カテゴリ「塚跡お題100本マラソン」に属する投稿100件]10ページ目)

(対象画像がありません)

おそろい

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.10

#お題 #両想い #未来設定

 部屋に、揃いのものが増えてきた。 色違いのスリッパ。色違いのマグカップ。色違いのタオル。すべて色は…

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン

おそろい

 部屋に、揃いのものが増えてきた。
 色違いのスリッパ。色違いのマグカップ。色違いのタオル。すべて色は違うものの、デザインは全部おんなじ。
 それが嬉しくて、目にするたびに指先でそっと撫でてしまう。今日も朝からマグカップを棚から出して、並べて眺める。
 そんな自分が馬鹿馬鹿しくて、できれば誰にも見られたくない。
 手塚と一緒に暮らし始めて、二か月が経った。もう、と言うべきなのか、まだ、と言うべきなのか。
 忘れもしない、クリスマス。雪の降る夜だった。ホワイトクリスマスだなと窓から白い雪を眺めていた時、手塚が口にしたのだ。
『やっぱり一緒に住むときは、大きな窓のあるところがいいな』
 驚いたなんてものではない。
 恋人関係にはあったが、同棲なんて話が出たことは一度もなく、なんなら世間一般の恋人たちみたいな甘ったるい会話も少なかったのに。
 この際一緒に住むか、なんて夕食の献立の話でもしているかのような気軽さで、重大な提案をしてきた手塚に、跡部は一も二もなく頷いた。若干食い気味になってしまって恥ずかしかったのを、今でも覚えている。
 それから、二人で物件を探した。
 部屋は寝室と書斎とリビングダイニング、これは譲れないと進言し、収納が多いところがいいと言う手塚の要望も取り入れた。
 ひとまず賃貸でと手塚が言うので、不動産屋に行って一から説明を受けた。
 敷金礼金仲介料、二か月分の家賃や保険料、その他諸々、初期費用は割とかかりますよと言われたが、現金一括で構わないと言うと、歳のわりに上客と判断したのか、店員の態度が柔らかくなったのは笑ってしまった。そういう商売魂は嫌いではない。
 最初のきっかけになった大きな窓があるところで、最寄りの駅までは少し距離があるけれど、自分たちには鍛錬以外の何物でもない。
 つつがなく契約を終えて、引っ越しの準備を始めた。
 互いの家に挨拶に行ったら、手塚の母親には「国光をよろしくね」と微笑まれてしまったし、跡部の父親には「見つけちゃったのかあ」と、なんだか幸せそうな顔で言われてしまったあたり、もうすでにバレているのだろう。同居でなく同棲だということが。
 それでもなんでもないような顔をして家具を選んで、跡部は自動洗濯機の使い方を覚え、手塚は美味しい紅茶の入れ方を覚えてくれた。
 幸福とは、こんなことを言うのだろう。
 色ボケをしている自覚はあったし、事情を知っている友人たちにもそう言われたけれど、幸せなのだから仕方がない。
「朝から機嫌がよさそうだな、跡部」
 背後から声をかけられて、跡部は思わず息を呑んだ。
 まだシャワーから上がってこないだろうと踏んで、一人でおそろいの数々を堪能していたのに。緩み切った頬は、見られただろうか。
「は、早かった、な」
「そうでもないだろう」
 機嫌が良さそうだと言う彼の方こそ、機嫌が良さそうに口の端を上げていて、これは見られていたんだなと諦めた。
「跡部は、おそろいが好きだな」
「いや、おそろいっていうか……まあそうなんだろうけど、お前と付き合うまでそんなの考えたことなかった」
 ぽんぽんと頭を撫でられて、なんだか子ども扱いされているようで気に食わない。だけどその後に額にちゅっとキスをされて、それですべてを赦してしまった。
「俺がこういうふうに浮かれてんの、お前、嫌か?」
「そんなことはないぞ。それに、俺も浮かれている」
「どこがだよ」
 ダイニングのテーブルに腰をかけた手塚に、熱いコーヒーを入れてやる。跡部も、自分用に入れたそれをふうーと吐息で覚ましながら、今日のブランチは洋食にしようかなどと考えていると、コーヒーの香りを纏った手塚の唇が重なってきた。
「お前と一緒に朝を迎えられるのが嬉しい。俺がいちばん始めにこうしてお前におはようと言えるんだ」
 じわじわと、頬が火照る。以前から考えると、確かに手塚も浮かれているのかもしれないと思う。
 一緒に暮らし始める前は、こんなこと言わなかった。甘ったるい雰囲気なんて、頑張れば出せるという程度だったのに、何だこれは。
「以前は、どこかで無意識に抑えていたのかもしれない。特に跡部は皆に慕われているからな、俺だけのものではないのだからと、独占したがる気持ちを表に出せていなかった」
「ど、独占欲、とか……あったのかよ、手塚」
「ほら、お前でさえそう言うんだ。俺はよほど上手く隠していたようだな」
 肩を竦めながらそう呟く手塚に、だってしょうがないじゃないかと、心の中で抗議する。
 恋を告白したのも跡部からなら、関係を進めたのも跡部の方からだ。もちろん好きでいてくれているとは思っていたが、独占したいほどだなんて思わない。
「だが、皆に慕われているお前のことが誇らしい。周りのヤツらからお前を取り上げたいとは思わないし、俺に気を遣われるのも本意ではない」
「そりゃ俺の台詞なんだが? 手塚だって同じようなもんだろ。お前に憧れているヤツらは多いし、俺もそれは嬉しいんだ」
 お互い、かつては部の長として仲間たちを率いていた。今も変わらず慕ってくれている者たちが多く、何だかんだで呼び出しを受けたり指導を頼まれたりしている。
 だけどそこで変にヤキモチを焼いたりしないのは、誇らしいからだ。
〝さすが俺の惚れた男だ〟――と、胸が高鳴るだけで、嫉妬や疎外感なんてものは生まれてこない。そう思える相手を見つけられたのは、本当に幸福なことだと思う。
「そうか。なら、これも〝おそろい〟のうちに入るだろうか」
 ふっと笑う手塚に、跡部はぱちぱちと目を瞬く。目からうろこが落ちたような気分だった。
 おそろいとは、何も〝物〟だけでなくともいいのだと。
 想う気持ち、誇る気持ち、広い世界へと背中を押すこの手のひら。
 それらすべてが、おそろいだった。
「――ああ、そうだな、おそろいだ」
「跡部。お前と暮らすようになって俺も初めて気がついた。おそろいというものは、こんなにも嬉しいのだと」
 笑う口許。見つめる瞳。おそろいだと呟く音。テーブルの上を這った指先と、真ん中で出逢う。
「跡部、良ければ今日は、何かおそろいの物を買いに行かないか」
「いいぜ、今回は何にするかな」
 カップはそろっているし、キーケースもおそろいだ。食器もほぼ二セットずつあるし、ラケットやバッグはそれぞれ気に入ったものがある。タオルは消耗品だし、もう何セッとかそろえてもいいかもしれない。
 何を買うにしても、ある程度カテゴリを絞ってから出掛けないと、効率がよくない。もっとも、何を買うか迷って歩き回る時間も、手塚とならば楽しいのだろうが。
「そうだな。じゃあ――指輪でも」
 持ち上げかけたマグカップが、ゴトンと音を立ててテーブルにぶつかる。倒れなかったのは幸いで、跡部はカタカタと顎を震わせた。
「駄目か?」
「だっ……~~めなわけねえだろ、くそ、不意打ち食らわせやがって……!」
 悔しい、と手のひらで顔を覆う直前、ひどく楽しそうな顔をした恋人の顔が目に入った。


お題:リライト様 /おそろい
#お題 #両想い #未来設定

(対象画像がありません)

