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12/21お品書き

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西2ホール ナ15b「華家」にて参加
◆持ち込み物◆
・クリスマス・キス \500
・悦楽 \500
・雨音に抱かれて \300
・初恋ラプソディ \500
・特装版:初恋をもう一度 \5200
・永遠のブルー \1500
・情熱のブルー \1700
・ff-フォルティッシモ- \700
・ff-フォルティッシモ-segue \1200
・FirstFervor \500
・デザートは食前に \300
・Honey Honey Honey Kiss \300
・バラ色の未来を抱いて \400
・左手を掴んだあとに永遠(とわ)のキス \600
・夜明けのキャロル \300
・手塚と跡部の恋の話 \900
・その唇で蕩かして \300

種類が多いためお会計をお待たせする場合がございます。なにとぞご了承ください。

#TA_Party #全国大会 #お品書き

OFFLINE,テニプリ,塚跡

■完売■クリスマス・キス

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【装丁】文庫サイズ/54P/全年齢/500円
【書店通販】
【自家通販】アズカリ経由
【あらすじ】クリスマスを一緒に過ごそうと誘い、クリスマスマーケットでデートする二人。無印の世界線です。


 時刻は十六時少し前。今年のクリスマスは平日で、仕事終わりの社会人で混んでくるのはこれからだ。それでも今日が休日の人たちも多数いる。同じ場所に向かっているらしい人の流れに乗って、手塚たちも移動した。
「あ、あそこみたいだぜ手塚。引換所。なんか案内出てるし、分かりやすいな。看板のスノーマン、可愛いじゃねーの」
「そうだな。あの電飾はもう少し暗くなったら綺麗だろう。行こう跡部」
 サンタの帽子を被ったスノーマンの置物が、引き換えはこちらという看板をぶら下げている。公式サイトで見たカップの写真もあるし、ここで間違いなさそうだ。列も思ったより伸びている。
 二人はいちばん後ろに並んだが、そわそわとした様子でスマートフォンを握りしめる跡部が可愛くて、ずっと順番が来なければいいのになんてことも考えた。
「二人分で」
「お色選べますがどうなさいますか? 赤と緑です~」
「えっ……」
 スタッフにそう告げられ、跡部が振り返ってくる。
 公式サイトには載っていなかったが、どうも色が選べるらしい。どちらもクリスマスらしいカラーだ。
「俺は……赤がいいな。手塚はどうする?」
「俺も同じので。赤を二つでお願いします」
 手塚に色のこだわりはなかったが、跡部が赤にするというなら同じ色にしたい。せっかくの揃いの物なのだから。
「かしこまりました、ではこちらでお二人分ですね。欠けやヒビがないことをご確認ください」
 電子チケットの引換済ボタンを押され、お揃いの赤いマグカップを手渡される。マーケットの説明を軽く受けて二人とも頷く。そこでマーケットのマップも手渡されて、無事に列を離れた。
「赤で良かったのか?」
「お前と同じ物が良い。跡部はなぜ赤にしたんだ?」
「……青学のユニフォーム、赤が入ってるだろ。あれ、結構好きなんだよ」
「なっ……」
 そんな理由か、と驚いて、次いで照れくさくなった。ユニフォームの色すら好かれているのかと初めて知って、胸の辺りがくすっぐったい。
「あ、青いのがあれば良かったな。俺も、氷帝のブルーは好きだ」
「あれば一択だろ」
 笑いながらマップを眺める跡部と一緒に覗き込む。出展されている店には番号が振ってあり、マップの下にリスト化されていた。
「さすがにヴルストが多いな。シンケンもあるのか」
「詳しいのか? 手塚」
「……クリスマスマーケットはドイツ発祥だからな。少し、調べる機会があって」
 手塚は少し言葉に迷った。ドイツについて調べる機会があったのは本当だが、理由はまだ話せていない。ちゃんと言わなければと思うのだが、彼とテニスをする時間が楽しくてきっかけが掴めないのだ。今日こそはと決めている。
 跡部はそんな手塚を不思議に思うこともなく、「ふうん」と相槌を打ってくれた。
「じゃあお前のオススメ教えな。食べてみたい」
「あ、ああ……では、このあたりか。焼いて食べるのが良ければデューリンガーにしよう」
「焼くのと、茹でるのと、さっき言ってたシンケンってヤツは?」
「ハムだな。ここの店で盛り合わせがあるようだが……」
 じゃあせっかくなので盛り合わせを食べようと、目当ての店に行き、盛り合わせを頼む。一つにしたのは、一つ一つが大きいからだ。食べ盛りの年代ではあるが、多くの種類も食べてみたい。半分に分け合っても充分だろう。
 待っている間に、ホットドリンクの目星を付けた。ビールやワインが多いが、さすがに制服姿でアルコールを頼むわけにもかいない。いくら大人びた顔と体格の二人がコートを着ているとはいえ、そこは踏み越えてはいけないラインだ。
 アルコールを含まないとなると、ホットミルクやホットココアが多い。ツリーやサンタのデコレーションがされているものがほとんどだ。
「甘そうだな」
「ジンジャーホットミルクってのがある。これ飲んでみたい」
「ジンジャーか。それなら体も温まるだろう」
 寒い季節にはうってつけのものだ。ではそれにしようと決めて、ヴルストを受け取ってからドリンクの店に移動した。先ほどチケットと交換したマグカップを渡してドリンクを入れてもらい、テーブルスペースへと向かう。混雑していたが、運良く二人がけのテーブルが空いていた。
「ふ、ふふっ、可愛いな、これ」
 赤いカップに、雪のように盛られたクリームとトナカイのマシュマロ。これは良い記念になるだろうなと、二つのカップとヴルストの皿を並べて写真に収める。
 学校を出るとき、頑張れと送り出してくれた友人たちにも見せてやった方がいいだろうかと思案した。

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#塚跡 #両想い #ラブラブ #クリスマス #全国大会 #TA_Party

OFFLINE,テニプリ,塚跡

悦楽

(キャプション自動取得対象外)
【装丁】文庫サイズ/64P/R18/500円
【書店通販】
【自家通販】アズカリ経由
【あらすじ】■表紙はイラストですが、中身は小説です。■最初から最後までやってるだけの本なので、ご注意ください。
突然の雨で、跡部の家に向かう二人。体が冷えないようにと一緒にバスルームに入ったけれど…。



