- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.231, No.230, No.229, No.228, No.227, No.226, No.225[7件]
キスは眼鏡をかけてから
十座が目を開けると、そこには恋人の寝顔があった。布団の隙間から見える肌に、昨夜付けたキスマークが見えるのが、なんともたまらない。
起こさないようにそっと身を寄せれば、綺麗に脱色された金色の髪が視界いっぱいに広がる。
その髪は思っていたよりもさらさらしているのだと、こんな関係になって初めて知った。
これが夜にはベッドの上に散らばり(多くはベッドでない場所でだが)、十座の視界を楽しませるのだ。
十座はそっと腕を持ち上げて、恋人の――左京の髪を撫でる。
甘いものを食べている時と、こうして左京の髪を撫でている時の至福と言ったら。いや、とても言葉では表せない。
叶うと思っていなかったこの恋が受け入れられたのは、恐らく左京の気まぐれだ。
そうでなければ、同性相手に、しかも一回りも年齢が違うガキなど相手にしてくれないだろう。
いつか終わりがくるかもしれない。それは早いうちか、忘れて油断した頃にかは分からないが、それを覚悟しておかなければならない。
――――また無茶しちまったけど……今のうちに、ってのが……俺の中にあるんだろうな。左京さんが、俺を相手にしてくれるうちに、知りたかったんだ。この人を。
視線を、口唇を、体を重ねられるようになってから、しばらく経ったけれど、いつも夢中になってしまう。
起きたあとに怒られるのももう慣れたが、左京が起き出さないうちにこうして髪を撫で、頬に口づける時の緊張は、まだまだ慣れやしない。
額に、眉間に、鼻先に、ふたつ並んだ黒子に。順番に口づけて、左京が起きるのを待った。
「ん……」
今日は目を覚ますのが早いなと、口唇へのキスをし損なってこっそり舌を打つ。
「兵頭……?」
「……っす。体、平気すか、左京さん」
寝起きの掠れた声で名を呼ばれ、胸が高鳴る。眠そうに目を擦る左京に、昨夜の無茶を謝罪する。覚醒した左京はため息とともに寝返りを打って、体を上向けた。
「あー……ちったあ手加減てもんを覚えたらしいな……」
それでも体のあちこちが痛ぇ馬鹿がと、悪態をつくことを忘れない左京にホッとする。本当に怒っている時は、口さえきいてくれないのだから。
疲労がまだ抜けていないのか、ゆったりとした口調にトクトク胸が鳴る。機嫌の悪くない今のうちに、と十座は口を開いた。
「左京さん……」
「あァ?」
機嫌が悪くないと思ったのはただの願望だったかと感じるほど、低い声が返ってくる。
だけど、言いかけた言葉を今さら引っ込められない。余計に怒らせてしまいそうだ。
「……キスをしてもいいっすか」
一瞬、左京の息が止まったような気がした。そうして、周りの空気が二度ほど下がったような錯覚も。
やっぱり言わない方が良かったかとも思うが、キスをしたいのは本当だ。昨夜充分に堪能したはずの左京の口唇だが、いつだって触れていたい。
「だ、駄目ならいいっすけど……」
「……構わねーが、眼鏡よこせ……」
「は? 眼鏡?」
十座は目を見開いた。
構わないと許容されたこともそうだが、眼鏡をよこせと言われたことに。左京は本当に目が悪いようで、眼鏡がないと手元足下がおぼつかないようなのだ。
それは理解できるが、なぜ今眼鏡を欲するのか。そう思う間にも手探りで枕元の眼鏡ケースを探していて、十座は左京がそれを探し当てる前に取り上げた。
「左京さん、アンタ寝ぼけてるのか? キスをするのに、なんで眼鏡がいるんだ」
眼鏡が邪魔になってしまうような激しくて深いキスをするつもりはないが、それはあくまで予定であり、したあとのことまで責任はもてない。
皮脂や汗で眼鏡が汚れるのを嫌っているのは知っていて、だから不意打ち以外ではちゃんと眼鏡を取ってくれるのを待っているというのに。
構わないと言いながら眼鏡をかけたいというのは、やんわりとした拒絶なのか、何かの謎かけなのか、それとも本当に寝ぼけていて思考が働いていないだけなのか。
「いいからよこせ、兵頭。見えねぇだろう」
「見える必要があるのか? ここにいるのは俺だ、左京さん。ベッドの中で、こんな格好のアンタにキスをするのは、俺でしかねぇんだから」
相手を見極める必要はないと、十座は眉を寄せて低く囁く。左京の過去の女は知らない。だが、今恋人としてキスをするのは自分でしかないのだから、見えなくても不便はないはずなのに。
左京がひとつ瞬きをして、細めた目で見つめてくる。朝っぱらから色っぽい視線をよこされて、十座の熱が上がってしまった。
「馬鹿か、だから……見たいと言ってんだ」
「……え?」
「俺にキスをする時な……甘ったれたガキが、いっちょまえに大人の男の顔をしやがる。……見せろ、兵頭」
左京の指先が、十座の口唇をなぞってくる。その仕草と言葉の意味に気がついて、ボッと顔を赤らめた。
「左、京さん、アンタ、何言ってるか分かって……」
「兵頭、眼鏡……」
左京の指が、十座の手にある眼鏡ケースを指す。寝ぼけているわけではないようで、十座の口唇が震えた。震える指先でケースを開け、丁寧につるをつまんで開く。
他人に眼鏡をかけるなんてしたことがない。外す行為はしたことがあるけれど、逆はコレが初めてだ。左京の頬やこめかみをつつかないように、レンズを汚さないように、ゆっくりとかけていく。
いつもの、左京の顔だ。
眼鏡のレンズ越しに、左京の瞳をじっと眺める。
見えますか、という愚問を音にする前に、十座は左京の口唇を撫でた。
「……好きだ、左京さん」
ゆっくりと胸を重ね、口唇を重ねる寸前聞こえたのは、「知ってる」という、左京の吐息のような声だった。
#両想い
First Kiss
「なあ、紬さん」
万里は携帯端末の画面をテーブルに伏せて置き、恋人の名を呼んだ。その声を受けて、紬が振り返ってくれた。
「どうしたの、万里くん」
「キスしてもいっすか」
立てた膝に腕を置き、折り曲げて襟足をかき混ぜる。
恋人とは言うが、ほんの少し自信がない。何しろ恋人らしいことを何もしていないのだ。
好きだと告白してからしたことといえば、どこが好きか、どれだけ好きか、これからどうしようか、今時中学生でももう少し進んでいそうなのに、そんなことしか話し合っていない。
カフェに行って話し込むのは、恋を告げる前からしていたことだし、いまいち新鮮みに欠ける。
男同士じゃ堂々と手も繋げないし、ちょっと距離の近い友人同士を演じてみたり、時には兄弟を演じてみたり、それはそれで楽しいのだけれど、物足りないと思ってしまうのはこっちだけだろうか、と万里は指に自分の髪を絡ませる。
