- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
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そのすべてを覚えたら
11月11日、午後11時11分。手塚国光は、つきあって11年目の恋人の前で、正座をしていた。
「お前なあ……」
恋人は細くはない腰に手を当て、上から見下ろしてくる。今日もその瞳は綺麗だななんて思うが、これは口に出さない方がいいのだろうと手塚は口を引き結んだ。
怒っている、のだろう。それは明白だ。原因は、恐らく、アレだ。テーブルの上の、菓子の箱。
「なんだってこんなに大量に買ってくんだよ!? お前元々こういうのハマってるわけじゃねえだろ!」
それをビシッと指さして、恋人――跡部景吾は声を荒らげた。跡部の言うことは確かなので、手塚はこくりと小さく頷く。まるで悪びれていない様子に、跡部の眉間のしわがさらに深くなった。
「1つや2つならまだしも、なんで駄菓子が7,……8、9個もあんだよ!?」
「駄菓子ではない、季節限定のは高級チョコを使ってあると書いてある」
「俺様には充分駄菓子だ! なんなんだよ……甘いの食いたかったにしても、多過ぎんだろ……」
跡部が駄菓子というのは仕方がない気がする。彼の口に入る物はほぼほぼが高級品だからだ。大きなため息を吐きながら跡部は一つの箱を取る。サクサクのビスケットを芯にチョコレートをコーティングしてあるものだ。同じ商品なら、何か買う個数によって特典でもつくのかと考えるだろうが、手塚が大量に購入してきたのは銘柄もメーカーも違う物。だからこそ跡部も首をひねっているのだろう。
「スーパーに寄ったら安売りをしていたので、つい買ってしまった」
「は?」
告げた事実に、跡部が素っ頓狂な声を上げる。予想外の答えだったのだろう。ぽかんとした顔からは、すっかり怒気が失せていた。
「3つ買うと安くなる仕組みだったんだが、選び切れなくて、その数になったんだ。すまない。賞味期限はまだ先だから、無駄にすることはないと思うが」
「は、いや、しょ……あのな……」
これがナマの食材だったらどうなっていただろうか。サステナブルどころではない。一緒に暮らしているとはいえあまり時間が合わないせいか、久しぶりにゆっくりできるということに浮かれてしまった感もある。勝手をしたということで、ケンカから別れ話になる可能性だって……いや、な……ある、かもしれない。手塚は膝の上で拳を握った。
「俺はそんなことで怒ってんじゃねえ。……というか怒ってるつもりもなかったんだが……悪い、大きな声を出しすぎたな」
跡部は天井を仰ぎ、片手で顔を覆う。あー……という抑揚のない声がリビングに吸い込まれていった。
そうして顔を正面に戻した跡部の瞳が、もう一度見下ろしてくる。
「本当にそれだけが理由なんだな?」
「ああ、そうだが」
「……ならいい。お前がらしくねえことするから、何か悩みでも抱えてんのかと思った。メンタルにくるようなことがあったのかと……」
手塚は目を瞠った。くしゃりと歪む顔は本当に心配していたようで、胸が痛む。
こんな時、不謹慎ながらも実感する。この男は本当に全力で愛してくれているのだと。
手塚はゆっくりと立ち上がり、そっと左手を跡部の右頬に伸ばす。
「……跡部、触れてもいいか?」
答えを聞く前に、跡部が頬をすり寄せてきてくれる。指の腹で目立つ黒子を撫でれば、安心したように跡部が目を伏せた。手塚はそのまま跡部の体を抱き寄せて、腕の中に閉じ込める。
「心配をかけてすまない。愛されているな、俺は」
「分かってんだったらおかしなことすんじゃねえ。くそ、なんだって安売りなんか」
無駄に消耗しちまったじゃねーかと跡部が小さく悪態を吐く。手塚はその言葉で、ふと思い出すものがあった。
そういえば、商品ワゴンのところにポップが貼られていたなと。しかも、珍しく手書きでだ。
「関係しているか分からないが、今日はポッキーの日とかいうものらしい」
「は? ポッキーって、この菓子か? なんで……」
「11月11日だからじゃないのか。日付が棒状になる」
「あーなるほどね。ったく、そんな戦略にまんまと引っかかりやがって」
変わらない体温を感じて満足したとでも言うように、跡部がぐいと体を押しやってくる。心配させたことにほんの少し怒ってはいるらしい。だが深刻な事態は回避できたようで、手塚は内心ホッとしつつスーパーのポップに書いてあった見慣れない言葉をスマートフォンで検索し始めた。
ポッキーゲームというのはなんだろう。そんなことを思いながら。
検索してすぐに表示されたところを見るに、メジャーなゲームのようだ。〝ポッキーゲームとは〟という分かりやすそうなリンクをタップして、読み進める。
そうしたのを後悔した。
ポッキーゲームの正体を知った手塚は項垂れ、頭を抱える。決してそういうつもりではなかったのだが、レジを担当してくれた店員にはどう思われたことだろう。
「手塚? どうした」
「いや……スーパーで見慣れない言葉を見たので、検索してみたんだが」
「あん?」
「ポッキーゲームというもので、今日この日、よく行われるらしい」
ゲームと聞いて、跡部の目の色が変わる。ゲーム=勝負と捉えてしまうのは仕方のないことだ。しかも、お互いに。
「ポッキーゲームだぁ? なんだよ、面白そうじゃねーの。ああ、だからこの菓子が安売りされてたのか。どんなゲームなんだ?」
言いながら、跡部はすっと手を伸ばしてくる。ポッキーゲームとやらのやり方を検索した画面を見せろということらしい。手塚はほんの少しためらって、顛末を渡した。
「跡部、言っておくが俺は知らずに買ってきたんだからな」
「やけに及び腰じゃねーの。そんなにおかしなもんなのか? …………は……ん、なるほどな?」
跡部は説明のページを見て理解したようで、にやにやと楽しそうに口の端を上げている。揶揄う腹づもりなのが丸わかりだ。
「キスしたいならそう言やいいじゃねーの」
「だから、俺はそういうつもりで買ってきたんじゃない」
