カテゴリ「カクテルキッス03」に属する投稿22件]3ページ目)

(対象画像がありません)

たった一度のI love you-002-

カクテルキッス03 2018.08.19

#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス

 至は翌朝、一人きりの部屋で目覚めた。触れて確かめずとも、千景のベッドは冷えているのが分かって、昨夜…

カクテルキッス03

たった一度のI love you-002-


 至は翌朝、一人きりの部屋で目覚めた。触れて確かめずとも、千景のベッドは冷えているのが分かって、昨夜は帰ってこなかったのだと知れる。
(まあ、そうだろうな。気まずい、だろ……)
 顔を合わせなくて済んだことに安堵する。
 だけど顔が見たかった。複雑な気分だ。
 至はベッドを降り、身支度を調えてダイニングへと向かった。
 テーブルでは万里が、トーストされたパンをかじっており、ひらりと手だけ振ってくる。
 高校時代には、朝から登校なんかかったりィなどと言っていた男も、大学でやりたいことを見つけたらこれだ。いい傾向である。
(お)
 そうしてその向かい側に、紬の姿。それはいつからか見慣れてしまった光景だったが、至を視界に認めた途端、恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いてしまった。
(ははぁー、ナルホドね)
 恐らく昨日、関係を打ち明けてしまったことを万里から聞いたのだろう。
 別にからかうつもりもなかったが、そんな愉快な様子を見てしまっては、うずうずと悪戯心が這い上がってきてしまう。
 至は、あえて紬の隣に腰をかけ、にっこりと笑ってみせた。
「おはよ、紬」
「お、はよう、至くん」
「……ったるさァん」
「はは、ごめんごめん、怒るなって」
 万里の鋭い視線と低くなった声音に、両の手のひらを向けてみせ、ホールド・アップ。こんなことで争うつもりはない。
 万里が理解してくれたように、至自身も彼らの理解者でありたい。
「紬、万里に泣かされたらいつでも相談きていいよ」
 他の団員もいる手前、こっそりと紬に耳打ちすると、彼は驚いたように、目を見開いて振り向いた。そうしてはにかむ顔は、現在の彼の幸福さを物語っている。
「うん、ありがとう。今のところ大丈夫かな」
「……誰が泣かせっかよ」
 ぼそりと呟いた万里の声は、本当に小さかったが、至にも、もちろん紬にも聞こえてしまった。恥ずかしさにか、紬は両手で顔を覆ってしまう。
 幸せそうだなあと、あんなことのあった翌朝に、至はじわりと胸を温かくした。
 そうしていつも通りの朝食を終える。カレーじゃなくてよかったと思うのは、どうしてもカレーから千景を連想してしまうからだ。
(でも、カレーじゃなくてよかったって思う時点でもう、先輩のこと考えちゃってんのワロ。……昨夜は、向こうで寝たのかな……)
 それでも千景のことを考えてしまう自分が情けなくて、玄関で苦笑を漏らす。今日は電車でゲームに励む気にもならないし、車で行こうとキーを握りしめたところへ、声をかけられた。
「至くん」
「紬? どっかの客演稽古? 乗っけてこうか。まだ時間あるし」
 ゆったりとした朝食を終えてきた紬だった。
 彼は家庭教師のアルバイトをしているが、まさか平日この時間から家庭教師もないだろう。そうなると、時おり呼ばれる客演関係だ。そちらの稽古に行くのかと思いそう返したが、紬はふるふると首を振った。
「あの、その……ごめん、至くんのこと、万里くんに聞いちゃって」
 気まずそうに視線を背けられ、ああそうかと至は肩を竦めた。
 万里との関係を話したことを聞いた際に、至自身の恋も聞いたのだろう。それはごく自然な流れであり、万里を責めるつもりもないし、紬に口止めをするつもりもない。
「別に、紬が気にするようなことじゃないだろ。俺だって紬たちのこと聞いちゃったんだから、おあいこだって」
「うん……でも、ちょっとびっくりしちゃって」
「だろうね。こっちは一方通行だし」
 一緒に玄関を出て、車までの短い距離を共に歩く。
 知られてしまった恋心は、なぜか至自身、すんなりと受け入れられる。
 今まで、千景を好きになるのはいけないことだと思っていた。今でも、少なからずそう思っている。
 だけど、この想いを知っている男の誰もが、一切否定をしてこない。否定したがったのは、たぶん至ひとりだ。いけないことなのだと思うことで、意図的に千景から逃げてきたような気さえする。
