No.209

(対象画像がありません)

あめのひに

NOVEL,PSYCHO-PASS,狡宜 2014.09.07

#片想い #監×監 #お題

パタパタ、というよりは、ガツガツ、だった。土砂降りの雨は、窓ガラスを容赦なく叩き水滴を作っていく。水…

NOVEL,PSYCHO-PASS,狡宜

あめのひに


パタパタ、というよりは、ガツガツ、だった。
土砂降りの雨は、窓ガラスを容赦なく叩き水滴を作っていく。水滴は近くにできた水滴とぶつかって大きくなり億も差が加わって、ガラスを滑り落ちていく。落ちた先で同じように落ちた水と交わって、法則に従って低い方へと流れていくのだ。
狡噛は、他人の家の窓からそれをぼんやりと眺めていた。

「狡噛、コーヒー煎れたから」
「ん? ああ、すまない、良かったのにそんなの」

煎れてくれた相手は、この部屋の持ち主である宜野座伸元。狡噛の想い人である。
狡噛は窓際からソファへと移動し、腰を下ろした。もう見慣れてしまったマグカップに、湯気の立つ熱いコーヒー。好みの温度だ。
飲む前にそれが分かってしまい、狡噛は苦笑する。こういう何気ない自然さが、まずいんだよなあと。

「それで……どうしたんだ狡噛。何かあったんだろう? 単に雨宿り目的なら、カフェだって良かったのに、俺のとこ来たいなんて」
「だってお前んとこならコーヒーただで出てくるだろ」
「狡噛。……ごまかすな、金取るぞ」
「……すまん、いや、大したことじゃないんだがな……」

やっぱり気づかれていたらしい。狡噛が何かに悩んでいることは。それもそうだ、あれだけ近くにいては相手の変化に気づかざるを得ない。逆の立場でも、すぐに気づくだろう。
しかし大したことはないと言ったものの、狡噛にとっては重大なことだった。

「事件のことか?」
「いや、俺個人の問題だな」

宜野座への想いに気がついたのは少し前だ。
親友だった。学生時代に出逢ってこれまで、なんの疑いもなくこの関係が続いていくのだと思っていた。
気づいてしまったこの感情は間違いなく恋と呼ぶシロモノで、どんどん大きく育っていっている。止めることができないのだ、どうしても。
気づいた時点が終わりの始まりだったのだ。
今さら友情に戻せと言われても無理だ、視線はどうしてもそういう意味で宜野座を追ってしまう。
これが恋だと知ってから、三日ほど悩んだ。こんな想いを抱えていることを知ったら、宜野座はどう思うだろうか。同じ思いを抱えているとは思えないから、すぐに叶うことはないはずだ。最悪の場合、縁を切られてしまうかもしれない。
言わない方がいいと判断した。

「この間は、ただの寝不足だって言ってたのに。やっぱり悩んでたんじゃないか」
「まだ覚えてんのか。怖いな」

この恋に気づいた日のやりとりを、宜野座はまだ覚えているのか。呆れるふりをして、心の内側で喜んだ。あんな些細なものを覚えていてくれたのかと。

「茶化してないで、いい加減はっきりしろ。俺のとこにきたってことは、何か力になれるんだろう?」

宜野座は、自分用に煎れたコーヒーに手もつけないで睨んでくる。宜野座の家に行きたいと言い出したのは狡噛の方で、宜野座はそれを相談ごとがあると解釈したようだ。
狡噛にしてみれば、どこかゆっくりできるところでふたりっきりでいたいというだけだったのだが。
いやふたりっきりというには多少無理があるかもしれない。ふたりと、一匹だ。宜野座の手は、愛犬の背中を撫でている。癖もあるのだろうが、無意識に自身の緊張をほぐそうとしているのだろう。

「俺はその、こういうのは慣れていないから……いいアドバイスなんかしてやれんかもしれんが……」

育ってきた環境上、宜野座がそう言うのも無理はない。ずっと親しい友人なんかできなかったことだろう。つまり誰かの人生相談をうけたこともない。
狡噛が初めてのはずなのだ。
それでも、真剣に聞こうとしてくれている。できるだけ力になってくれようとしている。
言わない方がいいと思っていた。彼の信頼を裏切ることはできない、ごまかしてでもずっと親友のポジションでいた方がいいと思っていた。
だけどそれは間違っていると、今気づく。
宜野座の真剣な思いを受け流してごまかして、騙す方がよほど不誠実だ。
ふたりいたいというだけでここへ来てしまったけれど、思いがけない機会になった。
ざあざあと降りしきる雨は、きっときっかけをつくってくれたのだろう。
ひとつの滴が他の滴とぶつかって交わってやがてひとつの流れに行き着く、冷たくて優しい雨が。

「……好きなヤツができたんだ」

呟くと、宜野座は驚いた表情を隠しもせずに声を上げた。

「え……っ、お前に!? そ、んなの、一度も」
 
なかったのに、と宜野座が続け、狡噛は苦笑い。確かに他人を好きになったのはこれが初めてだ。学生時代に何人かと交際をしたことはあったが、どれも短期間で解消している。シビュラのご託宣と、相手の要望通りに。

「そうか……それで、その、うまく行きそうなのか? 俺も知ってる相手だろうか」
「いや、絶望的だよ。相手にはまだ言ってないが、どう考えても可能性低くてな」

シビュラの相性判定は? と訊ねてきた宜野座に、してないと首を振る。機械に決められるというのはどうも好みじゃない。

「お前がそういうの好きじゃないのは知ってるが、だったら言ってみるしかないだろう。お前の性格はどうあれ、公安局のエリートなんだぞ、顔だって悪いわけじゃないし、頭だっていい。交際を断られる理由が見つからん」
「性格はどうあれってお前な」

誉められているのか貶されているのかイマイチつかめない。恋人の条件としては申し分ないと言いたいのだろうが、条件だけで恋人にはなれない。心がほしい。ぶつかってもやがてはひとつになれるような、そんな想いが。

「お前冗談のセンス最悪だからな、自覚しろ。……だが、お前に好きだと言われて嬉しくないヤツなんか、いないと思う。言ってみたらどうだ?」

いや一人くらいはいるかもしれないだろう、と狡噛は心の中で考える。
たとえば、

「じゃあ、たとえばお前だったらどうだ? 俺から好きだって言われたら嬉しいのか?」

宜野座とか。

「まず熱を計るな。そんなわけないだろう、って」

宜野座は笑いながら顔を背ける。それにはどんな意味があったのか、狡噛には分からない。諦めの強いため息を吐いて、そんな宜野座をまっすぐに見つめた。

「じゃあ、今すぐ体温計持ってきてくれ」

ガツガツと窓を叩く雨の音にかき消されないように、大きめの声でゆっくりと返す。
宜野座は、背けていた顔を振り向かせ、え? と声を上げた。



「俺が好きなのはお前だよ、ギノ」



あまり優しい気持ちで伝えることはできなかった。窓を叩く雨のように、荒れていたかもしれない――――。


#片想い #監×監 #お題