華家
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No.561
情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
おかしいと思い始めたのは、それからずっと跡部の声が頭から離れないことを自覚してからだ。 手塚と呼ぶ…
情熱のブルー,塚跡WEB再録
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おかしいと思い始めたのは、それからずっと跡部の声が頭から離れないことを自覚してからだ。
手塚と呼ぶ声、ボールを返す時の叫び、果ては荒い呼吸までついて回る。
有意義な試合だったことは認めよう。リハビリに来る直前の試合だったから、ひどく印象に残っているというだけだ。そう思いたい。
やっとラケットを握らせてもらえるようになり、軽くボールを打たせてもらえるようになって、安堵する暇もない。
〝腕はナマッてねえだろうな〟と挑発する声に、数日何もできなかったから腕が落ちているかもしれないと唇を噛む。〝破滅への輪舞曲ロンドだ!〟と技名を叫ぶ声が響いて、思わず体が動く。肩が上がらないことに気がついて項垂れた。
もどかしい。肩さえ順調なら、跡部のあのボールも返せるのに。試合の時の様子が、頭の中に浮かんでくる。声だけでなく、ラケットを振り抜く姿やトスを上げる様までが、鮮明に思い出せた。
いくらなんでもおかしいのではないかと、視線を泳がせる。
何か良くない兆候ではないのかと医師に訊いてもみたが、特に何も言われなかった。リハビリ中にはよくあることらしい。よくあるのならいいかと安堵もしたが、なぜそこで跡部なのだと胸が騒いだ。
指先がそわそわと落ち着かないのはどうしてだろう。胸が熱くなるのはなぜだろう。
時折、ラケットを握っていない彼さえ浮かんでくるのが不可解で仕方がない。
今なにをしているだろうかと視線を上にやる。初戦で青学に負けた以上、氷帝学園の全国出場は消えた。もう公式の試合では跡部景吾と対戦できないということかと、ひどく気分が落ち込む。
だが、敗退したからといってそこで立ち止まるような男ではないと思いたい。あの日あんなにがむしゃらだった跡部景吾が、足を止めるなんてことはないはずだ。
それを確認したいのに、跡部の連絡先を知らないというのがもどかしい。
いや、そもそも自分がこんなに他人のことを考えていること自体が珍しいのだ。だから、調子が狂う。ふとした瞬間に跡部のことを思い出して、テニスがしたいと強烈に思う。ラケットを握っていてさえだ。
焦がれている――そう表現するのがふさわしいほどに、あの瞬間をまた味わいたい。
一瞬の視線の交錯、永遠のようにも思えるタイブレーク、ネット上で重なった手のひら。
顔が火照っているのに気がついて、不可解な感情に手塚は項垂れて額を押さえた。
――――跡部とは、テニスをしたいというだけだ。焦がれるなどと、そんな大袈裟なことではないだろう。
純粋に、あの熱いプレイに触れたいというだけだ。それ以下でもそれ以上でもない。連絡先を知らないもどかしさだって、テニスのことが話せないからだ。
向こうに戻って、氷帝学園に練習試合でも申し込めば、そこで逢える――と思いかけて、それよりまずは全国大会だろうと苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
個人的な都合で試合を申し込むわけにはいかない。かといって正直に話せば、どうしたのかと心配されるかもしれない。それはそれで面倒だと息を吐いた。
他のプレイヤーにあまり表立って興味を示さない手塚国光が、跡部景吾と試合をしたいだなんて。
興味を示さないというよりは、自身の鍛錬の方が重要だというだけで、興味のある選手がいないわけではないのだが、それでも周りは驚くのだろう。
――――氷帝とは……全国で戦えないのか……。
青学が全国大会に進出するのは、手塚の中ですでに決定事項だ。対戦校がどこであろうと全力でぶつかるだけだが、やはり残念で仕方がない。
跡部が掲げてくれた右手を見下ろして、そっと握り込む。
お前とテニスがしたいと言ったら、彼はどんな顔をするだろう。もしかしたら肩のことを気にして拒まれる可能性だってある。ただ単に嫌だと言われるかもしれない。
その時は諦めるしかないが、可能性がゼロではないのなら、賭けてみたい。
快諾されたら、あの日のように全力でぶつかれるよう、まずは肩を治さなければとリハビリに専念することにした。
肩はもう大丈夫だよと言われてホッとしたが、以前のように上手く打てない。肩が思うように上がらないのだ。
