- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
カテゴリ「塚跡お題100本マラソン」に属する投稿[100件](8ページ目)
あと……5分だけ
キッチンで朝食を準備していると、奥の寝室から聞き慣れたアラームの音が聞こえてくる。
手塚はふと顔を上げてその音が止まるのを待ってみた。十秒ほどしてそれは不自然に止まり、起きたかとコンロに向き直る。
だが、それ以降一向に物音がしない。アラームを止めた人物がいるはずなのだが、物音一つしないということは、二度寝を決め込んでいるのだろう。
仕方がないなと手塚はコンロの火を止めて、寝室へと向かった。
案の定、アラームをかけたスマートフォンを握りしめたまま、ベッドですやすやと眠る男の姿が目に入る。ため息を吐いて声をかけてみる。
「おい、跡部」
返事はない。覚醒はしているのだろうが、身動きひとつしない。ゆっくりとベッドへ歩みを進めて、肩を揺さぶってみた。
「跡部、いい加減に起きろ」
「んん……」
ようやく応答が返ってくるけれど、それは了承の合図ではなさそうだ。
綺麗な金の髪が、白いシーツに散らばる様には胸がざわつくが、おかしな気分に浸るわけにはいかなかった。
「起きろと言っているんだ。お前ともあろうものが二度寝だなんて、情けないぞ」
「…………起き、てる」
「そうか、じゃあ起き上がれと言い直そう」
眠そうな声で抗議されるが、さらに追い立てる。今日は休日ではないのだ、これ以上寝ていたら、準備の時間がなくなってしまう。
「誰かさんのせいで腰が痛ぇんだよ」
「俺以外が原因なら破局の危機だが」
「てめぇ以外に誰がいんだよ、俺をこんなにしちまうヤツが」
少しずつ、声がハッキリとしてくる。速度もいつものものに近くなって、よしと手塚は頷いた。
彼は昨夜のことを責めたつもりなのだろうが、その手には乗らない。
この男を――跡部景吾を抱けるのは自分しかいないと、優越感を味わう結果にしかならないのに、どうして攻撃できると思うのだろうか。
分が悪いと思ってか、無駄だと悟ってか、跡部はゆっくりと起き上がる。その素肌には確かに昨夜散らせた花びらが舞っており、朝っぱらから目に毒だ。
あんなに付けただろうかと記憶が定かではないのは、夢中だったからに違いない。となると、彼がダウンしてしまうのも仕方のないことだったのだろうか。
「…………無茶をさせたようだな」
「フン、今さらだぜ。モーニン、ダーリン」
「ああ、おはよう跡部」
だが怒ってはいないようで、いつものように頬にキスをくれる。最近ようやっと慣れてきたお返しのキスを跡部の頬に贈って、差し出された手を引いて彼の体を引き上げた。
「もうすぐ朝食ができる。卵は目玉焼きか?」
「だし巻き卵がいい」
「分かった、用意しておく」
「サンキュ」
言って、跡部はバスルームへと向かっていった。わずかに危なっかしい足取りは、跡部景吾らしくないと思うのと同時に、情事の名残だと思うと無責任にも嬉しく思ったりもする。絶対に口にはできないけれど。
そうして手塚はキッチンへと戻り、だし巻き卵の作成にとりかかった。
バスルームの方から、シャワーの水音が聞こえてくる。そんな何気ない他人の生活音が、手塚の心を満たしていく。
跡部と同居生活を始めて半年以上、一年未満。
広いマンションは一フロアに二世帯しかない。セキュリティ面を考えて、一フロア全部借りきるかと言った跡部を止めるのには苦労した。
けれども、めったに顔を合わせない隣人とも現在までトラブルなど一切起きていない。おおむね幸福な生活だ。
一緒に暮らすようになって驚いたのが、朝が弱いこと。弱いというか、絶対的に睡眠時間が少ないのだ。
あの睡眠時間でよく今まで体を壊さなかったものだと、心配でならなかった。それが体に合っているというのなら良いが、疲労は知らないうちにたまっていく。
だから「一緒に寝たい」と言って跡部をベッドに引きずり込んでしまうのだ。
そのまま抱きしめて本当に眠るだけの日も、色っぽい展開になる時もあるが、以前よりは眠る時間が増えたように思う。
たまに先にベッドに入っていることもあって、良い傾向だと思っている。
お互い忙しい身で、一緒に過ごす時間は昔に比べて格段に減った。
だからこそくっついている時間を増やしたいという思いもあったのだが、きっと跡部はそれを理解してくれているのだ。
相手をすべて理解できなくとも、尊重して受け入れることを苦としない彼だからこそ、世辞にも気の利く人間とは言えない自分がうまくやってこれているのだと思う。
朝が弱い彼にせめて朝食くらいはと、習慣になってしまった作業を一通り終える頃には、跡部がシャワーから上がってくる。
寝汗を流した彼は、とても先ほどまでベッドでぐずついていた男とは思えない。まるで別人だ。このギャップがたまらなく愛しくて、知れず口の端が上がった。
「ん、旨そうだ。いつもありがとうな手塚」
「いや、構わない」
並べられた和食に跡部は穏やかな表情を見せる。
元々海外で育った彼は洋食が多かったが、一緒に過ごすようになって随分と和食に慣れてきて、リクエストさえしてくる。加えて、さらりとなんでもないように礼を告げてくるのは、さすが跡部景吾だと思った。
与えられるのが当然のような暮らしをしていたにもかかわらず、礼儀を忘れないというのは、そう簡単にできるものでもない。
「今日の予定は?」
「会議が二件と施設の視察が……三件だな。ウチのブランド扱ってるとこと……そうだ、この間お前も一緒に行った養護施設な、テニスが大ブームらしいぜ」
今日も見てくる、と歌うように口にする跡部は、ひどく機嫌がいい。テニスが絡むとこの男は本当に幸福そうだなと、手塚の口許も緩んだ。
「テニスを楽しんでもらえるのは嬉しいな。やはりボールとラケットを寄付したのは良かった」
「そうだろ。もしかしたら、あそこからプロの選手が出てくるかもしれねえぜ。お前もうかうかしてられねえんじゃねーの」
手塚は今、プロのテニスプレイヤーとして様々な大会に出場している。
優勝という栄冠を手にするのもそう遅いことではないと言われているようだが、まだまだ鍛錬が足りないと自身では思っている。
そして跡部はというと、家の事業を少しずつ引き継いで業績を伸ばしている。
