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2000.01.01

ここは個人の運営する二次創作BL小説サイトです。ご理解の上閲覧願います。また、年齢制限のある作品はそ…

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ここは個人の運営する二次創作BL小説サイトです。ご理解の上閲覧願います。
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今日のトレーニング

日々のつぶやき 2026.01.22

#筋トレ #プロテイン

宅トレ:腹筋メインご飯ガッツリ食べたせいかお腹しんどかった(馬鹿)プロテイン:ピチピチハッピーチそろ…

日々のつぶやき

今日のトレーニング

宅トレ:腹筋メイン
ご飯ガッツリ食べたせいかお腹しんどかった(馬鹿)
プロテイン:ピチピチハッピーチ
そろそろなくなりそう。リピートは無しかな。酸味が欲しい。これなくなったら鬼ベリー開けるんだ💕💕

#筋トレ #プロテイン

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今日のトレーニング

日々のつぶやき 2026.01.21

#筋トレ #プロテイン #ジム

宅トレ:腹筋メイン+サイクリングマシンジムトレ:脚メイン、ストレッチプロテインはいつも通り。昨日入れ…

日々のつぶやき

今日のトレーニング

宅トレ:腹筋メイン+サイクリングマシン
ジムトレ:脚メイン、ストレッチ

プロテインはいつも通り。
昨日入れた筋トレアプリ、サイドクランチがきつい😭
でも頑張るぞ。

#筋トレ #プロテイン #ジム

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次のエーステ、一応FC枠で申し込んだけど、無理だろうなぁ……。誕生日公演があるから行きたいんだけどよりにもよって日曜の東京楽なんだよ😓

日々のつぶやき

次のエーステ、一応FC枠で申し込んだけど、無理だろうなぁ……。誕生日公演があるから行きたいんだけどよりにもよって日曜の東京楽なんだよ😓
遠征するほどでもないが、1回は現地行きたいな。

#観劇 #エーステ

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今日のトレーニング

日々のつぶやき 2026.01.19

#筋トレ #プロテイン

宅トレ:サイクリングマシン30分、80kcal、5キロエニタイム:下半身中心筋トレ。レッグエクステン…

日々のつぶやき

今日のトレーニング

宅トレ:サイクリングマシン
30分、80kcal、5キロ

エニタイム:下半身中心筋トレ。レッグエクステンションがキツかった😭
絶対明日筋肉痛だわ。

プロテインはピチピチハッピーチ

平日夜は混んでるなぁ~😩

#筋トレ #プロテイン

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今日のトレーニング

日々のつぶやき 2026.01.17

#筋トレ #プロテイン

オタクジム卒業したのでエニタイム契約してきました。シャワーあるのありがたいよね。ストレッチラットプル…

日々のつぶやき

今日のトレーニング
オタクジム卒業したのでエニタイム契約してきました。シャワーあるのありがたいよね。

ストレッチ
ラットプルダウン
チェストプレス
ショルダープレス
アブドミナル
スクワット(バンド)

プロテインはハッピーチ。

#筋トレ #プロテイン

1000008095.jpg

先日、1年通ったオタクジムを卒業しました❣

日々のつぶやき

先日、1年通ったオタクジムを卒業しました❣
楽しかった〜🥰
1000008095.jpg

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クリスマスには早いけど

NOVEL,テニプリ,塚跡 2025.12.25

#ウェブ再録 #塚跡 #R18 #両片想い

 パシャパシャと足を踏み出すたびに水滴が跳ねて踊る。ドイツの天気予報を見てこなかったのは落ち度に違い…

NOVEL,テニプリ,塚跡

クリスマスには早いけど





 パシャパシャと足を踏み出すたびに水滴が跳ねて踊る。ドイツの天気予報を見てこなかったのは落ち度に違いない。
 これは傘を買った方が良かったのではないかと思うほど雨足は強くなったが、今さらだとも思われる。もう少しすれば、同じように隣を走る男の住む家だ。
「跡部、大丈夫か?」
「ああ、平気だ。お前こそ肩冷やすんじゃねーぞ」
「分かっている」
 前だけを見据える男の――手塚の眼鏡が水滴で濡れている。頬を伝う雨粒に、思い出すのはいつもあの日の出来事だった。
 初めて手塚と対戦した、あの暑い夏の日。もう十二月も下旬に差しかかろうというところなのに、思い出すのが夏の汗だというのはどういうことだ。跡部はほんの少し笑って、歩調を速めた。
 そうして手塚の住むマンションにたどり着き、招き入れられる。
「上がってくれ」
「ああ、邪魔するぜ」
「あ、すまない、少し待っていろ。今タオルを持ってくる」
 びしょ濡れとまではいかないまでも、二人ともそれなりに雨に濡れてしまった。跡部は大人しく玄関先で手塚を待って、ふかふかのタオルを受け取った。
「やっぱりこっちももう寒いな」
「この時期はどうしても冷える。コーヒーでいいか?」
「ああ、悪いな、サンキュ」
 髪と服と荷物の水滴を拭き取って、跡部はようやく手塚の部屋に上がり込む。
「手塚ぁ、何か服貸せ」
 キッチンへ向かった手塚を振り向きもせず、勝手知ったるといったふうに寝室の方へと向かった。「適当に着ていろ」と、手塚も気に留めていない。
 寝室に入って右手のクローゼットを開け、温かそうな長袖のシャツに腕を通した。ふわりと手塚の匂いを感じて、胸の高鳴りを覚える。
 今さらなあと呆れ果てながらクローゼットを閉めようとして、傍に見覚えのあるマフラーが掛かっているのに気がついた。
「これ……アイツ、まだ」
 跡部はマフラーの端をひょいと持ち上げて、安堵と気恥ずかしさに包まれる。深い緑のウールに、銀で刺繍がしてある。〝K〟と、ただ一文字だけ。手塚国光の名前の頭文字だ。
 お互いガキだったなと、初めての恋に喘いでいたことを思い出す。
 見慣れ過ぎたこのマフラーを贈ったのは五年前。中学最後の冬だった。



     情熱の行方 ― Side T ―



 手塚は、ぐっとラケットを握り直す。ネットの向こうでトスを上げる相手の指先をじっと凝視して、振り下ろされるラインを追いかけた。
 屋内のコートではあるが、ボールを追っている間は余計なことを考えないで済む。だからこそ手塚は全力でその球を打ち返した。
「チッ……!」
 舌打ちの音が聞こえる。思わぬラインだったのだろうか。裏をかけたことは嬉しくて、わずかに口の端を上げたけれど、すぐに気を引き締める。ひとつの油断が、取り返しのつかないことになる可能性だってあるのだ。気は抜けない。相手が相手だからこそ。
「この程度の揺さぶりで、俺を抜けると思うなよ、手塚ァ!」
 パァンと小気味よい音を立ててボールが返ってくる。手塚は意地でも返してやろうと足を踏み出した。
 ネットを挟んで対峙するのは、跡部景吾。氷帝学園テニス部の部長をしていた男だ。
 派手な外見と、おおよその予想を裏切らない派手なパフォーマンス。大勢の部員たちの頂点に立っていたカリスマ性は、他に類を見ない。
 だがその派手さの礎は、誰よりも研鑽を積み重ねた努力の塊だ。
 夏の関東大会で初めて試合をするまで、手塚は跡部景吾という男を誤解していたと思う。技術にあかせた、他人を蹴落とすばかりのプレイスタイルだと思っていたが、ぶつかった情熱は全然違うものだった。自分と同じほどの、同じ以上の熱量で、ただがむしゃらにボールを追うその様に、それまでになく高揚したことを覚えている。
 頂上決戦などと呼ばれていることも知っている。正直、接戦や観客の熱が入った試合は他にもあった。他の選手のでもだ。
 だが、あれ以上の試合はないと手塚自身思っている。
 あの日、あの時、あのコート上でしか繰り広げられなかった、唯一の試合。お互いのすべてをさらして、ぶつけ合った。
 肘をかばった肩に限界がきて、それでもラケットを置くわけにはいかなかった。青学に勝利を――それも確かに本音ではあったが、それだけが理由ではない。
 跡部がまだコートにいたからだ。
 そこに戻ることに、他にどんな理由が要るというのか。
 怪我人相手だというのに、いっさい手加減しないで球を打たれた。跡部景吾という男に抱いていた勝手な想像が、音を立てて割れた瞬間だったと思う。真剣に、全力で返すべきだとその球が語っていた。テニスにかける想いをあの時誰よりも理解して、共有していた相手。
 お互い部を次世代に引き継いで退いた今、物足りないと思うのは仕方がない。この黄色い球を全力で打ちたい。それを返せる相手と打ち合いたい。すぐに浮かんでしまった相手というだけだろう。
 同じ都内、拮抗した実力、部員たちを率いていたという事実。だが仲間というわけでもなく、対戦校だったおかげで遠慮も気兼ねもなく接することができる。後輩はもちろんのこと、同期たちにも、どこかで力をセーブしてしまうのだ。
 言うなれば跡部は、都合のいい相手だった。
 いささか語弊がありそうにも思うが、お互いが望んだ結果だ。手塚は手塚なりに、跡部が望むならと誠実に接してきたつもりだ。
 この、打ち返す球で。
 簡単に抜かせはしないと走る。お前ならこのコースでも追いつくだろうと腕を振る。「甘いぜ」と楽しそうにボールを打ち返されて、また――ぞわりと肌があわ立った。
 手塚は眉を寄せて歯を食いしばり、踏み込む。跡部は決めるつもりだったのだろうボールを打ち返してやれば、それにも食らいつく貪欲なラケットが目に入る。
 あちらも簡単に抜かせてはくれないなと、己の未熟さが浮き彫りになる。それを包み隠す勢いで、歓喜がせり上がってきた。
 全力で、真剣なプレイだ。
 お互い、あの日の再現をしたいとは思っていないだろう。それなのに、自分と対峙している時にそこまで全力で応えてくれることが嬉しくてたまらない。
 こうして球を打ち合う中で、跡部に特別な感情を抱いてしまったことには、ちゃんと気がついていた。
 インパクト音と同じタイミングで、心臓が高鳴る。跡部景吾が打ったボールを、今この瞬間見ているのは自分しかいない。返せるのも当然自分だけなのだと思うと、ぞくぞくするほど幸福だ。
 そんなことを考えていたせいか、一瞬反応が遅れる。その隙を跡部が見逃すはずもなく、見事に足元を撃ち抜かれてしまった。
「ハ、油断したな手塚ァ!」
 ビシッとラケットで指されて、さすがにむっとする。油断せずにというのが、手塚の信条であり口癖でもあるせいだ。
 油断などしたくない。できる相手ではない。ともに過ごすこの時間を、有意義なものにしたいというのに。
 憎たらしいな、と手塚は跡部を少し睨みつける。恋などしていなければ集中できていたはずだ。何を置いてもいちばん大切であるはずのテニスで、集中できなくさせる跡部景吾が憎たらしい。だが睨みつけた傍から、見惚れてしまいそうな自分に気がついて唇を噛んだ。
「どうしたよ、手塚。なんかおかしくねえか」
 そんな手塚に気づいてか、跡部がラケットを下ろしてくる。どうしてそんなに目聡いのだと、文句をつけたくもなった。反面、それだけ見てもらえているのかと恋情の方は嬉しがるのが面倒くさい。
「別にどうもしていない」
 どうにも説明できなくて、手塚は諦めたようにふいと顔を背ける。集中しきれなくて困っているというのは、言うべきではない。芋づる式に恋情まで気づかれてしまう。
 知られたくない。
 テニスという世界でつながっていたいのに、そこに不埒な感情を持ち込んだなんて、絶対に。
 想いが叶う叶わない以前に、軽蔑されそうで恐ろしい。そんなことに現を抜かしている場合じゃないだろうと責められそうで、初めての恋に浮かれきれない。ドイツへの留学を決めている以上、恋などしている場合でないのは事実だが、好きな相手には指摘されたくない。
「どうもしていない、……ねえ。手塚、まさか俺様の眼力(インサイト)から逃げられるなんて思ってねえよなぁ?」
 言いながら、跡部は片手で顔を覆う。相手の弱点を見抜くその瞳の力は本物で、手塚は思わず手を伸ばした。
「よせ、跡部」
 顔を覆った手を掴んで下ろさせ、そうしてからハッとして慌てて手を離す。とっさとはいえどさくさに紛れて触れてしまった。数秒にも満たない些細な接触にさえ、胸が鳴る。恋情というのは本当に厄介だと、手塚はため息を吐いた。
「別に俺は、茶化そうと思ってやったわけじゃねえんだが」
 バツが悪そうに、跡部が小首を傾げる。先ほどまであんなに好戦的だった青の瞳が、不安げに揺れているように見えた。
「分かっている。すまない、……見透かされそうで慌ててしまっただけだ」
「何か心配事かよ? 悩みがあるなら、早めに片付けておいた方がいいぜ」
「……ああ。心配をかけてすまないな」
「し、心配なんかしてね、……えわけじゃ、ねえが」
 跡部は汗で少し濡れた髪をかき上げつつ、ちらりと見やってくる。様子がおかしいので心配している、とその仕草からも感じ取ることができて、頭を抱えたくなった。
 跡部に好意を持たれているのは分かる。だがそれはあくまで好敵手としてであり、決して手塚と同じ意味ではないはずだ。それは分かっているから、期待させるようなことをしないでほしいと思う。
「ああ、くそっ、テメーのせいで気分萎えちまったじゃねーか」
 もうテニスを続けるつもりがなくなったのか、置いている荷物の方へ向かってしまう。残念に思う気持ちと、集中できないままでいたくなかった安堵がごちゃまぜになって、どんな顔でその背中を追えばいいのか分からなくなった。
「で、何をそんなに悩んでんだ? 話してみろよ」
 タオルで汗を拭きながら、跡部が話しかけてくる。その視線は真剣に心配してくれているようだ。気分が萎えたからというのも、どこまで本音なのか分からない。話せるわけがないだろうと思いつつも、気にかけてくれるのは嬉しかった。
 こんな時、人を好きになるというのは理屈ではどうにもならない感情なのだと思い知らされる。矛盾だらけで疲れるのに、跡部景吾につながるものならその疲労さえ心地よく感じるなんて。
「……なんでもないと言ったはずだが」
「なんでもなくて、俺様とのテニス中に上の空ってか? ふざけんなよ」
「それはすまないと思うが、どうしようもないことだ」
「そうやって決め込んで独りでため込むからだろうが。いいから話せよ」
 だんだんと語気が強くなっていく。好きだなんて言えるわけもない手塚と、悩み事で集中できていないのが気に食わない跡部と。どちらも負けず嫌いで頑固だというのが、事態をさらに悪化させていた。
「どうしようもないのは変わらない。お前に話しても仕方のないことだ」
 悩みの種である張本人に話せるものかと、手塚は顔を背ける。それが、ひどく跡部の癇に障ったようで、彼は驚いたように目を見開いて、次いで険しい顔つきになった。
「なんだそれ」
 低く不機嫌な声に遭遇してからやっと、手塚はハッとする。心配してくれた相手に対する態度ではなかったと思っても、もう遅かった。
「俺じゃ力不足だって言いたいのかよ? 俺にできねえことがあると思ってんのか」
「そんなこと言っていないだろう」
「俺がお前の中でどんな位置にいるか分かったぜ。テニスの役には立っても、悩み事なんざ話す対象じゃねえんだな」
 珍しく、跡部の顔が背けられる。いつも、いつでも前を見据えている跡部が、視線を逸らすなんて。
 そのまっすぐな瞳に惹かれているのだと、言ってしまえたらいいのに。
「違う、そういうことではない」
「違わねえよ。コートの中でしか知らねえヤツに、信頼なんか置けねえんだろ。ライバルを気にかけてんのは俺だけだってことだ」
 手塚は内心、焦った。どう言えば理解してくれるだろうか。
 跡部を信頼していないわけではない。確かにコートの中の彼しか知らないけれど、手塚にとってはそれだけでも充分信頼に値するのに。悩みを話すという行為ができないわけではない。話す内容が問題なのだ。
 誤解をさせたままでいたくないと、ぐっと跡部の肩を掴んで振り向かせた。
「違う跡部、聞け」
 跡部は眉を寄せたままだったけれど、ちゃんとまっすぐ見つめ返してきてくれてホッとした。――のも束の間、口の端が、いつものように強気に上がった。
「いいぜ、聞いてやるよ」
 それはイタズラが成功した時の子どものようにも見えて、ハッとする。はめられたと、今さら気がついて。
「そういう意味じゃない」
「男に二言はねえだろ。観念して吐きやがれ」
「跡部」
 楽しそうに笑う跡部を睨みつける。跡部はそれに青の瞳をひとつ瞬いて、海のように静かに揺らした。
「手塚、俺じゃお前の力にはなれねえのか? お前が何か困ってんなら、俺のできる限りでその憂いを払ってやる」
 言葉に詰まった。好きな相手にそんなことを言われて、嬉しくないわけがない。できるというのなら、どうか恋人になってくれと言いたいが、まあそんなことは無理だ。何しろ彼はつい先ほど、手塚のことをライバルだと言ったばかり。それ以上の感情など存在していないのだ。夢は見ないでおこう。
「……そんなに、深刻なことではない。お前に話しても仕方ないと言ったのは、俺の気持ちの問題でしかないからだ」
「深刻じゃねえと言いながら、なんて顔してんだ、手塚。話して楽になるなら、いくらでも聞くぜ?」
 ぽんぽんと背中を叩かれる。近くなった距離には胸が鳴ったけれど、跡部は純粋に、心配してくれているのだ。
 やはり、この想いは秘めておかねばならないと改めて思う。告げたら、きっとこんな距離にもいられなくなるに違いない。
 それは――嫌だ。この声が聞けなくなるのは嫌だ。この顔を間近で見られなくなるのは嫌だ。
 それくらいなら黙っていよう。ライバルとしてしか見られていなくても、意識の端にいられるのならいい。
「……お前は、驚かないんだな」
「アーン?」
「俺が悩みがあると言うと、大抵驚かれる。そんなに、悩まないように見えるのだろうか」
「あぁ……そうかもな。けど、この俺様でさえ悩む時があるんだ。お前が悩まないってことはねえだろ」
 自身を基準に考える辺りが跡部景吾だなと思うが、どこかホッとした。跡部でも悩むことがあるのかと。手塚は一つ瞬き、そっと跡部を見やった。
「お前も悩むことがあるんだな」
「学業でってのはないにしても、テニスのこと、部のこと、家のこと……悩む時はある。だが、その悩みを乗り越えてみせるのが跡部景吾だぜ」
 強気な口許が、「だからお前も大丈夫だ」と言ってくれているようで心強い。完璧に見える跡部だが、そうでもないようだ。それを自身で受け止められる人間というのは少ないのではないだろうか。
 苦しいなと視線を落とす。跡部景吾の強さと優しさを知るたびに、想いは大きくなっていく。叶わないのなら、これ以上大きくならなくてもいいだろうに。
「………………お前は、その、今挙げたこと以外で悩むことはないのか?」
「さっきの以外で? ……具体的にはなんだよ?」
「いや、その、何と言ったらいいか…………異性のこと、というか、そういうのは」
 詰まりながらも言葉にすると、跡部は目を大きく見開く。さすがにこの手の話題だとは思っていなかったのか、ひどく驚いているようだ。
「お前の悩みって、そっち方面か」
 瞬きの回数が多いのは、それだけ衝撃的だったからだろうか。決まりが悪くて、手塚は視線を泳がせる。ややあって、「そうか」と跡部が吐息と一緒に呟いた。
「つきあってる女か? お前ドイツ行くんだろ、遠距離なんてもんじゃなくなるな」
 手塚の懸念を先回りして読んだつもりなのか、気の毒そうに眉を下げる。手塚はずきりと心臓を痛ませた。
 分かっていたことだが、もし手塚に交際中の相手がいたとしても跡部はなんとも思わないということだ。
 いよいよ絶望的な初恋である。こくりと唾を呑んで、こっそりと太腿の横で拳を握りしめた。
「いや、まだそういう段階では、全然、ない」
「なんだよ、片想いか。遠距離でも続ける自信があるなら、言えばいいじゃねーの。相手の反応っていうか、距離感はどうなんだ? もしかしたら、お前の告白待ってるかもしれないぜ」
