華家
-HANAYA-
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No.447
カクテルキッス04 2019.08.04
#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #記憶喪失 #カクテルキッス
千景が目を開けると、辺りはすっかり明るい。 ぼうっとした頭で起き上がり、充電していた携帯端末に目を…
カクテルキッス04
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千景が目を開けると、辺りはすっかり明るい。
ぼうっとした頭で起き上がり、充電していた携帯端末に目をやれば、何かメッセージが届いていた。至からだ。
『おはようございます。珍しくすやすや寝てたんで、起こすの可哀想だったから、そのままにしときますね。行ってきます』
?がったもう一つのベッドを見れば、足下に追いやられた掛け布団が見えるが、持ち主はすでにいない。時刻を確認すればもう午前十時。平日なのだ、当然もう出勤していなければいけない時間帯。
至の立てただろう物音にも気づかないくらい、ぐっすり眠っていたようだ。
千景はベッドを降り、着替えをすませてから談話室へと向かう。学生組はすでに登校しているからか、静かなものだった。昨日の騒がしさが?のようだ。
「あれっ、千景さん。はよっす」
「おはよ、万里。えっと……大学生だっけ。コマ空いてるの?」
その時、ひょいと万里が顔を出す。彼は大学で演劇の勉強をしているらしいのだが、今の時間は講義がないのだろうか。
「あー、これから。やっぱ朝はタリィわ」
「学業との両立は大変そうだね」
「アンタだって社会人だろ。俺もリーダーとしての役割はあるけど、幸なんかガッコと衣装と役者だし、莇はメイクだし、綴なんかホント頭上がんねーわ。至さんも至さんで仕事と廃人ゲーマー兼任て感じだし」
二人でトーストを作って、ヨーグルトを分けて、サラダにドレッシングをかける。万里が手際よく目玉焼きを作ってくれた。
「ありがとう。至のゲーム好きには少し驚いたよ。いつもあんな感じなのかな」
「……まぁ、そうだな。千景さんがあの人のこと至って呼ぶの、ちょいびっくりしたけど」
「え?」
「前は茅ヶ崎って呼んでたぜ」
「そうなのか? ……至、何も言わなかったけど……気を遣わせたかな。茅ヶ崎って呼んだ方がいいんだろうか」
多くが彼を至と呼んでいたから、なんの思惑もなく倣ったが、至にしてみれば苦痛だったかもしれない。以前とは違うということを、まざまざと実感させられる。
「至さんがそれで返事してんなら、いいんじゃねーの。むしろ、茅ヶ崎呼びの方が、今の至さんにはキツいかもな」
マーガリンを塗ったトーストを?張りながら、万里が肩を竦める。どういうことかと訊ねようとしたその時、パタパタと慌ただしい足音。
「あっ、よかった万里くんまだいたっ……あのね俺のスマホ、あ、千景さんおはようございます」
困った顔をして顔を出したのは、月岡紬。彼が万里より七つも年上だと聞いた時は驚いた。仲が良さそうに見えるから、てっきり歳が近いのだと思っていたのに。
「おはよう、紬」
「どしたんすか、紬さん」
「あのっ、俺のスマホ動かなくなっちゃって、どうしたらいいのか」
「は~? なに、見せてみ」
万里は嫌な顔一つせずに、むしろ頼りにされて嬉しそうに、紬の端末を受け取る。動作を確認して、十秒ほどで問題を解決したようだった。
「直ったぜ」
「えっ、なんで!? ありがとう、何がダメだったのかな。ごめん、俺ホント機械に弱くて」
「処理が多すぎてフリーズしてただけっすよ。強制終了して電源入れ直した」
「そ、そうなんだ……ごめんね、こんなこと万里くんに頼んじゃって。もうちょっと詳しくなるよう頑張るから」
あんなに悪戦苦闘したのに、と紬は肩を落とす。それを見て、万里は紬の手を指先でつつき、優しく笑った。
「いいっすよ別に。いつでも訊いて」
「……うん」
それに、紬も嬉しそうに笑って返す。
千景は、不思議な感覚にとらわれた。不自然なようでいて、それが当たり前のような彼らの仕種。違和感が仕事をしてくれない。
「あ、やべ、俺ももう出ねーと」
「これから大学? 俺も一緒に出るよ、客演先の稽古なんだ」
「おー、じゃあ途中まで。ちょっと待ってて」
万里は慌ててヨーグルトを平らげ、ガタリと席を立つ。食器をまとめ始める彼に、千景はハッとして声をかけた。
「いいよ万里、置いといて。俺も片付けくらいはできる」
