- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.207, No.206, No.205, No.204, No.203, No.202, No.201[7件]
NOVEL,PSYCHO-PASS,狡宜 2014.05.22
ギノは、言葉にして伝えるということが苦手らしい。それは希薄な人間関係だったことが理由として挙げられ…
あと少し ~言葉だけじゃ足りないらしく~
ギノは、言葉にして伝えるということが苦手らしい。それは希薄な人間関係だったことが理由として挙げられるのかもしれないが、多分に照れもあるんだと思う。
「なあ、ギノは俺のこと好きか?」
朝起きていちばんはじめに視界に入る恋人へ、何度もしてきた質問を着替えたあとに今日も忘れずに行った。もう、日課みたいなものだ。
「……そこそこ」
「ぷはっ、なんだそこそこって」
答えはいつも違うようでいて、少しも変わらない。
ギノは俺のことが好きで好きでたまらないんだ。
それは自惚れなんかじゃなくて、全身で感じている。視線の向きにしろ熱さにしろ、ギノは言葉がない分態度で示してくれる。
「じゃあ、俺のどこが好きだ?」
「特別にはない」
ギノはふいと顔を背けながらも答えてくれた。なああれは自覚があるんだろうか? ここからでも分かるくらい、ほっぺた真っ赤なんだけど。
「昨夜あんなに可愛くしがみついてきてくれたのになー冷たいなぁギノは」
「なっ……バ、バカかお前っ……朝っぱらからする話じゃないだろう!」
わざとだよ、分かってるだろお前をそうやって振り向かせたかったんだってことくらい。顔を真っ赤にしたギノを見て昨夜のことを思い起こす。
泣き濡れた目や甘い吐息や俺を煽っているとしか思えない喘ぎ声。昨夜あんなに堪能して満足したと思ったのに、いざ朝を迎えるとぜんぜん足りないんだよな。仕事がなけりゃこのままここで抱いてるぞ。
「じゃあ素直に言葉にしてくれよ。俺を好きかどうか。どんなところが好きなのか。どれくらい? なんでそこが好きなのか?」
ギノが言葉にする事を苦手に思っているのを知っていて、俺はあえて言葉を求めた。だって不公平じゃないか? 俺はギノに言葉でも伝えているし、態度でだって示している。佐々山にはお前のはダダ漏れ過ぎると言われているくらいだ。
「俺はギノが好きだ。手触りのいい髪もまっすぐな視線も」
言いながら、ギノの好きなところに触れていく。最初は髪に、そうして目元に、頬を撫でて、
「あとここな。……キスしがいのある口唇、すごく好きだ」
そっと口唇でそこに触れる。
キスなんて何度もしてきているのに、いまだに赤くなるギノは、本当に可愛いと思う。でもあんまり可愛くても困るんだよな? ギノに手ぇ出すヤツが増えるだろう。
佐々山はいらん心配だって言うけれど、そんなの分からないじゃないか。もし俺がギノの彼氏じゃなかったら、手を出すに決まっているからな。
「な……んで狡噛は、その……毎日毎日そう言うんだ? 飽きないのか?」
「飽きるという発想はなかった……ギノはおもしろいこと言うな」
ギノを好きだと言葉にする行為に飽きるというのは、たぶんギノを好きじゃなくなったときだと思う。あり得ないな。
「お前がイヤなら止めるけど」
「い、いやなわけじゃない! ただ、その……俺は、あまり返してやれないから……」
否定してくれて良かった。俺がギノを好きだと言うのはもう呼吸をしているのと同じようなことで、止めろと言われたらきっと死ぬしかない。
「たぶん、ちゃんと言った方がお前だって嬉しいんだろうっていうのは分かってるんだ。俺がそうだから、同じだって」
ギノは自分が今なにを言ったか自覚しているだろうか? 残念ながら俺はギノの言葉を聞きのがしたりはしてやれないからな。
好きだと言ってくやったら俺が嬉しがると思う、ということは、俺に好きだと言われてギノは嬉しがっているということだ。
「けど、やっぱりどうにも慣れてなくて」
可愛い。本当に可愛い。気づいてないっぽいところがたまらなく可愛い。
「だったら、イエスとかノーとかそういうのでもいいぞ」
言葉にする努力をしてくれている。そんないじらしさが愛しい。
「俺はギノのことが好きだ。それは知ってるな?」
「あ、ああ、……イエス?」
「一目惚れだったってことは言ったっけ?」
「はっ? し、知るかそんなの、ノーだ!」
「ギノは俺のこと好き?」
「………………」
あれ、なんだこの沈黙。ここはイエスって返ってくる予定だったんだが。
え? あれ? まさか俺、自分で思ってるより好かれてないのか? いやそんなはずない……ないよな?
