華家
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No.575
情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
竜崎スミレの提案で、褒美として焼肉に連れていってもらうことになった。それはもちろん問題ないのだが、…
情熱のブルー,塚跡WEB再録
favorite いいね ありがとうございます! 2023.03.19 No.575
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竜崎スミレの提案で、褒美として焼肉に連れていってもらうことになった。それはもちろん問題ないのだが、なぜ。
「アーン?」
なぜここで氷帝メンバーもやってくるのか。手塚は頭を抱えたくなった。彼らも慰労会なのだろうが、なにも同じ店でなくても構わないだろう。焼肉屋はここしかないのかと思うほど、他校のメンツがそこに集結していた。
ここで逢ったが百年目とばかりに、焼肉バトルが決定してしまう。
メンバーが楽しめるならいいとは思うが、手塚自身はそれどころではなかった。席の配置的に跡部を見られないのはいいが、その分落ち着かない。
そんなわけはないのに跡部の視線を感じるようで、肉の味など分かりやしない。こんなことなら、跡部を正面に見据えた方がまだマシだ。
焼肉バトルの勝敗などはどうでもいいが、跡部はそれなりに楽しんでいるようだ。乾特製のおかしなドリンクを飲むミッションさえなければ、手塚も楽しめただろう。
跡部がドリンクに手をつけた時は止めようかとも思ったが、彼に対してだけそんなことをしたらたちまちバレてしまう。
ぐっとこらえ、背後に位置する跡部をじっと見つめた。
「……座ったまま尚君臨するのか、跡部よ……」
あの跡部に粉悪秘胃とやらは無謀だったのではないだろうか。カップを持ったまま気絶している。だがすぐに意識を取り戻し、顔を歪めて項垂れる。一瞬だけ視線が重なったが、すぐ気まずそうにふいと逸らされた。脱落することなくそこに在るのはさすがだなどと、おかしなところで感心してしまう。
「決着をつけるぜ手塚ぁーっ」
そう叫びながら跡部は壺漬けカルビをトングで持ち上げる。唐突に名を呼ばれ息が止まりかけた。
――――肉でか?
テニスでなくても負けたくないという気持ちは分かるし、そういう負けず嫌いなところは好ましいとも感じるが、肉でか、と思わず笑いそうになった。
「あ?」
「ん?」
しかし、網の上に乗せた肉の様子がおかしい。煙が多すぎるし、なにやら異臭がしないでもない。
跡部が、傍にあった壺に目を見やる。つられるように、手塚も自席から視線をやった。
なぜその壺に【乾】という張り紙がしてあるのか。嫌な予感しかしない。
「待……っ」
果たしてその予感は当たってしまう。目にしみる煙と、気のせいではない異臭。原因は分かりきっていた。
立ち上る煙で視界が悪くなる。残っていたメンバーも異常事態に気がつき、ぎゃああと叫び声を上げている。ここは自分が落ち着かねばと、手塚はハンカチで口と鼻を押さえて避難を促した。
「おい避難だ! 全員避難しろ!」
「身を低くして口と鼻を覆うんだ!」
時を同じくして、跡部も他の者たちを先に避難させるべく声を張り上げる。とっさの判断はさすがに部長で、生徒会長といったところか。だが、跡部がいちばん近くにいるのだ、被害は誰よりも大きい。
「跡部、お前も早く逃げろ」
ぐっと腕を掴み、出入り口の方へと押しやる。煙のせいか目が潤んでいて、不謹慎にも胸が高鳴ってしまったことは、奥底にしまい込んでおこう。
「手塚、そっちはもう誰も残ってねえかっ?」
「問題ない、全員退避した」
もう一度見回して、跡部を先に外へやる。
店を出たそこで、死屍累々と横たわる部員たち。ユニフォームでないせいで、どれが誰だか分からない状態だった。
ともかく全員無事でよかったと息を吐いた傍で、跡部がふらつくのが見える。手塚はそれを支え、座った方がいいと促した。跡部はそれに素直に従ってくれて、やはり相当気分が悪かったのだろうと心配になる。
「大変なことになってしまったが……皆はこれで英気を養えたのだろうか……」
「んなわけねえだろ……楽しんではいたようだがな。ああそうだ手塚、決勝進出だな。一応祝いは言っておいてやる」
「ああ、次も勝つ」
そうだ、次は決勝だ。全国制覇まであと一つ。誰が相手だろうと負けられないと、強く拳を握った。
「跡部、明日は空いているか? できれば決勝前までにもう一度やりたいんだが」
「アーン? まだ俺様を練習台にしたいってか? お前本当に図々しいっていうか、いい神経してやがるな。俺はテメェんとこに負けたんだぜ」
「嫌ならばいいが、お前がそういうことを気にする性質たちだとは思っていない。越前との勝負は本当に見事だった。厭みでなく、純粋にそう思っている」
真剣勝負で負けたことをいつまでも引きずるような男ではないはずだ。悔しさはあるだろうが、それで歩みを止めるはずもない。まだあの試合を思い出せる。胸が熱くなって、ラケットを握りたくなってしまった。
「そーかい、ありがとよ」
跡部はどこか気恥ずかしそうに端末を撫で、とことん付き合ってやるぜと予定を確認してくれる。手塚はホッとした。
この熱に応えてくれるのは、鎮めてくれるのは、跡部しかいないのだ。
明日の約束を取り付けて、手塚はひとつ瞬く。
少し短くなってしまった髪を、指先ですくう。綺麗な額に、視線が持っていかれた。
「……は……?」
そうしてしまってから、ハッと気づく。何をしているのだと、指先をすぐに離した。跡部が驚いたように見上げてきて、青の瞳に胸が鳴る。