後ろから抱きしめる

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.09

#お題 #両想い #未来設定

 キッチンの方から、調理をする音がする。跡部は眠い目を擦りながら起き上がり、ベッドの上で伸びをした。…

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン

後ろから抱きしめる

 キッチンの方から、調理をする音がする。跡部は眠い目を擦りながら起き上がり、ベッドの上で伸びをした。
 一人でいるには広すぎる、とベッドを降りて、軽くメイキングして寝室を出た。
 すぐにキッチンへ向かいたかったけれど、まずはトイレと洗面所。用を足して顔を洗ってさっぱりして、歯を磨いてゆすぐ。眠気は、飛んだような、飛んでないような。
 そうしている間にも自分以外の人間が立てる物音がしていて、何げない日常の生活音に口許が緩んだ。
 そうしてやっとキッチンへ向かうと、調理台の前で何かを刻んでいる恋人の背中が目に入った。跡部はゆっくりと歩み寄り、
「手塚」
 恋人の名を呼んだ。
「ああ、起きたのか跡部」
 手塚は振り向きもせずにそう返してくる。別にそれに不満はなかった。
 顔が見たいという思いはあったけれど、後ろ姿さえ愛しくなるから困ったものだ。
 なにせ、彼が今着けているエプロンは自分が以前プレゼントしたものだ。ちゃんと使ってくれていることが、とても嬉しい。
「おはよう、ダーリン」
 腰の辺りで結ばれた紐が、ほんの少し歪んでいる。それがなんだかおかしくて、跡部はそっと結び直してやった。
「ああ、すまない」
「お前ちょっと大雑把なとこあるよな」
「そうだろうか」
 一見して几帳面そうに見えるのに、手塚は時々無頓着なところがある。
 もっとも、それもやっぱり愛おしい。
「起こせば良かったのに」
 そんな手塚を、後ろから抱きしめて、肩に顎を乗せる。起きて初めての接触らしき接触だ。
「こら、危ないだろう」
 手塚は手を止めて少し振り向き、諫めるように頬にキスをくれる。諫められていないどころか、ご褒美にしかならないんだがと心の中で思いながら、跡部は抱きしめる腕を強めた。
「気持ちよさそうに寝ていたからな。起こすのが忍びなかっただけだ」
 お前は少し朝が弱い、とため息交じりに呟かれて、ぐっと言葉に詰まる。
 弱いわけじゃないと反論したいが、いつも手塚より遅いし、覚醒してもパッとすぐには起きられない。そう言われても仕方のないところはあった。
「俺はお前の寝顔が見られるから、構わないがな」
 さらに、これだ。
 そんなことを言われたら、〝まあいいか〟なんて思ってしまう。
「俺だってお前の寝顔見てえんだが?」
「それはお前次第だろう」
「……くそ、明日の朝は絶対お前より早く起きるからな」
「ああ、頑張れ」
 少しも真面目に受け止めていないような返答が返ってきて、跡部は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
 目覚ましをいつもより早くかければいいかもしれないが、それでは手塚も一緒に起きてしまう。
 ではいつもより早く寝てみればいいかと考えたが、夜は大抵肌を合わせてから就寝になってしまうから、それもいささか難しい。夜のイチャイチャ>朝の寝顔、だ。
 手塚もそれを分かっていて言っているのだろう。悔しい、とため息を吐いて、手塚の背中から離れた。
「少し控えりゃいいのかもしれねえが、どうしてもお前に触れたくなる。……俺ばっかりお前を好きみてえじゃねえか」
「跡部」
 誘いをかけるのは、ほとんど跡部の方からだ。くっついてベッドに入ればそれだけでは物足りなくなって、キスをねだってボタンを外すのが常のようになっていた。
 手塚のことがすごく好きなのは事実だし、何げない日常のやり取りさえを愛しく感じてしまうのだから、気持ちの大きさは自分の方が上だと跡部は思っている。
「着替えてくる」
 子どものように拗ねてしまった自分が恥ずかしくて、踵を返してそそくさと傍を離れようとした。
「跡部」
 そんな跡部を引き留めるように、手塚の腕が伸びてくる。
 ぎゅっと背中から抱きしめられて、どきりと胸が鳴った。
「俺はお前のことが好きだぞ」
 耳元でそう囁かれて、かあっと熱が上がってくる。普段はそんなこと口にしないくせに、時折こうして言葉にしてくるからタチが悪い。
「確かに告白はお前の方からだったが、だからと言ってお前の方が気持ちが大きいと、なぜ言い切れるんだ」
「……俺の方がたくさん好きだ」
「俺はそれ以上にだ。言葉にしていないのが不満か? 態度では示しているつもりなんだが」
 好かれているのは分かる。愛されているというのは分かる。
 だけどそれでも、自分の方がと思ってしまう。
「俺は本来、こういう、その……色恋沙汰には興味がなかったんだ。まったくないと言えば噓だったろうが、お前のことは逃がしたくない」
 抱きしめてくる腕が強くなる。
「俺は自分の気持ちをお前に気づかされたんだ。好きだったのかと思って、急激に気持ちが膨れ上がった」
「……そう、だったのか? 〝なら付き合おう〟ってあれ、ためしにとかそういう感じだと思ってたんだが」
 跡部は、初めて聞いたそれに驚いて、手塚を振り向く。すぐ近くに唇があって、触れてしまいたかったけれど、今はとても重要なことを話してくれている。我慢して、大人しく抱きしめられたままでいた。
「そんなふうに思われていたのは心外だ」
「だって、叶うとは思わねえだろ、普通。玉砕必至だと思っていたぜ」
 恋を告白したとき、それはもう驚いた顔をしていた。
 同性に告白などされればそうなるだろうなと思っていたが、驚いていたのは跡部の告白にではなく、自分の気持ちにだったということだろうか。
「言っただろう、逃がしたくなかった。お前は異性に……いや、同性からも慕われていたからな。あれこれ悩んでいるうちに、横からかっ攫われていったのではたまったものではない」
 だから告白からのすぐに交際に発展したのかと、跡部はこの時初めて合点がいった。ゆっくり、慌てず、手塚にそういう意味で好きになってもらおうと努力を重ねて、キスも、その先も赦してもらえて、そうやって手塚の情が追いついてきたのだとばかり思っていたのに。
「あまり言葉にしてこなかった俺のせいだな。すまない跡部。これからはちゃんと言えるように努力しよう」
 こめかみに、頬に、キスが施される。
「お前が想いを告げてくれなければ、俺は自分の気持ちに今でも気づいていなかっただろう。感謝している」
「い、いや、俺は……あふれて、抑えられなかったってだけで」
「それでも、始めてくれたのはお前だ。俺はお前に、同じだと思ってもらえるように努力しなければいけなかったのに、それを怠った」
 わずかに沈んだ声が、手塚の落ち込みを伝えてくる。こちらが勝手に思い込んで、勝手に拗ねていただけなのに、こんなふうに示してくれるなんて。
「想う気持ちは俺も同じだ。手始めに、そうだな……お前を愛している。信じてほしい」
 ぞくりと、背筋を歓喜が這い上がってくる。抱きしめられていなければ、そこに崩れ落ちていただろう。
「し、んじて、る。――信じてる、手塚。同じだったの、嬉しいぜ」
「そうか。良かった」
 ホッとした唇同士が重なり合う。今まででいちばん幸せな朝のような気がすると、跡部は素直に身を預けた。
「ところで跡部、起きたばかりですまないんだが」
「ん? あ、メシ。作るの手伝うぜ」
「ベッドに行かないか」
「は!? お、おま、え……な」
「態度では示しているつもりだった。まだ足りないようなのでな」
 そんなことを言われ首筋にちゅっと口づけられてしまえば、拒む選択肢なんて出てこない。
 そうして、朝から濃密な時間を過ごすことになったのだった。


お題:リライト様 /後ろから抱きしめる
#お題 #両想い #未来設定

(対象画像がありません)