どうしようギノが困った顔してる。おかしいなこんなはずじゃなかった。予想外のことに、らしくなく慌てて、沈みかけたそのとき。
「お、お前と同じ、だっ」
顔を真っ赤に染めながらも、ギノがさっきの質問に答えてくれた。
俺と同じ。ということはつまり、
「俺だってちゃんと、お前のことすごく好きなんだからな!」
なかばやけくそで吐き出されたそれだけでも俺を昇天させるのに充分だったのに、さらに幸福が眼前に広がる。
可愛いな、たまらんくらい可愛いな。
ギノのキスが届くまであと三センチ、頑張って待っていよう。
#両想い #監×監
Ich liebe dich-008-
それから、案の定世界は混乱した。
マギウスを完全に排除すべきだという者、マギウスを研究すれば不死の体も夢ではないとえらく先の話を語る者、マギウスの主食をどうにか変えられないかと訴える者、様々だった。
「指南代表、私たちまで招いてもらって、良かったのか?」
「だってエルエルフの友達でしょ、だったら私たちにもおんなじだよ」
そんな中、エルエルフやアードライ……かつてドルシア軍でパーフェクツォンアミーの異名を取った面々は、リーゼロッテの望んだ世界を実現させるために奔走していた。
ジオールの総理大臣だった指南ショーコと手を取り合って。
「しかし私たちは敵同士だったはずだ」
「世界が暴かれたあとも?」
スペースポートで歓迎を受け、アードライはほんの少し後ろめたい。ドルシアを革命する過程とはいえ、日々を平和に暮らしたいと望む人々を、どれだけ巻き込んできたのだろうかと。
「いや、それは……敵対する理由もないし」
「元ドルシア軍のみなさんには、感謝しています。私たちは戦う力を持たない。共存派を疎ましく思う人たちからの攻撃から、身を守る術が、まだ少ないんです」
ヴァルヴレイウを駆るパイロットも、犠牲になった。生き残ったパイロットも、軍事には長けていない。事実として、経験が少ないのだ。手探りで生き残れるほど、世界は甘くない。
「できるだけ犠牲が少ない方法でそれを退けてくれるのは、あなたたちでしょう」
「……そのかわり、そちらは共存の必要性と戦争の悲惨さを世界に説いてくれる」
「そうそう、できることを少しずつ、やれる人がやってかなきゃいけないんだもん、これでいいと思うよ」
さあ今日はそういう話じゃないんだからとショーコは軽やかに踵を翻す。そんな彼女から少し遅れて追いながら、アードライは訊ねた。
「エルエルフ、あの子だろう? ヴァルヴレイヴの……時縞ハルトの……」
エルエルフは視線だけでアードライを見やり、ああと呟きまた正面に戻す。
「強い女だな、惚れた男が命を賭けて守ろうとした世界を引き継いで、前だけ見てさ」
それを聞き、ハーノインが小さく呟く。
「指南ショーコは俺と似ている。……いや、時縞ハルトを通して似通ってしまったと言うべきか。だから彼女に力を貸すのは必定だ」
「……ああ、そうだな」
エルエルフも、戦いの中で愛するひとを失った。それでも、いや、だからこそ、彼女の意志を継いで前を向いているのだ。
「悪かったな、どうせ私は仇討ちしか考えていなかった」
ハーノインの隣を歩くイクスアインが、眼鏡のブリッジを押し上げながら口にした。
「あっは、イクスはクールぶってるけど実際は激しいからなあ。でも、いいんじゃね? それもまたひとつの愛のカタチじゃん?」
そんなイクスアインの肩を抱き寄せ、ハーノインは頬にちゅっと口づけた。あんなに熱くなるのはお前限定だとは言ってやらずに、イクスアインは素直にそれを受ける。
「おいお前たち、外ではそういうことは控えろと言っているだろうに」
その様子を、後ろからクリムヒルトが諫める。王党派である彼女だが、共存派でもある。階級もなくなった今、友人として忠告をしてはいるのだが、
「あー姐さんごめん、つい」
「ハーノ、離れろ」
「今さら?」
この幼なじみの恋人たちには届いてもいないらしいと、クリムヒルトは諦めつつある。
「わ、私も外でこういうことをするのは好まない」
「兵士たちであふれ返ってる外でキスしちゃったの、俺だけのせいじゃねーし」
「あっ、あれは! その、我を忘れていてだな、その」
イクスアインはその時のことを思い出してボッと頬を染めた。
もう逢えないと思っていたハーノインに逢えて、触れられて、抱きしめることができて、それまで抑えていた涙も止めることができなかったあの時、周りを……ハーノイン以外を認識する事など頭の隅にもなかったのだ。
ふたりの関係が発覚したあの時はもっと下世話な騒ぎになるかとも思ったが、実際は世界がそれどころではなかった。
それはイクスアインにとって幸いだったが、ハーノインがところ構わずスキンシップしてくるようになってしまったのはいただけない。さらに、それに慣れてきてしまった自分が恥ずかしい。
「と、とにかく外ではするな」
「分かった分かった」
キッと睨みつけるとハーノインはあっさり離れてくれてホッとしたが、離れる寸前耳元でこっそり、続きはベッドでなと囁かれたあたり、考えが甘かったというしかないだろう。
急拵えではあったが、この戦時下においてよくここまで立派なものを、と思った。
列席者の前、二人の男女が美しい純白の衣で身を纏い佇んでいる。
今日は、連坊小路サトミと二ノ宮タカヒの結婚式だった。
指南ショーコをはじめ、ジオールの一員として戦って生きてきた友人たちが祝福する中、ふたりは病める時も健やかなる時も共にいることを誓い合う。