中でも力を入れているのがスポーツ事業で、自社ブランドを立ち上げたり選手のスポンサーになったりと、何かと名前を耳にすることが多くなってきた。
彼がプレイヤーだったことを知っている選手たちからは、跡部とプレイがしてみたいから渡りをてけてくれないかと頼まれることだってあるが、手塚はそれをすべて断っている。
彼がプレイヤーに復帰するならば、いちばんに試合をするのは自分でなければ。
「手塚は? 今日も練習漬けかよ」
「ああ、一件雑誌のインタビューが入っているが」
「ハ、せいぜいイイ男に撮ってもらいな」
「……顔は関係ないだろ」
「お前がそういうことに頓着しねえのは知ってるがな。フフッ、裏から手ぇ回して写真手に入れて、引き延ばして部屋に飾ってやろうか」
「やめろ」
跡部なら本当にやりかねない。ちゃんとクギを刺しておかないと、返ってきたらドンと写真が待ち構えていそうで恐ろしい。
「お前は実物の俺だけ見ていればいいだろう」
そう告げてやれば、だし巻き卵を切り分ける箸が止まった。
見る見るうちに跡部の頬が染まり、隠すように手の甲に項垂れる恋人の姿を見て、ひどく気分がいい。
「て……めぇは、予告なしにそういうこと言ってくるからタチが悪いんだよ……朝っぱらから浮かれさせんな」
「それはすまない」
少しも悪いなどとは思っていないが、そこは口にしないでおく。
「八時には帰ってこられると思う。メシ用意しといてやるよ」
朝食を終えて、身支度を調えた跡部が帰宅の予定を告げてくる。
「俺もそれくらいには帰れると思う。一緒に作ろう」
「そうか。そうだな、楽しみにしとくぜ」
跡部の方が家を出るのが早い。玄関まで見送って、自分も練習に向かおうとした手塚だが、それは跡部によって阻まれる。
腕を引かれ、唇同士がぶつかった。
「今日……まだちゃんとキスしてねえ」
離れた唇のすぐ傍で吐息のように囁く跡部に、そういえばそうだったと応じて抱き寄せる。あまり一緒の時間は過ごせない。今日はとてもゆっくりできた方だ。触れられる時には貪欲に求めたい。求めてももらいたい。
ゆっくりと唇を堪能して、慣れた匂いを吸い込んで、離れがたいけれど腕の力を緩める。
「もう行かなければいけないのではないのか」
「まだ平気だ。あと……五分だけ……」
ねだられて、それならばと唇を覆う。朝にしては濃密なキスで五分間、共に過ごす。心音と体温とマイナスイオンを感じて、たっぷりと恋人を味わった。
「ん、じゃあ、もう行くぜ。また夜にな」
「ああ、気をつけて行くといい、跡部」
濡れた唇を指先で色っぽく拭って、跡部は玄関のドアを開ける。出ていく直前に見た「跡部景吾」の顔つきは、まるで別人のようだった。
お題:リライト様 /「あと……五分だけ」
#お題 #両想い #未来設定
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.28
「二人って、付き合ってるの?」 何かと一緒にいるよねと続けるのは、不二だ。合宿所の食堂で、いきなり何…
別に好きなんて言った覚えないけどね
「二人って、付き合ってるの?」
何かと一緒にいるよねと続けるのは、不二だ。合宿所の食堂で、いきなり何を言い出すかと思えば。
訊ねられた手塚と跡部は、互いに顔を見合わせた。そうして同時に、不二に向き直る。
「まあ世間じゃそういうことになるのかもしれねえな」
「そうだな、恋人といっていい間柄だとは思う」
頷き、答えてやる。
「え」とそこかしこから驚嘆の声が聞こえてきた。あれだけ騒がしかったのに、聞き耳を立てていた連中が多いのだろう。
「へえ、あっさり認めるんだね。英二、やっぱりボクの勝ちだよ」
「なんだと」
満足げに振り向く先に、菊丸の姿。勝ちとはどういうことだと、跡部が眉間に皺を寄せる
「え~、俺絶対否定すると思ったのににゃ~。もー、手塚め~。ほい不二、約束の」
「おい菊丸」
まさか賭けをしていたのではないだろうなと、手塚も眉を顰めた。
だが、菊丸が不二に手渡したのは「本日のデザート」である焼きプリン。
賭けてはいたのだろうが、なんとも平和的なものだ。しかもここはビュッフェ形式で、デザートコーナーに目を向ければまだまだ本日のデザートは大量にあった。賭けの代償にしてはかなり、弱い。
「何がしてぇんだテメェらは……」
「最近はそういうのが流行っているのか? この程度なら構わないが、絶対に金銭を絡めるんじゃないぞ」
困ったヤツらだぜと、跡部は紅茶を口に含む。手塚も、味噌汁の椀を持ち上げた。
「ねえ、君たちって食の好みも合ってないけど、大丈夫なの? そもそもどっちから告白したのかな」
「あ、それ気になる~。俺はね~跡べーからかなって思ってんだけど」
「いや、手塚からってのも有りだと思うよ、英二。割と強引だしね」
不二も菊丸も、食事のトレーを手塚たちと同じテーブルに置いてしまう。相席を断るつもりはないが、話題は妙な方向に行ってしまってありがたくない。
男子中学生ともなれば、誰と誰が付き合った、別れた、なんて話は興味津々なのだろう。それは分かるが、自分たちをやり玉に挙げられるとは思っていなかった。
「俺は別に手塚に好きだなんて言った覚えはねえ」
跡部は腕を組んで椅子の背にもたれ、ふんと鼻を鳴らす。それには、「ええーっ」と菊丸が不満そうな声を上げた。また予想が外れたのが悔しいようだ。隣で、不二が満足げに笑っている。だがしかし、
「それは俺もだな。跡部に好きだとは一度も言っていない」
それを崩したのは、手塚の言葉だった。うっかり驚きで開眼してしまった不二が、手塚を見て、跡部を見る。どういうことなのかと、次に菊丸と顔を見合わせた。
「えっと……? つまりお互い、告白はしてないってこと?」
「そうなるな」
「なんでそれで成り立つの」
信じられないというような菊丸の声に、手塚はなんのためらいもなく肯定を返す。跡部もさして気にしたふうもなく、それは事実なのだと不二を驚かせた。
「そんなもん、言わなくても分かるだろ。手塚が俺様にベタ惚れだってのは」
「跡部の方が分かりやすいと思うが。どう見ても俺のことが好き過ぎだろう」
「フッ……まあそれには違いねえがな」
視線をひとつ、交わす。それでお互いが満足した。
言葉が必要ないという関係も世界にはたくさんあるだろうが、まさかここでそんなロマンスを繰り広げられるとは思っていなかった。