 人の気配がなくなって、跡部は濡れたシャツを脱ごうとした。
「……がっつくなよ、手塚」
 そんな跡部を、背中から抱いてくる男がいる。もちろん、手塚国光だ。
「タオルを外したお前が悪い。ここまで我慢してやっただろう」
「ここまでこらえ性のねえヤツだとは思わなかったぜ」
 跡部はふうっと呆れたような息を吐き、隠しもしない情欲に心臓を高鳴らせた。
 手塚とは、肉体関係もある恋人同士だ。ふたりきり、じゃれ合うのになんら不思議はない間柄である。広いバスルームに手塚が一切驚いていないのも、何度か跡部家のテニスコートで楽しんだ後に汗を流したことがあるせいだ。
 ただ、その時に親密な触れ合いをしたことはない。
「濡れたシャツに透けた俺様の肌に、ムラムラしたってか? すけべ」
 手塚からは何も否定の言葉が返ってこない。それどころか、水滴の滑る首筋に唇を寄せてくる。それは肯定でしかなくて、手塚国光に欲情されているという事実が跡部の情欲を刺激する。
「ん……」
 唇の感触が嬉しくて小さく声を上げると、抱きしめる腕の力が強くなった。濡れたシャツ越しに感じる体温に、心臓はいやが上にも高鳴っていく。
 手塚の指先がシャツのボタンを探り当て、器用にボタンホールから外していくのを見て、手慣れたもんだと心の奥で思い、それだけ体を重ねてきたのだと嬉しくなった。
 右手が濡れたシャツを邪魔そうに退かしたかと思えば、すぐに乳首をつまみ上げてきて、性急な仕種に跡部は声を飲み込んだ。
「……っん……! んぅ」
 右手がそれだけ性急なのに、左手は濡れたシャツ越しにそこを擦り上げてくる。
 シャツ一枚。
 たったそれだけの素材が、感覚の違いを突きつけてくる。つままれ、押し潰され、指の腹で擦られる。手塚の愛撫には慣れたと思っていたが、少しも慣れてなどいない。心構えはできるけれど、いつだってこの男は新鮮な快楽を与えてくれる。
「んぁ、あ……手塚、あん……ッ」
「跡部、いつもと声が違う……」
「し、知るか……っ馬鹿……」
「シャツ越しに触られるの、好きなのか。……なるほど」
 良いことを知ったとでも言わんばかりの物言いに、跡部は悔しさに顔を歪めた。受け身であるからか、どうにもこういう時は分が悪い。
「仕方ねえだろっ……てめェのやることなすこと、全部イイんだよ……!」
 着衣のまましたことがないわけではないが、濡れたシャツを着たままというのは未経験だった。それでなくても大好きな手塚の愛撫に、夢中にならないわけがないのに。
「責めているつもりはないんだが。……お前が俺の手で乱れていく様を見られるのは、たまらない気分になる。もっと乱れさせたいという気持ちがあるのには、俺自身驚いているところだが」
 羞恥で声を押し殺したせいか、手塚は責められているからと誤解したらしい。ある意味では責め苦を受けているのだから間違いではないが、これは【苦】ではないなと思い直した。
「手塚、俺がエロいことになってんの、好きか……?」
 乱れていく様をもっと見たいと言われるとは思っておらず、羞恥などどこかに吹き飛んでいく。もっと見たいと思わせられているのが、嬉しくて仕方がない。
「そうだな。あまり明け透けに言うことでもないと思うが、好きだと思う」
 そう呟く瞬間にも指先は優しく乳首を包み込んでおり、跡部の方こそたまらない気分になった。
 性欲などテニスで発散できるとでも言いそうな手塚国光の情欲を、独り占めしているという事実。それを思えば、羞恥さえ昂ぶるエッセンスに思えた。
「フフ……素直なお前は大好きだぜ、手塚」
 跡部はそう言って手塚の手を取って外させ、体の向きを変えた。
 唐突に愛撫を中断させられて、不満げに寄った眉に唇を寄せる。
「勘違いすんな。もっと……乱れさせろ。顔も見たいんだろうが」
 ふっと口の端を上げながら、取った手塚の手を先ほどまで可愛がられていた乳首へと誘導した。
 素直な手塚の指先はすぐにすり……と乳首を撫でさすり、跡部は背筋を震わせた。
「な、ほら……気持ちよがってる俺の顔、好きだろ……?」
「――ああ」
 肯定し終わるか終わらないかのうちに、手塚は唇に吸いついてくる。唐突な口づけに、跡部は少し驚いて目を瞬いた。けれども、今日初めてのキスには気分を良くして、大人しくそれを受け止めてやった。
「ん、んっ……」
 力強く押しつけられた唇の感触が、とても好きだ。
 食(は)むように挟むと、開いた唇の隙間に入り込んでくる遠慮のない舌先。もっと深いキスが欲しくて、跡部は手塚の背中に腕を回す。
 口の中で舌が絡まる間にも、お互いの胸の狭間で、手塚の指先がうごめいて突起をこね回していた。
「あっ……、ん、んぅ……っ」
 手塚の愛撫を受けて硬くしこる乳首。だけどそちらだけに集中するなとでも言うように、手塚は舌先で咥内を愛撫する。勝手なヤツだなと思いつつも、ここまで性に積極的なのは嬉しい。
 手塚が、乱れている跡部のことを好きだと思っているのと同様に、跡部だって欲情している手塚が好きだ。
 口の中で唾液が混ざり合う。それを飲み込む暇もなく、舌に歯を立てられて腰が疼いた。
「んっ……ぁ、ふ……っ」
 唇が離れてもまたすぐに塞がれる。蕩けた顔も好きだと言わせたが、これでは顔を見られる状態ではない。だけどやめたい思いは欠片もなくて、跡部は手塚の背中に回した腕に力を込めた。指先は同じく濡れたシャツに分かりやすい皺を作り、いつもと違う感触に新鮮な気分だった。
「手塚……、めがね、邪魔……」
 吸って吸われて奥を犯し犯されなんてキスをしていれば、手塚の眼鏡が頬に当たって当然だ。煩わしいまではいかないが、少し、邪魔だ。目蓋を持ち上げて見てみれば、そのレンズにも雨粒がついたまま。
 跡部自身は眼鏡がないといけない生活は分からないから理解はしきれないが、水滴がついたままの眼鏡というのは、見づらくないのだろうか?
「……眼鏡を外す暇も惜しかったってことか? 手塚ぁ」
 ついた水滴の煩わしさよりも、恋人に触れることの方が重要だったのかと解釈してみて、胸がときめきに締めつけられる。だがまあそんなことはないだろうと肩を竦めてみたのだけれども、「気づかなかった」と右の乳首をくに……と押し上げてくるあたり、あながち間違いではなかったのかもしれない。
「邪魔ならお前が外してくれたっていいんだが」
「アーン? 分かってねえな手塚。俺はお前が眼鏡を外す仕種が好きなんだよ。あの手塚国光が、俺を抱くための準備すんだぜ?」
「それを言うなら、俺はお前が眼鏡を外してくれるのが好きなんだが。あの跡部景吾が俺に抱かれることを許容して期待して、仕方ないなといったふうを装ってうっとりした顔でこれに手を伸ばしてくるんだ。欲情させられる」
 煽ったつもりが煽り返されて、跡部は絶句した。まさかそんなふうに思われていたとは知らずに、自分が思っているよりもずっと手塚に愛されているのだと感じた。
 しかし、お互いがお互いの仕種を好きだと言うこの状態で、どうやって眼鏡を外したらいいのか。まさかこんな簡単な動作ひとつに悩まされるとは思わなかった。
 それならば今回はどちらかが譲るのが一般的だとは思うのだが、なにしろ二人とも我が強い。いつも折れてやっているのだからという交渉も、不毛な言い争いになりそうだ。
「……俺がお前の眼鏡外す時、そんなうっとりした顔してんのか……?」
 言いながら跡部はそっと指先を眼鏡の右端に伸ばす。
「お前を抱く準備だと言われるのは、少し驚いた。確かにそうだが、思ってもみなかったことだ。違う視点というのは面白いな」
 手塚も、言いながら指先で左のつるに手を添えた。
 そうして、二人でゆっくりと眼鏡を外す。
 一緒にという作業が、まさにこれから抱く準備、抱かれる準備という事実を強調しているようで、心音が大きくなった。

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#塚跡 #R18 #両想い #ラブラブ #全国大会 #TA_Party!!

OFFLINE,テニプリ,塚跡

雨音に抱かれて

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【装丁】文庫サイズ/30P/R18/300円
【書店通販】フロマージュブックス様 予定
【自家通販】アズカリ経由
【あらすじ】突然の雨に降られてしまい、跡部の家に向かった二人。先日初めて肌を合わせた段階で二人きりというのは、どうしても意識をしてしまって……。



 それがスイッチだったらしく、手塚の口づけがさらに激しさを増した。角度を変え、深さを変え、噛んでは吸い、腰への愛撫を加わらせて跡部を味わっているようだ。
「やっぱ、めがね、じゃ、……ま、ッん、んん……っぅ、はぁ……、はあっ」
「ならベッドで外す」
 さすがに激しい口づけに息が上がり、シャツを後ろに引っ張って手塚を剥がした。積極的な手塚には驚くが、このまま終われるはずもないのだから、よりにもよって窓際でキスに勤しんでいる場合ではない。
「悪い、ゆっくり移動していいか……足、おぼつかなくて」
「すまない、さすがに抱き上げていく訳にはいかないからな」
 腕や肩の負担になるようなことをするなと手塚の額をつつき、跡部はゆっくりと寝室の方へと足を向ける。
 支えているつもりなのか、手塚が腰を抱いてくれているのだが、正直落ち着かない。だけど、「少しでも触れていたい」などと言われてしまったらエスコートを断ることもできやしない。
「……正直、お前がここまでこっち方面に積極的とは思わなかったぜ」
「まあ、それは自分でも驚いている。たぶんお前が悪い」
「なんでだよ、ばか」
 そんなことを言い合いながらも、続き部屋である寝室へたどり着き、跡部は広いベッドに体を横たえた。胸が跳ねているのに気づかれるだろうかと妙な心配をした辺りで、手塚が髪を撫でながら上から見下ろしてきた。
「――二度目、だな」
 その手は強張っていて、緊張しているのが伝わってくる。
 先々週の、初めての行為。まだ記憶には新しく、生々しい感触さえ思い出せる。
「……そうだな」
「今回こそ、うまくできたらいいんだが」
「前回だって、ちゃんと最後までできただろう」
「お前は気持ち良かったか?」
「それなりに」
 快楽だけだったかと言うと、まあ、そんなわけもない。
 負担は大きいし、鍛えているはずなのに息切れだってしたし、内臓が口から飛び出すかと思うほどの衝撃もあった。
「まあ体の方はな、場数を踏むしかねえだろ。俺を気持ち良くさせたきゃ、体をお前に慣れさせてみな。俺はテメー以外に抱かれる気はない」
「俺以外の誰かに触れさせるわけがないだろう」
 なにを当然のことを言っているのだと眉を寄せた手塚に、跡部はふっと笑う。何事も、最初から上手くできるわけではない。少しずつでいいから、手塚と味わっていきたかった。
「ん、なら、……ほら、眼鏡外せよ。俺を抱いてくれんだろ? アーン?」
 指先で眼鏡のブリッジをつつく。この期に及んで怖じ気づいたわけじゃないだろうなと煽ることもできたけれど、できればベッドの上で勝負になってしまいそうなことは避けたい。
「手塚、俺はな。お前が眼鏡を外す仕種が好きなんだ。俺に触れるために準備するお前を見られる貴重な機会だからな」
「……そ、そうか」
 僅かに頬を染めながら、手塚が眼鏡を外す。
 好きだと言ったからかことさらゆっくりと、丁寧にしてくれた。つるをたたんだ手塚に、サイドチェストを顎で示す。手塚は素直に従い、改めて跡部の髪を撫でてくれた。
「今日は、まだ言っていなかったな」
「ん?」
「好きだ、跡部。お前とこうして過ごせることを、幸福に思う」
 雨の音にかき消されないようにと思ってか、手塚は耳元に唇を寄せてそう言ってくれた。ぞくぞくと背筋を這い上がってくる、快感と幸福感。胸が締めつけられて、跡部は思わず手塚を抱きしめた。
「俺も大好きだぜ、手塚。俺は今、全宇宙でいちばん幸福な人間だ」
「…………さすがにスケールが大きすぎやしないか」
 手塚は呆れたような息を吐いたけれど、頬が赤いのは見逃さない。跡部は抱き寄せたそのまま、手塚にキスをした。
「ん、んん……っは、んむ……」
 唇が濡れていくのが嬉しい。手塚の手が脇腹を撫で、シャツの裾を持ち上げるのが気配で伝わってきた。雨のせいか少し肌寒く感じていたけれど、手塚の手のひらの温もりが心地良い。舌が、首筋を降りていく。鎖骨に歯を立てられて、刺激に背がしなった。
「こんなところも感じるのか……」
「し、知るかよ」
「俺の愛撫でお前が感じているのを見るのは、気分がいい」
 眼鏡がないせいか、いつもより好戦的に見える。そんな手塚にときめいてしまうあたり、もうどうしようもないなと思った。

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#塚跡 #R18 #両想い #ラブラブ #全国大会

OFFLINE,テニプリ,塚跡

初恋ラプソディ

hyoushi.png

【装丁】文庫サイズ/60P/全年齢/500円
【書店通販】フロマージュブックス様 予定
【自家通販】アズカリ経由
【あらすじ】青学との練習試合、跡部の様子がおかしいと感じた滝は、それとなく探りを入れてみる。氷帝のキングから発せられたのは、思いも寄らない言葉だった。


 跡部景吾の様子がおかしい。
 滝がそのことに気がついたのは、彼の打った球の速度を確認していた時だ。
 表示された数字に目を瞠って、次いでコート上の王様を見やる。たかが交流試合で、随分と疲れた様子だった。
 まだ日射しの暑い土曜日の午後。交流試合の相手は、青春学園の天才・不二周助。クセ者揃いの青学の中でも、特に厄介な相手ではあった。
 だが、あの跡部がそんなに押されるだろうか。不二の力を見誤っていたということはあるかもしれない。
 ――――いや、関東大会で当たる前だったらそうかもしれないけど、青学レギュラーの実力は、景吾くんだって認めてる。だからこんな交流試合を組んでるんだし。
 カウンター技を得意とする不二とは、相性が悪いのだろうか。しかし競う以上は相性どうのこうの言っている場合ではないだろう。もしやりにくい相手だったとしても、跡部はそれを悟らせるようなことはない。
 いったい、彼に何があったのだろう。思えば、ここ数日覇気がなかったようにも見えた。
「景吾くん……?」
 滝の小さな呟きが、試合に熱中している他のメンバーの耳に入ることはなかった。