イクスアインはちらりと隣のハーノインを視線で見やって、こっそりと小指を触れ、絡ませてみた。それに気がついたハーノインが、小指を絡め返してくれる。
運命の赤い糸なんて見えないけれど、このひとで間違いないとふたりで口の端をゆるめた。
誓いを終えて、新郎新婦に花が降る。幸福そうな二人を見て、参列者も自然と頬が綻んだ。
「お兄ちゃんにお嫁さんができるなんて思わなかった」
「そう? 遅かれ早かれこうなると思ってたけど」
新郎の妹であるアキラがいまだに不思議そうに呟き、それに返す流木野サキ。二人とも、幸福になってほしいと思う気持ちは同じようだったが。
そうして、新婦であるタカヒの手から、ブーケが投げられる。高らかと空に舞ったそれに、手を伸ばす女性陣。次は私が、と古くから伝わる慣習を踏襲しあやかろうと思ったようだが、その花束は。
「……えっ」
なぜか、アードライの手の中にぽすんと落ちてきた。
突然のことに、アードライは何が起きたのか分からない。あー! という女性陣の悲鳴も、どうすればいいのか。
「ちょっと! なんであなたが取るのよアードライ!」
「ま、待ってくれ私が望んだわけでは」
本来は、受け取った女性が次の幸福な花嫁になれるというものだ。事故とはいえ男性であるアードライでは花嫁にはなれないだろう。
それを責めてアードライに詰め寄ってきたのは、流木野サキだった。
「女の子たちみんな楽しみにしてたのよ? それをっ……」
「あらいいじゃない流木野さん、もらったって相手がいるわけじゃないんだし」
それを諫めるためか煽るためか、おそらく後者なのだろうが、結婚をしたというのに高飛車な口調は変わらないタカヒが意地悪そうに口の端を上げてきた。
「なっ……いるわよ相手くらい!」
売り言葉に買い言葉、サキはアードライのタイを握りしめたまま言い返した。
「えっ、相手が……いるのか、流木野サキ」
「良かったなーアードライ、似合ってるじゃないか」
「え、なに、なんだ? 花か?」
サキに決まった相手がいることをどうしてか残念に思ったアードライの肩を、ハーノインが祝福してポンと叩くのに、彼は何も気づかずに困惑する。だーめだこりゃ、とハーノインは笑った。
「もう、いいわ、あなたが持ってて。それより二次会は立食形式なんだけど、嫌いなものとかない?」
毒気を抜かれてしまったサキが、大きな息を吐いて問いかける。
「特にないが」
「本当に? 旧王族さんは、舌もうるさいんじゃないかしら」
そんなことはないと言い返すアードライに、ふぅん? と笑いながらサキは踵を返す。以前から感じていたが、彼女は気位が高いなとアードライは小さく息を吐く。
だが、あの戦いが終わって少しふさぎ込んでいたような彼女を見るよりはずっといいと、サキの背中を視線で追った。
「こらアードライ、なにぼうっと突っ立ってんだ。早いとこエスコートしに行けって」
「え、あ」
それを眺めていたハーノインが、責めるようにアードライを小突く。どうもこの皇子サマはツメが甘い、と。
「あ、ああ……そうだな。お前たちも行くだろう?」
「バカ、野暮なこと言うなって。俺らはホテルに帰るよ。せっかくショーコちゃんが用意してくれたんだし~」
ちゃっかりとイクスアインの腰を抱いたハーノインが、そういって笑う。
「バ、バカはお前だハーノッ……!」
外でそういうことはやめろと言うのに、とイクスアインの頬が染まる。アードライは、ハーノインが「ショーコちゃん」と親しげな呼び方をしたのが気にかかったが、この男に限って滅多なことはないだろうと思うだけにしておいた。
ハーノインの心にはイクスアインしか存在してない。彼を全身で愛している。
その証拠に、イクスアインの腰を抱く腕は何よりも優しい。
誰もが幸福であるように。そんな気持ちにさせてくれた新郎新婦に、祝福を告げに行こう。アードライは、サキを追って踵を返した。
#革命機ヴァルヴレイヴ #ハノイク #ハーノイン #イクスアイン #両想い
Ich liebe dich-007-
「エ、エルエルフ、すぐにファントムの回収を! それと医療班と、研究員……!」
「落ち着けアードライ、回収は行っている。だがどれだけあったのかまだ分からん。何百人ものヤツらがそこでルーンを収集されているんだ、行方不明者の情報を集めなければ」
ルーンを収集されている、という言葉にイクスアインはハッとした。あの時、評議会の老人が言っていたはずだ。まさかこの男じゃないだろうなと。
青ざめた。少なくとも、あの日入れ替えを行おうとしていたマギウスの望んだ肉体はハーノインのものではなかったはず。ただ、情報量は民間人より多いかもしれない。
肉体を望まれずとも、ルーンを。
「エ……ルエルフ、ルーンを食われ続けたら、ルーンが底を尽きたら……どうなるんだ?」
イクスアインは、震える声で訊ねた。エルエルフは少し眉を寄せ、
「心がなくなれば、肉体も死ぬ。俺の友人は、そうやって死んでいった」
時縞ハルトか、とアードライが呟く。エルエルフは沈黙で肯定を返し、イクスアインはさらに青ざめた。
「―ファ……ントムの回収場所は、どこだ」
押し殺した声に、不審そうに名を呼ぶアードライ。エルエルフの出した結論が真実のものだとして、可能性はもうひとつある。
「肉体でなくルーンを奪われていたとしたら! ハーノはあれからどれだけ記憶をなくしたことになるんだ!?」