「…………言うつもりはない。まるで絶望的な恋だからな」
 男同士だというところからして、ハードルが高い。跡部の反応を見るに、希望は欠片もないし、やはり言ったところで関係が悪化する未来しかないだろう。
「……もったいねえことしやがる」
「怒らないのか、跡部」
「怒る? なんでだよ。犯罪級に歳が離れてんのか? 人妻にでも手ぇ出したんじゃねえだろうな」
「そうじゃない。テニスに集中するべき時なのに、気になってしまうというのは……お前にしてみれば気に入らないのではないかと思って」
 挙げ句、せっかく打ち合っていたのに中断させてしまった。跡部が言葉で言う以上にテニスに心血を注いでいるのは、ボールをかわしてみれば分かることで、あんな試合を繰り広げたのだから手塚もテニスに一直線であれと思っていそうだ。それなのに、悩みが色恋方面だったことに怒りもしないのか。
「お前も大概うぬぼれが過ぎるぜ。俺は確かにお前をライバルだと思ってる。だが、お前の悩みがテニス方面じゃなかったからって怒りやしねえよ。怪我のことか留学のことかと思ってた分、肩透かしは食らったがな」
 額から落ちて頬を滑った汗を拭い、跡部は口許を覆う。言いつつ笑っている様子はなくて、ふうーと大きめの呼吸が聞こえてきた。
「好きなヤツがいるなんて、普通のことだろ。何も恥じることはねえぜ手塚」
「……普通か」
 どこかで、ホッとする。テニスのことだけ考えていろと言いそうな男なのに、肯定されてしまった。まだ少しも跡部景吾という男を理解できていないのだと思うと、少し楽しみにもなってくる。まだ、理解するべき余地があるということだ。
「どんなヤツなんだ? カタブツなお前を射止めるんだ、相当な美人か」
 興味深そうに視線を投げかけてくる跡部に、手塚は考え込む。どんなヤツなんだというのは、こちらの方こそ知りたいくらいである。まだ、跡部景吾の一面しか知れていない。たった今、テニスに関わっていない一面のひとかけらに触れたくらいなのに。
「…………綺麗な人だとは、思う」
「フ、てめぇも隅に置けねえな、一人前にメンクイかよ」
「そういうわけではないと思うが。確かに目は惹くが、……その人であれば見た目がどうだろうと関係ない」
 本人を目の前にして賛辞を吐くというのは妙な気分だった。そもそもが賛辞というものに慣れていない。テニスの技術や努力に関しては称賛も口に出せるが、容姿やその他の行動に対しては、あまりしたことがない。不愉快ではないだろうかと、どさくさに紛れてじっと見つめながら言葉を選んだ。
「へぇ……。見た目じゃなくて、中身……魂に惚れたってことか」
 一人で納得したように頷く跡部の言葉に、目から鱗が落ちたような気分を味わう。
 魂に惚れた。
 それは、そうだ。
 敗北を味わってさえまだ前に突き進む強靱な精神と、揺らぐことのない青の瞳。それは魂が作り出す信念に基づいているのだろう。それを綺麗だと――美しいと思って、恋として育ってしまった。
「そうだな。きっと俺は、そういう意味では、敵わないと思う。負けたくない、競いたいと思うが、それとは別のところで、ずっと傍で見ていたいと思う。その魂に触れられる距離にいられればいいと」
 跡部景吾の魂に触れられるところにいたい。そう思うと、テニスという世界で出逢えたことは幸運だ。この恋が叶わなくても、同じ世界でつながっていられる。離れていても、彼ほどの男なら風が便りを届けてくれるだろう。
「……ベタ惚れじゃねーの。正直、お前がそういう恋の仕方をするとは思ってなかったぜ。フフ……逢ってみたいもんだな」
 呆れたように肩を竦める跡部を、軽く睨みつける。本人が何を言っているのだろうか。気づかれても困るが、欠片ほどでも頭をよぎったりしないのかと、目を細めた。
「睨むなよ、別にお前の女を取ろうなんて考えちゃいねぇ」
「……睨んでないし、交際しているわけではないと言っただろう」
 案外に鈍感なのだろうか、とも思う。魂に惹かれるほどの人間だなんて、そうそういないだろうに。普段あれだけ自信家なのに、なぜそういう好意に結びつかないのか。いや、好意を向けられすぎて、珍しくもないからこそ気づかないのか。
「告白、しねえのかよ」
「できるものならとっくにしている」
「………………なあ手塚よ。一応訊いてやるが、道ならぬ恋ってヤツにハマり込んでんじゃねえだろうな? その、血縁とか、やべぇとこのオンナだったり」
 どういう解釈をしたのか、跡部が気まずそうに訊ねてくる。詳しく訊いてもいいのかどうか迷うような瞳の色は、彼らしくない。そんな瞳は見ていたくないが、さすがに詳細を話すわけにもいかない。もっと揺らいでしまうことになる。
「おかしな心配をするな、跡部。そういったことではない」
「そ、そうか」
「……今の距離が、その関係が壊れてしまうのが、……怖くてな。笑うかもしれないが、拒まれるのが怖い」
「怖いって、手塚国光がかよ」
「俺が怖がるのはおかしいか?」
 訊ね返せば、跡部は目を瞠って次いで細め、「いや……」とゆっくりと首を横に振った。
「お前が、俺に〝怖さ〟を打ち明けるとは思わなかった。ライバルに心の内を晒すってのは、割と勇気がいるもんだろう」
 言いながら、跡部は壁にもたれて腕を組む。確かにこの歳になると、変な意地や羞恥も手伝って、怖いと音にするのがはばかられることはある。それが、好敵手と認めた相手ならなおさらだ。弱点を晒すことにもなってしまう。
「お前、それを口にすることで、俺が揶揄(からか)ったり攻める理由にするとは思わなかったかよ?」
「いや、それは考えなかった。お前が弱点を攻めるなら、正々堂々テニスで打ちのめしてくるだろう」
 驚いてか、跡部は顔を上げ、喜ぶべきか不満を漏らすべきか迷うように視線を泳がせる。
「弱点攻めんのに正々堂々ってな……」
 照れくさそうに唇を尖らせる様子に、心臓を撃ち抜かれた気分だった。恋情を抑えなければいけないこちらの身にもなってほしいと、手塚は跡部から視線を背けた。
「でも、お前の気持ちは分からないでもないぜ。今、その相手といい距離感保ってられてんだろ? そこに色恋を絡めることによって、ギクシャクしちまう可能性を考えるとな……」
 跡部は的確に状況を判断し、理解してくれる。それには正直驚いた。大勢の部員たちを率いていた男だ、周りをよく見ているのだろうと思っていたが、ここまでとは。もし同じ学校に通っていたら、どちらが部長に据えられていただろうかと、考えても仕方のない想像をしてみたりもした。
「相手が優しければ優しいだけ、たとえ気持ちを受け入れられても〝本当に好きでいてくれてんのか〟って考えちまうだろう。拒まれるにしたって、拒んだ相手の方が傷つくかもしれないって思ってんだろ」
「恐ろしいほどにその通りだな。眼力(インサイト)はそんなことも分かるのか」
 どれもこれもが一度は考えたことで、いっそ憎たらしくなる。そこまで分かるものならば、この気持ちにも気づいてくれていいのではないかと。そして盛大に拒んでくれればいい。その方がすっきりするというものだ。
「フン、眼力(インサイト)を使うまでもねぇぜ」
「じゃあ、お前はどうなんだ?」
「……アーン?」
「よく知らないが、女生徒に人気があるのだろう。交際を申し込まれたこともあるのではないのか? そういう時、お前ならどうするんだ」
「ねえが? 交際を申し込まれたことなんざ」
「は?」
 思わず、低い声を上げて聞き直した。
 何を言っているのだこの男は。
 言ったようによくは知らないが、跡部景吾は男女関係なく人気がある。青学にまで噂が届くほどなのだ、手塚の思い違いというはずがない。
 好意があるなら、親しくつきあいたいと思うのが普通だ。それにも関わらず、申し込まれたことがないというのはどういうことか。
「あまり面白くない冗談だが」
「本当のことだぜ。俺様の人気が高いのは否定しねえが、今まで一度も告白なんかされたことねえ。あ、イギリスにいた頃……いやあれは社交辞令だな。参考にならなくて悪い」
 もしかして、申し込みだと気づいていないだけなのではないだろうか。そう思いかけて跡部をじっと眺め、「ああ……」となんとなく察した。なるほど、跡部景吾に交際を申し込むなどということは、恋を諦めるより勇気がいるのだ。
 まず彼の放つオーラに負けない覚悟をもって目の前に立たなければいけない。それからひどく綺麗な顔をしたこの男に恋を告げる。――無理では? と容易に答えが導き出される。
 跡部景吾と同等の自信を持ち、強くなければ、告げることさえままならないのだ。それを考えると、跡部が一度も告白などされたことがないというのも頷ける。
「なるほど」
「何がなるほどだよ。なんかムカつくな。……しかし、お前がねえ……青学の女かよ?」
「いや、…………他校だ。テニスで知り合った」
「なるほど」
「何がなるほどなんだ」
 真似をされて、真似をし返して、跡部がふっと笑うのが目に入った。「お前らしい」と言われて、ああテニスだからかと納得した。交流会か大会などで知り合ったと解釈したのだろう。それは間違いではない。
 跡部が、どこかホッとしたような表情になった。
「テニスでつながってんなら、いいじゃねえか。最初はギクシャクしても、同じ世界で生きてりゃ理解し合える」
「そうだろうか」
「ああ。なにせテニスだからな」
 満足げに頷く跡部に、手塚こそ満たされる思いだ。テニスというスポーツに全幅の信頼を寄せるこの男が、本当に好きだと思う。
 それならば、言ってしまっていいのだろうか。拒まれるだろうが、テニスの世界でなら理解しあえるという彼になら、この想いを告げてもいいような気がする。
「だから手塚、ちゃんと言ってみろよ。お前の惚れた女は、お前の真剣な想いを茶化すようなヤツじゃあねえんだろ? 惚れたお前が、相手の価値下げてんじゃねーぞ。もし万が一駄目でも、この俺様が直々に慰めてやろうじゃねーの」
 相手の価値を下げるな――言われて気づく。
 拒まれるのは仕方ないにしろ、その後に関係が壊れてしまうのが怖いというのは、跡部がそうする男だと言っているのと同じことだ。最初は絶対に気まずいだろうが、跡部景吾はそんなことで揺らぐ男ではないと信じたい。
 それにしても、当人がどうやって慰めてくれるのかと思うと、愉快な気分にもなってくる。
 告げてみようか。お前が好きだと。
「俺のは無理だが、お前の恋は叶ってほしい」
 口を開きかけたその時、体中に衝撃が走る。ひゅっと呑んだ息が、そのまま止まったかのような感覚を味わった。
 ――俺のは無理だが――
 なぜ。
 なぜ気がつかなかったのだろうか。跡部の指摘が的確過ぎたのは、彼自身が叶わぬ恋をしているからなのだと。
 カタカタと震える歯を食いしばり、唾を飲み込む。全身から血の気が引いていくようだ。
「……跡部、お前にも、好きな相手がいるのだな」
 跡部は一つ瞬き、ハッとしたように眉を上げ、次いで寄せる。言うつもりはなかったらしく、珍しく油断している彼に不謹慎だと思いつつ胸が鳴った。
「……普通だろ、別に」
「…………そうだな」
 絶望的だ。もともとなかった希望が、ここで絶たれる。親身になってくれたのは、自分が叶えられない恋の代わりだったのだろう。なんて残酷なことをしてくれるのかと、心臓がずきずきと痛む。
「俺に恋を叶えろというのなら、お前だって努力をできるはずではないのか」
「こっちだってまるで絶望的なもんなんだぜ。優しいヤツだからな、拒ませたくねえんだ」
 跡部は寂しそうにふるふると首を横に振る。優しい相手なのだと言う彼の方こそ、優しい。拒ませることで傷つけたくないのだろう。それほどに相手を理解し、好きなのだと分かる。
 跡部の恋が叶えば、諦めもつくだろうか。
 手塚は高い天井を見上げ、ふうーと息を吐いた。
「跡部」
 そうして跡部に向き直り、口を開く。
「お前の恋が叶うように願っている。友として、心から」
 言えた。心臓の痛みは増したが、跡部が……跡部の瞳が諦めに揺らぐのは見たくない。恋が叶うことで、きっとあの瞳はより強く美しくなるだろう。それが見られるのならば、自分の恋を失うなど些細なことだ。
「ありがとよ。そっくりそのまま返すぜ、手塚」
 いつもの強気な顔で笑ってくれた。もうそれでいいとさえ思ってしまう。彼に好きな人がいるのなら、どうやったってこの恋は叶わないのだから。
「今日はもうやめにしておくか。少し衝撃的だった。まさかお前に好きな相手がいるとは」
「こっちの台詞だぜ。ったく……愚痴くらいならいつでも聞いてやるから、言えよ」
「いや、お前とは愚痴など言い合うよりもテニスをしたい。明日は空いているだろうか」
 惚れた相手当人に、恋が叶わないなどという愚痴は吐きたくない。テニスがしたいというのも確かに本音で、跡部の顔がパッと明るくなった。うっかりときめきかけて、踏みとどまるけれど、やっぱり無駄なことだった。
「明日、放課後。ここでいいか?」
「ああ。明日こそ勝つからな」
「ハ、それこそこっちの台詞だ!」
 やはり、自分たちはこの距離が最適だ。色恋など絡めず、テニスに全力で打ち込みたい。跡部ならば、その思いは分かってくれるはずだ。
 帰り支度をして、建物を出る。
「送るぜ?」
 跡部の呼んだハイヤーが停まっていたが、手塚は首を横に振って断った。今、これ以上跡部の傍にはいたくない。
「明日も楽しみにしている」
「遠慮深いヤツだな。……手塚、つらくなったら言えよ。俺が力になってやる。俺たちくらいの歳なら、好きなヤツがいるのも、恋に悩むのも、普通のことなんだから、絶対に俺を頼りな」
 車に乗り込んだ跡部が、窓を開けてまで告げてきてくれる。テニスに全力を注ぐべきだと恋を拒むことなく、頼れと支えてくれる。テニスがすべてでなくてもいいのだと、赦されたような気分だった。
「ああ、ありがとう。俺では力不足だろうが、お前もそうしてくれると嬉しい」
「分かった。じゃあ、明日な」
 ホッとしたような跡部を見送って、手塚も軽くはない足取りで帰途に就いた。



     恋に沈む ― Side A ―


 普通のことだ。
 ヘッドレストに頭を預け、跡部は目を閉じる。ゆっくりと呼吸をすれば、心臓の痛みは薄れていくように思った。
 十五歳、中学三年生の冬。そんな歳ならば、好きな相手がいたっておかしくない。思春期なのだから、むしろ恋愛方面に全振りされていたって不思議はないのだ。
 そうだ、普通のことだ。
 跡部景吾にさえ好きな相手がいるのだから、手塚国光に好きな相手がいたとしても、何もおかしくない。
 普通のことで、責める理由はどこにもない。ライバルである自分に、弱みにさえなりかねない悩みを打ち明けてくれたことは、むしろ嬉しかった。
 初めて好きになった人の、まだ見ぬ一面。
 跡部景吾は、手塚国光に恋をしている。
 だが皮肉なことに、手塚にも好きな相手がいるらしい。テニスに全力なのだと思っていたが、しっかりと歳相応の感情も持ち合わせていた。
 しかも、魂に惹かれているのかと言ったら否定しなかった。それほどに好きな相手ということだ。あの気の利かない朴念仁の手塚をして「綺麗」だと言わしめるほどの女というのが、羨ましい。同性である自分は、どうやったって対象にすらならないだろうに。
 跡部は、はぁー……と息を吐く。
 うっかり、自分にも好きな相手がいるのだと漏らしてしまったのは予定外だが、どこかで気づいてほしいという思いがあったのかもしれない。
 力になるからと言った時、ちゃんと笑えていただろうか。不自然なところはなかっただろうか。
 気づかれるような不覚は取っていないはずだが、あの男は予想の斜め上をいく時がある。油断などできない。それこそ、彼の口癖のようにだ。
 明日も逢えるのだから、気を引き締めなければ。
 友としてお前の恋が叶うことを願うなんて言われてしまったが、友人としては認識されているということじゃないかと、些細な幸せに浸る。
 元々なかった希望が潰(つい)えたくらいで、膝を折りたくはない。覚悟していたことだ。こんなふうに知ることになるとは思わなかったけれど、いつかは味わわなければならない、失恋の痛み。
「景吾様、どうかなさいましたので?」
 いつもと違う主の様子に、心配した運転手が声をかけてくる。跡部は体勢を動かさないまま、大丈夫だと告げた。
「家に着くまで少し眠る」
「かしこまりました。ごゆっくりなさってください」
 後部座席に、リラックス効果のある森林の香りが広がる。いつもよりも静かな運転を心がけてくれる気の利いた運転手に、ありがとうと呟いた。
 心臓の痛みは大分楽になった。恋も初めてならば、失恋も初めてだ。叶うとは思っていなかったが、叶わない恋というものがこんなにも苦しいものだなんて。
 それでも、恋などしなければ良かったとは言えない。
 相手が手塚国光ならば、この恋は自然のように思えるからだ。手塚が相手の魂に惹かれたように、跡部もまた、手塚国光のまっすぐで熱い魂に惹かれている。
 関東大会のあの試合。初めて対戦した時から、手塚に対する感情は育っていたのだろう。あのがむしゃらなプレイに、心が躍った。肩の激痛を堪えてまで打ち返してくる頑固な意地に背筋がぞくぞくとした。
 負けたくないというよりは、この球は必ず自分が打ち返してやるというプライドだったように思う。自分の中にあんな熱い感情があったことを、初めて知った日。汗で湿る手塚の手を握って掲げ、無二のライバルと決めた日。
 この想いに気づいた時には、さすがに冗談だろうと思った。
 ライバルとしてしか見られていないのは分かっていて、いや下手をしたら対戦校の元部長としてしか認識されていなくて、まるで絶望的な恋だ。それが今日決定的な失恋となってしまったわけだが、ある意味報われたとも言える。
〝お前とはテニスをしたい〟
 最高の言葉だ。テニスを続けている限り、あの男とつながっていられる。
 純粋な気持ちだけで続けていたかったテニスだが、手塚を好きになってしまった以上は仕方がない。秘めていれば、誰にとがめられることもないだろう。とがめていいのは自分ただひとりだけだ。
 ――――明日も……逢える……。
 それだけでいいだろうと、また痛みの増した心臓を押さえた。