「……少しは顔色が良くなったな。先ほどは本当に青かった」
どうにか不自然でない理由を探して、なんでもないように口にしてみる。それは事実として、店を出た直後よりは平気そうだった。
「へ、平気だっつってんだろうが……いやそれより店内大丈夫なのか? 煙は排出されてんのかよ……」
「あのバトルのせいで、店にはとんだ迷惑をかけてしまったな。勝負どころではない。明日は全員グラウンド二百周だ」
「ウチのヤツらも何人か延びてるが……青学も大概だな。次の試合に響かねえことを祈るぜ」
まったくだと腕を組めば、跡部が髪をさらりとかき上げ息を吐き出す。ささいな仕草にさえ心音はうるさく、どうしようもないなと思う。
もう、跡部への気持ちを否定はしない。恋だと明確に自覚して今隣にいる。
しかし告げはしまいと唇を引き結び、触れたくなる衝動を抑え込んだ。
想うことくらいは許してほしい、などとは思わない。跡部に許してもらわなくとも、この感情は勝手に跡部に向かっていってしまうのだから。
要は本人にバレなければいいのだ。
眼力をもってすれば見抜かれてしまいそうだが、そもそも同性からの恋情など範囲外だろう。ましてやライバルとしてしか見ていない男からなど。
思っておいてダメージを受けたが、恋心は誰かに許可をもらうものではないはずだ。
――――曰く、俺は強引で傲慢らしいからな。勝手にお前を想わせてもらうぞ、跡部。気づかせやしない。
座ったまま口許を押さえている跡部を見下ろしながら、これも一種の勝負だろうかと考える。それならば負けはしないと、いっそ楽しくさえなってきてしまった。
これは長く続いていく戦いかもしれない。持久戦を得意としているわけではないが、惚れた相手の土俵で戦うのも一興だと、覚悟を決めた。
その後しばらくして戻ってきた保護者、もといコーチ陣に全員がこってりとしぼられ、見た目しょぼんとしながら無事に帰途へとつく。
ちりぢりになっていく直前、跡部と目が合った。手塚が無言で頷くと、跡部が軽く手を上げて返してくる。明日の約束をそれで確認し合い、背を向けた。
試合後に思わぬ時間だったが、まあまあ有意義に過ごせたように感じる。
「手塚部長って、アレっすよね……分かりやすいっていうか、分かりにくいっていうか」
短く息を吐いたところで、横から声がかかる。越前だ。
「なんだ、越前」
何のことか不明だが、分かりやすいのか分かりにくいのか、どちらなのだと視線だけで訊ねてみる。大きな瞳が向かってきたが、それは瞬きとともに逸らされた。
「……や、何でもないっす。おやすみなさーい」
「ああ、気をつけて帰れ」
おかしなヤツだなと思うが、何でもないと言うのならそうなのだろう。さほど重要なことではないようだし、家に帰ろうと足を踏み出した。
「越前も気がついたんじゃないのかな、手塚」
今度は不二だ。ため息を吐きながら、「だからなんのことだ」と振り向く。
「ううん。隠すつもりならそれでも構わないけど、気づかれたくないのならもう少し気をつけた方がいいと思うよ。君が跡部を見つめる目は、まるで」
「不二」
手塚は、低い声で呼ぶ。遮って諌めるために。
不二には気づかれたのだなと思うが、それでも口にはされたくない。これは手塚一人の戦いで、誰を巻き込むつもりもないからだ。
じっと不二を見やると、まっすぐに視線が返ってくる。
怯まないそれに少しも胸が騒がないあたり、やはり自分にとって跡部だけが特別なのだと実感してしまった。
「否定も肯定もしない、か。君らしいけど。……からかってるつもりはないんだ、手塚。ただ、彼が相手じゃ叶わないんじゃないかって、心配してるだけ」
「……そんなことは百も承知だ。余計な心配をするな、不二」
理解している現実を、わざわざ突きつけないでもらいたい。この恋が叶わないのは誰がどう見ても明白で、そこは諦めてもいる。
ただ、だからといって跡部への気持ちが消えていくわけでもないのだ。そんなに簡単に割り切れるものならば、最初から悩んだりしていない。
「お前がどう思おうと、俺は俺であるだけだ。できれば他の皆には言わないでおいてほしい」
「分かってるよ、そこら辺は。でも手塚、ボクが気づくものを、大石が気づかないと思っているのかい?」
「………………なるほど、そうか……」
大石もか、と諦めでしかない息を空に向かって吐く。それでも何も言ってこないのは、大石の優しさなのか、戸惑いなのか。
しかし、二人に……もしかしたら越前にまで気づかれるようではいけないなと、己を叱咤する。こんなことではすぐに跡部に気づかれてしまうだろう。
誰に知られても、跡部本人にだけは知られたくない。恋情どころか、劣情まで抱いているなんて。
跡部の視界にいるためには、ライバルでなくてはならないのだ。悟らせたらもう、傍にいられない。
「もう一度言おう。余計な心配はするな。試合に不埒な感情を持ち込んだりはしない」
「ボクもそんなこと心配してないけどね。ボクや大石の前では気を張らないでいいよってだけ。じゃあおやすみ手塚。明日も逢うんでしょ、跡部によろしく」
言うだけ言って、不二はひらりと手を振ってくる。青学レギュラー陣は、自己完結しがちな連中が集まっているなと自分を棚に上げて思った。
――――俺の未熟さ、だろうか……初めてのことで、コントロールの仕方が分からない。恋が叶わないと知っていても想い続ける時、普通はどうするのだろうな。
手塚はふと跡部が帰っていった方向を振り向き、名残惜しげに向き直って足を踏み出す。
今は、大会のことだけを考えていたい。同じテニスの世界で生きている以上、たびたび跡部を思い浮かべてしまうのはもうどうしようもないことだった。
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