「でも、誰かを好きになるっていうのは、いいことだと思うよ。叶うにしても、叶わないにしても。俺は運良く叶ったっていうか、気づいた時には好きになられてて、なってただけだし」
「そうなんだ。今度聞かせて、紬たちの話」
「うん。至くん、あの……、千景さんて、大丈夫……?」
「――え?」
 紬の言葉が歯切れ悪くなる。至は息を飲んだ。
 紬は、千景の何かを知っているのか。
 以前の拉致事件の時に、密から何か聞いているのかもしれない。同じ組にいるのだから、そういうやりとりがあっても、おかしくないはずだ。瞬時に、いろいろな仮定が頭の中を廻った。
 ここは、なんと言うべきなのか。千景のことは知っているふうに返せばいいのか、それとも何も知らないふりをしていればいいのか。
(どっちだ? 紬、何をどこまで知ってるんだ……先輩が言うわけないけど、密の方から何か聞いてる……いや、でもここで肯定したら、知らなかった場合にまずい)
「大丈夫って、何が? あ、あの人は同性がそういう対象だから、そういう意味なら平気だよ」
 あの拉致事件で、恐らく千景と密の間に、何かあったことくらいは知っているのだろう。
 あの二人が昔からの知り合いであったこと、軽くない確執があったこと、あの事件で和解できたことくらい、誰だって推察ができる。
 千景がどんな組織に属しているかまでは、紬は知らないはずだ。
 至はそう解釈して、話題を逸らしてみた。
 千景の立場が悪くなることだけは避けたい。その引き金を引いて、嫌われたくない。恐らくあの男は、邪魔になると知ったら平気で手を離す。だから、紬には踏み込んでほしくない。
「そうじゃなくて……千景さんて、なんだかちょっと、何を考えているか分からない時があるっていうか。あ、ごめんね貶す意図はないんだ。あの人を相手にして、至くんが傷つくんじゃないかって、俺、心配で」
「――以前よりは、格段に分かるようになったけどね。壁が、薄くなってる。ありがと紬、俺は大丈夫だから、心配しないで」
 そうだよなあと、至は心で思って笑う。
 以前の千景は、顔は笑っていても、奥で何を考えているか分からない時があった。
 心理学を専攻していたらしい紬には、それは顕著に感じられただろう。職場で接していた至でさえそうだったのだから、紬がそう思うのは仕方がない。
「あの、だからね、苦しくなったら、ちゃんとよりかかってね。俺でも、万里くんでもいいから、ちゃんと言ってほしい」
 至は目を瞠って、紬を振り向いた。
 どうやら、本当に言いたかったのは、そっちの言葉らしいのだ。回りくどいことをせずに、直球で言ってくれればいいのにと、目を瞬く。だけど、紬らしいとも思ってしまう。
「うん……そうするよ、ありがとう紬」
「よかった、口出すなって言われるかと思っちゃった。今度俺の話も聞いてね至くん」
「ハハ、紬の場合はさ、愚痴っていうよりのろけになるんじゃない?」
「えっ? そ、そんなことないと思うけどなあ」
 言いながらも、紬の頬は赤い。きっと幸せな恋愛をしているのだと、至の心も軽くなった。
(うん、でも……本当に、肩の荷が下りたっていうか、楽になった。話せる誰かがいるって、こういうことか)
 そういえば、高校時代にも同じような感覚を味わったことがある。
 ゲーム好きなことを隠して、自分を作っていたあの頃、話せる相手がいた時もある。
 あの時も、すっと体から力が抜けていったような気がするのだ。
「じゃあ至くん、いってらっしゃい。気をつけてね」
「ん、ありがと」
 至は車に乗り込み、見送ってくれる紬にひらりと手を振って、アクセルを踏み込んだ。
(これで、俺と先輩のことを知ってる人は三人、か……)
 知られたくはなかった。できれば、墓まで持っていきたい事実でもあった。
 千景にこれ以上ハマりたくないと思う傍らで、もっと溺れてしまいたいという思いがある。
 それを、許された気分だった。
(誰も否定しないんだもんな。ほんと、お人好しばっか)
 誰か一人くらい、〝馬鹿なことはやめろ〟と止めてくれてもいいものを、彼らはいとも簡単に、人の恋心を受け入れてしまう。
 否定してくれるのはきっと、千景くらいしかいない。
(否定されたい気持ちと、受け止めてほしい思いがごちゃ混ぜだ……恋って面倒くさい)
 面倒くさいと思うのに、やめてしまえない。
 至の瞳は千景を映したがる。唇は彼の名を呼びたがる。指先は触れたがる。
 信号で停まるたび、至は両手で握りしめたステアリングに突っ伏して、ゆっくりと息を吐いた。