うーんと……じゃあキス10回分で

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.08

#お題 #両想い

 遅い、と足を組み直す。 せっかく時間が空いて逢えることになったというのに、待ち人が来ない。 椅子の…

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン

うーんと……じゃあキス10回分で

 遅い、と足を組み直す。
 せっかく時間が空いて逢えることになったというのに、待ち人が来ない。
 椅子の背にもたれて腕を組んだ。クリームソーダとやらを頼んでみたが、乗っかったアイスが溶けきるまでにあの男は来るだろうか。
 ソーダの青とアイスの白は、あの日の空のようだ。それをじっと眺めているのもまあ悪くはないなと、テーブルに面した窓から聞こえてくる外の喧噪をBGMに、目の保養をする。
 待ち人は、まさにあの日の試合の相手、手塚国光だ。
 いったいどうしたことか恋人同士になってしまって、プライベートで逢うようになった。
 とはいえ学校も違えば生活環境も違う。特に跡部は多忙を極めていて、頻繁に逢えることはないのだが。
 今日は珍しく家の仕事も生徒会の案件もなくて時間が空いた。
 そうトークアプリで報せたら、珍しいことに手塚の方から「それなら逢いたい」と返してきたのだ。
 端末を取り出してその画面を眺めるだけで、頬の筋肉は簡単に緩んでしまう。跡部景吾ともあろう者が、あんな男の手に落ちるだなんて。いや、手塚だからこそ、落ちたのだ。
 相手が手塚でなければ落ちなかっただろう。恋になど。
 恋という言葉は未だにむずがゆいと、髪をくしゃりとかき混ぜる。
 恋をするつもりなんてさらさらなかったのに、急速に転がり落ちた。
 声が聞きたい顔が見たい唇に触れたい。
 こんなふうにさせた手塚が、いっそ憎たらしい。
 待たされることは好きではないのに、待つ相手が手塚だと思うと、この時間さえそわそわとしてしまう。
 楽しい、のだろうと思う。
 グラスが汗をかいて、雫を吸った珪藻土のコースターがわずかに色を変える。溶けてソーダと混じり合うアイスが、そろそろグラスから逃げ出してしまいそうだ。
 仕方なく跡部はスプーンを持ち上げて乗っかったアイスに伸ばした。
 少し抵抗されてすくったバニラアイスを無事に口の中に収め、甘さと冷たさとソーダのなんとも形容しがたい美味さを味わう。
 その時、店のドアが開いて一人の客が入ってくる。
 どうも急いできたようで、開閉が乱暴だ。二口めのアイスをすくおうとした跡部の手が止まる。
 その客が、手塚だったからだ。
 手塚は店内を見回して、跡部を見つけてホッとした表情を見せる。
 それはほんのわずかな変化だったが、気づいてしまった。跡部の頬が染まる。待たせてしまっていると急いで来てくれたことが、嬉しい。
「跡部、すまない。待たせてしまった」
「本当にな。この俺様を待たせるなんざ、いい度胸じゃねーか」
 だけど嬉しい気持ちを押し隠して、ふんとそっぽを向いてみる。言い訳よりも先に謝罪を口にする手塚の潔さには好感を持ちながらも。
「どれくらい待った? 俺に何かできることがあればしよう」
 くそ真面目だなと口には出さずに思って、ちらりと手塚を見やる。今日も腹立たしいほどいい男で何よりだと、跡部は口の端を上げた。そうして、人差し指で唇をトントン叩く。
「そうだな、じゃあキス十回で赦してやるよ」
 手塚がぱちくりと目を見開く。
 こんなところでできるわけがないだろう――そう返ってくるかと思ったが、予想に反して手塚の手のひらが跡部の顎を持ち上げた。
 立ったまま腰を折って、跡部に身を寄せてくる。店中の視線を集めているが、構うものか。あまりゆっくり逢えないのだから、一分一秒だって惜しいのだ。
 触れて、三秒で離れていく。
「バニラアイスの匂いがする。クリームソーダとは珍しいな、跡部」
「ああ、なかなか旨いぜ」
「それなら俺は、クリームソーダをメロンの方で頼むか」
 なんて言いながら向かい側に腰をかける手塚。
 今日これからどうするかは決めていないが、お互いラケットバッグを持ってきているあたり行き着く先は一つだろう。
 なぜかそわついた店員にオーダーを通し、手塚はふと思い出したように声をかけてきた。
「跡部」
「アーン?」
「あと九回は俺の部屋でいいだろう」
 一瞬言葉につまったものの、跡部は「ああ」と頷いた。
 前言撤回だ。行き着く先のそのまた先があるようで、テニスばかりではない青春が待っている。
 じわりと上がった体温が、跡部の首筋に汗を浮かび上がらせた。


お題:リライト様 /「うーんと……じゃあキス10回分で」
#お題 #両想い

(対象画像がありません)