 蛇口から出る流水に頭を突っ込み、盛大に被っている跡部景吾というものは、なんとも奇妙な光景だなと思った。
 ――――うーん……どうしたんだろう。
 傍では樺地が心配そうに佇んでいる。ふわふわのタオルを手にしたままだ。
「向こうで日吉が呼んでたよ、樺地。こっちは俺に任せて」
「滝さん……はい、あの、……ありがとうございます、跡部さんを……お願いします」
 樺地の腕からタオルをひょいと取り上げて、コートの方を指す。樺地はまだかなり心配そうにしながらも、チームメイトの方へと向かっていった。さて、と滝は跡部に向き直り、呆れるように腰に手を当てた。
「風邪を引いてもきみの場合看病してくれる人がたくさんいるね、景吾くん」
「……俺様が風邪なんか引くかよ」
 水を被りながらもちゃんと声は届いているらしく、跡部は体を起こしてキュッと蛇口を閉めて流水を止めた。濡れた髪からポタポタどころかダラダラと水がしたたり落ちる。その様は非常にセクシーで、水も滴るいい男とはこんな時に使うのだろうかと考えた。
「はいタオル」
「ああ」
 世話をされることは彼の日常茶飯事だ。特に気に留めることもなく滝からタオルを受け取って、水滴を拭っていく。いつも通りに見えるけれども、心なしか視線が遠くを向いているような気がした。
「心ここにあらずって感じだったね」
「んなわけねえだろ。交流試合とはいえちゃんと集中してた」
「アハハ、どの口が言うんだか」
 即座に否定してやったら、跡部がきつく睨みつけてきた。
 並みの人間ならばここで怯んでしまうのかもしれないが、あまりみくびらないでほしいと滝は目を細める。
「俺はね、景吾くん。きみのことが好きでこうしてついてきてるんだよ。跡部景吾の美技に魅せられた男の一人ってとこかな。きみの美しい所作を人一倍見つめてきたと思っている。その俺が、今日のきみの様子がおかしいことに、気づかないわけないよね?」
 跡部景吾のたぐいまれなるカリスマ性。それは誰もが認めるところだ。だが滝自身、そこだけに惹かれたわけではない。指先ひとつ、視線のひとつ、美しい軌道をたどる彼を、傍で見ていたかったのだ。
 なぜあんなに美しい動作で、あんな技を繰り出せるのか。盗めるものなら盗みたいと、傍で見てきた。彼はそれを理解してくれていると思っていたが、違ったらしい。
「…………そんなに、分かりやすかったかよ」
 息を吐きながら、まだ濡れた髪をかき上げる。はらりと額に落ちたひと房の髪がやけに色っぽくて、そういう目で見ていなくとも胸が鳴ってしまった。
「自覚はあったのかな、景吾くん。ここ三日くらい、ちょっと元気なかったよね。樺地はもちろん、たぶん……忍足あたりも気づいてたと思うよ」
「樺地は仕方ねえにしても、忍足もかよ……」
 跡部は不覚とばかりに舌を打って、傍の壁にもたれる。
 テニスに限らず、相手のいる競技をする者にとって、他人の動向を探るというのは体に染みついたものではないだろうか。特に滝は、レギュラーでなかった期間に他人の試合をよく観ていた。
「何かあった? 青学との交流試合決まった時はあんなに嬉しそうだったのに」
 そう訊ねた瞬間、跡部の表情が固まる。こんなに分かりやすい変化を見るのは初めてかもしれない。
 彼は財閥の跡取りということもあってか、イレギュラーな事態への対応力はずば抜けている。表情を作るのだってお手の物だ。
 それが、こんなに表情を硬くしているどころか、青ざめてさえいるなんて。
「青学の連中に何かされたわけじゃないよね。いや……ウチの部員が向こうに何かしたってこと? もし暴力沙汰が起きているなら、きちんとお詫びを」
 滝自身は青学のレギュラーたちと試合をしたこともないし、個人的な交流もない。だがクセ者揃いとはいえまさに青春を謳歌していますといった風情の彼らが、世間的に問題になるようなことをしでかすとは思わない。
 となると、逆に氷帝の部員たちが彼らに何かしてしまって、問題になっている可能性だってある。もしそうなら部長である跡部に責任を問われるような事態なのかもしれないと、滝は眉を寄せた。
 跡部が責任感の強い男だと分かってはいるが、たった一人で抱え込まないでほしい。ひとまず状況を把握しなくてはと滝は跡部に詰め寄った。
「待て、そうじゃねえ。ウチの連中がそんな馬鹿なことするかよ」
「レギュラーや準レギュラーはそうかもしれないけど、俺だって二軍三軍の子たちは把握できていないからね。でも、そういう問題ではないってこと?」
「……俺個人の問題だ。お前らの手を煩わせる気はねえ」
 跡部は、滝の予想した仮定を否定してくれてホッとしたが、問題自体が解決したわけではない。跡部個人が、何か問題を抱えているということだ。
「そうは言うけどね景吾くん。俺はすでにきみの様子がおかしいことでこうやって気を揉んでいるんだよ。煩わせる気がないなら俺に悟らせるようなことしないでほしいな」
「………………心配かけて悪い」
「いいよ。言いにくいこと? 俺じゃ頼りないって分かってるし、そうやって悩む景吾くんもある意味綺麗で、俺は楽しいけどね」
 そう続けると、思いも寄らない言葉だったのか、驚いた表情を向けてくる。跡部景吾を驚かせられるとは、自分が大物にでもなったようだ。
「へえ、お前がそういうの楽しむタイプだったとはな。読み切れなかっ、…………ああ、くそ」
 跡部が途中で言葉を切って、滝は余計に不審に思う。言いにくいというよりは、まだ跡部自身が混乱しているのだと思わせる。
 無理に聞き出すことはしない方がいいなと判断し、口を開きかけた時、先に跡部の唇が音を奏でた。
「ちょっと、まだ混乱してて。悪い」
「ううん、構わないよ。家の事業のことかな、それともテニスの……進路とか」
「いや、どっちでもねえ。…………気になるヤツがいる、って、いうか、その……」
 気になる、と明確ではない言葉を使うのは、跡部にしては珍しい。
 どういう意味で〝気になる〟のだろう。テニスの素質ということならば、混乱する必要はない。自分とは違うプレイスタイルの選手に惹かれるのは、別におかしなことではないはずだ。そしてそれは、日々プレイに身を置いていれば多々あることだろう。
 なのに、混乱しているということは――。
 滝は、ある可能性に気がついた。口ごもる跡部が告げた〝気になる〟という言葉の真意。
 ――――……恋?
 その可能性に気がついた時、滝は大きく目を見開く。恋をするのに、年齢なんて関係がない。それどころか、自分たちは思春期まっただ中のはずで、恋愛に興味津々の連中がほとんどだろう。
 だけど、驚いてしまった。
 だって彼は跡部景吾なのだ。
 財閥の御曹司で、二百人はいる氷帝テニス部の頂点に立つ男。学園の女生徒の視線をほしいままにし、かつそれに平等に応えるような、ある意味化け物みたいな存在である。
 その彼が、恋をしているというのか。
「……景吾くん。それは、恋という意味で、だよね」
 確信を持ちたい。先走って勘違いでアドバイスしてしまったら、最悪の場合跡部からの信頼がなくなってしまう。それを避けるために、その感情の位置を把握しておきたかった。

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#片想い #塚跡 #全国大会

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【記憶喪失ネタ特装版】初恋をもう一度

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【装丁】ハードタイプのブックケース(A5サイズ)/R18/5200円/リボンがけ
【自家通販】アズカリ経由予定
【封入物】
①くちびるを飾る仮初
②君の知らない恋をする
③大好きもうまく言えなくて
④一度で終わる夢じゃない
⑤初恋をもう一度(A6/60P/R18)※単品頒布はありません
⑥それぞれの表紙デザインのしおり×5

