華家
-HANAYA-
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No.450
カクテルキッス04 2019.08.04
#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #記憶喪失 #カクテルキッス
一〇三号室。ここが、至と一緒に過ごしていた部屋のようだ。「中庭まであるんだ。劇団ていうから、もっと…
カクテルキッス04
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一〇三号室。ここが、至と一緒に過ごしていた部屋のようだ。
「中庭まであるんだ。劇団ていうから、もっとこぢんまりしたところかと思ってたんだけど」
「維持費はそれなりにかかるでしょうね。最初劇団の借金膨れ上がってましたから。はい、おかえりなさい」
至がドアを開けてくれる。千景はお邪魔しますと言いかけて、口を噤んで開き直した。
「た、ただいま……?」
おずおずと足を踏み入れる。
すぐに黒いソファが目に入って、パソコンだとかゲームのコントローラーが視界を覆う。二つ?がったロフトベッドと、隅の方に白いチェア。テーブルの上に、飲みかけのコーラ。
「先輩のスペース、そっち側です。最初一人部屋だったんで、俺の私物多くてすみません」
「え、いや……それは別に構わないっていうか……なにこれ」
「一応片付けて掃除はしたんですけど」
「そこじゃなくて……俺の私物って、これだけなの?」
千景のスペースだという場所には、チェアとトランク、ウサギの置物。
衣服はクローゼットなのだろうが、いくらなんでも少なすぎやしないだろうか。
「……そうですね。あんまり物に執着しないタイプだったんじゃないですか?」
「……眼鏡たくさんあるけど……度が入ってないし、伊達眼鏡なんだよね……そのくせ服とか小物がたくさんあるわけでもない。俺って男がますます分からない」
「無理に昔の先輩に戻ることないでしょう。パーティーでも、みんな普通だったじゃないですか」
至の言う通り、少しぎこちなさはあったものの、それは千景の気負いだけだった。
退院パーティーという特性上、主役扱いではあったが、客扱いはせずに、会話が途切れることもなく、以前の話を不自然に持ち込んでくることもなかった。
「寮ではよくパーティーとかするの?」
「あー、わりと」
至がドサリとソファに腰を下ろす。一人掛けではないそのソファに、座ってもいいのかどうか。
「どうぞ。さっきも言ったけど、遠慮とかそういうの要らないんで。したいことがあれば言えばいいし、知りたいことがあればいつでも教えますよ」
戸惑いに気がついたのか、至が振り仰いで、促してくれる。
千景はゆっくりと至の隣に腰を下ろした。背もたれに体を預けると、ようやく心が落ち着いた気がした。
「やっぱり、落ち着く……至の声」
「それ、女の人に言ったらアウトなヤツ」
「だからそういう意味じゃな、……い……」
と至を振り向けば、彼はポータブルのゲーム機で何かのゲームを楽しんでいた。どうしてだか、胸がズキズキと痛む。
傍にいると肩の力を抜けるのは本当なのに、後ろめたさがわき上がる。
(なんで、至だけ……)
こんな感覚、他の団員たちには感じなかった。
見舞いによく来てくれて、接し方が分かってきたというのなら説明はつくが、さっき文句のように呟いてしまったように、至が来てくれたのは一度きり。
いづみたちの方が、頻繁に来てくれていて、だいぶ打ち解けてきた感じはあった。
「先輩、今日楽しかったですか? 退院早々ああ騒がしいんじゃ、疲れたかな」
「え? あ、ああ……楽しかったし、嬉しかったよ。わざわざ飾り付けまでしてくれて」
「ははっ、ここ、ホントに何かっていうとパーティーですからね。公演の打ち上げしかり、団員の誕生日しかり。夏にはバーベキューとかしますし。みんなね、何か理由をつけて騒ぎたいんですよ」
どうりで片付けなども手慣れているはずだと、千景は苦笑する。
「ああ、だからなのかな。クラッカー慣らされた時、なんだか懐かしい匂いがしたんだ。そんなに頻繁なら、以前の俺もあの輪の中にいたんだろうね」
「え……?」
千景は、あの時感じた懐かしさを思い出して目を閉じる。団員たちの誕生日には、自分もクラッカーを鳴らしたりしてたのだろうか。家族がいないと聞いたが、ここの団員たちが家族のようなものだ。随分と大家族だけどと、知らないうちに口許が緩む。
このカンパニーでならば、記憶がなくても幸福に過ごしていくことができるだろうと、そこまで思って、違和感。
(カンパニー……? って、こんなだったっけ……? なんだろう、モヤモヤしてる)
カンパニーという単語が、頭に引っかかる。こんなに暖かなものだっただろうか。
もっと別の何かがあったような気がするのに、思い出せない。
「せ、先輩疲れてるでしょ。もう寝た方がいいですよ」
「うん……至はまだ寝ないの? 明日仕事なんじゃ」