勝手に自己完結してんじゃねぇよ

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.07

#お題 #両片想い

 跡部のことが好きだと気づいたのは、ほんの数分前だった。 夏が過ぎ去って、秋という季節にさしかかった…

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン

勝手に自己完結してんじゃねぇよ


 跡部のことが好きだと気づいたのは、ほんの数分前だった。
 夏が過ぎ去って、秋という季節にさしかかった頃、俺はドイツ留学を決めていて、ドイツ語の習得に必死になっていた。
 どこから聞きつけたのか、「ドイツ語なら俺様の得意分野だぜ」と、跡部が青学の校門前で待っていたのだ。
 跡部は、幼少期を外国で過ごしたと噂で聞いたことがある。派手なパフォーマンスは、向こうの影響だろうか。
 氷帝学園は外国語の科目も選択できるというが、きっと跡部の習得率は勉学レベルではないのだろう。教えてくれるというのだから、そこは甘えておいた。
 そして、跡部は案外に面倒見がいいのだと知った。
 単語は覚えられるが、発音がうまくいかない俺に根気よく教えてくれる。何度詰まっても怒ったり呆れたりせず、上手く発音できた時はテンション高く褒めてくれる。
 彼が「カリスマ」と言われるのは、何もその容姿や技術だけではないのだと、そこで初めて理解したことを恥ずかしく思ったものだ。
 まあ、そうだろうな。氷帝の部員は二百人からいる。それを統率できる技量があるのだから。ただテニスが強い、旨いというだけでは務まらない。
 その点で俺は、うまくまとめられていたのか分からない。全国制覇は果たしたが、あれは皆が勝ち取った栄光だし、俺の部長としての立場は関係ないだろう。
 そういえば、跡部と越前の試合はすごかったな。シングルス1に越前を据えると読んでいて、跡部はきっちりと対策してきた。それもさすがだと思わざるを得ない。
 あんな試合を見せつけられて、心がざわつかない選手がいたらお目にかかってみたい。気を失ってまでコートに立っていた跡部景吾という男の、断固たる決意には、敬意しか抱かない。
 そして同時に、自分が跡部と試合をしたかったという思いがあったのを、否定しきれなかった。
 関東大会で初めて対峙した跡部は、噂に違わず強い男だった。圧倒的な強さを見せつけて相手の心を折るというのも立派な戦略だ。俺にはできないが、跡部を否定するつもりはない。
 だが、そんな跡部も計算外だったんだろう。俺が持久戦を挑んだのは。まあ、肘は保つと思っていた俺も計算違いではあったんだが。
 肩を痛めたが、あそこで棄権したくなかったのは、跡部と最後まで試合をしたかったからだ。もちろん勝つためにコートに戻り、跡部が容赦なく球を打ってきてくれたのは嬉しかった。
 手加減が欲しいんじゃない。俺はあの時、跡部が本気で打ったボールが欲しかった。それを打ち返してやりたかった。
 全力でそれに応えてくれた跡部景吾という男が、それまでの印象とは変わってしまった。
 同じだけの熱量をテニスにかける男だ。好意は当然持った。
 だけどそれは、好敵手として……だと思っていたんだ。
「紅茶、冷めちまったな。新しいの淹れてやる。ああ、それとも緑茶の方がいいかよ?」
 広げたテキストの傍に置きっぱなしのティーカップが、跡部の手で下げられていく。ハッとして、せっかく入れてくれたのに申し訳ない気持ちで一杯になった。しかも、教えてもらっている立場だというのに集中できていない。
 どうして気づいてしまったんだ。
 窓から入り込む日差しに透ける髪が、キラキラとして眩しくて、触れてみたいなんて思って、思わず手を伸ばしてしまった、あの五分前。
 跡部はそれを嫌がるでもなく、「なんだよ?」と不思議そうに訊ねてきただけだった。その口許に浮かべられた笑みに、思わず息を呑んだ。
 髪に触れることのできる距離を、許容されていることに気づいて、一気にせり上がってきた何か。
 こんなことには慣れているのだろうかと思った瞬間、湧き上がってきた何か。
 綴りが間違ってると俯いて指摘した時の、ふわりと香った匂いに、うずいた何か。
 明白だった。
 俺は跡部に馬鹿げた恋情でもって触れたいのだと。
「跡部、いい。それ、飲む」
「冷めてるっつってんだろ」
「お前がせっかく入れてくれたものだ」
「……テメェがいいならいいけどよ」
 提げかけたカップを、跡部はソーサーごと俺の手の傍に置き直してくれる。
「あ」
 この瞬間まで、本当にちゃんと飲むつもりだった。だけど俺の手はどうしてか跡部の手に重ねられていて。
「……手塚?」
「…………すまない」
 離さなければと思う自分と、このまま強く握りしめたいと思う自分が同じところに存在している。妙な気分だった。
 こんな不埒な想いは、告げるべきではない。だけどそれでは跡部に対して誠実ではない。
 そもそもこういう時はどうしたらいいのだろうか。さっぱり分からない。
 受け入れてもらえないことだけは分かっていて、跡部に何かを望むのはいけない。
 それなのに、触れたところから跡部の体温が伝わってきて、どうしようもない。
「ひとつ頼みがあるんだが」
「アーン?」
「お前を抱きしめさせてくれないか」
 口をついて出た言葉に、跡部より俺自身が驚いた。
 抱きしめるってなんだ、どういうことだ。抱きしめてどうするんだ。そんなことさせてくれるわけがないだろう。
「いや、すまない、忘れてくれ。どうかしていた」
 数秒の沈黙で、なんとか冷静になれた。
 俺は慌てて手を放して、今度こそカップの取っ手を握ろうとした。だが逆に跡部の手に搦め捕られて、目を瞬かせる。
「……っの根性なしが」
 ぎゅっと手を握りながら怒る跡部に、俺はどうしたらいいのか分からない。
 なぜ俺は怒られているんだ? 怒っている跡部も可愛いんだな、なんて考えている場合ではないんだろうな。
「ようやくまともに口説き文句でも出てくんのかと思いきや、この朴念仁が。勝手に自己完結してんじゃねえよ」
「待て、ようやくとはどういうことだ」
「アーン? まさかテメェ、自覚してなかったのか?」
 これは、本当にどういうことだ。口説き文句という言葉、自覚という単語、握りしめられた手。
「…………跡部、もしかして俺は、随分前からお前のことが好きだったのだろうか」
「一目瞭然じゃねーの。そもそも俺が最初に青学に行ってやったのは、そっちの連中が『手塚をどうにかしろ』っつってきたからだぜ。ダダ漏れだったんだろうよ」
 なんてことだ。まさかそんなことがあったなんて。
 というか、なぜ皆は俺さえ気づいてなかった気持ちに気づいているんだ。感謝はしておくが、納得がいかない。
「お前ホントにテニス馬鹿なんだな。ここまでこっち方面に疎いとは思ってなかったぜ」
「し、仕方ないだろう。自覚をしたのはついさっきなんだ」
「逆にビックリじゃねーの……」
 呆れたようにため息を吐いて、跡部は俺の額をはじいてくる。少しも痛くはないのだが、俺ははじかれたそこを手のひらで押さえる。第二の攻撃がこないとも限らない。そんな少々間抜けな格好で、跡部に尋ねかけた。
「俺の気持ちに気づいていながら、なぜお前はこの距離を許容するんだ。俺は今、お前を抱き寄せてしまうことだってできるんだが」
「なるほどね、そっち方面も自覚したってわけか。結構なことじゃねーの」
「跡部、茶化すな」
「茶化してねーよ。俺はとっくにお前に惚れてんだから、触れたいって思われて嬉しくねえわけねーだろ」
 耳を疑った。
 待て、何て言ったんだ跡部。
 何を言っているんだ。
 とっくに? 惚れて? いた?
 突然のことについていけない俺の、額にあてたままだった手を取られ、両手が跡部に捕まってしまった。それでも俺は混乱していて、どうすればいいのか分からない。
「おら手塚、言えよ。その気持ち、押し込めさせやしねえから。それとも、俺の方から言ってやろうか?」
 跡部が、正面から覗き込んでくる。わずかに細められた目は、幸福そうだった。
 跡部が俺に何を望んでくれているのか分かって、俺は息を深く吸い込んだ。
「好きだ、跡部。俺とお前の関係に、恋人というものを追加してほしい」
 友人であり、戦友であり、好敵手であり、恋人でもあるというのはひどく贅沢な関係だ。だけど俺たちはそのどれでもある。どれかに限定することはしたくなかった。
「オーケイ、ダーリン。上等じゃねーの!」
 そして、ちゃんと言えた俺を跡部はテンション高く褒めてくれた。
 キラキラと眩しい金色の髪が、俺の髪と混ざるまで、あと少し。



お題:リライト様 /勝手に自己完結してんじゃねぇよ
#お題 #両片想い

(対象画像がありません)