不二たちは、自分たちから首を突っ込んだにもかかわらず、がっくりと脱力して、もう何も訊く気にならなかった。
「なんだ、もういいのか?」
「モウイイデス……」
「からかうつもりじゃなかったんだけどね……なんだか返り討ちに遭った気分だよ」
二人して、ため息を吐く。根性ねえなと笑う跡部と、煽るなとたしなめる手塚と。
「それにしたって手塚、たまには言葉で愛を囁いたっていいんだぜ」
「そっくりそのまま返してやる。お前が望むのならば努力はするが、あまり期待はしないでほしい」
「ん、じゃあ練習するかよ。今夜、二人でな」
「そうだな、慣れないことをするのだから、練習というのは有効だろう」
そんなことを言い合う間中ずっと、二人は見つめ合ったままだった。これでは確かに言葉など必要ないだろうと、周りは全員顔を背けてやる。
今夜いったいどんな状況でどんな練習をするのだと、心の中で叫びながらも。
お題:リライト様 /別に好きなんて言った覚えないけどね
#お題 #両想い
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.27
同じ都内に住んでいるとはいえ、恋人とは学校が違う。同じ中学に通っていれば平日には毎日逢うことができ…
……もし、今、……すぐ会いたいって言ったら
同じ都内に住んでいるとはいえ、恋人とは学校が違う。同じ中学に通っていれば平日には毎日逢うことができるのに、寂しい。もっとも、違う学校に通っているからこそ好敵手として対峙し、全力でぶつかり合って互いを高めあっていけるというのもあるのだが。
「その日は俺が空いてねえな。校内の企画が大詰めなんだ」
『そうか、残念だ……』
電話の向こうで、わずかに沈んだ声が聞こえる。その声にまた切なくなって、胸が締め付けられた。恋人である手塚は、あまり感情を表に出さない。顔にさえ出なくて、周りの連中はそろって「手塚は分かりづらい」と言っている。跡部も最初はそうだったが、最近は分かるようになってきた。嬉しいらしい時の瞬きの仕方、楽しそうな時の指先の行方、安堵した時の吐息の動向。眉間のしわの深さは不満度の表れで、声の浮き沈みもそのまま浮かれ具合と沈み具合だ。
しばらく逢えないのを本当に残念に思っているようで、胸をかきむしりたいほどの愛しさに駆られる。
好きだと言ったのは跡部が先だが、間を置かずに「俺もだ」と返してきた手塚とは、どうやら同じタイミングで恋に落ちたらしい。
どちらがどれだけ気持ちが大きいかなんて野暮なことを言うつもりはさらさらない。自分の方が大きいと思っても、こうして同じにされてしまう。
「手塚、お前氷帝に転入しろ。そうすりゃ逢うのもたやすいぜ」
『そんなことできるわけがないだろう、この時期に。それを言うならお前が青学に来い』
時期がおかしくなければしていたのかと突っ込みたくなる。しかし跡部の方も3年生のこんな時期に転校などできやしない。
「じゃあ、家を出たら向こうで一緒に暮らすかよ? 行くんだろ、ドイツ」
手塚が息を呑んだらしいのが伝わってくる。互いにあまり話題に出さないようにしているが、手塚は中学を卒業したらドイツに行く。テニスをしにだ。もちろん遊びで行くわけではない。プロになるためだ。
それは実に喜ばしいことで、無二のライバルとしては背中を押してやりたい。恋人としては……寂しいが、笑って送り出してやりたい。
しかし、送り出してそのままでいるわけにはいかなかった。手塚がプロになるのを静かに応援しているような男ではない。
『一緒に、というのは……』
「お互いプロになってからの方が楽かもな。互いの拠点に家買って、シーズン中にはそこで過ごすってのもアリだぜ」
『…………そうか、……楽しみだ』
お互いがプロになってからという言葉を、手塚は理解してくれたようだ。静かで抑揚がないように思える声音にも、安堵が混じっている。深く頷くような速度は嬉しさを纏っていて、跡部の方こそ安堵した。
テニスというスポーツで出逢って恋をした自分たちの間に、それは死ぬまで在り続ける。ずっと先に現役を引退したとしても、白髪の老人になった後にも、手塚国光と跡部景吾の間には、黄色いボールが飛ぶのだ。
『ベッドは一つで構わないだろうか』
「ケンカした時どーすんだよ」
『ベッドに入るまでに仲直りすれば問題ない』
あまりに当然のことのように言われて、跡部は思わず噴き出した。ケンカをしなければいいと言うのではなく、ケンカをしても仲直りする期限を設けるとは。
その発想には至らず、改めて相手が自分とは違う思考を持った人間なのだと実感させられる。そして、よく理解してくれていると嬉しくもなる。
手塚とケンカはしたくないが、それこそ別々の人間だ。意見が合わないことだって多々あるだろう。
その際不満を持たずにいられるかと訊かれたら、悩む。いくら惚れた相手だからといって、すべてを肯定するわけではないのだ。
それでもいいと手塚は言ってくれている。自分もそうなのだからと。別々の魂だからこそ惹かれるし、別々の体だから触れ合うことだってできる。
そういった考えを持つ手塚を、本当に好ましく思う。
「なあ手塚」
『なんだ』
「好きだぜ、……っていうより、愛している。俺が生涯をかけるに値するのは、この世界でお前しかいねえ」
この歳で、愛しているなんてそんな大それた言葉を吐くことになるとは、思わなかった。言わせたのは、手塚だ。本当に憎たらしくて、愛おしい。
『……お前はどうしてそう……予告なしにたまらないことを言うんだ』
「しかたねえだろ、言いたくなったんだから」
『こらえ性がないな』
「うるせえな、悪いのかよ」
言った傍からケンカに発展してしまいそうだ。今はまだ、一緒に眠るためのベッドはないというのに。この電話を終える前までには、仲直りとやらをしなければならない。
『いや、嬉しい。それに、言いたくなったから言ったというのならば、俺も堪えずに言いたいことがある』
ひどく真面目くさった声が聞こえてくる。きっと電話の向こうでは、ひどく真面目くさった顔をしているのだろう。
見たかったなという気持ちを今度は抑えて、「なんだよ」と促してみた。
『……もし、今、……すぐに逢いたいって言ったら、どうする』