 失恋が決定した状態で、想う相手に逢うのはつらいなと足を踏み出しながら思う。足取りは軽くない。放課後が近づくにつれて気分が沈んでいくのは自覚していて、何か用事でもできないものかななどと考えたこともある。
「跡部、今日ヒマだったらどっか寄っていかねー?」
 向日たちがそう言って誘ってくるのに、一瞬心が揺れかけた。気の置けない友人たちとなんのしがらみもなく楽しむことだって、大切な時間のはずだと。
 だけど、ふっと脳裏に浮かんでくるのはただひとりの男だけだった。
 ピンと伸びた背筋で、じっと前だけを見据えるその男の左手には、ラケットが握られている。
 跡部はハッとして、諦めにも似た思いで小さく首を振った。
「悪いな、先約があるんだ」
 そう言ってコートを羽織って学校を出てきたのは、二十分ほど前。普段なら車を使うところだが、少しでも着くのを遅らせたいという往生際の悪さにため息を吐く。
 どうやったって、手塚を好きだという事実はは今さら消せないし、テニスをしたいと言ってくれたあの時の歓喜を忘れることもできない。
 本当に嬉しかった。今手塚の中でいちばん大切なものがテニスであることは分かりきっている。恋の相手がどの辺りの位置にいるかは分からないが、その〝いちばん〟のテニスの相手に選んでくれるというのは、幸福以外の何者でもない。
 テニスを通して知り合ったと言っていたが、対戦できるほどの相手ではないのだろう。男性と女性であれば、どうしても力の差が出てきてしまう。テニスの腕に惚れたわけではないということにもなるが、それはもう、どうしようもない。
 応援はしてやりたい。手塚の初めての恋なのだろうし、どうにか叶うように祈ってやりたい。
 そう思う傍から、どうして自分ではないのだと愚かしい思いが這い上がってくる。
 どうしても何もないだろうと苦笑した。性指向が何かと取り沙汰される昨今だが、手塚が同性に目を向ける可能性は皆無に等しい。そもそも色恋に悩むとは思っていなかったのである。
 跡部だって、手塚に恋などしなければ、寄り添う相手は女性がいい。世界中の女が泣いてしまうだろうけれど、それを黙らせられるほどの器量を持つ人だって、この広い地球上ならばいたはずだ。
 どうして、手塚国光なのだろう。
 理由を挙げれば、初恋の相手として不足はないのだが、叶わないのは苦しい。足を踏み出すたびに、心臓の痛みが増していく。このまま家に帰ってしまいたい。そんなふうにさえ思うのに、待ち合わせの場所に手塚の姿を認めた途端にそんな考えは吹き飛んでしまった。
「手塚、待たせて悪いな」
「いや、つい先ほど着いたところだ」
 心なしかホッとしたように目尻が下がったのを見て、跡部も安堵する。負けてしまわないでよかったと。
 今日も顔が見られて嬉しい。苦しいのに嬉しいなんて、マゾヒストなのかなどと思うけれど、きっと世界にはこんな痛みもたくさん散らばっているのだろう。
 手塚も、好きな相手に恋を告げられなくてさぞかしつらい思いをしているはずだ。そういう意味では同志かもしれないなと、こっそり口の端を上げた。
「青学のテニス部はどうだよ? 海堂の様子は」
「ああ、まだまだ戸惑っているようだな。海堂も、他の部員たちも。三年生がいないということに慣れていないのだろう」
 ストレッチをしながら、世間話をしてみる。といっても共通する話題などテニスのことしかなくて苦笑い。もう少しプライベートなことに踏み込んでみたいと思う反面、踏み込ませてくれるはずもないなと思う。そこは、惚れた相手のテリトリーのはずなのだ。
「氷帝はどうなんだ? 人数も多いから大変だろう」
「だろうな。自分の強さだけに集中できねえし、後輩たちに気を配るってのは案外疲れるもんだ」
「お前は氷帝メンバー全員のプレイスタイルを覚えていると聞いたが」
 どこ情報だよと笑いながら、ラケットをくるりと回す。それは確かに事実だが、新部長である日吉にそれを求めるつもりはない。他の部員たちにも、同じやり方で通用すると思うなと言い含めてある。
「俺はワンマンでやってきたからな。不満もあったろうが、俺自身の強さでねじ伏せてきただけだ。日吉にはアイツだけのやり方を見つけてもらうしかねえ」
 幸いにも、支えてくれる同期はいる。鳳も、樺地もいるのだから、頼り頼られることを日吉には知ってほしい。そうやって、跡部景吾(キング)が率いていた時とは違う氷帝学園テニス部ができあがることだろう。
「ワンマンというには無理があるように思うが。氷帝のレギュラー陣には、ウチも苦しめられた。お前だけならば、俺たちももっと容易に勝ち進めただろう」
 手塚の放った言葉に驚いて振り向けば、まっすぐな瞳が向かってきていた。関東大会、全国大会、それぞれでかち合った組み合わせ。跡部一人だけの力というならば、跡部だけを標的に見据えられたはずだと、その瞳が物語っていた。
「お前だって、レギュラーのメンバーを信頼していたからこそのオーダーだったはずだ。青学もそうした。関東・全国と続けて氷帝学園と戦えたことを誇りに思う」
 言葉が出てこない。氷帝テニス部二百余名を率いてきたという自負を、そんなふうに言ってもらえるなんて。しかもライバルというだけでなく、恋情を抱いている相手にだ。
「しかし今だから言うが、全国大会もできればお前と対戦してみたかった」
 ――――かみさま。
 跡部は、崩れ落ちそうになる体をどうにか踏ん張る。
 もう一度戦いたかったと、手塚が言ってくれた。こうして放課後に打ち合えるだけでも贅沢なのに、あの日の試合が手塚の胸の内にもあるということが分かっただけで、幸福な気分だ。
 これ以上何を望むのかと、跡部は高い天井を仰ぐ。
 忘れることはできない。諦めるとも言えない。
 せめてこの男に誠実でいられるように、テニスに全ての情熱をかけようと、ラケットで手塚を指した。
「なんならあの日の続き、ここでするかよ」
 跡部は笑う。苦笑いでなく、諦めでもなく、心の底から嬉しいと思って、笑った。
「ああ、望むところだ。来い、跡部」
 手塚がわずかに目を瞠って、次いで力強く頷いてくれる。ぞくぞくするほど楽しいと、体を震わせてコートに入る。譲ってやったサービスは、手塚がトスを上げる様を見たかったからだなんて言えやしない。
 胸の痛みはインパクト音と共に心地の良いものに変わっていって、ボールを打ち返すたびに恋情が折り重なって、積み重ねられていく。
 ポイントを取って、取られて、時にはひどく長いラリーが続き、何度も視線が交わされる。今この瞬間だけは、手塚国光を独り占めしているのだと、ラケットを握る手に力が入った。
 いつまでこうして打ち合っていられるか分からない。いつまでこのボールを受けてもらえるか分からない。
 持てる全ての力で打ち込んでやろうと、いっそあの日よりもがむしゃらにボールを追いかけた。