カレンダー

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.06

#お題 #片想い

 アナログのカレンダーに、赤いペンできゅっと丸をつけた。少し震えてしまったせいで、形がいびつになった…

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン

カレンダー

 アナログのカレンダーに、赤いペンできゅっと丸をつけた。少し震えてしまったせいで、形がいびつになった気がするけれど、そこはよしとしておこう。
 別に、世間的に特別な日というわけではない。ただのなんでもない平日だ。学校はあるし交通機関は平日ダイヤだし、平日のみランチタイムをやっている飲食店も書き入れ時だ。
 だが、跡部に取っては特別な日。
 好きな男に逢える、大事な日。
 誕生日だとか、付き合い始めた記念日だとか、そんな重要なものではない。そもそも、相手とは別に交際をしているわけではなかった。
 完全なる跡部の片想いだ。
 同性に恋をしたと気がついた時には、さすがに思い悩みもしたが、それはほんの僅かな時間。
 恋の相手が手塚国光では、致し方ないと思えてしまったのだ。
 この俺を惚れさせるとは、さすが手塚じゃねーの。なんてふうに思って、楽しくもなってきている。
 本当に、手塚ならばいい。この感情の名前が何であろうと、構わなかった。
 恋だと言われればそうかと素直に認めるし、ただのライバルとしてしか見ていないはずだと言われれば、それはそうだと頷いてもやれる。
 ただ今は、手塚に向かっていくこの気持ちが心地良い。無意識に彼のことを考えている自分に気づくのも、新鮮で面白い。
 たとえば朝食をとっている時でも、〝手塚はもう起きただろうか〟と思う。
 学校に向かっている時にも、〝一緒に通えたらよかったのに〟と考える。
 授業中には〝アイツはなんの授業を受けいているだろうか〟と空を眺める。
 部活中には、当然のようにプレイ中の手塚が浮かんでくる。
 あの強引で傲慢な男は、いったいどれだけ、跡部の日常に踏み込んでくるのだろう。
 顔が見たい。
 声が聞きたい。
 名を呼んでもらいたい。
 そしてできればテニスがしたい。
 丸をつけたカレンダーの日付を、指先でそっと撫でる。
『テニスしねーか』と誘った跡部に、手塚は『いつでも構わない』と返してくれた。
 部活も、生徒会の仕事もない放課後に約束を取り付けた。休日にゆっくりとも思ったのだが、待っていられない。早く逢いたいのだ。
 恋する男に逢うのに、テニスを口実にしたくはなかったが、お互いがテニスしか頭にないのだから、これ以上の口実はない。
 跡部はもう一度ペンのキャップを開け、日付の下に書き足した。
『手塚と』――と。
 この名を見るだけで幸せな気分になってくる。これは相当な重症なのではないか。照れくさくて、恥ずかしくて、手のひらで顔を覆った。
 顔が熱い。吐息が熱っぽい。
 だけどそれはけして不快なものではなく、困ってしまうほど気持ちがいい。
 こんなにも手塚を想えるという事実が、嬉しくてしょうがなかった。
 跡部は日付と、丸の印と、手塚の名前を順番に指でなぞった。てづか、と小さく小さくその名を呟く。
「……逢える、手塚と」
 逢える。逢って、テニスができる。なんて贅沢なことだろうと思った。
 恋をしているという特殊な事実を除いても、手塚とテニスができるのは本当に幸福だ。
 手塚国光とプレイしたがっている選手は多い。圧倒的な強さを目の当たりにしたいというよりは、奥に秘めた強さを暴いてみたい、引き出してみたいと思う連中が多いのだろうことは分かっていた。そしてそのほとんどが、自分の方が勝つはずだと疑いもせずに。
 まあそもそも、負けるつもりで挑むなんて、日々鍛錬をしてきた自分自身にも、相手選手にも失礼なことだ。誰もが、勝つつもりでコートに立つ。
 跡部だって、そのつもりだった。あの関東大会、手塚との初対戦。
 あまり公式戦に出なかったあの男の力を暴いて、引き出して、圧倒的な差を見せつけて自分が勝つ。勝者は自分だと周りに知らしめるつもりだった。
 だけど、思い描いた通りにはならなかった。
 想像もできないほどの熱い魂を持った男だと知って、強烈に惹かれたのが、最初。そこからはもう、転がり落ちていくだけだった。
 思い通りにならなかったから、ムキになっているのではないかと思うだろう。執着しているだけだと。恋ではないのではないかと。
 だけどそれなら、どこまでが執着で、どこからが恋なのだろう。
 今日までは執着で、明日からは恋だと、どこでラインを引けばいいのか分からない。
 ただ分かるのは、印をつけたこの日が来るのがとても楽しみだということだ。
 指先で、今日の枠を指す。明日の枠へと移動する。そして印をつけた明後日に。
 はあーと長く息を吐いた。指先に感じる紙の感触さえが、そわそわと心を落ち着かなくさせる。明後日はどんな顔をして逢えばいいのか。逢ったら最初になんて言おうか。テニスは何ゲームくらい付き合ってくれるだろう?
 ぶんぶんと首を振った。いくら考えたって、その通りにいくはずがない。特に手塚は、予想の斜め上をいくような男なのだから。
 逢って、その時の状況でどうにかするしかない。それができない自分ではないだろうと、戒めて、鼓舞した。
「疲れんだな、恋ってヤツは」
 世の中の、恋する紳士淑女たちは、みんなこんな思いを抱えているのだろうか。そう思うと、敬意さえ抱いてしまう。
「明後日、か……」
 今日と明日の夜を越えれば、手塚に逢える。早く過ぎてくれないかと思う反面、心を落ち着ける時間も必要だと思ってしまう。
 逢いたい、でもまたさらに好きになりそうで逢いたくない。噓だ、やっぱり逢いたい。
 数秒ごとに気持ちが移り変わっていくのを、どうしたらいいのだろうか。
 恋情ひとつでこんなに心が忙しくなるのだから、手塚が相手でなければやっていられない。他の誰でも駄目だ、手塚のことを考えるのでなければ、時間が惜しい。
 もういい加減に考えるのを止めようと、スケジュール帳をパタンと閉じる。だがそうした傍からまた気になって、念のためと携帯端末を開いてカレンダーアプリを立ち上げた。
 明後日、放課後。
『手塚とテニス』
 そう打とうとして、『手塚と』の後に予測変換で『デート』と出てきてしまって顔が赤らんだ。
 デートじゃねえ! と端末を投げそうになって、どうにか踏みとどまる。深呼吸をして心を落ち着け、『テニス』とちゃんと打ち込んだ。
 いつか、『デート』と打ち込めるようになればいいなと思いながら。


お題:リライト様 /カレンダー
#お題 #片想い

(対象画像がありません)