慎重に言葉を選んでいるようなゆっくりとしたスピードで、手塚は「言いたいこと」を告げてくる。すぐ、とその言葉をなぞって、跡部は部屋の時計を振り向いた。時刻はまもなく0時を指す。公共機関は終わりに向かっていて、今からではとてもじゃないが間に合わない。
だが、逢いたいと言ってくれたのだ。しばらくまともに逢えないことが分かっている今、手塚が逢いたいと望んでくれた。跡部は開いていた文書ファイルを保存して閉じ、チェアから腰を上げる。
「そっち行く。待ってろ」
『来てくれるのか』
「俺だってお前に逢いてえんだよ」
こんなことなら、もっと早く素直になっておけばよかったと思う。端末をスピーカーに切り替え、跡部はローブを脱ぎ捨てる。使用人にこれから出掛ける旨を伝え、車を用意してもらった。
「プロになったら、忙しさは今の比じゃねえかもな、手塚。いい予行演習だ」
「車を出させられるそちらの使用人にしてみたら、迷惑なことこの上ないだろうな』
「今度丁寧にねぎらってやるぜ。俺は今、お前のわがまま聞くのが最重要事項だからな」
『わがままか。そうだな、せいぜい甘やかしてくれ、跡部』
着替えて、髪を梳かし、部屋を出る。通話は保ったまま、跡部は車のリアシートに体を預けた。跡部のわがままを嬉しそうに受け入れる執事に見送られるままに、運転手に行き先を告げるのだった。
お題:リライト様 /「……もし、今、……すぐ会いたいって言ったら」
#お題 #両想い
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.26
「今、何してんだ?」『ドイツ語の勉強を』 電話の向こうから真面目くさった声が聞こえてきて、跡部はぱち…
電話なんかじゃ足りない
「今、何してんだ?」
『ドイツ語の勉強を』
電話の向こうから真面目くさった声が聞こえてきて、跡部はぱちぱちと目を瞬いた。
「ドイツ語ったって、お前マスターしただろ? この俺様が教えてやったんだぜ」
手塚は今、ドイツにいる。プロになるために、単身渡独したのだ。中学生の身で、専属のコーチやトレーナーがついているわけでもないのに、その覚悟と度胸は大したものである。
合宿前に、ドイツ語を勉強していると聞いた時はもしやと思ったが、やっぱりプロチームから声がかかっていたのだ。それを一言も言わなかったのは気に食わないが、もう今さらだ。
『そうなんだが、どうしてもスラングというものがな。あと、速いとまだ聞き取りづらくて。お前のドイツ語は分かりやすかったからな』
「あぁ……なるほどね。悪い、そこまで頭が回らなかったぜ。渡独するって知ってたら、もっと本格的に教えてやったのによ」
それでも多少のいやみを言ってもいい程度の立場ではある。なにしろ、手塚とは恋人同士なのだ。
どこでどう間違ってこうなってしまったのか分からないが、分からないというのはそれが自然だからだろう。手塚とは、こうなるのが必然だったに違いない。
電話の向こうで、気まずそうに言葉を詰まらせる気配が伝わってきて、跡部は肩を震わせた。
「冗談だ、ばーか」
『いや、言わなかった俺が全面的に悪い。お前が怒るのも無理はないと思う』
「分かってんだったら、ちったぁマメに連絡してこいよ。……忙しいのか? どんなことやってんだ」
正直、怒ってはいない。
手塚が中学性選抜を率いたかったのは分かるし、傲慢なほど責任感の強い男だ、途中で放り出すことはできなかったのだろう。
ドイツに行くにしても、合宿やW杯が終わってからと考えていたに違いない。一応学校だってあるのだし、普通は卒業してから留学なりなんなりするだろう。その時までに言えばいいと思っていた手塚を、頭ごなしに責めるつもりはなかった。
何しろ、ドイツへ行けと背中を押したのは跡部自身だ。
『基礎体力や体幹の強化だな。特にゾーンを使う時には大切だ』
「ああ、そりゃまた随分と地味なことしてんな。だが、いちばん大事なとこだ。目ぇかけてくれてる人がいんのか」
『そうだな、ありがたいことだ。俺は生意気にもその人に宣戦布告したというのに。敵視するのではなく、俺を育てようとしてくれているのはあると思う。もちろん、それだけではないんだろうが』
宣戦布告という言葉に、その時の光景が目に浮かぶようだと口許が緩む。
日本では上位のプレイヤーである手塚国光も、国が変われば子ども扱いも同然だ。上には上がいるという環境は、常に上を目指す手塚にとって良い環境だろう。
体格の違いや言葉の壁も乗り越えて高みへと向かっていく彼が、本当に眩しい。目の前にいなくても、容易に想像できてしまう。
「テニス、楽しいかよ、手塚ぁ」
『――ああ、とても』
満足そうな声に、跡部こそが満足だ。手塚は日本で留まっている男ではない。世界へ羽ばたいて、世界を震撼させて、世界から賛辞をもらうべき男だ。
誇らしく、憎たらしい。そして、愛おしい。
『それでも、苦しくないわけではない。自分の体が思い通りに動かなくて、悔しくなる時もある』
「手塚、肩は? 肘、平気なのかよ」
わずかに沈んだ声に、さっと血の気が引いた。怪我というものは、後に引くものがある。特に手塚は、関東大会、全国大会と、かなり無茶な戦いをしてきた。
その一因にもなっている跡部にしてみれば、手塚の体が思うように動かないというのは、自身が動けないよりもずっとずっとつらいことだ。慌てて訊ねてみれば、「大丈夫だ」と返ってくる。
それをどこまで信用していいものかどうか分からないが、跡部は手塚にちゃんと「心配している」と伝えている。その気持ちを踏みにじるようなことはしないはずだと信じている。
『跡部。俺はそういう時、お前を思い浮かべている。すぐに追いかけるとお前が言ってくれたからな。同じプロの世界で逢った時、お前に呆れられないようにと……』
跡部は目を見開いた。
確かに彼を送り出す際、「俺もすぐに追いかける」と言ってやった。
手塚がプロとして生きていくのなら、無二のライバルとして後れをとるわけにはいかない。
プロの世界――ネットを挟んで邂逅することもあるかもしれない。いや、必ずしてみせると、決意のようなものだった。
手塚はそれを、跡部が考えているよりもずっと心強く思ってくれたらしい。
『お前が追うにふさわしいプレイヤーでなくてはならない。それは重圧でなく、幸福だ』
