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大好きもうまく言えなくて

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【装丁】文庫サイズ/142P/全年齢/800円
【書店通販】フロマージュブックス様 予定
【自家通販】通販について
【あらすじ】些細な事故で、手塚は「跡部のことだけ」記憶を失ってしまう。思い出したいと思い交流を続けるけれど……。




 部室のベンチに腰をかければ、目眩も少しはマシになる。俺は支えてくれた大石に礼を告げて、改めて跡部という男を見た。
 ……なるほど、強烈な印象、だ。
 それでも、俺の中では初めて見る男。
「おい手塚、大丈夫なのかてめェ。どこか体の具合が悪いなら、うちの系列の病院紹介するぜ?」
 声を聞いても、聞き覚えがない。
 俺は眉を寄せて、唇を引き結んだ。跡部の姿を見ても、どうやら記憶が蘇ったりはしなかったようだ。
「手塚、どう……? 何か思い出した?」
 心配そうな河村の声に、俺は少し躊躇ってから、ふるふると首を横に振った。跡部以外全員の口から残念そうなため息が漏れた。
「おい、なんなんだてめェらまで。思い出したかって、なんだ」
「えーと、何から話したらいいのか……。手塚、今記憶を一部失ってるみたいで
「……つまんねえ冗談だぜ、大石」
 不機嫌そうな顔をして大石を振り向く跡部。
 大石が何か言おうとする前に、俺はゆっくりと立ち上がってそれを制止した。
 これは俺自身の口から話さなければいけないだろう。
「大石の言っていることは本当だ。すまないが、俺はお前のことが分からない」
 跡部が一度瞬いて、青の瞳を大きく見開く。
 こうしてまっすぐ正面から見てみると、少しだけ俺の方が背が高い。随分と整った顔をしているな……。女子たちが騒ぐのも分かる気はするが……。
「本気で言ってんのかてめェ」
「ああ」
 跡部は、真偽を問うかのように皆に視線を巡らせる。気まずそうに頷くのを見て、僅かに目を伏せた。
「……そうか。つまり、実際に顔合わせりゃ思い出すかもしれねえって楽観的に考えてた結果が今ってことか?」
 頭の回転が速いな。さすがに氷帝の部長を務めるだけある。あ、今は元部長か。
 大石が、頬をかきながら「その通りだよ」と答える。顔を見て思い出せれば良かったんだが、現実はそう甘くなかったな。
 跡部の瞳が、じっと俺を見つめてくる。心の奥まで見透かされそうなその瞳に、胸がざわついた。
「何があったか話せ。俺様には聞く権利がある」
 俺、様……今、俺様と言ったのか? 自分に敬称をつけるとは、ものすごい神経をしているな。そういうのも含めて強烈な印象ということなんだろうか。
 昨日俺に何があったのか、俺は簡潔に説明した。検査の結果は問題なかったこと、記憶の一部がないことは今日判明したことなどを。
「生活に支障はねえのか。青学の連中のことは、全部覚えてんだな?」
「ああ、生活には支障ない。皆のことはもちろん覚えているし、テニスするのになんら問題はない」
「そうか」
 跡部があからさまに安堵した表情を見せる。
 背筋がぞわりと震えた。自分のことを忘れられているというのに、なぜ安堵などできるのか。
「他に忘れてるヤツいんのか。そいつらにも逢わせた方が」
 状況は把握したと言わんばかりに、跡部は俺から視線を背けて大石を振り向く。どうしてか、俺の心臓が痛んだ。
「跡部……その、言いづらいんだけど、どうも手塚が忘れてるの、跡部のことだけっぽいんだよね……」
「は?」
 大石がなんとも言いにくそうに呟いて、跡部は思わず声を上げたようだった。
「……俺、だけ……?」
 小さく呟いた後、再び俺を振り向く。
 その顔がひどく傷ついたような色をしていて、冷水を浴びせられたような錯覚に陥る。
 だが、跡部にしてみれば当然だろう。
 記憶の一部……他にも忘れている物があるならまだしも、跡部のことだけが思い出せないなんて言われて、傷つかない方がどうかしている。
「跡部、すまない。どれだけなじられても仕方がないと思うが、俺もどうしてなのか分からないんだ」
「…………いや、……いい。それが、お前の……答えなんだろうなって、今、自分自身を納得させてるところだ。少し待て」
 跡部は片手で顔を覆って俯き、もう片方の手のひらを向けてくる。
 納得させているところ、というのが……すごいな。起きている現象を全て受け止めて、飲み込もうとしている。理不尽な状況だろうに、それでも。
 ……跡部は今、それが俺の答えなんだと言わなかったか?
 答えとは……なんだろう。何か、大切なことだったように思うのに。やはりそれも思い出せない。
 ふうー……と跡部の吐息が聞こえる。跡部が落ち着くまで、数分、あっただろうか。
「俺が今日ここに呼ばれた理由は分かった。役に立てなくて悪いな。だがそれだけなら帰るぜ。俺様もそう暇じゃねえんでな」
 跡部はそう言って顔を上げ、部室のドアへと体を翻す。
 突き放されたような感覚だった。
 なんて身勝手なことだろうと思ったが、これ以上ここにいても意味はないだろうとばかりに踵を返す跡部を、このまま行かせたくなかった。
「待ってくれ跡部、お前のことを知りたい」
 思わず腕を掴んで引き留めてしまう。跡部は驚いた顔をして振り向いた。
 先ほどの傷ついた表情よりはずっといいが、少し心臓が跳ねたので……違う表情の方がいいな。
「お前のことを思い出せないままにしておきたくない。俺たちがどんな関係性だったのかも含めて、教えてくれないか」
「な、……んっ……」
 跡部の顔が、真っ赤になる。
 ちょっと待て、なんでだ。さっきよりも胸が騒がしい。やめてほしいんだが。
「お、俺は忙しいって今言ったはずだが?」
「では時間を作ってくれ」
「てっ……め、そういう、とこ……! 変わってねえじゃねーか!」
「誰も変わったとは言っていないだろう。お前のことを思い出せないだけだ」
 俺は跡部の腕を掴んだまま、頼む。
 頼むというには少し強引かもしれないが、こうでもしないと跡部は行ってしまう。学校が違うせいで、頻繁に逢えるわけでもないんだからな。
「お前が言った、俺の答えというのも分からない。お前に何か答えなければいけないことがあったのだろうか。教えてくれ」
 腕を引き寄せて距離を詰めたら、跡部の顔がもっと赤くなった。……やめてほしいとも思うが、もっと見たい気持ちにもなる。
 なんだ、これは。
「わか、分かったから、放せ! 近ぇ!」
 言質を取ったところで、俺は跡部の腕を放した。証人が五人もいるからな、逃がしはしない。
「これは……えーと」
「話がまとまったってことでいいのかな。良かったね。俺たちもできることがあれば協力するよ」
「ふふっ、タカさんは優しいね」
「跡べー、なんでそんな赤くなってんの?」
「なるほど。手塚が昨日考え込んでいたことというのは、跡部への答えとやらだった可能性が高いな」
 各々好き勝手に呟いた言葉に、跡部が反応した。
「考え込んでた? 手塚が……?」
「ああ、それでボールを避けられなかったらしい。手塚にしては珍しいなとみんな思っていてね」
「そ、……そうなのか」
 跡部は少し気まずそうに俯き、スマートフォンでどこかに連絡を入れているようだ。この後の予定を調整しているのだろうか。忙しいというのは本当だったようだな。申し訳ないとは思うが、俺だって切実だ。
 跡部のことを思い出したい。
 皆が言うように、跡部という男は脳に強烈な印象を与える。この男を忘れるというのは相当な困難ではないかと思う。
 それなのに、俺は忘れてしまった。どうしてなのか確かめないといけない。
 答え、というのが気になるな……。
 ああ、そういえば、何か大切なことを忘れているような気がしていたんだ。きっと跡部のことと、何かの答えのことだったんだな。
「手塚」
「なんだ」
「なんだじゃねえ。お前が教えろっつったんだろうが。移動してもいいか? 部活、もう次世代に引き継いだんだから、おいそれと使っていい場所じゃねえだろ、部室(ここ)」
 しかも俺は他校の元部長だぜとスマートフォンをポケットにしまいながら呟く。なるほどと俺は頷いて、カバンを担ぎ直した。

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#塚跡 #片想い #永遠の交響曲 #記憶喪失

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一度で終わる夢じゃない
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【装丁】文庫サイズ/198P/R18/1200円
【書店通販】フロマージュブックス様 予定
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【あらすじ】大人塚跡:試合中の事故で記憶を失ってしまう手塚。跡部はそんな手塚を、恋人として献身的に支える。





 経営会議だの開発視察だのに参加しつつも、ロンドンの邸宅でトレーニングに励む日々を送っていた跡部に、珍しい人物から電話がかかってきたのは、手塚の試合が予定に組まれている前日だった。
「――は……?」
 電話の相手は、エルマー・ジークフリート。ドイツで活躍しているプロ選手だ。
 公式試合で対戦したことはないものの、手塚のテニスメイトとして認識している。彼は昔から手塚に分かりやすくライバル心を燃やしていて、その貪欲さに好感は持っていた。手塚自身も、そういうライバルを好ましく思っているようだった。
『おい、聞こえてんのかアトベ?』
 苛立ちと焦りの混じる声が、端末を通して聞こえてくる。危うく端末を取り落としそうになったのをどうにか留めて、深く息を吸い込んだ。
「聞こえてる。手塚が病院に運ばれたって、どういうことだ」
 ジークフリートが口にした言葉は、跡部を動揺させるのに充分だった。傍にいた滝が、驚いて声を上げ、振り向く気配を感じる。
『いつも通りのコースで走り込みしてる最中な、妊娠してる女(ひと)を助けたんだよ。通行人とぶつかった場所が良くなかった。よりにもよって階段の上でさ』
 そこまで説明されて、ああ、と跡部は悟った。手塚はその女性を助けるために、階段から落ちてしまったのだろうと。
 ぐっと眉間に深く皺を刻み、目蓋を伏せる。そのときの光景が浮かんでくるようで、長くは閉じていられなかったけれど。
『そこから急いで救急車呼んで、付き添ってきたんだ』
「命に別状は?」
『クニミツは平気だ。女の方も、たぶん……赤ちゃんも……今診察室入ってるけど、バタバタした雰囲気はねえから』
「そうか。お前も怪我はないんだな?」
「え、あ、ああ俺はなんともねーし。……ありがとな。けどクニミツは最初意識なくてよ、頭打ってるっぽいから検査しねえといけねーみたいで。血はすげえ出てたけどたぶん大丈夫だろうって言われた」
 どうやら深刻な状態ではなさそうでホッとした。どの程度の高さから転がり落ちたのかは分からないが、軽い裂傷と打撲くらいで済むだろう。普段から体幹を鍛えていたおかげもあるはずだ。
 何にしろ、命に別状がなくてよかった。
 だけど、どうしてそんな状態でジークフリートは自分に連絡をしてきたのだろうと、跡部は不思議に思う。電話番号だって未登録だった。手塚の端末で見たのかとも思ったが、パスがかかっているはず。
「で、なんで俺に?」
『だってアイツ明日、その、試合だろ。お前のこと招待してるとか聞いた覚えがあるから、悪いと思ったけど手帳で連絡先確認して』
 なるほどねと納得した。大雑把なくせにそういうところが几帳面だ。何かあったときのために緊急連絡先として書き留めておいたのだろう。
 確かに明日は手塚から観戦チケットをもらっているが、それを周りに言っているとは思わなかった。いったいどんな顔をして『跡部を招待している』などと言ったのだろう。少し照れくさくて、前髪をひと筋、つんと引っ張る。
『で、アイツのことだから出るとか言い出しやがると思ってさ。止めろよアトベ。さすがに頭打ってんのに試合はやべェだろ』
 ぱち、と目を瞬いた。
 彼の言うことは正論だ。足や腕にも不調があるかもしれないし、明日の試合は棄権した方がいいと誰もが言うだろう。
 ――――人選ミスにもほどがあんだろ。
 試合に招待するほど仲が良い相手の言うことなら聞くだろうと思ったのだろうか。
 だが残念ながら、手塚が大人しく言うことを聞くタイプなら苦労しない。跡部が何と言おうが、手塚は試合に出ると言うだろう。不戦敗など受け入れるつもりはないと。
 ――――たとえ負けようが、テニスをするかしないかの選択を迫られれば、アイツは必ず〝する〟方を選ぶ。……いや、勝つつもりでコートに立つだろう。
 あのときもそうだった、と初めて〝手塚国光〟に触れたときのことを思い出す。肩の激痛を我慢してまで、果敢に挑んできた熱い魂。
「悪いなジークフリート、俺には止められねえよ」
 そして何より、跡部はあのとき手塚がコートに戻ることを誰よりも望んでいた人間だ。手塚が棄権などしたくない思いも、対戦相手が納得できないだろう思いも、世界でいちばん理解できる。
 手塚が試合に出ると言うなら、跡部には止められない。
「お前もそこそこのつきあいになるだろ。手塚の頑固さくらい理解してんじゃねーのか。アーン?」
『分かってるから言ってんだろ! デカい大会じゃねえんだぜ? もしものことがあったらどうすんだよバカ!』
 大会の規模は関係ないだろう、と作成していた資料を保存してタスクを一つ完了する。片付けなければいけない仕事はまだ残っていて、残りは飛行機の中だなと小さく息を吐く。
「ああもう落ち着け。ひとまずこれからそっち行くから。病院どこだ? ……ああ、あそこか。院長と面識はあるから、多少の融通は利くぜ。入院すんならグレード高ぇ個室割り当てろっつっとけ」
『はァ!? んなの俺が言っても……あ、ボルク! クニミツは? え? は? ちょ、何言って」
 電話の向こうが、にわかに慌ただしくなったのが窺える。怪訝に思って、跡部は眉を寄せた。どうやら、ボルクもその病院にいたようだ。トレーニング中の事故と言っていたから、何かと目をかけてくれている彼がそこにいても、なんら不思議なことではない。
 だが、ジークフリートの慌てように胸がざわつく。
 手塚に何かあったのだろうか。
「ジークフリート、何があった。おい、ジーク!」
 よほどのことがあったのか、ジークフリートから明確な応答がない。指先が冷えていくようだ。突っ張った態度を取っていても、ジークフリートが手塚をライバルとして以上に、友人として大切にしているだろうことは伝わってきたし、その彼が手塚の大事に慌てるのは分かる。
 状況が読めない、と舌を打つ。
 もう一度呼びかけようと思ったところで、違う声が聞こえてきた。
『アトベか? ボルクだが』
「え、あ、ああ、お久しぶりです」
『ああ、緊急につき挨拶は省かせてもらう。できるだけ早くこちらに来られるか? クニミツの様子がおかしい』
 跡部は目を瞠る。戦局を見極め、あの頃最強を誇ったユルゲン・バリーサヴィチ・ボルクをして、この言い様。
「手塚、が、どう」
『自分のことを覚えていない』
 手に持った端末が、するりと抜け落ちていく。ガツ、とデスクに当たって滑った。
 目の前が真っ白になったかのようだった。ボルクは今、何と言ったのだろうか。
 自分のことを覚えていない。
 聞き間違いでなければ、そう言ったはずだ。
 覚えていないということはつまり忘れているということか、などと、当たり前のようなことを心の中で自問自答する。
 ――――なに、なん、……で、手塚、が。
「景吾くん」
 真っ白だった視界がぐらりと揺れて、色のある世界に戻ったのは、滝に肩を揺すられたせいだ。跡部がハッとした頃には、滝は跡部の端末を拾い上げてボルクに応答していた。
「すみません、秘書の滝と……ああ、しまった、ドイツ語か。……手塚が、どうしましたか。……誰のことも? はい、分かりました。すぐ向かわせますので。ダンケシェーン」
 滝が通話を切って、端末を手渡してくれる。跡部はまだ、思考が上手く働いておらず、ぼんやりとした頭でそれを受け取った。
「行こうか、景吾くん」
「え、あ」
「もともと行くつもりだったんだし、少し早まっただけだよ。大丈夫」
 ポンポンッと肩を叩かれ、あまりにも日常的なその仕種と声に、跡部はホッとしてしまった。そして、悪い方に行きかけた思考を引き戻す。
 ――――らしくねえぞ、跡部景吾。覚えてねえのがなんだってんだ。
 まだ、正確な状況が掴めていない。そんな状態で嘆くのはナンセンスだ。頭を打ったショックでほんの一時的なものかもしれない。向こうに着く頃には思い出している可能性だってある。そして予想に反さず、試合に出るなどと言い出すのだ。
 その光景を想像して、跡部は口の端を上げた。

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#R18 #塚跡 #両想い #ラブラブ #永遠の交響曲 #記憶喪失 #未来設定

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First Fervor
First Fervor

【装丁】文庫サイズ/64P/R18/500円
【書店通販】フロマージュブックス様
【自家通販】なし
【あらすじ】ff-フォルティッシモ-の2冊のその後。あの空港以来、初めての対面デート。「次に逢う時は抱かれる覚悟をしてから来い」と言われていたが、果たしてどうなることやら……。ネタバレするとがっつり初夜です。



 しばらくして、シャワーを終えた手塚がベッドの方へとやってきた。跡部は腹筋を使って体を起こし、ローブに身を包んだ手塚を視認して、普段見ない姿に胸を高鳴らせる。だが、次の瞬間にはじとりと目を細めた。
「おいてめェ、髪くらいちゃんと乾かせ」
 軽くタオルドライしただけであろう栗茶の髪から、ぽたりと垂れる雫。びしょ濡れというわけではないが、あまりにもだらしない。
「別にいいだろう」
「良くねえ! 風邪引くだろうが!」
 跡部はすぐさまベッドを降りて、「ちょっと待ってろ」と手塚を通り過ぎる。ドライヤーを片手に戻り、手塚をベッドに腰掛けさせた。
「ほら、特別に俺様が乾かしてやる。ったく、お前こういうとこ大雑把なんだよな。一見して几帳面そうなのに」
 跡部もベッドに乗り上げ手塚の背後に膝立ちになって、ドライヤーのスイッチを入れる。温風を当て髪をかき混ぜ、ゆっくりと乾かしていった。
「……お前は世話焼きだな。いいと言ったのに」
「俺が傍にいんのに風邪なんか引かせられるか。ばぁか」
「この気候ならすぐに乾く。乾かさないまま眠ると体温を奪われて風邪を引く可能性が高くなるというのは事実だ。しかし俺はこれからお前を抱くんだが」
 体温が奪われるわけがないと軽く首を振り、チラリと背後を振り向いてくる。思わず、髪を乾かしていた手が止まってしまった。
「焦らしているのか?」
「……っ、悪い、そういうつもりじゃ……っつーかお前、割と余裕なさそうだな」
 まさか手塚からそんなことを言われるとは思っておらず、結果的に焦らした形になったことを素直に詫びる。ドライヤーを止めてサイドテーブルに置いた。
 戻してこようかとも思ったけれど、これ以上手塚を待たせるわけにもいかない。
「お前を好きだと認識してから、何度か抱く夢を見た」
「…………実際抱いたら、期待外れだったってこともあり得るぜ?」
「お前は俺に抱かれることを考えていたのだろう。お前の思うようなものでなかったら、がっかりするだろうか」
「しねぇよ」
「なら余計なことを考えずに、俺に抱かれてくれ」
 跡部は、応える代わりに手塚を背中から抱きしめた。うるさい心音は、きっと気づかれているだろうと思いながらも、首筋にそっとキスをする。そうして顔を上げれば、手塚と視線が重なった。磁石のように引かれていく唇は、一秒と経たずに触れ合う。それが、最後の確認の儀式のようだった。
 ゆっくりと体を横たえられ、跡部は手塚を見上げる形になる。
「すげえ緊張する……」
「それは俺も同じなんだが」
 言いながら、手塚は唇を重ねてきた。キスは何度目だろう。まだ両手で足りるくらいだろうか。そんなことを思いつつ、手塚の背に腕を回して抱きしめた。
「ん、……っん、ぅ」
 ぬらりとした舌先の感触が、肌を粟立たせる。のしかかってくる手塚の重みさえも嬉しくて、跡部はねっとりと舌を絡め返した。
「んっ……はぁっ、う……手塚ぁ……」
 キスの合間に声が漏れる。とても自分のものとは思えないほどに甘ったるくて、恥ずかしい。手塚は気にならないのか、それとも気に入っているのか、舌を甘噛みしてくる。その刺激にぞくぞくと背筋がわなないた。
「キス、するの……好きなのか、跡部」
「いや分かんねーけど……気持ちいいし、好きなヤツとなら、何度だってしたくなんだろ」
「……気持ちいいと思ってくれて嬉しい。俺も恐らく、お前とキスをするのは好きだ」
 他の誰かと比べたことがないから分からない。手塚はそう続けて、唇で顎のラインをなぞる。うそだろ、と跡部は内心で驚いた。手塚は自分が何を言っているのか自覚しているのだろうか。
 跡部とキスをするのが好きだと、特大の愛を囁いているのに。
 ――――あぁ、くそっ、タチ悪いなコイツ。
 無意識、無自覚ほど始末に負えない。浮かれてしまう自分がひどく単純な生き物に思えたが、今日くらいはいいだろう。
 何しろ焦がれ続けた相手との初めての夜だ。
 手塚の唇が、首筋を吸う。手のひらがするりとローブを剥いで、素肌の胸に触れてきた。ドキ、ドキ、と音を立てるそこを隠すこともできずに、跡部は頬を朱に染める。
「触ってもいいか?」
「も、もう触ってんじゃねーかよ……」
「そうではなく、ここに」
「ッ……あ」
 手塚の指先が、胸の小さな突起にたどり着く。自分でも驚くほど、過敏に反応してしまった。ほんの少し触れられただけで、とおずおずと手塚を見やれば、見開いていた目をそっと細める。
「反応がいいのは良いことだと思うぞ」
「ねえよりは良いだろうが、こっちは恥ずかしいんだよ、ばか」
「恥ずかしがる跡部というのは、貴重だな」
 心なしか楽しそうな声音に気づいて、跡部はいろいろなものを諦めた。もう好きにしてくれと枕に頭を委ね、手塚の愛撫を受け入れる。つままれ、押し潰され、ひねられる乳首に、腰の辺りが落ち着かない。
「あ、……あっ、いてぇって、も、ばか」
「すまない、加減が……分からなくて」
「あッ、あぁ……っんぅ」
 強くしすぎたと詫びるような仕種で、手塚は片方の乳首を口に含む。跡部は先程までとは違う刺激にのけぞり、甘い声を上げた。それに気を良くしたのか、手塚が舌先で乳首を弄り倒し始める。
「ばかっ、それ……や、あ、あっ」
 舐(ねぶ)られ、吸われるたびに、肩が揺れる。自分ではどうしようもない疼きに声を上げ、羞恥と期待してしまう浅ましさに口許を押さえた。
「ん、んッ……ん――、んぅ、あ」
「押さえるんじゃない、跡部。声が聞きたい」
 押さえた手を搦め捕られて、覆うものがなくなってしまった。
「な、萎えねえかよ……」
「跡部、お前は恋人が自分の愛撫で感じてくれている声で、萎えると思うのか? 今すぐに考えを改めろ」
 なぜか説教をされてしまい、跡部は視線を泳がせる。そういうものなのかという安堵と、手塚が〝恋人〟と言ってくれた嬉しさで頬が熱くなっているのを感じた。
「手塚、俺の声で……興奮できんのか?」
「しているが」
「え、……あ」
 ぐっと腰を押しつけられて、手塚の状態に気がつく。興奮してくれているのがまざまざと伝わってきて、頬どころか、体中が熱くなってきた。
「想像していたより、いいな」
「んっ……う」
 手塚はちゅっと音を立ててキスをくれ、唾液で濡れた乳首をこね回す。思ったよりリードされてしまって、少し居たたまれない。こういうことにんはあまり興味がないのだろうなと思っていた頃の自分を、蹴り飛ばしてやりたいくらいだ。手塚もきっちり、健全で健康な男だった。
「き、気持ち、いい……」
「そうか」
 手塚が興奮してくれるなら、羞恥など二の次かと、跡部は素直に口にする。わずかにトーンの上がった声で返され、ホッとした。
「な、あ、手塚……そこばっかじゃなくて……下、触れよ……」
「……下着、着けなかったのか」
 促すようにねだれば、手塚の指先はローブの紐をようやく解き、するりと腹を撫で、立ち上がりかけたそれに触れる。跡部はびくりと肩を震わせ、ゆっくりと息を吐いた。
「……どうせ脱ぐと思って」
 やわやわと揉まれて、恥ずかしくて仕方がない。たまらないといった表情をした手塚が、頬にキスをしてくれた。
「俺に抱かれるためにそうやって待っていたのかと思うと、グッとくるものがある」
 引かれなかったと分かって跡部はホッとする。そうしたのも束の間、手塚がそれを包んでしごき上げてきた。
「あ! ばかっ、いきなり……や、やっ……あ、アッ」
 他人にされるのは当然初めてだ。自分の手ではないというのが、こんなにも感覚が違うなんて思わなかった。引き出されていく快感と抱いてしまう期待に、跡部は小さく首を振る。
「手塚、待っ……んぅ、あ、あ、あ」
 先端を擦られ、ぞくぞくと背筋がわななく。腰が揺れて、膝が踊る。筋をなぞられて、高い声が上がった。
「いや、ッ、う、あぁっ……ン」
「跡部、ものすごく色っぽい顔をするんだな……もっと見たい」
 ちゅくちゅくと淫猥な音が響く。だけど跡部には、それよりも大きく、欲情した手塚の声の方が耳に届いた。
 ――――手塚が、興奮、してんの……嬉しい、すげえ嬉しい。
 は、は、という浅い呼吸が、跡部を昂ぶらせる。欲情されるのがこんなに嬉しいなんて。跡部はもう遠慮せずに快楽に身を任せようと、手塚にそっと口づけた。

