23182

「どういうことだよ」
「俺が知るわけないだろう」
 知らされた数字を二人で確認して、眉間にしわを寄せた。果たしてこんなことが起こり得るものなのか。
 いや、しかし実際に起こっている。
「23182票……」
「同率五位とはな」
〝国民〟に対して行った国勢調査という名の人気投票で、手塚国光と跡部景吾がまさかの同票数で順位が同じになってしまったのだ。
 これが発表されたら皆が驚くことだろう。
 跡部は、くしゃりと髪をかき混ぜる。
 手塚は、僅かに視線を背ける。
 どうにもむずがゆい気分だった。何しろ、この男とは特別な関係にある。
 ただの戦友というわけではない。好敵手というだけでもない。球を交わす中で生まれた感情は、間違いなく恋情だった。コート上で、日常で、心を通わせあって今に至っている。
「……仕組まれてんじゃねえだろうな?」
「なんの得があるんだ、そんなことをして」
 答えられなくて、跡部は気まずそうにチッと舌を打った。
 総票数は50万以上あったという。そんな中で上位に食い込んだばかりか、まさか恋人と同率順位とは。
「今年一番の驚きだぜ」
「それは俺もだな。正直、お前はもっと上に行くと思っていた」
 跡部の人気が高いのは、国民全ての共通認識だ。その彼が五位というのは手塚にとって驚きだった。
「アーン? 俺様はいつでもトップに決まってるだろうが。順位がどこであろうと俺は俺の中で常に一番だからな」
「いや投票の意味がないだろう。だがまあ……お前らしいとは思うが」
 ため息交じりに呟く手塚だが、口許が緩んでいる。いつでも強気な跡部景吾を、とても好ましく思っていた。
「ククッ、でもお前と同率ってのは嬉しいぜ、手塚。なかなかねえだろこんなこと。俺とお前はどこまでいっても同じ目線にいるってことだ」
「そうだな。やはり投票時、お前に票を入れておいてよかった」
「…………は?」
 跡部が目を丸くして手塚を振り向く。手塚の言葉をすぐに理解できなかった――わけではない。
「なんでお前が俺に入れてんだよ」
「一番好きな選手、だろう? 間違ってない。俺が参加してはいけないとは書いていなかったしな」
「そうじゃね……っああ、くそ!」
 どこか得意げに返してきた手塚に、跡部は悔しげに額を押さえた。若干頬が赤いように見えるが、気のせいではないだろう。
「……どこまで一緒なんだよ……」
「跡部?」
 俯いた跡部を、手塚が怪訝そうに覗き込む。
「…………俺も、お前に票入れてた、から」
 返された言葉に、手塚はぱちぱちと目を瞬いた。
 何のことはない、ただ互いに票を入れていたというだけだ。
「……そうか」
 どちらにしろ同票であったことには変わりないだろうが、23182票という数字の中に恋人の票が入っているという事実が、嬉しくて仕方がなかった。
「しょうがねえだろ、俺はあの時の試合からずっとお前が特別だったんだ」
「こちらの台詞だが。決着がつかなかったことに、悔しさも感じるが、やはり嬉しさの方が勝るな」
「テメーとの決着は、やっぱりテニスでしかつかねえってことだろ」
 同じ気持ちだったことに、跡部は嬉しそうにパッと顔を上げ、パチンと指を鳴らす。
「コート行くぜ手塚ァ!」
 同じ世界で、同じ目線で生きられる幸福を今から形にしようと、ジャージの上着を脱ぎ捨てた。
「望むところだ。来い、跡部」
 手塚も力強く頷き、ラケットを握る。
 二人でコートへと歩みだしかけたその時、ふと思いついたように跡部が「あ」と声を上げた。そうして手塚の襟元を掴んで引き寄せ、唇の傍で囁く。
「祝いだ、受け取りな」
 触れた唇は、永遠に続く熱の架け橋だ。
「おめでとう、手塚」
「お前もだろう跡部。おめでとう」
「ふふ、同率記念、だな。さあ行くぜ」
「ああ」
 もう一度軽いキスを交わして、今度こそコートへと向かった。同じ世界で、何度でも恋をするために。



 



2022/10/08