うさぎのりんご

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.05

#お題 #両想い

 油断した、と体温計の数値を見て長く息を吐いた。何年も、こんな数値をたたき出したことはないのに。 跡…

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン

うさぎのりんご


 油断した、と体温計の数値を見て長く息を吐いた。何年も、こんな数値をたたき出したことはないのに。
 跡部は、節々が痛む背中をベッドに預け直して、自分の未熟さを嘆く。
 体調管理は基本中の基本だと言うのに、ちょっとした油断で風邪を引いてしまったのが悔しい。
 寝室の窓を、開けっぱなしにしていたのがいけなかったのかもしれない。ここ数日ろくに眠れていなかったのも手伝って、疲労が一気に、高熱という形になって出てきてしまったのだろう。
「あー……」
 情けない、と上げる声も自分らしくなく、弱い。喉の痛みが不快で、手のひらで覆った。
「跡部」
 その時、寝室のドアをノックもなく開けてくる男がいる。手塚国光だ。水や食器の乗ったトレーを手にして、心配そうに訊ねてくる。
「どうだ? 熱は」
「九度近い」
 そうか、とサイドテーブルにトレーを置き、額に唇を落としてきた。
「おい……」
「確かに熱いな。冷却剤があったから、貼っておくぞ。起き上がれるようなら、水分の補給をした方がいい」
 感染(うつ)るだろと言いたいのに、その気力もろくにない。恋人である手塚も、プロとして活躍しているテニスプレイヤーだ、体が資本である。人一倍、気を遣わなければいけないというのに。
 その男が、無様にも風邪を引いてしまった恋人を看病してくれるなんて、贅沢にも程がある。
 跡部はせっかく横たわらせた体をもう一度起こし、大きな枕で体を支えた。
 額に冷却剤を貼ると、その感触と冷たさに僅かに体が歓喜した。
「何か食べられそうか? 喉が痛むようなら、ゼリーかヨーグルトの方がいいだろうが」
 ペットボトルに、キャップ付きのストローが装着されている。パチンと音を立ててキャップを開け、ミネラルウォーターで喉を潤した。これなら寝た状態でも飲めるなと、手塚の気遣いに感心さえしてしまう。
「食欲はたぶんあるんだが……やっぱり喉が痛いな」
「ならそうめんでも茹でてこよう。少し待っていてくれ。あと何か欲しいものはあるか?」
 ふるふると首を振り、手塚の袖をつんと引っ張る。
「お前、練習あるんじゃねえのかよ。俺のことはいいから行ってこい」
「ああ、行くが、その前にお前の世話くらいやかせてくれ。向こうで気になって、練習どころではなくなるだろう」
 ため息交じりにそう返されて、ぐっと言葉に詰まった。逆の立場だったら、跡部もそうしただろう。
「それに、こんな時でないとお前に甘えてもらえないからな。新鮮な気分を楽しんでいるから、気にするな」
 そう言って、髪を撫でて寝室を出て行ってしまう。
 何を言っているのだあの男は、と、ドッと疲労が襲ってくる。
 こんな時でないと甘えてもらえないというが、手塚には散々甘えてしまっているのに。
 例えば声が聞きたい時に、つい電話をかけてしまうだとか、顔が見たい時にはビデオ通話にしたり、それどころか今から逢いたいなどと言って、困らせていると思っていたが、彼にしてみたら全然そんなことはないのかもしれない。
 今度もっとあからさまに甘えてみようか? なんて思うくらいには、今の発言は衝撃だった。
 甘えるということに、慣れていないのだと思う。たぶん、お互いにだ。甘やかすのには慣れているのに、逆はからっきし、という状態である。
「甘えるって……どうすりゃいいんだ。我が儘言ってみるとかか……?」
 やっぱりいつもと変わらねえなと、熱い息を吐く。
 だけど例えば、もっとスキンシップをしたいだとか、声を録音しておきたいだとか、そういえばそろそろ一緒に暮らしたいだとか、そういうことを言ってみてもいいのだろうか。
「……ともかくこの熱下がってからだな。今言ったって、熱に浮かされてとしか思われねえ」
 できればちゃんと膝をつき合わせて話をしてみたい。となるとやはり早いことこの体調を快復させなければ。
「跡部、そうめんできたぞ。食べられるだけ食べるといい。残ったら俺がいただこう」
 手塚が、作ったそうめんを手に戻ってくる。
「それこそ感染るだろうが。ん、サンキュ」
 めんつゆには、オクラとネギが入っている。冷たすぎない水にたゆたう細いそうめんをすくい上げ、めんつゆにつけて口許へと運んだ。
「食べられそうか?」
「ああ、美味いぜ」
「それならいい。風邪薬……喉からのと頭痛からのとあるが……どっちがいいだろうか。喉が辛そうだな」
 常備薬の風邪薬、使用期限を確認しながら訊ねてくる。喉かな、と呟けば、きちんと一回分の分量を取り出してトレーに乗せてくれた。
「なあ……怒らないで聞いてほしいんだが」
「なんだ?」
「正直、お前がこうやって看病してくれるとは思ってなかった。いや、俺たちお互い体調管理はきちんとしてるはずだから、想定外だったってのはあるんだが」
 自分が体調を崩すのも想定外だし、それを甲斐甲斐しく看病してくれる手塚なんて、もっと想定外だった。風邪が感染るリスクを冒してまでだ。
「お前の中で俺はどれだけ人でなしなんだ」
「だから、怒るなよ。お前に片想いしてた頃を考えると、こんなこと夢なんじゃねえかって思っちまうんだ」
「何年前の話をしているんだ? でもまあ、その気持ちは分からんでもないが……俺だっていまだに、お前を抱いて眠れる夜があるのが信じられない時はある」
 そうだろ、と賛同を返しながらそうめんをすする。恋人関係になってから随分経つけれど、手塚はテニスとイコールで結ばれていて、他のものなんか目に入っていないようなイメージが、いまだにある。
 だけど、愛されているなと感じる時も多々あって、まだまだ手塚について知らないことがあるのだと、幸せな気分にもなった。
「今日は練習早めに切り上げられるよう頼んでみる。俺にとってテニスがすべてだが、その世界にお前がいるんだ。怠けるなとは言わないでおいてくれ」
「看病してくれる恋人に、そんなこと言うわけねえだろ。どんだけ人でなしなんだよ」
 先ほどの手塚を真似て返してみると、わずかに笑ったような気がした。
「俺もお前の看病くらいできると、アピールしておいた方がいいな。ヨーグルトとプリン、どっちがいい?」
 ヨーグルトはともかく、プリンなど冷蔵庫にはなかったはずだ。わざわざ買いに行ってくれたのだろうかと思うと、愛しさがこみ上げてくる。
「あと、これ。すりおろした方が良かったかもしれないが」
 皿の上に、りんごが四切れ。というか、うさぎが四羽。皮をうさぎの耳に見立てて切られたりんごが並べられていた。
 まさか手塚がこんなに可愛らしいことをするとは思わなかったが、これはもしかしたら、手塚が家族にされてきた看病と同じなのかもしれない。
「フフ、可愛いじゃねーの、手塚ぁ」
 ではこのうさぎのりんごとヨーグルトをもらおうと、手を伸ばして礼を告げた。
「ありがとな。なんかこれだけでだいぶ元気になったぜ。俺のことは気にせず、行ってきて大丈夫だ」
「そうか。だがあまり無理はするな。何か欲しいものがあれば、帰りに買ってくるから」
 そう言って、髪を撫でてくれる。それには素直に甘え、手のひらに頬をすり寄せてみた。それが嬉しかったのか、手塚は目蓋にキスをくれた。
「では行ってくるが、油断するなよ跡部。何かあったらすぐに連絡しろ」
「分かった、必ず」
 そうならないよう気をつけはするが、そう返した方が手塚が安堵すると思い、ひらひらと手を振ってみせた。こくりと頷いて、手塚は部屋を出ていく。
 彼が帰ってきたら、やっぱり言ってみようか。一緒に暮らしたいと。
 どうかその時までにこの熱が下がっていますようにと、跡部はりんごのうさぎに小さなキスをした。


お題:リライト様 /うさぎのりんご
#お題 #両想い

余裕なんて、ない

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン

余裕なんて、ない

18歳以上ですか? yes/no

(対象画像がありません)