「……手塚、お前……そっちに行って少しばかり饒舌になったんじゃねーのか……最高の口説き文句じゃねーの」
『そうかもしれないな。言葉で伝えることの難しさを知って、伝えられるものならば伝えなければと思うようにはなったかもしれない』
電話では、表情が見えない。
ビデオ通話にすれば良かったと思うが、顔なんか見たら逢いたくなってしまう。
もしかしたら寂しそうにしているところを見られてしまうかもしれない。
それは、駄目だ。
手塚は向こうで精一杯頑張っているのだから、こんなことで煩わせたくない。
『そっちの合宿は、今何を? 入れ替え戦はどうなっているんだ』
「ん、まあ、ぼちぼちな。一軍の連中が海外遠征から帰ってきて、さらにすげえコトになってやがるぜ。お前がまだこっちにいたら、どうなってただろうな。あ、あと入江さんにはバレた、俺たちのこと」
『……………………大丈夫か?』
入れ替え戦で対戦した入江は、あの後すぐ「手塚くんの出立が決まったら外出申請するといい、彼氏の見送りくらい行ってあげてもバチは当たらないよ」などと言ってきた。
いろんな意味で油断のならない男だと思っている。特に言いふらしたりするつもりはないようだが、時折絡んでくるのをあしらうのが少しばかり面倒だ。
「なんでバレたかってな、俺たちの纏う空気、だとよ。分かるか馬鹿」
『……そういう意味では、不二あたりにも気づかれてそうだな。俺は別に構わないが……お前は嫌か?』
「別に嫌じゃねえよ。いずれは家族にも話さなきゃならねえしな。そういう時、真実味を持たせるという意味では、噂レベルでも馬鹿にできねえんだぜ」
同性と付き合っているということを、跡部は家族に隠すつもりはない。時期を見て、話さなければならない。跡部の後継を産む女性との婚姻は結べないことを。
『跡部』
「悪いな手塚、腹括ってくれ。俺はお前を手放すつもりはさらさらねえんだ」
『それは俺の台詞だ。だがたぶん、俺は大事なことを言っていないな。分かってくれていると思った』
「アーン?」
『俺ほどお前を愛している人間はいない。ご家族には、二人で逢いに行くぞ』
絶句した。
確かに、手塚から愛を囁かれたことなどない。それでも、流れる空気で伝わってきていて、跡部はそれで充分だったのだ。
すでに決定事項であるかのように、当然のこととして口にしてくる手塚に、腰が砕けそうだった。
「合宿中じゃなきゃ、今すぐ逢いに飛んでってるぜ。耳元で聞けたのは嬉しいが」
『電話なんかじゃ足りないな。では次に逢えた時には直接言わせてもらおう』
「……楽しみだ」
なんとか踏ん張って、マイク部分に唇を寄せる。
「愛してるぜ手塚。またな」
『ああ、また』
ちゅ、と小さくリップ音をたてて通話を打ち切る。
踏ん張りきれなくて壁を伝いずるずると崩れ落ちた。火照る顔をたてた膝に埋めて、「あっつ……」と呟く。吐く息は、いつもよりずっとずっと熱かった。
「廊下であんなことしといて、なんでバレないと思っているのかな、跡部くんたちは」
「バレてないと思ってるのは、本人たちだけですからね……」
その陰で、入江と不二がやれやれと腕を組んで呆れていたのを、跡部は知るよしもなかった。
お題:リライト様 /「電話なんかじゃ足りない」
#お題 #両想い
膝枕をする
「重くないか?」
「いや、別に」
訊ねられて、跡部は小さく首を振りながらそう答えた。乗っかるのは確かに大の男だが、膝に頭を乗せているだけだ。体のそんな一部分を、重いとは思わない。
「位置、このあたりでいいのかよ。というか、硬くねえか……」
「確かに柔らかくはないが」
だろうなと目を細めるが、手塚の眉間からは皺が消えている。
「だが、心地いい。跡部、少し、このままで……」
「ああ、いいぜ。好きなだけ眠りな」
言いながら、手塚の髪をそっと撫でる。広いソファの上で、跡部の膝を枕に寝そべる手塚など、この先何度拝めることだろう。
少し疲れたなと言う恋人に、ベッドを(ベッド本来の目的で)促してみたが、「そこまでじゃない」とわけの分からないことを言った後に、膝を貸してくれとのたまったのだ。
断る理由もなく、跡部はソファに腰を下ろしてぽんぽんと太腿を叩いて、今に至る。
いわゆる膝枕というヤツか、と手塚の髪を撫でながら状況を把握する。手塚がこんなふうに甘えてくるのは珍しくて、じわじわと照れくささと嬉しさがこみ上げてきた。
あ、と気づく。手塚が眼鏡をしたままでいることに。仰向けの体勢とはいえ、それではリラックスができないだろうと、小さく声をかけた。
「手塚、眼鏡。……外すぞ」
「ん……」
了承のような声が聞こえて、跡部はそっと眼鏡のフレームを掴む。ゆっくりと外して、つるを畳んだ。手を伸ばしてキャスター付きのテーブルを引き寄せ、そこに置く。
ちょうど携帯端末もそこに置いていて、持ち上げた。突然の着信や受信の音で手塚が起きてしまわないようにと、サイレントマナーのモードに変える。
すうすうと規則正しい寝息が聞こえる。呼吸に合わせて腹の辺りが上下するのが見える。相当疲れていたのだろうなと、何度も髪を撫でた。穏やかな眠りでありますようにと祈りながら。
皺のない眉間と下がる目尻を見れば、良質な眠りのようだがと安堵して、口許が緩む。
「……ったく、可愛い寝顔しやがって」
そういえば、手塚の寝顔はあまり見たことがないなと思い出して、視線を泳がせる。二人きりの部屋なのに、周りに誰もいないことを確認するようにキョロキョロと見回した。
そして、こくりと唾を飲み、両手で端末を構える。作動させたのは、カメラ機能。手塚の寝顔をフォーカスして、撮影ボタンをタップした。
二度、三度。
小さくカシャリカシャリとシャッター音が鳴ってしまったが、手塚が起きる気配はなくて安堵した。
何だか重要なミッションを終えたかのように、心臓が大きく波打っている。
写真とはいえ、これでいつでも手塚の寝顔が見られる。
恋人なのだからおかしな行動ではないだろうと、自分に言い訳をした。
それに、跡部はちゃんと知っている。
手塚の端末に、跡部の寝顔を撮った写真が保存されていることを。
お題:リライト様 /膝枕をする
#お題 #両想い
スーパーで買い物
一緒に暮らし始めて、とにかく困ったのは金銭感覚の違いだった。
庶民と財閥の御曹司ではそうなるのも仕方がないが、どこでどう折り合いをつけていけばいいのか、最初は本当に手探り状態で、言い合いも何度だってしてきた。
食費にいくらかけられるかというのは、家庭を持つ上で重要かつ重大なファクターだ。特に、体を資本とするスポーツ選手ならば尚更そこは妥協ができない。
しかし、高い食材であればいいのかといえばそうでもなく、新鮮さと調理のしやすさも大切だと、恋人に何度も説いた。
きちんと話せば理解してくれると分かってから、口下手なりに言葉を選んだつもりだ。
どうして駄目なのか、どちらがより良いのか、どうやって使うか。
元々頭もいいし順応性の高い恋人は、一度理解すると吸収するのは早く、最近では「ポイントカードを使う」というのも覚えたらしい。
「手塚、鶏にするか? それとも魚の方がいいか」
カゴを乗せたカートをカラコロと押しながら、跡部が振り向いてくる。そういえば今日は鍋にするのだったか。メインの肉は何にするか、決めていなかったな。
「そうだな……今日は時間もあるし、つみれを作ってみるか? ネギや生姜を入れて」
「つみれ? 家で作れるもんなのか?」
「簡単だぞ。鰯のつみれにしよう。開きが安い」
コーナーで足を止めて鰯を指すと、跡部は瞬時に新鮮なものを選び抜いてカゴに入れる。
「生姜はまだ冷蔵庫にあったな。あ、ネギがねえ。一昨日使いきっちまった」
跡部が、冷蔵庫の中身まで把握しているというのは正直ありがたいな。俺はそっちの方はあんまり得意じゃないんだ。
ネギと、白菜と、にんじんと、椎茸をカゴに入れる。「手塚ぁ、シメにうどん食べようぜ」
「うどんか。いいな」
いそいそと、うどんのコーナーへ足を向ける跡部。だいぶ染まってきたなと口の端が上がってしまう。そもそも、跡部が低価格のスーパーで食材を買い込むこと自体が、以前からしてみたら考えられないことだが。
必要な食材をカゴに入れて、セルフのレジへと向かう。
時間が時間だからか、少し列ができていたが、さほど待ちはしないだろう。
「あ、忘れてた」
「なんだ?」
「すぐ戻る。並んでろ」
買い忘れがあったようで、跡部が俺に財布を預けて列を抜けていく。
他人に財布を預ける跡部というのがいまだに慣れないが、信頼の証しだと思うとそれは嬉しい。
順番が回ってきてレジにカゴを下ろしたあたりで、跡部が戻ってきた。その手に、小さいくせに値段が高いアイスクリームを二つ手にして。
「おい、跡部」
「たまにはいいだろ。ほら、抹茶のがあったんだぜ」
何もその高いアイスでなくとも、と言い掛けたが、わざわざ俺の好きそうなものまで持ってこられては、どうしようもない。
「しょうがないな。今回だけだぞ」
「ああ、楽しみだぜ」
跡部はそう言って、エコバッグを広げている。そういう姿が可愛いと思ってしまうあたり、俺は生涯コイツに勝てることなどないのだろうとため息を吐いた。
お題:リライト様 /スーパーで買い物
#お題 #両想い #未来設定
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.22
広いバスタブにもかかわらず、跡部はくっついて入りたがる。ついさっきまで、ベッドの中で散々くっついて…
あー……愛されてるって感じ
広いバスタブにもかかわらず、跡部はくっついて入りたがる。ついさっきまで、ベッドの中で散々くっついていたのにだ。
もちろんそれが嫌なわけではない。むしろ跡部に甘えられているようで、気分がいい。
どうにも跡部は、俺を構うというか、甘やかすのが好きらしく、いろいろと面倒を見られてしまっているんだ。
食事のことだったり、テニス関係のことだったり、スケジュールの組み方だったり。それは様々、本当に多岐にわたる。
俺はコイツがいないと生きていけないのではないかと、たまに真剣に考える。いろいろな意味でだ。
幸か不幸か、俺たちは割と早い段階で、パートナーとして最高の相手を見つけてしまった。
テニスに惹かれ、人となりに惹かれ、恋人同士になれて、肌の味も感触も知った。
それなりに長い付き合いになったが、決して飽きることのないこの関係に、俺は感謝している。
だから、跡部が望むのなら好きにさせてやりたい。
一緒に風呂に入りたいという跡部を可愛くも思うし、我が儘にもならないお願い事を、断る気にはならない。
ボディタオルで体を洗ってやるのも、最近は慣れてきた。柔らかな泡で包み、優しく撫でる。
おかしな気分にもなりそうだが、そういう時は大抵気づかれて、何ゲーム目かに突入してしまうのだが。
足の指を洗う時は跡部がひどくくすぐったそうにするのが可愛くて、つい執拗に撫でてしまう。
髪を洗う時はことさら優しく。
俺は自分で思うよりも跡部の髪が好きらしく、傷まないようにと常に思っている。
特に汗をかくことが多いから、手入れは入念にやってほしい。この美しい金糸がシーツに踊る様は、本当にぞくぞくするんだ。そんなことを知っているのは俺だけで充分だが。
シャンプーを流すとき、目を閉じてろと言うと、跡部は素直に上向いて目を閉じる。
それはキスを待っている時の仕種とまるで同じで、俺はついキスをしてしまったことが、何度もある。跡部は、流すんじゃないのかと怒るが、可愛いんだからしょうがないだろう。
それはトリートメントの際も同じだった。
そうして跡部の身を清めてバスタブへと促し、次は自分の体を洗う。
満足げに湯に浸かる跡部を眺めながら、というのは案外に楽しくて、俺もこんな時間は好きだ。
跡部を洗ったものと同じボディソープ、シャンプー、トリートメント。当然跡部と俺は同じ香りに包まれることになって、独占欲も満たされる。
もっとも、自分の中に独占したいなどという感情があったのを知ったのは、跡部と付き合うようになってからだったが。
跡部景吾を実際に独占できるとは思っていないし、跡部の方も、俺を物理的に独占したいなどとは思っていないだろう。
だけどふとした時に、この男は俺のものなのだと感じることがある。独占欲と、優越感が混じった思いがあることを告げた時、気を悪くするかと思ったが、少しもそんなことはなかった。
それで誰かを傷つけるようなことがなければ構わないと、ひどく寛容な心で受け入れられた。不思議に思ったら、俺も同じだからと返されてまた驚いたのを覚えている。
独り占めしたい時は素直に俺だけに言えと、愉快なことも言われた。