     のがせない想い ― Side T ―

 今日は用事があって逢えないというメッセージを見返すたびに、残念に思う気持ちと安堵する思いが同居していることにため息が出る。
 分かったと返信した後に、『明日は?』と訊ねてしまう気の急(せ)きように不甲斐なさを感じる。明日は平気だと間を置かずに返ってきて、手塚はやはりホッとしてしまった。逢えるものならばできるだけ逢いたいのだ。学校が違うせいで、校内で顔を見ることは叶わないのだから。
 だけど、逢えば嫌でも思い出してしまう。彼にもちゃんと、好きな相手がいるということを。
 あまり話題に出さないようにしているのは、跡部が話したくなさそうだと感じているからだ――と言い訳をして、自分が聞きたくないという事実を丸め込む。
 彼の恋は叶ってほしいが、隣に立つ女性がどんなひとなのかは見たくない。どうしてそこは自分の居場所ではないのかと醜い感情が這い上がってきてしまう。
 恋が叶うことを願っていると告げたあの日、ちゃんとまっすぐ目を見ていられただろうかと思い返すことがある。
 だけど何度そうしても、跡部が寂しそうな顔をしていることしか思い出せない。
 叶わない恋をしていると言っていたが、諦めるのだろうか。跡部景吾が。馬鹿な、そんなはずがない。
 あれから一週間ほど経った今、ようやく跡部の想いを考えるに至ったが、らしくないのではないだろうか。あの強引で派手好きで手に入らない物は何もないとでも思っていそうな男が、なぜ恋だけ諦めるのだろう。
 道ならぬ恋にハマりこんでいるんじゃないだろうなと言った彼の方こそ、マズイことになっているのではないだろうか。もし人の道を外れるような相手だとしたら、これは――止めてやるべきなのか。
「手塚、手塚」
 名を呼んで肩を揺さぶられ、手塚はハッとした。振り向けば、大石が心配そうな顔をして覗き込んでいた。
「あ、ああ、大石。どうかしたのか」
「それはこっちの台詞だよ。そんなに深刻そうな顔でスマホ見てたら、心配にもなるだろう。何かあったのか? 良くない報せでもきたのか」
 握りしめた端末を指さされ、あ、と気がつく。物思いにふけって、ここが教室だということも忘れていた。
 もうすべての授業が終わり、今は放課後だ。教室に残っている人はまばらで、これから塾に行くだの寄り道するだのの会話が飛び交っている。なんということだ、HRの記憶が飛んでいる。それでも手塚はできるだけ表情を崩さずに、首を振ってみせた。
「いや、特にそういったことではない。心配をさせたのならすまなかった」
「ならいいけど……今日用事がないなら、一緒に帰らないか?」
「ああ、構わない」
 ホッとしたような大石を不思議には思ったが、手塚は帰り支度をすませて教室を出る。出たすぐそこで、何か話し込んでいる大石と不二を見つけた。不二は手塚を見つけて、声をかけてくる。
「やあ手塚。ボクも一緒にいいかな? 途中まで」
 断る理由もないと、手塚は頷いた。部活は引退したと言うのに、自然と集まってしまうものだなと玄関に向かいそろって歩き出した。
「しかし、珍しいな。菊丸はどうした」
「英二は進路相談だよ。さっき親御さん見かけた」
「ああ……なるほど」
「この時期はなんだかみんなそわそわしてるよね」
「ウチはまだマシな方じゃないかな? 高等部あるからさ。外部受験組は大変だよね」
 三年生ともなると、嫌でも進路の選択を迫られる。高等部に上がる者、外部の高校を受ける者、それは様々だ。中でも手塚は特殊だろう。
「手塚、準備は進んでる?」
 中学を卒業したら、ドイツへテニスを学びに行くというのだから。しかし準備も何も、手続きは済ませているし語学の勉強も日々怠っていない。あとは生活用品くらいなものだが、今から用意したって仕方がない。
「心配は無用だ」
「そっか……」
「ふぅん。じゃあ、きみの悩み事は全然別のことなんだね」
 まるで天気の話でもするかのような不二の声に、足が止まった。大石が気まずそうに頬を掻く。
「不二、直球過ぎるよ……」
「手塚相手に遠慮する必要があるとは思わないけれど。ねえ手塚、ボクたちには話せない悩みなのかな」
 話せる話せないの前に、まず驚くしかなかった。悩みがあるのだと気づき、踏み込んでくるとは思わなかったのだ。テニス部の仲間ではあるが、プライベートなことにまで首を突っ込んでくるような間柄だっただろうか。
「手塚、言いにくいことなら別にいいんだ。俺たちはただ、心配だっただけだから」
「…………そんなに、分かりやすい態度だっただろうか」
 大石たちの気遣いはありがたい。だが、同時に自分の不甲斐なさを痛感した。周りに悟られるくらいに頭がいっぱいだったらしい。
 夏の大会が終わって部を引退したからと言って、テニスのことを考えなくていいわけではないのにだ。
「分かりやすいっていうか……うん、まあ」
「ため息が多いのと、いつにも増して眉間のしわが深い。困ったことが起きてるのかなって、ここ一週間ほど、ボクたちの間じゃそのことで話題が持ちきりだったよ」
「そんなにか」
 手塚は珍しく項垂れ、顔を覆った。どうも自分が思っているよりずっと、衝撃的だったらしい。こんなのは自分ではないと思うと、ではどんな自分が自分なのだろうと深みにはまった。
「俺たちは手塚の力にはなれないのかい?」
 顔を上げて振り向くと、少し寂しそうな顔をした大石たちがいた。頼ってもらえないのが悔しいのだろうと思うすぐ傍で、あの日の寂しそうな跡部の顔がちらついて、もうどうしようもないなと己を叱咤した。
「……別のヤツにも、お前の力にはなれないのかと言われたが、俺はそんなに弱く見えるのだろうか。力を貸さないといけないように思われているのなら、それは俺が未熟だからだろう」
「その発想はなかったな。それはつまり、手塚だったら相手が弱く見えるから力を貸すってことじゃないのかい。きみはときどき、ひどく傲慢だよね」
「なるほど、傲慢か」
「ああコラコラ、ケンカしにきたわけじゃないんだから、難しいこと考えるなよ。友達が困ってたら力になりたいって思うだろう。なあ手塚」
 ぽんぽんと背中を叩かれ、それは同時に〝俺たちは友達だろう〟と言っているのと同義だなと手塚は唇を引き結んだ。友達ならば、困っている時助けになりたいという気持ちは、理解できる。自分自身がそうできるかどうかは別にしてだ。
 あの日〝力にはなれないのか〟と心配してくれたあの男も、自分を友人だと思ってくれているのだと考えると、胸が痛む。嬉しいのと同時に、友人の域を出られないのが悔しくて、もどかしい。
「……きっと、驚くと思うのだが」
「具体的にアドバイスできないかもしれないけど、話すことで楽になることだってあるだろ」
「人それぞれ考えることが違うからね。なにか解決の糸口くらいにはなるかもしれないよ、手塚」
 こんなことを話してもいいものだろうかと思うが、跡部には話せない。手塚は二人の厚意に甘えることにして、込み入った話になりそうだからと寄り道をすることにした。
 この時間帯のハンバーガー屋は騒がしい。しかしながら、手軽ということで三人はテーブル席が空いているのを確認して店に入った。隅のテーブルが空いていたのは幸運だった。
 神妙な面持ちの手塚が、いったい何をどう切り出してくるのかと、大石は緊張をしているようだったし、不二は限定の激辛フレーバーのポテトを前に上機嫌だった。
 手塚は砂糖とミルクを入れたホットティーを口に運び、一つ息を吐く。
「悩み、というか……自分の不甲斐なさに呆れ果てているだけなのだが」
「手塚がそこまで言うほどの……? 俺たちで何かアドバイスできるかな」
「テニスばかりしていて成績が落ちたとか?」
「いや手塚に限ってそれはないだろう」
「だってボクたちが驚くかもって言ってたじゃない」
「ああ、そういえば」
 二人分の視線が向かってくるのは、なんとも居心地の悪いものだ。どこか後ろめたいのは、恐らく彼らが想定していないだろう話題になるからだろうか。
「…………好きな相手がいるんだが、どうやったらこの気持ちをコントロール」
「げほっ」
「んぐっ」
 そこまで言ったところで、大石と不二が盛大にむせた。なんだ、と睨みつけてみれば、大石はともかく不二までが慌てて口許を覆っていた。
「ま、待ってくれ手塚、まさかお前の悩みって、恋愛方面……!?」
「予想外だな、ごめんさすがにボクもビックリしたよ」
 手のひらで遮られた声はくぐもっていたけれど、それでも二人の驚きは明確に伝わってくる。そういう反応をされるだろうなとは思っていたが、実際されると面白くはない。色恋沙汰に縁遠いと自覚はしていてもだ。
「えーと、つまり手塚は、その人のことが好き過ぎてどうしたらいいか分からないってことなのか? そういうのコントロールするって、難しいと思うけどな」
「テニスに集中したいのにずっと考えてしまう、ってことかい?」
 落ち着いたらしい二人が、順番に訊ねてくる。それを頭の中で繰り返して、手塚は視線を左に泳がせた。
「そういう思いもある。今はテニスに集中したいと、心の底から思っているのに……ふとしたきっかけでその人を思い出すと、思考がまとまらなくなる」
 さらに言えば、集中したいと思っているテニスに関わりのある人物なのが厄介だ。独りで壁打ちをしていても、向こう側に跡部を感じることがある。返ってきたボールを、跡部が打ったボールだと思ってしまうことがある。
 こんなことにうつつを抜かしていて、上を目指せるわけもないのに。
 だけど、好きにならなければ良かったとは思っていない。初めての恋の相手が、跡部景吾であることは誇りにさえ思う。
 何しろ跡部景吾だ。あのがむしゃらさと積み重ねた努力と熱量は、尊敬に値するだろう。そんな相手に惹かれたという事実が、どうしようもなく嬉しい。
「まだつきあってるわけじゃないんだ? 告白しないの? 手塚」
「手塚がテニスに打ち込みたい気持ちも分かるけど、もったいないよなあ。初恋だろう? あ、でもつきあえたとしてもものすごく遠距離になるのか……うーん……」
 ドリンクのカップを軽く振りながら訊ねてくる不二と、ポテトをつまみながら難しそうな顔をする大石に、手塚は小さく頷く。
「俺はこの想いを相手に言うつもりはない」
 言えるものならば言ってしまいたいが、困らせるだけだ。好きな相手がいるというのに、ライバルとしてしか見ていない、しかも同性から恋など告白されたら、気色が悪いだけではないだろうか。
「男らしくないぞ、手塚。そんなに悩むくらい好きなのに、どうして告白しないんだ」