「このクエスト終えたら寝ますよ。さっき飲み過ぎたし」
違和感が拭えない千景の頭を、至の手がぽんぽんと叩いてくれる。優しくあやすような笑顔に、胸が締めつけられた。
「夜更かしは良くない」
「えええこれでも早く寝る方ですけど」
「いつもそんなに遅いの? 若いうちだけだぞ」
「お父さんかよ。いや、まあ、お父さんか……ハハッ」
「なにそれ、俺は至のお父さんなの?」
「明日話してあげますよ。今日はもうゆっくり寝てください」
千景が至の父親であるはずはないのだが、劇団の演目の話だろうか。まだまだ知らないことばかりで、明日はどうなるか分からない。
「…………そのクエストってのが終わるまで待ってる」
「えっ……いやいや先輩どうしたん……」
至が、信じられないというように顔を上げて、振り向いてきたけれど、その顔は次第に真剣なものに変わっていった。
「先輩……もしかして、夜とか寝られなかったりしました?」
「……ちょっと」
こんなことを言うのは情けないけど、と千景は視線を逸らして肯定する。
病院にいる間中ずっと、ゆっくり眠れたことなどない。記憶がないということが、自分で認識しているよりも負担になっているのか、心が安まる瞬間などなかった。
それは、眠ろうと目を閉じても同じことらしい。
「眠るのが怖い……というか、目を開けるのが怖い。誰もいなかったら怖いって思ってた」
至が、ゲーム機を置いて俯く。中断させる気はなかったのだが、言ってから、こんなことを呟けばゲームをする気にもならないだろうと苦笑した。
「見舞い……行けなくてすみません」
「いや、仕事忙しかったんだろ? 病院も、まあ誰かしらいるわけだしね。まったくの他人だけど」
病院という場所柄、個室ではあるもののドアひとつ隔てて常に誰か行き来していた。
夜はさすがに静かだったが、救急車や入院患者の往来で、他人の存在を感じることはできたのだ。
「事故に遭ったからなんだろうけど、ときどき自分が血まみれのような気がして、飛び起きることもあった。怪我の程度から、そんなに重症だったわけないのにね」
室内灯を消していたにも関わらず、生暖かい血液が鮮明に見えた夜もあった。すぐに自分の状態を確認して、なんともないことにホッとしたけれど、心臓に悪かったと、思い出して口許を覆う。
「せん、ぱ……それって」
「本当に情けないな、ごめん……」
至の声が震えているような気がして、千景はハッと我に返る。
弱音を吐くつもりはなかったと至を振り向けば、彼は不安そうに顔を強張らせていた。
「至? ごめん、怖がらせた?」
「え、あ、……あ、いえ、違います。先輩でも、そういう普通の感覚あったんだなって」
「どういう意味だよ、まったく」
「じゃあ、もう寝ましょう。疲れてるでしょ。俺も寝ますから」
至は、そう言ってソファから腰を上げる。夜着に着替えるのか、服の裾に手を伸ばした。
「でも至、さっきの……クエスト、いいの?」
「大事なデイリーは消化したし、いいです。やり出すと止まらないんで、軽く二時間くらい経ちますよ。先輩をそこまで付き合わせるわけにもいかないでしょ」
「そんなにゲーム好きなのか」
「俺の人生ですから」
至は勝ち気に笑って、脱いだ服の代わりに夜着を身に着ける。どうしてか目をそらせなくて、至の体を上から下まで眺めてしまった。
「何見てんですか。エロ」
「は? え、あ、いや、……ごめん、なんでだろ。見たかった……?」
「いや意味が分からん。ほら先輩も早く着替えて。手伝いますか?」
「だ、大丈夫……」
自分でも分からない、と千景は額を押さえて、促されるままに着替え、ゆっくりとロフトベッドに上った。
「狭いんで、一緒にとは言えませんけど」
「いや、ないだろ一緒にとか。野郎同士で」
「それな。ま、うなされてたら起こしてあげますから」
「うん……お願い」
そう言って、至が横になったのを確認してから、千景も布団の上に横になる。病院のベッドより落ち着くのは、自分の匂いがあるからだろうか。
「あ、先輩」
「なに?」
「おやすみなさい」
「……うん、おやすみ至」
なにかと思えば、おやすみの挨拶。何げないことで、至には当然のことなのかもしれない。
だけど、数日を病院で過ごした千景には、それ以前の記憶がない千景には、とても新鮮で、ものすごく特別なことのように思えた。
傍に誰かがいてくれる。自分のことを何も知らない他人ではなく、今の自分よりも自分を知っている誰かがいるのは、想像していたよりずっと心を落ち着かせてくれた。
至が寝返りを打てば、シーツがこすれる音がする。やがて規則正しい寝息が聞こえ始める。
それだけのことが、どうしようもないほど嬉しくて、こみ上げてくるものがあった。
だけど、せっかく至がゲームをやめてまで眠る時間をくれたのだ。その厚意を無駄にしないように、千景はゆっくりと眠りについていった。
#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #記憶喪失 #カクテルキッス