「まあいいじゃねーか。せっかくあるんだし、やるか? ポッキーゲームとやらを」
「やらん。食べ物で遊ぶんじゃない」
「相変わらず堅いヤツだな」
む、と尖らせた唇にはキスをしたいが、このゲームの趣旨はそういうものではないはずだ。
「これはたぶん、恋人でない者たちがやるのだろう。恋人ならこんなものを口実にせずともキスができるだろう」
好意を持っている相手への分かりやすすぎるアプローチ、もしくは罰ゲームという位置づけになるはずだ。手塚と跡部では、このゲームが成り立たない。
「ん、まあ……そうだな。俺たちはキスすんのに口実なんていらねえからな」
跡部が、両腕を首の後ろに回してくる。「ん?」と促すように小首を傾げる仕草が可愛らしくて、手塚は跡部の腰に腕を回した。
「何度してきたんだろうな、キス」
「さあ……数えているわけではないからな」
「感触も温度も、もう覚えちまってる」
「そうか? 俺はまだ覚えられていないかもしれない」
「なんだとてめぇ」
ピキリと音がしそうな動きで眉が寄せられる。誤解は早めに解こうと、指先で跡部の唇をなぞった。
「だから覚えさせてくれ。ここに触れたい」
跡部の目が、ぱちぱちと瞬かれる。それはややあって幸福そうに細められた。
「いちいち回りくどいんだよ、てめぇは。……唇だけじゃなく、俺のすべてを覚えてろ」
そう言って、そっと眼鏡を外してくれる。丁寧につるをたたんでくれる仕草に、やはり全力で愛されているのだと思う。
ならばこちらも全力で愛そうと、唇を覆った。ベッドまで行く時間さえ惜しくて、そのまま二人でソファに倒れ込む。
この感触と温度を覚えるために、今日はどれだけ肌を合わせようか。
たとえ疲れてしまっても、糖分ならここにたくさん積んであるから、心配はいらないはずだ。
「なぁ、あれ……あとで一緒に食べような」
「ああ……そうだな。俺がお前のすべてを覚えたら」
「ふふ、ばぁか……」
覚えたい唇の感触がだんだんと濡れていく。新しい感覚がやってくる。いったいいつ、すべてを覚えられるだろうか。そんなことを思いながら、手塚は丁寧に跡部に触れていった。
跡部が、その後棒状のチョコ菓子にハマってしまったのは、想定外のようなそうでもないような。
#両想い #ラブラブ #未来設定 #ポッキーの日
恋を羽織る
「狭いな」
部屋に通されて最初の言葉がそれだとは、さすが跡部景吾だ。
「お前の部屋に比べたら、どこでも狭いだろう」
知らないが。手塚はそう付け加えて小さくため息を吐く。跡部はそれに、「冗談だ」と返してきた。
手塚も、それほど跡部の言動を気にしているわけでもない。ベッドと勉強机とチェスト。一般的な広さと家具だし、何も不便などない。そもそも『跡部景吾』の言動をいちいち気になどしていられるものか。何しろ日本屈指の財閥の御曹司だ。狭いというのも、本音ではあるのだろう。
生活環境や価値観などは、違っていて当然だ。
違うからこそ、惹かれてしまう。
きょろりとゆっくり部屋を見渡す跡部を、ちらりと視線だけで見やる。少し前からは考えられないことだ。跡部景吾が自分の部屋にいるなんて。落ち着かない気分で学ランを脱ぎ、畳んでチェストの上に置いた。
どうしてか視線を感じて振り向くと、パッと逸らされる。若干気分が降下しながらも、跡部の視線が自身の上着に移ったのに気づいた。
「……上着、かけておくか?」
くつろげないだろうとハンガーを手に取れば、跡部が苦笑しながらボタンに手をかける。指先で器用に外して腕を抜いていく様を、じっと凝視してしまった。おかしな思考にならないうちにハンガーを手渡して、手塚は踵を返す。
「座ってろ、お茶を入れてくる」
「ん、ああ」
ハッとして跡部が返事をしてくる。ぎこちないと思ったのは、初めて訪れた場所だからだろうか。そう思いながら、跡部を部屋に残して階段を降りた。制服姿をまだ見慣れていないせいか、心臓が必要以上に速い気がする。
落ち着かなければいけない。何も特別なことはないのだから。今日はただ、跡部が読みたがっていた本を貸すことになって、初めてテニスを絡めずに同じ時間を過ごすというだけだ。
だからこの厄介な恋情は、今は押し込めていないといけない。
キッチンへ差しかかった辺りで、なぜ、と思う。なぜ抑えないといけないのだろう。手塚国光が跡部景吾を好きだという事実は、もう何をしようと変わらないのに。それならばむしろ、言わない方が不誠実なのではないだろうか。
「珍しいのね国光。お友達連れてくるなんて。学校も違うようだし」
「氷帝の……他校のテニス部部長なんです。試合を経て、……親しく、なれたと」
「そう。もっと仲良くなりたい相手、ということね。国光、嬉しそう」
母親がお茶を入れてくれる。このカステラは父の好物ではなかったかと彼女の顔を見やったら、内緒ねと唇に人差し指を当てられた。母親というものには敵わないと、こんな時いつも思う。きっと、気づかれたのだろう。
「そうですね」
否定することはせず、入れてもらった紅茶とカステラ、フルーツのゼリーをトレーに載せ階段を上がった。
「跡部、入るぞ」
「ああ」
声をかけると、跡部がドアを開けてくれる。普段は開けてもらう側だろうに、こうやって気の利くところは好ましい。
「すまない、助か……」
だが、次の瞬間そんなほのかな想いが吹き飛んでいった。手塚は目を瞠る。トレーを落とさなかったのは、褒められてもいいくらいだろう。
「な、……にをしてる、跡部」
何しろ、跡部が学ランを羽織って待ち構えていたのだ。それは間違いなく手塚のものだろう。困惑ばかりが襲いかかってくる。
「ん? ああ、これかよ。悪い、ちょっと気になっちまってな」
硬直した手塚に気づいたのか、跡部の視線が肩の学ランに落ちる。それでも脱ごうとはせず、手塚は頭の中の混乱を結んでぽいと放り投げ、ため息一つで平静さを取り戻した。
「ああ、氷帝はブレザーだしな。だからといって何も人のを勝手に羽織ることもないだろう」
「怒るなよ」
「怒ってはいない。呆れているんだ。ほら、脱……いや、いいが」
脱げと言い掛けて、破廉恥な思考になりそうで踏みとどまる。跡部がそうしたいというなら放っておこうと、小さなテーブルを出して紅茶を置き、カステラとゼリーを並べた。