叶うと思っていなかった恋だから、大事にしたい。壊れないように、そっとゆっくり進んでいきたい。そう思っているのは本当だけれど、紬にもっと近づきたいと思っているのも本当だ。
――――こんなこと言ったら、怒られっかな……。
もっと近くに行きたい。口唇に触れたい。もっと言えば、抱いてもみたい。
紬はどこまで許容してくれるだろう? こうして部屋の中で過ごす二人の時間を、もっと増やしたいと言ったら、叶うのだろうか。
「あ、うん、いいよ。しようか」
拒絶されると身構えていた分、紬の何でもないような明るい声に、反応の仕方を忘れた。
「えっ、……いーのかよ」
まるでカフェのはしごでもしようかというほどの軽い調子には、万里の方が驚いてしまう。性的なことにあけすけなタイプにも見えないが、それはもしや万里の勝手な思い込みだったのだろうか。
いくら恋人同士とはいえ、男相手に簡単に「キスしようか」なんて返せてしまうほど。
「え、するんじゃないの? 違った?」
「いや違わねーけど……」
なんだか思っていたシチュエーションと違う、と万里は困ったように片方の眉を上げる。
もちろん「しようか」という合意は嫌だ、駄目だ、というわけではない。
想像の中の紬は、キスしてもいいかなんて言ったら、びっくりして大きな目を瞬いて、恥ずかしそうに、目一杯ためらって、「うん」と頷くような――そんな夢を見ていたわけでもない。
ファーストキスもまだしたことのない小学生じゃあるまいし、と思ってはいるが、あまりにもイメージと違う。
男相手だということに、嫌悪も緊張もないののだろうか。
「うん、じゃあ、はい」
紬は読んでいたシナリオをパタンと閉じて横に置き、腰を上げて万里の正面に座り直してくれる。万里は、さらに驚いた。
正座。
紬は万里の前で、ちょこんと正座をしたのだ。綺麗にそろえた膝の上に握った拳をそっと置いて、さあ来いとでも言うようにまっすぐに見つめてくる。
しかしよくよく見てみれば、膝に置かれた拳はだんだんと力が入ってきているようで、紬の緊張を伝えてきた。
ふはっ。
万里は思わず笑い声で空気を揺らす。
おかしさと一緒にどうしようもない愛しさがこみ上げてきて、紬への想いがまた一回り大きくなった。
「……なに、万里くん」
「わ、悪い……俺、キスする時に正座する人って初めてだわ、っくく……」
「正座するのなんて、俺だって初めてだよ……」
「なんだよ、しよっかなんて軽いこと言ってたから、俺とのキスなんてそんな重要な事じゃねーのかと思ったら、……ドキドキしてくれたんだ?」
そうだ、思っていたのと違ったというのは、そこだ。
こちらはしぬほど緊張しているのに、年上の余裕とでも言いたげな紬の態度が、腑に落ちなかったのだ。
だけどそうではなかったのだと知って、ホッとする。
「万里くん、笑った罰」
「えっ」
紬が珍しく軽く睨みつけてくる。万里はしまったと思った。せっかくのチャンスが、これでふいになってしまうのかと。いや、そんなことより、きっと精一杯勇気を出した紬を傷つけてしまったのだろう。
「紬さん、ごめ――」
だけど弁解しようと伸ばした手を、紬が絡め取ってくる。万里は目を瞠った。
紬の左手と、万里の右手が、絡んでいく。指を交わらせてくる紬に驚いて、視線をそちらへ向けてみれば。
「あとの隙間は、万里くんが埋めてね」
照れくさそうに目を細め、はにかんで口にする紬の「キスをしよう」おさそい。
ドキドキしてくれたんだ? と訊ねた万里の方こそが、返り討ちに遭ってドキドキのオンパレードだ。
だけど、万里がしかけて紬が深くしてくれた絶好の機会を逃してなるものかと、空いた左手を上げる。隙間を埋めてねと言った紬の願いを聞き届けて、首の後ろに運んでゆっくりと引き寄せた。
口唇が触れる、二センチ手前。ぴたりと止まって万里は笑った。
「ファーストキスだな」
「えぇ? うそつき」
「うそじゃねーって。俺と紬さんの、な」
「こういう時にも使うの……?」
「使うの」
しらねーけど、とは口にしないで、二センチ分、首を伸ばして隙間を埋めた。
#両想い
かわいいひと
※ほんのり十左あり
「万里くんは素直ないい子ですよ?」
あいつらの問題児っぷりはどうにかなんねーのか、と言った左京さんに俺がそう返したら、心底不可解だという視線を向けられた。なんでだろう、本当にそう思っているのに。
「月岡……気は確かか」
「はい? もちろん。俺、そんなに変なこと言いました?」
左京さんがため息をついて首を振る。まあ、左京さんは万里くんと同じ秋組だし、稽古中に起こる十座くんとのケンカを諫めてるって話も聞くし、色々と大変なんだろう。
でも、俺は本当にそう思ってるんだ。万里くんはいい子だって。
たとえば、リーダー会議の時ゲーム禁止っていったらちゃんとスマホしまうしところとか。ご飯食べる前にはちゃんといただきますって言うところとか。そりゃあ、たぶん校則違反のピアスをしていたり制服をきちんと着ていなかったりもするけれど、悪ぶってるわりに、万里くんは素直でかわいい。と思う。
「お前、すっかり摂津に参っちまってるみてーだな」
俺が淹れたコーヒーをすすりながら、左京さんが呆れたような視線を向けてくる。俺と万里くんが恋人としてつきあってることを知る、数少ない相手だ。でも、それを言ったら左京さんだって、随分――十座くんに甘いしね。俺のこととやかく言えないと思うんだけどな。
「十座くんも、一生懸命でいい子ですもんね」
だから、仕返しみたいに言ってみた。左京さんは言葉を詰まらせて、そして俺を軽く睨みつけてくる。分かりやすい人だなあ。否定が返ってこないってことは、つまりそういうことなんだろう。
俺と左京さんは、それぞれ年下の恋人がいる。年の差が気にならないって言ったら嘘になるけど、それでもこの恋を終わりにする選択肢はなかった。
「まあ、いいさ。お前の前じゃ猫かぶってんだろうしな。せいぜいあの猛獣をしつけておいてくれ」
「ずいぶんかわいい猛獣なんですけど……」
ふふ、と笑ったその時、監督に頼まれて買い物に行っていた万里くんと天馬くんと太一くんが帰ってくる。
重い、と言いながら談話室に入ってくる天馬くんと、特売たまごとジャガイモ大量ッス~と嬉しそうに笑う太一くんと、マジだりぃとうんざりした顔で買い物袋をテーブルに置く万里くんと。
文句を言いながらもなんだかんだ監督のお願いをきく万里くんは、やっぱりいい子だと思う。
「おかえり、万里くん」
「あ、紬さんも帰ってたんすか。なあ明日空いてる? さっきネットでよさげなカフェ見つけたんすよ」
万里くんは小さな声でそう言って、スマホを取り出す。一応内緒の関係なのに、これじゃあすぐにバレちゃわないかな?