本当に治ったのだろうか。このまま東京に戻って試合に出て、無様な醜態をさらしたらいったいどうなってしまうのか。
考えていたよりずっと早くテニスに打ち込む許可は出たが、鍛錬を休んだ分だけ技が衰えているように感じられた。
〝腕はナマッてねえだろうな、あーん?〟
跡部の挑発的な声が聞こえて、どうにも気まずい。ふとしたきっかけで思考の端にチラつくと、もうそれだけでブワッと広がって、頭の中が跡部景吾に侵食されていく。
邪魔をしないでくれと思考に蓋をして、肩の違和感に悩む中、ミユキという一人の少女に出逢った。試合になると本当の力が出せないというのである。
少し練習を見てみると、確かに筋はいいようだった。ただ、試合となると足が竦んでしまうらしい。
何かしらの恐怖と極度の緊張で体が萎縮してしまっているのだと説き、それを克服するしかないと指摘してやる。言うのは簡単だが、やり遂げるのは難しい。だがそれを乗り越えれば、彼女はすぐに名を馳せるようになるだろう。
そんな彼女につきあう中、厄介な連中に絡まれてしまった。
自分自身に挑まれただけならば軽くあしらうが、彼女のことを引き合いに出されたのではたまったものではない。
だが、やはり肩が上がらずボールが返せない。それで調子に乗った連中は、ここぞとばかりに球を打ってくる。
「怪我人相手に全力でやるなんて卑怯たい!」
「真剣勝負ってのはそういうもんだ!」
本来の力を出せていれば、こんな連中すぐに打ち負かしてやるものを、と左肩の違和感が拭えないままのラリーが続く。連中の一人が放ったその言葉が、腹立たしくてしょうがないのに。
確かに真剣勝負ならば、怪我人だろうとコートに立つ者に対して全力でぶつかるのが礼儀だ。あの時、跡部がそうしてくれたように。
だがこの連中は、真剣にテニスをしているわけではない。真剣に、手塚国光という男を嬲りたいだけなのだ。そんな連中が、真剣勝負などという言葉を使うのが腹立たしくてならない。
しかし、どうにも腕が上がらない。右手で相手をすることも可能だが、それでは意味がない。テニスをするためにここに来て、テニスができないまま東京には戻れないのだ。
容赦ない打球が襲ってくる。こんなものも返せないのかという、自分自身への怒りがこみ上げてくる。
なぜ肩が上がらない。医師はもう大丈夫だと言ったはずだ。
本当にそうなのか? 思いきり肩を上げたら、またあの時の激痛が膝をつかせるのではないか?
肩を押さえてしゃがみ込む手塚を見て、ミユキが代わって相手になるとコートに立つ。中学生相手に馬鹿なことをと言うが、彼女は聞かなかった。
最初は上手く返していたけれども、だんだんとそれができなくなる。男子中学生と女子小学生では力の差がありすぎる。
それでも彼女は小さな体で負けるのを拒んでいた。
――――お前は何をやっているんだ、手塚国光。
年下の少女がイップスを克服してまでテニスをしているというのに、なぜ自分はこんなところにじっと佇んでいるのか。全国制覇が聞いて呆れる。
――――こんなところで立ち止まっていていいわけがない。柱であろうとした俺は、こんな中途半端なところで……!
あれを最後の試合になどしたくない。全力を出せた試合だけれども、だからこそまだ終われない。
じわ、じわ、と体の奥から熱いものがわき上がってくるようだ。
あの時、彼に掲げられた右手が熱い。ラケットを握った左手が疼く。
「……!」
連中は容赦なくミユキの小さな体に打球を当てようとしている。コースを誤ったわけでなく、わざとだ。足がもつれ転んだミユキがとっさに頭を抱えた瞬間、考えるよりも早く体が動いていた。
パァン!
聞き慣れたインパクト音が耳に響く。さあっと、体中の血が入れ替わったかのような妙な感覚を味わった。
肩が上がる。思うように動く。痛みはない。
わずかな違和感は、久しぶりにここまで動かしたせいだろう。
手塚は目を大きく見開いた。なんてことだ。ミユキにイップスを克服しろと言った手塚自身が、イップスの罠にはまっていたなんて。自身のためだけでは、克服するどころか気づけてさえいなかった。
「何年テニスをやっているんだ? ボールも、ラケットも、人を傷つけるためにあるんじゃない」
コロコロと転がってきたボールを拾い上げ、構える。手のひらに感じるボールの感触を、どうしてか懐かしくさえ思った。
「礼を言うぞお前ら」
さあ次はどいつが相手だと挑発して、手塚はテニスができる幸福を実感する。
――――まだ戦える。間に合うぞ……全国へ……!
そうやって、絡んできた連中を完膚なきまでに叩きのめし、手塚国光は復活を遂げた。
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