恋の話をしよう
はあっ……と湿った息を吐き出して、ベッドに肘をつく。なんだ、これは。とてもじゃないが言葉になんかできやしない。
幸福でたまらない。自分の中に、こんなにも温かな気持ちがあったなんて知らなかった。
「あとべ……平気か……」
「へいきじゃ、ねえ、けど、だいじょうぶ、だ」
あまり平気ではなさそうだ。何度目なのかもう覚えていなくて、とても申し訳ない気分になってくる。
「すまない、とまらなくて……」
「だいじょうぶだって……言ってんじゃねーか……ばか」
跡部の腕が首に居巻きついてくる。鼻先がすり寄ってきて、胸が締めつけられた。もしかして甘えているのだろうかと思うと、可愛くて仕方がない。
それと同じくらい、嬉しい。
跡部景吾が、他人に甘える姿というのは珍しいはずだ。いや、珍しいどころではないだろう。
強くて、美しくて、高潔なひと。
その男が、自分に甘えてくれるというのは幸福以外の何者でもない。
俺は求められるままに唇にキスをした。
「ん」
しっとりと濡れているそれはあまりにも扇情的で、またムラムラと欲情しそうだったが、さすがに無茶だろうと己を戒める。何しろお互い初めてだった。
ほぼ十年、お互いだけを想ってきた。というのを、つい数時間前に知ったのだ。
抑えきれなかった情欲を散々に刻みつけたけれど、正直に言ってしまえば足りていない。もっと触れたい。もっと触れてもらいたい。
そんなふうに考えていることが知られたら、嫌われてしまうだろうか。
「なに考えてんだよ、手塚ぁ……」
つんと眉間を指先でつつかれる。きっと皺が寄ってしまっていたのだろう。跡部の目はごまかせないな。
「お前のことだ、跡部」
「ククッ、ベッドん中、この状況で恋人以外のこと考えてたら張り倒してやるぜ」
「それは怖いな」
そっと額に唇を寄せる。跡部がくすぐったそうに身をよじった。かわいい。
「…………お前、そんな顔もするんだな」
「……どういうことだ」
跡部が目をぱちぱちと瞬いて、驚いたような表情をする。俺はいったいどんな顔をしていたというのだろう。
「かわいいな」
「おい本当にどういうことだ。そんなわけないだろう」
「んなこと言ったって、そう思ったんだから仕方ねえだろ? 目ぇ細めて愛しそうに俺のこと見てんの、分かってねえのか」
「い、と…………間違ってはいないが、自覚がなかった」
心当たりはあるが、それを可愛いと言われるのはどうにも癪だ。
「手塚、嫌か?」
「……嫌、というか、悔しい、だろうな。やはり俺の方がお前をたくさん好きな気がする」
「アーン? ふざけたこと言ってんじゃねえぞ。俺がどれだけお前を想ってきたと思ってやがんだ」
「知らん。だが絶対に俺の方が先なんだ」
「俺だっつってんだろ」
至近距離で、お互いに譲らない視線が絡まり合う。ベッドの中で抱き合いながら言うことではない気がしてきた。
そもそも跡部とケンカをしたいわけではない。俺はふうーと息を吐いた。
「不毛な言い合いは止そう、跡部。だが、気になると言えば気になる。いったいどの瞬間に俺をそうだと認識したのか」
「……それは俺も気になる。聞きてぇもんだぜ」
お互い自分の方が先だと思ってはいるが、いつどうやって恋に気づいたのかは気になるところだ。
まさか、そこまで同じ瞬間ではないだろう。
「では休憩がてら、話をしないか」
「休憩ってところがやらしーな、まだやんのか。つーかさすがに風呂入りてえ……汗だくなんだよ」
「ほぼ十年の想いが、あれだけで足りると思うなよ。風呂に湯を溜めてくる。少しゆっくりしていろ」
根に持ってんじゃねーかと悪態をつく跡部をベッドに残して、俺はバスルームへと足を向けた。この広さなら、二人で入れるな。
楽しみだ。跡部はいったいいつ俺を好きになってくれたのだろう。
あの頃に思いを馳せながらベッドに戻ると、腰が立たないという跡部がいて、さすがに反省せざるを得ない。
引きずってバスルームまで移動するしかないが、顔を真っ赤にした跡部のことをこの上なくかわいいと思っていることは、ひとまず言わないでおいてやろう。
2023/03/19