華家
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No.371
カクテルキッス03 2018.08.19
#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス
そうして、日付が変わっても土曜日なのをいいことに、いつもよりほんの少し熱中した。 そのせいか、部屋…
カクテルキッス03
favorite いいね ありがとうございます! 2018.08.19 No.371
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そうして、日付が変わっても土曜日なのをいいことに、いつもよりほんの少し熱中した。
そのせいか、部屋のドアの向こうが、にわかに慌ただしくなったのにも気づかなかった。
「茅ヶ崎!」
「……は?」
蹴破らんばかりの勢いで、ドアが開く。壊れてしまうのではないかと思うほど乱暴な音に、心臓が飛び出そうなほど驚いた。
「せ、ん、ぱい?」
息を荒らげて、ずかずかと入り込んできたのは、至が想ってやまない卯木千景。珍しく汗まで浮かんでいそうな形相に、目を見開いた。
「え、あの、どうし――」
「怪我、どこだ。何があった!?」
「は? なに、なんでっ……」
千景は歩み寄るなり、責めるようにも訊ねてくる。どうして千景が、怪我のことを知っているのだろうか。
そもそも彼は今〝仕事中〟のはずではないのか。終わったのだろうかと考えるより先に、千景が至の右腕を掴んでシャツの袖をぐっと上げさせた。
「めざと過ぎワロタ」
袖で隠れていたのに、なぜそこだと分かるのだろう。それも仕事柄なのだろうか、などと、どこか他人事のように思った。
「ちょ、せっかく手当てしてもらったんですから、取らないでくださいよ、先輩。そんなに大袈裟なもんじゃないんで」
煩わしそうに包帯に指をかけた千景を、至は慌てて止める。浅い傷口とはいえ、千景には見られたくない。
日常の平和を守ってくれている千景に、非日常に侵された部分など、見せたくない。
(……あ)
至は、眉間にしわの寄った千景の顔を見て、気づく。
(もしかして、先輩があの時、俺に傷口見せたくなかったのも、同じ理由?)
彼が怪我を負った時、包帯を巻き直すことさえさせてくれなかった。千景のすべてを知っている密には、手当てをさせていたのにだ。
だけど、それと同じことを、至もしている。
千景への想いも全部知っている万里に、手当てをしてもらって、千景には触れさせたくないこの思い。
もしかしたらあれは、煩わしかったのではなく、そういう気持ちからだったのだろうか。
(分かりづら……)
器用なように見えて、お互い不器用過ぎるのだ、とそこで初めて思い当たる。
「万里が……お前が刺されたって」
「はァ!?」
至の腕をぐっと握って、包帯を見下ろす千景から、ぼそりと呟かれる言葉。至は思わず素っ頓狂な声を上げた。
だがしかし、考えなくても分かったことだ。この怪我のことは、当事者と警官と、あそこにいた目撃者と、万里しか知らないのだから。
気まずそうに、LIME履歴を確認する千景から、バッと端末を取り上げて、ことの次第を知ったらしい会話履歴を追いかけた。
『至さんが刺されたんすけど』
『手短に状況を話せ』
『いや……本人に聞いた方がいいと思う……一応話せる状況ではあるんで』
(なんだよこれ、見ようによっては大怪我みたいに!)
既読がついたその後は、履歴がない。これを見て、千景は慌てて帰ってきたのだろう。
至はカアッと頭に血が上って、千景の端末で万里へのコールをタップしていた。
『うい~す』
「うい~すじゃねえわ万里ィ!! お前な、言うなって言っただろうが!」
『あ、把握。いやー日本語って難しいっすわ至さァん』
「あァ!?」
『俺はね、〝今寮にいるヤツらには〟って言ったんすよ。千景さんさっきいなかったっしょ』
端末の向こうからは、万里の笑う声が聞こえる。その奥で、諫めるような紬の声も聞こえる。
『じゃ、千景さんいるみたいだし切るわ。さっさと自覚しなって』
「はぁ!? おい、ちょっ、万里!」
抗議をしきる前に、通話が切れる。もう一度コールをタップする気力は、至には残されていなかった。
「……ふざけんな、っの馬鹿」
まさかこんなトラップが仕掛けられているなんて、とそこまで思って、青ざめた。千景が慌てて帰ってきたということを歓喜する前に、邪魔をしたのではないかという思いが頭をよぎる。
「あ、の、先輩……用事、終わったんですか? 別に、大したことないんで、その」
至はあえて、仕事とは言わなかった。千景の顔つきが変わる。
やっぱり邪魔をしてしまったのかと、首を竦めた。
「状況、話せるか。何があったんだ」
「え……」
「別に邪魔はされてない。万里から連絡が来たのも、終わってからだったし。大体、……用事中にこっちの端末気にするわけないだろ」
千景の言うことはもっともだ。集中しないといけない時に、気を奪われるものか。
「何があった、茅ヶ崎」
真剣な顔で訊ねてくる千景に、黙っているわけにもいかず、至は口を開いた。
