No.565

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情熱のブルー-009-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

 跡部についてやってきたのは、屋内のコート施設だった。跡部の会社が管理しているようで、受付ではバタバ…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-009-

 跡部についてやってきたのは、屋内のコート施設だった。跡部の会社が管理しているようで、受付ではバタバタとした様子で出迎えてくれる。
 別に本格的な視察ではないと跡部が言うあたり、きちんと運営されているか確認しに来ることもあるのだろう。
 視察がてらいつでもプレイができるようにと、跡部は自分用のウェアとラケットを置いているらしい。氷帝のユニフォームでないせいか見慣れないなと思うが、そもそも氷帝のユニフォームを着た跡部だって、慣れるほど見たわけでもない。
 手塚はジャージの上着を脱いで軽く畳み、ストレッチを開始した。
 テニスができる。肘を痛めた時も止められた期間はあったが、あの時よりもずっと切実にテニスがしたかった。
 恐らく、跡部のプレイに触れたからだろう。触発されるというのが正しい表現かは分からないが、同じだけの熱量を持って挑みたいと思わせる〝何か〟が彼のテニスにはある。持って生まれた才能なのか、努力によって培われたものなのか。
 ともかく、そんな跡部景吾と球を交わせるというのはひどく気分が高揚する。公式試合でもないのにだ。
「セルフジャッジ、ワンセットマッチだ」
「ああ、構わない。跡部、手加減はなしだ」
 ネットを挟んで対峙する。青い空も、観客もない。審判も、声援もない。ふたりだけの勝負。
 サービスを跡部に譲り、受け止めるためにラケットを構えた。自分が緊張しているように思える。跡部がトスを上げる様をじっと見つめ、コースを読む。
 手塚は眉を寄せた。打ち込まれたボールは、本気のものではない。
 手加減はなしだと言ったのに、その場しのぎだと思われたのか。跡部の打ったサーブを足元に打ち返してやった。
「油断しているお前が悪い」
 そのボールを追って振り向く跡部に、煽るような言葉を吐く。ギラリと光る瞳が睨みつけてくるのを、ぞくぞくと背筋を震わせながら受け止めた。楽しそうに口の端を上げて、今度は思いきりラケットを振ったようだ。
「確かに手加減なしでいいみてえじゃねーの! 手塚ァ!」
 返ってきたボールに手塚は追いつけず、跡部が笑うのに合わせて手塚もわずかに口の端を上げた。
「そうこなくてはな、跡部」
 打たれる。拾う。たたき返され、迎え撃つ。長いラリーになった。
 手加減がほしいわけじゃない。真剣にただこのボールを追っていたい。何も考えずに、無心に。リハビリ中にはできなかったことだ。
 足を踏み込み、腕を振り抜く。ただそれだけで、だんだんと神経が研ぎ澄まされていく。
 インパクト音と、床を踏むシューズの音。時折聞こえる相手の呼吸と、自分の吐息。互いの間を何度も行き来する黄色いボールからは、一瞬たりとも目を離せない。
 決めるつもりで打ったのに返される。悔しいが、それは跡部の方も同じようだった。肌があわ立ち、パァンとボールを返す。追いつけなかった跡部から点を取った。
 それでも諦めるでもなく睨みつけてくる跡部が、なんとも言えず闘志を奮い立たせる。
「次は俺が取るぜ」
「俺は負けない」
「だからそういうとこだっつってんだよ!」
 今度は跡部の球に足元を撃ち抜かれる。したり顔で挑発を受ける彼を、負けず嫌いだなと思わざるを得ない。だが手塚にはそれが心地良かった。向かってくるギラついた視線は、上を目指す者の瞳だ。引きずられそうなほどに、目が離せない。
 跡部の視線の方向へボールが向かう。時にそれはフェイクとなり、改めてこの男の技術を知った。
 こんな男だったのか。上手いのと強いのとは、似ているようで異なるが、跡部景吾はそのどちらをも備えているようだ。
 その男からポイントを取った瞬間よりも、打ったボールをきっちり拾われた瞬間の方が楽しいと思っていることに、手塚は薄々感づいていた。まだ続けられると思うと、ポイントを取るよりも嬉しい。
 恐らく顔には出せていないだろうが、このラリーがずっと続けばいいなどと考えてさえいる。
 点を取らなければ決着はつかないのに、それでも、跡部とのこんな時間をもっと長く過ごしたい。負けたくないという思いと同じほどの強さでだ。