#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス

(対象画像がありません)

たった一度のI love you-001-

カクテルキッス03 2018.08.19

#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス

 両想いなんじゃねーの? 摂津万里が、突拍子もないことを口走った。「…………は?」 至は慣れないその…

カクテルキッス03

たった一度のI love you-001-



 両想いなんじゃねーの?
 摂津万里が、突拍子もないことを口走った。
「…………は?」
 至は慣れないその単語を頭の中で反芻して、目を眇め首を傾げ、指先で支える。カクテルXYZに含められた意味を、もう一度考えた。
 両想い。
 両想いということは、至が千景を好き――これは確定事項だが、加えて千景が至を好きだということだ。
 想い合う気持ちがあるのかもしれない。視線を重ねて、指先を絡ませ合って――そんなもしもを想像して、浮かれ気分になったのは一瞬だった。
「ねーわ」
 至は万里の仮定を否定する。すっと目を細めて、一瞬でも夢を見てしまった自分を自嘲して、口角を上げた。
「ない。それだけは絶対にない」
「なんでっすか。そんなに険悪な感じには見えなかったけど」
「好きな男相手に、……あんなことできるかよ。馬鹿言うな」
 至は項垂れて頭を抱える。
 不思議そうな万里の視線には気がついたけれど、口に出せない。このソファで犯されたことも、薬なんか飲まされたことも。
 好きな相手に、そんな乱暴なことできるはずがない。少なくとも自分はそうだ、と至は長い息を吐いた。
「至さん、アンタ……」
「万里、頼むからほんと、期待させるようなこと言うな。俺と先輩の間には、お前と紬みたいな優しい空気はないんだよ」
 心臓が潰れそうに痛い。万里たちならうまくいっているのだろうと思うと、自分たちの――いや、自分だけの不毛な想いが、馬鹿馬鹿しくなってくる。早くやめてしまいたいと思うのに、思う傍から千景に触れたくなる。どうしようもない。
「俺らだって、最初からうまくいったわけじゃねーんだけど……」
「は、めっずらし。人生イージーモードの摂津万里が?」
「あー、でもこれだけはハードモードだわ。優しくしてぇのに、紬さんに俺のわがまま押しつけそうにもなるし、何考えてっか分かんない時あるし」
 へえ、と至は驚嘆の相づちを打つ。何でもできそうな摂津万里でさえ、真剣な恋にはそんなふうに悩むのかと。だったら自分が悩んでいても、何もおかしいことはないのだと、ほんの少し安堵する。
「冬組の旗揚げ公演の頃だったな、気づいたの。大変な時だったのに、紬さんに告ってさ。そんでもちゃんと考えるって言ってくれた時はすげー嬉しかった」
「旗揚げって、GOD座とのタイマンACTん時じゃん。万里、空気読めよ。……あ。思い出した。そういやお前あの頃、抜きネタ何使うか訊いてきたよな。あー、なるほど納得」
 そう古くない記憶ではあるが、至はその時の記憶を掘り起こす。
 性欲処理に何を使うのかと、当時高校生だった万里に訊ねられたことがある。どうも身近な相手をネタに使ってしまったことに、後ろめたさを感じていたようなのだが、その理由が今分かった。あの時の〝身近な相手〟が紬だったなんて、思いもよらなかったけれど。
 あの時万里は、「好きな相手に乱暴なことはできない」と言っていた。至もそれに、「俺だってそーだわ」と返したような気がする。
 あの頃から、少しも変わっていない。
 それなのに、まさか自分がこんなふうになってしまうなんて。
 万里は恋を叶えた。自分は恋をした。叶いそうにない、絶望的な恋を。
「……いーなぁ……」
「アンタでも、そんな弱音吐くんだ」
「いや吐きまくりだろ。仕事行きたくないとか仕事行きたくないとか仕事行きたくないとか」
「そうじゃなくて。アンタ恋愛方面はうまいことやってんのかと思ってた」
「期待を裏切ってすみませんー」
「俺に話すみたいに、千景さんにも言えばいいのに」