「てーづかぁ、早く来いよ。お前を独り占めさせろ」
バスタブの方から、跡部が呼ぶ声がする。
跡部はこうやって、俺だけに独り占めしたいと言ってくる。同じ気持ちだったのだと安堵もして、「少し待て」と答えてやる。
泡を流して、手のひらで申し訳程度に髪の水分を絞る。
跡部に手招かれ、俺も湯船に体を沈めた。温かな湯が、身も心も癒やしてくれる。
そして何より、くっつきたがる恋人の存在が、身も心も満たしていくのだ。
「ん。やっぱ好(い)い男だな」
髪を上げた額に、跡部の唇が押し当てられる。跡部はとても楽しそうで、俺も悪い気はしない。お返しを跡部の頬に贈って、湯船の中で彼の体を抱きしめた。
「今日は薔薇浮かべなくていいのか」
「ああ、このままでいい。お前あれあんまり好きじゃねえだろ」
「まあそうだが、楽しそうなお前を見ているのは好きだ。跡部の好きなようにしたらいい」
肩を撫でれば、跡部が寄りかかってきてキスをねだられる。ちゅっと形のいい唇にキスをして、さらに強く抱きしめた。
「甘やかすなよ」
「俺がいつも言う台詞だな」
「ハハ。でも、今日はこのままでいい。こうやってお前だけ感じていたい」
「可愛いことを言うんじゃない」
すり……と鼻先をすり寄せられて、困る。散々堪能したはずの跡部を、また抱きたくなるだろう。さすがに跡部の体が保たない。無茶はさせられないと、ため息ひとつで情欲の火を消した。
「俺は構わねーが、そうやって気を遣ってくれるのもいいな。あー……愛されてるって感じがするぜ……」
嬉しそうにそう言葉にされて、やっぱり手を出すわけにもいかなくなった。
ひとまず、この大好きな髪にキスをするだけにしておこう。
お題:リライト様 /「あー……、愛されてるって感じ」
#お題 #両想い #未来設定
視線の絡む瞬間に
先に言ったら負けよの続き
そろそろ観念してほしい。
そう思いながらも口には出さずに、意中の相手の隣を歩いた。若干俯きがちなのは、気まずさからだろうか。それとも、あれこれ悩んでいるせいで前を向けないのだろうか。
手塚は、隣を歩く跡部のことが好きだった。
跡部も、隣を歩く手塚のことが好きだった。
ただ、こうして二人で歩いていても、正式に交際をしているわけではない。同じ気持ちを抱えているのは、態度から見ても明らかなのに、どちらも意地のようなもので口にできていない。
〝そっちが先に言え〟
とお互いが思っているせいで、何も進展しないのだ。
とはいえ、一緒に過ごせるのは嬉しい。今日の合同練習の間もずっと傍にいられて、想いはまた募った。
「跡部」
「な、んだよ」
「今日、どうするんだ」
「ど、……う、する? テニス……するか?」
氷帝学園を出てから、あてもなく歩いてしまっている。どこかに寄り道しようと約束はしたものの、どこに寄るのか決めていない。
いつもならテニスコートでラリーを楽しむけれど、それではいつも通りすぎて、また何も変化が起こらないのではないだろうか。
この分かりやすく曖昧な関係に、何かしらの変化が欲しい。
好きな相手を、ちゃんと恋人と呼びたい。
となると、いつも通りでは駄目だ。テニスコート以外に寄り道をしたい。
「少し、喉が渇いている」
「そうだな、水分補給はしたが、今日も暑い。ひとまず、街に行ってみるか?」
手塚の要望を察して、跡部は前方を指さす。街に出れば、ファミレスなりなんなり、中学生のデートでも無理のない店があるだろう。
そこまで思って、〝デート〟という単語に顔が赤らんだ。
二人で出掛ける行為にそういう名前をつけられる関係になりたいのではなかったのか。単語だけで浮かれていてどうするんだと自分を戒めて、跡部は小さく首を振った。
「さっき大石から、割引券をもらったんだが……良ければ」
手塚が、ポケットから小さな紙切れを取り出す。端が少し折れ曲がってしまっているが、それは新規開店のフルーツジュース店らしかった。客寄せのためにクーポンを配っているのだろう。
「一枚で二名様まで……ふぅん? いいんじゃねーの。行ってみるか」
「ああ」
ようやく、ぎこちなさが薄れてきた。今日の合同練習のことを話しながら、件の店へと向かう。
「今日、珍しいメンツでラリーやってたな。乾と桃城、宍戸と向日とは」
「そうだな、いつもと違うプレイができていたのではないだろうか。それぞれ個性的だ」
見ていてうずうずした、とじっと手を見つめる手塚。跡部がそれに笑ったせいで、手塚の心臓はトントンと速いリズムを刻んだ。
やはり、心地がいい。気負うこともなく、そのままの自分でいても受け止めてくれる相手だと思う。
先に惚れたのは自分の方だから、立場が弱くなるなと思っていたが、このままではいたくない。
物は考えようではないだろうか。この状況ならば、先に告げた方がいいかもしれない。関係を発展させたのは自分だと胸を張ってやれる。
もちろん、それで何か脅しをかけるようなことはしないが、ほんの少しの我が儘くらいは聞いてもらえるかもしれない。
言ってしまおうか、お前が好きだと。
歩調を緩めると、相手も同じタイミングで緩める。
あれ、と思った。首を右へ傾げ、戻して、街路樹の傍で立ち止まる。
意を決して振り向いたら、全く同じタイミングでそうした彼と視線が重なった。
あ、これは。
そう思った瞬間、同時に口が開かれた。
「お前が好きだ」
やっぱり声が合わさって、一瞬置いた後に二人で項垂れて顔を覆う。
「な、……んなんだよテメェはぁ〰〰、今まで全ッ然言わなかったくせに」
「お前の方こそ、どうしてこのタイミングなんだ。もう仕方がないから俺が先に言おうと思ったのに」
「俺の台詞だってんだよ!」
無事に最初の一歩を踏み出せたはずなのに、納得がいかない。どうして、同じタイミングなのだろう。先に告げてやって、ほんの少しの我が儘を聞いてもらう計画が水の泡だ。
はあーとまた二人同じタイミングでため息を吐いて、瞬きひとつ。視線が重なって、照れくさそうに逸らされる。
「その、跡部。これで、いいだろうか、お前を恋人と呼んでも」
「あ、ああ、嬉しい……じゃあこれ、デートってことで、いいん、だよな……」
「恋人ならば、そういうことになるだろう」
こくんと二人で頷く。ほんのりと染まる頬は、夕陽のせいではない。
「……手塚、これ、リンゴのヤツ飲んでみてぇ」
