No.455

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ふたりの約束-026-

カクテルキッス04 2019.08.04

#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #記憶喪失 #カクテルキッス

「……素直な先輩、やっぱ落ち着かないな」「思い出せなくてごめん……どうしてそんなこと言ったのか分から…

カクテルキッス04

ふたりの約束-026-


「……素直な先輩、やっぱ落ち着かないな」
「思い出せなくてごめん……どうしてそんなこと言ったのか分からない。至を好きでいてもいいんだって、今……思ったばかりなのに」
「俺も、ついさっきまで分かりませんでした。記憶をなくしても俺を好きでいてくれてるみたいなのに、なんで……って」
 膝の上で組んでいた手を外し、千景のものと合わせて指を絡める。
「先輩は、俺を守るために、俺を傷つける方法を選んだんですね」
「え?」
 ゆっくりと呟くと、自然と口の端が上がる。その可能性に気がついた時、すべての符号が合致して、自分でも驚くほど素直に受け入れられた。
「どういうことだ……?」
 千景が目を瞬かせ、次第に細めていく。
 好きな相手を守るために傷つけるというのは、理解ができないだろう。至だって、その可能性を少しも考えなかった。
「組織のことを詳しく知っているわけじゃないので、そこら辺は密に聞いてください。最初に謝っておきますね。先輩の大事な密を……たぶんいちばん守りたかったひとを、巻き込んでしまってごめんなさい」
 そうして、至は自分が知っている限りのことを話し始めた。
 千景が入団した時のこと、密との間に何か確執があったらしいこと、そして和解をしたこと。千景との最初の触れ合い、初めてのセックス、恋に落ちてしまったこと。恋心を隠して関係を持っていたこと、劇団での過ごし方、その中で知ってしまった団内の恋人同士たち。それを羨ましく感じながら傍にいたこと、千景が怪我をした時のことや、伝わらない想いにやきもきしたこと。
 そして、ザフラでの出来事を。
「抑えられなかった。叶うとか叶わないとか、そういうのは頭から抜け落ちてて、ただ自分の中にあふれた気持ちを、知ってもらいたかっただけだったんです」
 あの夜、あの満天の星の下で告げた想い。それは今も変わらない。
 あの時、守れる保証はないと言いつつも連れていってくれた千景を、それまで以上に愛おしく思ったのだ。
「嬉しかったですね……先輩が俺を抱きしめてくれた時。どうして気づかなかったんだろうって、不思議にさえ思った。今回も、どうして俺はそこに気づけなかったのか」
 至は、そこでいったん言葉を切る。すっかりぬるくなってしまった紅茶を飲み干した。
「先輩といると、どうしても組織の存在がチラつく。ザフラの時は運が良かっただけで、今後はどんな目に遭うか分からない。最悪、俺の存在が先輩の邪魔をするかもしれない。人質とかそういうの、よくある話でしょ」
 普通に生きているだけならば、世間から性的少数者として扱われるだけで済む。それでもお互いが支えになれるだろう。
 だけど、命のやり取りさえある中で、何も知らずにいるのはひどく危険だ。
 人並み以下の体力しかない至を守りながらでは、千景も思うように動けないのだろう。
「……だから、別れたって言うのか」
「恐らく」
 親しい相手を弱点として扱うのは、そういう世界のセオリーだ。綺麗事など言っていられない――というより、綺麗事など存在しない世界において、恋人という存在は恰好の餌食である。
 恋人でなければ、至が狙われる危険もなくなる――千景は、そう考えたに違いない。だからあんなに突然の別れを突きつけてきたのだと思いたい。
 触れ合ったあの時間が、憐れみだったなんて思えないのだ。
「至を巻き込めなかったから……守りきる度量もなかったから、お前を傷つけたのか……」
「せーんぱい、自分を責めたら駄目ですよ。これはあくまで俺の中の仮定ですし。本当にそう思っていたかは分かりません。ハハッ、本当に飽きただけかもしれないし」
「そんなわけないだろう! 飽きてっ……そんな程度の想いだったのに、俺がまた至を好きになるわけない」
 勢いよく振り向いて、至の自虐を否定する。至は目を大きく見開いて、ふっと笑った。
「そんなに愛されてた事実があれば、俺は大丈夫ですよ」
 千景の気持ちは分かったけれど、受け止めるわけにはいかない。密を巻き込んだことを、以前の千景は怒るかもしれないし、恐らく今の千景は危機感を持っていない。そんな状態で、恋人になんかなれるわけがない。
「え……何を言ってるんだ? 好き同士なら、付き合うだろ?」
「は? 先輩、俺の話し聞いてました? 危ないんですってば。密だって、さすがに俺と先輩を守るなんて無理。密をこれ以上巻き込めません」
「巻き込まれたのはお前だろう!」
「言うこと聞いてくださいよ! そっちが巻き込んだくせに!」
 千景が息を飲んだのが伝わって、至はハッとして言葉を飲み込んだ。それでも、吐いた言葉は戻ってこない。
「すみません……失言でした。俺が最初に誘ったのに。でもそういうのも全部覚えてないんでしょ」
「至を全部知れば、付き合ってくれるの?」
「無理です」
「……思い出せば」
「思い出したら、先輩はそんなこと言わなくなるでしょうね」