でも、万里くんは一生懸命俺を好きでいてくれる。それが嬉しくて、俺は思わず、ソファに座った彼の髪を撫でてしまった。
「……紬さん? なにしてんの」
「え、あ、ごめん。えっと、明日だっけ。バイト終わってからでよければ」
突然髪を撫でられた万里くんは、わけが分からないというように俺を振り向いてきて、ちょっと照れくさそうに笑う。かわいいなんて思って、反応が遅れてしまった。
「おー、それでいっすよ。じゃあ、いつもんとこで待ち合わせな」
「うん、楽しみにしてるね」
万里くんとはカフェデートが多い。だけど飽きない。俺は万里くんのオススメがすきだし、万里くんもたぶん俺のオススメを好きになってくれる。
待ち合わせというのには少し心配なこともあったけど、やっぱり楽しみ。カフェラテ色の万里くんの髪を、もう一度撫でてみた。
遅くなっちゃったな、と時計を覗き込む。
万里くんはもう待ち合わせ場所に来ているだろうか。たぶんそうなんだろうなと思う。外で待ち合わせる時、たいてい万里くんの方が先に来てるんだよね。
学生だから時間が自由になりやすいんだよ、と彼は言うけれど、俺だってそれなりに自由になるはずなんだけどな。なんでいつも、万里くんは先に来てるの? たまには俺だって万里くんを待っててみたいんだけどな。
そう思って、俺は歩く速度を少し速めた。約束の時間まではまだあるけれど、もし先に来ていたら、待たせたくない。
俺が万里くんを待っていたいっていう理由のひとつには、彼があまりにもカッコイイことが挙げられる。それで何が困るって、……困るじゃない、あの子一人で立ってると女の子たちに声かけられやすいんだから。
それは仕方ないって思う。恋人っていう欲目を抜いても、万里くんは本当にカッコイイ。顔だって整ってるし会話だって面白いし、明るいし、声かけたくなるよね、分かるよ。
でも、ごめん、その子、俺の。
って、何度言いかけたことか。言えないけどね。
待ち合わせの目印が見えてくる。そこにひときわ目立つ容姿の男の子がいて、きゅっと胸が締めつけられた。
ああ、やっぱり今日も女の子……っていうか女の人と喋ってる。すごいな……ちょっとその勇気、俺にも分けてほしいよ……。俺が女の子だったら、遠くから見るだけで精一杯だと思う。
……落ち込んできちゃった。やっぱり次はもっと早く来よう。
でも……いいことだってある。
退屈そうにしていた万里くんが、人混みの中で俺を見つけてくれる瞬間。それが、すごく好きなんだよね。
「紬さん」
万里くんが、本当に嬉しそうに俺の名を呼んでくれる。ぱあっと華やいだような笑い顔と一緒にだ。今の今まで退屈そうに女の人と話してたのに、この変わりよう。カッコイイだけじゃなくて、この瞬間の笑顔、ものすごくかわいいって思ってしまう。かわいいって言うと万里くんは怒るから、言えないんだけど。
「あー、じゃあ、ツレ来たから」
万里くんはそう言って、女の人には目もくれずに俺の方に向かってきてくれる。がっかりしたような彼女には申し訳ないけれど、万里くんは俺のだし、いいよね……。
「ごめん万里くん、遅くなっちゃった」
「べっつに、まだ時間前じゃん」
「でもまた待たせちゃったよね。次こそ俺に待たせてよ」
約束していたカフェに向かいながら、ひとまずの謝罪。本当にどうして万里くんは、嫌な顔ひとつしないんだろう? どうかすると何時間でも待ってそうなカンジだよ。そんなに待たせたりしないけど。
「え、待たせるって、予告すること? おもしれーなぁ、紬さん」
万里くんが笑う。最近は万里くんに引っ張られてか、俺もよく笑えるようになったのが嬉しい。紬さんの笑ってるとこ好き、と言ってくれた万里くんを、俺はきっと彼が思っている以上に好きだと思う。
「だって万里くんを一人で立たせてると、今日みたいなこと多いじゃない……」
「なに、紬さん。それ、妬いてんの?」
ひょいっと顔を覗き込まれて、俺は思わず視線を泳がせる。万里くんはきっと分かって言っているに違いなくて、悔しい。俺の方が年上なのに、余裕があるのはいつも万里くんの方。
ああ、でも、ここで。
「妬くっていうか、万里くんは俺のって言って引っ張っていきたくなる、かな」
なんて言ったらきみはどうするのかな。
「……っつ、紬さんちょっとタンマ、むり……」
仕返しみたいに万里くんをじっと見つめ返してみたら、予想以上の反応をもらってしまった。顔を真っ赤にして固まってしまっている。いつもきみが言ってることと同じじゃない、ねぇ?
「だから、次は俺が待つよ」
「や、でもちょい待ち、アンタが一人で立ってたら余計に危ねーじゃん。俺の倍はくるだろ女どもが」
「あはは……そんなわけないでしょ、万里くん」
分かってねーなあ、とため息を吐かれる。そんなこと言われたって、実際ナンパとかされたことないし、万里くんの言うことに頷くのは無理だ。
「でもな紬さん。今まではそうだったかもしれねーけど、俺とつきあうようになってからアンタどんどん、なんつーか、綺麗になってっしかわいくなってっし、俺はそういうアンタを一人で立たせたくねーの。分かんだろ」
万里くんが真剣に心配そうな顔をしてくる。そんなわけないのに、気を遣ってくれてるのかな。
「それにさ」
「……それに?」
「言っても怒んねぇ?」
「怒らないよ」
万里くんは少し気まずそうに髪をかき混ぜて、立ち止まる。指先が触れ合っているのが分かって、俺も立ち止まって万里くんの音を待った。
「紬さんがな、人混みの中で俺を見つけて、嬉しそうな顔して、そのあとごめんってちょっとしょんぼりすんの、俺すげー好きなの。それ、見たいだけなんだよな。そのためなら、たぶんどんだけでも待てるぜ、俺」
……どうしよう。そんな理由だとは思ってなかった。万里くんはいつも俺の予想の斜め上を行くから、心の準備もできやしない。
「俺のしょんぼりしてるとこ好きとか、酷いな……」
「怒んないっつったじゃん」
「怒ってない」
「つーむーぎーさぁん、なあ、悪かったって。今日オゴるからさ」
本当にぜんぜん怒ってないんだけど、恥ずかしさ八割、意地悪二割でつんとそっぽを向いて歩き出したら、万里くんが情けない声を出しながら追いかけてくる。
ねえ、俺もきみのそういうところ大好きだよ。
「怒ってないってば」
「じゃあなんでこっち向いてくんねーの」
「万里くんがかわいいから困ってる」
「意味分かんね」
そう言って万里くんは口を尖らせる。俺はこんなに分かりやすくきみを好きで、きみをカッコイイと思ってて、かわいいとも思うようになってしまったのに、まだまだぜんぶは伝わらないみたいだ。
どうしたらいいかな。たまに見せる子供っぽい……というか年相応な顔とか、膝枕してって俺にだけ甘えてくるのとか、すごくかわいいと思うのにな。
「紬さん、機嫌直してよ、せっかくのデートなのに」
「あのねほんとに怒ってないんだよ、万里くん」
「じゃあこっち向いてって」
「んー……ダメ」
「なんで!?」
「きみにキスをしたくなるから」
「は? ……――ッ」
ほらね、そうやって俺の言葉なんかで顔を赤くするきみのこと、ほんとに好きなんだ。
カッコイイのはいいけど、そうやって普段にない表情とか仕草とか見せるのは、俺だけにしといてね、万里くん。
#両想い
おやすみ
ドアを開けた途端、うう、と呻く声が聞こえてくる。俺は慌ててベッドに駆け寄って、様子を確認した。
「熱、また上がったのか? 晋助」
ベッドにごろりと身を伏せているのは、幼馴染みで、その、……こ、恋人の、高杉晋助だ。
滅多に風邪なんか引かないのに、一度罹ると重くなる。今朝だって三十九度近い熱を出していて、それでも学校に行こうとしていた晋助を、半ば押し倒すようにベッドに寝かせた。そんなに勉強熱心じゃないだろう、と若干貶すようなことを言ってしまったが、それは事実だ。しょっちゅう寝ているじゃないか。寝る子は育つって言うけど、勉強もちゃんとしろ。
なんて思い出してる場合じゃない。「お前と一緒にいる時間短くなんのやだ」なんて言われて、嬉しかったことを思い出している場合じゃない。晋助大丈夫かな。
「こ……たろ……?」
「うん、晋助、熱は?」
ベッドに寝転んだ晋助を見下ろす。晋助が風邪っていう状況じゃなきゃ、いい気分なのにな。だって俺はいつもこうして晋助に見下ろされてばかりなんだ。……ベッドの上で(たまに床の上で)。
でも今はやっぱりそんなこと考えてる場合じゃない。
晋助の額に手を当ててみると、まだ熱い。よかった、いやよくないけど、家から持ってきた水枕が役に立ちそうだ。ガロ、と奇妙な音を立てる氷の入った枕を、晋助の頭のすぐ傍に置く。頭が冷えすぎないようにタオルを巻いて、晋助が使っていた枕と交換した。
「大丈夫か? 冷たくない?」
「ん……気持ちいい……」
触れた指に、晋助が頬をすり寄せてくる。可愛いったらない。晋助は結構甘ったれだ。普段学校じゃ悪ぶってるくせに、俺とふたりきりだと途端にこうなる。
「つか……なんでいんのお前……」
「俺も学校は休んだ。一緒にいる時間が減るのやだって、晋助が言ったんじゃないか」
「いいのかよ、委員長サマが……そういうつもりじゃなかったんだけど……」
晋助が、息苦しそうにゆくりと呟く。それはまだ熱が高いことを物語っていた。
そりゃあ学生の本分は多分勉強で、大切なことかもしれないけれど。だけど家にひとりの晋助を置いて学校に行って、授業に集中できるわけがないんだ。たとえ行ったって、校門をくぐる前に帰ってくるよ。意味ない。
「たまにはいいだろう。晋助が、俺に看病されるのやだって言うなら、まぁ……しょうがないけど」
「んなわけねー……」
「そうか、よかった。何か食べられそうか? お粥とか、果物の方がいい? 何か腹に入れないと、薬を飲んでも胃がやられるぞ」
晋助の家の冷蔵庫、中身はほぼ把握している。作れそうなものはあるが、病人食ともなるとレシピが分からないな。ネットで調べてみよう。
「喉いてぇ……」
「じゃあ、そうめんとか、うどんとか……」
喉の炎症があるなら、固形物は控えた方がいいだろうか。つるりと入っていくそうめんなら、すぐに作れる。
んー、と晋助が曖昧に答えてきた。嫌ではなさそうだと判断し、キッチンを借りるぞと少々今さら感のある断りを入れた。
たまに晋助の家で、一緒にご飯を食べる。隣の俺の家で食べることもあるんだけど、やっぱりその、……ふたりになりたい時があるんだ。だから晋助の家のキッチンはどこに何があるかもちゃんと分かる。
晋助がどれだけ食べられるか分からないから、少し多めにゆでた。残りは俺が食べればいいんだし。
早く良くなってくれますように、って思いながらつゆを作って、焼き海苔をパラパラと落とす。お盆に乗せて二階に上がると、晋助は頑張ってベッドの上に体を起こしていた。
「サンキュ、小太郎」
「はやく良くなれよ、晋助」
「そーさな……こんなじゃキスもできやしねェ」
はあ、とため息を吐く晋助。毎日何度もキスをしていれば、確かに寂しい。俺だって晋助とキスをしたい。
「できるよ、キスくらいなら」
晋助に、キスをしたい。
そう思って、ベッドの上に腰をかけた晋助に、口唇を寄せた。
「……うつんだろ」
「うつったら晋助が俺を看病する番だな」
こつ、と額をあわせれば、やっぱり熱い。うつればいいのに。動くのもつらそうな晋助と、代わってやりたい。でもそれはできそうにないから、祈るくらいしか方法がない。
「あ、海苔入ってる……これ好き」
「梅も入れようかと思ったんだけど、喉を刺激するかもしれないからな。あ、残してもいいぞ、あと俺が食べるから」
「いただきます……」
晋助はゆっくりと胸の前で手を合わせて箸を持つ。ちゅる、と晋助の口唇に吸い込まれていく白いそうめん。つゆは跳ねることなくまといつき、晋助の中に入っていく。相変わらず、綺麗。
晋助は学校では授業態度が悪かったり言葉が乱暴だったりするけれど、おおむね可愛くてかっこよくて、びっくりするほど丁寧だ。こうしてご飯を食べる時も、俺に触れる時も。
最中はそんなこと考える余裕なんかないんだけど、こうしているとなんていうか、ほんとに……愛されてるなあって思う。それと同時に、愛しいなあって気持ちでいっぱいになる。
たすけてあげたい。つつんであげたい。
たすけてほしい。つつんでほしい。
晋助とは、そうありたい。よりかかるだけじゃなくて、支えていたい。そう思うんだ。
「……ごちそうさま……」
「あれ、結構食べたんだな。薬飲んだか? 苦いとか駄々こねるなよ」
「こねてねぇ……」
晋助は俺が思っていたよりもたくさん食べて、用意してた粉薬もちゃんと飲んでくれた。体中が痛いと言いつつベッドに寝転がるのは、これからまた熱が上がってくるのだろう。
「ゆっくり寝て、晋助。何か欲しいものとかあるか?」
晋助の肩まで布団を引き上げて、あやすようにぽふぽふ叩く。子供扱いしたつもりはなかったけど、晋助の目がすっと細められた。機嫌を損ねたかなと苦笑して、欲しがりそうなものを上げていく。水分補給の飲料、ヨーグルトやプリン、そういえば晋助はヤクルトが好きだったかな、と。
「あとは、うさぎさんのリンゴとか」
「いらね……」
「晋助」
熱で弱気になった瞳に、潤いが増している。晋助にしては珍しく、弱々しい声だった。
「そんなん、いらねーから……、……いてくんねえ? ここに……」
「晋助……」
熱で頬が赤いのか、照れているせいで赤いのか、俺にはどうしても判断がつかなかったけれど、俺の答えはたったひとつ。
「うん、晋助。お前が眠るまで……ううん、眠ったあとも、ちゃんとここにいるから」
伸ばされた手をそっと握りしめて、安堵したように目を閉じる晋助の頬に、おやすみなさいのキスをした。
#3Z高桂 #両想い #ラブラブ
空に、花を
帯を結んでもらい、最後に衿を整えてもらった。
「お、おかしくない、かな?」
「はいはい大丈夫よ。胸とか苦しくない?」
訊ねてきた母親に、うん大丈夫と答えて、姿見の前に立つ。そこに映っているのが自分だとは思えずに首を傾げるのに、どうしてか違和感はない。桂は巻かれた帯を見直して、ふふ、と笑った。
「じゃあ、行ってくる。あ、……あの、もしかしたら遅くなるかもしれないから、先に寝てていいよ」
「どうせなら泊まってきたらいいのに。どうせお隣でしょ?」
「え、あ、うん、そうなんだけど……じゃあ、そうする」
行ってきますと玄関で下駄を履き、背けた顔を赤らめた。もしかして、気づいているのだろうかと。いや、違うはずだ。お隣さんの「幼馴染み」とは、家族ぐるみでつきあってきたし、幼馴染みが両親の海外転勤についていかず日本に残ってからも、たびたびお泊まりしてきたのだから。
まさか。
「晋助、遅くなってごめん」
まさかお隣さんの幼馴染みと、恋人同士だなんて、気づいてはいない、はずだ。
「わ、晋助、カッコイイな。浴衣似合う」
「おっせーよ、かつ、……ら」
幼馴染みの名は高杉晋助。同い年の高校男子。
その高杉が、玄関の前で桂を振り向き、目を見開き言葉を失ったようだった。
それもそのはずだ、桂の今日の装いは、とても高杉と同じ高校男子とは思えないものだったのだから。
「か、桂……なにその格好」
「やっぱりおかしいかな? 母さんに着せてもらったんだけど、こういうの初めてだし」
今日は花火大会だ、せっかくだし夏らしく浴衣で、とお互いに和の装いをしよう。そう言ったのは桂で、頷いたのは高杉。高杉は薄い灰色の浴衣をちゃんと着付けて桂を待っていたのだが、今目の前に現れた桂は。
「いや、おかしかねェけど、なんで……女物」
高杉とは違い、桂は女物の浴衣で可愛らしく装っていた。青色の生地の、胸元と裾にちりばめられた撫子は、黄色の帯をよく映えさせていて、華美でもなければ地味でもない。おまけに、いつもは下ろしている長い髪をアップスタイルにしており、花の髪飾りからは匂いさえしそうなほどだった。
「あ、あの……こ、これならその……晋助と手をつないで歩けるかなって思って。晋助、こういうの嫌か? 嫌なら、着替えて」
「馬鹿、嫌じゃねーよ。そんな可愛いこと言われて、嫌とか言えるわけねーだろ。ちょっとびっくりしただけ、全然予想してなかったから」
やっぱり男がこんなモノ着ても駄目かなと苦笑した桂に、高杉は慌てて弁解する。驚いたのは事実だが、手をつないで歩きたいと言われて、嫌だと言えるわけもない。異常なほど似合っていないのならそれも考えたかもしれないが、桂にその装いは、異常なほどよく似合っているのだ。
「すっげェ可愛い、桂」
「そうか? ありがとう。晋助、改めて……誕生日おめでとう」
褒められて、桂は頬を染める。余計な化粧などせずとも、その頬の色が充分桂を際立たせる。それを見て、祝いの言葉をもらって、高杉も嬉しそうに口の端を上げた。
そう、今日は花火大会で、それ以前に高杉の誕生日。桂の誕生日をサプライズで祝ってくれた高杉に、こちらもサプライズで返したかった桂の作戦は、どうやら成功したらしい。
「サンキュ。じゃあ、ほら、行こうぜ」
高杉は少し照れくさそうに桂に手を差し出した。桂も手を差し出して、それに重ね合わせる。指を絡めて、一緒に歩き出した。
外で、こんなに堂々と手をつないで歩くのは、実は初めてだ。男同士という後ろめたさがどうしても根底にあって、周りの目は気にかかる。
だけど今日は、女の装いをした桂と、男の装いをした高杉だ。桂の美貌も手伝って、普通に男女の恋人同士に見える。手をつないでいても、誰も不思議に思わない。
「なあ、それおばさんに着付けてもらったのか?」
「うん、だって俺女の子の浴衣なんて自分じゃ着られないよ。晋助との勝負に負けて罰ゲームなんだって言ったら、笑ってたけど」
バレてんじゃねーのそれ、とは、高杉は口にはしなかった。親というものは、自分たちが思っているよりずっと子供のことを見ているものだ。
だけど気づいているにしても、特に何も言われていない。こんなに可愛く仕上げてくれたとこを見るに、もし気づいているのなら、歓迎の意なのかもしれないと、都合のいいように解釈した。
「でも、なんでだろうな。俺、こういう格好するの初めてのはずなのに、なんかしっくりくるっていうか……ずっと前にも、あったような気がして」
「ふぅん……? まあ何にしろ、気分いいよな」
「何が?」
「前から綺麗だし可愛いとは思ってたけど、こんなに美人だとは思ってなかったからさ。気づいてねーの桂、いつもより周りからの視線が多いの」
「えっ、なっ……」
惜しげのない賛辞に、ボッと頬が赤らむ。
高杉がこんな風に口にしてくるのは珍しくて、桂もどう反応したらいいのか分からない。気分がいい、と言う通りに、高杉の様子はご機嫌に見える。そんな高杉を見るのに一生懸命で、高杉しか目に入っていなくて、他の視線なんて気に留めていない。
「浴衣見てるにしてもお前を見てるにしても、悪意のあるもんじゃねェ。俺の大事なヤツを褒められて、悪い気なんかしねーさ」
「…………晋助、も、もう、いい……あの、照れくさい、それ」
高杉は自覚をして言っているのか、そうでないのか。つまりは桂が大好きだと言っているだけなのだ。桂は嬉しくて恥ずかしくて照れくさくて、俯いてしまう。高杉の誕生日を祝おうと思っているのに、桂の方こそプレゼントをもらってしまった気分だった。
「な、なあ晋助、今日は俺のオゴリだから、あの、ほしいの言ってくれたら」
「ん? ああ、じゃ、お言葉に甘えるとするかねェ」
そうして花火大会の会場につくと、もう人、人、人、人だらけ。花火を見るのにいい場所なんかはもう家族連れだの恋人同士だので埋まっている。
もう少し早く来られればよかったなと思うけれど、まだ暑いこんな中でただ場所取りをして待つなんてごめんだ。花火を今か今かと待っている人々のおかげで、屋台の方は空いている。
「かき氷食いてェな。ブドウがいい」
「えっ、ブドウなんてあるのか? 俺はやっぱりいちごだなぁ……ミルクかけてもらおう」
二人でかき氷の店まで歩き、お互いに一つずつ。桂がステファンモチーフの財布を取り出すのを、高杉はやっぱり呆れた顔で眺めていた。
しゃりしゃりと音を立てて削られていく氷。シロップがかけられると、もとは同じ氷なのにそれぞれがまるで別物みたいに見える。
「はい晋助」
「サンキュ」
高杉はブドウ味の紫、桂はいちごとミルクのピンク色。並べられたいくつものテーブルと椅子、運良く空いていた隅っこに並んで腰をかけて、夏の夜にぴったりのかき氷を口に運んだ。
「かき氷って、家でも作れるのに、なんでこういうとこの方が美味しく思えるんだろう」
「雰囲気ってヤツじゃねーの。焼きそばとかお好み焼きとか、絶対家で作った方が安く済むのに。あと」
「あと?」
「好きなヤツと一緒だと、さらにうめェ」
嬉しそうに笑う高杉を目にして、桂の頬が赤く染まる。これでもう、何度目だろうか。普段と違う装いというのは、相手に惚れ直すだけではないようだ。自分自身も、驚くほどに素直になれるらしい。
「桂、それ一口ちょーだい」
「え、あ、うん」
はい、とカップごと差し出すと、違ぇ、と不機嫌そうに返ってくる。桂は首を傾げた。いちごミルクのかき氷を一口、ということではなかったのだろうか?
「食わせてって言ってんの」
「はぁっ? えっ、く、食わせ……って、あの、えっと」
つまり、桂がすくって高杉の口へと運んでやるということだ。
桂はきょろきょろと辺りを見渡す。二人きりの時ならまだしも、周りにたくさん人がいるのに、そんなことをするのは恥ずかしい。
「かーつーら、俺の誕生日なんだから、これくらい聞けよ」
「う……」
それを持ち出すのはずるい、と高杉を睨んでみるも、効力のかけらもない。楽しそうな顔をして待機しているだけだ。
どうあっても折れるつもりはないようで、桂は困った顔をしながらも、いちごのシロップと練乳がたっぷりかかった部分をすくい上げた。こぼれないように高杉の口許へ持っていくと、彼はそっと目を伏せて食らいつく。
「あっま……」
予想以上に甘かったのか、驚きとも嘆きともとれる声が漏れた。そんなに甘いかな、と桂は同じ匙で食べてみて、間接キスだなあなんて考えて視線を泳がせる。今さらそんなもので動揺する間柄でもないのにだ。
「こっちも食う?」
「あ、食べたい」
「ん」
高杉の手元にあるブドウ味のかき氷。食べたことがなくて、桂は一も二もなく頷いたけれど、そうして高杉が差し出してきたのは、すでにすくわれたかき氷。先ほど桂が高杉にしてやったのと同じ動作だ。
意図は分かるが恥ずかしい。恥ずかしいが、高杉は手を引っ込める気もないらしい。一秒だけ迷って、桂は身を乗り出した。
「つめた……」
口の中に、冷たい氷の感触とブドウの甘み。いやブドウというかシロップというか、ブドウと言われればブドウのような、だいぶごまかされた味だな。そんなことを考えていたら、油断した。
口唇に触れてくる、柔らかなもの。
「しっ、晋助ッ」
「悪い、可愛かったからつい」
桂は、その感触に思わず体を引く。それは紛れもなく高杉の口唇で、屋外では感じたことのないものだ。こんなとこで、と腕を叩くけれど、高杉はあまり反省もしていない様子。
「いいだろキスくらい。今日は、さ。そンな可愛い格好して可愛い顔してるてめーが悪い」
よほど桂が女装までしてくれたことが嬉しいらしく、上機嫌で髪飾りをちょいちょいといじる。飾りについた小さな鈴がちりちりと音を立てた。その音が耳にくすぐったくて、桂は身を竦める。
「ホント、嬉しかったんだぜ、これ。こんなんまで着て俺の誕生日祝ってくれんの、考えてもみなかった」
「晋助……」
「だから今日くらい、外でいちゃいちゃさせろよ」
肩を抱き寄せられるけど、今度は驚きもしないし、押しやることもしない。周りの人たちには申し訳ないけれど、今日だけは許してほしい、と桂はゆっくり目を閉じた。
「愛してるぜ桂」
口唇が触れる直前、聞こえた愛の囁き。
え、と思う間に触れ合って、三秒経って離れてく。桂はゆっくりと目を開けて、目の前の恋人を映した。
「し、晋助、今……」
今、なんと言ってくれたのだろうか。聞こえなかったわけではない。恋人になって初めての言葉に、どう反応していいのか分からないのだ。
「なァ、お前は……?」
鼻先をこすり合わせ、高杉が優しい声で訊ねてくる。桂はもちろん高杉と同じ気持ちだ。そうでなければ、こんな装いまでして祝ったりしない。
高杉が好き。大好き。言葉では表せないくらい、高杉が大切。
桂は、ゆっくりと口を開いた。
「晋助、俺も――」
その大事な言葉を言おうとしたその瞬間、ドォンと空で大きな音。広がる光。周りから上がる歓声。桂も高杉も、思わずそれを見上げてしまった。空に咲く、豪快な花火を。
「わ、ぁ……」
「すげェな」
立て続けに響く音と、重なり合いながら咲いていく花火。夏の夜空にふさわしい、光の花だ。
「すごい、すごい晋助っ、綺麗だな!」
「あー、すげーしか出てこねぇ」
体の奥底まで響く音に、気分が高揚する。祭り囃子のようにも聞こえて、胸が躍る。誰もが笑顔になるその花で、高杉の誕生日を祝えたことが嬉しい。
「誕生日に、お前と一緒に見られて嬉しい、俺今すっげー幸せ」
「晋助……」
いつもと違う装いで、手をつないでキスをして、初めての言葉をもらった。
光の花を見上げる高杉の隣で、桂はトクトクと心臓を鳴らす。
彼にも初めての言葉をあげたい。だけどこんなところじゃ、とてもじゃないが聞こえやしない。桂は高杉のぴっとり身を寄せて、耳元で囁いた。
「なぁ晋助、俺の気持ちはあとでたっぷり言わせてもらうよ」
ベッドの中で、と暑い吐息を吹きかけて、頬にちゅっとキスをする。驚いた高杉の顔を楽しげに眺めて、桂は空を見上げ直した。
あの花が咲き終わったら、手をつないで一緒に帰ろう。
#3Z高桂 #両想い #ラブラブ #誕生日
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ばしゃばしゃばしゃ。
踏んだ水が跳ねて、パンツの裾を盛大に濡らしていく。だけど今この時点で、それを気にしている余裕なんかなかった。恐らく、道行く人の誰にもだ。
「紬さん、あそこ」
「うん」
無駄だと知りつつも、万里は腕を目の少し上にかざし視界を確保する。突き刺さらんばかりの勢いで降る雨に、そんなものがどれだけ有効だろう。
こんな日に限って傘を持ってきていない。おまけに傘を売ってそうなコンビニも雑貨屋も、目の届く範囲にはなかった。しかし運良く、ひさしのある建物を見つける。そこに紬を促し、どうにかびしょ濡れの大惨事はまぬかれたわけだが。
「ッあーもう、今降るかよ!?」
「びっくりしたね……降るの夜って言ってた気がするんだけど」
ひとまず雨の攻撃を避けられる場所で、万里は濡れた頬を濡れた腕で拭う。それに気づいた紬が、鞄からハンカチを取り出した。
「万里くん、使って」
「や、いーすよ。アンタ使えば」