「美味そうだな。俺は何にしようか」
「着くまでに決めておけよ」
「ああ、ではゆっくり行こう」
さすがに手を繋ぐことはできないけれど、そろう足並みが嬉しい。
「なあ、好きだぜ手塚」
「俺も、跡部が好きだ」
あんなに頑なに相手に言わせたがった言葉が、すんなりと唇をついて出る。何を意地を張っていたのかと、馬鹿馬鹿しくなってしまった。
「一応、秘密の恋人というところだろうか」
「そうなるだろうな。言いたければ言ってもいいが」
「……いや、ひとまず俺とお前の秘密ということにしておこう」
「フフ、内緒話は嫌いじゃねーぜ」
耳元に唇を寄せ合ってそんなことを囁きあう二人は、知らなかった。
テニス部の親しいメンバーには、とっくにバレていることなんて。
お題:リライト様 /視線の絡む瞬間に
#お題 #両片想い

好き合っている恋人同士ではあるが、おおっぴらにくっついて歩ける環境ではない。それが少しだけ、ほんの少しだけ、不満だ。手を繋いで歩きたい。ビルの陰でキスをしたい。一緒に部屋のカーテンを選んで、ベッドを選んで、揃いの食器をカゴに入れたい。
同性だというのは、今の日本ではまだまだ難しい。
恋人の部屋でくらいしか、体をくっつけていられない。寄りかかってくる髪にそっと口づけて、無意識に香りを吸い込む。染み渡っていくその芳香がいくらか落ち着かせたけれど、こうなると帰りたくなくなるのが困る。
「なんだよ、手塚ぁ。ずいぶんと甘いことしてくれるじゃねーの」
恋人である跡部が、それはもう楽しそうに、嬉しそうに振り向いてくる。まっすぐな青の瞳は大好きなもののうちのひとつで、答えることも忘れて見入ってしまいそうだ。
「たまにはそういう気分の時もある。俺はお前のことが好きなのだからな」
「そうかい、ありがとよ」
そう言って、跡部は頬へとキスをくれる。彼はこの環境に満足しているだろうかと訊いてみたいが、呆れられそうでなかなか音にできない。
「俺がキスしてやってんのに、なんだその顔は。頬じゃ不満だってか? ほらこっち向きな」
それが顔に出てしまったのか、キスが足りないのだと思われて頬を包まれる。顔の向きを変えさせられたと思ったそのすぐ後に、唇に跡部の唇が触れた。別に足りないとは思っていなかったが、くれるものならもらいたい。逃さないように背を抱いて唇を押しつけると、しまったというように肩が揺れた。
「そういうつもりじゃなかったんだが」
「お前が悪い」
「……このスケベ」
そう言いつつも、跡部はろくに抵抗せずに押し倒されてくれる。今日こそゆっくり彼を堪能しようと思う。
――思う、だけだったが。
随分と余裕がなかったなと、気怠そうに髪をかき上げる跡部に、すまないとだけ返す。もっとゆっくり、いつもよりずっと優しくしようと思っていたのだが、やはり失敗したようだ。幸いにも、不機嫌な様子は見られずホッとする。
「まあ、俺様だってお前に欲しがられんのは悪くない気分だぜ。外じゃあ、俺が一方的にお前を好いてるように見えるらしいからな」
「俺まであからさまにしたらいけないだろう。世間の目というものがある」
「フン、そんなものが気になるかよ?」
なる、とシャツのボタンを留めながら跡部に背を向けた。男同士である上に、跡部は財閥の跡取り息子だ。とんでもない男に惚れてしまったのは自覚しているが、彼を巻き込んでしまって良かったのかどうか、いまだに答がでない。いや、今さら駄目だったと言われても手放せないのだが、後ろめたさは残る。
「世間の反応なんかで、お前と変にこじれたくない。俺らしくないとは思うが、お前とのことに関しては、できるだけリスクを回避したい。……まあそもそも俺は表に出すのは不得手のようだが」
「本当に、テニスだとあれだけ強引で傲慢なのにな。あと、ベッドの中でも」
「………………すまないとは言っておく。だが優しくしたいと思っていることだけは知っておいてほしい」
くっくっと楽しそうな笑い声が背中に刺さる。
「これから一緒に過ごしていく中で、ちゃんとできるようにする。まだ、お前を手に入れたということで浮かれている段階なのだと思う。来月……いや、無理だな、来年くらいまではこんなふうかもしれない」
「いや、別に構わねーよ。俺を優しく抱くってのが最終目標なら、ずっと満足しねーでいい」
「それではいつまで経っても、………………いいのか?」
いつまでも優しく抱けないというのは問題があるのではないかと思い振り向いたが、その言葉の裏にある、未来を望む心が見えてしまった。来月も、来年も、その先も、優しく抱くことを追求している限りは傍にいられる。優しく抱けたと思っても、「まだだ」と思えば次につながる。満足しなくていいというのは、つまりそういうことなのだろう。
「強引でも、傲慢でもいい。お前はずっと、俺をベッドに引っ張り込んで抱いときゃいいんだよ」
「ずっとか」
「ああ、ずっとだ」
「分かった。ではそうしよう」
シーツを伝って寄ってきた手に、そっと手を重ね合わせる。そのまま持ち上げて、手の甲にキスを降らせた。それはまるで、結婚の誓いのようだ。
「なあ、……誓うか? どっか恋人の聖地にでも行って」
「聖地……そんなところがあるのか」
「法的な証しをもらえるわけじゃねえが、いいだろ。俺とお前の気持ちがあれば充分だぜ」
跡部が体を起こして座り込み、手塚が誓いを降らせた手の指を絡めてきた。まっすぐに見つめてくる瞳を逸らすつもりはさらさらなくて、手塚も絡んだ指を握り返す。
「婚姻届は出せないからな。だがお前が俺を望んでくれるなら、そこでお前に誓うか」
「ああ、お前は俺に。俺はお前に」
どちらが先に動いたということもなく、お互いの真ん中で、唇が重ねられる。触れて、離れて、触れて、離れる。
満ち足りた気分で口の端が上がったけれど、跡部の指先はぐっと衿を掴んでくる。
「ところでよ、手塚。テメェなんでシャツなんか着てんだ。帰すわけねえだろ」
「え? うわ、おい……っ」
そのまま引き寄せられて、跡部ごとベッドに逆戻り。楽しそうに笑う跡部の髪がシーツの上に散らばった。手塚のことを強引で傲慢だと言う彼だって、割と本気で強引で傲慢だ。
だが誘われたのならば仕方ないと、跡部の熱を堪能するためにシャツのボタンに指をかけた。
今回も優しくはできそうにないなと思いながら。
#お題 #両想い