No.442

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ふたりの約束-014-

カクテルキッス04 2019.08.04

#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #記憶喪失 #カクテルキッス

 バタバタと騒がしい足音が聞こえる。いづみたちが到着したのだろうかと考えられるくらいには、意識ははっ…

カクテルキッス04

ふたりの約束-014-


 バタバタと騒がしい足音が聞こえる。いづみたちが到着したのだろうかと考えられるくらいには、意識ははっきりしていた。
 至は長椅子から腰を上げ、彼女たちを迎える心の準備をした。
「あっ、至さん!」
「茅ヶ崎!」
「至くん大丈夫!?」
 予想より多いメンツに矢継ぎ早に声をかけられ、気圧される。
「院内は走らないでくださーい。うん、たぶん先輩は大丈夫だと思う」
 だが仲間たちの顔を見て安堵したのも本当で、ようやく大きく呼吸をしたように思う。
「よか、よかった――……!」
 いづみが大きく息を吐き出して胸をなで下ろし、「そうか」と左京も眼鏡を押し上げる。予想外にいたメンツである紬も、ホッとした表情だった。
「それで、何があったんだ。デカい事故だったのか?」
 ここに運び込まれた患者が多いことに気づいたのか、左京が険しい顔をして訊ねてくる。
 至は長椅子に座り直し、横にいづみが座り、反対隣に紬が腰をかける。そっと腕を握ってくれる紬に、もしかして彼は、至を心配してきてくれたのだろうかとようやく分かった。
「よくある信号無視ですよ。歩行者信号は確かに青で、何人もの人が道路を渡ろうとしてた。そこに、追い越しプラス信号無視の車が突っ込んできたんです」
「よくあっちゃ困るだろう。よく無事だったな」
「別の車にぶつかった反動で、って感じでした。避ける暇も……なかった人たちが大半だったんだと……」
 本来なら、至も避ける暇なく轢かれていたはずなのだ。それを千景が全部引き受けてくれた。
「あと、たぶん運転手は飲酒か薬物かやってたんだと思います……逃げ出したの捕まえられて、連れていかれたみたいですけど」
「あァ?」
 左京の声が三段階ほど低くなる。
「事故現場……うちのシマにかすってやがんな……ふざけたマネしやがって」
「さ、左京さん?」
「ヤクの売買が関わってんなら、会長さんが黙ってるわけにゃいかねえ。ちょっと警察のヤツらとも話してくる」
 左京がそう言って踵を返しかけた時、処置室のドアが開き中から医師が出てくる。至は反射的に腰を上げた。
「あのっ、先輩は」
「心配いりませんよ、腕の骨に少しヒビが入ったのと、背中の裂傷くらいでしょうか。頭を打っていたようなので、検査入院していただくようになりますが……えっと、ご家族の方は」
 千景の受けていた怪我の様子を話してくれる医師に、やはり命に関わることではなかったのだと、四人で胸をなで下ろした。
「あ、えっと……彼、その、家族がいなくて……所属している劇団の責任者なんですけど」
 おずおずといづみが名乗りを上げる。ここに咲也がいたら、オレたちが家族ですとでも言ってくれるだろうか。至は顔を背けた。
「そうですか。では手続きお願いしますね」
「こちらへお願いします」
「あ、はい」
「監督さん、俺も行こう」
 いづみと左京が、看護師と連れ立っていってから間もなく、千景の乗せられたストレッチャーが出てくる。麻酔が効いているのか、意識はないようだった。
「あの、背中の裂傷ってひどかったんですか」
「背中というか脇腹にかけてこう、切れていましてね。恐らく車の割れた部分が裂いたのではないかと。ただ、かなり体を鍛えておられたようで、深いことはなかったです」
 医師が指で患部を示してくれる。どれくらいの傷なのか分からないが、ゾッとした。至だったら、筋肉が守ってくれることもなく、深く臓器に達していたかもしれない。
「ここにも何名か運ばれましたが、命に関わるような重体の方はいませんでした。警察の方の事情聴取などもあるでしょうが、安静にさせてください」
 至は頭を下げ、紬もありがとうございましたと震える声で礼を告げる。頭を下げたまま、ゆっくり息を吐き出したら、緊張の糸が切れた。
「わっ、至くん!」