「以前の俺を殴りたい。なんでそんな危ない組織に入ったんだ……そうしたら、至と普通に出逢って、恋ができてた」
 至は、千景が組織に属した理由を知らない。やむを得ない事情があったのだろう。
 千景がその組織に属していなければ普通に恋ができたかもしれない。だけど、千景に興味を持ったのは、巧妙に隠された裏の顔があったからだ。
 周りに?をついて、猫をかぶって、自分を飾り立てていた至が、だからこそ千景に惹かれた。
「至の言ってることは、推測にすぎないわけだろ。俺は全然違うことを思っていたかもしれない」
「まあ、そりゃそうですね。ほぼほぼアタリだと思いますけど」
「じゃあひとつお願いがある」
「なんです?」
「今、至に好きな人がいないのなら、俺が思い出すまで誰とも付き合わないでほしい」
「……は……?」
 千景がまっすぐ、真剣な瞳で見つめてくる。
 好きな人がいないも何も、未だ想っているのは卯木千景そのひとだ。そんな相手がいる状況で、他の誰かと交際するなんて考えられない。
「思い出すまで待っててほしい。自分の本音が分からないまま、至をなくすのは嫌だ」
「…………先輩、俺のこと好き過ぎでは?」
「だからそう言ってる。たぶん、最初で最後の恋になったはずなんだ」
 思い出せないのが悔しいと、千景は顔を背けて俯く。至はひとつ瞬いて、あ、と息を吐いた。
 千景は危険な組織に属していることを、理解していないと思っていた。実感が湧いていないだけで、理解はしていたのだろう。
 命の危険があるからこそ、彼は誰かに執着しないようにしていたようで、それは当然恋になんか発展しなかったはず。
 最初で最後のはずだった。
 これ以上のものには出逢えない――以前ここで彼が作ってくれたカクテルが、その意味を持つことを思い出す。
「俺が、組織とやらでどんなことをしていたのか知らない。逃げ出したかったのかも分からない。抜け出す努力より、至を傷つけることを選んだのが腹立たしい」
「……抜けるの、たぶん難しいんだと思いますよ。それこそ、劇団全員巻き込みかねない。それなら俺たち二人が諦めた方が早かったんだと」
「至を突き放すにも、守るにも、同じ努力というものが必要になるなら、俺は傍で至を守りたかった」
 きゅう、と心臓が締めつけられる。これは、今の千景の気持ちだろうか。それとも以前の千景の本音だろうか。
 今の千景の中に、以前の千景もちゃんといる。
 突き放すことしか選べなかったのは、そうさせた自分にも責任がある。
 至は知ろうとしなかったことを悔やんだ。
 千景の日常を守りたいのならば、知っていなければいけなかったのに。
「先輩……」
 絡んだ手を握り返そうとしたその時、部屋に引きこもっていた密が出てくる。ハッとして振り向けば、何でもないような顔で佇む彼がいた。
「密……っ」
「終わった。別に問題はない」
「そ、そう……ごめん、ありがとう」
 与えられた任務はどうやら無事に終えたようで、至はホッと胸をなで下ろす。
「実働じゃなくて良かった。こっちの支部では俺たちの顔知ってるヤツら少ないけど、どうしてもバレてたと思う」
 密は眉を寄せて目を細める。確かに、終わってからの報告で済むにしても、任務中に姿を見られたらアウトだ。
「密」
 改めて、千景の記憶がないことの危険性を実感したところで、千景が密の名を呼ぶ。
「俺のことを教えてほしい。劇団に入る前のことを……今何をしてきたのかも含めて、全部」
「あんまり楽しい話じゃないけど」
「……至から、少しは聞いた。組織、の、こと……知らなければいけないんだろ。俺は早く思い出して、改めて至の傍にいたいんだ」
 明け透けな想いを口にされ、密の視線がこちらを向くのを感じ取って、至は額を押さえて項垂れた。
 そんなに簡単なことではないのにと嘆く気持ちと、傍にいたいと言ってくれる嬉しさとで、ごちゃ混ぜになった。
「至のために離れたのに、今度は至のために思い出したいんだ……へぇ、お前、案外情熱的な男だったんだな、エイプリル」
「以前の俺とは違うから、知ったところで何ができるとも分からない。それでも、知らなきゃいけないんだ。頼む、密」
「オレは元々話すつもりだったから、構わない。あと……お前は以前とそんなに変わってない。その面倒くさくて臆病なところは、前と同じだ」
 密が口の端を上げて笑う。ひどい言われようだと千景は眼鏡を押し上げて、息を吐いた。
「密、じゃあ俺は違うとこで待ってるよ。寝室なら大丈夫かな」
 至は、そんな二人に声をかけて、一度足を踏み入れたことのある寝室へ向かう。
「至」
 止めるように名を呼ばれ、至は振り向かないままで答えた。
「ごめん密。勇気がないわけじゃない」
 千景の過去を、知りたい気持ちはもちろんあった。ただ、千景のいないところでそれに踏み込んでいいのか分からない。
「俺は、ちゃんと先輩の口から聞くべきだと思うから」
 千景が、至を守るために遠ざけたのならば、千景の口から聞く日は一生来ないかもしれない。それでも、密から聞くことではないと至はそこで振り返る。
「だから先輩。記憶戻ってからでいいので、いつか俺にも聞かせてくださいね」
 その時も、その先も、千景の傍にいられますように。
 そう祈って、至は寝室に籠もった。


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