華家
-HANAYA-
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No.445
カクテルキッス04 2019.08.04
#両想い #シリーズ物 #ウェブ再録 #千至 #記憶喪失 #カクテルキッス
いづみからの一報で、千景の無事は分かっていた団員たちだったが、朝改めて現状を知らされた時も、動揺を…
カクテルキッス04
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いづみからの一報で、千景の無事は分かっていた団員たちだったが、朝改めて現状を知らされた時も、動揺を隠せない様子だった。
「そんな、千景さんが……」
「ちかげ、ぜんぶわすれちゃったの~?」
「Oh……昔のヒソカと一緒ネー……」
「劇団、どうすんの?」
「怪我の方はどうだったんですか?」
昨夜、というか朝方だったが、いづみたちの帰宅を待たず就寝させられた面々が、特に質問責めにしているようだった。
至は臣の作ってくれた朝食を無理やり、そうとは見えないように詰め込んで、千景の着替えを見繕っていづみに渡し、早めに寮を出た。万里や紬の視線を感じたけれど、振り返ってなどいられない。
この状態では今日も運転は危ないかなと、自身の体調や昨夜のフラッシュバックを懸念して、電車通勤に切り替える。タトンタトンと単調な振動に揺られていれば、心を無にできた。
職場の方はかなり慌てたが、不思議と仕事は少しの振り分け程度で済むらしくて、千景には長期の療養期間をくれた。有休も溜まっていたのだろう。
仲介役となってしまった至は、人事部や総務部とのやり取りで、自分の仕事が少しも片付かなかったが、忙殺されていれば嫌なことは考えずにすんで、むしろありがたかった。
(……職場の方でも完璧っていうか……いや、こっちだから、かな。いなくなっても仕事回るようにしてある……)
昼休みには、お見舞いだのなんだのを持ってくる社員、主に女性たちであふれ、至のデスクはあっという間に千景への見舞品で一杯になった。
そのうち何名かは、至と話す口実にしていたようだが、さてこの荷物をどうしよう、と思案する。
千景の入院も、そう長いものではないし、ナマモノだけ病室に届けてやろうと整理を始めた。気を利かせた同僚が紙袋をどこかから調達してきてくれて、ありがたく使わせてもらう。
そうして仕事が片付かないまま、至は定時で退社した。定時で上がらなければ、病院の面会時間が過ぎてしまう。
電車で二駅。
歩けない距離ではなかったが、この荷物を持って歩くのは避けたかった。もっとも、この時間帯では電車も混んでいて、押し潰されそうな見舞品を守るのに大変な思いをしたわけだが。
病室の前について、至はごくりと唾を飲み、深呼吸を三回ほど繰り返した。
千景に、普通に接せるだろうか。会社の後輩として、劇団の仲間として。
(普通に、普通に。普通ってどうやるんだっけ。ホント思い出せない)
千景と、ただの先輩後輩として接していた時のことが思い出せない。いっそ自分も記憶喪失のようだと思ったが、ここでこうしていてもしょうがないと、意を決してノックをし、返事を聞く前に勢いだけでドアを開けた。
「あ」
千景はベッドの上に体を起こして、本を読んでいたようだ。至の姿を認め、少し気まずそうに顔を歪めたのが、心臓に突き刺さる。
「先輩、具合どうですか」
「え、ああ、うん。痛みとかはないんだ、平気。えっと……ごめん、きみの名前も分からなくて。昨日の人たちが、至って呼んでた気はするんだけど……それで合ってるかな」
どき、と胸が痛みでない感覚を伝えてくる。
名前は至で合っているが、千景にその音で呼ばれたことはない。
「は、い……茅ヶ崎、至です。俺、会社の後輩で、同じ劇団に所属してました。寮も……同じ部屋で」
「そうなんだ。うん、劇団に入ってたってことは、今日来た……えっと、いづみさんに教えてもらった。さっき脚本も読ませてもらったよ。俺が役者だったなんて、まだ信じられないけどね」
千景はまだ何も思い出せないらしい。
頭にも、腕にも包帯が巻かれたままだ。
記憶をなくす前よりも穏やかに音を操るのは、不安に揺れているからだろうか。
「会社の後輩ってことは、至とも、仲が良かったんだろ。ごめん、忘れてしまって……職場の方、大丈夫なのかな。仕事回るのかどうか……」
「まあ、職場でもそれなりにやりとりはありましたね。部署は違うんですけど。あ、これみんなからお見舞いです。入院、そんなに長引くわけじゃないんですよね。ナマモノ以外は寮に持って帰ります。あと、職場からは長期療養もらいました。落ち着いたら復帰してほしいって」
至は、千景とは逆に早口になってしまう。自分とのことを知られないようにと思えば思うほど焦りが生まれて、まともに顔が見られなかった。
「それと、仕事は部署の方でちゃんと回るみたいです」
「そうなんだ? 俺いなくても回るんだったら、あんまり大した仕事してなかったのかな……」
「違いますよ、誰が見てもできるようにしてたんでしょ。海外の取引先多かったから、俺は手伝えませんでしたけど……先輩は、よく……俺のこと気にかけて、手伝ってくれました」
しょんぼりと肩を落とした千景に、至は即座に否定を返す。千景が仕事のできない、ただのイケメンというだけなら、こんなに早く会社の手続きが終わるはずがない。こんなにたくさんの見舞品が集まるわけがない。それはひとえに、千景の人望だ。
「だから、先輩が大丈夫だって思うタイミングで、復帰したらいいと思います。日常生活には問題ないって、先生も言ってたんでしょう。俺も、その……さ、支えますから」
「ありがとう、至。ハハ、家族がいないって聞かされて、ちょっとショックだったんだけど、後輩や仲間には恵まれたみたいだな」
千景はそう言って笑う。うっかりときめいてしまいそうになって、慌てて顔を背けた。
「あ、先輩のタブレット持ってきましたよ。暇つぶしにはなるでしょう」
「俺が使ってたもの? 助かるよ。ここら辺から何か思い出せないものかな」
千景は至から荷物を受け取って、肩を竦めて苦笑する。至はなぜか、渡したくないような気分になって、タブレットをぎゅっと握った。
千景は忘れたかったのではないのか。このまま忘れていた方がいいのではないか。無理に思い出すことはないと。
「至?」
「えっ、あ、す、すみません……」
タブレットから手を放そうとしない至を、不思議そうに呼ぶ千景。至はハッとして手を放した。思い出せば、聞かなくてはいけないことが出てきてしまう。
どうして、と、納得のいく答えをもらうまで放せなくなるだろう。
思い出してほしいけれど、思い出してほしくない。
「ねえ至、劇団って公式サイトみたいなものあるのかな。見てみたい」
覚えていなくても、千景はここにいてくれる。以前みたいに、以前より、穏やかに、優しく笑いかけてくれる。それ以上は望みたくない。
「ありますよ。夏組にデザインやってるヤツがいて、すっごい格好いいの作ってくれてます。えーと……URL」
ブラウザを立ち上げて、そう長くはないURLを打ち込むか検索してもらおうと思ったが、千景が途中で「あ」と手を止めた。
「これかな。ブックマークに入ってた」
至がそうさせるよりも早く、千景の指先が動いた。タップして開いたのは、確かにMANKAIカンパニー公式サイトで、至はぱちぱちと目を瞬いた。そうして、思わず噴き出す。
「マ、ジか、せんぱ……っかわい、サイトをブックマークとか、本当カンパニー大好き過ぎだろ……っ」
千景が劇団を大切にしているのは知っていた。直接言われたことはなくても、分かる。自分という人間を受け入れてくれた、大切な居場所だろう。
そういう意味では、千景に負けないくらい至も劇団を大切に思っている。
「劇団員紹介……ああ、確かに俺がいるね。至と同じ春組なのか……」
「はい。最初は五人だったんですけど、先輩が入ってくれて、六人に。ちなみに他の夏秋冬もおんなじ感じですよ」
劇団員の写真やプロフィールが載っているページを、千景は熱心に確認している。やがて、ある人物のページで指先が止まった。
(――あ)
それは、御影密の紹介ページ。
「この子……」
他の団員と反応が違う。至は思わず、ガタリと腰を上げた。
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