アードライもエルエルフも、そろってハッとする。
可能性は三つあった。
ひとつは本当に死んでいる可能性。
ひとつは肉体をマギウスに与えるために生かされている可能性。
そしてひとつは、儀式に使うルーンを提供させられている可能性。
それは考えていなかったと、エルエルフにしては珍しく手落ちが見られる。
「あれから何日経った……? どれほどの速度で収集されるのかわからないが、そうだとしたら状況は最悪だな」
アードライが、重苦しい息を吐きながら口にする。なまじ生きているかもしれないと期待させられただけ、落胆は大きくなるだろう。
「エルエルフ特務大尉!」
沈黙を破った声に、エルエルフが振り返る。そこには、敬礼をした士官がいた。
「仰せのとおりファントムらしき船を回収いたしましたが、確認をお願いできますでしょうか!」
たった今話していた問題のファントムが、ここに運ばれてきたらしい。世界を惑わせたマギウスに深く関わりのあるものだ、報告をしてきた士官は、少しおびえているように感じられた。
ファントムが運び込まれたと聞いて、イクスアインの体が瞬時に動く。走り出したそれを止めたのは、アードライだった。
「待てイクスアイン! それにハーノインがいるとは限らないんだ! 私が確認してくる」
「誰が確認しても事実が変わることはない」
イクスアインを気遣ってアードライが制止するも、イクスアインの体はファントムの方へまっすぐ向いていた。
「たとえいても、記憶を食われているかもしれない! イクスアイン、お前の記憶があるとは言えないんだぞ!」
「記憶がないくらい何だ! 私がハーノを愛していることには変わりがない!!」
「イクスアイン!」
イクスアインはアードライの制止を振り切って、ファントムの元へ急いだ。
もしかしたらいないかもしれない。この船じゃないかもしれない。いても、命が消えているかもしれない。命があっても、マギウスに乗っ取られているかもしれない。本人であっても、記憶が大量に失われているかもしれない。
それでも。
それでも―逢いたい。
命がなくても、顔を見たい。別人なら、それを教えてほしい。記憶がなくても、その目に映してほしい。
愛しているなんて言ってくれなくていいから、どうか、かみさま。
ファントムまで全力で駆け、そこが騒がしいことに気づく。扉は開け放されているようで、収容されていた被害者が、次々と医療機関へ運ばれているらしい。
そこに、ひときわ目立つ光を見た。
「おいまだ動くのは無茶だ、じっとしていろ!」
「じっとなんかしてらんないって姐さん、ね、今どうなって―」
クリムヒルトの声を遮るように、聞き覚えのある声が耳に入ってくる。イクスアインは、思わずそこに立ち尽くした。
その光が、人混みの中でこちらを振り向いて、そして、
「―イクス!」
聞き慣れた愛称を呼んでくる。
「ハー……ノ……!」
その光―ハーノインは、イクスアインを呼ぶと同時に駆けてくる。クリムヒルトの制止さえ振り切って、人混みをかき分けて、腕を伸ばしてきた。
「イクス……!!」
ハーノインの両手の指が、イクスアインの髪を絡ませる。その温かさは確かに人間のもので、お互いを認識して顔を歪ませた。
「イクス……お前だ……、良かった、無事だった……!!」
「ハーノ、生き、生きて……いた、生きて……!!」
「かみさま……っ、イクス……あぁ、ほんとに……!」
声が、手が震えて、うまく心が伝わらない。だけど、確かに自分の愛したひとだと分かる。
ハーノインはイクスアインが左耳につけたピアスを見た瞬間に、イクスアインはハーノインが服の上からペンダントトップに触れた瞬間に。
ふたりの特別は、どんな言葉よりも確かな証拠だった。
まっすぐに目を見つめ、その中に自分しか映っていないことをぼんやりと認識する。
―私の……ヒカリだ……。
本当はたくさんのことを話したい。だけど無事で生きていてくれた、今はそれを実感することだけで精一杯だ。
「ハー、ノ、ひとつ……頼みがある……」
イクスアインは震えてうまく出せない声で、ようやくそれだけ口にする。
「なに、イクス」
ハーノインはイクスアインの両頬を包み、まっすぐに覗き込む。潤み出した瞳に、彼の頼みはすぐに分かったけれど。
「もう……泣いても、いい、だろうか……」
無理して我慢した涙が、眉を寄せさせる。ハーノインは微笑んで答えた。
「いいよ。俺お前の泣き顔すっげぇ好きだし」
言い終わるか終わらないかのうちに、イクスアインの両腕がハーノインを抱きしめる。
「ハーノイン、ハーノ、ハーノ……っ!」
縋りついて繰り返し名を呼ぶイクスアインを、ああこれじゃあ泣き顔が見られないなあと思いつつも、ハーノインも同じ強さで抱きしめる。
「イクス……」
あふれて流れていくイクスアインの涙が、ハーノインの肩を濡らしていく。お互い強く強く抱きしめることでしか想いを表す余裕がなかったけれど、イクスアインもハーノインも、それで充分だった。
鼓動が聞こえる、ただそれだけで。
「本当に仲がいいなあの二人は。ファントムに踏み込んで彼を見つけた時には驚いたが、意識を取り戻した開口一番がイクスアインの安否確認だったのにはさらに驚いた」
イクスアインを追ってファントムの元までやってきていたアードライとエルエルフに、クリムヒルトが呟く。三人の瞳には、互いを大事そうに抱きしめあうイクスアインとハーノインの姿が映っていた。
「ああ……あなたは知らないのか」
「え? なにをだエルエルフ」
クリムヒルトがエルエルフを振り向く傍ら、アードライが困った様子で呟く。
「なあエルエルフ、あれはそろそろ止めてやるべきだろうか。気持ちは分かるが、周りを見ていないように思うんだが」
「構わないんじゃないか、今さらすぎる」
「お前たち、いったい何を―」
困惑するクリムヒルトの視界で、再会を果たしたふたりの口唇が引かれあい、やがてぴったりとくっついた。
ざわりと兵士たちがざわめく。
宥めあうようなそれは、確かに恋人たちの口づけだった。
クリムヒルト以下数十名、あんぐりと口を開けそれを眺める中で、アードライとエルエルフは肩を竦めどんなフォローをすればいいかと思い悩んでみたりした。
#革命機ヴァルヴレイヴ #ハノイク #ハーノイン #イクスアイン #両想い
Ich liebe dich-006-
多くの死者が出た。軍人だけでなく、民間人にまでその被害は及び、改革に犠牲は付き物だと言ってもやはりやりきれない思いが残る。
「そうか、クーフィアが……」
イクスアインは合流したアードライからクーフィアのことを聞き、残念そうに呟く。もっとしっかり話し合っていれば回避できたかもしれないと項垂れて口唇を引き結ぶアードライに、今度何か手向けてやろうと背を押した。
「壱号機のパイロット……時縞ハルトも……亡くなったそうだ」
アードライは、ちらりとエルエルフを見やる。友人を失った彼は落ち込んでいるかと思ったが、むしろ精力的に戦線の後処理をしている。下士官に指示を出し、民間人の避難を最優先させているようだ。
エルエルフが、こちらに気づいて寄ってきた。
「イクスアイン、生きていたか」
第一声がこれとは、やはり死ぬ気でカインに向かっていったのは悟られていたようだ。イクスアインは苦笑で返した。
「……生きろと、言われた」
あの時まで聞かなかったのは、何かハーノインの魔法でもかかっていたに違いない。あの状況でノイズさえ混じらずに、ハーノインは生きろと言った。
「仇も討てず私だけがのうのうと生きるなど、非難されても仕方ないが、せめてアイツの最期の願いくらい、聞いてやらないと」
「イクスアイン、軍人にとって大事なことは、生きて還ることでもあるんだ、そう自分を責めるんじゃない」
アードライが、肩に手を置いてフォローしてくれる。それは彼の持論だが、ハーノインもそうだろうかと、無理に笑ってみせた。
「これからまた多くの真実が世界を覆っていく。お前たちにも手伝ってもらわないといけない」
エルエルフが、望んだ世界を作るためにと視線をよこしてくる。独りでは決して成し遂げられないものだ。
「エルエルフ、何か新たに分かったのか?」
もともと腐敗したドルシアを革命しようとしていたエルエルフは、一も二もなく頷き訊ねる。エルエルフは、可能性の話だがと瞬きでアードライに返した。
「イクスアイン、お前の肉体は百一人評議会のヤツらに捧げられようとしていた。あの時香か何かで眠らされたのだろうが……それはルーンの喪失とハーノインの攻撃で阻止された」
ハーノインはまさかそんなことが行なわれているなんて思わなかっただろうが、と続けるエルエルフに、二人は眉を寄せる。百一人評議会が隠し続けてきた事実は、世界を震撼させた。
「ヤツらはルーンを欲していたはずだ。大量のルーンと、入れ物である若い肉体。予測される戦いのためには、軍事に長けた者の方が良い」
みるみるうちにイクスアインの瞳が見開かれていく。アードライの目も、驚愕に瞠られる。
「なぜカルルスタイン機関が存在したと思う? そこで育成した、軍を動かす優秀な軍人を乗っ取れば、より早く支配できるからだ」
「なんだと!? では私たちはマギウスに差し出すために訓練されたというのか!?」
「現にひとり、優秀な軍人が乗っ取られているだろう」
まさか、とイクスアインの鼻筋を汗が落ちる。
「カイン大佐……」
エルエルフは視線だけで肯定した。
「カインの調書を見た。ある時点からほんの少し、言動が変わったらしい。おそらくその時だったんだろう」
イクスアインは思い出す。ハーノインが、真逆のことを言うなんて、と嘆いていたことを。それに対してカインは、この男はそんなことを言ったのかと笑っていた。
「カイン大佐が……マギウスの……評議会の犠牲になっていたと……言うのか……」
では、慕っていたはずの相手は偽物だったのかと、イクスアインの顔がゆがんでいく。
ハーノインは違和感に気づいていたのだろうに、近くにいた自分は気づきもせずに、ずっとカイン・ドレッセルの理想を裏切ってきたのか。
「カイン様と……ハーノに、どう、謝ったら……!!」
爪の痕がつくほど拳を握りしめ、悔やむ。自分だけがなにも知らずに、甘えてきた。
「もう、間に合わない……っ」
いなくなってしまった人たちに、どう謝ればいいのか分からない。やはりハーノインの願いなど聞き入れずに、向こう側へ逝っていればよかった。そうすれば、逢えたはずだ。
「なにを言ってる。カインはともかく、ハーノインは間に合うだろう。直接謝れ」
え? と顔を上げる。
エルエルフはなんと言ったのだろうか? 間に合う? 直接? いないのに、どうやってだ?
「ハーノイン、死んでないぞ」
心臓を一突きにされたような衝撃が走った。
死んでいない―つまり、生きている?