 至は崩れるようにそこに座り込んでしまう。うまく力が入らずに、立ち上がることもできない。危うく紬を巻き込むところだった。
「だ、大丈夫? ごめん、支えられなくて」
「いやごめん……大丈夫……情けない、腰が抜けたっぽい……」
「仕方ないよ、千景さんが無事で良かった」
 紬が手を貸してくれるけれど、やっぱり上手く立てない。膝がガクガクと揺れて、自分のものではないようだった。
「あ、いた! 紬さん!」
 その時、知った声が聞こえる。摂津万里のものだった。
「万里くん、来てくれたんだ。ごめんね忙しいのに」
「んなこと言ってる場合かよ、千景さんは!?」
 紬が連絡したのかと、その会話から悟る。至は床にへたり込んだまま万里を振り仰いだ。
「平気だよ、先輩は。替わりに俺が大丈夫じゃありません……」
「何やってんすかアンタ……」
「腰が抜けました……ちょっと肩貸してください……」
「アハハ……俺じゃ支えられなくて。ごめんね万里くん」
 しょうがねえなと言いつつ、万里はしゃがみ込んで至の腕を肩に担ぎ引き上げてくれる。大学に入って体幹もさらにしっかりとしてきたのか、ふわりと持ち上げられる感覚は、むしろ心地悪かった。
「で、千景さんは?」
「今病室に運ばれたとこ。腕の骨にヒビ入ったのと、背中の怪我? と、頭打ってるんだって。脳しんとうってヤツなのかな?」
 いづみと左京が入院の手続きをしてくれていると紬が続ければ、耳のすぐ傍で、万里のホッとした吐息が聞こえてきた。
「なんだ、そっか。よかった……。だってさ、密さん」
 万里がそう名を呼び、振り向く。至は目を見開いた。視線の先に、佇む密の姿。
「あ、密くん連れてきてくれたんだ、万里くん」
「おー、LIME見たの寮のすぐ傍だったからさ。丞さんに車出してもらった」
「え、丞は?」
「大勢で行ったってしょうがないだろ、だとよ。心配そうだったけど、まあそれも一理あるし。入院すんなら、個室だって全員来たら入れねーわ」
「そ、そうだね……」
 丞なりに気を遣ってくれたのだろう。密が千景と仲がいいのは、誰だって知っている。至はさっと青ざめた。支えてくれていた万里から腕を外し、密の元へ駆け寄る。
「密っ……ごめ、ごめん、俺がいたからあのひとっ……先輩、俺のことかばったんだ、本当ならこんなことにはなってなかったのに」
 ぶつかるようにして密の両腕を握る。いや、密の腕を握ることで、自身を支えているようにも思えた。
 彼を大事に思っている、彼が大事にしている密のことをようやく認識したなんて情けない。最低だと至は俯いた。自分のことしか頭になかった。何も考えられなかった。
 自分ひとりが彼を想っているわけではなかったのに。
「俺がいなきゃ、あの人はちゃんと避けられていたはずなんだよ。俺があの人に怪我させた……ごめん密……っ」
 千景が一人だったら、かばう相手がいなかったら、こんなことにはならなかった。救護に回るはずだっただろう。
「……至のせいじゃないし、オレは別に千景のこと心配なんかしてない。うん……大したことなくて良かったとは思うけど」
 密の手が、髪に触れて撫でる。それは思いのほか優しくて、温かくて、不意に――涙があふれてきた。
「至」
「やべ、ごめ……ちょっと、気が抜けて」
 拭っても、拭ってもあふれてくる。情けなくて恥ずかしくて、至は俯いた。そうすることで余計に、あふれるものが多くなった。
「ほんとごめん……あークソ、止まれよ」
「別に止めなくてもいいんじゃねーの。彼氏が事故ってんだ、無事で良かったって気ぃ抜けるのも、気持ちが高ぶって泣いちまうのもしょうがねえじゃん」
 万里も、頭をぽんぽんと軽く叩いてくれる。至は別の意味で頭を抱えたくなった。
 言っておくべきか、黙っておくべきか。しかしこのタイミングで言わなければ、後々タイミングを逃してしまうだろう。
 だがおかげで頭が冷えて、涙も引っ込んでくれた。至は?を拭って、深呼吸を繰り返した。
「……話しづらいんだけどさ。ていうか、病室行こう、ここ邪魔になる」
 まだ治療を続けている事故の患者がいる。千景の処置は終わったのだし、どうも個室のようだし、そちらに行った方がいい。途中で寝そうになっている密を万里に引っ張ってもらって、千景の病室へと向かった。


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