「あ? そっすか? ん……じゃまあ、頼もうかな。サンキュ千景さん」
「うん、いってらっしゃい、二人とも」
バタバタと身支度を調えて、万里と紬も寮を出ていく。千景は彼らの出ていった方向をじっと眺め、テーブルに?杖をつき、視線を泳がせた。
(なんだろう、今の)
妙に親しげな様子だった。組のリーダー同士、話も合うのだろうか。それでも、二人のお互いを見る視線の優しいこと。
(…………まさかね)
思い当たる答えはあるけれど、それを形にしてしまうのはなぜだか怖い。
偏見のある方だとは思わないが、以前の自分はどうだっただろう。
千景はサラダを片付けて、万里の食器と一緒に洗い、棚にしまう。さすがに片腕だけでは時間がかかった。
これから何をしよう、と考え込んで、一度部屋に戻る。
自分が過ごしていた空間だ、いちばん落ち着ける。
千景はタブレットを開き、閲覧履歴を見てみた。ネットニュースやブログに混じって、スパイス専門店がいくつかブックマークされている。地図を確かめると、そう遠くない。
気分転換もかねて少し近所を散歩してみようと、テーブルに書き置きを残して外に出た。
昨日は夕方に帰ってきたからか、日射しの関係で景色が違ってさえ見える。
舗装された道路、手入れされたよその花壇、電柱にはどこかの劇団のフライヤーなどが下がっており、演劇の聖地だというのがよく分かる。掲示板にも、所狭しと催し物のお知らせが貼ってあった。
「演劇、ねえ……」
いまだに、自分が劇団に所属していたということに実感が湧かない。
稽古や演目をこの目で見てみれば、また違うのだろうかと、千景はじっと手を見つめた。
何度か、この手が血まみれになっている錯覚を覚えた。事故で負った怪我の程度は重くなかったようだし、腕も裂傷も経過は良好だ。
「血のりでも使った演目でもあったのかな」
そうだとすれば、体が覚えているということになる。まだ何も思い出せないが、早くすべてを思い出したい。
いや、欠片だけでもいい。あの暖かな仲間たちの輪の中に、早く溶け込みたいのだ。
この道を歩いていた自分も思い出せない。仕事をしていた自分も、芝居をしている自分も。
前にも横にも後ろにも、進むべき道などないように思えてしまう。早く思い出さなければと、千景はぎゅっと拳を握った。
そうして、迷わない程度に近所を散歩した。木の匂い、土の匂い、花の匂い。病院にはなかったそれら自然の恵みを、全身で感じ取りながら。
「いらっしゃいませ」
店のドアを開けると、そう広くはないスペースにぎっしりと商品が並んでいた。
千景以外にも客はいて、思い思いのものを買い物かごに放り込んでいる。居づらい雰囲気は少しもなく、千景は少し店内を見て回ることにした。
そこは、タブレットにブックマークされていたスパイス専門店。品名を見ても、手に取ってみても、何に使うものなのかさっぱり分からない。
レシピ本も販売されており、値札にもちゃっかりとオススメされている。
ここでは常連の立場にあるのか、店員が軽く会釈をしてくる。千景の方は覚えてもいないが、当たり障りなくにこりと笑って会釈だけしておいた。
(そんなにスパイス好きだったのか……そういえば、監督さんとお店に出掛けたりってこともあったって、至が言ってたな)
至、と彼を思い起こして、ハッとする。万里が、千景は以前彼のことを、茅ヶ崎と呼んでいたと言っていたことを思いだした。
(茅ヶ崎って呼んだ方がいいのかな……でも、何も言わなかったし、覚えてない俺にそう呼ばれるのが苦痛なのかもしれない……)
至とは、今までどんなふうに過ごしていたのだろう。覚えていないのが悲しい。思い出せないのが悔しい。
自分のことより先に、彼と過ごしていた時間のことを思い出したい。
(職場が一緒ってことは、通勤も? 車……どっちが運転してたんだろう。お昼とか、一緒に行ってたんだろうか)
千景は商品を手に取り眺めながらも、頭の中に思い描くのは至の顔だった。
(なんでだろうな、至のこと考えると、毎回後ろめたさというか……気まずさがあるのは)
至を初めて見たときから感じていたのは、泣きたくなるような切なさと、胸を突き刺すような贖罪の思い。
(何かあったのかな、俺たち)
忘れてしまいたくなるような、重大な事件でもあったのだろうかと、ため息を吐く。
至の態度は冷たくないし、他のメンバーと変わらないように思う。喧嘩をしていただとか、そんなことはなさそうだ。
そもそも事故に遭ったのは夜遅くまで仕事をしていた彼を、迎えに行った時だというのだから。
(とっさだっただろうに、至をかばうほど……大事にしてたはずなんだけどな)