【初恋をもう一度:あらすじ】些細なことで手塚は記憶を失ってしまう。跡部は憤り、思い出せよと胸ぐらを掴んだけれど……。



「ふ……ざけてんのか!?」
 部室内に、跡部の声が響いた。
 跡部は手塚の胸倉をガッと掴み引き寄せる。
 至近距離でこの男の顔を見るのに慣れていないわけではないが、こんな状況で見たいわけでもなかった。
「覚えていない、だと? もういっぺん言ってみやがれ!」
「何度言っても事実は変わらない。すまないが俺はお前のことを覚えていないんだ」
 息がかかりそうな距離にも、睨みつける視線にも、荒らげた声にも、少しも怯まないで手塚はそう答えてくる。
 まるで何でもないようなその口調が、余計に跡部を苛立たせた。
「てっ……めェ……!」
 この怒りをどうしたら良いのかと振りかぶりかけた拳を、慌てて大石が止めてくる。
「跡部落ち着いてくれよ! 暴力は良くない、暴力は!」
「放しやがれ! だいたいコイツがっ……」
 そんな正論は言われなくても分かっている。
 拳で分かり合えるなんて間柄ではないし、なんならお互い手はいちばん大事にしているものだ。喧嘩などに使うものではない。
 だけど、どうしてもやりきれない。
 跡部を止めた大石と乾に、手塚との距離を取らされる。跡部も本気で手塚を殴ろうとしたわけではないが、手塚を庇うように腕で制す不二もいた。
 胸倉を掴んでいたはずの手は力なく太腿の横に戻り、振りかぶった拳は震えながら額を押さえた。
 手塚が、記憶をなくした。
 そんな連絡がきたのは、五時間目が終わったあたり。
 最初は冗談を言っているのかと思った。連絡をしてきたのが手塚のアカウントからだったためだ。
 だが、手塚は冗談でこんなにタチの悪いことを言う男ではないし、慌てて電話をしてみても、『分からない』『思い出せない』と言うばかりだった。
 平日にもかかわらず授業を投げ出して、青学に駆けつけてはみたが、テニス部の部室で対面した手塚は真面目な顔で『誰のことも思い出せないんだ』と告げてきた。
 何があったのか、詳しくは聞いていない。いや、大石が言っていた気がするが、跡部の耳も脳も、それと認識していない。
 生徒同士のいざこざを止めただの壁に頭をぶつけただの他に目立った怪我はないだの、そのようなことだ。
 何があってこうなったのか、跡部にはあまり重要ではない。
 今、何よりも深刻で重大なのは、手塚国光が跡部景吾の存在を忘れているという事実だ。
 ――――よりにもよって、この俺を。
 跡部はきつく目を閉じ、叫びだしそうな衝動をぐっと堪える。
 一応怪我人なのだから、追い打ちをかけるようなことをしてはいけないという思いと、忘れられたのに怒らないヤツなんていないという感情がごちゃ混ぜになって、腸が煮えくり返りそうだった。
「……にも……覚えてねえのか」
 せめてもう少し状況を把握しようと、腹の底から声を絞り出す。傍にいた大石が頷くのが気配で伝わってきた。
「俺はな、自慢じゃねえが一度逢ったヤツに顔すら忘れられるなんて、生まれてこの方経験したことがねえんだよ」
 金の髪に青い瞳。財閥の御曹司という立場も加わって、簡単に人の頭から消えてしまうような存在ではないと自覚している。
 だけど事実、今手塚の頭の中には存在していないのだ。
 心臓が潰れそうなほどに、痛い。
「俺たちのことも、全然覚えていないんだ。跡部が動揺する気持ちは分かるよ」
「ご家族のこともね。自分の名前すら分からなかったんだ。この状況で誰かを覚えているという方がおかしなことなんじゃないか」
 乾がそれを引き継いで、跡部は少し……本当にほんの少しだけ、ホッとした。自分のことだけを忘れたわけではないのだと。
 昼休みに病院には行ったんだと河村が言う。不二が、日常生活に支障はないようだよと続けた。
「それで、誰か覚えてないかって、今片っ端から知り合いに連絡してたんだけど……跡部がいちばん先に来てくれて」
 ああそれでか、と思う。氷帝学園は都内で、青春学園からもそう遠くはない。そもそも跡部が手塚の一大事に駆けつけないわけもなく、周りがそれほど驚いていないのはそのせいだろう。
 だけど、それだけではないのだ。
 大石は〝跡部の気持ちは分かる〟と言ったが、そんなわけもない。この世界中の誰も、跡部の動揺を理解できる人間などいない。
 跡部は、大きく息を吐いた。

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#R18 #塚跡 #両想い #永遠の交響曲 #記憶喪失

OFFLINE,テニプリ,塚跡

くちびるを飾る仮初

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【装丁】文庫サイズ/190P/R18/1200円
【書店通販】フロマージュブックス様 予定
【自家通販】通販について
【あらすじ】試合中に怪我をし、手塚は記憶を失ってしまう。片想い中だった跡部は、婚約者だと嘘を吐いて傍で見守ることにしたけれど――。



 だが、何が起こるか分からないのがスポーツというもの。
 相手選手の打ったボールが、思いもよらない方向へと跳ねた。観客席がざわめく。
「――手塚!」
「手塚部長!」
 跡部と越前の声が重なる。思わず腰を上げたのは、跳ねたボールが手塚のこめかみを直撃してしまったからだ。手塚はふらりとよろめいたものの、どうにか踏ん張る。跳ね飛ばされた眼鏡を探すような仕種をした後、コートに膝をついた。
 跡部の体から、さあっと血の気が引いていく。それと同じスピードで、手塚の体が傾いでいった。
 観客席のざわつきが、悲鳴へと変わっていく。審判が試合の中断を宣言し、ドクターたちが手塚の元へと駆けていく。
「手塚っ……」
「あっ、ちょっ……跡部さん! どこ……!」
 跡部は客席を駆け下りようとしたけれど、前方はすでに他の観客たちが詰めかけている。少しでも手塚の様子を確認しようとしたのだろう。あの人混みをかき分けて行くのは至難の業だ。そう判断した瞬間、跡部は踵を返して客席を抜け出す。
 大会の会場は、跡部も何度か来たことがある。観客としてでなく、選手としてだ。どこからコートに入るのか、どこに選手の控え室があるかは分かっている。
 跡部は階段を駆け下り、控え室やコートへと続く関係者専用のドアへと向かった。
 その後を、越前がついてきているのは気配で分かったけれど、振り向く余裕なんてない。
「あっ、おい、ここは関係者以外入れないぞ!」
「いいから、開けてくれ。頼む」
 跡部は胸ポケットから名刺ケースを取り出し、中の一枚をスタッフに手渡した。跡部景吾と記されたその紙切れは、テニス大会の会場でも絶大な威力を持っているようだった。
「えっ、あっ、跡部選手……越前選手も……!?」
 跡部の名前と越前の帽子。スタッフはそれで関係者だと判断してくれたようで、IDカードを翳しドアを開けてくれた。
「ねえちょっと、跡部さんてば! 部長のこと心配なのは分かるけど、何もベンチまで」
「ついて来といて何言ってんだ、馬鹿! そもそもあの手塚が、限界でもねえのにコートで倒れるようなマネすると思ってんのか!」
 廊下を駆けながら、諫めてくる越前にそう言い放ってやると、彼はびくりと手の動きを止めた。
 手塚がボールをよけきれなかったこともおかしいし、コートの上で膝をつき、あまつさえ意識を失って倒れ込んでしまうなんて。手塚国光というプレイヤーを知って十年、そんなところは見たことがない。
 肩を痛めてさえ、膝をつくだけだったのに。
 どれだけひどい状態なのだと青い顔のままで控え室の方へと走った。
 前方が、バタバタと騒がしくなってくる。人だかりの中に、担架で運ばれる手塚の姿があった。
「手塚!」
 周りのざわめきにはおろか、跡部の声にももちろん反応しない。
 本当に意識がないのだと、ザァッと血の気が引いた。
「邪魔だ、退け!」
「救急車! 早く!」
「ドクターこっちだ! 出血もしてて……!」
 そんな声が飛び交っている。隣の越前からも、小さく「嘘でしょ……」という声が聞こえてきた。跡部は無意識に人だかりをかき分けようとして、周りのスタッフの肩を掴んで押しやる。
「手塚の容態は!?」
「見りゃ分かるだろ! あ!? なんだアンタ、部外者は立ち入り禁止だぞ!」
 スタッフジャケットも着ていない跡部に声をかけられて、その男は煩わしそうに怒鳴りつける。この一大事にどこからか入り込んだファンの対応などしていられないとも思ったのだろう。だがその怒声にも手塚は反応を示さない。
「跡部さん、落ち着いて……ってのは無理かもだけど! 邪魔したら――」
「誰が部外者だ! 俺はコイツの婚約者だ!!」
 口を突いて出た言葉に、その場が一瞬しんと静まり返る。
「えっ」
「は?」
「待っ……あれケイゴ・アトベ……」
 ざわめきが戻ってきた頃には、その場にいたスタッフたちが「跡部景吾」の存在をきっちりと認識していた。宥めようとしていた越前の手も緩み、困惑している。けれども、跡部にそれを理解する余裕はなかった。
 担架に寝かされた手塚の、開かない目。こめかみから垂れる赤い血。呼吸をしているのは分かったが、意識はまだ戻っていない。
「救急車は?」
「あっ、あ、ああ、呼んだ、けど」
 怪我の応急処置程度ならここの医療室でもできるが、頭の怪我となると難しい。跡部が訊ねかけた言葉に、誰ともなしに答える。ひとまず専門家に任せた方が良いだろうと跡部は長い息を吐いた。
 周りから、困惑した空気が伝わってくる。ようやく、それを認識できるに至った。
 しまったな、と思う。ただでさえ選手の怪我で混乱しているところへ、突然婚約者なんてものが出てきたのだ。彼らの困惑は分かる。しかも、同性だというのだから余計にだ。
〝クニミツって浮いた噂がないと思ったら……〟だとか、〝プレイヤー同士でデキてたってこと?〟だとか、〝仲が良いとは聞いてたけどまさか〟だとか、ひそひそとした噂話が聞こえてくる。そういうものは本人にいないところ、もしくは聞こえないようにやってほしいと眉間にしわを寄せた。
「跡部さん」
 つんと袖を引っ張られて、ハッとして振り向いた。そこには、探るような表情をした大事なライバル。
「あ、ああ、悪い越前……取り乱しちまって……」
「いや、アンタが手塚部長のことで取り乱すのは前からだし。それよりどーすんの、この空気」
 前からだと言われて、苦笑するしかなかった。手塚に対する跡部の執着は確かに昔から変わらない。跡部はひとつ呼吸を置いて、ヘッドコーチの元へと歩んだ。
「騒がせてしまって申し訳ありません。居ても立ってもいられず、つい……」
「え、ああ、いや……パートナーの怪我なんだ、気持ちは分かるよ……ただ、こっちも今アンタの相手をしている余裕はない」
 顔見知りではあったものの、彼にとって大切なのは手塚の回復だ。婚約者だろうがなんだろうが、邪魔なものは邪魔だ。それは跡部も分かっていて、すっと頭を下げた。
「搬送先が分かればいいです。あとは、手塚の家族への連絡は……こちらでしても?」
「ああ、そうしてもらえると助かる。こっちは通訳を挟まなければいけないしね」
 分かりましたと頷いて、跡部は自分の名刺を渡した。
「勝手なお願いですが、俺のことはできれば周りに言わないでもらえませんか。スキャンダルなんかでアイツの集中力が途切れるとは思えませんが、リスクは避けたい」
 婚約者だと自ら乗り込んできておいて、勝手な言い分だ。そう言いたげに肩を竦めるコーチ。周りも、そういう雰囲気なのは伝わってきた。
「もちろん無償でとは言いませんよ。手塚のスタッフなんですから、アイツのためにならないことをする方がいないのを祈ります。もしマスコミの対応が煩わしい時は、跡部(ウチ)の名前を出していただいて結構です。多少の抑止力にはなるでしょう」
 そう言って笑ってみせ、寄附という名の口止め料を払うこと、マスコミにも顔の利く「跡部」を敵に回すなよという圧力をかけてみた。
 コーチが苦笑しながら名刺を受け取った頃、救急隊員が到着し、動かない手塚の体をストレッチャーに乗せる。
「どなたか付き添われますか」
 救急車に乗り込んだ隊員にそう訊ねられ、ヘッドコーチは跡部の腕をポンと叩いた。
「俺が行こう。二人入れるか? アンタもきてくれ、アトベ」
「えっ?」
 ここで見送って、後で病院に向かおうと思っていたのに、まさか付き添いをさせてもらえるとは思わなかった。確かにこの車両は広いが、基本的には家族が付き添うものだ。手塚の家族は日本にいるから付き添いできないのは理解できる。それでどうして跡部を推してくれたのか。
「クニミツのことはアンタがいちばん分かってるんじゃないのか。テニスの方でもライバルなんだし」
 ヘッドコーチにそう言われ、ここで問答している余裕もないなと、跡部は頷いて乗り込んだ。腰をかけられる簡易的な跳ね上げベンチに腰を下ろし、その隣にコーチが座った。
 向かい側で、救命士が手塚の状態を確認している。バイタルの数値、呼吸の状態、そしてこめかみの傷口の応急処置。
「跡部さん、後でいいから連絡ちょうだい。俺も行く」
「あ、ああ……分かった」
 ドアが閉まる直前、越前の声に跡部はハッとする。彼も心配そうな顔をしていて、自分だけではないのだと改めて認識して頷いた。
 患者の氏名と年齢はと訊ねられて、それにはコーチが答えてくれる。跡部はまだ意識が戻らない手塚の顔をじっと見下ろし、泣きそうな気持ちで唇を噛みしめた。
 額がじんわりと濡れているのは、試合中だったせいなのか、今の体が悲鳴を上げているのか。
「手塚……」
 左手に触れても、動かない。
 そっと握り締めて持ち上げてみても、握り返してくれない。
「……手塚……っ」
 持ち上げた手に、縋るように、祈るように、額を当てる。
 腹の底から声を絞り出して彼の名を呼んだ。
 試合後の握手以外で手塚の手を握りしめたのは初めてだ。こんな状況で触れたいものではない。
 この先なにも祈ったりしないから、どうか手塚を助けてくれと祈りを捧げる。
「脳震盪を起こしているようですね。テニスボールが当たった、と……出血がまだ止まりませんが、処置はしましたので、後はドクターに任せましょう」
 大丈夫ですよと救命士が優しく囁いてくる。凄惨な現場を経験してきたであろう救命士が言うのなら、それほど深刻な状態ではないのだろう。その場しのぎの慰めでも、跡部の心音は速度を緩めていった。
「本当にクニミツのこと大事なんだな……驚いたけど、まあクニミツはそういうこと一切言わないヤツだし」
 コーチもホッとしたようで、ポンポンと跡部の背中を叩いてくる。跡部は握りしめたままの手の甲にそっと口づけ、「そうですね……」と答えるに留めた。
 救急車両はさすがにスムーズに走行でき、程なくして受け入れ先の病院に着いた。状況報告を受けていた医師や看護師たちが、診療室へと手塚を運んでいった。
 跡部はコーチと待合室のベンチで待たせてもらうことになり、使用可否の確認を取ってからスマートフォンで越前のIDをタップした。
『跡部さん!』
 一コール、あっただろうか。食い気味に応答してきたところを見るに、連絡を今か今かと待ちわびていたらしい。
「今、病院に着いた。……ああ、場所分かるか? ああ、そこだよ」
 搬送された病院の場所、手塚の容態、今は診療室傍のベンチにいることを告げ、通話を切った。コーチの方もチームに連絡をしているようで、少しばかり慌ただしそうだった。
 試合は相手の不戦勝になってしまったことだろう。
 状況的に仕方がないとはいえ、手塚は目が覚めたら眉間にしわを寄せて己の不甲斐なさをぼやくかもしれない。
 無理にでも起こしてくれて良かったのになどとは言わないだろうが、そう言いたげな顔が目に浮かんで、ふっと口許が緩んだ。
 だが、それも一瞬のこと。口角はすぐに下がってしまう。
 ――――なにが婚約者だよ。
 ひどい嘘を吐いたものだ。
 処置室のドアを眺めながら、跡部は唇を引き結ぶ。
