No.376

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たった一度のI love you-018-

カクテルキッス03 2018.08.19

#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス

 迷路みたいだった王宮を走り、劇場の地下へとたどり着く。そこには、先ほど袖の下でたらし込んだ兵士とは…

カクテルキッス03

たった一度のI love you-018-


 迷路みたいだった王宮を走り、劇場の地下へとたどり着く。そこには、先ほど袖の下でたらし込んだ兵士とは、明らかに出で立ちの違う男たちがいた。
「警備兵多過ぎ……あれは酒じゃごまかされてくれませんよね……」
 シトロンがいる奈落へ行くには、あの男たちをどうにかしなければいけないのに、簡単には通してくれなそうである。
「茅ヶ崎、ちょっと目つむってて」
 至の手を放し、千景はまっすぐに男たちを見据える。鋭いその目つきは、卯木千景としてのものではなく、エイプリルとしてのものなのだろうか。
「それは物理的な意味で? それともこれから行うであろう犯罪行為に関して?」
「両方の意味で」
「ラジャ」
 そう答え、一瞬目は閉じたものの、至は約束を守らなかった。
 千景が至から目を逸らした瞬間に、目蓋を開ければ、千景の足が床を踏みしめ、素早く男たちに駆け寄るところだった。
「うわっ、な、なんだお前は!」
 直後、男のひとりが、妙な声を上げてうずくまる。どうやら容赦ない肘を食らったらしい。千景はそれだけでは不十分だと、うずくまった男の首の辺りを蹴り落とした。
 そうしてそのまま、右足を軸にして腕を振る。手刀は喉を突き、左足は腹を蹴り飛ばす。休む暇もなく、千景のつま先は男のこめかみを蹴りつけ昏倒させた。どこを攻撃すればいちばん効果的か、千景には分かっているのだろう。
 次々と繰り出される技に、至は自分が受けているわけでもないのに痛みを感じ、目を背けそうになった。
 唇をきゅっと引き結び、コクリと唾を飲む。
(……これが、先輩の世界なんだ)
 千景はこうして、大切なひとを守っている。その場に共にいられる機会など、この先恐らくないだろう。彼の動向のひとつひとつを、じっとその目に収めようと思った。
(お芝居してる時とおんなじ、真剣な目だ……良かった、あの人はここにいる)
 千景は、好きで人を傷つけているわけではない。そんなものに快楽を見いだす男ではない。暴力沙汰は好きではないが、ホッとした。
 卯木千景が、そこにいる。エイプリルを含む、卯木千景というひとりの男だ。
「……目、つむってろって言っただろ」
 あれだけいた警備兵をすべて伸のして、千景は至を振り向いた。
 至が目を閉じていないことは、とっくに気がついていただろうに、終わってから指摘してくるあたり、怒ってはいないようである。
「死んで、ないですよね」
「ああ、息はしてるよ。別に、殺さなきゃいけないほどの相手じゃない」
「それは良かっ――」
 千景の背後で、ゆらりと動く影がある。
 死んでいないということは、まだ攻撃可能な状態だということだ。
「せんぱっ……!」
 とっさだったと思う。
 至はポケットからナイフを抜いて、千景の背後に向かって投げた。
「使うなって言っただろ」
 だけどそれは、千景の顔の横で、彼自身の手で受け止められる。
 次の瞬間、彼はその刃を握ったまま体を翻した。振り上げたナイフは千景の手を離れて、恐ろしいほどのスピードで、男の腕を突き刺した。
「ひぎゃっ……ああぁあ!」
「う、わ」
 予測していなかった攻撃に、男から悲鳴が上がる。暗がりでも分かる血の色に、至は思わずうめいた。
 千景はナイフを投げた方とは別の手で、至の目を覆ってくる。チ、と小さな舌打ちが耳に入った。
「行くぞ茅ヶ崎」
「……すみません」
「まったくだ。あんなことさせるために、護身用のナイフ渡したわけじゃない」
 奈落へ向かって走る千景の背中を追いながら、あまりの非日常に鳴る心臓を抑える。
 至の力では、そもそも相手のところまで届かなかっただろう。それを補うのと、至の手を汚させないために、千景がナイフを受け止め、投げ直すことになってしまった。
 結局足を引っ張っただけだなと、至はしょんぼりと落ち込んだ。
「でも、……ありがとうな、茅ヶ崎」
「え、あ? あの、いえ、別に……」
 前を行く千景から、思いもよらない言葉をかけられる。思わず口を覆って、叫び出してしまいそうな衝動をどうにか押し込めた。




 シトロンを無事に助け出してからも、一騒動あったのだが、カンパニーとしてはいちばん望んだ形に落ち着いた。
 シトロンの王位継承権は?奪され、国際芸術文化大臣という名目で日本への滞在を許された。従者だったガイも、シトロンのただの友人になれた。
 王位継承権を?奪されたというのを、喜んでしまっていいのか分からなかったが、シトロン本人の顔は、今までにないくらい清々しくて、落ち着いて、大人びていた。
 咲也なんかはボロボロと大粒の涙を流して喜び、綴も目頭を何度もこすり、真澄でさえが目を潤ませて、家族の無事の帰還を喜ぶ。
 そうして至は、少し離れたところで満足そうに、幸福そうに口の端を上げる千景を見やって、ホッと胸をなで下ろした。
(よかった、家族そろった……あの人が嬉しそうで、ホントに良かった)
 まあ、黙ってひとりだけ千景についていったことを、他のメンバーにしこたま怒られはしたのだが、素直にごめんと謝った。
 助け船も出してくれなかった千景を憎らしくも思うが、ついてきたのはお前の勝手だろう、なんて言われてしまえば、反論もできない。
「じゃあ、明日は帰国日だからね! はしゃぐのもいいけど、明日のことも考えて、ゆっくり休んで」
 監督であるいづみの目も、涙で濡れていた。
 だが、今回のシトロン奪回公演は、ひどく強行軍なスケジュールであることを思い出して、みんな一様に引きつった笑いを浮かべている。
 平気な顔をしているのは、海外出張が多く慣れている千景くらいだ。
「みんな、王宮に泊まってほしいヨ」
「え? でも」
「おひたしおひたしの記念、部屋はたくさんあるネ~。使わないと痛い痛いだから、みんなを使うのが一番ダヨ~」
「めでたしだし、みんなが、だろ、違ってんのか違ってないのか分かんないけど!」
「Oh……ソーリー! みんなが、の方にしとくネ」
 綴が、シトロンの緊張感のなさに呆れ、いづみが現国王の方を振り向く。そんなことを勝手に決めてしまっていいのだろうかと。
「構わない。シトロニアの家族ならば、国賓の扱いをするべきなのだろうが、手が回らなくて申し訳ない」
 というようなことを、ガイが通訳してくれる。許可が下りるのならばと、いづみは頭を下げた。
「ふふ、王宮に泊まれるなんて、この先一生ないんじゃないかな?」
「貴重ですよね。シトロンくんに感謝しなきゃ」
「アンタと一緒の部屋なら、どこだって天国」
「そういうのはないから」
「お、王宮とかホント……慣れないっていうか」
「慣れてるヤツの方が稀だろう」
「どこでもいい……寝たい……」
「こらこら密くん、ここはまだ部屋ではないのだよ、起きたまえ」
「じゃあ、ホテルから荷物持ってきましょうか!」
 王宮に寝泊まりするという貴重な体験を前に、メンバー全員がそわそわした様子だ。いつも落ち着いている東でさえが、緊張しているようで、それこそ貴重なものを見たと思わせる。


#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス