No.322

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ONE NIGHT IN HEAVEN-003-

カクテルキッス01 2018.05.03

#セフレ #シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス

「……お前、人に出された物飲むのはマナー違反だろう」「先輩そういうこと気にするタイプじゃないでしょ」…

カクテルキッス01

ONE NIGHT IN HEAVEN-003-


「……お前、人に出された物飲むのはマナー違反だろう」
「先輩そういうこと気にするタイプじゃないでしょ」
「茅ヶ崎、あの女に食われたいのか?」
「は?」
「女を振り向くな。俺の質問に答えろ、あの女とホテルに行きたいなら邪魔はしない」
 あの女と言われて、このカクテルをくれた女性だろうと思い当たり、振り向こうとするけれど、千景の鋭い視線と低い声に負けて、できやしない。さらに、面倒そうな言葉が降ってくる。
「冗談でしょ。悪いけど好みじゃない」
「ああ、監督さんみたいなのがタイプか? それなら女の好みは悪くないな」
「いや監督さんにそういうアレは……」
「まあお前の好みはどうでもいいけど、面倒なことしてくれたな」
 グラスを持つ手首をカウンターに押しつけられる。これ以上飲むなということなのだろうが、面倒という理由が至には分からない。
「茅ヶ崎、怒るなよ? ……俺に合わせろ」
「え、ど、どういう」
『二人で飲もうなんて言ったから期待したのに、女の誘いに乗るのかよ、修司(・・)
 千景の声のトーンが変わる。違う名で呼ばれる。エチュードなのだと瞬時に悟った。
『そ、そんなつもりは』
『カクテルの意味も知らないで、ほいほい受け取るな。一夜だけの遊びができるんだったら、俺でもいいだろ……!』
 千景の……千景の役が、押しつけられた手からグラスを分捕っていく。至は役に入りきれずに目を泳がせた。
(一夜限りって、あーもしかしてそういう意味かコレ)
 カクテルにも、それぞれ意味があるのだと、先ほど知った。察するに女性から送られたアキダクト・カクテルとやらは、一夜限りのワンナイトロマンスというような意味でもあるのだろう。
 それとは知らずにうっかり飲んでしまったことを、さすがに後悔した。千景が怒るのも無理はない。
『修司』
貴史(・・) 、え、ちょっと、待っ……』
 考え事をしている隙に、グイと強く抱き寄せられた。
〝貴史〟の真意を悟る前に、唇同士が触れてしまう。流れ込んできたのは、一夜限りを意味するアキダクト。
 至は目を瞠る。傍にいた店員が、気を利かせてか離れていくのをその視界に認め、顔の熱が上がった。
(怒るなよって、これ、怒るに怒れないんだけど……)
 塞がれた唇では、物理的にも、そして助けてくれているのだと思えば、心理的にも怒れない。たかがキスだ、と目蓋を落とす。
(先輩、じゃ、ないか。貴史はずっと修司のこと好きだったって設定だよな。でも貴史だってまんざらでもなかった……違うな、好きだった、の方がいい。期待、したよ。二人で飲もうって言ったら、OKしてくれたの……)
 エチュードでも、観客がたとえ少なくても、気を抜きたくない。紬や丞の演劇馬鹿が移ったかなと、至は空いた片腕を背中に回して抱き寄せた。
『貴史、いやだよ、俺……』
 いったん唇を離して、正面の彼をじっと見つめる。
〝彼〟の瞳が寂しそうな色に変わるのに、胸がズキリと痛んだ。
『お前とは、一夜なんかじゃ終われない……!』
『修、……』
 そうして自ら唇を重ねた。
 彼とキスをするのは初めてではない。気持ちよかったあの日のキスを、まだ忘れていない。乗ってくるかなと思いつつ唇を開けば、忍び込んでくる舌先。すぐに捕らわれる……いや、捕らえさせた。
『んっ――』
 初心なふりをしようか。それともいっそ積極的に出てみようか。
 彼はどちらの方が好みだろう、とうっすら目蓋を上げれば、レンズ越しの瞳と出逢ってしまった。
 愛しそうに〝修司〟を見つめるその色に、ドキリと胸が高鳴った。
 同時に、ぞわりと何かが背筋を這い上がってくる。
 心音が速くなる。〝貴史〟が触れている箇所が、異様に熱い気がしてくる。
(入りすぎた。いや、まだ大丈夫、入りすぎたって思える自分が残ってる)
 カウンターで情熱的なキスを交わしながら、至は引き際を探した。いや、探したいのにそうできない。彼のキスは心地が良すぎる。
(待って。待ってヤバい……やっぱこの人相当な場数踏んでんだな……)
 ぞわぞわと肌を取り巻くこの感覚が、何なのかは理解できる。
 理解はできるが、認めたくはなかった。
(キスひとつで感じるとか、ほんとこの人チート過ぎる。これで何人の男を手玉に取ってきたんだか)
 なんだか無性に腹立たしい。
 仕事なのかプライベートなのか知らないが、そのうちの一人になんかされたくない。
 至は絡みつく舌に歯を立ててやった。
 ん、と小さく声を上げて、千景の体は離れていく。その視線は至ではなく、テーブル席の女性に注がれているようだった。
『ここ、出ようか、修司』
『貴史……』
『収まりがつかない』
 それでも演技はまだ続けているようで、手が腰に回ってくる。びく、と震えたのは、演技だということにしておいた。
「今後、お前と二人で飲みにいくのはやめにしておくよ、茅ヶ崎。どんなイレギュラーが起こるか分かったもんじゃない」
 飲んでしまったアキダクトの分に、チップを少々上乗せして、店を出るなり卯木千景に戻る一人の男。さらりとした髪を、すらりとした指で面倒そうにかき上げるのが、癇に障った。
「すいませんでしたね、世間知らずで。っていうかあんな意味があるとか思わないでしょ、普通」
「茅ヶ崎ならそういう誘いもたくさんあっただろ、これまでに。もっとあからさまなのかな」
 おかげで、助けてもらった礼もろくに言えていない。突然唇を奪われたことで帳消しになるだろうかと、視線を背ける。
「あからさまな方が、分かりやすくていいですけどね。色仕掛けで仕事取ったことなんてありませんから、俺は」
「なんだ、いやみとはご機嫌斜めだな」
「誰のせいだと思ってるんです? あ、あんな……突然キスなんかされたら、怒りたくもなりますよ」
 今さら唇を拭っても、感触は消えない。
 千景の唇、千景の舌先、濡れた音、湿った呼吸、響く衣擦れ。
 おかしな気分になっているのは、自分だけだと言われているようで、恥ずかしくてしょうがない。
「怒るなって言ったぞ、俺は。ああでもしないと、お持ち帰りコースだっただろう。あの女、いっそどっちでもいいみたいな顔してたからな」
 あの手合いはいろいろ搾り取られる、とネクタイのノットに指をかけて崩す。その仕種にさえ、胸が鳴ってしまった。
(あのカクテル、何ていったっけ、アキ……アキダクト、そう、アキダクトのせいだ。ウォッカが強い……そのせいだ、絶対)
「まあ、お前とのキスは悪くなかったな、茅ヶ崎。うちのエージェントにいたら、ボトムで充分やっていけるだろうに」
 振り向いた千景の指先が、至の唇を撫でる。どういうつもりで、そんないたずらを仕掛けるのか、少しも分からない。分からなくて腹が立つ。たぶん、それだけだ。
「じゃあ、先輩がお持ち帰りします?」
 その指先が離れていく前に、至はぺろりと舌先で遊ぶ。レンズの奥の瞳が揺れたのを確認して、気分が良かった。
「茅ヶ崎」
 とがめるような、いさめるような視線が突き刺さる。動揺は一瞬で隠れてしまった。
 自分はこの男をどうしたいのだろうと、至はレンズの向こうの瞳をじっと見返す。慌てさせたいのか、暴きたいのか、跪かせたいのか。最後のはないかなと思いつつ、口の端を上げた。
「俺の中にアキダクトなんか流し込んでおいて、そのまま知らんぷりって、ひどくないですか? 先輩」
「……キスだけじゃ足りなくなったって言うなら、まあ、確かに俺にも責任があるか」
「それな。あんな恋人同士みたいな熱いキス、体が勘違いしちゃってもしょうがないでしょ」
 千景はややあって、あからさまにため息をつく。至が舐めた指先で眼鏡のブリッジを押し上げ、目を細めた。
「ノンケに手を出す気はなかったんだけどな。まあ茅ヶ崎なら、面倒なことになる可能性はゼロだし……いいよ、ついておいで」
 どうも子供をあやすような言葉に、至は眉をひそめる。ベッドへの誘いくらい、もっと色気があってもいいんじゃないか。そんなふうに思う。
 せめてもう少しだけでも優しさがあれば――そう続けて考えかけ、ふと足を止めた。あれば――なんだというのだろう。
「茅ヶ崎? 怖じ気づいたなら、帰っていいよ」
 立ち止まってしまった至を訝しんで……いや、面白がって、千景が振り向いてくる。その言いように至は諦めたように息を吐き、小さく首を振った。
 この男に、優しさなんて求めたら負けなのだと。
「行きますから、ちゃんとイカせてくださいね」
「ああ、わりとお安い御用だな」
 口の減らない千景に、対抗できる手段など今のところない。至は早々に諦めて、熱のこもる体だけどうにかしてもらおうと、彼の少し後ろを歩いた。


#セフレ #シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス