華家
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No.449
カクテルキッス04 2019.08.04
#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #記憶喪失 #カクテルキッス
「千景さん、退院おめでとうございます!」 パンパンと、そこかしこでクラッカーが音を立てる。飛び出して…
カクテルキッス04
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「千景さん、退院おめでとうございます!」
パンパンと、そこかしこでクラッカーが音を立てる。飛び出してきた紙切れや紙テープが舞って、千景の髪や肩に降り立った。
「あ、ありがとう……飾り付けまでしてくれたの?」
事故から数日後、千景は無事に退院した。
怪我の経過は概ね良好で、後遺症も見受けられかったようだ。ヒビの入った左腕はまだ吊ったままだが、それ以外に問題があるとすれば、千景の記憶がまだ戻ってこないことくらい。
談話室は、千景の退院パーティーだとかで綺麗に飾り付けられており、テーブルにはところ狭しと美味しそうな料理が並んでいる。
千景は、すんと鼻を揺らす。何か、懐かしい匂いがした気がして。それは生活感なのか、料理の匂いなのか、仲間たちが集まった温かさなのか。
「千景さん退院おめっす! 落ち着いたらまた脱出ゲーム行こうぜ」
「千景、おかえり。ねえお酒は飲んでも大丈夫なのかな。いいお酒が手に入ったから、平気そうだったらボクの部屋に来てね。いつでも歓迎するよ」
「千景さん、一応消化の良い物作ったので、好きなの取ってください。あ、でも激辛料理はなくて……すみません」
「退院直後に激辛なのとか、あんまりよくないんじゃないかな……?」
団員たちが、わらわらと周りに集まってくる。どの顔も公式サイトで見た顔ばかりなのに、違和感が拭えない。本当にここで過ごしていたのかと、疑ってしまう。
「あの……ごめん、俺まだ全然思い出せてないんだ。俺の言動とか、戸惑うとは思うけど、いろいろ教えてほしい」
改めてみんなに向き直り、正直な心の内を明かした。公式サイトのおかげで顔と名前は分かるけれど、その人たちとこれまでどう過ごしてきたのか、どう過ごしていくべきなのか、何も分からない。
もしかしたら面倒だったり、薄情だと離れていかれる可能性だってあった。
千景はぺこりと頭を下げる。これだって、以前の自分なら取らない行動だったかもしれないのに。
「大丈夫ですよ、千景さん! 思い出せなくても、これから覚えていけばいいんです!」
明るい声がして、千景は顔を上げる。そこには、花のように笑う佐久間咲也がいた。
確か、春組のリーダーだったはずだと思い出し、なるほどと腑に落ちる。至が言った言葉が、そのまますとんと体の中に落ち着いた。
「そうッスよ千景サン、また一緒に公演とかできるんッスから、嬉しいッス~!」
「まあそうは言っても、卯木が殊勝だと落ち着かないけどな」
「丞さんって結構言うよな」
「ちかげ、お祝いのサンカク~」
「ねえ、入院で変に痩せたり太ったりしてないよね? 採寸とか面倒なんだけど」
「幸、お前そればっかりだな。ちょっとはねぎらうとか」
「うるさいポンコツ役者」
どれにどう答えていいのか分からないくらいに、ぽんぽんと会話が進んでいく。いっそ当事者を無視して進められていくそれに、千景は口の端を上げた。
(そうか、こういうところで暮らしてたのか)
騒がしさの中に、確かな暖かみ。これはここに居着きたくなってもしょうがないなと、まだ実感できなかった自分の役者人生を思い描いてみた。
そうして、乾杯が行われる。退院直後なのでとジュースを持たされたことが若干不満ではあったが、ありがたくもあった。
我先にと美味しそうな料理に手を伸ばす団員たち。なんとこのプロ顔負けの料理の数々を、伏見臣が作ったというのだから驚きだ。
「これ、全部? 職業間違えてない?」
「ハハ、俺は趣味でやってるので。料理とかしてると、楽しいんですよね」
「美味しい。ありがとう」
「いえ、無理のない程度に、好きに食べてくださいね」
食欲をそそるローストビーフ。口に運ぶと、柔らかな歯ごたえとタレが中に広がる。コレは胃袋を掴まれてしまっても仕方ない。
見れば食べ盛り育ち盛りの青少年ばかりで、食事も大変だろうなと肩を竦めた。
そんな中、自家製ピザに手を伸ばしている男が見えて、千景は歩み寄っていった。
「至」
「え? あ、先輩退院オメデトウゴザイマス」
それは茅ヶ崎至。この寮に戻ってきてから、交わした第一声がこれだ。
なぜだか千景の胸がチクリと痛む。
おめでとうとは言ってくれながらも、他のメンバーのように、手放しで喜んでくれている様子が見られなかった。
「どうしたんですか?」
「……あれから、一度も来てくれなかったの、なんで」
「へ?」
ピザを?張ったまま、至が振り向いてくる。目を丸くして、ぱちぱちと瞬く。ラズベリーピンクの瞳が、揺れ動いた。
「劇団のこと教えてって言ったのに、来なかったじゃないか……」
入院していたのは数日だ。至が見舞いに来てくれたのは事故の翌日だけで、そのあとは、いづみや左京が入れ替わり立ち替わり来てくれただけ。
面会時間が終わるまで、至が顔を出したのはあれっきりで、日に日に気分が沈んでいったのを、彼にどう説明すればいいだろう。
「……もしかして、待ってました? すみません、仕事忙しくて。連絡入れれば良かったですね」
「仕事……」
「残業続きだったんですよ。面会時間に間に合わなかったので」
すみませんと彼は軽く頭を下げる。千景が待っているとは思っていなかったのだろう。見舞いの約束をしたわけではなかったし、彼にも彼の生活があると、言い聞かせはしていたけれど、寂しさだけが抜けていかなかった。
「じゃあ、面倒じゃない? えっと……部屋も同じなんだろ、もし至が嫌なら俺、どこか他のところで」
「うわホントだ、先輩が殊勝だと落ち着かない。なにこれキモチワル」
先ほど丞が言った言葉を引き継いで、至は真顔でそう呟く。千景なりに気を遣ったつもりなのだが、無駄な気遣いだったようだ。
「言うね」
「まあ、戸惑わないって言ったら?になりますけど。先輩チートだから、すぐに環境に慣れるでしょ。そしたら以前と変わらなくなりますよ」
「……そう。度々至の手を借りることになると思うけど、遠慮しなくていいってことかな」
「遠慮とかするような間柄じゃなかっ……、あ……、いえ、別に、遠慮とか、なくていいので……」
至が言葉を途切れさせ、不自然に顔を背ける。また千景の胸が痛んだけれど、その痛みをちゃんと認識したくて、至の横顔をじっと眺めた。
そうして夜も更け、パーティーは終わりを告げる。片付けを手伝おうと思ったのだが、主役が何を言っているのかと追い出されてしまった。至が笑いながら部屋へと案内してくれる。
#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #記憶喪失 #カクテルキッス