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#R18 #塚跡 #両想い #ラブラブ #COMICCITY #全国大会GS

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デザートは食前に
デザートは食前に
【装丁】文庫サイズ/40P/R18/300円
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【あらすじ】未来設定。同棲を始めた翌朝、跡部は朝食を用意し手塚を起こしに行くが、些細なじゃれ合いからうっかり火が付いてしまい……。



「ん、おいコラ、くすぐってぇじゃねーの」
 口の端に、反対側に、真ん中にと、順番に触れてくる唇を拒む選択肢はなかったが、いつのまにか腰に回された腕には多少焦る。
「手塚」
「なんだ」
「なん……、て、メシ冷めるだろうが」
 名を呼んで諌めたつもりだったが、聞きやしない。諌めていることに気づいていないのかもしれないが、キスの間隔が変わる。離れている時間より触れている瞬間の方がずっと長くなってしまった。
「んん……っ」
 それを拒めずにいたら、調子に乗った舌が差し込まれる。ベッドの上でこのままキスを続けたら、まずいことになるのではないか。いや、もうすでにまずい。手塚の舌は、そういう時の動きと一緒だ。
「手塚、待て、ステイ、落ち着け……っん」
 ここで初めて手塚を拒むように、ぐっと体を押しやる。けれどもすぐに引き戻されて、がっちりと顎を掴まれた。ぬらりとした舌で自分の舌が押し上げられ、上顎を擦る。
「ん……ッ」
 軽く立てられた歯にびくりと腰が揺れて、その隙を逃すものかと言わんばかりにベッドの上に押し倒された。
「っふ、んぅ……っん、ん」
 舌を吸われ、息が上がる。唇が濡れていくのが分かって、疼き出す体に気がつく。浅ましいとは思うが、こんなキスをされたら仕方がない。つい数時間前までここで肌を重ねていたこともあって、跡部の体はとても正直に手塚の熱に反応してしまう。
「てづか、だから、ちょっと待てって、ばか……朝っぱらからサカんな」
「好きな相手を抱くのに朝も夜もない」
 これだ。上からまっすぐ見下ろされて、これから抱くなどと宣言されて怒れないのは、欲情されることが嬉しいからだろうか。もっとも、これは手塚限定だけれども。
「……メシ、冷めるっつってんだが」
 それでもまだほんの少し抵抗を試みてみる。せっかく作ったのに、これでは熱が冷めてしまう。意図して眉間にしわを刻んで、不満だと訴えてやったが、手塚相手にそんなものが効くはずもなかった。指先で頬のラインを撫でながら、欲を煽ってくる。
「後で温め直す。コンロは?」
「火は止めてる。……お前ホント、俺じゃなきゃ愛想尽かされるぞそういうとこ」
「では生涯お前だけなので問題ないな。抱くぞ、跡部」
 頭を抱えたくなった。自分は少し手塚に甘いのではないかと思うが、これでは陥落されても仕方ない。そう心の中で言い訳をして、両腕を手塚の首に回した。
「好きにしやがれ」
 いったいどこで手塚のスイッチが入ってしまったのか分からないが、こうなれば気の済むまで熱を受け止めてやりたい。押し倒された体を少し起こして、手塚の唇に食らいついた。それに気をよくしてか、手塚がふっと笑ったような気がした。
 不意打ちでなく強引なものでなく合わさる唇。舌はすぐに絡んで、感触と温もりに跡部は体の力を抜いた。
「ん……っ」
 こういうキスが、実はとても好きだ。大事にされているのだなと実感して、この男をこれからももっと大切にしようと思う。
「ん、んん……」
 エプロンごしに、手塚の手のひらが這うのが分かる。下から上へ、上から下へ、胸を撫で腹をなぞり、布の感触を楽しむかのように。跡部にしてみたら布越しの体温がもどかしくてじれったい。
「手塚……なに、じらしてんだ……」
「じらしたつもりはない。エプロン姿というのが珍しかったのでな」
 言われて、はたと思い当たる。まさかとは思う。そんなことがあるのかとも思った。だけど、跡部はそこに思考が至って堪えきれなくなった。
「おい手塚、まさかテメェ、俺のエプロン姿に欲情したってのか?」
 なんの変哲もない無地の黒いエプロンだ。可愛らしくフリルがついていたり一部分が透けていたり、そんなサービスは一切ない。
 手塚のスイッチが入った理由がコレなのだとしたら、あまりにも愉快だ。
「普段にない格好というのは新鮮だというだけだろう」
「いや、ふふっ、理屈は、分かるが、な、クッ、は、ははは」
「笑うな」
「お前も普通のオトコだってことだな。けどもう少し色気のあるもんに欲情しとけよ。今度は素肌にエプロンでも着けて誘ってやろうか」
「いらん、結構だ」
 気まずそうに眉を寄せる男が、本当に愛しい。
 何年恋人関係を続けていても、未だに読み切れない。これだから手塚といるのはやめられないのだと思う。あまりにも素直な情熱に、跡部は応えてやりたい。
 笑ってしまって悪いと、謝罪のような小さなキスをして、手塚の左手を取った。

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#R18 #塚跡 #両想い #ラブラブ #未来設定 #COMICCITY

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Honey Honey Honey Kiss


HoneyHoneyHoneyKiss
HoneyHoneyHoneyKiss



【装丁】文庫サイズ/40P/全年齢/300円
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【あらすじ】初めてのキスにドギマギする二人。初々しさ爆発。





「跡部、キスは……してもいいのか……?」
「キ、…………スっていう単語がお前の口から出るの、やっぱ驚く……堅物な顔してんのにな」
「お前相手でなければ、そうだっただろうな。それで、どうなんだ」
「俺も、キスしたい。手塚と」
 断る理由なんてない。想い想われ、唇を触れ合わせることの幸福感を、味わってみたい。
 手塚の手が、跡部の肩に伸びてくる。両肩を掴まれて、跡部は体の向きを変えた。力が強いのは、緊張で加減が分からないせいだろう。それが逆に愛おしく思えて、口の端が上がった。
 だが、手塚の唇はなかなか近づいてこない。片方の眉を上げ、緊張にもほどがあるだろうと暗に促してみたけれど、手塚は困ったような表情をするだけだった。
 やはり、いざとなったら男の唇に触れるなど気色が悪いと思い始めたのだろうか。跡部の心臓が、嫌な痛みを覚える。
「跡部……」
「な、なんだよ。さっさと――」
「甘やかすというのは、具体的にどうすればいいのだろう」
「キスしてくれんじゃねえのかよ!」
「俺だってしたいと思っている。だが、言っただろう、お前を甘やかしたいと。これでは俺の願望ばかりが反映されてしまう」
 あのなあ……と呆れた口調で返してしまう。こちらはキスを待っているのに、どれだけ焦らしてくるのだ。
 だが手塚に悪意はないようで、単純に跡部が喜んでくれる方法でキスをしたいらしい。それが、戸惑う表情から読み取れた。
「跡部、本人に訊くべきではないと思うのだが、教えてほしい。お前はどうやって甘やかされたい?」
「……んなこと言われたって、俺だって甘やかされんのなんか慣れてねえし……」
「そうか……」
「でも、嬉しいと思ったことは本当だぜ。……俺のこと大事にしてくれてんだなって」
 大切でなければ、甘やかしたいなどとは言わないだろう。手塚はいつだってまっすぐに、心をくれる。どこまで許容されるか分からないと言って、自身の欲を抑えてくれていた。
「俺が、どうされたいか……ってことだよな」
「そうだ」
「じゃあ、キスの前に緊張をほぐそうぜ。お互いにな。肩、痛ぇよ」
 ふっと笑いながらそう告げると、手塚はハッとして慌てて両肩から手を離した。
「す、すまない跡部」
「俺も緊張してる。さっきまで膝が震えてた」
「……お前も……」
 同じだよと息を吐けば、心なしか手塚の表情が和らいだ気がする。
「髪……撫でてくれ」
「ああ……」
 望んで口にすれば、手塚の手が頭に伸びてくる。そっと触れて、ゆっくりと髪を撫でてくれる。テニスではあんなに力強い球を打つのに、恋人に触れる手は優しい。いや、ラケットは時に繊細だ。細心の注意を払っていてもおかしくなくて、違うようでいて同じなのだ。
「お前の手、優しいな」
「そうだろうか……」
「心地良いぜ。……頬にも、触れてほしい」
「分かった」
 髪を撫でていた手のひらが、今度は頬に触れてくれる。直接伝わってくる体温が、本当に温かくて心地良い。

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#新刊サンプル #塚跡 #両想い #ラブラブ #永遠の交響曲

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■完売■朝日を拝む暇もなく

朝日を拝む暇もなく
朝日を拝む暇もなく


【装丁】文庫サイズ/32P/R18/200円
【書店通販】フロマージュブックス様予定
【自家通販】BOOTH予定(https://hanaya0419.booth.pm/
【あらすじ】参加させていただく塚跡アンソロジー「First Blue」 に寄稿したストーリーのその後エピソード
翌朝のえっち。