「な……にを言ってる、エルエルフ……ハーノは、カイン大佐、いや、マギウスのひとりに」
ガンガンと頭が揺れる。視界が揺れる。心臓が壊れる。
ハーノインは生きている。
エルエルフの口にしたその音を、一つ一つ反芻して、イクスアインは混乱した。いや、アードライも同じ気持ちだったようで、エルエルフに詰め寄る。
「どういうことだエルエルフ! ハーノインが生きているだと!? あの状況で……どうやったら生きていられる!!」
変に期待を持たせるようなことを言って、これ以上イクスアインを混乱させたくない。マギウスだったとはいえ尊敬していた上官と、誰よりも大切な恋人を失ったイクスアインに、酷な期待をさせるなと。
「イクスアイン、アードライも、ハーノインの遺体は見たのか?」
詰め寄るアードライの気迫さえ押し戻すほどの強さで、エルエルフは訊ね返してきた。
「いや、私は……見ていない……」
そういえば、ハーノインのピアスを手渡してくれたクリムヒルトも、遺体は見ていないと言っていた。
「アードライもか?」
「あ、ああ、私も見ていないが……いやしかし、遺体を確認していないからって、あの状況で、しかも相手はカイン大佐だぞ、あの人が獲物を逃すはずが―」
アードライは、言いかけて口をつぐむ。カインが逃すはずがない―つまりやはりハーノインは生きていないのではないか。最後まで言えずに口を押さえた。
「言っただろう、マギウスは若い軍人の肉体を欲していた。カルルスタインを出たハーノインは、ヤツらが望む条件には達していたはずだ」
「ま、まさか……エルエルフ、それは」
アードライの声が震える。イクスアインの顎が震える。
「誰も見ていないハーノインの肉体、ヤツらの望む条件、何隻ものファントム―導き出される結論は」
イクスアインの顔が、泣きそうに歪んだ。肌が総毛立って、声すら出てこなかった。
#革命機ヴァルヴレイヴ #ハノイク #ハーノイン #イクスアイン #両想い
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狡噛は欠伸をしながら刑事課一係のオフィスに足を踏み入れた。いつものメンツがそろっていて、代わり映えのない日常だなと――思いかけたが、足りない。
「おはよーコウちゃん」
「ああ。……ギノは?」
夜勤だった縢と征陸、常守。日勤である六合塚。そこに狡噛が入るが、明らかに一人足りなかった。狡噛は持ち主のいない宜野座のデスクに目をやって、不思議そうに訊ねる。
何しろ彼は自分より先に部屋を出たのだ、着いていないはずがない。官舎からここまで数分であるにもかかわらず、なぜいないのか。
昨夜はそんなに無茶をした覚えもないし、途中でダウンしているということもないだろう。
「あ、宜野座さんなら局長のところに。出勤した途端の呼び出しだったんですよ」
宜野座の後輩監視官である常守がその謎を解いてくれた。なるほどいないのはそのせいかと納得し、自分のデスクに就く。
「昨日は何もなかったのか? とっつぁん」
「あー、一件だけエリアストレスの上昇で出たな。何のこたぁねえ、子供が迷子になってただけだ」
「ガキでも一人前のサイコパスだからね~。すぐ親が駆けつけたけど」
肩を竦めた征陸に、ゲームをしながら縢が続ける。大捕り物ではなかったようで、世界はおおむね平和。
「でも征陸さんがいてよかったですよ~。私小さい子の扱いって分からないし」
常守が胸をなで下ろすのを、狡噛は苦笑して横目で盗み見る。そりゃあ子供の扱いに慣れているのは一係唯一の子持ちである征陸くらいのものだろう。
「うちは逆にカミさんが迷子になりやすかったがなあ。母さんいなくなった、って俺のシャツ引っ張ってくる伸……息子も可愛かったが」
息子の名を呼びかけて征陸は慌てて伏せる。おおっぴらに名を出せる立場ではないのだと少し寂しそうな顔をして、懐かしむように目を細めた。
「今は携帯とかで連絡取りやすいですけど、昔はモバイルの端末とかなかったんでしょう? 待ち合わせとか大変そう」
「あ、俺もマンガ読んだことある! なんで携帯使わないんだろうって思ったら、そもそもなかったんだよね」
「あらかじめ時間と場所をきっちり決めておかないと難しそうね。人口も今よりずっと多かったみたいだし」
不便だよなあーと縢は言うが、おそらくなかったらなかったでそれに合わせた対処をできる人間たちだったのだろうと狡噛は思う。
しかし、知ってしまった今では昔の状態には戻れないだろう。モバイル端末がなかった時代も、車やトレインがなかった頃も考えられないし、極個人的なことを言えば、宜野座伸元と出逢わなかったもしもの世界も考えられない。
顔が見たいなと、昨夜さんざん堪能したにもかかわらず思ったその時、局長のところから戻ってきた宜野座がオフィスに顔を出す。
「あっ、宜野座さんお帰りなさい」
狡噛はすかさず声をかけ、ああとだけ返事をしてデスクに就いた宜野座の正面まで足を運んだ。
そしてこっそりささやく。
「起こせよ」
危うく遅刻するところだったぞと暗に含んでやれば、宜野座は眼鏡の奥でぱちぱちと目を瞬いた。
「……まさかついさっきまで寝てたのか?」
宜野座は、狡噛の寝起きが良くないのは知っている。つまりそういう仲だからだ。職場でそういった話しをするつもりはないし好きではないが、バツの悪そうな顔をした狡噛を珍しく思ってしまう。
「次から起こしてくれ」
「覚えていたらな」
小さな声でそうやり取りし、朝の挨拶に代えた。
そうしてから意識をパッと切り替え、宜野座は監視官の顔になり、全員に通達する。
「まだ全員が残っていて好都合だ。急なことだが、明日一日、我々一係に休暇がもらえた」
「えっ!?」