月明かりの下で

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.03

#お題 #両想い

 肌寒い、と、跡部が脱ぎ散らかされていたシャツを足の指で引き寄せる。薄いシャツでも、羽織れば申し訳程…

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン

月明かりの下で

 肌寒い、と、跡部が脱ぎ散らかされていたシャツを足の指で引き寄せる。薄いシャツでも、羽織れば申し訳程度には温かくなった。
「跡部、毛布を持ってくるから少し待ってろ」
「いい、ここにいろよ」
 そんな跡部に気づいた手塚が、立ち上がってベッドの方へ向かおうとする。
 跡部はそれを、気怠い手で引き留めた。
「しかし、寒いのだろう」
「秋も深まるこんな時季に、窓辺で素っ裸じゃ、そりゃあな」
 くっくっと喉を震わせて笑う跡部に、だから毛布を持ってくると言っているんだがと、手塚はやんわりと手を外させる。
「鈍感。離れたくねえんだって、はっきり言わなきゃ分からねかよ?」
 再び腰を上げようとした手塚だが、跡部の甘ったるい声に踏みとどまった。
「な。いろよ」
 ほんの少しためらってみたものの、恋人からのそんな可愛いおねだりを、断れるわけがない。
「お前がそう言うならいいが」
 手塚も上半身は裸のままで、寒くないことはないのだが、ここは跡部の好きなようにさせておこう。先ほどまでの情事で、また無茶をさせてしまったのだから。
 傍に座り直すと、膝の上に頭を乗せてくる。さらりと額を流れた髪を払ってやって、そのまま少し湿った髪を撫でた。
 大きな窓から、月明かりが差し込む。そのおかげで、ルームライトを点けなくても、充分跡部の体を堪能することができた。
 まさか、こんな窓際で行為に及ぶことになるとは思っていなかったが、月の光で美しく照らされる跡部の肌を見られて、いつもとは違った興奮を覚えたのは、言わないでおこう。
「手塚、お前さぁ。ベッドじゃねえ方がいいのか? いつもより激しかったぜ」
「そういうわけではない」
 だがしっかりとバレてしまっていた。
 まあ当然といえば当然だ。欲はダイレクトに跡部に伝わってしまうのだから。
「俺は別にどこでもいいけどな。そういうことは早めに言っておけよ」
「だから、ベッド以外の方が好きとか、そういうわけではないと言っているだろう」
 手塚は眼鏡を押し上げて位置を直し、窓越しに大きな月を見上げる。
「ただ、綺麗だなと思った。月明かりの下では、跡部はあんなふうに見えるのだと、いつもよりドキドキしたのは事実だな」
「フ……これも月の魔力かねえ。お前がそんなことを言うなんて。明日は雪が降るんじゃねえのか」
 照れくさそうに、跡部が膝の上で目を細める。あまり気持ちを言葉にしないというのは手塚も自覚していて、もう少しくらい言ってやりたいなとは思っている。こんなことを言われてしまえば、余計にだ。
「明日の天気予報は、晴れだ」
「そうかい」
「跡部、俺は俺なりにお前を想っている。上手く言葉にできなくてすまない」
〝すきだ〟の三文字、〝あいしてる〟の五文字。
 簡単なはずなのに、どうにもこの唇はそれを奏でてくれない。
 それが悔しくて、寂しくて、眉が下がる。だけど跡部は、それに驚いたように目をぱちぱちと瞬いた。
「手塚……? どうしたんだお前。お前が俺を好きなことなんて、とっくに知ってるぜ?」
「それはそうだろうが、好きだとちゃんと言われた方が嬉しいだろう」
「まあ、そりゃそうだが……お前の唇は、充分俺に愛してるって言ってんだけどな」
 気にしているのかと、不思議そうに首を傾げながら見上げてこられて、手塚の方こそ首を傾げた音にはできていないのに、愛してると言ってるというのは、どういうことだろう。
「ほら」
 跡部は胸の上にかけていたシャツをするりとずらし、白い肌を月明かりのもとに晒した。
「この痕ひとつひとつが、お前の言葉だろ、手塚」
 そこかしこに散らばる、キスマーク。胸に、腕に、鎖骨に、腹に。
「お前がそういうの苦手なのは、今に始まったことじゃねーだろ。知ってて俺は惚れてんだし、言っておくがそれは全然マイナス要素じゃない。こうして俺だけに分かるやり方で愛の言霊くれてるだろうが」
 確かにめいっぱいの好意でもってそれを鏤(ちりば)めているのだが、それのひとつひとつを、跡部は嬉しいと思ってくれているのだろうか。
「お前と逢ってねえ時も、この痕見てるだけで幸福なんだ。逆に、俺はちゃんとお前を満足させられてんのか、不安にもなる」
「不安? お前がか。そんなもの必要ない」
 充分過ぎるほどに満足しているというのに、と手塚は跡部の手を取って握りしめる。
 好きだと想いを言ってもらえないことよりも、満足させられているのかということの方に不安を感じているなんて、思ってもみなかった。
「ずっと好きだったんだ、跡部。お前とこんなふうに過ごせるなんて、思ってなかった。俺は充分に幸福を感じている」
 恋人同士になって、こんな深夜に二人きり、綺麗で大きな月を見ながら、肌に触れる機会があるなんて。こんな幸福を知ることができるのは、世界で唯一自分だけなのだと思うと、奇跡みたいだ。
「俺はやはりお前のように上手く言葉にできない。お前がそれでもいいと言ってくれるのならば、俺なりの精一杯で伝えていく」
 握りしめた跡部の手に、そっと口づける。絡めた指を解くと、跡部が嬉しそうにその手で首を引き寄せてくれる。手塚は背中を曲げて、跡部は肘で上体を押し上げて、二人の真ん中辺りで唇が重なった。
「なあ手塚、じゃあ……伝えてくれよ。もう一度、ここで」
「……ベッドへは行かないのか」
「ここでっつってんだろ」
 誘われて、一応促してみるものの、今度は両腕で抱き寄せてくる。
 自分としては構わないのだが、風邪でも引いたらどうするのだと、手塚は小さくため息を吐いた。「そんなにヤワじゃねえ」と額をはじかれて、まあそうだろうなと跡部の体をゆっくりカーペットに横たえていく。
「やはり、綺麗だな……」
「そうだろ。さあ、好きなだけ愛してるって言うがいいぜ」
 ここに、と跡部が指先でとんとん胸を叩く。
 饒舌ではない手塚が、唇で伝える方法を跡部はちゃんと示してくれる。それで良いのだと分かったら、遠慮などする気が失せた。
 誘われた以上、そんな気は最初からなかったけれど。
 月明かりの下で、白い肌に吐息を乗せて、舌を滑らせ、唇を押し当てて、吸いついて、吸い上げる。
 あいしてるの印をそこかしこに鏤めたら、幸福そうに笑う恋人から、あいしてるの音をもらった。


お題:リライト様 /月明かりの下で
#お題 #両想い

(対象画像がありません)