 だめだ、……触りたい。少しくらい、触れてもいいだろうか。
 髪に、額に。指先で触れただけでは、やはり足りなかった。自分がこれほどにこらえ性のない男だったとは。
 頬に、唇で触れる。なぜまだ起きないんだ、この男は。危機感が足りなすぎる。パジャマの上から、脇腹を撫でた。
「ん……」
 かすかに、眠たげな声が上がる。かわいい。……男相手にかわいいという感想はどうかと思うが仕方がない。かわいい。撫で上げると、くすぐったそうに身をよじる。逃さないように背中を抱いて、首筋に吐息を吹きかけた。
「ん……っ、てづ、か?」
 ようやく意識が浮上しいたらしい。遅い。なるほどそうか、跡部はもしかして朝が弱いのだろうか。
「なに、してんだ……おい」
「お前に触れている」
「そりゃ分かる、おい、ちょっと待て、手つきが、エロ……いってんだよ」
 それはそうだろう、いやらしい気持ちで触れているのだから。パジャマの裾から手を差し入れて、素肌に触れる。昨夜も思ったが、触り心地がいいな、跡部は。
「待てって、なあ……朝っぱらから、ん、ばか、欲情、させんじゃねーよ……っ」
 思わず言葉に詰まった。
 欲情するな、ではなく、欲情させるな、なのか。馬鹿はこちらの台詞だ、跡部。もう止まらないぞ。
「跡部」
 名を呼んですぐに、唇を重ねた。跡部からも呼んでもらいたい気持ちがあったが、それよりも早く触れたい気持ちの方が強かったんだろう。
 舌を差し入れる前に、開いた唇の傍で出逢う。抵抗も何もないそれを押し戻すようにして、唇の間に隙間をなくした。
「ん、んっ……」
 跡部のくぐもった声が聞こえる。普段にないものというのは、どうしてこうも興奮するのだろうな。俺は跡部の着ているパジャマのボタンを外し、遠慮なく素肌に触れた。じんわりと熱を持つのは、跡部の体なのか、それとも俺の手の方か。
 舌を絡めて吸い、胸をなで回す。時折離れる唇から、切羽詰まったような吐息が漏れた。
「手塚っ……」
 乳首をこねると、跡部の声が高くなる。……かわいいな、これは。もっと聴きたいと思って、キスをすることは諦めて、跡部の唇を目で追った。
 唾液で濡れた唇。というか、俺が濡らしたのか。それだけでも目に毒だなと思うのに、唇の奥には快感にかうごめく舌がチラチラと見える。
 ぎゅっと乳首をつまんでみれば、跡部は肩を揺らしてのけぞった。こうされるのが好きなのだろうか。なるほど、覚えた。
「手塚、待て、そこばっか……すんな、よ、これ、落ち着か、ねえ」
「落ち着く愛撫などあるのか?」
「愛っ……」
「気持ち良く思ってくれているなら、嬉しい。それに……興奮する」
 跡部の顔がみるみるうちに赤くなっていく。何かおかしなことを言っただろうか。俺だって人並みに性欲はあるんだが。……それが跡部相手に発揮されるとは、以前は思わなかったがな。
「……手塚って、こういうことに興味、ねえと、思ってた……」
「普通にあるが。今もそう思っているなら、分かってもらわないといけない」
「バッ、馬鹿、ヤッた後なのにんなこと思ってねえよ! ただ、まだちょっと思考が追いついてこねえ……」
「考えるのは後にしろ」
「んっ、ぁ……」
 喉元に食らいついて、痕を残す。そんなことにさえ跡部は喘ぐんだな。敏感すぎやしないか。両手で乳首を弄り回すと、分かりやすく腰が揺れている。昨夜は、そういうところを見る余裕なんてなかったからな。
 もっと、じっくり、跡部景吾を味わいたい。
 ぺろりと舐めて、尖った乳首を舌先で刺激する。背がしなったせいで跡部の乳首はさらに俺の舌に押しつけられて、効果が増したようだった。
「あ、あ……」
 気持ちよさそうな跡部の声に、耳が蕩けそうだ。
「……っふ、ん、んぁ……ぁ、ん」
 さらに攻め立ててみれば、その声が何かに遮られているのに気がついた。顔を上げてみれば、パジャマの袖で口を押さえた跡部が目に入る。何をしているんだ、こいつは。
「跡部、口を押さえるんじゃない」
「んな、こと……いったって、は、恥ずかしいんだよこっちは……!」
 恥ずかしい、という単語が、まさか跡部景吾の口から出てくるなんて。テニスや日常生活で、あれだけ派手なパフォーマンスをしておいて? こんな時だけ恥ずかしいと?
「こ、声……こんなの、俺の口から、出る、とか、な、萎えねえかよ……」
「何を言っているんだお前は」
 たびたび思っていたことが、ついに口から出てしまった。無意識にだ。
 恋人が自分の愛撫で気持ち良くなってくれて、それに伴って出てくる喘ぎで、萎えるわけがないだろう。
「お前に恥ずかしいという感情があったことに驚いたが、そうさせているのが俺だと思うと気分がいい。他のヤツらは絶対に知らないだろう、そんなお前を」
「………………たぶんな……俺がこんなふうになっちまうの、てめェの前だけだからよ。だからこそ萎えねえかって訊いて、……っ」
 まだおかしな心配をしている跡部の手を取って、俺の股間へ持っていく。正直こちらの方が恥ずかしい。――が、妙な興奮もした。
「……お前の反応と、声で、こんなふうになっているんだが」
「…………こんなの、入って、たん、だな、昨夜」
 跡部の手が、無意識にか俺を撫でる。些細な刺激に反応してしまったのは、跡部にも伝わってしまっただろう。それが面白かったのか、嬉しかったのか、跡部はパジャマ越しに俺をやわやわとしごいてくる。
 そういう反撃を食らうとは思っていなくて、対処ができなかった。


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#新刊サンプル #塚跡 #R18 #両想い #ラブラブ

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青く光る景色

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【装丁】文庫サイズ/フルカラーカバー+箔押し+帯/150P/R18/900円
【書店通販】フロマージュブックス様予定
【自家通販】BOOTH予定(https://hanaya0419.booth.pm/
【あらすじ】「永遠のブルー」、「情熱のブルー」のエピソード集。
BOOSTお礼で書いてたSS再々録と、書き下ろし。
ウィンブルドン後の、滝・忍足・不二・越前のストーリー、大石+菊丸のストーリー、跡部主催のパーティー前、付き合い始めた塚跡のストーリーと、結婚に至るまでのお話です。
【ご注意】リョ桜前提あり。




 意識が浮上すると、唇に何やら違和感。それでも、慣れた感触と嗅ぎ慣れた匂いに安堵しつつ、触れてくるものを無意識に抱きしめた。
 入り込んでくる舌先を迎えて、軽く絡めて吸い上げる。「ん」と鼻から抜けていく声を耳に心地良く思い、彼の背を撫でた。
「起きたかよ、眠り姫」
 満足げに体を離した彼――跡部景吾をまだ眠い目で見上げる。ぼんやりした頭でも、それが本物であることだけは分かった。
「……俺は男だが」
「ふ、じゃあ王子様ってか? ったく、来るなら来るって連絡しろよ」
 呆れつつも、跡部は嬉しそうな顔で頬にキスをしてくれる。突然の訪問は迷惑だっただろうかと思わないのは、こうやって幸せそうに微笑んでくれるからだ。
「すまない、急に思い立っただけだったので、都合が合わなければ合わないで、それでもいいかと思ったんだ」
「ばぁか、だから合わせたいって言ってんだろ。めったに逢えねえんだぜ」
 言いながら、跡部は首に両腕を回して抱きついてくる。こんなふうに甘える仕種は珍しいなと思うが、可愛らしくて仕方がない。
 手塚国光と跡部景吾は、恋人同士だ。
 ほぼ十年越しに叶った初恋で、今こうして同じ空間で過ごしていることが、まだ夢のようでもある。
「仕事は終わったのか?」
「まあな。疲れて帰ってきて、部屋に電気点いてるから朝消し忘れたのかって思ったら、玄関にお前の靴があるしよ。慌ててスマホ見たけど何のメッセージも入ってねーわ、お前は大事そうにぬいぐるみ抱えて眠ってるわで、力抜けたぜ」
 あ、と手塚は膝の上にいたぬいぐるみの存在を思い出す。これの手触りの良さも、眠りを誘う要因だったかもしれない。
「恋人の俺より大事そうじゃねーの」
「それはお前の方こそじゃないのか。まだ持っていたことに驚いたんだが」
「…………いいだろ、それは、もう」
 跡部は口を尖らせてふいとそっぽを向く。だが、頬が赤いせいで照れているだけなのだとさすがに理解できた。
 このユキヒョウのぬいぐるみは、手塚が贈ったものだ。
 本当に懐かしいなと、ユキヒョウの被毛を撫でる。
 中学三年の時、U―17の選抜合宿に参加した。その合宿所で、ベッドが硬いといって睡眠の質を落としていた跡部に、少しでもリラックスできるようにと買い求めたもの。
 あの時は完全に片想いだと思っていて、気持ちを押し込めるのに必死だった。
「手塚が……そんなもの贈ってくれるとか思わねーだろ、だって……。あの頃、俺は完全に片想いだって思ってて、俺のこと気にかけてくれるだけでもすげえ嬉しくて」
「枕元に置いて寝ているという噂が広がったな。あの時は、想像して笑いそうになるのをこらえていた気がする」
「てめェな」
 口許を引きつらせて睨んでくる跡部を、可愛らしいと思う。そんな自分がおかしくて仕方がなかった。贈ったぬいぐるみをいまだに大事にしてくれているのが、本当に嬉しい。
 お互いこんなにも想い合っていたのに、どうしてか気がつかなかった。
 いや、どうしてかなど、分かりきっている。テニスを最優先に考える男だと思っていたせいだ。お互いに。
 それでなくても同性同士で、そういった性指向があるとは思えなかった。同じテニスの世界で生きていられればいいと、全力で打ち込んだあの頃。
 ドイツにテニス留学することを迷っていた時、背中を押してくれたのは跡部だった。すぐに追いかけると言ってくれた通り、跡部は手塚に少し遅れてプロへと転向した。
 何度か試合をしながら交流を続けていたが、まさかこんなことになるなんてと、ユキヒョウを取り上げて自分で抱きしめる跡部を眺める。
 よく見てみれば、彼はスーツのままだ。着替えも終えないまま、キスで起こしてくれたのか。思わず口の端が上がった。
 跡部はプレイヤーとしてはもちろん、実業家としても世界に名を馳せている。多忙を極める彼と逢う時間は多くなくて、デートらしきものが直前でキャンセルになったことも、一度や二度ではない。
 こうやって少しの時間でも直接顔が見られただけでいい。
「あ、手塚あれ。作ってくれたんだろ、サンキュ。食う」
 ダイニングのテーブルに並べた食事を指さし、跡部が振り向いてくる。
「夕食まだなのか」
「食ってる暇がなかった」
「では温め直そう。着替えてこい」
「ああ、頼む」
 鼻先にキスをくれたあと、跡部は抱えていたユキヒョウの頭にもキスを贈り、そのままソファに寝かせて背を撫でて、寝室の方へと向かっていく。手塚はしばし茫然とそれを眺め、頭を抱えた。あんなに大切そうに扱ってくれて、贈った側としては嬉しくてたまらない。
「かわいいことをするな、跡部……」
 責めるようにも息を吐き、食事を温めようと腰を上げた。
 そうして跡部が着替えている間に二人分の食事を用意し、そろって食卓につく。時間も遅いため、軽めにしたつもりだ。サラダチキンにかけるのは、跡部が気に入っているドレッシング。スープの野菜が少し大きいなと、器に盛って初めて思う。
「ふふ、恋人の手作り料理を一日の終わりに食えるって、俺は幸せ者じゃねーの」
「手の込んだものでなくてすまないな」
「栄養バランスは考えてあんじゃねーか。食事指導もついてもらってるんだろ?」
「ああ。そんなに厳しいものではないが、自分で作るとなると大変だな。それを考えると、選抜合宿の食堂がどれほどありがたいものだったか」
 ぼやいた手塚に、跡部が笑う。
「懐かしいな。あの頃は、手塚と一緒にメシ食いたい気持ちと、んなことしたら抑えられなくなっちまうって気持ちがごちゃ混ぜだった。今こうしてんのが信じられねーぜ」
「こちらの台詞だ。ひとつ屋根の下ということだけでも大変な思いをしていたんだが」
「それこそこっちの台詞だぜ。俺の方が先に好きになってたんだからな」
 スープを飲み干しながら、跡部が挑発的に笑う。手塚はピクリと片眉を上げて、それに抗議した。
「何度も言うが、絶対に俺が先だ。これは譲らない」
「おいおい、てめーが譲ったためしなんてねえだろうが。何にしたって、俺が先なんだよ」
 跡部も、譲らないと眉をつり上げる。何度このやり取りをしてきただろう。久しぶりに逢えたのだからこんな言い争いはしたくないのだが、折れたくない。手塚はタンと茶碗を置いた。
「俺は中学の頃からだと言ったはずだ」
「俺だってそうだ。中三の全国大会始まる前」
 跡部も箸を止めて、キッと見据えてくる。こちらだって同じだと言い返そうとして、はたと思いとどまる。
「……全国大会の前?」
「そーだよ。自覚したのはそれくらいだからな、本当はもっと前かもしれねえ」
「全国……大会……」
 瞬きという動作を忘れてしまったかのように、手塚は跡部をじっと見つめた。そうして、口許に手をあて過去の記憶をたぐり寄せる。
「ほら、俺の方が先だろうが」
 それをどう誤解したのか、跡部が勝ち誇ったように笑った。手塚はハッとして、すぐさま否定した。
「そうではない。……と思う。が、良い機会だ」
「アーン?」
「聞かせてほしい。お前がいつから俺を好きだったのか」
 跡部は目をぱちぱちと瞬く。珍しく視線が泳いで、恥ずかしそうに戻ってくるのが、どうしようもなく愛しい。以前もこの話をするはずだったなと今さら思い出す。
「そりゃ……いいけど、お前も聞かせろよ。いったいいつ、俺を好きになったんだ?」
「そうだな、構わない。お前のを聞かせてもらうなら、俺も話すのが筋だ」
 手塚はこくりと頷いて、提案を呑む。もとより、隠すつもりはない。今まで具体的に訊かれなかったから話していないだけだ。拒む様子を見せなかったせいか、跡部が満足そうに口の端を上げた。