「おっ?」
「本当ですか!?」
「急過ぎませんか?」
縢、征陸、常守、六合塚がそれぞれの驚愕を音にする。狡噛だけはさほど驚いた様子も見せず、どういった風の吹き回しだ? と煙草に火を点けた。
「いや、なんでも年次の休暇がうまく処理されていなかったようでな……。降ってわいたようなものだが、明日は全員休養を取るように。急ぎの仕事だけは終わらせて行ってくれ」
休暇が増えたのではなく、もともとあったものが承認された形にはなるが、休暇は嬉しい。明日は何をしようかなあとそれぞれ思いを馳せていた。
「明日みんな休みってことは、多少のドンチャン騒ぎはオッケーっすよね? みんなで飲まない?」
俺ツマミいっぱい作るからさあと縢が持っていたゲームを放り出して身を乗り出す。確かに翌日休みということは夜更かしをして寝過ごしても問題ないということで、こんな状況は滅多にない。
「ねえ朱ちゃん買い物つきあってよ。何かツマミのリクエストあったら作るし」
「みんなでご飯ってこと? いいな、楽しそう。私も手伝おうか?」
「えっ、あっ、いやいや買い物つきあってくれるだけで充分。クニっちも食いに来るっしょ? 何か嫌いなものあったっけ」
すでに縢の中では今日の夕食を全員でということになっているらしく、メニューを考え出しているようだ。
「特にないけど。志恩にも声かけていいわよね」
「もっちろん。つか先生強制参加っしょ。いないとつまんないもん」
「俺も混ぜてもらっていいのかねえ。酒持っていくわ」
わいわいと計画が立てられている傍で、まあハメを外し過ぎなければ目くじらをたてることもないだろうと、宜野座は眼鏡を押し上げる。
「縢、騒ぐのはかまわんが他の係に迷惑をかけるなよ。常守監視官も、そのあたりの管理はきっちり頼む」
「えっなんで。ギノさんも来るっしょ?」
諫めた宜野座を、縢が不思議そうに振り向いた。それには宜野座の方こそ驚いてしまった。
「は……? 俺もその騒ぎに参加しろというのか?」
「みんなっつったじゃん俺。何か予定あるんならいいけどさあ、休暇決まったさっきの今で、ギノさんに予定入ってるとは思えないんだよねー」
「なっ……」
事実ではあるが、どういう意味だと憤慨しかけた宜野座を、狡噛の腕が制す。
「たまには執行官との距離を縮めてみるのもいいだろギノ。たかがこんなことで色相が濁るほど軟弱なわけでもあるまいし」
「当然だろう馬鹿が!」
思わずそう叫んでしまってから、しまったハメられたと宜野座は頭を抱えた。決まりだなと狡噛はおかしそうに口の端を上げる。
そんな狡噛を、宜野座はキッと睨みつけた。執行官たちとのコミュニケーションをはからせるためにフォローしたいのか挑発したいのか、どちらかにしてほしい。
「そうと決まれば食材買い出し行かなきゃなー。ほら朱ちゃん早く早く!」
「えっ、あっ、ちょっと待ってよ縢くん!」
「あ、あととっつぁんもさー、お酒買いに行こう」
「いいのかい? せっかくのデートを邪魔するのは悪いだろうが」
そうは言いつつも、征陸は縢にシャツを引かれてついていく。事件でなく外に行くというのは、嬉しいものなのだろう。
「……志恩に話してきます」
六合塚は相変わらず表情から感情が読みとれないが、どことなくそわそわしていた。恋人に逢いにいくからなのか、その恋人を含む全員でドンチャン騒ぎができるからなのか。長いポニーテールを揺らしながらオフィスを出ていった。
図らずも狡噛と二人になってしまった宜野座は、妙なことになったなと呟いた。
「なんだ、不満か? たまにはいいだろう」
「不満というわけでは……ただ一係全員なんて、ブリーフィングみたいでな。仕事の延長という気分が抜けないんじゃないかと思っただけだ」
「息抜きにならないんじゃないかって? そんなもの、気の持ちようだぞ。お前がちゃんとリラックスすればいい」
努力はする、と宜野座は眼鏡を押し上げる。彼のリラックスは努力をしないといけないほど難しそうなものなのかと、不器用な宜野座に笑う。
「ベッドの中では結構リラックスしてるのにな、お前」
狡噛の揶揄に、意味をちゃんと把握して宜野座は顔を真っ赤に染める。
「ドミネーターで撃ち抜かれたいか狡噛」
「そいつぁごめんだ。ギノに狙われたら逃げられないの分かってるからな」
「だったらこんな話しは――」
宜野座の射撃技術が群を抜いているのは狡噛が誰よりも知っている。狙いを定める彼の視線に捕らわれるのもそれは楽しいだろうけど、できれば捕らえるのは自分の方がいいと口唇を塞いだ。
おそらく小一時間は六合塚が戻ってこないだろうことを見越して、昨夜ぶりの口唇をたっぷり堪能し――宜野座に殴られた。
「あっ、お疲れーコウちゃんギノさん。クニっちと先生もう先に来てるよー」
その日の仕事を定時で終えて、二係と三係に引継を行って、狡噛と宜野座は縢の部屋へと足を踏み入れた。
放っておくとギノはこないかもしれないからななどと見え見えの嘘をついて、誰もいなくなったオフィスでキスをしてきたのは内緒だ。懲りない男だなと宜野座は怒りながらも、今度は殴ってくることはなかった。
「おーお疲れさん二人とも。先に始めてるぞ」
「お疲れさまです、宜野座さん、狡噛さん。お先にいただいててすみません」
ねぎらいをかけられながら向かった先のテーブルには、見るからに旨そうに湯気を立たせた料理や、瑞々しい新鮮な野菜を使ったサラダ、スープや気軽に摘めるクラッカーなどが所せましと並んでいる。
「旨そうだな」
「へへっ、そりゃねー気合い入れたもん」
狡噛に誉められて縢も嬉しそうだ。料理は趣味だが、誰かと一緒に食べるというのはそれ以上の楽しさがある。
「宜野座監視官、なに飲みます? シャンパン……ワイン?」