どうしてそんな相手を忘れてしまったのだろう。千景はだんだん気分が沈んできて、結局何も買わずに店を出た。記憶に?がりそうなこともなく、寮を出たときとは裏腹に憂鬱な気分だった。
その時。
ピロン、と可愛らしい音が聞こえた。ポケットにしまっていた携帯端末からだ。
(あ……)
それは、LIMEの受信音。至からのものだった。
『せーんぱい、なんかまたお見舞いもらっちゃったんで、持って帰りますね』
というメッセージの後、律儀に写真が送信されてくる。どこだかのブランドの焼き菓子のようだが、千景の好物というわけでもなさそうだ。
『モテんのも大概にしてくださいね、重いんですけど』
そして、怒っているような、キャラクターのスタンプが届く。
千景は思わず笑ってしまった。
『ごめん、至。受け取ってくれてありがとう。早く復帰できるようにするよ』
そう返して、ごめんねと謝るウサギのスタンプを送る。こういうスタンプが購入されてるとは思わなかったが、普段から使っていたのだろうか。
(卯木の卯ってことかな。お茶目さんだな、俺)
『運送のお礼は何がいいかな』
『別にいいですけど、そんなの。あ、やっぱピザとコーラで。夜食に食べる』
『分かった、宅配のヤツでいいんだよね? 欲しいの言ってくれれば、頼んでおくよ』
『えー食べたいのありすぎて決められませーん。帰ったらメニュー見ながら選ぶんでよろ~』
高いの頼もう、と追記され、千景は思わず目を細めた。不愉快さにではなく、胸の辺りがむずがゆくて、くすぐったかったからだ。
(可愛い……)
千景は目を見開いた。
(え、今……俺、なんて)
端末の画面から顔を上げて、再度見直す。
音にこそならなかったものの、他愛のないメッセージを可愛いと思った。メッセージそのものではない、メニューを見て悩むだろう至を想像して、なんの不思議もなくそう感じたのだ。
(可愛いって、至は男だぞ。何を考えてるんだ)
男性に対して、それは褒め言葉ではないかもしれない。千景自身、可愛いなんて言われたら顔をしかめてしまうだろう。至だって、姿形は整っていても〝イケメン〟の部類に入るはずで、可愛いという形容は合っていない。
合っていないはずなのに、違和感が仕事をしてくれないのだ。
至の仕種を、言動を、可愛いと思ってしまう自分に、違和感がない。
(……なんでだ)
そういえば、至が見舞いに来てくれなくて寂しかったことを思い出す。至の声や寝息に安堵していたことを想い起こす。
千景は頭を抱えた。
浮かび上がってきたひとつの可能性を、否定――しきれなくて。
(いや、違うだろ。違う。……はず。違うと思うけど)
もしかして、と考えてしまったその瞬間から、鼓動が速くなる。不愉快な高鳴りではないのが困りもの。
(だって俺が至を好きだなんて)
浮かんでしまった可能性が、体の中にすとんと落ちてくる。
好き、というのは、恐らく恋愛感情でだ。
それを肯定する理由はいくらでも浮かんでくるのに、否定できる理由がひとつも見つからない。強いて言えば同性だということくらい。
千景はあてもなく歩きながら、ガンガンと痛む頭を押さえた。
同性ということで、上手くいかない可能性は高い。最初から諦めたい気持ちはよく分かる。こんなことは誰にも言えないし、受け入れてもらえるとも思えない。
(あんまり、よろしくないだろ、中学生だっているんだし……多感な時期だ。あぁ……でも、万里と紬は、たぶんそうなんだよな。みんなが知ってるかは分からないけど)
朝、万里と紬の間に流れていた空気のことを思い出す。親密な様子は特別な関係を匂わせていて、隠す素振りもなかった。公認の仲なのかもしれないなと、千景は少し頭を休めるために近くのコンビニへと足を踏み入れた。
コーヒーでも買おうとドリンクコーナーへ向かって、目に入ったのはコーヒーでなくコーラ。色は似たようなものだが全然違う。
きっとさっき至が「ピザとコーラ」とLIMEしてきたからに違いない。千景はそれを認識して、自覚できるくらいカッと?を紅潮させた。
(違う違う、そうじゃない。そうじゃないけど。……違わない、気が、して……きた)
些細なことでも彼を思い出してしまうなんて。それが嬉しいなんて。
小さくうなりながら、ドリンク棚から無事に缶コーヒーを手に取り、レジへと向かう。
レジ傍のフードケースに、美味しそうなピザまんが誰かに買われるのを待っていた。それにまた反応して、挙動不審になってしまう。無糖と間違えて微糖を買ってしまったことなんて、小さな悩み事になった。
#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #記憶喪失 #カクテルキッス