治せないはず。
初めての恋じゃなければ、せめて恋愛方面にもう少し慣れていたら、万里への恋心を楽しんでいられただろう。
「そうだね、そうしようか」
「テンポ、おそ」
「ごめん考え事。ごめんね万里くん、ありがとう」
「……べっつに」
万里が、少し言葉を詰まらせてふいとそっぽを向く。紬のためについた嘘が、バレてしまったことを悟ったのだろう。それでも何でもないような振りをして、停まった電車から紬を連れ出してくれた。
「大丈夫っすか?」
「平気、少し寝不足」
「は? 寝れねーの? なんか悩みでも――」
駅の改札へと向かいながら万里は訊ねてくるけれど、途中で立ち止まって携帯端末を確認する。メールか、LIMEかを受信したのだろう。紬も少し先で立ち止まり、万里を待った。
いや、待つというほどの時間もなく、万里が隣に追いついてくる。手には端末は握られておらず、大事な用事ではなかったらしいと紬は感じた。
「あれ、よかったの?」
「あーいーのいーの。一成が合コンの写真送ってきただけ。さっきからうっぜぇくらい送ってくんの。断ったからって嫌がらせかよ、ったく」
「え、あ、合コン? 万里くん、そういうの行くんだ?」
「行かねーよ、興味ねぇし。うざってぇだけだろ」
ため息交じりの万里の言葉に、ガツンと頭を殴られたような錯覚に陥った。合コンということは、主に男女の出逢いの場だ。多くは恋愛関係を望んで。たまには友人関係を目的に。紬は項垂れて、額を押さえる。万里が合コンに行かないというのは、正直ありがたい。絶対女の子に狙い撃ちされるに決まっているのだから、そういった場には行かないでほしいとは思っていた。
だけど、万里は恋愛に興味がないどころか、うざったいと思っているらしいと、今の発言で分かる。
絶望的だ。
ぐわんぐわんと頭が回るようで、紬はとうとう足を止める。
「紬さん? ちょっと……おい、大丈夫、じゃねーよな。貧血?」
万里がそんな紬を心配して覗き込むけれど、紬は口唇を噛んだままなにも言わない。何かを発せる状態ではなかった。
――――もともと絶望的だけど、いくらなんでも、これは駄目かな……俺の気持ち知っちゃったら、うざったいって思うのかな。そうだよね、好きでもない、しかも男の俺なんかに好かれても、困るだけだよ。
「紬さん、なあ、ちょっと、隅っこ……歩ける?」
紬の腕を掴んで、万里はゆっくりと通路の済みへと移動する。立ち止まったままでは、行き来する人たちの邪魔になってしまうからだろう。広告の貼られた壁際で、紬はやっと息をした気がした。
「やっぱこのまま引き返そう。少し休んでからでいいからさ。具合悪いんだったら先に言えっての」
「ごめん……大丈夫、……大丈夫だよ、ごめんね」
紬はそう言いながらも、顔を覆う手を外せない。初めての恋を、初めての失恋を、いったいどうやって飲み込んだらいいのか分からない。
「……俺ってそんな頼りねーかな……」
「え、ごめん、なに? 聞こえなかった」
「なんでもねーよ」
そう言いながらも万里のため息は大きい。早く気持ちを浮上させなければと、紬は何度か深呼吸を繰り返す。「面倒」だとか「うざったい」だとか、万里に思われたくない、その一心で。
「大丈夫、もう落ち着いたよ。コーヒー、飲みに行こう」
「んな青い顔してなに言ってんすか。帰るぞ」
「大丈夫だってば」
「アンタの大丈夫はアテになんねーの。なんか悩み事とかで寝れねーんなら、帰り道で聴いてやっから」
万里はそのまま、改札へは向かわずに乗ってきた電車のホームへ足を向けてしまう。だけど紬は動き出せずに、万里から顔を背けた。
「悩みなんて……言ったって万里くんには分からないよ。恋愛に興味ないでしょ、うざったいって思ってるくらいだし」