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ここからは結婚のお話↓



 着信画面に、見慣れた名前が浮かんだ。こんな時間に珍しいなと思いながら、跡部は通話ボタンをスライドする。
「萩之介? どうしたんだ」
 相手は昔なじみの滝萩之介。
 中学の頃に出逢って、今でも密に交流が続いている。だがそれでも、仕事中である日中にはめったに連絡をしてこなかった相手だ。跡部景吾を取り巻く環境を充分に分かっていて、つかず離れずの距離を取ってくれるのは、本当にありがたい。跡部が彼を気に入っているのも、そんなところからだった。
『あぁ、その様子じゃまだ見てないんだね』
「アーン? 何をだよ」
 その滝が跡部の都合を鑑みないで連絡してくるのだ、何か大変なことでも起こっているのかと、会議資料の確認を後回しにしたのだが、どういうことだろう。跡部は眉を寄せた。
『手塚の投稿見てる? コメント欄とか、他のSNSが少しざわついてる』
「は!?」
 手塚という名前を聞いて慌ててしまうのはもう性分だ、どうしようもない。
 一緒に暮らし始めてしばらく経つが、今朝は早くにトレーニングに出掛けた彼とは顔を合わせられなかった。拠点を日本に移すと公表した時にはさすがに世間もざわついたが、今さら手塚がどこでトレーニングしていようと珍しくもないだろうと思うのだ。
 何をそんなにざわつくのかと、跡部は慌てて別の端末で手塚のアカウントを確認した。
 写真投稿がメインコンテンツのそれは、あまり投稿がないくせにフォロワー数だけ多い。いや、少ない写真がトレーニング中のものだらけだからだろうか。手塚のファンには、あの男のストイックさが魅力的に映るらしい。
「……あぁ、これか……あのバカ……」
『数少ないオフショットだからか、リアクションがね。早めに対処しといた方がいいと思って、電話してみたんだけど……余計なお世話だったかな』
「いや、ありがとな。すぐに収めるから、気にすんな。そうだ萩之介、お前週末の予定空いてるか?」
『うん、空いてるよ。残念ながら』
「じゃあそのまま空けとけ。メシ食いに行こうぜ」
 跡部はパソコンの方で自分のスケジュールを確認し、もう一人の予定も押さえ、一も二もなく快諾してくる滝との予定を入れ込んだ。
『景吾くんからのお誘いなら、予定あっても優先するよ。逢えるの楽しみにしてる』
「ああ、じゃああとで詳細送っておく」
 そう言って通話を切り、跡部は天井に向かって息を吐いた。
 きっと滝は、この誘いが詫びと礼のつもりだということを分かっていて、あえて追求してこないのだろう。付き合いの長さというのは、本当にありがたい。
 そして跡部はSNSの画面に向き直る。どうしたものか、と。
 手塚のアカウントに上げられた写真は、何のことはない、先日の食事の様子だ。
 トレーニングの後、一緒に行ったレストラン。開放的なテラスでの食事は、楽しくて仕方がなかった。珍しく手塚も「写真を撮っていいだろうか」などと断りを入れつつカメラに収めていた。
 よほど気に入ったのか、料理が美味しかったのか、それとも恋人と一緒というのが嬉しかったのか、その全部でか、オフショットとしてテーブルに乗った料理の写真を投稿したようだ。
 その写真に、何か違反点があるわけではない。写ってはいけないモノが写っていたわけでも、店の迷惑になりそうな特定の何かが写っているわけでもない。
 それでも特定班というものはいて、どこのレストランかは見抜かれているのが、コメント欄に見て取れた。これをきっかけに店に客が増えるのは悪いことではないだろう。
 だが問題があった。
〝どう見ても二人分……誰と行ったんだろ?〟
〝向かい側に違う料理あるもんね、スープっぽい〟
〝今トレーニングで忙しいんじゃないの? その最中でも食事いくような相手って〟
〝待ってもしかして彼女とか!? やだやだウソ、手塚選手ってそういう噂なかったじゃん〟
〝匂わせってヤツ? やだ……〟
 コメント欄と、検索すれば他のSNSでも似たようなことが囁かれていた。
 誰かと一緒らしい、大会を控えた中でもトレーニングより優先する相手、熱愛発覚!? などと、どうも手塚に恋人がいるらしいと騒がれているようだ。さらに、あまり世間で好まれない〝匂わせ〟をしてしまったことが、騒ぎを大きくしている要因である。
 単に友人と食事に行ったとは思わないのか、とため息を吐く。が、普段からそういった投稿をしていない手塚のだからこそ、〝特別な相手〟と見なされてしまうのだろう。
 これが跡部景吾だったら、あまり騒がれないに違いない。仕事や取材などで逢った女性と食事に行くことは多々あったが、その度に相手の了解を取ってアカウントに上げている。
 そのコメント欄は概ね好意的で、〝さすがみんなの跡部様〟〝跡部様とご飯とか羨ましすぎる〟〝いやあのイケメン前にしたら何も食えん。つよ〟などと、誰も熱愛を疑ってくれやしない。
 まあ事実、その女性たちとそんな関係になることはあり得ないのだが。
 それに、手塚の投稿に対するコメントも、あながち間違ってはいない。
〝マジで彼女? 業界人かな、それともテニスプレイヤー?〟
〝アナウンサーとかだったらやだなぁ……なんかちょっとありきたりって感じで似合わない気がする〟
〝明日から何を生き甲斐にすればいいの……マジでショック……〟
〝もう二十半ばでしょ、そういう相手いてもおかしくないって……おかしくないって思うけどさぁ……〟
〝匂わせはマジ無理。どこの女か知らないけど、公表できないようなカンケーなわけ?〟
 耳が痛いなと思いつつ、今はこれを収めるのが先だ。タイミングとして、騒がれ出した時に手を打つのがいいか悪いかは分からない。炎上商法、売名行為と取られても仕方がない。だが何もしないよりはと、跡部は自分のアカウントにコメントとタグをつけて投稿した。
〝手塚と。ここのポタージュスープがうまかった〟
 投稿したのは、向かい側で手塚がチキンソテーを口に運んでいる写真だ。
 二人一緒に写っているのがあれば良かったが、投稿する目的で撮ってはいなかったから、自撮り写真がないのだ。ただ、目の前のテーブルには跡部の食事も写っているし、手塚のと見比べれば対だというのが分かる。
 写真の相手はお互いだけだと、これで理解ができるだろう。
 投稿してすぐ、いいねやコメントがつけられる。投稿通知を登録してくれているファンに違いない。その素早さには時折目を剥いてしまう。
〝手塚選手だ! めっちゃ貴重!
〝えー仲良くご飯行ったの~? この店どこ? 行きたい!〟
〝手塚プロの方にも同じような写真上がってるね~あれ跡部様とだったんだ~〟
〝待ってそっちも上がってんの! 見てくる!〟
〝推しが推しとご飯……尊い……跡部様お写真ありがとう……〟
 思わず笑ってしまった。手塚とは昔からの好敵手同士だと公言しているし、何かとセット扱いをされることはあった。手塚が拠点を日本に移してからは、それが顕著でもある。
 手塚の方のコメントも、これで少しは落ち着くだろうか。今からの会議が面倒でしょうがない。
 だが、仕事は仕事だ。疎かにするわけにはいかないと、跡部はネクタイのノットを整えてチェアから腰を上げた。



 会議を終えてSNSをチェックしてみれば、予想外にフォロワーが増えていた。お互いにだ。どうも、お互いの投稿で真偽を確認しにきた人々がそのままフォローボタンを押していくようで。
〝彼女じゃなかった……良かった〟
〝二人の試合見たことあるけど、コートの外じゃ仲良いの? あんなにバチバチしてるのに〟
〝手塚選手のメインスポンサーでもあるじゃん、跡部グループ〟
〝匂わせかと思ったけど、跡部様の迷惑になるかもって思ったのかな? それともただ単に写真撮るのがへt……〟
 意図的に相手を隠したのではなく、撮るのが下手なのではというコメントに、思わず噴き出しかけた。手塚のイメージはやはりそうなのかと、目尻が下がっていく。テニスに一直線な彼を、周りも好ましく思っているらしい。
 まだまだ良くない誤解をしているコメントはあるものの、これで〝炎上〟まではいかないだろう。
 あとは帰ってから説教だなと、跡部は端末をポケットにしまい込んだ。

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#永遠の交響曲JB2024 #塚跡 #シリーズ物 #未来設定 #両想い #ラブラブ #結婚 #永遠のブルー #情熱のブルー

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ff-フォルティッシモ-segue


フォルティッシモ-segue-
フォルティッシモ-segue-

【装丁】文庫サイズ/208P/全年齢/1200円
【書店通販】フロマージュブックス様
【自家通販】BOOTH(https://hanaya0419.booth.pm/
【あらすじ】ff-フォルティッシモ-の続編。一応完結。
跡部が青学に訪れ恋を告白してきたが、「なにも望まない」とも言う。手塚は応えられないと突っぱねるが、跡部がドイツ語を得意としていると知って教えてもらいたいと頼んだ。傍にいられるのは苦しいけれど、そんな苦痛さえ愛しいと跡部は受けてくれる。
ドイツ語を勉強しながらテニスを楽しみ、跡部の本質に触れていく手塚。
ドイツ語の習得に尽力してくれる跡部に何か礼をと思いプレゼントを贈った際に見た表情がとてもかわいく思え、跡部が望むならと「キスくらいならしてやれるが」と提案する。だがそれは跡部を深く傷つけてしまい、メッセージも返してくれなくなった。
氷帝に出向いた手塚は、呼び出した跡部に交際を申し込み、跡部は困惑しながらも受け入れてくれたけれど――。
【ご注意】うちの青学メンバーは氷帝メンバーと仲良し/※※描写はしてませんが、忍→岳の設定がありますので、苦手な方はご遠慮ください※※