たまにはこうやって我が儘言え

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.02

#両想い #未来設定 #お題

 恋人である跡部は、面倒見がいい。 持てる者の義務というか、ノブレス・オブリージュというか。 それは…

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン

たまにはこうやって我が儘言え


 恋人である跡部は、面倒見がいい。
 持てる者の義務というか、ノブレス・オブリージュというか。
 それは金銭的なことだったり人脈的なことだったりいろいろだが、少しも苦に感じる様子もなく他人に与える。
 自身も忙しくしながらも、周りをよく見ている。数多くいるすべての使用人たちの顔と名前、誕生日を覚えていると聞いたときには、本当に同じ人間かと疑ったりもした。
 そういえばテニス部でも絶大な人気を誇っているなと思い出す。
 二百人からの部員のパーソナルデータ、プレイスタイルを暗記しているこの男を、ただのテニスプレイヤーとして放っておいていいのだろうか。しかるべき機関で制度や国を動かす職にでも就いた方がいいのではないかと一瞬だけ考えたこともある。そうして、考えた傍から自分で却下する。
 テニスでつながっていない未来など、ない。
 自分たちはテニスで出逢って、恋をして、これから先も共にいる。そこにはテニスがあるべきだ。
 今日だって、一緒にテニススクールをいくつか回って指導しているくらいだ、跡部景吾はテニスから離れるべきではない。そんな傲慢なことを思っても、コートから煽るようにこちらを射貫く視線を受けてしまえば、傲慢な独りよがりばかりとも言えない。
 スクールの小さな子たちに手本を見せるのではなかったか、と思いつつ、跡部景吾に誘われて受けない手などない。ラケットを握り直して、彼とネット越しに対峙した。
 立ち戻っていく、中学時代の熱い試合。
 あれから何度か球を交わしたけれど、惹かれるきっかけとなったあの試合はいつまでも忘れられない。それこそ、永遠にだ。
 指導などそっちのけで、跡部の球を受ける。今はあまりまとまった時間が取れないことを考えると、こうして打ち合うのも久しぶりだ。
 ラケットを振るう手も熱くなる。子どもたちの歓声が、あの日の歓声と重なっていく。聞き慣れた審判のコールがないのは寂しいが、ネットを挟んだそこに跡部がいればそれでいい。
 ああ、彼も楽しそうにしてくれている。全力で打ち合える相手がいるのが嬉しいのだろう。それが生涯を共にすると誓い合った恋人だというのだからこの上ない幸福だ。
 跡部の打った球が足元を貫いていく。油断していたわけじゃない。拾えなかったんだ。腕は落ちていないようで、嬉しい。
 そんな跡部の元に、子どもたちがきゃあきゃあと駆け寄るのが見えて、ラケットを下ろした。この状態で打つわけにはいかない。
「あとべせんしゅ、すごい、今のどうやったの、ねえぼくもやりたい!」
「わたしが先! ねえおしえて、さっきの、ラケットの面が上になるヤツ!」
「おいおい落ち着け、順番は守らねえとなあ?」
 はーい! と元気よく手を挙げる子どもたちと、その子らの頭を優しく撫でる跡部に、思わず口が緩む。忙しいのにスクールの指導なんてして大丈夫なのかと心配したが、いらぬことだったようだ。跡部が、請われると弱いのは知っている。
 触れたいと言い出した俺に、困ったような顔をしながらも両腕を広げてくれた跡部の優しさを、俺は誰よりも知っていた。
 子どもたちのフォームを順に見てやり、俺にボールを出せと言ってきて、思いっきり打ち返してやれなんて言っている跡部の、だ。
「跡部、今打った子。左足をもう少し外側に向けてやってくれ。それで大分良くなる」
「ん? ああ、なるほどね。ほらちょっと来い。ラケット振る時な、こうして……そうだ、そこ。上手いじゃねーの!」
 横で見ている跡部と正面で球を受けることになっている俺とでは、視界が違う。より良くなるように指摘をしてやれば、跡部はすぐに俺の言いたいことを分かってくれる。やはりこの男でなければと、些細なことで惚れ直してしまった。
 時間目一杯まで指導に費やし、せがまれるサインをこなして、ようやく車に乗り込んだ頃には、すっかり日が暮れている。
 跡部は夕食をどうするのだろうか。できればもう少し共にいたいが、予定を訊いてみよう。
「跡部、この後は? 予定がなければ一緒に食事を」
「ああ、いいぜ。もともとそのつもりだったしな。お前もこのあと空いてんのは知ってる」
「なぜ俺のスケジュールまで把握しているんだ、お前は」
「ばぁか。俺の能力を甘く見んなよ」
 そんなつもりはないが。
「で、何が食いたい? 和食の方がいいか」
「お前は何が食べたいんだ。確か前回も俺の好きなものだった気がする」
 車の中で、助手席から跡部を振り向く。いつもは運転手に任せているようだが、たまに自分で運転したくなると跡部は言う。二人になりたいからだろうかと自惚れてもいるが、どうにもこの男は俺を甘やかし過ぎる。
「俺はなんでもいいんだよ。たまに逢える恋人の我が儘訊くのは楽しいんだからよ」
「我が儘など言ってないだろう」
「そこは言葉のあやだ。なんだよ、機嫌悪いな?」
「別に、悪くはない。少し寂しいだけだ」
 ため息を吐きながらシートに体を預ける。言ってから気がついたが、どうやら俺は寂しがっているらしい。自分の感情なのにうまくコントロールできないのは情けないな。まだボールを打つラインの方が読めるし、コントロールもできる。
「寂しい? って、なんでだ。俺と逢ってんのに」
「俺だってお前の我が儘を聞きたい」
「は?」
 先ほども思ったが、跡部は俺を甘やかしすぎるんだ。面倒見がいいというのは聞こえがいいが、俺も跡部を甘やかしたいんだ。だがどうすれば甘やかすことになるのか分からず、我が儘を聞いてやりたいという跡部を真似てみた。
「俺のしたいことばかりしても意味がないだろう。お前は何がいい? 何をしたい? 俺にはお前のような力はないだろうか」
「ま、待てまて、そんなふうに思っちゃいねえよ。……難しいもんだな。何がしたいかなんて、訊かれたことがあまりない」
 困ったような声を出す跡部が可愛らしい。今まで与えるばかりで、与えられる側には慣れていないのだろう。俺も俺で、今までそれに甘んじてしまっていた。
「食べたい物でなくても構わない。行きたいところでも、やりたいことでも。大袈裟なことでなくてもいいんだ。そうだな、たとえばトランプがしたいとか、ゆっくりテレビを見たいとか」
「テレビはともかく、二人でトランプか? そうか、そういう……些細なことでもいいのかよ」
「なんでも。時間が足りなければ、必ず調整する」
「いや、そう大袈裟なことでもねえんだよ。今日だけでちゃんとできるぜ」
 したいことを思いついたようで、ふっと跡部が笑う。俺の言葉を真似る恋人が、可愛くてしょうがない。そんな彼のしたいことというのは、いったいなんだろう。俺に叶えられるものであればいいが。
「あのよ、手塚……」
「なんだ」
「今日……ウチに泊まってくよな」
「……お前が構わなければ、そうしたいが」
「眠る時……俺を抱きしめて、愛していると言ってほしい」
 恥ずかしそうに、気まずそうに口にされたその我が儘にもならない我が儘に、俺は目を見開いた。わざわざ願うようなことだろうか? 確かに俺は言葉にすることが不得手で、そういう愛情表現は……してこなかったかもしれない。
「誤解すんなよ、手塚。お前の愛情が足りねえってんじゃねえ。ただ……お前の体温と、声と……それに包まれて眠りてえってだけだ。……駄目か?」
 言葉をなくした俺の心の中を察したのか、跡部がそう続けてくる。やはり安堵してしまって、そうした途端に体の奥からふつふつと愛しさがこみ上げてきた。どうしてくれようこの男。
「駄目なわけはない。どこが我が儘なのか分からんが、たまにはそうやってお前のしたいことを聞かせてくれ。俺には、与えるばかりでなくていい。我が儘を聞きたいというお前の気持ちも、よく分かった」
「いや、手塚国光からの「愛してる」なんて、とんでもねえ贅沢で、最大級の我が儘なんだがな……」
「跡部、愛しているぞ」
「……っ運転中は止めろ、馬鹿……っ」
 ステアリングから滑り落ちた跡部の片手を受け止めて、コンソールの上で重ねてみる。そういえば夕食は結局どうするのだったかと思いかけたが、そんなことより跡部に触れていたい。照れて頬を染めた跡部の横顔は、日の落ちた外の景色よりずっとずっと美しかった。



お題:リライト様 /「たまにはこうやって我が儘言え」
#両想い #未来設定 #お題

(対象画像がありません)

それだけで充分だったんだよ

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.01

#お題 #両想い

 暑い日差しと、審判のコールと、観客の声。 インパクト音と、視界を支配する黄色いボール。 そして、勝…

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン

それだけで充分だったんだよ

 暑い日差しと、審判のコールと、観客の声。
 インパクト音と、視界を支配する黄色いボール。
 そして、勝つためにこちらを射貫いてくる鋭い視線と、貪欲な執念。
 がむしゃらにただボールを打つ。返される。迎撃する。
 同じほどの熱量で向かってくるそれを、全身で感じていた。
 試合後に、汗で濡れた手を合わせた。称賛と敬意を、と掲げられた手と、背けられた顔。深く息を吸い込むその音を聞いて、全身が総毛立つ感覚を味わった。
 跡部景吾を意識し始めたのは、間違いなくあの試合がきっかけだろう。
 氷帝学園の部長としてしか認識していなかった男を、こんなふうに思うようになるなんて、考えもしなかった。
 だけど気づいてしまえば、好意を抱かないことの方が不自然なようで、案外とすんなり受け入れることができた。
 俺は恋という意味で、跡部景吾が好きだ。
 積み重ねた努力の上になりたつ絶対的な自信と強引な統率力は、見る者すべてを惹きつける。
 テニスにかけるあの情熱で、きっと焼かれてしまったに違いない。
 目で追う。耳で追う。
 魂すべてで、彼のプレイを見つめ続けた。
 テニスという同じ世界で生きている。それだけで充分だったんだ。どうしてこの恋が叶ってしまったのか、未だに分からない。
 だが、数センチ先にある彼の寝顔は本物だ。綺麗な人形のようだが、間違いなく跡部景吾本人の、寝顔。
 触れ合って夜を越える関係になって、少し経つ。つまりは恋人と呼べる間柄に、最近ようやく慣れてきた。
 だけどこっちはまだ無理だ。
 唇も、肌も、啼く声さえ無責任に煽ってくる。
 俺は大分無茶な抱き方をするのに、跡部はいつも、いつでも赦してしまう。たまには怒ってほしいなんて理不尽なことも思って、このまま揺り起こしてしまおうかと腕を上げる。
「ん、んん……」
 わずかに揺れた跡部の肩とくぐもった声にハッとして、腕を引っ込める。
 疲れていそうだし、寝かせていてやりたいと先ほどと真逆の気持ちがわき上がってきた。
 どうしてお前は俺を甘やかすんだと問い質したい気持ちと、せめて今はゆっくり眠ってほしいと思う気持ちがせめぎあって、結局何をどうをもできないまま時間だけが過ぎていく。
 今日はもうこのままゆっくり過ごすのも悪くないなと、細く長く息を吐いた。跡部が起きてしまわないように細心の注意を払って、彼の金の髪を撫でた。
「おやすみ、跡部」
 甘やかすなよと跡部の小さな声が聞こえてきたのは、気のせいということにしておこう。



お題:リライト様 /それだけで充分だったんだよ
#お題 #両想い