「サンキュ。美味そうじゃねーの」
「桃と葡萄、どちらがいい?」
「桃がいいな。そっちも一口くれ」
桃のゼリーを跡部の方に差し出して、手塚は再び硬直する。違う方も食べてみたいという気持ちは理解できるが、心臓に悪い。だが断る理由もない上に、非常に可愛らしくて頷いてしまった。
跡部のスプーンが葡萄のゼリーをすくっていく。つるりと吸い込まれていく唇に、どうしても目が行ってしまった。
「ほら手塚、こっちもやるよ」
「え、あ、ああ」
「食わせてやろーか?」
「結構だ」
どうにか平静を装って、桃のゼリーをすくって食べる。あまり味がしないのは、緊張していたせいかもしれない。
跡部はどうも学ランが気に入ってしまったようで、ずっと肩に羽織ったままだ。寒いというわけでもないだろうに、たびたび指先で触れる仕種が目に入る。氷帝のシャツの上に羽織られる青学の学ランというのは、愉快な光景だ。
跡部の体を、自分の学ランが包んでいるというのは、良くない光景だ。そんなことは絶対にないのに、跡部を抱きしめているような錯覚に陥ってしまう。
「なあ。そういやこういう学ランて、卒業式に第二ボタン分捕られるって聞いたが、そうなのか?」
ふと思い出したように、跡部が第二ボタンを見下ろして撫でる。分捕られるという表現はどうなんだと思いつつ、手塚は眼鏡の位置を直した。
「どこからの情報だ。まあ確かに、昔からそういう風習はあるようだが。意中の相手の、心臓にいちばん近いところのボタンをもらいたいという想いかららしい。もちろん、男の方からボタンをやるというのもあるな」
「ふぅん? 心臓に近いっていったら、中のシャツでもいいようなもんだが。そこはロマンてヤツか?」
手塚も跡部も、中学三年生。あと何ヶ月かすれば、中等部を卒業しなければいけない。卒業式には、いくつかのボタンが飛び交うことになるのだろう。基本的には持ち上がりの高等部に進学するというのにだ。
しかし、手塚は卒業したら青学の高等部には上がらずドイツに行くと決めている。もっと強くなるために。
この恋はここに置いていかなければいかなければならないだろうか。せっかく初めての恋だというのに。
やはり、告げておいた方がいいかと思う。告げられないまま離れたら、きっとずっと引きずってしまう。せっかく二人きりなのだし、今言ってしまおうかと、口を開いた。
「跡部」
「第二ボタン、お前も誰かにやる予定あんのか?」
出鼻をくじかれた気分だ。話の流れとしてはおかしなものでもないが、このタイミングでは勘弁してほしかったと、手塚は頭を抱える。
「いや、やる……というか、もらってほしい相手はいるが……」
「へえ、そういう相手がいんのかよ。お前も隅に置けねえなあ」
ふっと笑いながら跡部が言う。これは脈も何もないなと、手塚は盛大にため息を吐いた。いっそ卒業式に氷帝学園に行ってボタンを押しつけてやろうかとさえ思う。
どうするのが正しいのだろうか。脈もないのに告げて、跡部は困らないだろうか? もう友人としてさえつきあえなくなるのは、嫌だ。それならば、黙っていた方がいいのかもしれない。初めての恋だが、初めてだからこそ壊したくない。
逃げるのか、と言われても、そうだとしか返せない。
あと少しだ。あと少ししか一緒にいられないのだから、その間くらいは〝親しい〟のだと錯覚させてほしい。衣服を羽織られるだけで触れているような気になる、そんな馬鹿げた錯覚でも構わない。
「……そっか……いんのか……」
跡部の、沈んだ声が耳に届く。いつも強気な彼にしては、珍しいものだった。
「行く当てがねえんなら、可哀想だから俺様がもらってやっても良かったんだけどな」
「………………は……?」
何を言われたのか分からない。もらってやっても良かったというのは、どういう感情からなのだろうか。
「大石とか、不二とか、引く手数多だろ。ふふ、てめェはどうだよ、手塚ァ」
真意を訊ねようとしたところで、もういつもの口調に戻った跡部が笑う。単純に、欲しがる相手がいるかどうかということらしい。もう何も期待するものかと眉間にしわを寄せた。
「そういうお前はどうなんだ、跡部。氷帝には、そういう習慣はないのか?」
「ウチはネクタイだな。卒業式でなくても、恋人とネクタイ交換して着けてるヤツはいるみたいだぜ」
言いながら、跡部は指先でネクタイをすくい上げる。絡んだそれは、運命の赤い糸のように見えた。
「誰かにあげるのか」
「いや、誰にも。跡部景吾が誰か一人のものになるわけにはいかねーだろ」
跡部景吾という男が、多くの人間に慕われているのは知っている。それらに平等に接しているらしいことも。もしや自分もその中の一人なのかと思うと、無性に腹が立った。同時に、悔しくて仕方がない。このままでは、跡部の中でなんの意味もない存在になってしまう。
「お前の博愛主義をどうこう言うつもりはないが、それなら俺が欲しいといってももらえないのだな」
「………………は……?」
「俺は跡部のネクタイが欲しい」
「な、に、言って」
跡部の目が大きく見開かれる。逆に、手塚の目はすっと細められた。
「意味が分からないほど馬鹿じゃないだろう」
「テメーこそ意味分かって言ってんのかよ! 俺のっ……ネク、タイ、欲し、い、とか」
「氷帝そちらの風習を充分に理解した上で言っている」
跡部の顔が見る見るうちに赤く染まっていく。それは珍しいものを見たと思わせ、手塚はぱちぱちと目を瞬いた。青い瞳はゆらゆらと泳ぎ、唇が震えているように見える。
「だ……って、お前、ボタンやりたいヤツがいるって……今言ったばっかじゃねえかよ……」
「いや、だからそれは」
「俺の首欲しがるってんなら、お前も心臓よこすのが筋ってもんだろ! 学ランごとよこせ!」
跡部は言いながら、第二ボタンごと学ランを握りしめる。手塚は目を見開いた。
言葉で、まっすぐな瞳で、分かりやすい仕種で、欲しがってくれている。一瞬遅れてそれを理解して、思わず学ランごと引き寄せていた。
「んっ……」
気がついた時にはもう唇同士が触れていて、ほんのりとフルーツゼリーの味がする。思いがけず叶ってしまった恋は、この唇でこれからゆっくり語り合えるだろうか。
唇を離すと、感触を確かめるように指先で撫でながら、跡部が右肩に寄りかかってくる。
「……手が……早ぇ……!」
押し殺したような声は、責めているのか喜んでいるのか分からない。手塚はひとまず自分に都合の良いように解釈してから、跡部の体を学ランごと抱きしめた。これで、錯覚なのではなくなる。確かに自分の腕が抱いているのだと実感して、耳元で囁いた。
「好きだ、跡部」
ややあって、応えるように跡部の腕が背中に回ってくる。
「……俺も、好きだぜ手塚」
抱き合った互いの体温はシャツ越しでも温かかったが、そんな恋人たちの傍では紅茶が徐々に冷めつつあった。
#両片想い
指を絡めた後に
荒い息が、コートに響く。どちらがどれだけポイントを取っているか、もう忘れてしまった。
この男とのテニスなら勝敗にはこだわりたいけれど、それ以上にいつまでも続けていたい。勝敗か、時間か。どちらが大切かなんて、決められない。
汗がしたたり落ちる。それがたまらなく美しく見えて、心臓がドクンと音を立てた。
高揚する気分が、おかしなものまで連れてくる。その感情の存在には気づいていたけれど、言いたくない。音にしてしまったら、もう絶対に止められないのが分かっている。
いつまでも続けていたい。そう感じているからこそ、この一人きりの勝負に負けるわけにはいかなかった。
汗で、握ったラケットが滑る。ボールはフレームに当たって高く弧を描き、狙い澄ましたスマッシュで撃ち抜かれてしまった。
「いったん切り上げるか? もうこんな時間じゃねーの」
「……そうだな」
油断していた、とラケットを握り直すけれど、ネットの向こうの相手――跡部景吾はラケットを下ろしてしまう。仕方なくネットへと歩み寄って、右手を差し出した。真ん中で重なる手は、汗ばんでいる。それが不快でないのは、テニスに打ち込んだ証明だからだろう。跡部の方はどう思っているか知らないが。
「……お前の手って、わりとでかいな」
「そうだろうか? 普通だと思うが」
手を持ち上げられて、手のひらを上向かされる。そんなことはないと思うが、そういえば誰かと比べてみたことはなかったかもしれない。
「人差し指が俺より少し長い」
俺の右手と跡部の左手が向かい合わせで重なる。ぴったりと合わさって、じんわりと汗が混ざった。息を呑んだ音は、聞こえていないといいんだが。
そんな俺をよそに、跡部は指先を順番に合わせてくる。親指、人差し指、小指、中指、薬指。丁寧に触れられて、胸がざわついた。
「ほら」
「人差し指が長いだけで、俺の手が大きいとは判断できないだろう。それを言うなら、お前は薬指の方が長いんだな」
「あ……本当だ」
曲がっていた関節がぴんと伸びて、指先が少しだけずれる。指の長さは人によって違うと聞いたが、こんなふうに見る機会はなかった。
この手がラケットを握っているのかと思うと、なんとも言えない気分になる。敬いたい気持ちと、純粋な興味と、純粋でない欲望が自分の中でせめぎ合う。
このまま握り締めて引き寄せてしまおうか。
……できるわけがない。
この手はラケットを握るためにあるのであって、俺が指を絡めるためにあるわけではないんだ。
不埒な欲望に、跡部景吾を巻き込むわけにはいかない。この気持ちは抑えこまなければならない。
人差し指が、ピクリと動く。我慢しようと思えば思うほど緊張して力がこもってしまった。
そうしたら、同じように居跡部の薬指が僅かに揺らぐ。不思議に思って跡部を見やれば、なぜか困ったように片眉を上げていた。
「跡部?」
「…………なあ手塚、嫌なら拒んでくれていいんだがよ。この指……絡めてみてもいいか」
何を言われたのか分からない。俺の気持ちが、そのまま音になってしまったのかと思った。
都合の良いように解釈してもいいのだろうか。いや、跡部は単に指を絡めることに興味があるというだけなのかもしれない。……どんな興味だ。
「構わないが……一つ頼みがある」
「な、んだよ」
「――俺も指を絡めてみてもいいだろうか」
思い切って音にしてみれば、跡部が目を見開く。ああ、綺麗な青だ。さっとわずかに染まった頬は、やはり期待していいものか。
「……ああ、いいぜ」
許諾されて、ドキンドキンと胸が胸が鳴る。
そうして俺たちは、互いに見つめ合ったまま指を絡め合った。ゆっくりと、ゆっくりと。
そんなことで何か分かるのか。
こんなことで何か変わるのか。
指の付け根まできゅっと絡ませ合い、ひとつ瞬く。
たぶんそれが、二度目の交錯を認識した瞬間だったんだ。
一度目は、あの夏の暑い日。
長いタイブレークを交わした試合の中で、テニスに対するお互いの思いを知った。
そして、今日。
俺たちは言葉もなく、唇を重ね合わせた。
#両片想い #BOOST🙏
贈る側のはずなのに(10/04)
テニスをしないか。
悩みに悩んで俺がそう言った時の跡部の顔は、いつになく嬉しそうだった。
「珍しいこともあるもんだなぁ、手塚。お前の方から俺を誘ってくるなんてよ」
ひとしきり打ち合って楽しんだ後、ベンチで水分補給をしながら跡部が笑う。そうだろうかと考えかけて、まあそうだなとすぐに肯定した。声をかけるのは、いつも跡部の方からだったからだ。断る理由もないどころか、渡りに船とばかりに俺は一も二もなく頷いていたんだが、今日ばかりは俺の方から誘いたかった。
今日は跡部にとって大切な日だ。この世に生を受けた日。いわゆる誕生日というヤツだな。
額を、頬を伝う汗がきらきらと輝いているこの男が、生まれた日。
「迷惑だったか?」
しかし予定が空いているとは思わなかった。何しろこいつは跡部景吾だ。パーティーだとかなんだとか、絶対にあるだろう。そんなに忙しい日になんで俺の誘いを受けてくれたんだ。テニス馬鹿としか言い様がない。
「んなわけあるか。パーティーの開始時間も少しずらせたしな。……ハ、今日という日にテニス、ね。お前らしいが」
ああ、やはりパーティーがあるのか。これは気づかれているのだな。今日誘った理由に。
「これ、誕生日プレゼントのつもりなんだろ? テニス馬鹿のお前らしい発想じゃねーの」
「……テニス馬鹿というのは、お前には言われたくないが」
「フ……じゃあ、傲慢だとでも言ってやればいいか? お前とのテニスを俺が喜ぶと思ってんだろうが」
ぐっと言葉に詰まった。何をプレゼントすればいいか分からなかったというのは、言い訳でしかないのだろうな。だって仕方がないだろう。跡部景吾だぞ。欲しいものは何でも手に入るだろうし、自分の力で手にするという男だ。そんな相手に、何を贈れと言うんだ。しかも、跡部の印象に強く残るようなものなんて、そうそうない。
「まあ、その判断は正しいぜ。お前の思ってる通り、俺はお前とするテニス、好きだしな」
悔しいことに、と言いながらも、跡部の顔は嬉しそうだ。そんな顔をするのはやめてほしい。おかしな期待をしてしまうだろう。
跡部は俺のことを、ただのライバルとしてしか見ていないのだろうに。
俺だけが恋情を抱いている。それは分かっているんだ。だからこそ、他の誰にもできない贈り物を選んだつもりだ。俺自身も楽しんでしまったが、テニスなのだから仕方がない。
「誘ってくれて嬉しかったぜ。お前の誕生日には、俺の方から誘ってやるよ」
「それはいつもと変わらない気がするが」
「嫌なら……控える」
「そんなことは言っていない。俺はお前とテニスがしたいと思っている」
ベンチから腰を上げて帰り支度を始めてしまった跡部に、俺は慌ててそう返した。「やめる」ではなく「控える」というあたりはなんだか嬉しい。跡部は本当に俺とのテニスを楽しみにしてくれているらしい。
「ん、なら予定空けておけよ。七日、青学に迎えに行ってやるから」
いつもと変わりなくても、跡部と一緒にいる時間が増えるならそれは幸せなことだ。しかも、俺の誕生……日……、待て。なんで俺の誕生日を跡部が知っているんだ。思わず跡部の腕を掴んでしまった。汗で湿る素肌の感触に、うっかり胸が鳴る。
「な、んだよ」
「どうして俺の誕生日を」
「……………………は?」
跡部が不思議そうな……というより、不審そうな顔をする。俺はそんなにおかしなことを言っただろうか。
「いや、お前……普通知ってんだろ、好きなヤツの誕生日くらい……」
呆れた様子で跡部は呟く。耳を疑った。どういうことなんだ。好きなヤツというのは、つまり、俺のことか。跡部が、俺を……? まさか、そんな都合のいいことがあるわけがない。
「おい手塚、なんで今さら驚いてんだ。まさかとは思うが、俺の気持ちに気づいてなかったのか?」
「ま、待て跡部、お前の気持ちというのは」
「…………俺がお前を好きなこと、とっくに気づかれてると思っていたんだが。その上で誘ってくれたんなら、脈があんのかと浮かれてたが……どうやら見当違いだったようだな。鈍いにも程があんだろーが」
そんな都合のいいことが――あった。跡部が俺に好感を持ってくれているのは分かっていたが、それがこんな意味だなんて思わないだろう、普通。
項垂れて、顔を覆った。どんな顔をすればいいか分からない。嬉しくて仕方がないのに、先を越されたようで面白くない。
「こんなふうに言うつもりじゃなかったんだが、手塚、俺はお前が好――」
ハッとして顔を上げ、とっさに跡部の口を手のひらで覆う。声を遮られて跡部は目を瞠り、次いで不愉快そうに眉間にしわを寄せた。もっとも、そうしたところでこの男の美しさが損なわれることはないんだが。
「すまないが先に言わせてもらうぞ、跡部。俺はお前が好きだ。恋という意味で、跡部景吾に惹かれている」
よかった、これで俺の勝ちだ。
跡部の目が先ほどより大きく見開かれて、は、と訝しむ吐息が手のひらに当たる。信じられないのだろうか。そうだろうな、俺だってすぐには受け止められない。
だけど、驚いてなのか力をなくした跡部が膝から崩れそうになるのは受け止めてやれた。かすかに震えているように思うのは、どう捉えたらいいのか。怒りなのか、歓喜なのか分からない。
「お……れさまの告白を遮ってまで言うとはいい度胸じゃねーの、手塚ぁ……!」
低い声が耳に届く。これは怒っているのか。まあ口を塞がれたのではいい気はしないだろうな。すまないとは思うが、負けたくなかっただけなんだ。嫌われてしまっただろうか。
「跡――」
衿をぐいと引かれる。きらきらと光る髪が視界を襲ったかと思った次の瞬間には、唇が触れていた。柔らかく食まれて、驚愕に目を見開く。
「これで一勝一敗だろ、アーーン?」
なるほど先を越されたくないと思ったわけだな。そんな状況でファーストキスはどうかと思うが、俺と跡部である以上は勝負になってしまうのも仕方がない。頬が赤くなっている跡部も可愛いし、ここは負けておいてやるとしよう。
「……では、これで俺とお前は恋人同士ということで良いんだな」
「お前のが冗談じゃねーならな」
「俺は冗談など言わない」
そうかよ、と俯きながら呟く跡部は、耳まで赤くなっている。思わず抱き寄せてしまったが、恋人なのだから問題ないだろう。現実なのだと認識したくて、俺は跡部を強く抱きしめる。
「跡部、……誕生日おめでとう」
「ああ、ありがとよ。最高のプレゼントじゃねーの、手塚ァ!」
「贈る側のはずなんだが、俺の方がプレゼントをもらってしまったように思う」
「バーカ、お前へのプレゼントはこんなもんじゃねーからな。覚悟しとけ」
跡部が嬉しそうに強く抱き返してくれて、胸が鳴る。もっと早く告げていれば良かったとも思ったが、跡部が喜んでくれたのだから、まあ、よしとしておこう。
その後、引っ張り込まれたパーティーで、氷帝メンバー相手に恋人宣言された時には、どうしてくれようかと思ったが。
#両片想い #誕生日
GOOD MORNING :Atobe
発行物「永遠のブルー」・「情熱のブルー」の1エピソード
ベッドの上で目を覚ますと、見慣れない光景が広がっていた。
自分のものではない肌の色。ぼんやりとした意識がはっきりとするにつれて、自分の体に巻きつく誰かの腕があるのに気がついた。
――――いや、誰かの、なんて……。
恋人のものに決まっているのに。決まってはいるが、こうして一緒に朝を迎えるのは初めてなんだ。驚きと歓喜に打ち震えてもしょうがない。