「言ったでしょ、今日っていうか昨日、財務の女の子にプレゼントもらっちゃったって。その子の元カレだかストーカーだかが、八つ当たりで襲ってきただけです」
車に乗り込む直前だったこと、目撃者は結構いたこと、誰かが通報してくれたおかげで、警察がわりと早く着いたこと、怪我はこの右腕のみであったことを話した。
千景はその間中ずっと、包帯の上から至の右腕を撫でていた。
「……だから、大したことないんですよ」
「お前、これ俺に言わないつもりだっただろう。全部脱がせたら、どうせ分かるのに」
「ははっ、エロす」
至はそう返して笑うものの、あるひとつの仮定に気がついた。
「……ねえ先輩、もしかして慌てて帰ってきたのって、俺が組織の人間に狙われたのかもって思ったんですか?」
びくり、と千景の肩が揺れる。珍しく動揺しているようで、真実を悟ってしまった。
至は千景の真実を知る、数少ない人間だ。刺されたなどと知らされれば、組織が口封じに動き出したのかと思ってしまうのも、当然だろう。
「そんなわけないでしょ。だってあれは全部、俺の妄想なんだし。そんな世界からエージェントが抜け出して、一介の廃人ゲーマーをどうにかするとか、先輩大丈夫ですか? お疲れです?」
肩を竦め、そんなことはあり得ないと揶揄する。至の妄想を、千景が引き継ぐ必要はない。
「せーんぱい。こんなことで、またやめるとか言い出さないでくださいね。そんなこと言う暇があったら、俺を抱く時の誘い文句でも考えておいてください」
「……どれだけセックス依存してるんだ」
「やだな、俺が依存症なのはゲームだけですよ。まあ先輩限定でなら、セックス依存も悪くないですけど」
色を含んだ声を吐き出すと、千景はふいと視線を背け、ようやく至の右腕を放した。
「お前の妄想に少し付き合うけど、確かに警告なのかと思った。以前隠れ家アジトの方に来た時、やっぱり顔を見られていたのかもしれないとな。自覚をしろ茅ヶ崎」
千景は自分のチェアに腰をかけ、至との距離を取る。腕を解放する前に、彼の指先がほんの少し震えていたことには、気がつかなかったふりをした方がいいのだろうと、至は視線だけで先を促した。
「俺の周りには敵が多い。商売敵にしろ、……内部の人間にしろ、だ。そういう俺と深く関わるということは、リスクが高いって、お前なら分かるだろう。体力も俊敏さもないお前が、この先無事でいられる保証はないんだぞ」
自覚をしろ、と先ほど万里にも言われて、だけど千景の言うカテゴリとはまったく別物で、どちらがより〝平和〟なのだろうかなんて考えた。
「俺も実際、先輩の関係者かなってちらっと頭をよぎりましたけど。昔のお相手かなとか。でも先輩が関わってなくても、あのナイフ……場所が悪ければ危なかった。そういうのを頭に置いて暮らしていけって言うんですか」
今回のことは、至が知らないうちに、他人からの恨みを買っていた。そうでなくても、命の危険なんて日常にも転がっている。事件であったり事故であったり、自分の意思が介在できないものが。
だけど千景のことに関しては、少なくとも自分の意思がある。
危険かもしれないことは分かるが、それを表に出していたくない。危険だと認識して千景と触れ合うのは、それこそ彼に〝非日常〟を感じさせてしまうだろう。
「差し当たって俺が危険だなーって思うのは、先輩に足腰立たなくさせられたらどうしようとか、今日みたいに放置されてったらどうしよう、ってことくらい」
「……外せない用事だったんだ。仕方ないだろう」
「ふふ、男の人っていつもそう、ってとこですかね」
立てた膝に頬を当て、千景に向かって笑ってみせる。
別に、今回の情事が中途半端だったことには、それほど怒っているわけではない。無事に戻ってきてくれたのならば、それでいい。
関係ないところで、至が怪我を負うという事件は起きたわけだが、それさえなければ、今、この瞬間が、互いにとっての日常であってほしかった。
「ねえ、埋め合わせ、おねだりしてもいいですか」
「は?」
千景が不審げな視線を向けてくる。
今回の放置の埋め合わせとなれば、普通は行為のやり直しを連想するだろう。寮ではしないという約束なのに、という千景の戸惑いが見えて、至は笑ってしまった。
「期待を裏切って申し訳ないですけど、ちょっと、一緒に……眠りたいなってだけですよ。俺は何もしません。先輩がしたければいいですけど?」
日常が生まれるこの部屋で、千景の温もりを感じてみたい。それくらいなら、許されてもいいはずだ。
「……ベッド、狭くないか」
「我慢してください、それくらい」
「……一緒に、眠るだけ?」
「そう。先輩とは、そういうのしたことないでしょ。セフレなんだから当たり前だけど」
千景が、チェアの上を見上げる。そこは千景の使うロフトベッド。百八十センチ前後の男が二人で横になるには、少々狭いだろう空間だ。
「……構わないけど、シャワーしてからでいいか。匂いが残ってる」
ホテルでもシャワーをしたのに、千景はためらいながら口にする。至はどうぞと促し、自分も腰を上げて、千景のベッドに上がった。
まさかこんな要望が通るとは思わなかったけどと、ひとりで笑いながら。
#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス