華家
-HANAYA-
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No.568
情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
「すまない、練習中だっただろうか」『いや、一応は終わってるぜ』「今から打てないかと思ったんだが」 声…
情熱のブルー,塚跡WEB再録
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「すまない、練習中だっただろうか」
『いや、一応は終わってるぜ』
「今から打てないかと思ったんだが」
声は震えていない。言う言葉も間違っていない。
うっかり「今から逢えないかと」などと言おうものなら、世界が変わってしまう。テニスがしたいだけだと心の中で言い訳を繰り返す。
『アーン? 今からって……テメェ、昨日の今日で言うか、普通』
やはり驚かれてしまった。というか、呆れられてしまっただろうか。跡部なら、テニスがしたいと言っても笑わないでくれると思ったのだが、どうにも決まりが悪い。
『昨日のじゃ満足できなかったってか? そんなに俺様とのテニスが恋しいのかよ』
耳元で聞こえる声に、カッと熱が上がった。
ある意味で満足はした。だが別の意味では満足していない。結局跡部のリードで終わってしまったからだ。だからその続きをしたいに過ぎないのに、恋しいなんて言われたくない。それが真実のようになってしまいそうで怖かった。
何も言わないでいると、『仕方ねーな』と笑うような吐息が聞こえてきた。
『屋外のコートでもいいか? 予約しておく』
「どこでも構わない。テニスができるなら」
じゃあ後でと通話を切って、手塚はその場で項垂れた。声を聞くだけでなぜこんなにもそわそわするのか分からない。嬉しいと感じているのか、胸の辺りがくすぐったいし、まだ場所の連絡も来ないのに足を踏み出しそうになる。
好きかもしれないという思いが、現実味を帯びてきた。
テニスができるというだけなのに、こんなに浮かれる理由が見つからない。
いや、確かにテニスができるのは嬉しいが、跡部でなくてもこんなにそわそわするだろうか。
いったいどんな顔で今の電話を受け、仕方ねーなと申し出を受け入れてくれたのだろう。楽しそうな顔だったろうか。それとも優しげな顔だろうか。傍で見たかったというのは、どうにもおかしなことだ。
ややあって、コートの場所が送信されてくる。氷帝からも、青学からもほど近い中間点。
自分に都合の良い場所で構わないのに、わざわざ中間点を指定してくるあたりが憎たらしい。
手塚は一番早く着けるルートを確認して、足を踏み出した。
早くテニスがしたい。その思いだけで充分だと、どこか罪悪感めいたものを抱きつつも。
「終わらねえ、じゃ、ねーの」
お互いの荒い吐息が空気を揺らす。昨日の続きから始めたはいいものの、長いラリーからの取っては取られてを繰り返し、ちっとも勝負がつかない。
長く続けられるのはいいが、これでは無駄に体力だけが消耗されてしまう。手塚のサービスに移ったところで、トトンとボールを止めて手塚も呟いた。
「終わらないな」
「少しインターバル挟むか?」
「ああ、そうした方がいいだろう」
今は夏真っ盛りだ。日差しも強く、ここら辺で休憩を挟んでおかねば危ない。集中すると周りが見えなくなるというのは、あの日の試合で分かった。時間も水分不足も気にせずプレイしていたら、熱中症になってしまう。
したたり落ちる汗を拭う跡部の姿に視線が釘付けになって、ハッとして目を背けた。
ベンチに腰をかけて、汗の処理と水分補給を行う。距離が近いのは落ち着かないが、それでも昨日触れた温もりに比べたらなんてことはない。まさか自分の人生で、跡部景吾の隣にいて落ち着かないなどということがあるとは思わなかった。
気づかれないようにしなければ、跡部はまたおかしな誤解をするだろう。手塚はゆっくりと呼吸をして、冷静にいつも通りを装った。
「肩、本当に大丈夫みてーだな」
「……ああ。お前と長いラリーを続けられるくらいだからな。なぜあれが拾われるのか分からんが、大会にもちゃんと出られる」
「なんで拾われるって、そりゃこっちの台詞だぜ。フン、憎たらしいくらい絶好調かよ」
パタパタと手で仰ぐ跡部を見やり、絶好調と言われる程でもないような気がするがと、心の中で思う。
それでも、部活よりは打ち込めた。部活より打ち込んでしまったことが、不甲斐ない。本来打ち込むべきは、部活での練習の方ではないのか。部長として率いている以上、そうするべきだ。自覚が足りないのかと、情けない気持ちにもなった。
「……なにかあったかよ?」
そんな気持ちを見透かすかのように、跡部が声をかけてくる。
「……なぜだ」
「絶好調ってわけでもねえみてぇだな? 俺様とテニスをしてるってのに、辛気くせえツラしてやがるじゃねーの。今は引き分けだからな、負けて悔しいってわけじゃねえだろうが」
手塚は驚いて跡部を振り向く。気づかれるとは思っていなかった。
したり顔で見つめてくる跡部に胸が鳴りそうになって、手塚はふいと顔を背けた。
「悟られるとは思っていなかった。俺は分かりづらいとよく言われるんだが」
「ククッ、俺様の眼力を見くびってもらっちゃ困るぜ。アーン?」
なるほどと手塚は目を瞬く。相手の弱点を見抜くという彼の眼力は確かにすごいものだ。それは魔法などという非現実的なものでも、インチキという矮小なものでもない。実際に弱点を見抜かれた手塚にはそれがよく分かる。隠しても無駄かと、小さく息を吐いた。
「昨日お前に言われたことを思い出していた」
「アン?」
「俺のプレイは傲慢だと言っただろう。意識したことがなかったが、そうなのだろうなと思う」
視線を俯ける。跡部は昨日、貶しているわけではないと言っていた。だが褒めているわけでもないと。認識してしまったこの傲慢さは、どうやって昇華していけばいいのだろうか。
「今日、青学のメンバーと練習をしていて、物足りないと感じてしまった。怪我で皆に迷惑をかけてしまった俺が、こんなことを言えた義理ではないのに」
膝の上で、拳をグッと握りしめる。自分がこんなに身勝手だとは思わなかった。ただテニスで上を目指したいという欲だけで生きていけたらいいのに。
「青学のメンバーじゃ、練習相手にならないってか?」
跡部の口にした言葉に、体が硬直した。ベンチの背に肘をかけてこちらを振り向いてくる跡部の口許には、笑みが浮かんでいたけれど、それは苦笑いのように感じられた。
「ま、テメェは口には出せねえだろうな。それが真実だとしても」
「跡部」
「ヤツらが弱いと言ってるんじゃない。それでも自分が強くなるための練習相手にはなり得ねえんだよ」
諌めるために、もう一度跡部の名を呼ぶ。否定できないのが歯がゆい。確かに自分は傲慢だと、改めて思う。眉間に刻まれたしわが、深さを増した。
「皆、それぞれに頑張っているんだ。追いついてこいなどとは言えない。個性もあるし、俺が敵わない部分だってある」
お前は傲慢だと責められるのは分かる。だが、青学のメンバーに対しての誤解だけは解いておかねばならない。言い訳でも、その場しのぎのでまかせでもない。レギュラー陣は手塚とは全く異なるプレイスタイルの個性的な選手ばかりだ。手塚が彼ら相手に本気になれないことと、彼ら個人の能力は全く別のことだと強く言い放つ。
「そこが分かってんならいいだろうが」
すうっと、何かが脳天を突き抜けていったような気がする。それは強い衝撃ではなく、まるで靄もやだけが引き抜かれていったような感覚だった。
「力の差もそうだが、お前は青学を率いる立場だ、手塚。強いというだけで務まるもんじゃねえ。下のヤツを指導するってのは、時には自分の鍛錬を犠牲にしなきゃならねえ時もあるだろう」
跡部の表情が、硬いものに変わる。彼自身にも覚えがあるのだろう。
自分の技術向上を捨てて、次の世代を育てなければならないというのは、痛いほどに分かる。自分だけが強ければいいというわけでもないのだ。
「俺のとこは、下剋上だっつって分かりやすく俺を倒したがるヤツも、虎視眈々と頂点を狙ってるヤツもいる。お前のとこは、いねえのか?」
「青学は、そういうのはないな……。強いて言うなら、越前だろうか」
分かりやすいのは、ルーキーである越前リョーマだ。
能力を隠しながらというなら乾や不二もだろうが、彼らの本気はまだ見たことがない。
大石は副部長として支えてくれるし、菊丸はテニスでトップを目指すと言うよりはいかに相棒と長く楽しくできるかの方が重要そうだ。河村は青学で無二のパワープレイヤーだが、自分自身の向上に専念しているように見える。桃城と海堂は、頂点を目指すと言うよりは互いに相手に負けたくないという思いの方が強いのだろう。越前リョーマは、いっそ清々しいほどに負けん気が強い。だからこそ、青学の柱になれと彼に言ったのだ。
「あーなるほどアレね。ククッ……でも、アイツを育てたいって気持ちが大きいだろ」
跡部が軽く肩を震わせる。手塚はややあってそれに頷いた。
「今までは育てる側で、後は一人で練習してたんだろうが、俺との試合で欲張りになっちまったんだよ、テメェは」
楽しそうに口の端を上げながら跡部は続けた。手塚は不思議な気分に陥る。なぜそんなことを、よどみなく言ってこられるのだろう。
その言葉の一つ一つを頭の中で反芻して、手塚は跡部を振り向いた。
「なぜ」
「アン?」
「なぜ分かるんだ。言われて考えてみたが、的を射たもののように思う」
部長という立場上、周りを育てていかねばならない。それに不満はなかった。ないと思っていた。だけど、試合で初めてと言っていいほどがむしゃらになったことで、欲が出てきてしまったというのか。
跡部は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにふっと苦笑気味に口角を上げた。
「俺も同じだからだよ」
「お前も?」
「テメェのせいだぜ、手塚」
その言葉が意味するところが、分からないわけではない。
つまりは跡部も、手塚との試合で貪欲になってしまったということだ。
それはなんだか、嬉しくて照れくさい。跡部景吾の中に、手塚国光という存在が刻まれているのか。
手塚は小さく「そうか」としか返せなかった。
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