"永遠"に封をする
右手でそっと指輪を持ち上げると、跡部がすっと左手を差し出す。
よく手入れされた綺麗な指だ。だけど、手のひらにはラケットを握ることでできるマメの跡があることを知っている。
誇らしいなと、知らず口許が緩んだ。
手塚は跡部の左手を支えるように己の左手を添え、指輪を通していく。やりやすいように力を抜いてくれているのが、まさに手に取るように伝わってきた。
第二関節まではめ終え、跡部にもよく見えるように己の手を下側に移動させる。ゆっくりと薬指の付け根まで指輪を運び、位置を整えた。
嬉しそうに口角が上がるのが、手塚の位置からよく見える。
ひとつ瞬いた後に、幸福そうに見つめてこられて胸が跳ねたのは、気づかれただろうか。
次は、手塚の番だ。
跡部が、リングドッグを務めてくれた愛犬の背から指輪を持ち上げる。
「ありがとうな、マルガレーテ」
優しく声をかけると、彼の愛犬はふすんと鼻先を上げて応え、おとなしく二人の足下に寝そべった。そこかしこから可愛いという声が聞こえて、跡部も嬉しそうだ。
手塚は左手を腹の辺りまで持ち上げ、跡部がその手を取る。手塚がやったのと同じようにゆっくりとはめてくれて、手塚の薬指も揃いの指輪で飾られた。
すでに身も心もつながっているのに、まら新たな繋がりが生まれたような感覚に陥る。
そしてそれは、跡部も同じように感じているらしい。自身の薬指と相手の薬指を見つめる瞳は、焼けるように熱かった。
「それでは、誓いのキスを」
牧師の声に、どこかそわつく指先。手塚はひとつ瞬いて、跡部も一度瞬く。
どうすると決めていたわけではないのに、お互い同じタイミングで利き手を持ち上げた。手塚は左手を、跡部は右手を。その手のひらを胸のあたりで重ね合わせてゆっくりと指を絡める。それと同時に顔を寄せ、鼻先を擦り合わせてから唇を触れ合わせた。
参列者がシャッターチャンスを逃さないようにと、キスは長めに。
誓いのキスは指輪で約束した〝永遠〟に封をするという意味もあるようで、ここは念入りにしておこうと唇を押し当てていたら、「長ぇ」と襟をつんつん引っ張られる。
照れくさそうな表情をした跡部を目にして、手塚は満足げに小さく頷いた。
そうしてふたりで牧師に向き直り、式が進行していく。
生涯のパートナーであることを認めるという宣誓が行われ、サインをして、ふたりでバージンロードを歩む。家族に目で挨拶をし、互いを見つめ、参列してくれた友人たちの拍手に包まれて、式場を出た。
「なあ、ブーケトスも普通にやっていいのか? 参列者ほぼ男だが」
主役がふたりとも男性で、歩んできた世界も同じとなると、そこで出逢った仲間が大半だ。女性がいても既婚者だったりする。
「……いいんじゃないか。そろそろ結婚話が出てくるヤツらもいるだろう」
「まあ確かにな。突然招待状が届いても驚かねーぜ」
「俺たち以上に驚かれることはないと思うが」
「ハハッ、違えねえ!」
跡部は楽しそうにブーケを振る。これは幸村が育てた花だ。どの花にしようか、滝も真剣に考えてくれたらしい。不二はカメラマンは僕に任せてと張り切っていたし、披露宴や二次会にはかわむらすしにも世話になっている。余興は四天宝寺のメンツがものすごい乗り気らしい。
今日の衣装は跡部のブランドで作った一点物で、一生の思い出になる。
「言いそびれていたが、似合うぜ手塚。惚れ直すの何度目だろうな」
「こういう格好は慣れないが……お前がそう言ってくれるのは嬉しい。お前も本当によく似合っている。綺麗だと思うし、格好良いとも思う」
「おいおい今日はやけにデレるじゃねーの。浮かれてんのか? アーン?」
「浮かれもするだろう、初恋の相手との結婚式だぞ」
きゅっと手を握ると、跡部はわずかに目を瞠って嬉しそうに笑った。
「ああ、そうだな。ライバル同士、初恋同士。そんな相手と生涯一度の結婚式だ。俺も大概浮かれている」
「式で失敗したらどうしようかと思っていたが」
「俺がいくらでもフォローしてやるぜ」
「惚れ直すのは何度目だろうか」
跡部を真似て告げた言葉に、声を立てて笑う。大切な人の笑い声は、なんとも心地良いものだ。
「さあ行くぜ手塚、
「ああ、油断せずに行こう」
手を繋いで指を絡め、ふたりの新郎は式場から出てくる参列者に礼を述べるべく踵を返した。
2023/06/30