 お茶をお持ちしますと執事は下がっていく。部屋の隅に、プレゼントの山。これが全部跡部への贈り物なのかと思うと腰が引けてしまった。
 その中で、自分が預けたものを見つけて手に取った。比べてしまうと、やはり見劣りするなと思う。急なことだったし、もともと誕生日用に選んだプレゼントではないというのが、申し訳ない気もした。来年はもう少し気の利いたものにしようとソファに腰をかけたところで、はたと気がつく。
 来年、と未来の事を考えてしまった。当然のように傍で祝える前提で。
「……そうか」
 この感情がなんなのかは分からない。だが少なくとも、自分の未来には跡部もいてほしいとは思っているようだ。来年も誕生日を祝いたい。当日は忙しいのだから、別の日でも構わない。ゆっくり、おめでとうと言える環境で過ごしてもみたい。その反面、自分たち二人ならテニスでいいのではないかとも思う。一日中テニスをするだけでも祝いになるかもしれない。楽しそうな跡部の顔が目に浮かぶようだと思った。
「手塚、悪い待たせて」
 その時、予告もなくドアが開けられ、跡部が姿を現した。跡部にとっては自分の部屋なのだからノックなど必要ないが、心の準備をしていなかったせいで、思わずビクッと体が強張った。
「あ、ああ、いや、そんなに待っていない」
「そうか? あ、ミカエル、後は俺がやるから。今日はありがとな」
「とんでもないことでございます。ご入浴の際はお呼びください。お坊ちゃま、朝にもお伝えしましたが、お誕生日本当におめでとうございます」
「ああ、ありがとう。母さんや父さんはもちろん、お前にも感謝してるぜミカエル」
「もったいないお言葉にございます。では、ごゆっくり」
 ドアの傍でそんなやり取りをして、跡部は紅茶の乗ったワゴンを部屋に引き入れる。手塚はどこかでホッとした。彼にもちゃんと、あんなに誕生を喜んでくれる人がいることに。
「ん、手塚。熱いから気をつけろよ」
「ありがとう」
 まさか跡部が手ずから紅茶を注いでくれるとは思っていなかったが、素直に受け取って口へと運ぶ。そういえば飲み物はあまり口にできなかったなと思うと、満たされた気分だ。
「盛大なパーティーだったな。毎年こうなのだと聞いて驚いたが」
「招待客が多くなるから、どうしてもな。まあ誕生日パーティーにかこつけたご機嫌伺いだぜ」
 跡部は自分用に入れた紅茶をテーブルに置き、「それでも」と続ける。
「今年はお前がいてくれて嬉しい。似合ってるって言われたの、本当に嬉しかったんだ」
 その場で、右足を軸にくるりと回ってみせる。わずかにジャケットの裾が揺れたことすら計算されたことのように美しく、改めて跡部景吾という男の体幹の良さを実感した。
「どうだよ?」
「あの時言った通りだ。似合っていると思う。それに、そうやって動いても軸がぶれないというのか……きっと足腰の鍛錬を欠かしていないのだろうと」
「そりゃあな」
 ふふっと得意げに笑って、跡部が隣に腰をかける。ふわりとバラの匂いがして、いつもと違いすぎる彼に戸惑いもした。
「俺は、お前のことを本当にひとかけらしか知らないのだな」
「アーン? 俺様の立ち回りに惚れ直したかよ?」
「……それは、その……」
 惚れ直したとは言ってやれない。物珍しさはあるが、いつまでも見ていたいかというとそうでもない。そもそも、元々惚れてはいないのだから、惚れ直したという表現はふさわしくないのではないだろうか。
 そんなことを思って二の句を継げないでいると、跡部がふっと呆れたように、諦めたように笑った。
「嘘がつけねえ野郎だな。ここは嘘でも惚れ直したって言っとく場面だろ」
「お前に嘘などつきたくない。たとえお前のためになるのだとしても、気持ちのいいものではないだろう」
「ああ、お前のそのクソ真面目なところ、好きだぜ。ホント律儀だよなぁ……おままごとみてーな恋人ごっこに付き合ってくれてんのも、嬉しいと思ってる」
 頭を抱えたくなった。どうしてこの男はこうなのだろうと。まだ一方通行な想いの分、引け目に感じるのも仕方はないと思うのだが、それこそ良い気分ではない。
「恋人ごっこというのは撤回しろ、跡部。俺は俺なりに、お前としっかり向き合って、交際していくつもりでいるんだ。バカにされているようで気分が悪い」
 隣に座る跡部をじっと見据えながらそう告げると、跡部は目を見開いた後に気まずそうに目蓋をわずかに伏せ、下を向いた。少しの沈黙が訪れるが、手塚はただ黙って跡部の出方を待つことにした。
「…………悪い、お前がそんなふうに感じるなんて、思ってもみなかった」
 ぼそりと呟かれた言葉に安堵する。理解はできなくとも、そう感じてしまっていることは伝わったようだ。
「本当にすまない……ただ、まだ現実味がなくてな。どっかで線を引いておかねえと、一気に崩れていきそうで、怖い」
 気まずそうに呟かれたその言葉に、手塚はどこかで安堵する気持ちがあった。
 ひとつ瞬いて、それを自覚する。
 自分の未来に跡部がいないかもしれないと怖がる自分を、恥じ入る思いがあったのかもしれない。だから『怖い』と素直に口に出してしまえる跡部を、羨ましく思った。
「……お前にも怖いものがあったのか」
「お前だけだぜ、俺にこんなこと言わせるの」
「確かにお前から弱音が吐かれるとは思わないな。だが、また知らないお前を知れて嬉しいと思う」
 こくりと頷きながら返せば、それを見て跡部は強張っていた頬を緩めた。
「ちょっとまだ、追いついてねえんだよ。好きなヤツから交際申し込まれてみろ、混乱だってする。しかも昨日の今日だぜ。想像もしてなかっ……いや、想像はしたことあるけど、現実になるなんて思わないだろ、普通」
 そうして、言いづらそうに呟く。こんな跡部景吾も珍しいのだろうなと、目を逸らすことができないでいた。
「俺は好きな相手からというのは経験がないから分からないが、お前がそう言う気持ちは分かる。俺だってお前に好きだと言われて、混乱した」
「本当にかよ。涼しい顔してやがったけどな?」
「……表情に出なかっただけだろう。俺は分かりづらいとよく言われる」
「テニスだとあんなに分かりやすいのにな」
 だいぶいつもの調子を取り戻しつつある跡部が、笑いながら返してきた言葉にハッとする。そういえば、訊いておかなければいけないことがあったのだと。
「跡部、お前もテニスは続けるのだろう?」
 当然イエスが返ってくるものとばかり思っていた答えは、跡部が目を見開いたことで裏切られる。いや、まだ否定されたわけではないと、嫌な音を立てる胸を押さえた。
「跡部」
「…………気持ちだけじゃ、どうにもならないことがある。恋にしても、テニスにしても」
「跡部」
「手塚、俺の住む世界を見ただろう。俺は家の事業を――」
「跡部、脱げ、その服」
 跡部の声を遮って、手塚は強い視線で突き刺した。自身も学ランのボタンに手をかけながら。
「――は? ちょ、……待ておい、お前、なにを」
「その服でテニスはできないだろう」
 学ランをバサリとソファの背にかける。身を強張らせていた跡部が、ハッとした後になぜかがくりと項垂れた。
「テニスならテニスって言え、バカ……」
 跡部が何に対して文句を言っているのか分からなかったが、そこに気を揉むよりもまず、跡部とテニスがしたかった。家の庭にコートがあるというのがこんなに都合の良かったことはない。
 手塚は学ランを脱いだだけ、跡部もジャケットを脱いで靴を運動靴に履き替えただけで、ラケットを片手にコートへと歩んでいく。テニスに適したスタイルではないというのに、手塚は容赦なくサーブを打ち放った。
 跡部なら打ち返してくる。そう確信して。
 案の定、跡部は打ち返してきた。それでも、いつもより球速が落ちている気がする。
 ――――何を迷っているんだ、跡部。
 左腕に、すべての力を込める。跡部が目を瞠ったのが見えた。
 その一瞬後から、彼の顔つきが変わった。すべてを受け止めて打ち返してやるという思いが、その表情に表れている。
「……くっそ、なんなんだよ……!」
 悪態をつきながらも、返しづらいところに打ってくる。それに追いついて、手塚も返す。跡部が返してこられなかったのは、動きづらい服装だからだろう。悔しそうに舌を打ったけれど、キッと睨みつけてくる視線にぞくりと背筋が震えた。
 力強いインパクト音が心地良い。
 いつもと勝手が違うタイミング。それを本能で感じ取ってすぐに態勢を整えてくるところは、天性のセンスだろうか。
 やはり、そうだ、と手塚は思う。
 さらに返球の強度を高めて、跡部に向かって打った。
「お前がテニスを辞められるわけがない」
 ボールと同じほどの強さでそう言い放つと、跡部の眉が寄せられたのが見える。重い打球を受け止めて、意地で返してきた。
「分かってんだよそんなこたぁ!」
 手塚は返ってきたボールを受け、先程までとは打って変わって柔らかく返す。跡部のテリトリーで一度跳ねた黄色い球はガットに迎え入れられ、力強く返ってくる。当てて、返す。打たれる。刺すように狙い打つ。打球の強さと速さに倣ってインパクト音も変わる。
「氷帝でアイツらに逢ってなければ、テニスを楽しむこともなかった! 関東大会でお前と試合してなければ、俺は中学でラケットを置いていたんだよ!」
「俺をテニスの言い訳に使うな、跡部!」
 打球が荒くなる。手塚のも、跡部のも。
 ――――俺を言い訳になどせずとも、お前はテニスを愛しているのではないのか。
 動きづらい服装でプレイしてさえこんなに巧みな技術を繰り出せるのは、それだけテニスに真摯に取り組んできたためだ。誰よりも強くありたいと思う気持ちが、プライドが、自分たちを創り上げているのではないのか。
 手塚はじっと跡部を見つめる。ボールなど見ずとも、彼がどこに返してくるのかが分かった。それは跡部も同じなのか、ネットを挟んでコート上で視線が絡み合う。
 一球、一球、打つ度に、返される度に、音が透き通っていくような感覚に襲われた。
 跡部の抱いているもどかしさが、ボールを通して伝わってくるようだ。
 お前に出逢っていなければ、と責めるような眼差しに理不尽さを感じながらも、ぞくぞくするほどの情熱に胸を打たれる。
 ――――跡部、お前に出逢っていなければ。
 お前だけだと思うなと、真剣にボールを返す。あの日、あの時、衝撃を受けたのはこちらの方だと手塚は思う。伝え聞いていた印象をぶち壊して、球に食らいつく執念と真摯さを、技などよりも綺麗だと感じた。確かな技術と自信、集中力と精神力は、純粋にプレイヤーとして惹かれた。
 そのままライバルではいけなかったのかとまだ責めたい気持ちもあるけれど、特別な想いがあるからこそこうして迷いさえぶつけてくれるのかもしれないと思うと、もっと打っていたい気持ちにさせられる。
 長いラリーになった。打ち負かすためのラインではなく、返されるための緩やかなもの。
 それを止めたのは、跡部の方だった。
 何度目かの応酬の後、跳ねたボールを手のひらで受け止める。はあっと聞こえた吐息は、笑っているようにも思えた。
「お前に……出逢っていなければ、俺は迷わず跡部を継いでいただろうな」
 困ったような笑い顔に、手塚の方こそ困る。あまりにも綺麗で、胸が高鳴りそうだった。
「もちろん家は継ぐぜ、一人息子だしな。生まれた時から決まってるようなもんだが、それを不満には思っちゃいねえ。むしろ周りの期待は俺の誇りだ」
「……そうか」
「テニスをどうするかは、今はまだ答えが出ねえ。どうするのがいちばんいいのか分からねえんだ。気持ちだけじゃどうにもならないことがあるんだよ。けどな」
 跡部はそこでいったん言葉を止め、握りしめていたボールをぽんと投げてよこす。手塚は不思議に思いながらもそのボールを受け止めた。
「今、確信したぜ。てめぇとはどうなろうが、よぼよぼのジジィになってもこうやってテニスしてんだろうなってよ」
 満足げに、楽しそうに跡部が笑う。手塚はひとつ瞬いて、よこされたボールに視線を落とす。
 何十年も先の未来だ。
 白髪になって、手もしわしわになって、体力も落ちて、それでもラケットを握りこうして球をかわす日々。
 それが容易に想像できてしまった。
「――ああ、そうなるのだろうな」
 跡部はプロのプレイヤーにはならないかもしれない。それはとても残念で寂しいが、だからといって同じ世界で、同じ目線でいられないわけではない。
 テニスで強くなりたい。ずっとテニスをしていたい。その思いは、いつでもそこに在るはずだ。
 それならいいか、と手塚はボールを握りしめた。
「みっともねえとこ見せちまったな、手塚」
「特にみっともないとは思わなかったが。今日もお前とテニスができて嬉しい」
 本心からそう言ったら、跡部が気まずそうに口を覆って顔ごと逸らした。特に悪い反応ではなさそうで、手塚はそのまま放っておいた。
 しかし、さすがに帰らなければ。今日は遅くなるかもしれないとは言っておいたが、手塚はまだ保護者が必要な中学生だ。あまり遅くまで出歩いているわけにもいかない。
「跡部、そろそろ帰ろうと思うんだが、まだプレゼントを渡していない」
「え? あ、ああ……もう遅いしな。っていうか、良かったのに、プレゼントなんか。正直お前がそこまでマメなヤツとは思ってなかったし」
 急だったこともあるのだろう、跡部は遠慮がちに振り向いてくる。好きな男を目の前にして言う言葉だろうか。
「それは俺も自覚しているが」
「自覚してんのかよ」
 笑う跡部に、なんの逡巡もなく頷く。気の利いたことをできる性質ではないと思っているし、『お礼をした方が良いんじゃ』と大石に言われなければ、気には留めつつも跡部のために何か買ったりはしなかっただろう。
「だが、せっかく手渡しできる状況なのだし、受け取ってほしい」
「そりゃもちろん。今日は、この地球上で俺がいちばんの幸せ者じゃねーの」
 少し大袈裟過ぎないかと思うが、跡部がそう思いたいならそれでいい。
 顔が見られただけでいいなんて言っていたが、初めて〝恋人〟として祝うのだ。何か贈りたい。跡部の方だって、恋人がいる誕生日というのは初めてだろう。
 そこまで思って、初めてなのだろうかと疑問にも思う。
 跡部ほどの男ならば、今までに恋人がいても……幼い頃から決められた婚約者などというものがいてもおかしくない。
 なんだか面白くない気分で部屋に戻り、ソファに置きっぱなしだったプレゼントの包みを手渡す。
「誕生日おめでとう、跡部。高価な物ではないが、使ってもらえるとありがたい」
「サンキュ、手塚。嬉しい……」
 それを両手で大事そうに受け取ってくれた。緩みっぱなしの頬に、本当に嬉しいと思ってくれているのがさすがに手塚にも伝わってきた。
「付き合ってるヤツからっての初めてだ。大事に使わせてもらう」
 何げなく呟かれた言葉に、手塚はひとつ瞬いた。まさか心を読まれていた分けでもないだろうに、引っかかったトゲをぽろりと落としてくれる。弱味として現れて、眼力(インサイト)で見破られたのなら不甲斐ないことだ。
「……初めてなのか。女子生徒に人気があるだろう、お前は」
「アーン? 確かに俺様はそういうの多いがな。イコール恋愛に結びつくわけじゃねえんだよ。あの中でどれだけ真剣に俺に惚れてる奴がいると思う? たとえいても、俺はパートナーを慎重に選ばなきゃいけない立場だ」
 跡部景吾の名はいろいろな意味で青学にさえ聞こえていたのだが、跡部の反応は素っ気ない。学園中の女子生徒の視線をほしいままにしているのだろうに、その中に真剣なものはなかったのだろうか。
「……慎重に選んで、俺なのか」
「自覚しやがれよ。俺のそういう、立場とか将来とか、何も考えられなくさせちまったんだろうが、お前が! クソ、なんでお前なんかに惚れちまったんだ、俺は」
「それは情熱的なことだな。だが、それはお前の立場や将来に、俺が必要なのだと直感的に思ったからなのではないのか。テニスをしていれば、どうしたって世界が交わる」
「……――フ、フフッ、物は言い様だな、手塚ァ」
 跡部は何か眩しいものでも見つめるように目を細める。
 跡部景吾の中で、手塚国光がいる未来が当然のものとして存在している。すとんと何かが腑に落ちたような感覚を味わった。
 跡部の中でそうであるように、手塚の中でもそうなのだ。
 じっと跡部の瞳を見つめると、じっと見つめ返される。どちらが先に逸らすのだろう、と思うほど長い間、見つめ合っていたような気がした。
「……そう見つめられると、照れくせぇんだが」
 そして、先に逸らしたのは珍しく跡部の方。頬を赤らめて、視線を外して手元の包みに移す。結んだリボンを解いていく指先の仕種に、胸が鳴りそうだった。
「先日突き返されたものを贈り直すのもどうかと思ったんだが。お前のために選んだのは違いないから、その……」
「あ、あれな。俺の口からもう一度よこせって言うのもどうかと思ってたんだ、よかった。本当に嬉しかったんだぜ。まあその後どん底に突き落としてくれやがったがよ、この朴念仁が」
 袋を開けて、中身を覗き込む跡部に、ぐっと言葉が詰まる。そのことを持ち出されると勝てなくて、気まずい。どれだけ傷つけたのかと思うと、手塚の方こそ胸がズキンズキンと痛んだ。
 こんなに痛むのなら、やはりこの先跡部を傷つけないようにしたいと改めて思う。
「手塚、これは? この間はなかったよな」
 跡部が、袋の中から取りだした物を不思議そうに見つめる。やはりなじみのない物だったかと思うが、それならそれでこれから触れていってくれたらいい。
「日記帳だ」
「日記帳? そんなのつけなくても俺様はその日の出来事なんて覚えてるぜ?」
 教科書程のサイズだが、厚みはない。それは一年分を記録できる日記帳で、カレンダーやメモ帳も付いている。スケジュール帳としても使えるようだったが、跡部のように多忙な男にこれでは足りないだろう。
「覚えていても、一日のことを整理して、翌日の目標を立てることができる。わずかだが、達成感もあるな。何年か後に読み返して、初心に返るということも可能だろう」
「一日の整理……お前も日記つけてんのか?」
「ああ、毎日。そろそろ買い足さなければいけないんだが、どうせならお前にもと思った次第だ」
「毎日か。継続するってのもなかなか根気のいることだしな。それはどこかで力になる」
 頷きながら同意を返すと、跡部はビニールの開封口に指をかける。一度開けた形跡があるのに気づいてか、不思議そうにしながらも取り出して、中身を確認し始めた。
「どんなこと書けばいいんだ」
「なんでもいい。俺は、学校であったことや、家族で話したこと、練習のことなどを書いている」
 お前らしいなと、跡部の口角が上がる。些細なことでもいいのだと知って、跡部はぱらぱらとページをめくっていった。
「テメーへの想いを日々文字にしてってやろうか」
「感情を整理するという意味では、有効的なのではないだろうか。別に不快ではない。俺も今日は、お前のことを書こうと思う」
「フ、そうかよ、光栄、だ……ぜ」
 ぱらりとめくったその指先が、ぴたりと止まるのを見た。
 青い目が、大きく見開かれるのを見た。