「望みがないってことなら、むしろ言ってきっぱりフラレた方がすっきりするんじゃないかな。手塚だったらいけそうな気がするけどなあ……テニス馬鹿ってところを除けば、ステータスは高めだし」
「遠距離になるってとこはちょっとネックだけどなあ」
 二人ともドイツ留学のことを知っているせいか、交際を続けるのは難しいだろうと思っていつつも、告白をしないという選択をした手塚の背中を押したいようだ。しかし不二などは拒まれることが前提のように話してくる。まあフラレることは決定的なのだが、と手塚はわずかに天井を仰ぎ息を吐いた。
「相手には他に好きな人がいるんだ。俺の気持ちを告げて、煩わせたくない。……優しいヤツだからな、きっと傷ついてしまうだろう」
 あ……と二人が声を呑む。そういう事情か、と唇を引き結んだ。相手に好きな人がいると知っていて告白するのは、玉砕必至で、勇気がないとできやしない。手塚ならばそれも乗り越えるだろうが、何しろ相手のいることだ。手塚が言うように、相手を悩ませてしまうかもしれない。仲が良ければ余計にだ。
 そう解釈して、不二も大石も、無理に進める気はなくしたようだった。
「青学の子かい? 手塚が特定の女子と仲良くしてるの、見たことない気がするけど」
「いや、他校だ」
「ああ、相手の方は同校の人が好きとかかな。そっちの方が距離は近いだろうし、手塚としてはいっそ早くくっついてくれた方が楽かもしれないね」
 そうすれば諦めもつくのに、と不二はため息交じりに呟く。当事者でないせいか、深刻には捉えていない不二にどこかでホッとする。こんな事例は世界中にあふれていて、誰も彼もが思い悩むことなのだと思えた。
「それは理解できるが、少しばかり難しいだろう。向こうも、叶わない恋のようなのでな。らしくないとは思うが、諦めているようだった」
 あの日の跡部の顔が、目に焼き付いて離れない。跡部景吾をもってしても叶わないとは、相手はいったいどんな人物なのだろう。およそすべてのものが手に入りそうなあの男が、寂しそうに笑って諦める顔なんて、見たくなかった。その反面、もしかして自分しか知らないのではないだろうかと思うと、嬉しくもある。不謹慎にもだ。
「せめて向こうのは叶ってほしい。そう思う傍で、そのまま叶わなければいいと思う自分がいる。それに気づいた時、愕然とした」
 せめて友人として、彼の幸せを願っていたいのに、ずっとこのままでいたいと思う自分が汚らしい。こんな自分が彼を好きになる資格などあるのかと、胸をかきむしりたい気分にもなる。
「え? でもそれって普通じゃないのか?」
 そんな手塚に、大石の声が降ってくる。伏せがちだった目蓋を持ち上げてみれば、きょとんとした顔の親友がいた。隣の不二も、ストローでドリンクをすすってから「そうだね」と同意をする。手塚は呆然とした。
「普通、……なのか?」
「はははっ、だってそんな、聖人君子じゃあるまいし、ライバル応援するより自分がって思うだろ」
「嫉妬とか当然じゃないかな。ましてや他校なら、普段学校でどうしているか分からないわけだし。その彼女の幸せそうな顔を見たいって思うのと、自分じゃない男と並んでいるのは見たくないっていうのは、感情としておかしくないと思うよ」
 世の中きれい事ばかりじゃないからね、と意味深に笑う不二に、大石もうんうんと頷いたりしている。すっと、肩の荷が下りたような気がした。相反する二つの感情が自分の体一つに同居していても、おかしなことではないらしい。感じていた後ろめたさが、わずかに薄まったように思った。
「それに、相手も叶わない恋ならチャンスじゃないか。相談に乗ってあげたり、どこか気晴らしに連れていってあげたりすれば、お前の方に傾く可能性だってある」
「へえ、大石ってそういうこと言うんだ。意外だな」
「そっ、そうかな?」
「でも、戦略としてはセオリーでもある。相談に乗っているうちにだんだんと……っていうのは、良く聞く話だよね」
 手塚はぱちぱちと目を瞬く。その発想は頭になくて、世の中にはいろいろな恋があるものだなと変なところに感心した。
 しかし、テニスにだって戦略は付きものだ。自分が勝つために、相手を打ち負かすために、様々なボールを打たなければいけないのは当然のこと。それは根気のいることでもあり、悔しい思いも苦しい思いもした。そうして良い試合ができた相手は印象に残る。事実、跡部のことだってそうだったではないか。
「なるほど、テニスと同じだな」
「いやそこでテニスと結びつけるのは手塚くらいだろうけど。でも、防御だけじゃ勝てないのは分かるだろ」
「少し攻めてみたらいいんじゃない? ひとまず一緒に過ごせる時間を増やすとかね。連絡は取り合ってるんでしょ? その彼女と」
 手塚は黙って頷く。連絡を取り合っているどころか、週に何度も逢っている相手だ。それは決して色っぽい理由からではないが、その時間を減らしたいとは思っていない。
「しかし、攻めてみるといっても、どうしたらいいのか」
「彼女の好きな人の悩みを聞いてあげるとか。これはたぶんつらいだろうけどね」
「共通の趣味とかあるのか? だったらそれをもっと極めてみるとか。あとは彼女の趣味に興味があれば一緒にやってみたりさ。不二だったらほら、写真が好きな子とか嬉しいのかな。植物も好きだといいよね」
「あ、それはそうかも。サボテンの話もしたいけど、カメラの機能とか面白いんだよね。好きじゃなくても、興味持ってくれてると嬉しい」
 そうか、と手塚は小さく頷く。共通の趣味はいくつかあるようだが、今のところテニスしかできていない。いきなり一緒に読書をしようなどと言ったら驚かれるだろうか。あまり一緒に読書しているところを想像できない。というか、自分たちがテニス以外で共にいることを想像できない。だからこそ友人でライバルの域を出ないのだなと自分の中で落とし所を探した。
 しかし、悩みを聞いてやるというのはひとつの手かもしれない。跡部も聞いてくれたのだから、お返しにというのはおかしくないはずだ。明日にでも、なぜ叶わないなんていうのか訊ねてみようと細長いポテトを口に運んだ。
「ね、手塚。どんな子? 可愛い? 綺麗な人? 写真があれば見せてよ」
「……写真などない。どちらかと言えば綺麗な部類に入ると思うが、あれでいて可愛いところもあると思う」
 写真を見せなくとも名を告げればすぐに浮かんでくるような人物だが、さすがに言えやしない。整った顔をしているのは事実だし、負けず嫌いなせいか時々悔しそうに顔を歪めるところは可愛らしい。そこまで思って、大分重症だなと視線を横に流した。
「うわぁ~これは気になるなぁ。上手くいったら紹介してくれよな、手塚」
「相談に乗ってあげたんだから、それくらいはしてくれるよね」
 大石はそわそわしているし、不二は楽しそうに笑う。半ば強制的だった相談だが、少し気持ちが軽くなったのは事実だ。上手くいくことはないにしろ、いつか自分の気持ちが落ち着いたら話せるといい。
「善処しよう。聞いてくれて感謝する、二人とも。できれば皆には言わないでおいてくれ」
「うん、分かってる。きみの悩みが恋愛絡みだとは思わなかったから驚いたけど、そこら辺は分別あるつもりだよ」
「みんなには、録画してたはずのお笑い番組が録れてなくて落ち込んでたってだけにしておくよ」
「……………………まあ、それで頼む」
 なんて言い訳を捏造するのだとは思うが、色恋沙汰とは縁遠くて安堵もする。初めての恋だ、誰かに茶化されたりしたくない。叶わないことが分かっているのだから、それ以上のダメージは負いたくなかった。
 これがテニスだったら、叶わないと諦めることなんてしないのになと心の中で思って、何度か瞬く。
 もしかして、気分が晴れないのは、後ろめたいのは、そこだろうか。
 諦めるということが、自分の中であり得ないことになっているから、違和感がある。この違和感をなじませるのが先か、それとも諦めることを諦めるのが先か。
 テニスならば諦めないと言うのは簡単だ。高みを目指すために今まで鍛錬を重ねてきたのだから。
 恋はどうしたらいいだろう? まるで絶望的でも、ひとつの可能性に懸けるべきなのか、それともきっぱりと諦めてテニスに打ち込むべきなのか。
 どうにもすっきりしないなと眉を寄せる。こんな時はテニスをしたい。何も考えずに、あの黄色いボールを打ちたい。
 これからどこかコートに向かうか――そう考えていた時、スマホが着信を報せた。
「すまない、電話のようだ」
 恋のいろはとやらに話題を発展させていた二人に断りを入れて、ポケットから端末を取り出す。着信画面に表示された名前に、目を瞠った。
 ――――なんで、今なんだ。跡部。
 それは愛しい人の名前。
 悟られないように、慌てずゆっくりと通話ボタンをスライドさせる。
「――どうした、跡部」
 大石たちが、「跡部だって」「連絡取り合ってるんだ」などと驚いた様子ではあったものの、元部長同士ということを考えればおかしくもないはずだ。
『テニスしてぇ』
 短い一言。耳元で聞こえる要望に、思わず笑ってしまいそうだった。ちょうどテニスをしたいと思っていたところにこれでは、それも仕方のないことだが。
「今日は用事があると言っていたのはお前だろう」
『ばーか、終わらせたんだよ。で? 逢えるのか逢えねえのか』
「可能か可能でないかといえば、可能だが」
『まどろっこしい言い方すんじゃねえ。いつものとこで。いいな、待ってるぜ』
「分かった、では後で」
 短いやりとりで通話を終わらせ、手塚は焦らないように細心の注意を払って二人を見やった。
「すまないが、呼び出しを受けてしまった。そちらに向かわせてもらうが、相談に乗ってくれたことには本当に感謝する」
「え、あ、ああ。手塚、念のため訊くけど、今から逢うのって、跡部……なんだよな?」
「そうだが」
「あっ、そ、そうか。いや別になんでもないんだ。相談、またいつでも乗るからな」
「跡部によろしく。手塚、また明日ね」
 頷いてコートに袖を通し、バッグを担ぐ。いつでもテニスができるようにとラケットを持ち歩いてしまうのはもう癖というか、体の一部のようになっているせいだが、こんな急の誘いにも対応できるのはありがたい。
 手塚は二人に頷いて、店を出た。
「跡部と仲良いんだね。ちょっと意外……大石、どうかしたのかい」
「えっ、あ、いや、別に。親友としては背中を押してやりたいんだけどなあって」
「初恋だろうね、あれ。不器用そうに恋してるなあ……今までテニス漬けだったから、しょうがないのかな」
「まあそれは俺たちもそうだけどな、ハハハ」
 そんな会話が繰り広げられていることは知らないままで。