――――大事そうに抱きしめてくれやがって。
正直、こんなことになるなんて思わなかった。ずっと片想いだったし、そろそろ自分の気持ちにケリをつけなきゃならねえと思ってはいたんだ。コイツが――手塚が大事な相談があるなんて言うから、てっきりどこぞの女との結婚だろうと踏んで、ひとり涙を呑んでたってのに。
――――好きだ、ってよ……愛してるって、言ってくれた……コイツが。
まだ実感が湧かないか? なんて手塚に訊ねた俺の方こそ、実感がなかった。だってよりにもよって手塚国光だぜ? テニスしか興味のなさそうな顔したカタブツ相手じゃ、俺の恋はおろか誰の恋だって叶いそうになかったのに。
こんなに大事そうに抱きしめながら眠るような男だったなんて。
「跡部……起きたのか?」
「……っ起き、て、たのかよ。人が悪いな」
「先ほどまで寝顔を眺めていたが、無防備なお前は可愛らしいのだな」
「なっ……!」
読み切れなかった。コイツはこういうことを言うのかよ……。くそ、悔しい……跡部景吾ともあろう者が、こんな手に落ちるだなんて。
「フン……俺の無防備なとこなんて、散々見ただろうがよ」
「ゆっくり堪能できる余裕があったと思うなよ」
「…………お前、割とガツガツしてんのな、こっち方面」
「すまない……お前があまりに色っぽいので」
心なしかしょんぼりとした声音に笑って、あちこち痛む体を起こす。痛みさえ嬉しいなんて、俺も相当重症じゃねーの。まあ十年こじらせてたあたり重症で当然なんだが。
「メシ、どうする? ルームサービス取るか。さすがに今夜のパーティーまでベッドでゴロゴロってわけにもいかねえだろ」
「そうだな。そういえば腹が減っている気がする」
「あれだけ動けばな」
手塚も起き上がって眼鏡をかける。今日も腹立たしいほどいい男だな。
こんな男が俺の恋人かって思うと、胸の辺りがくすぐったい。見える世界が色彩さえ変えちまったように感じる。
俺はそっと手塚に唇を寄せてキスをした。
「モーニン、ダーリン。今日も愛してるぜ」
「ああ、おはよう跡部。俺もお前をとても愛している」
ハニーと返ってこないところはさすがだが、そんなことはどうでもいいさ。俺が手塚を愛してて、手塚も俺を愛している。
「今日はさすがにテニスはできそうにないな。次からは加減をしたい」
それと、テニス。
「ああ、よろしく頼むぜ」
俺の世界には、それだけで充分だ。
#両想い #ラブラブ #未来設定 #BOOST🩵 #永遠のブルー #情熱のブルー
GOOD NIGHT :Tezuka
発行物「永遠のブルー」・「情熱のブルー」の1エピソード
「大丈夫か?」
そう声をかけると、「あぁ……」と気怠げな声が返ってくる。無茶をさせてしまった手前なにも言えなくて、せめてバスタブの湯加減が彼にとって心地の良いものであるようにと祈るのみだ。
広いバスタブはさすがセミスイートといったところだろうか。大きな窓から見える夜景も申し分ない。
ちゃぷりと音を立てて湯を揺らし、縁に突っ伏す跡部の肌には、いくつもの痕跡が散らばっていた。目に毒だなと視線を背け、備え付けのタオルを持ってくる。
先ほどまであのしなやかな肉体をいいようにしていたのかと思うと、いまだに夢心地だ。
ずっと片想いだと思っていた。彼に恋をしてからほぼ十年。
好きな相手がいると知って、いい加減に自分の気持ちに決着をつけようと、優勝したら想いを告げて踏ん切りをつけるはずだったのに。どうやら彼の方も、同じ想いを抱えていたようで。
「跡部、そのままでは腕が痛いだろう。タオルを敷くといい」
同じ想いを知って抑えきれなかった衝動が、彼を――跡部景吾を何度も貫かせた。
立てないと弱々しく呟くのを申し訳なく思ってはいるのだ。疲れ切った体を癒やそうとする跡部に、そっとふわふわのタオルを差し出す。
「あー、そんなのいいから、お前も来いよ、手塚ぁ」
「よくない。腕を痛めたらどうするんだ」
「テメェが言うな」
自分たちはプロのテニスプレイヤーだ。人一倍、体には気を遣わなければいけないというのに。中学生だった頃、確かに無茶な試合をした自分が言えることではないのだが。
跡部は縁から体を起こし、諫めるような、責めるような眼差しを向けてくる。
……テニス云々を抜いても、あれだけ激しい行為をしてしまったのは、謝らなければいけないだろうか。
「鈍いヤツだなテメーはよ。せっかく恋人になったんだから、少しくらい甘ったるいことしてぇのに」
「……甘ったるい、こと?」
「いいから脱げ。それとも脱がせてほしいのか?」
ローブに手を伸ばされて、とっさに避ける。酔っているわけではないようだが、彼のしたいことが分からない。
しかしここは従っておいた方が良さそうだ。何も機嫌を損ねたいわけではないのだから。
脱いだローブをたたんで、バスタオルの上に置く。何が楽しいのか、バスタブの方から跡部がマジマジと眺めてきていた。
「いい体してんな、さすがに」
「今さら何を言っているんだ」
「散々見たくせに、ってか? じっくり眺める余裕があったと思うのかよ」
手招かれて、湯船に体を沈める。
「お前の熱を追いかけるので、精一杯だったぜ」
言いながら、跡部は足の間に腰を下ろしてくる。全裸でこの体勢は良くないのではないだろうか。
跡部の背中が胸にもたれてくる。ふうーと心地よさそうな呼吸が聞こえて、なるほどこうしたかったのかとようやく気がついた。
怒られないだろうかと思いつつ腹に腕を回してゆったりと抱けば、満足げな顔が振り向いてくる。
「放すんじゃねーぞ、この手」
「無論だ。何しろほぼ十年越しで捕まえたのだからな」
「……そんなに根に持ってやがんのか」
「別に」
「別にって顔じゃねーな、ばーか」
跡部が両腕を回して抱きついてくる。唇にキスまでくれる。治まってはいるが落ち着いたわけではない劣情を煽っているのだろうか。それなら覚悟してもらいたいが、ゆっくりキスを楽しむのも悪くはない。
叶わないと思っていた分だけ、触れたい。もっとキスをしたい。
「愛してるぜ手塚。言えなかった十年分、お前に全部やる」
「それはこちらの台詞だ、跡部。十年という年月を甘く見るなよ」
おかしそうに笑う跡部に口づける。足らなかった言葉も、触れられなかった指先も、すべて跡部にやりたい。あまり上手く伝えられないかもしれないが、この想いは本当だ。
「愛している、跡部。今度また、一緒にテニスをしよう」
「――ああ、最高じゃねーの!」
テニスというスポーツで知り合って、惚れた相手と今もまだその世界にいられる。
こんなに幸福なことはないと、跡部の体を強く強く抱きしめた。
#両想い #ラブラブ #未来設定 #BOOST💙 #永遠のブルー #情熱のブルー
さくら、ひらひら
陽の当たる桜並木を、恋人と二人で歩く。
手をつな繋ぐことはできないけれど、心の方はしっかりとつながっていると思いたい。
「もう散っちまうな。もう少し早く時間が取れりゃ良かったんだが」
「先日の雨で、ずいぶんと散ってしまったからな。来年は満開の時期に一緒に見られるといい」
桜の木を見上げると、花びらを付けている部分はもう少ない。落ちた花びらは道を覆い、時たま吹く風で踊っている。
それもまた風情があるが、本当なら満開の時期に二人で花見でもしたかったと思う心を、手塚は正確に酌み取ってくれる。跡部は「そうだな」と肩を竦め、葉桜に変わりかけた枝を見上げた。
「だが、葉桜もいいと思う。あの緑は、コートの芝と同じ色だ」
「ハハッ、相変わらずテニス馬鹿じゃねーの、手塚ァ」
「何かおかしなことを言ったか?」
言いながら振り向いてくる手塚に、跡部は首を振って微笑む。
この男の頭の中はテニスでいっぱいで、それが跡部には少し寂しくて、誇らしい。
跡部と同じく、テニスにすべての情熱を注ぐ手塚が、本当に愛しい。
自分たちの間には常にテニスがあって、それが自然なのだ。各国の大会で逢う時は敵同士、休日には恋人同士、それが心地良い。
「うわ……っ」
強い風が頬を撫でていく。突然のことに対処ができず、髪が乱れてしまった。指先で梳いていると、ふいに手塚が手を伸ばしてくる。
「花びら」
「ん? ああ、悪い。サンキュ」
どうも先ほどの風で舞った花びらが肩についていたようだ。まだひらひらと名残のような花びらがたくさん舞い落ちてくる。
「こうして降ってくる花びらを掴めたら幸福になれると聞いたことがあるが、これはノーカウントだろうか」
「アーン? ずいぶんロマンチックなこと言うじゃねーの」
風や空気の抵抗を考えると、確かに降ってくる花びらを掴むのは至難の業だろう。
だがしかし、跡部景吾を見くびってもらっては困る。手のひらで顔を覆い、得意の眼力インサイトを発動してみた。
風の流れ、花びらの向き、重さを考慮して、降ってくる小さな花びらを捕まえてやった。
「俺様にかかればこんなもの、朝飯前だぜ」
ほら、とその花びらを突き出してやれば、手塚はどうしてか眉間にしわを寄せた。理由が分からなくて首を傾げる。もしかして手塚も花びらを捕まえたいのだろうかと視線を上向けた。気まぐれな風だ、また吹いて桜の花を散らすだろうと呟きかけた時、
「……花に先を越された気分だな」
「手塚?」
突き出した手を包み込んで、そのまま引き寄せられる。
花びらを掴んでいた指を解くように搦め捕られたせいで、せっかく掴んだ花びらがひらりひらひらと落ちていった。
「花びらなど掴まずとも、お前のことは俺が幸福にする」
は……、と息を吐くように声を立て、ボッと頬が染まるのを自覚する。どうしてこの男は毎度毎度、脈絡もなくとんでもないことを告げてくるのか。惚れているのはこちらの方だけだとは思わないのは、時折こうして馬鹿でかい愛を示してくれるからだ。
今でも充分幸福なのだが、撃ち込まれたサーブは返してやろう。
跡部は空いた手をすっと持ち上げて、人差し指で手塚の唇に触れた。
「ああ、そうだな。俺の桜はここにある」
そうして絡んだ手を引き寄せて、キスでリターンする。満足げに腰を抱いてくる腕に身を任せて、跡部も手塚の背中に腕を回した。
もう風で花びらが降り注いでも、指先が花びらを追うことはない。互いのそれは、相手を抱きしめることにしか使われなかった。
#両想い #ラブラブ #未来設定 #いつ永遠

混ざり合っていた音が、不意に解かれた。止まってしまった演奏に、跡部は顔を上げる。視線をやれば、そこにはバツが悪そうな顔をした男がいた。
「すまない、音を飛ばした」
素直にそう謝罪を入れてくる相手に口の端を上げて、跡部も手を止める。肩の力を抜いて譜面を見直すと、確かに運指が難しい箇所だった。それでも懸命に弾こうとする彼は、とても好ましい。
「構わねーぜ、手塚。慣れねえことだしな。少し休憩するか」
斜めにかけていたギターを下ろし、傍に置いていたドリンクを手塚に向かって放ってやると、左手で器用に受け取ってくれた。
「ああ。しかし、難しいな……ギターを弾きながら歌うというのは」
テニスの合宿に来ているというのに、自分たちは今ギターと歌唱の練習をしている。というのも、協調性を高めてチームの力を伸ばし独創的なプレイで評価を得られる可能性、という突拍子もない提案のせい……もといおかげである。
結束力を高めるというには良いことかもしれないし、楽器を演奏することで筋力の強化ができるというメリットはあった――というのは、建前で通るかどうか。三船入道のお達しを拒否できるわけもないという以前に、フェスと聞いて食いつく男たちが多数いるのだ。
チームを組んでより良い演奏をと言われ、何にでも真剣に取り組み高みを目指す跡部が熱を入れない理由はなかった。
それともうひとつ、同じチームに手塚がいるということが、跡部を熱くさせる理由。
テニス以外は不器用と思われがちな男だし、それは概ね事実でもある。
それでも釣りや登山といった集中力や技術のいる趣味があるのも知っていた。だから一度始めてしまえば、手塚ならばさほど時間をかけずにマスターできるだろうと思ったのだ。
それでも、ギター演奏と歌唱とを同時に行うのは大変らしい。
「さすがのお前も苦戦してるみたいじゃねーの」
くくっと笑いながらそう口にすると、普段からあまり変わらない表情にほんの少し変化が起こる。わずかに目が細められ、眉間にしわが寄ったのだ。本当に、かすかな変化。それを感じ取れる距離が心地良い。