「いや、あの人に言うくらいなら、我慢してセックスだけしてひとり枕を濡らす方がましだわ」
「言い方」
 千景にはどうしても知られたくない。同性を性対象にする千景でも、パートナーにするならそれなりの相手を選ぶはずだ。
(あっちの仕事に何も言わないヤツだろうな。もしくは仕事仲間かな。そうだよな、その方が説明しなくて済むんだから、楽だし。……俺なんかまるっきり対象外。体力ねーし)
 膝の上で頬杖をついて、いつか千景の隣に並ぶだろう相手を想像してみる。あまりにも現実感がなくて、笑ってしまった。
「千景さんて、そんな乱暴な感じなんすか。俺もいまだに読めねー。脱出ゲームしてんのは楽しいけどさ」
「ああ、そういや先輩とたまに行ってんだっけお前」
 春の公演が終わってから、千景と他の団員たちの距離も少しずつ縮まってきた。
 監督拉致のことがあったせいか、最初は戸惑いもあったようだが、徐々に薄れてきているようだ。
 それは、素直に嬉しいと思う。万里も、脱出ゲームに誘ったり誘われたりしているらしい。
(先輩は、ある意味専門家みたいなもんだしな。チート技いっぱい使ってんだろうけど。……万里は、何も気づかないのか、それとも、明け透けだったのは俺に対してだけなのか)
 千景は以前から、至に対して裏の仕事をほのめかすようなことを囁いてきていた。決定的なものはなかったにしても、気づいてしまう要素は、そこかしこに鏤ちりばめられていた。知ってしまえば、あれも、これも、千景にとっては真実だったのだと気づく。
 どうして自分に、と胸が熱くなる。
 自惚れたくないと思うのに、万里が言った、夢みたいな言葉のせいで、浮かれてしまう。
(違う……違う、そうじゃない。期待したら駄目だ)
「先輩は……たぶん優しいと思う。俺を抱く時も、他の相手にするよりは優しくしてるって、言ってくれたし。まぁそういうとこデリカシーないんだけどな。マジ殺したい」
「……ガチでセフレなんだ、アンタら」
「だからそう言っただろ。同じ相手と二度はないって言ってたけど、俺とは続いてるから、都合がいいんだろ。同じ職場で同じとこ住んでると、予定も把握できるし」
 続いた理由なんか、それしか思い当たらない。至が千景の立場だったら、わざわざワンナイトの相手を探すより、事情を知っている男に声をかけるに違いない。
「そういうもんかな……」
「そういうもんなの。大人には大人の事情ってものがあるんだよ、未成年」
「分かりたくねーわそんなもん」
 万里が隣で息を吐く。どことなく怒っているように見えるのは、やはり〝セフレ〟という関係に納得していないからだろう。至は苦笑して、視線を逸らした。
「でも、ありがとな、万里」
「何がすか」
「聞いてくれて。ちょっとキャパオーバーしそうだったから」
 千景を好きなことは、きっと変わらない。
 犯されようが、妙な薬を飲まされようが、この先どれだけ騙されようが、至の千景への想いは消えないのだろう。恋なんて不確かなものに、心を持っていかれるとは思っていなかったせいで、体と心と脳の許容量が、限界ギリギリだった。
「……俺で良ければいくらでも聞くし。なんなら肩でも胸でも貸すぜ?」
 万里はそう言って、ぽんぽんと肩を叩く。至は目を瞠って、くくっと喉を鳴らして笑った。
「いや、紬に恨まれそうだから遠慮しとくわ。妬いてる紬も見てみたいけど」
「それはそれで見てーわ俺も」
 はは、と笑い合う。まだ、笑える自分がいることに、至は安堵した。
 いくらこんな恋が初めてでも、世界のすべてが千景で染まってしまうわけではない。千景がいないと生きていけないわけではない。
 この胸の痛みは、生きていく中で考えたら、ほんの些細なものなのだと、思うことができた。
「でもマジで言ってんだぜ至さん。アンタと千景さんどっちか選べって言われたら、悪いけど俺は至さんを選ぶし、アンタが苦しんでるんなら、力になっから」
「万里……」
 まっすぐに見つめてくる万里の瞳には、一切の迷いも?もない。心の底からの言葉なのだと分かる。友情ごっこは苦手、と思っていても、素直に嬉しかった。


#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス