No.567

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情熱のブルー-011-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

 走り込みからの素振り、サーブ打ち、すべてどの部員より多くこなした。リハビリでなまってしまった体と感…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-011-

 走り込みからの素振り、サーブ打ち、すべてどの部員より多くこなした。リハビリでなまってしまった体と感覚を早く取り戻したくて……というのが建前だが、その実なにも考えたくないせいだった。
 跡部景吾の顔がちらつく。
 昨日あの後もずっと頭の中を彼の顔が支配していて、寝起きには明らかに疲れていた。少しも休めた気がしない。
 こちらを混乱させるために跡部が何か仕組んだのではないかとも思ったが、そんなことを考えるほどに混乱しているのだと気づくだけだった。跡部に責があるわけではないだろう。なぜなら、そんなことをしたら〝本気で勘違いされる〟というリスクが彼にもあるからだ。
 混乱させて全国大会を有利に進めるというだけのコマにしては、利が少な過ぎる。
 加えて、跡部ほどの実力をもってすればそんな小細工は必要ない。
 小細工をするような男だというのは、跡部に対する侮辱に他ならない。すぐに考えを改めて、ため息を吐くこと、何度か。
「手塚、あまり飛ばすと肩に良くないんじゃないかな」
 不二が声をかけてくる。いつも通りだがと返すと、彼は肩を竦めた。手塚はここにいる誰よりも努力を重ねてきたという自負がある。
 そう思った傍から、同じく努力を重ねてきただろう跡部のことが頭をよぎってどうしようもなかった。
 ――――考えるな。考えるな。跡部のことは、今は必要ない。全国大会で勝ち進むことだけを考えるんだ。
「は~、何か鬼気迫るものがあるっすね、手塚部長」
「手塚はそれほど、全国大会にすべてを懸けているということだろう」
「さすがっすね乾先輩……俺、もう十周走ってくるっす」
「テメェ海堂、抜け駆けはいけねーな、いけねーよ!」
「あぁ!? 知るか! ついてくんじゃねえ桃城!」
 言い合いながらも、我先にと駆け出していく二年レギュラー。
 身近にライバルがいるってのは刺激になるよねと不二が笑うのが耳に入って、手塚はカッと頬の熱が上がったのに気づく。ライバルという言葉に反応してしまった。そんな些細なことにも反応してしまうなんて、集中できていない証拠だ。
「大石、菊丸、相手をしてくれないか」
 雑念を振り払うように軽く首を振り、黄金ゴールデンペアを呼ぶ。
「ご指名だぞ、英二」
「にゃはは~、負っけないよん!」
「手塚は誰と組むんだ?」
 大石は、他のレギュラー陣を振り向く。いちばん可能性が高いのは不二だろうかと思っているようだが、当の不二は河村を振り向いて、河村はスタイルが合わなすぎるよと頬を掻いた。
「いや、俺は一人でいい。二人とも、手加減はなしで頼むぞ」
「えっ、一人で俺と英二を相手にするのか? あー……まあ手塚ならできそうだけど」
 誰とも組まずにやると口にすれば、大石は驚き、菊丸はもちろん手加減なんかしないよんと楽しそうに相棒を振り向く。
 河村はすごいなあと感心し、不二は見物だねと穏やかそうに見えて不敵に見据えてくる。乾は眼鏡を押し上げて、興味深そうにノートを広げた。
 手塚がリハビリから戻ってきて初の練習だということもあって、部員たちは皆、固唾を呑んで見守るようだ。グラウンドを走っていたはずの桃城と海堂までもが、速度を緩めて手塚のサーブを眺めている。
 トスを上げ、怪我をする前までと変わらない速度でラケットが振り抜かれる。わっと上がる歓声。
 大石が嬉しそうに笑い、菊丸もホッとしたようだったが、きちんと返球が成される。安堵という隙をついて、手塚は返されたそのボールを彼らのコートにたたきつけた。
「おっと……こりゃ大変」
「おーいし~これマジで手加減しなくていい感じだよね?」
 大石も菊丸も、その瞬間に〝戻ってきた仲間〟という意識から〝対戦相手〟という認識に切り替えたようだった。
「さあ、油断せずに行こう」
 手加減などしてもらっては困ると、手塚もラケットを握り直す。
 そうして、練習と言うにはあまりにも白熱したプレーが繰り広げられることになったのだった。


 物足りないなと、贅沢なことを考える。他の部員たちの仕上がりも見なければならない以上、自分の練習だけに熱中しているわけにはいかない。こんな時部長という立場が、ひどく煩わしい。そんなことを言えた義理ではないのにだ。
 支えるべき立場の手塚を欠いていても、部員たちは全国大会に向けてしっかり鍛錬をしていたようで、レギュラーでない者たちも触発されて全体的な底上げになっているようだ。大石の尽力には感謝しなければいけない。戦線を離れた手塚が全国大会に行けるのは、彼らのおかげだ。その状態で、物足りないとは口が裂けても言えやしない。
「手塚、お疲れ様。肩は本当に大丈夫みたいだね、安心したよ」
「ああ……皆には迷惑をかけてすまない」
「ふふ、むしろそのおかげで皆に火がついたところもあるのかな。少なからず、手塚を全国に連れていこうっていう気持ちがあったと思うよ」
 部室で着替えをしながら、出られなかった試合の詳細を聞いたり、リハビリ中の出来事を話したりして、ようやく頭の中からおかしな感情が消え去ったと思った矢先、鞄に入れていたスマートフォンに指先が当たる。その瞬間にまた跡部の顔が浮かんでしまって、手塚は珍しく項垂れた。
 ――――跡部、こんな時にまで邪魔をするんじゃない。
「そういえば手塚、昨日はあの後大丈夫だったのかい? 跡部と二人だったんだろう」
「あ、…………ああ、別に心配されるようなことはない」
 昨日一緒にいたことを知っている大石が、他意なく訊ねてくる。さらに輪郭のハッキリとした感情になってしまって、眉を寄せた。
「え、跡部と? へぇ……仲良くお茶でもしてたの?」
「な、……ぜ、そうなる。肩の様子を訊かれたから、少し話をして、テニスをしに行っただけだ」
 いったいどういう思考回路なのだと不二を軽く睨み、訂正をする。
 更衣室にいたレギュラー陣らは一様に目を丸くし、呆れたように口々に囁いた。「テニス馬鹿」と。それは否定しないと着替えを済ませ、翌日の集合時間を今一度確認して部室を後にした。
 ふう、と息を吐く。ポケットに入れていた端末を取り出して画面を見てみるも、通知がないのには変わりがない。
 まあ昨日の今日で連絡を取り合うような間柄でもないのだから、当然と言えば当然だがと思って、はたと気づく。自分は今、跡部から連絡がないか確認したのだと。家族でなく、跡部を真っ先に思い浮かべてしまった。
 今の練習が物足りなかったせいだろうか。力に差のない相手と何も考えずにただボールを打ち合いたいと思うのは、何もおかしなことではないと思う。
 強い相手ならば、跡部でなくともいい。
 いいが、テニスがしたいと言ってすぐに受けてくれそうな相手が、他に浮かばない。それだけだ。
 ――――それだけ……なんだが……。
 なぜ思い出すのが、あの時肩に触れてきた温もりなのか。髪の感触なのか。良かったと吐息のように小さく呟く声なのか。テニスをしている時の跡部ならばまだ話も分かるものを。
 いっそ腹立たしいと、跡部を責めてやりたい。向こうはたまったものではないだろうが、こちらとて不可解な感情に振り回されているんだと理不尽さを押し込めて、逢いたいと思う気持ちをテニスがしたいという建前で塗り替える。
 手塚は道の端で立ち止まり、トークアプリで跡部の連絡先をタップする。しかし氷帝はまだ練習中かもしれないと思い留まって、通話ボタンを押しかけた指を引っ込める。
 だがそれならそれで、チャットで予定でも訊けばいいのではないかと、これ以上考える隙を作らないようにボタンをタップした。
 コール音はあまり長く続かなかった。跡部がすぐに出てくれたからだ。
『なんだ、手塚ァ』
 向こう側から聞こえた不遜な声に、なぜだかホッとした。昨日の今日で連絡してしまったことに驚かれてはいないようだ。
 そうしてホッとしたのも束の間、今度は鼓動が速くなる。昨日浮かんだ馬鹿馬鹿しい仮定のせいだろう。勘違いなのだから気にすることはないと軽く首を振り、手塚は口を開いた。


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