「駄目だよ、風邪でも引いたらどうするの」
「風邪引きそうなのアンタのほうだけどな、紬さん」
見るからに体力なさそうだし、と笑って付け加えると、うん体力はあまりないけどねと、頬にハンカチを押しつけられた。
「使って」
真剣なまなざしに射貫かれて、万里の胸が鳴る。
「…………サンキュ」
なぜ、そんなにも頑ななのか。年下の未成年に風邪でも引かせたら、オトナの責任だとでも思っているのだろうか、この頼りない風に見える成人男性は。万里は仕方なくそのハンカチを受け取って、額や頬についた水滴を拭った。
――――こんなもんでドキドキするとか、小学生かよ……。
青い縦縞の清潔なハンカチ。紬のものだと思うともったいなくて、だけど貸してくれたことがとても嬉しい。
好きな相手の持ち物で、自分を拭うことの気まずさと、むずがゆい幸福感。
まさか気づかれてはいないだろうけど、摂津万里は月岡紬が好きだった。いや、だった、ではなく、現在進行形だ。
いったいいつ、そういう対象になってしまったのか分からない。よくカフェでお茶をするようになり、月岡紬というひとりの男を知っていくうちに、膨らんでしまった恋心。
気がついたのは、些細なきっかけ。
たまたま入ったカフェで、紬を見つけた。約束をしていたわけでもないのに、その偶然と、紬が笑いながら言ってきた言葉に、心を全部持っていかれてしまったのだ。
『たまにはひとりもいいかと思ったけど、駄目だね、寂しい』
LIMEしようと思ってた、と途中まで打ち込んだアプリ画面まで見せられて、戻れなくなったのは、二ヶ月ほど前。
想いを告白しようにも、玉砕すること必至の恋だ。諦めるというわけでなく、ただ純粋に、紬を困らせたくない。きっと、悩んで、迷って、めいっぱい躊躇って、悔しそうにごめんと言ってくるはず。
自分のことで悩んでくれるのは嬉しいが、だけどやっぱり困らせたくない。
告げずにさえいれば、紬とこうしてでかけることができる。恋心を押し込めて押さえ込んで鍵をかけて、今日はどこのカフェに行こうなんて訊ねることができる。
今日も、そうして誘い出したのだが。
「ごめんな紬さん……連れ回したあげく、濡れさせちまって」
「えっ、ううん、いいよ、だって俺も連れ回したじゃない。万里くんお花とか興味ないでしょ」
「あー、まぁ、ねぇけど。アンタが楽しそうに花とか見てんのは面白いかな。あ、紬さん肩すげぇ濡れてる。つかほっぺたも」
万里は紬に借りたハンカチで濡れていないところを探して畳み直す。紬も雨に濡れてしまっているのだから、処置をしておかねばそれこそ風邪を引いてしまう。丞あたりに怒られるのは目に見えていて、そっとハンカチを差し出した。
「あ、大丈夫だよ。平気」
「平気じゃねーって。使った後で悪いけど……つか、拭くから動くなって」
他人の使ったハンカチを使いたくないのか、単に遠慮しているだけなのか、紬は自身のハンカチを受け取ってくれない。困ったような表情は万里をも困らせて、仕方なく、本当に仕方なく、紬が逃げないように腕を掴んだ。
頬に、ハンカチを当てる。すっとハンカチに染み込んでいく水滴を凝視して、万里はハンカチ越しに紬に触れた。
頬、鼻筋、顎、首、髪。丁寧にしようと思えば手つきがゆっくりになってしまって、より長い時間触れる事になってしまう。それはそれで嬉しいのだが、何かの拍子に気づかれてしまいそうで恐ろしい。
――――そんな風に目ぇ閉じんじゃねーよ、無防備すぎ。キスしちまうぞ。
目蓋についた水滴を拭おうと目許付近に手をやった自分が悪いのだが、この体勢でその仕草はやめてほしいと、理性を総動員させる。
「……ま、こんなもんかな」
「あ、ありがと……」
「はー、これしばらく止まねーよなあ……どーする紬さん」
借りたハンカチは洗濯して返すから、と万里はポケットにしまい込む。空を見上げてもまだまだ止みそうもなくて、このままここにじっとしていては寒さで結局風邪をひいてしまうだろう。それでは元も子もない。
万里は携帯端末で近くに休めそうな店がないか検索する。もしくはコンビニだ。傘さえあればこの豪雨の中でも、帰って熱い風呂に入れる。
「あ、そこの角にコンビニあるわ。なあ紬さん、ちぃっとここで待っててくんねぇ? ひとっぱしり傘買ってくっから」
「え? 駄目、こんな雨の中、万里くんに行かせられないよ。俺が買ってくるから、万里くんが待ってて。駄目なら俺も行く」
「いや意味わかんねーし。俺のが足早いじゃん?」
「うっ……で、でも、やだよ……ひとりでいるの」
少し顔を背けられて、万里は頭を抱えたくなる。どうしてそんなにも可愛らしいことを言うのだろう、この男は。確かにこの雨の中一人で待つのは心細いだろうが、それだって数分だ。
「万里くん、一緒に行ったら駄目かな……」
「…………ちゃんと走れるんすか」
「が、頑張る」
「わぁったよ、じゃ、行くぞ」
「あっ、ちょっと待って、十秒!」
結局折れてしまい、雨の中へ駆け出そうとした時、紬の慌てた声。何だ十秒って! と振り向いた万里の手を、握るものがある。
「あと十秒、多分雨足が弱まる」
紬の、頼りないと思っていた手だ。
万里の体を、熱が駆け巡った。
――――な…………んだこれ!! 十秒もこれっ……、無理!
紬はじっと空を見上げている。雲の動きでも見ているのか、絡んだ指先に力がこもったのに気がついていない。
「向こうの角、だよね」
「お、おう。――走っぞ!」
十秒、経ったかどうか。紬が繋ぎ止めてくれた手を離したくなくて、万里は指を絡めたまま、紬と一緒に雨の中へ駆け出していった。
ばしゃばしゃばしゃ。
水が跳ねて靴も裾も濡らしていくけど、やっぱりそんなこと、気にする余裕なんてどこにもない。
#両片想い #ワンライ