「ただでさえ慣れないことを、同時に二つも行っているんだ。仕方がないとは言いたくないが、もっと鍛錬が必要だ」
「クソ真面目が。ノリでどうにかしようとは思わねえんだよな、お前は」
ため息が混じった前向きな発言に、跡部は苦笑する。手塚という男は妥協を知らないのだ。やるからには全力で、怠慢も油断もなくやり遂げたいという不器用な男である。そんなところが本当に愛おしい。
「同じチームにお前がいるからな。余計に手など抜けないだろう」
それと同時に、憎たらしい。
この男は自覚なく、最高の賛辞を投げてくる。跡部は頭を抱えたくなったが、これしきのことでめげていては手塚と付き合ってなどいられない。
跡部がいるから余計にという気持ちも純粋に嬉しくて、素直に受け止めるだけにしておいた。
「それにしても、お前はなんでもできるのだな。弾けるのはピアノだけではないのか」
「アーン? 俺様を誰だと思ってやがる。コツさえ掴めばなんでもねーよ」
「それならなおさら、俺がギターとボーカルを兼ねる必要はないと思うが」
お前一人でいいのでは? と首を傾げる手塚に、「音に厚みを出したいと言ってるだろう」と反論してみせる。
木手はドラム、徳川はベース、とリズム隊はそろっていて、ギターとボーカルが必要なのは誰にでも分かる。二人でどちらもすることはないのではと手塚は言うが、せっかく面白くできそうなメンツなのにもったいないと説いたのは跡部だ。
「手塚、まさかテメェ、俺様と一緒ってのが嫌だって言うんじゃねえだろうな」
「そんなこと言ってないだろう。ただ、お前がうまくできるものを、俺のつたない演奏や歌で邪魔をしたくない」
「つたな……い、って、お前なあ……」
跡部は今度こそ項垂れて頭を抱えた。
この男は自分というものを分かっていない。譜面の読み方を秒で覚え素早い運指でさえこなしているのに、どこがどうつたないというのだろうか。そもそもこの跡部景吾が、できない男に大事なポジションを任せるわけもないというのに。
「あー、まあ確かに、お前と一緒に演りてぇし歌いたいっていう俺様の私情も多分に入ってるぜ。けどな、俺はお前にならできるって思ったから任せたんじゃねーか」
跡部は手塚へと歩み寄り、先ほどまで弦をはじいていた左手を取って指を絡める。そうして、ひとつひとつの指先にそっと口づけた。
「無茶して怪我をするのは許さねーが、お前なら大丈夫だ」
「…………何を根拠に言うんだ」
「この指先が何よりも情熱的で器用なことは、俺様がいちばんよく知ってるからな」
なあ? と煽るように覗き込んでやれば、含んだ意味に気がついたようで、手塚が目を瞠る。この手がどれほど器用にうごめくのか、知っているのは跡部景吾しかいない。
「はしたないぞ、跡部」
「アーン? 今なにを考えやがった?」
いったいどんなはしたない格好になっているところを想像したのだろう。もちろんそうやって想像するだろうことを見越しての言動だったが、手塚の声に僅かな動揺が混ざったことが思いのほか嬉しい。
「事細かに言ったら恥ずかしいのはお前だと思うが」
しかし返ってきた言葉にぱちぱちと目を瞬く。手塚もいつまでもからかわれっぱなしではないということか。
もう少しからかう算段だったが、逆に散弾を食らった気分だ。二人きりでの練習とはいえ、自身の痴態を言葉にされるのは御免被りたい。跡部は絡めていた指を外し、両の手のひらを向けてみせる。降参だ、と。機嫌を損ねた手塚が面倒くさいのはよく分かっているし、ケンカをしたいわけではない。
「でも言ったことは本当だぜ。お前ならできると思ってるし、俺様と演やりあえるのはお前しかいねえ」
音楽で高みを目指そうとは思わないが、最高の演奏をというのなら相手は手塚しかいない。
相手の音を聞き、追いかけ、重ねる。
考えただけでゾクゾクする。
「それにな、俺様はテメェが思ってるよりずっとテメェの声に惚れてんだよ」
冷静に見える男の、熱のこもった声。
日常の中で跡部と呼ぶ声にすら胸が高鳴ってしまうこの事実を、いつか言ってやろうと思っていた。悔しいほどに惹かれているのだと。
「なあ……聴かせろよ、手塚ァ」
その声を聴き、追いかけ、重ねる。
想像するだけでソワソワする。
テニスだけでなく、この男とならどんな世界でも熱くなれるだろうと思った。
跡部は手塚に体を寄せて、耳元で「手塚」と囁く。そうして正面から視線を合わせ、唇を重ねた。触れるだけの柔らかなキスだけれども、気持ちは充分伝わるだろう。
「聴かせろと言いながら口を塞ぐのはどうかと思うが」
至極真面目な顔をしてそんなことを言うのに、腕はしっかり腰に回して抱き寄せてくる素直な恋人に、跡部も寄り添った。
一秒の視線の交錯。同じタイミングで目蓋を伏せて、唇を触れあわせる。押しつけて、離れて、もう一度合わせた後には互いの舌先を誘い込んだ。
吐息と吸い合う音。心音は何よりも近いところで重奏し、離れがたい思いをあふれさせた。
それでもこれ以上触れあっていたらまずいことになる。互いの理性で軽く舌を噛み合い、名残惜しげに体を離した。
「……俺は自分で思っているよりお前に好かれているのだな」
こつりと額を合わせてくる手塚が愛しくて、跡部は楽しそうに口の端を上げる。
「今頃気づいたかよ?」
「こういうことには慣れていないから、何が正解か分からない」
「お前はもう少し自惚れてもいい。お前の中の“俺”に間違いはねえ」
鼻先にちゅっと音を立ててキスを贈れば、手塚はぱちりと目を瞬く。
「すべてが俺の生き様、……いや、俺たちの生き様ということか?」
「ハッ、覚悟があればいいってヤツか。どんな愛し方でも構わねーぜ、手塚。俺とお前が永遠に共にいるためならな」
歌詞を唇で追い、指先で旋律をなぞる。手塚の瞳に強い光が灯ったのを、跡部は見逃さなかった。
「跡部。今回のフェスも俺にできるすべての力をもって挑もう。お前に負けるわけにはいかない」
「くくっ、お前のそういうとこ、ホント愛してるぜ」
やってやろうじゃねーの、と高らかに声を上げて、二人は短くて濃密な休憩を終わらせた。
#両想い #ラブラブ #テニラビ