「はぁ? ……ちょっと待てよ、アンタの悩みって、そっち方面?」
お互いの声が尖る。紬は、このままじゃ駄目だと俯いた。こんな気持ちのままで、想いを告げるわけにはいかない。どうごまかそうかと必死で言葉をたぐり寄せた。
「……そうじゃなくて、合コンに集まった人たちは、真剣な想い抱えてるかもしれないでしょ、それを……」
「俺、好きでもねーヤツになに言われても響かねーから。あしらうのうざったいって意味で言ったんだよ。別にそういうのやってるヤツらをどうこう言ったんじゃない。……言われたいひとには、絶対、……ぜったい言ってもらえねーからな」
視線を落とした万里に、紬は目を瞠る。さあっと血の気が引いていくような音を聞いた。
「そのひと以外にはキョーミねぇの。だから合コンとかそういう誘いは全部断ってる」
万里に、好きな人がいる。すごく好きなひとがいる。それをたった今、知ってしまった。
崩れ落ちていきそうだ。まるで絶望的な初恋で、とうとうなにもできないままで終わってしまう。
紬は震える口唇をどうにか押さえ込んで、開いた。
「す、好きなひとに伝えてみたら? 万里くんだったら、大丈夫だと思うけど……」
「……どうやって? 俺自分から言ったことねーし……なに言ったらオチてくれんのか、分かんねーの」
万里がそう言って苦笑する様を見て、分かる。万里の方も初恋なのだと。普段あれだけ器用になんでもこなしてしまう万里が、恋については自信がないらしい。自信がなくなってしまうほど、その相手が好きなのかと、紬は泣きたくなった。
――――大丈夫、覚悟してたよ、平気、応援してあげられる、できるよ、できるだろ、月岡紬。
何度も自分に言い聞かせて、ため息ひとつ。笑顔を作って顔を上げてみた。
「じゃあ、俺のこと練習台にしていいよ。女の子の役とか、何度かやったことあるし」
万里が目を瞠ったのが分かる。そうして細められていく目は、不愉快さを表しているのだろうか。それでも紬は、精一杯の笑顔を作ってみせる。
「…………習なんて……アンタじゃ練習になんかなんねーよ」
眉間に皺を寄せて、万里が珍しく低い声で呟いてくる。紬はずきりと心臓を痛ませて、苦笑した。気づかれていないといい、嘘でも、演技でも、練習でも、一度でいい、万里に好きと言われてみたかっただけだなんて。
「あ、……そ、そっか、ごめん、俺も恋愛方面には疎いし、参考にならな――」
「練習になるわけねーだろ、俺が好きなの紬さんなんだから! 全力で本番じゃねーか!!」
万里の拳が、ドンと紬の傍の壁にぶつけられる。
紬は、これ以上ないくらいに目を大きく見開いた。
「……っえ、……え!?」
「悪い……こんな風に言うつもりじゃ……っつかそもそも言うつもりなくて」
――――うそ、うそだ、うそ、そんな……そんなわけっ……。
「初恋、なんすよ……」
万里の切ない声に、紬の足から、一気に力が抜けていってしまう。ガク、と膝が折れて腰が沈む。
「紬さんっ?」
床にへたりこんでしまう寸前、万里の両腕が支えてくれるけれど、紬はやっぱり自力で立ち上がることができないでいる。がくがくと震えるあしをどうにか踏ん張るけれど、力なんか全然入ってくれなかった。
「ば、万里くん、ごめ……ごめんね、あの」
「……あー、いいって、フラレんのは分かって――」
「あの、もう一回本番お願いしてもいいかな……」
「は? …………え、……、……え!?」
ようやく絞りだした声で、万里がその言葉の意味を把握するのに十数秒。テンポが遅れる。
紬が万里の本番をもう一度聴くのに成功したのは、それから二分もあとだった。
#両片想い #ワンライ