「え? あ、いや俺は……」
六合塚にグラスを渡されるも、アルコールを接種する気のない宜野座はやんわり断る。上司に、しかも監視官に酒をすすめるとはどういうことだと怒りたくもあったが、雰囲気を壊すのも申し訳ないと思い、それはやめておいた。
「ギノはこれでいいだろ。アルコールは入ってない。乾杯くらいつき合え」
横から狡噛がメディカル・トリップを勧めてくる。普段からメディカル・トリップも飲むことはないのだが、健常者のためのものが縢の部屋にあったとは思えない。わざわざ買ってきてくれたのかもしれないと考えると、無碍に断るわけにもいかなかった。
「……これっきりだぞ」
「はいはい分かったよ」
全員に飲み物が行き渡ったところで、改めて乾杯が行われる。なにを祝うわけでもないが、縢が明るい声でおっつかれー! と言ったのをきっかけに七つのグラスが天を指した。
宜野座はメディカル・トリップを飲み干して、縢の部屋に視線を巡らせた。相変わらずゲームばかりだなと、呆れるばかりだが。
しかし、そのゲーム台があるエリアを半分以上浸食しているものには興味がある。宜野座はグラスを片手にそれの方向へ足をやった。
ビリヤード台。
ホロではなく本物のようで、キューや球も揃っている。手入れはあまりされていないようだが、ゲームをする分には問題ないのだろう。
「ビリヤードか、懐かしいな」
それに気づいた狡噛が、横から声をかけてきた。そういえばビリヤードというものに触れたのは、学生時代いろいろなところに連れ回してくれた狡噛がきっかけだった気がする。
「えっ、ギノさんビリヤードやんの!?」
「嗜む程度だが」
「なんだ早く言ってよそれ! ドローンとじゃ勝負になんなくってさあ」
唐揚げを口の中に放り、縢が大股で寄ってきた。どうやら勝負をしようといううことらしいが、ドローンよりは楽しめるといいなーなどと無意識に暴言を吐いている。
「何か賭けます?」
「貴様、俺が賭事などすると思うか」
「もーカタいなあギノさん。たとえば外出申請のこととか報告書一回免除とか、そういうのでいいんだけど」
賭事と言えば金銭的なものかと思ったが、そういったものばかりでもないのかと宜野座は考えを改める。
「なにがいいんだ」
「じゃあー、俺が勝ったらこの間却下されたフィギュアの購入申請通してくださいよ」
「了解した。ではお前が負けたら報告書の差し戻しにいっさい文句を言うな」
なにそれ、と縢が眉を上げる横で狡噛が噴き出す。宜野座はよほど縢の反抗的な態度に耐えかねているらしいなと。
「まぁいいっすけど。ギノさんに負ける気しないもんね」
ブレイクショットはどちらが? と訊ねた縢に、お前がやれとどこか余裕のある宜野座に、この時点で気づくべきだった。
「へぇー、絵になるわねシュウくん」
キューを構え球を打つ縢を煽るように、唐之杜がきれいな口唇で笛を吹く。弥生もああいうの似合いそうねと恋人にフォローを入れることも忘れずにだ。
「私ビリヤードって初めて見ます。どういうゲームなんですか?」
常守の問いかけに、征陸がゲームのルールを説明していく。もしかして征陸もやっていたのだろうかと、常守は興味津々だった。
そうしてあとには、呆然と佇む縢が在った。
「な……にが嗜む程度だよッ、めっちゃくちゃ巧いじゃねーか!」
いちばんメジャーなナインボールで勝負をしたが、まさに手も足も出ない、状態だった。3の球で縢がミスをしてからは宜野座の独壇場。以降縢がキューで球を突くことはなかった。
「意外、ですね」
「ホントよねー、宜野座監視官にこんな特技があったとは思わなかったわ」
口々にそうはやし立てるギャラリーの中で、いちばん得意気な顔をしていたのは、宜野座当人でなく、なぜか狡噛だった。
「縢、お前狙い撃ち系でギノに勝てると思うなよ?」
「なんでコウちゃんがドヤ顔してんの。あーもー、腹減ってしょうがねーや」
腹が立つと腹が減るのだ、と縢はキューを狡噛に押しつけて早々に逃げ出す。恋人の評価がガラリと変わる瞬間が、狡噛には嬉しくて楽しくてしょうがないらしい。
「ずいぶん楽しそうにやってたな、ギノ」
「久しぶりだったからな。今では本物の台があるところになんて行かない」
「ハハ、いつも俺が連れ回してるだけだったもんな、あの頃は。……久々に勝負するか?」
連れ出して連れ回して、彼が困った顔をするのを見るのがあの頃はとても楽しかった。いつしかそれが恋だと気づいて、ずっと近くで見てきたのだ。
「いいが、何を賭ける?」
「うーんそうだな……」
そんな二人のやりとりを、皿に盛りつけたパスタを頬張りながら眺めていた常守が口にする。狡噛さんのあんな楽しそうな顔初めて見た、と。
あーそりゃねえと笑う唐之杜と、相手が相手だからでしょと六合塚。あれ隠す気もないよねと縢。俺としちゃあ複雑なんだがなと征陸。何がなんだか分からないまま、スープを勧められて飛びつく常守。
「ギノはどうする?」
「……じゃあ、メシでも奢れ。公安局のでも、……外のでもいいから」
他のメンバーに聞こえないように、宜野座はこそりと呟く。それは暗に外でのデートをほのめかしていて、それに気づかない狡噛ではない。珍しい宜野座からの誘いに、これは負けるべきかと考える。
が、手加減をしたら気づかれるのも分かっていた。
「だったら俺は――」
少し思案して狡噛が宜野座の耳元で囁く。カッと頬を染めた宜野座の腰を抱き、誰にも気づかれないようにその頬を口唇でかすめ取る。
狡噛の囁いた言葉は宜野座を盛大に動揺させ、手元を狂わせるには充分だっただろう。
今夜から明日一日お前を好きにする権利、なんて。
さてどちらが勝ったかは、想像にお任せしよう。
#両想い #執×監