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#塚跡 #シリーズ物 #片想い #誕生日 #新刊サンプル

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バラ色の未来を抱いて

バラ色の未来を抱いて
バラ色の未来を抱いて


【11/23新刊】バラ色の未来を抱いて【塚跡】
【装丁】文庫サイズ/48P/R18/400円
【書店通販】フロマージュブックス様予定
【自家通販】BOOTH予定(https://hanaya0419.booth.pm/
【あらすじ】U-17の世界大会後、試合の興奮とパーティーの雰囲気に浮かされて濃密なキスをしてしまった。手塚に耳元で部屋番号を告げられた跡部は――。
【ご注意】三年後塚跡、本誌ネタがありますので、未読の方はご注意ください。






 十八になった秋、初めて他人の素肌の感触と、温度を知った。




 跡部景吾は、ベッドの上で眉を寄せた。どういう状況だと。
 いや、状況は分かる。分かるのだが、理解をしたくないというか、素直に受け入れてしまいたくない。
 なぜ自分は他人の部屋のベッドで体を横たえているのか。それだけならまだしも、どうして自分の体に他人の腕が乗っかっているのか。
 ――――重い。
 しかしこの際重いのはどうでもいい。必要な筋肉が増えたのだろうかとどこか的外れなことを考えてしまうのは、きっと現実逃避に違いない。
 よりにもよって手塚国光の腕が巻きついているなんて、考えたくもないのだ。
 ――――どーすんだ、これ。
 良くないところの違和感と、自分の胸元に散らばる花びらのような痕。どう見たって事後だ。記憶はある。手塚が泊まっている部屋まで一緒にきて、何か言葉を交わすこともなく唇を重ねたのを、しっかりと覚えている。
 その後の事は、あまり、思い返したくない。
 ――――醜態、さらしたんだろうな……分かんねーけど。
 跡部は盛大にため息を吐いて、いろいろな何かを諦めて手塚の腕の中から這い出た。胸どころか腹にも腕にも散らばる花びら。
 その色は、まるで薔薇のようだ。
 頭を抱えたくなった。
 まさか初めて肌を触れさせたのがこの男で、初めて肌に触れた相手がこの男だなんて、と隣に眠る男の寝顔を見下ろす。さすがに眼鏡はしていなかったが、いつ外したのだろうと目を細めた。
 確か最中にも眼鏡はかけていたはずで、キスの時少し鬱陶しかった気がすると、些細な事を思い出す。
「……こんなヤツでも寝顔は可愛いんだな」
 まったく腹の立つ、と怒気を孕んだ声で呟くと、桜色をした唇がうごめいた。
「お前の審美眼を疑う日がくるとは思わなかった」
 寝息の様子から、起きているのだろうなとは思ったが、第一声がそれかよと、責め立ててやりたい気分にもなる。
「起きてんならさっさと退いてほしかったんだがな、手塚ァ」
「まだ起床時刻ではなかったからな」
 だが手塚はいやみをものともせず体を起こし、コンソールに置いてあった眼鏡をかける。ようやく知っている手塚の顔になって、どこかホッとしてしまったのが悔しい。
 そうして気づく。手塚の胸にも散らばる花びら。どう考えても跡部がつけたものだ。さすがにそれは覚えていない。雰囲気に飲まれて、熱に浮かされて、あの肌を吸ったのかと思うと、恥ずかしくて情けなくて仕方がなかった。
「シャワー、先にいいか?」
「…………好きにしろよ」
「そうか。では行ってくる」
 手塚は珍しく脱ぎ散らかしていたシャツをたぐり寄せて羽織り、着替えを持ってバスルームの方へと向かって行った。
 どうしてくれようあの男、と恨みがましくその背中を見送って、跡部は項垂れてくしゃりと髪をかき上げた。
 どうしてこんなことになったのか、理由を言葉にするのは難しい。
 U―17の世界大会(ワールドカツプ)、今回は日本での開催になった。跡部は日本選抜チームを率いる主将であり、誰よりも熱くこの大会にすべてを懸けているつもりだった。恐らく傍からは必要以上に熱を入れているように見えていただろう。
 というのも、対戦国であるドイツチームを率いるのが、あの手塚国光だったからだ。
 永遠の宿敵とやや一方的に決めた相手。
 十四の夏、中学の日本一を決める大会の関東初戦。今思えば技術面も精神面も未熟なものだったけれど、今でも、これから先もずっと、最高で唯一無二の試合だ。
 誤算と言えば誤算だった。あのとき手塚国光と対戦していなければ、あのとき全力でぶつかりあっていなければ、こんなにもテニスに打ち込むようになることはなかっただろう。体中の血が入れ替わったかのような感覚さえあった。
 あの日から、跡部景吾にとって手塚国光は誰よりも大切な男になってしまった。
 いっそ恋のような情熱で手塚を見つめていた。
 だが、恋ではない。そう思っていた。
 唯一の相手だが、そんなキラキラとした感情はなかったはずなのだ。
 それがなぜ、こんなことになっているのか。
 昨日の試合も、長いタイブレークだった。中学の時よりずっと多くの時間、手塚と打ち合っていた。取って、取られて、どちらが勝つのか観客たちも分からなかっただろう。
 終わりたくない。終わらせたくない。
 勝ちたい。負けたくない。
 お前と戦うためにここにいる――そう言い合うように球を交わし、視線を重ね、もう流れる汗も出てこない、足も動かないとお互いプライドだけでラケットを振るっていたように思う。
 果たして、勝利を収めたのは手塚だった。
 負けてしまったかと空を仰いだら、陽が落ちかけた美しい夕暮れ。
 悔しさは残るけれど、満足だと幸福感に満ち足りて手を差し出したら、その手を取った手塚がぐっと掲げてきた。
 あの日と逆だが、同じだ。
 お互いが敗者で、お互いが勝者だと、健闘を称える。
 しかしあの日顔を背けていた跡部とは違い、手塚はじっと見つめてきていた。跡部も視線を逸らせなくて、夕陽の中の手塚国光をじっと眺めた。
 それは数秒のことだったのだろうが、跡部にとっては永遠にも思える時間だった。
 これは恐らく、恋よりも性質(タチ)が悪いと自覚したのは、恐らくその瞬間。
 手塚がいないと生きていけないなどと馬鹿げたことを言うつもりはない。この男がどこで何をしていようとテニスを愛してさえいればいい。そう思った。
 手塚がこれから先もテニスを愛していくのと同じように、跡部景吾は手塚国光を愛していくのだろうと、諦めにも似た感情で、笑ってしまったことを覚えている。
 手塚を愛している。だけどそれを形にしようとは思っていなかった。想いを告げるつもりもなかったのだ。
 それなのに、大会が終了した後の交流パーティーで一瞬視線がぶつかった。それだけで、何かが瓦解していく音と、揺らめく青い炎を認識したのだ。
 カーテンの陰に引っ張り込んだのは、どちらだっただろうか。もう覚えていない。けれど、それは確かに互いの意思だった。
 言葉もなく、ただ唇を合わせた。感触を覚える暇もなく舌を絡めて吸い合い、腰を抱く。衣擦れの音がやけに耳に付いて、余計に気持ちが昂ぶった。
 今思い出しても、あのキスが、あの視線のぶつかり合いがいけなかったのだと痛感する。
 跡部は、はあーと大きなため息をついた。




 重たそうな赤いカーテンで、二人の体が隠れる。すぐ傍では大会に出場した選手や関係者たちが、ドリンク片手に談笑しているというのに、手塚と跡部にはその音さえ耳に入っていなかった。
「……っん、ぅ、ふぁ」
 ちゅ、ちゅうっ、と湿った音が耳に届く。着込んだスーツが擦れ合って、普段は聞かない音も響く。指に絡ませた髪の感触は慣れないもので、跡部はことさらにゆっくりと手塚の髪をかき混ぜた。
 試合の興奮が冷めやらないだけだと頭のどこかで言い訳をしながら、永遠の宿敵と決めた相手と濃密に舌を絡め合う。
 手塚が、キスの仕方を知っていたとは。
 そんな、若干失礼なことを思いながらも、恋人同士みたいなキスをした。唇が濡れていくのが嬉しくて恥ずかしくて、心臓が躍る。
 唇が離れた隙に吐息のように「跡部」と呼ばれ、腰がずくりと疼いた。欲情しているのだと認識したくなかった感情は、手塚に唇を押しつけて舌を吸うという行動を起こさせ、まったくの逆効果だった。
「は、……はぁ、っんぅ」
「…………ッ、ん」
 鼻から抜けていく手塚のくぐもった喘ぎに、体中の熱が上がる。もっと聞きたいと舌に軽く歯を立て、体を押しつける。離れがたいどころか、もっと触れたいと物足りなく思い始めた。
 このスーツの奥に隠れた素肌の感触を、温度を、誰よりも先に知りたい。
 手塚の胸をスーツの上から撫で始めた頃、同じように跡部の腰を明らかな意図をもって撫でてくる手に気がついた。
 マジかよ、とそれで逆に冷静になったような気がしたけれど、手塚の濡れた唇が、耳元に寄せられる。
「跡部、一〇〇七号室」
 その声に、ぞくりと背筋が震えた。
 手塚はそれだけ囁くと、指先で唇を拭い、まるで何事もなかったかのようにホールへと戻っていく。それがなんだか悔しくて、跡部も濡れた唇を手の甲で拭った。
 ホールにいた大石に、「どこ行ってたんだ?」と訊ねられて「窓からの夜景を眺めていた。なかなかの光景だったな」などと返しているのを聞いて、なんて図太い神経をしているのだと眉を寄せる。
 だがこの程度で動揺していてはこの先やっていけないと持ち直し、跡部もなんでもないようにホールへと戻った。