 手塚と婚約なんてしていない。さらに言えば恋人ですらなくて、たまに連絡を取るテニス仲間といった程度の関係だ。
 相手を恋愛対象として認識しているのは跡部の方のみで、手塚からの想いなど返ってこない。
 この気持ちを告げてさえいないのだから、特別な関係が成り立つわけもないのだが。
 だけどあの時はああでも言わないと追い出されると思ったのだ。
 部外者扱いされるのが腹立たしくて、つい口から出ていたあの言葉。
 手塚との関係をどうにかしたいと思ったことはないはずなのに、潜在的な願望があったのだろう。
 手塚のパートナーになりたい。
 諦めきっていた願望に、こんなことになって気づかされた。
 跡部は膝に肘をつき、項垂れて髪をくしゃりとかき混ぜる。
 ――――アイツが目ぇ覚ました後、どうするつもりだったんだよ、俺は。
 婚約者だと嘘をついた。あの場にいた者たちに、手塚は同性愛者だと思わせてしまったかもしれない。
 あの場に留まるための方便だったと、早めに弁解しておかなければいけない。
 ――――……怒る、だろうな。アイツは。いくらなんでも吐いていい嘘とそうでない嘘があるって……軽蔑されるかもしれない。……もう、親しくできないかもしれないな……。
 だけどそれでもいい。
 手塚のパートナーになりたいという自分の願望に気づいてしまった今、手塚には距離を置いてもらうべきだ。間違っておかしなことになってしまったら取り返しがつかない。
 ――――それとも、興味がないと暗に突っぱねるかね……。
 手塚の反応が怖い。今のうちにコーチにだけでも弁解をしておこうとしたその時、バタバタと足音を響かせて越前がやってきた。
「あっ、いた! 手塚部長は!?」
「院内は走るな、越前」
「さっき怒られたんで、上乗せはいいっす」
 呆れてしまった。怒られたなら改めろと言いたいが、逆の立場だったらどうだろうかと思い描き、苦笑した。跡部はスイと処置室を顎で指し、まだ処置が終わらないことを示してみた。「そっか……」と小さく呟き、越前は跡部の隣に腰を下ろす。
「会場の方ちょっと見てきたけど、相手選手のとこにマスコミが群がってた。何かコメント取りたかったんだろーけど」
「まあ、あっちもわざとじゃねえんだし、やりきれねえだろうな……」
「ボールのコントロールできなかったってだけじゃん」
 口を尖らせる越前の頭を、帽子越しにポンポン叩いてやる。どうしても手塚サイドに立ってしまうのは仕方がないが、何が起こるか分からないのが現実世界だ。
 わざと潰そうとしていたのに、それを跳ね返したような男なのだからと、跡部はいまだに胸に残るあの日の試合を思い起こした。
 手塚国光を、特別な相手として見るきっかけとなってしまったもの。
 十四歳、中学三年の関東大会初戦、シングルス1。
 手塚の古傷に気づいて攻め立て、打ちのめしてやろうと思ったあの日。
『本気で来い』などと煽るような言葉を吐いたあの男。違う意味で、本気になってしまった厄介な感情は、この十年ずっと手塚に向かっていた。
「こめかみ切ってたから出血がひどかったようだが、そう深刻な状態じゃねえらしいから、心配すんな」
「いや心配は心配なんすけど、手塚部長らしくないなって……避けられなかったのかな、あれ」
 それはそうだ、と跡部も思う。どうしてあの球を避けられなかったのだろう。手塚ほどの男が、集中力を欠いたというわけでもないだろうに。
「おかしな跳ね方したってところだろうな……コートの整備不良で引っかかって、軌道を読めなかったのかもしれねえだろ。それより越前、お前いまだにアイツのこと部長って呼んでんな」
「いやもうあの人は手塚部長でしかないっていうか」
 開き直っているな、と跡部は肩を竦めた。越前と手塚が青学でともにテニスをした期間など、せいぜい半年ほどだ。選抜合宿はあったにしろ、手塚は日本代表の座を捨てて渡独したし、W杯が始まってみれば対戦国の代表として相見えた。
 だから本当に、ともに戦った期間は驚くほどに少ない。その中でも、越前リョーマの中に〝部長〟としてその存在が刻み込まれている。
 越前よりももっと短期間しか接していない跡部の中に、強烈なほどの印象を保ったまま手塚が居座っているのと同じようにだ。
「ていうか、ねえ。初耳なんだけど。つきあってたんすか、アンタら」
 ピクリと、体が硬直する。跡部は気づかれないように視線を泳がせ、どう答えようかを逡巡した。初耳なのは仕方がない。何しろ交際していた事実などないのだから。
「まぁ別に驚きやしないっすけどね」
「…………なんでだよ」
 はあーと大きなため息をついて、越前は腰の後ろに両手をつく。跡部は否定をするのも忘れて、何故だと訊き返した。
「は? なんでって、アンタが手塚部長のこと好きなのは見てて分かるでしょ。恋愛感情なのかどうか今イチ判断付けづらかったけど、やっぱそうだったんだって納得した」
「見てて分かるのは俺の方だけだろ。なんで手塚が受け入れてると思ったんだ?」
 跡部は、自分の執着が周りに知られているのは悟っていた。手塚がいれば歩み寄っていったし、対抗戦ともなれば指名をしたがった。
 大切なライバルとして接していたつもりではあったが、恋愛感情だったと言っても周りはさほど驚かなかっただろう。
 だが、跡部の恋情には気づけても、手塚との仲が進展しているなどとは誰も思わないはずだ。
 何しろあのテニス馬鹿……もといテニスに一途な男が、恋愛をするつもりがあるとは誰も思っていなかった。だから、なぜ越前が驚かないのか不思議でしょうがない。
「手塚部長がほだされたのかなって」
「いや、ほだされるようなタマかよ」
「相手によるんじゃないすかね」
「お前適当に言ってんだろ」
 越前の視線は、処置室に向いたままだ。頭の中には手塚がいるのだろうが、それにしたって適当過ぎる。
 感嘆にほだされてくれるような男なら、ぐいぐいと攻めてモノにしていたかもしれない。だが、自分が相手ではほだされるなんてこと万にひとつもないだろうと思う。庇護欲をくすぐる相手であれば可能性はあるかもしれないが、どう考えても自分はその範疇外だ。
「テニスのセンスは認めるが、そっちの勘は良くねえんだな、王子様も。てめぇのオンナは満足させられてんのか? アーン?」
「余計な世話っすよ。……あ」
 物思うところがあったのか、抗議しようと振り向きかけた越前が、ふと言葉を飲み込んだ。処置室のドアが開いたからだ。跡部もそれに気がついて、慌てて立ち上がった。
「先生、手塚は」
「大丈夫なんですか?」
「テニスプレイヤーなんだよ、倒れた時に足や手をひねったりしてないだろうか」
 出てきた看護師と医師に、越前と二人で詰め寄る。コーチもそれに加わって、少しばかり性急に答えを求めた。
「怪我は心配ない。意識が戻ったらもう一度脳波の検査をさせてもらうが、プレイに支障はないと思うよ」
 処置を担当した医師の穏やかな声と表情で、嘘ではないと分かる。三人ともが、安堵して大きな息を吐いた。手塚国光を失ったら、テニス界の損失は計り知れない。意識はまだ戻らないようだが、深刻な状態ではなさそうだ。
「よかった……」
「二~三日入院してもらうことにはなるから、誰か手続きを……」
 医師の言葉に、越前とヘッドコーチの視線が同時に向かってくる。跡部はそれを順番に見やって、「俺か」と小さく呟いた。跡部がいなければコーチが行っただろうが、〝婚約者〟である跡部がいちばんの適任だ。
 困ったなとは思うものの、後に引けなくなって、跡部は手続きのために入院センターへと移動した。
 ――――費用はひとまず俺が払うとして、コイツの保険どうなってんだ? 協会で何か入ってんなら、後で訊いておかねえと。
 国によって制度が違うのが面倒だ。しかも今はアメリカであり、ドイツに帰国してから申請をしなければならない。二~三日とはいえ入院となると必要なものも出てくる。後で買い出しにでも行くかと必要事項を記入していった。
 ――――できれば個室がいいな。マスコミの対応がしやすい。ここの院長にも一応話を通しておこう。
 書類に記入している最中、自分が手塚の名を書くという行為に、むずがゆさを感じてしまう。後ろめたさと、そわそわとした幸福感。束の間でも、手塚のパートナーとして過ごせるのが嬉しかった。
 そうして入院の手続きを終え、要望として個室が欲しいと言ってみたら、ちゃんと個室を用意してくれた。
 入院棟に向かえば、ちょうど手塚に与えられた病室からコーチが出てくるところに出くわした。
「ああ、手続き終わったかい? 助かったよ。俺はチームのヤツらとこれからのことを相談しに行かなきゃ」
「今大会は残念でしたね。手塚はまだ起きないんですか」
「うん……今はエチゼンがついててくれてるよ。まあすぐに目を覚ますだろう。起きたら連絡をしてくれ」
「分かりました。ご迷惑おかけしてすみません」
「いや、お大事に」
 ドアの前でそうやり取りをして、跡部はコーチを見送った。
 ふうと息を吐いて病室に足を踏み入れれば、広くはないものの、テーブル、ソファ、簡易的なクローゼットなど、二~三日の入院には充分な設備が整った部屋のベッドに、手塚が横たわっていた。
「起きねえな」
「そっすね。あ、ここ割と売店が充実してたっすよ。三日くらいなら平気だと思うっす。いるのって着替えくらいじゃない?」
「そうなのか。後で見てくるぜ。着替えはまあ……外で買うか」
 ひとまず必要なものをピックアップして、手塚の家族にも連絡を入れておかないといけないと、越前が持ってきてくれた手塚の荷物を探る。すぐにスマートフォンが見つかったが、ロック解除のコードが分からない。
「分かんないもんなの? パスコードくらい知ってるかと思ったのに」
「プライバシー保護のパスコードだぞ。知っててどうすんだよ」
 まさか誕生日を設定するような間抜けではないだろうと思いつつも1007を打ち込んでみたら、あっさりと解除されてしまった。呆れてしまう。不用心にもほどがあるなとため息をつき、トークアプリで手塚の家族にメッセージを打ち込んだ。
「起きたらちょっと言っとかねえとな。馬鹿なのかよコイツ……」
「そういうところも好きなんじゃないの、跡部さん」
「そーだな、困ったもんだぜ」
 楽しそうに笑う越前を軽くあしらえるのは、それが事実だからだ。少し抜けているところも魅力的に感じてしまうのだからどうしようもない。
「なんかのろけとか聞かされそう。帰ろっかな、もう。部長も大丈夫そうだし」
「まだ起きてもねーぞ。越前、悪いけど売店で何か食い物買ってきてくれねえか。……目、離したくねえ」
 いつ目を覚ますか分からないが、その瞬間にその場にいたい。
 いちばん初めに謝罪をしなければいけないからだ。
 財布から取り出したカードを越前に手渡し、「アンタら不用心すぎてお似合いだよ」と呆れられてしまった。
「信頼してんだよ、ばぁか。お前も何か適当に買っとけ」
「あざっす。ポンタ飲みたかったんだよね」
 そう言いながら、越前は病室を出て行く。駄賃すぎやしないかと彼の純粋さを可愛らしくも思った。
 跡部はベッドの傍に佇み、手塚の顔をじっと眺めた。
 枕元に置いたスマートフォンが、着信を告げる。メッセージを読んで、慌てて事実確認の電話をかけてきた家族だ。
 跡部は通話ボタンをスライドし、応答した。
「もしもし。すみません、跡部です」
『あっ、景吾くんね。連絡ありがとう、国光が怪我をしたって、本当なの? そちらに向かった方がいいのかしら』
 芯の強そうな女性の声が聞こえる。彼女にとって跡部は息子の友人というか、友人の息子だ。跡部の母である瑛子と交流があるため、親しく呼んでくれるのだろう。いつだか手塚が届け物(おつかい)に来たなと思い出して、きっと親子揃って手塚家には弱いに違いないと笑った。
「入院とはなりましたが、二~三日のことらしいので、来ていただいてもすぐに退院なんてことになりかねませんよ。お節介かとは思ったんですが、僕が面倒を見させていただいても良いですか」
 電話の向こうで、「そうなの」と安堵したらしい吐息も聞こえてくる。
『景吾くん、国光や瑛子さんからもよくお話聞いているの。国光と仲良くしてくれてありがとう。申し訳ないけれど、お願いできるかしら?』
 跡部はぱちぱちと目を瞬いた。
 手塚からよく話を聞いているというのは、いったいどんな話題なのだろう。いや、テニスのことであるのは分かるが、ライバルとして話してくれているのか、単に同い年のプレイヤーと認識されているのか。
 何にしろ、手塚の口から自分の名前が出ているらしいことはとても嬉しい。
「な、仲が良いかどうかは分かりませんが、僕にとって大切なヤツですからね。テニスへの復帰は医師と相談させますが、全力でサポートします」
『傍に頼れる子がいて助かったわ。よろしくね、景吾くん。今日試合だったって聞いてるけど……どうなったのかしら』
「試合中の怪我だったので、残念ですが棄権となりました。成績に響かないようにしておきますね」
『ふふ、国光のことだから、成績云々よりテニスの機会が減ったことを残念に思いそうだけれど』
 彼女はそう言って笑う。手塚国光という男を正しく理解しているのだなと感心せざるを得なかった。さすが母親といったところか。プロである今、成績は確かに重要だが、このテニス馬鹿はどうでもいいからテニスがしたいと言いかねない。跡部はフッと笑って、通話を切った。
 本当の家族の了承も得られたし、遠慮なく頼られてやろうと思う。佇んだまま手塚の顔を見下ろし、額に巻かれた包帯にそっと触れる。
 早く目覚めて怒ってほしい気持ちと、このまま静かに見守らせてくれないだろうかという思いがない交ぜになって、跡部は目を細めた。
 不謹慎極まりないが、こんなにじっと手塚の顔を眺めるのは初めてだ。ボールを追う獣のような瞳が開いていない状態だと、少し幼く見える。つり上がっていない眉や、静かな睫毛。改めて、整った顔だなと思う。もちろん顔に惹かれたわけではないが、目の保養ができるのは良いことだ。
 鼻筋をなぞる。頬を撫でる。
 手塚が起きていたら、絶対にできないことだ。もともとスキンシップを好む男ではないだろうし、それがライバルである自分なら尚更だ。
 ドキンドキンと胸が鳴る。
 惚れた相手に触れるという行為が、こんなにも胸が騒ぐものだとは思っていなかった。握手なんかとはわけが違う。こんな機会は、もうこれっきりかもしれない。
 ――――今、なら。
 今なら、誰も見ていない。
 指先が唇に触れてしまった。無意識半分、意図的半分。
 跡部はパッと手を離し、軽く拳を握る。だけど一瞬触れただけでは物足りなくなってしまって、握っていた指を解いて再び唇に触れさせてしまう。そうしても手塚はまだ目を覚まさなくて、跡部の心臓は今までにないくらいに高鳴った。
 ――――……起きねえのが悪い。
 ベッドに手をついて、ゆっくりと、ゆっくりと体を傾けていく。空気をかき混ぜたくなくて、唇の手前で息を止めた。
 眠っている間に一度だけ。
 一度だけ、夢を見させてくれないか。
 少しずつ手塚の顔が……唇が近づいてくる。
 こんな距離に来られるのは一生に一度だけだろうと、跡部は目蓋を伏せきることができなかった。
 あと三センチで触れてしまう。そんな位置までたどり着いたとき、跡部はぎゅっと目を瞑ってシーツの上で拳を握り、腕を突っ張って体を起こした。
「……んなこと……していいわけねえだろ……」
 絞り出すように呟いて、ふるふると首を振る。金の髪がそれに従って揺れ、額をくすぐった。
 いくら手塚の意識がないからといって、こんなことはしたらいけないと踏みとどまる。正々堂々とテニスして勝利を得て、報償にとでもいうなら話は別だが、こんなのはフェアじゃない。
 愚かしい自分の恋情を飲み込んで、ベッドから手を離す。ふうーと息を吐いたところで、跡部は目を見開いた。
「……手塚?」
 手塚の目蓋が持ち上がっている。薄く開いた唇が、何か言いたげにうごめいた。
「手塚っ……お前、目が覚めたのか!」
 安堵と歓喜、その後に、ドォッと羞恥が音を立てて押し寄せてきた。跡部は思わず跳ねるように後ずさり、距離を取る。
 ――――コイツ、まさか起きて……!? バレ、た? 俺がキスしようとしてたこと、気づかれたか……っ!?
 バクバクと心音が騒がしい。どうか気づかないでいてくれと祈りながら、ぐっと胸元を握る。シャツに皺が生まれたが、おかしな痕はつかないだろう。
 跡部はどうにかごまかせるルートを探りながら、慌ただしげに口を開いた。
「手塚、大丈夫か? お前ずっと目ぇ覚まさなかったんだぜ。どっか痛いとこあるかよ? 今ナースコールするから、大人しくしとけよ」
 飛び退いてしまった分の距離を一歩で詰めて、なんでもないように手塚の頭を撫でた。呼吸を確認しようとしていたとでも言ってしまえば、手塚はごまかされてくれるだろう。そうして何にも気づかないで「そうか」と返してほしい。
 そう思いながらいつもの笑い顔を向けた――のだが。
「…………誰だ――?」
 手塚の口から発せられたのは、予想だにしなかった音だった。
 跡部は目を大きく見開く。
 手塚は今、何と言ったのだろうか。
 ――――誰だって、何言ってんだコイツ。
 息が止まるかと思った。
 自分の容姿は、一度見たら脳に残るものだろうと自負している跡部にとって、その言葉は初めてのものだった。
 顔見知りレベルでは通らない、大切なライバルだと思っていた男から、拒絶されたようなものだ。
 手塚でなければ、いや誰であっても、病院という場所でこの手のジョークはタチが悪くて信じられない。
「手、塚、お前、まさか……」
 つ、と鼻筋を汗が伝った。
「テヅカというのは……俺のことだろうか……ここはどこなんだ?」
 ぐらりと視界が揺れるようだった。目の前で起こっていることが現実だとは思いたくなくて、跡部は再び体を退いた。
「何も思い出せなくて……お前が誰なのか、分からない」
 きっと、罰が当たったのだ。手塚の婚約者だなんて嘘をついた、罰が。
 目の前が真っ暗になりそうだったけれど、よろめく体を踏ん張ってどうにか堪え、跡部はいろいろな言葉を飲み込んだ。
「だ、大丈夫だ手塚、ちょっと混乱してるだけだろう。待ってろ、ドクター呼ぶから。お前は何も心配しなくていいからな」
 不安げな顔をする手塚の髪を撫で、傍にあったナースコールで呼びかけ、すぐに駆けつけた医師たちによって現状の確認が行われた。
「跡部さん」
 そこへ、売店に行っていた越前が戻ってくる。医師たちがいたことに驚いたような顔の越前に、跡部はどこかでホッとした。自分一人では背負い切れないかもしれないと、年下のライバルの存在をありがたくも思った。
「部長、起きたんすか? よかった……っていうか、何か慌ただしい感じがするんすけど」
「ああ、起きたは起きたんだけど……アイツ、何も思い出せないとか言いやがってな」
「はぁ!? 何それ、記憶なくしてるってこと!?」
「でけェ声出すなよ。何が刺激になるか分からねえんだぜ」
 越前が分かりやすく動揺してくれるおかげで、跡部自身は逆に落ち着いてきた。医師たちの動向をじっと眺めながら、どうか一時的なものであるようにと祈る。ボールに当たって頭が振られたせいで、脳に障害が生まれてしまったのだろうと。
「えぇと……ご家族の方は」
 診察を終えたらしく、担当医師が跡部たちを振り向く。どう見ても〝家族〟ではないだろう自分たちには、話せる症状ではないのかもしれない。だが手塚の〝家族〟は日本だ。すぐに駆けつけることはできない。
「アンタでいいんじゃないすか、跡部さん。婚約者でしょ」
「え、あ、ああ……あの、一応、僕が。パートナーです。彼の家族は海外にいるので……」
 越前に促され、仕方なく、吐いた嘘をそのまま続行することになってしまった。若干驚いた様子を見せた医師たちだったが、そこは患者のプライベートで、プライバシーだ。深くは追及せずにいてくれる。
「患者は日本人でしたね。英語は話せるようなので、診察に支障はないですが……えーと? ドイツ語も話せるようですね。活動拠点が向こうですから、日常言語だったということでしょう」
「それなら、日常生活に問題はない、と……?」
 医師が頷いて、跡部はもちろん、越前もホッとしたようだった。退行や言語に障害が出るような状態でなくて、本当に良かった。
「ただ、今は自分のことも覚えていないようです。名前も思い出せませんでした」
 俗に言う記憶の喪失ですと続けられ、跡部は項垂れて額を押さえた。
 先ほど「誰だ」と言われた時から覚悟はしていたが、実際医師に音にされてしまうとショックが大きい。
「跡部さん……」
 項垂れた跡部を元気づけるかのように、越前が袖をくいっと引っ張ってくる。跡部はゆっくりと息を吐いた。傍から見れば、婚約者に忘れられてしまった憐れな男に映るのだろう。
「怪我の衝撃で、一時的なものですか? いつ……記憶が戻るのか」
「それはなんとも言えませんね……些細なきっかけで記憶を取り戻す人も居ますが、そのまま一生戻らないということもあり得ます」
 分かりきったことを訊いてしまったと、跡部は眉を下げる。混乱していると自覚していても、訊かずにはいられなかったのだ。
「そう、ですか……」
「様子を見て退院を延期することも可能ですが、体に支障がないなら地元での通院をオススメします。紹介状は作成しますので」
「分かりました、ありがとうございます」
 確かに、今は大会のためにアメリカに来ているに過ぎない。必要に応じてドイツでの入院や通院にした方がいいだろう。跡部はその提案を受け入れて、ひとまず手続きをした三日の入院で変更なしを伝えた。
「手塚部長が今さら何したって驚かないって思ってたけど、さすがにこれは驚いたっすね……」
 医師たちが処置を終えて病室を後にすると、当然ながら越前と跡部と、誰よりも困惑したままの手塚が残された。

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#R18 #塚跡 #片想い #永遠の交響曲 #記憶喪失

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君の知らない恋をする

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【装丁】文庫サイズ/254P/R18/1600円
【書店通販】フロマージュブックス様 予定
【自家通販】通販について
【あらすじ】事故に遭って記憶を失ってしまう手塚。跡部は恋人であることを隠し、友人として傍にいることを決めたが……。




「跡部がファミレスにいるっていう状況が面白いな。君なら高級レストランでしょ」
「ははは、確かにちょっと想像できない光景だな」
「ドリンクバーの使い方分かるんか跡部、取ってきたろか……」
「あ、いいよ忍足座ってて、俺が行く」
 近くのファミレスに移動して、六人がけのテーブルに座った。一方には不二と大石。もう一方には、跡部を挟んで忍足と滝。フライドポテトとドリンクバーを頼んで、ひとまずドリンクで喉を潤すことにした。
「萩之介、カプチーノ頼む。あるだろ、ここ」
「え、あ、……うん。分かった。忍足もそれでいい?」
「頼むわ」
「不二はリンゴジュースでいいだろ? 取ってくる」
「ありがとう大石」
 滝と大石が人数分のドリンクを取りにいってしまって、少し気まずい沈黙が流れる。跡部はシートの背もたれに体を預け、天井を見上げて大きく息を吐き出した。
 ここにくるまでの間に、少し気持ちの整理はついた。
 手塚とつきあっていたことが、氷帝のレギュラーと青学の……少なくとも不二と大石には知られてしまっていることはもうどうしようもない事実だ。今さら否定するつもりはない。
 青学の大事な柱をたぶらかすなと詰られようとも、それは受け止めなければならない。
「お待たせ。一応砂糖も持ってきたよ」
「サンキュ」
「おおきに」
 コトリとカップが置かれ、跡部は滝に礼を告げる。大石も戻ってきて、一息ついた。
「ここにカプチーノあること知ってた? 景吾くん。系列によってドリンク違うよね、ファミレスって」
「ああ……来たことあるんだ? 意外だな」
 探るような物言いをした不二に、跡部はカプチーノを一口含んでカップを置いた。
「手塚とな」
 自分が好んで飲んでいるものに比べれば味は劣るが、これはこれで悪くない。
「……へえ」
「なんだよ、まさにその答えを望んでたんだろう? 放課後落ち合ってテニスして、たまにこういうとこに来てたぜ」
 つきあっていたことが知られている以上、隠すのは無駄だ。
 手塚との関係は、今言った通り。お互いがテニスに重きを置いている状態で、逢えばラケットを持っているのが常だった。
 それに不満はなかったし、何よりも手塚とテニスをするのは跡部にとってこの上ない喜びでもあった。
「手塚から聞いたって言ってたな。アイツ俺とのことどう言ってたんだ? まさか青学の連中全員知ってるわけじゃねえだろうな」
「それ、俺も不思議やわ……アイツそういうの話すタイプには見えへんけどなあ……」
「同感。景吾くんの方は分かりやすいんだけどね。やっぱり手塚も青学にいる時じゃ気を張ってないってことかな」
 訊ねかけた跡部に賛同して、忍足と滝もそう続ける。
 手塚国光のプライベートなど知りもしないが、テニスのプレイスタイルや部員たちに対する態度からは想像もつかないのだ。
「三年レギュラーは全員知ってるよ。あれいつだっけ、不二」
「九月半ば……先々週くらい? みんなでお昼食べてる時だったね。珍しくスマホ構ってたから、英二が訊いたんだよ。食時中なのに返信とかするんだ? って。他意はなかったと思うよ、本当に珍しいってだけで」
「行儀が悪いとか言うからな、手塚は。その時、相手が跡部だって言っててさ」
「……確かにそういう時間帯にやり取りしていた記憶はあるぜ。けどそんなもんお前らだって日常茶飯事じゃねーのかよ」
 確かに食事中では行儀は悪いが、ニュースを確認したり動画を観たりするのは珍しい行動ではない。手塚がそういうことをするかどうかと言ったら首をひねるが、そこからバレるとは思わないだろう。
「学校終わったら逢う約束してるって言うからさ、テニスするんだろうなって思うだろ? データ取るためか、同行は可能かって乾が訊いたんだ。どうせならみんなでテニスしようかって盛り上がりかけたんだけど」
「手塚さ、〝交際相手と逢うのにお前たちと行けるわけないだろう、遠慮してくれ〟って即答してた。みんなご飯どころじゃなくなったよね」
 不二の言葉に、跡部はテーブルに両肘をついて項垂れた。
 馬鹿正直にもほどがある。
 そこはどうにかごまかすとかできなかったのだろうか。忍足と滝から視線を感じるが、応えたくない気分でいっぱいだった。
「あの野郎……」
「隠す気なかったんだ、手塚。男らしいというか、潔いというか」
「物は言い様やなあ……」
 はは……と呆れたような笑い声が聞こえる。まさか手塚が、そんなにあっさりと交際を暴露しているとは思っていなかった。
 こうなると、学校が違う状態で良かったのかもしれないとさえ思う。一緒の学校に通っていたら、その瞬間から揶揄だの何だのに曝されていただろう。
「跡部から告白されたって聞いたけど、そうなの?」
「……デリカシーどこに置いてきやがった、不二」
「手塚よりはあると思ってるよ」
 ふふっと笑いながら返してくる不二が、厄介でしょうがない。テニスだけでなく、こんなところでも青学はクセモノ揃いだなとため息を吐いた。
 この連中を率いていたというのだから、やはり手塚はただ者ではない。そこまで思考が及んで、無意識に手塚へとたどり着いてしまう自分に嫌気が差した。
「その通りだよ。俺は手塚のことを恋愛って意味で好きになっちまったからな。それでもつきあえるなんて微塵も思っちゃいなかった」
 テーブルの下で足を組み直し、当時のことを思い起こす。といっても、たった一か月ほど前だ。そう古い記憶ではない。
「だが、自分の中の気持ちを隠し通す選択肢もなかったんだ」
 もともと連絡先はテニス部の部長同士ということで登録してあったし、何度か部長グループで練習のことなどをやり取りしたことはあった。ただ、個人的にメッセージを送ったのはあの日が初めてだった。
 話があると打ったそれには、そっけなくこの場ではいけないのかと返ってきた。できれば顔を見て話したい、時間がなければビデオ通話でいいと返せば、手塚は都合をつけてくれたのだ。
「好きだって言って、できればつきあいたいとも言った。嫌悪感で突き放されるだろうことを覚悟でな。普通はそうなるだろ? お前らだってよ。考えてみろ」
「うーん……同性から告白されたことがないから分からないけど……驚きはするし、簡単に受け入れられるとは思わないかな……」
「勇気を出してくれたことには感謝するかもしれないけど、僕は多分受け入れられないよ」
「俺はあるよ。即座に断ったけど」
 しれっと何でもないように放った滝に、視線が集まる。「よく知りもしない相手だったしね」と肩を竦めているが、それがすぐにできる反応の大多数を占めるだろう。誰にも責めることはできやしない。
「……相手によるかもしれんわ……」
 そんな中で、忍足がぼそりと呟く。え、と誰もが驚きの声を上げた。まさかそういう意中の相手がいたのかと。そんな空気を察して、忍足は慌てて手を振ってみせた。
「ちゃうちゃう、ちゃうてホンマに……けど、もし、もしもや……その、仲良いヤツが告ってきたりしたら、分からんなあて思て……」
「ああ、ダブルスのパートナーとかね」
 忍足の思い描いている人物を即座に察して、滝がズバリと言い放つ。忍足が言葉につまったところをみるに、図星だったようだ。
 同じくダブルスのパートナーを思い浮かべてしまった大石も、腕を組んで「うぅ~ん」と唸ってしまっている。
 すぐに無下にできない相手というのは、どうしても存在するのだ。
「……俺が手塚とつきあえてたのは、そういう理由だろうなって分かってる」
 そんな様子を眺めながら、跡部は冷めかけたカプチーノを含み音にする。まさに今忍足や大石が感じていることを、跡部が告白したときの手塚も感じていたはずだ。
「えっ……待って景吾くん、どういう……いや、でもそんなわけ」
「アイツはな、他人にも自分にも厳しいが、優しいとこがあるんだよ。俺が真剣だってことを悟って、無下にできなかったんだろ」
「…………手塚を優しいって言う人、珍しいよね。貶しているわけじゃなくて、どうしても厳しいイメージの方が勝ってしまうから」
「のろけ聞かされとる気分やわ……」
「てめぇの耳はどうなってんだよ。とにかく、そういう……無下にできなかったとか、多少の興味本位だったんだろう。俺とのことを忘れたってんなら、潮時だったってことだ」
 どうせいつかは終わる関係だった。
 そもそも跡部は、高校はイギリスに留学する予定でもあるのだから、遠距離も遠距離、簡単に逢える状態ではなくなってしまう。
 思春期の子供が、触れられない距離にいる恋人で満足できるわけがない。
「だから、手塚に何も言わなかったのかい? ただの友人だなんて言って……」
「こいつらにも言ったが、俺は端(はな)から言うつもりなんてなかった。混乱させるだけだろう。怪我がひどくねえならそれでいい」
 混乱させたくない。それは跡部の本心だった。
〝恋人だった〟という知らない事実だけで今の手塚が背負うには重すぎる。「恋人だったのだから」と無理に好意を作られたりしたら、たまったものではない。
 責任感の強い手塚だからこそ、あり得るのだ。
 そうして無理に染め上げた好意は、どこかで崩れてしまうだろう。
 その時、耐えていられるのか分からない。
「でも、跡部は手塚のことが好きなんだろう? 忘れられたまま、ただの友人に戻るっていうのかい? それじゃああまりにもつらいんじゃ」
「今は考えなくていいって前置きして、事実だけでも伝えておいた方がいいんじゃないかな。知っているのと知らないのでは、君に対するときの気持ちも全然違うだろうし」
「簡単なことみてえに言うがな、それで手塚が混乱して、さらに状態が悪化したらどうするんだ。俺とのことを悩んで、本来取り戻すべき記憶を取り戻せなかったら? 俺たちは専門家じゃねえんだ。何が手塚の負担になるか分からねえ。責任取れんのかよ、換えの利くもんじゃねえんだぞ!」
 荒らげた跡部の声に大石の肩がびくりと揺れ、不二の唇がぐっと引き結ばれた。跡部はさらに追い落とすように続けた。
「泣きわめいて縋って捨てないでくれと醜態さらして、それで手塚が記憶を取り戻す保証があるんなら、俺はいくらだってやってやるさ。恋人を忘れてんじゃねえって怒ってやったっていい! それでアイツが元に戻るんだったら、俺のプライドなんざ安いもんだぜ……!」
 本当はそうしてしまいたい。
 泣いて縋りついて、今さら元には戻れないと責めて、無理にでも繋がりを持っていたい。
 なにもなかったように球を交わして、『お前とテニスするのは悪くない』と真面目くさった顔で言ってほしい。
 できやしないことを、簡単に促してこないでほしい。
「頼むからヤツには何も言うな。俺はもう、手塚を壊すトリガーにはなりたくねえんだよ」
 額を押さえ、ふるりと首を振る。一瞬浮かんでしまった、告げた後の未来を振り払うように。
 跡部の隣で無理に表情を作る手塚、作りきれなくて険しい顔をする手塚、触れることを無意識に嫌悪し手を振り払う手塚、元のように接することができないと思い悩んで俯く手塚。考えたくない。
 そんな手塚は、誰も望んでいないはずなのだ。
 跡部は、決意を固めてコクリと唾を呑む。そうして、組んでいた足を外し、座ったまますっと頭を下げた。大石たちがぎょっとしたのは気配で伝わってきたけれど、頭は上げられない。
「頼む。俺とのことは絶対に言わないでくれ」
 絞り出すような声で、目の前の大石や不二、隣で支えてくれている忍足や滝に向けて、心の底からの願いを告げた。
「ちょ、ちょっと、頭上げてくれよ跡部、何もそんなことしなくても」
「……分かったよ跡部、君がそこまで言うなら、僕たちは何も言わないから」
 慌てる大石と、静かに返してくる不二。
「俺は元より景吾くんの味方だしね。我が君のためにならないことはしないよ。忍足だってそうだよね」
「圧が強いわ滝……まあ概ねそうやけど」
 自慢の髪をさらりとなびかせながら笑う滝と、ため息交じりに同意を返してくる忍足。
 跡部は短く息を吐いて、ようやく頭を上げた。
「サンキュ。悪いが、今日はもう帰るぜ。これでも落ち込んでるんでな」
 言いながら腰を上げると、滝が椅子から退いて道を空けてくれる。
「お前らはまだいろよ。存分に俺の悪口でも色恋の話にでも花を咲かせてろ」
「このメンツで色恋話とかシュール過ぎだよ。景吾くん、一人で大丈夫?」
「ああ……また学校でな。今日は助かったぜ」
 心配そうな顔をする滝の腕をぽんと叩いて、跡部はポケットから財布を取り出す。そんな跡部を見上げながら、大石が寂しそうな顔で訊ねてきた。
「跡部はそれでいいのかい? どうしてそこまで手塚のために……自分の気持ち押し込められるんだ……?」
「――好きだからだよ」
 一瞬だけ答えに迷って、口の端を上げて返す。目を丸くした大石たちのテーブルに、財布から取り出した一万円札をそっと置いた。
「跡部、なにこれ」
「自分の分やったら多いわ跡部……値段くらい見た方がええで……」
「フ、口止め料だぜ。それにしちゃ少ねえけどな。いいからそれで支払いしとけ。それより細かいの入れてねえから」
 そう言って、ひらひらと手を振り、跡部はその店を後にした。
 落ち込んでいるというのも本当で、あまり弱った姿を見せたくなかったのが本音だ。
 跡部景吾という男は常に前を見据えているべきで、自分を忘れた恋人らしき男のことでくよくよするのは性に合わない。
 それでも今日くらいは、考え事をしながら家路につくことを許容したかった。

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創作物について

二次創作BL小説を発行、頒布しています。ご理解の上閲覧願います。
また、年齢制限のある作品はその年齢に達してからお買い求めください。

各出版社・ゲーム会社・メディア等とは一切関係ございません。

発行物、サイト内の文章および画像の無断転載・盗用は固くお断りいたします。

サークル名:華家
ペンネーム:華印

カップリングについて
テニプリ→手塚×跡部 大人げない部長×スパダリ(受)な感じ。想いの大きさはお互い同じ
他にリョ桜、忍岳が組み込まれてたりします。

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