 気がつけば、打ち合い始めてから二時間ほど経過していた。
「手塚ァ! そろそろバテてんじゃねーのか!」
「お前こそ、スピードが落ちているぞ、跡部」
「抜かせ!」
 煽ったつもりはなかったが、気に食わなかったのか、跡部の球速が上がる。突然のことに対処しきれず、強い打球が手塚のラケットを跳ね飛ばした。
「……っ」
 引きつった痛みを感じる。指先の痺れが、肩にまで伝わってきた。
「手塚!」
 それに慌てたらしい跡部が、わざわざネットを越えてくる。駆け寄ってくる彼の切羽詰まった表情に、どうしてか胸が鳴った。
「今の変な打ち方しただろ。痛みはあるか? すぐ医者に――」
「いや、問題ない。少しタイミングを誤っただけだ」
「本当にか? 欠片でも嘘が混じってやがったら許さねーぜ。俺はお前の下についてるヤツらじゃねえんだ、意地張ってねえで、俺にだけは本当のことを言え」
 手塚はひとつ目を瞬く。
 彼の言うことはなんとなく理解できるような気がした。
 部長という立場がある以上、弱みは見せたくない。部員たちの士気に関わるからだ。跡部自身そうなのだろう。だからといって対戦校の部長に弱みを見せたいかといえば、絶対に違うのだが。
 しかし例えばここで弱みを見せたとして、跡部が弱みを見せられる相手はいるのだろうかと考える。
 部員たちには見せない部分を、誰が支えてくれるのだろう。
 そんなことを考えていたら、睨みつけてくる跡部の瞳の強さが増した。嘘が混じっているとでも思っているのだろう。
「……本当のことを言っている。お前相手に遠慮したところでどうにもならないだろう」
「それはそうだが……」
 跡部の眉間にしわが寄る。珍しく引き結ばれた唇は、何を言いたがっているのか。まっすぐに左肩へと向かってくる視線は、いっそ手塚の方こそ痛々しく思う。あの日目の前で膝をついてしまったことが悔やまれる。もしかしたら、跡部の中に傷を残してしまったのかもしれない。
 あの時跡部は、本当に潰すつもりなどなかったはずだ。手塚が途中で棄権するか攻め誤るかで勝利をもぎ取ろうとしていた。手塚がそれを意地で続行させたのは、跡部にとって大きな誤算だったに違いない。
 手塚が、またあの時の感覚を味わうのかと恐れてイップスに陥っていたのと同じく、跡部も、自分の打球が今度こそ一プレイヤーの未来を絶つかもしれないという恐れと戦っているのだろう。
 そこに気づけなかったのが、悔しくてならない。跡部にそんな顔をさせたくて試合をしたわけではないのに。
「跡部、俺は平気だ」
 強くそう言い放てば、跡部はそっと口を開けた後に躊躇って閉じ、また開く。
「……触れてもいいか?」
 視線はじっと左肩に張り付いたままだ。手塚はコクリと強く頷いた。
「ああ」
 もう治ったと口で言うだけでは信じられないのなら、いくらでも触れてくれて構わない。跡部がゆっくりと上げた手が左手だったのは、意図してなのかどうか。
 そっと触れてくる指先。当然痛みなど感じない。そんな小さな接触では、感覚もない。伺うように手のひらで包まれてようやく、触れられていると実感した。
 手塚は目を瞠る。肩に触れた手の上に、跡部が額を乗せてきたせいだ。重みが増し、距離が近くなる。
 ――――近い、……どころではない……。
 頬に、首筋に触れる髪がくすぐったい。誰かとこんな距離で接したことはなく、どちらかと言えば苦手な方だ。
 だけどここで跡部を押しやれば、またおかしな誤解をさせるだろう。肩はなんでもないのだと跡部が納得するまでこうしているほかにない。
 額を乗せていた手を抜き、ゆっくりと腕のラインを確かめるように下りていく。ウェア越しに感じる手のひらの温もりに、危うく息を呑みそうになった。
 いったい何をしているんだと言いたい。いや、肩の様子を確認しているのは分かるが、そんな触れ方をする必要があるのだろうか。
 跡部の指先が肘を滑り、やがて手首にまで下りる。握ったラケットに爪の先が当たったところで、跡部はようやく満足したように息を吐いた。
「良かった……」
 小さく呟かれたそれに、また胸が鳴る。これは本当に心を砕かせていたのだと気づく。
 自身が関わったからでなく、手塚国光というプレイヤーの肩が壊れていないか、思い悩んでいたのだろう。手塚の復帰を誰よりも望んでくれたに違いなく、心の底から安堵した様子を晒す跡部に、急激に何かがせり上がってくる。


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