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#両片想い #未来設定 #新テニ #塚跡 #R18 #新刊サンプル

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ff-フォルティッシモ-

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【装丁】文庫サイズ/128P/全年齢/700円
【書店通販】フロマージュブックス様予定
【自家通販】BOOTH(https://hanaya0419.booth.pm/
【あらすじ】跡部に恋を告白されたが、当然受け入れるつもりはない手塚。「どうしろと言うんだ」と訊ねれば「どうもしないでいい」と返され、ならばいいかとドイツ語を教えてもらうことになる。そんな中で、跡部のために良かれと思って取った行動が彼を傷つけてしまった――。
【ご注意】続き物の1冊目/うちの青学メンバーは氷帝メンバーと仲良し/※※描写はしてませんが、忍→岳の設定がありますので、苦手な方はご遠慮ください※※







 跡部が訪ねてきたのは、まだ暑い九月のことだった。
 元テニス部の三年生たちで図書館に行こうという話になった日。部を次世代に託し、一応の引退をした手塚たちは、勉学に励んでいた。
 さしあたって月末のテストに向けて勉強をしないかという意見と意欲には賛成だ。学校の図書室は他の生徒もたくさんいて机が足りず、町立の図書館へと連れ立って学校を出ようとした時、いつもと違うざわつきがあるのに気がついた。
「校門がやけに騒がしいね」
「そうだね、何かあったのかな?」
「俺ちょっと見てくる!」
 ざわざわというよりはそわそわと落ち着かない女生徒たちが多い。まるで縁遠い芸能人にでも遭遇したような様子だ。その原因を確かめるべく、菊丸が駆け出していく。慌ててその後を追う大石の姿も、もう見慣れた光景だった。
 フットワークが軽いと言えばいいのか、好奇心が旺盛と言えばいいのか。もう少し落ち着かないものだろうかと、手塚もその様子を眺める。「あー!」と菊丸が声を上げた後、大石が驚いたような顔をして、次いで笑顔になった。
「知り合いだった確率百パーセント」
「誰だろう? 他校のテニス部とかかな」
 乾が眼鏡のブリッジを押し上げる。河村がその隣で首を傾げた。
 それならば自分たちも顔見知りである可能性が高い。挨拶程度はした方がいいだろうと、手塚は足を踏み出した。
「あ、来た来た手塚。お客さん」
 歩み寄る手塚に気づいた大石が、校門の外側にいる人物を指さして振り向いてくる。「俺に?」と手塚は不思議そうに声を上げた。まるで心当たりがないが、自分に用なら聞かなくてはと外へ身を乗り出す。
「――よう、手塚」
「…………跡部」
 そこには、顔見知りどころではない相手が佇んでいた。
 氷帝学園テニス部部長、跡部景吾その人である。
 なるほどそれでこの騒ぎかと納得もした。その整った容姿だけでなく、財閥の御曹司という肩書きまで持っているのだから、女生徒たちが色めき立つのは分かる。
「あまり騒ぎを起こすな」
「俺のせいじゃ、…………まあ俺様のせいか」
 むっとして眉間にしわを寄せる跡部だが、周りの状況を把握して呆れと諦めとで笑い、人差し指に口づけて投げてやる。周りにいた女生徒たちは悲鳴を上げて、腰を抜かす者までいた。
「跡べーすご……」
「大丈夫かなあ、保健室運んであげたほうがいいかもしれないね」
「大丈夫だよタカさん、余韻に浸らせてあげよう」
 その様を、若干引き気味に眺める元レギュラー陣たち。手塚は腕を組んで、じっと跡部を見やった。
「騒ぎを起こすなと言ったはずだが」
「あー悪い、氷帝じゃこれくらい日常茶飯事だからよ……」
 素直に非を認める跡部に、いささか驚く。自分本位なのは相変わらずだが、引き際というものはわきまえているのかと気まずそうな顔を眺めた。しかし、いったい何の用だろうか。わざわざ青学にまで来るのだから、よほど重要な案件なのかもしれない。
「それで、何の用だ」
「……ちょっと、いいか、手塚」
「この後皆で勉強をすることになっている」
「そんなに時間取らせねえよ。十分……いや、五分でいい。空けろ」
 下手に出ていたかと思えば、強引に時間を空けろと言ってくる。まるで叶わないことなどないというような風情だ。財閥の御曹司であることから、あながち間違いでもないのだろうが、そんなになんでもかんでも簡単にいくとは思わないでほしい。なぜかこの男を前にすると体の中にメラリと炎が揺らめく。
 きっと、あの試合のせいだろう。
 関東大会初戦、シングルス1。それまで跡部に抱いていたイメージはことごとく壊され、印象深いものになっていた。
 もう一度対戦したらどうなるだろうか。そんなことを考えているせいか、素直に聞いてやりたくない思いがわき上がってくる。
「今日でなければいけないのか。俺の都合も考えろ」
 約束も何もなしに突然訪ねてきておいて、有無を言わさずというのはいただけない。大石たちとの勉強会の方が先約だ。
 それでも強引に腕を引くのだろうと思っていたが、跡部の視線が下を向いたのに気がつく。そういえば約束もなにも、個人的な連絡先を交換しているわけではなかったと思い出し、やりようがないのだと悟った。
「悪い、出直す。明日なら――」
「手塚、俺たち先に行ってるから。聞いてやれよ」
 背後から、大石がぽんと肩を叩いてくる。すでに図書館の方向へと足を向けている者もいて、大石もそれを追うようだった。
「わざわざ青学まで来たんだから、大事な用なんでしょ、跡部。手塚はそういうところ本当にアレだよね」
「融通が利かないっていうか、真面目っていうか。じゃあ、後で」
 ふふっと笑って不二が、肩を竦めながら大石が、先に向かった乾たちを追いかけていく。あの物言いは気にかかるが、分かったと頷く他にない。
 確かにわざわざ出向いてきたのを突っぱねるには「対戦校の部長だから」という言い訳がもう通用しない。跡部も引退して次代に引き継いだのだ、公式試合で当たることはなくなった。
「……お前いつもこんななのか?」
「こんな、とは?」
「他人を寄せ付けねえよな。俺だけってわけじゃねえみたいだが」
 手塚とは反対方向に歩いていく楽しそうな背中を眺め、跡部が静かに口にする。寄せ付けないという言葉が重くのしかかってくるようだった。
 確かに他人に興味を持つ性質(たち)ではないが、今の態度がそう思わせたのならば仕方がない。優先したい順番の問題なのだが、改善しなければいけないだろうかと跡部を見やる。
 友人とまではいかないにしろ、単なる顔見知り程度ではないのは確かだ。テニスの腕はすごいし、そういう意味では注目している相手でもある。
 今夏の大会で、全体を通していちばん印象に残っている相手だというのに、先ほどの態度は良くなかったなと心の内で反省した。
「すまない。どうも他人との付き合いが上手くないようでな」
「別にいいさ。テメェはテニスに一直線てだけだろう。それで、手塚。話なんだが、……ここじゃちょっと言いづらい」
 別にいいと軽く受け流してしまう跡部は、器が大きいのかそれとも気に留めるほど関心がないのか。それはどちらでもいいが、周りに目を向けると確かに煩わしいほどの視線を感じる。ちらちらともったいぶった視線は跡部に向かっており、雑談程度でも難しそうだ。
「車待たせてんだ。中で話せるか」
「分かった」
 ホッとしたような跡部について行くと、想像していたような大仰な車ではなかった。高級車ではあるものの、人気の高い国産車。目立つのが好き――というよりはどうしても目立ってしまう跡部にしてみたら、随分と大人しい訪問だ。
 何か深刻な相談でもあるのだろうかと、少しばかり緊張した。
 運転手に後部座席のドアを開けられ、跡部に促されて車内に入る。
 ゆったりとした空間は、しかし落ち着かなくさせた。反対側から跡部が乗り込んできて、ふうーと息を吐く。このままどこかへ移動するのかと思ったが、運転手はドアの外で待機したままだ。
 不思議に思って跡部を振り向くと、険しい顔をしている。
「他人に聞かれたくねえ」
「……そんなに深刻なことなのか? なぜ俺に」
 テニスに関わることなのだろうかと、心臓が嫌な音を立て始める。
 もしかしたらどこかに故障を抱えてしまい、今後プレイができなくなるとかだとしたら。
 ――――跡部がプレイできなくなる?
 そう考えた瞬間、冷水を浴びせられたような気分に陥った。あの強気でがむしゃらなプレイが見られなくなるのか? ボールを受けることが、打球を返すことができなくなるのか。
 それは、いやだ。
 そもそもなぜそれを自分に告げようとしてくるのか。肩を痛めた経験があるから、何かアドバイスを聞きにきたのかもしれない。手塚は、視線だけで自身の左肩を見やり、あの日の試合を思い起こした。
 チリ、と焼けるような熱さを指先に感じる。ラケットを握りたい。隣にいるこの男とは、今度いつ試合ができるだろうかと考えてみたりした。
 だが跡部は、何も言おうとしない。重苦しい空気が流れる。じれったい緊張が、手塚に拳を握らせた。
「跡部、五分だ」
 静かに言い放つ。校門のところで逢って「五分」と言われた時から、すでに時間が経過している。正確に計っているわけではないが、それくらいは経っているだろう。まだ用件を何も聞いていないが、五分と言ったのは跡部の方だ。このまま無為に過ごすような暇も義理もない。
 ドアを開けようと手を伸ばした手塚を遮るように、跡部が口を開いた。
「お前が好きだ、手塚」
 振り向きもせず前を見据えたまま、険しい顔で唐突に告げられる、好意。手塚はノブに伸ばしかけた手を引っ込めて、跡部を振り向いた。
「……それは、どういう種類の好意だ」
「恋愛感情だよ。わざわざ言うんだから分かるだろうが」
 告げたことで開き直ったのか、跡部の肩から力が抜けたように思う。手塚はひとつ瞬く。恋愛感情、と頭の中で反芻して、理解をした。
 理解はしたが、それと跡部の気持ちに応えることは別だ。
「そうか」
 ただそう頷く。誤解をされるだろうかと一瞬ひやりとしたが、跡部はそんな手塚の様子にふっと笑った。
「へぇ……そういう反応すんのか。てっきり意味が分からないとあしらうもんだと思ってたが」
「意味は分かるが理由が分からない。だが説明も要らない。どう言ったところでお前のそれは変わらないんだろう。聞いても無駄だ」
「そうだな。俺の中の事実は変わらねえ」
 片方の口角だけが上がる。だいぶいつもの調子に戻ったように見えて、重苦しかった空気の理由を知った。どう告げようか迷っていたのだろう。その割にはなんともシンプルなものだったが。
「それで、お前は俺にどうしろと言うんだ、跡部」
 面倒なことだと思う。
 まさか跡部にそんな感情を抱かれるなんて、思いも寄らない。これは確かに他人には聞かれたくない話だ。跡部が運転手さえ遠ざけた理由が分かった。
 これまで好意を告白されたことがないわけではない。それはもちろん女性からだったが、判を押したように交際したいと望んでくる。それは自然な願望であり、仕方ないとも思うのだが、断るのが面倒くさい。
 では断らずに交際をすればいいというわけでもなくて、テニスに打ち込みたい今、そういったものは煩わしい以外の何者でもないのだ。
 この男も、好きだから交際してほしいなどと言ってくるのだろうか。できるわけがないと思っていることは、態度で察してほしい。
「……別に、何もしねえでいいが」
 それを明確に察したのか、本音なのか、跡部はそう返してきた。手塚はわずかに目を見開く。何もということは、交際も、傷つけないようにと気を揉むこともしないでいいというのだろうか。
 望まないでほしいと思いながら、望んでこないとなると肩透かしを食らった気分だった。

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テニプリ→手塚×跡部 大人げない部長×スパダリ(受)な感じ。想いの大きさはお互い同じ
他にリョ桜、忍岳が組み込まれてたりします。

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