「今日は調子がいいな、手塚」
 いつもの屋内コートでひとしきり打った後、汗を拭きながら跡部がそう声をかけてきた。
 それは手塚自身も理解していて、首肯する。
「少し吹っ切れたせいだろう。俺の中にある想いはどうしようもないものなのだと」
 跡部を好きだということは、もうどうしようもない。彼の恋が叶うことを願う傍で、心から応援し切れないという矛盾も、おかしなことではないのだと大石や不二が気づかせてくれた。
「フ……ここ最近らしくなく沈んでやがったからな。迷いが晴れたのなら良かったんじゃねーの」
「ああ。いつかこの想いを告白できたらいい」
「頑張れよ、手塚」
 跡部がぽんと軽く左肩を叩いてくれる。そうしてからピクリと手を硬直させて、じっとそこを眺めている。いまだに左肩のことを気にかけてくれているという事実に、不謹慎ながらも胸が鳴った。
「跡部、平気だ」
「あ、ああ……」
 その手を右手でそっと握って外させ、治っているのだからと暗に告げてみせる。触れる口実ができたなんてことは、言えやしないけれど。
「お前は?」
「あん?」
「お前は、告げないのか。好きな人に、自分の気持ちを」
 訊ねてみれば、跡部がぱちりと目を瞬く。それはやがて、寂しそうに伏せられていった。やはり、跡部のそんな瞳は見たくない。
「俺はいいんだよ。最初からそういうのは――」
「諦めているなどと言うつもりじゃないだろうな、跡部景吾が」
 ぐっと言葉に詰まったようだ。プライドが許さないのか、手塚の圧力がそうさせているのか。諦めてくれた方が都合はいいのに、矛盾した想いは跡部の背中を押してしまう。
「言えねえ想いってのはある。お前なら分かるだろう」
「それは、分かるが……どんな人なんだ? 跡部が想いを寄せるんだ、よほどの人物なんだろうが……他に目を向けるつもりはないのか」
「どんなって……なんでそんなこと訊くんだ」
「気になるだろう、普通に。俺の好きな相手のことを訊いておいて、自分は話せないというのではないだろうな」
 う、と跡部が小さく唸る。照れくさいのか、視線が背けられた。プライドが高い男でも、こんなところは年相応の反応をするのだなと思って、見られた嬉しさの反面胸の痛みはひどく増した。
「……どうやっても敵わない人、だと思う。あんな熱いヤツ、世界中どこ探したっていやしねえよ」
「そうか……情熱的な人なんだな」
「ああ。だからこの先もしも他に目を向けられる時が来たとしても、ずっと……ずっといちばん好きなヤツだ」
 情熱的だというのは、何をもってして言うのだろう。テニスにこんなに情熱をかけている跡部がそこまで言うのだから、相当な熱の持ち主だろう。もしかしたら同じくテニスをしているのかもしれない。そうでなくても、何か一つのことに打ち込んでいるに違いない。
「跡部、それは……もしお前のことを真剣に想う人がいたとしても、変わらないのか? それでも構わないから自分のことも見てほしいと言われたら、お前はどうする?」
「どうするって……簡単に忘れろとも、諦めろとも言えねえし……そいつが俺の中の想いごと受け止めてくれるってんなら、考えなくもねえ……かな。フフ、こんな身勝手な男を本気で好くヤツなんざ、いるとは思えねえが」
「いや、いるだろう」
 現実にここに、一人いる。
 他に好きな相手がいると知っても、この想いは消えていかなかった。よりいっそう強くなったようにさえ思う。その一因は、跡部にある。
 気のせいかもしれないが、跡部は以前より綺麗になった。凜とした表情は、好きな人を想ってのことだろうか。叶わない想いがその瞳を深く強くさせているのならば、無駄なものだとは思わない。恋に喘ぎ、敗北し、また強くなるに違いないのだ。
 その様を、できれば傍で見ていたい。
 とはいえドイツに一緒に来てくれなどと言えるわけもない。そんなことを口にしようものならすぐさま張り倒されるだろう。
 しかしこの想いを告げて叶っても、跡部の中では永遠に二番目になるということか、とため息を吐く。まあそれでも構いはしないと手塚は思う。問題はどうやって自分の存在を彼の意識の中に埋め込んでやるかだ。テニスのライバルとしてでなく、恋愛対象として。
「跡部、その人とはちゃんと逢えたりする間柄なのか? 遠方にいたり、時間が合わなかったりするのなら、寂しくはないのか」
「余計な世話だぜ、手塚。お前はお前の恋に集中しろ。そうだ、何かプレゼントでも贈ってみたらどうだ? もうすぐクリスマスじゃねーの」
 集中しているからこそ訊ねているのだが、とは言えずに、なかなかの手強さに奥歯を噛みしめる。はぐらかされてしまった。
 だがプレゼントというのは有用かもしれないと思った。クリスマスという口実があるのは好都合だ。とにかく認識してもらわないことにはどうにもならない。
「プレゼントか。普通はどういうものが好まれるのだろうか」
「少し寒いがクルーズディナーとか部屋一杯の花束とか」
「お前が言うのは現実的ではない。俺の小遣いでそんなことができるわけないだろう」
 あ、と気づいたように跡部が小さく声を上げる。どうやら本当に理解していなかったようで、バツの悪そうな顔をした。この生活習慣の違いはいかんともしがたいもので、何をプレゼントしたらいいのか本当に分からなくなった。
「まあ待て、リサーチしてみようじゃねーの。インターネットっていう便利なもんがあるだろ」
「異論はない」
 手塚も頷いて、初心者二人はそろってスマートフォンを取り出す。クリスマス、プレゼント、中学生、とキーワードを入力して検索してみた。親や親戚からのという検索結果が多く、求めている物とは違っている。
 手塚はほんの少し悩んで、ちらりと跡部を見やる。
「なあ、親からって、普通はこういうのもらうのか」
「普通はというか、一般家庭は、だな。お前のところはお前の普通なのだから、それでいいだろう。しかし、これでは分かりづらいな……何か検索の言葉を変えないと」
「彼女って入れたらいいのか。あー出てくるぜ、俺たちの年代同士でってのが」
「なるほど」
 頷きつつも、彼女とは入れづらい。ターゲット層は同じでも、性別が違ってしまう。わずかに躊躇いつつ、彼氏というキーワードを追加して検索ボタンを押した。
 予算は二千円~三千円程度、あまり高価なものだと重く感じられてしまうので避けましょう、ということだった。
 跡部に限ってそんなことはないだろうが、何しろ手塚の小遣いの範囲でとなると妥当な金額でもあってホッとする。
「ふぅん……」
 跡部も、意中の相手にプレゼントを贈りたいのだろうか。リサーチのダシにされてしまったような感覚があるけれど、こんなことでいちいち落ち込んでいてどうするのだと、スイスイと画面をスクロールした。
「手袋とかあるな。確かにもう寒いし、いいんじゃねーの」
「ペンケースというのもあるが。あと、キーホルダーとか。文房具か……」
「お前の予算どれくらいだよ? あー……ここらへんが妥当なのか」
「跡部、お前が見ているページにも書いてあるかもしれないが、あまり高価だと相手に引かれるようだぞ。贈るなら気をつけろ」
「違っ……お前のリサーチにつきあってやってんだろうが!」
 言いつつも、頬がほんの少し赤い。やはり跡部景吾にも可愛いところがある。要因は自分でなくても、今その顔を作り出したのは自分だ。些細だと笑われるかもしれないが、新しい彼を見られて嬉しい。
「なあ手塚、お前だったらどんな物が欲しいって思うんだ?」
「……なに?」
「あ、いや、その……一般論ていうか、俺の感覚はどうもずれているようだからな」
 端末の画面と手塚とを順に見やってくる跡部に、思惑を理解した。やはり好きな相手に贈るものを見繕っているのだろう。いっそ何も参考にならない物を答えてやろうかなどといいう、意地の悪い気持ちさえ這い上がってきた。
「俺だったら、そうだな……タオルやリストバンド……グリップテープでもいいかもしれないが」
 ひとまず本当に参考になりそうもない物を挙げてやったら、跡部は少しして肩を震わせながら笑う。
 怒らないのかと不思議にも思うが、訊いてきたのは跡部なのだから、怒られる理由などないと気がついた。
「ふ、ククッ、いや悪い、いかにもテニス馬鹿のお前らしいなって思ってよ。フフ……なるほどね。もうちょっと色っぽい答えが返ってくるかと思えば」
「それ以外というなら……マフラーとか……だろうか。お前も言っていたように、寒くなってきたしな」
 もう十二月だ。朝晩は気温が一桁になることも多い。ひところのように朝早くから登校したり遅くまで残って学校でテニスをしたりすることはなくなったとはいえ、こうして自主トレやラリーに励んでいれば、寒さが凍みる。防寒具があって困ることはないどころか、ありがたいところだ。
「確かに朝晩冷えるしな。なるほどね」
 ふうんと口の端を上げる跡部に視線を向け、わずかに汗に湿る喉元を眺める。不埒な想いがせり上がってきて、頭を抱えたくなった。目に毒だから隠してくれないだろうかと思うが、普段から外気に晒されている喉元が毒だなんて、そんな考えを持つのは跡部をどうにかしたいという気持ちを持つ者だけだ。
 自分だけではないだろうなと手塚は思う。実際にどうこうすることはできずとも、頭の中でということは充分に考えられる。手塚だって何度もそうして彼を抱いてきた。後ろめたさが増大して、手塚はため息を吐いた。
 跡部への気持ちをもう隠しておこうとは思わないが、これはさすがに抑えなければいけない。恋情の延長上のものだとしても、こんな想いを抱えていることを知られて嫌われたくはない。
 誰だって、好きな人には好かれたい。
 好かれたい、と言わなければ伝わらない想いがある。胸に降り積もるこの気持ちは、ちゃんと告げなければ跡部には伝わらないのだ。
 ドイツに行く前に、認識だけでもしておいてもらいたいと、手塚は心を決めた。
「跡部、よければこれから買い物につきあってくれないか」
「ん? ……いいぜ、プレゼント買いに行くんだろ」
 跡部がわずかに硬直したような気がしたが、すぐにスマートフォンで車を呼ぼうとしている。手塚はその手を止めて、「歩いていける」と呟いた。
「近いのか。ならさっさと着替えて行こうぜ」
「ああ」
 言いながら、手塚は自分の着替えを手に少し跡部から離れた。好きな相手の着替えなど間近で見ていられるものか。そうでなくとも先ほど不埒な考えが頭をよぎったばかりなのだ。そんなことを知れば、跡部は傍で着替えることもなくなるのだろうなと眉を寄せる。こっそり視線を跡部に向ければ、彼の方も背を向けていてホッとした。
 つつがなく着替えを追えて、施設を出る。
「さみぃな」
「風が冷たくなったな。乾いているし」
「風邪引くなよ手塚」
「こちらの台詞だ」
「そんなにヤワじゃねーよ、ばーか」
 それこそこちらの台詞である。そうは続けずに、歩きながら先ほどまで続けていたテニスのことを話した。打てばすぐに返ってくるのはボールだけでなく、跡部の的確な答えもだ。それが心地良くて、いっそこのまま店になど着かなければいいのにとさえ思う。
 その願いもむなしく、来たかったショッピングモールに到着してしまった。跡部は来たことがなかったのか、きょろりと周辺を見渡している。
「ここには来たことがないのか?」
「ああ、いや、前に氷帝のヤツらと一緒に……ここじゃなかったかも。どこも同じように見える。……が、同じように見えるってのはそれだけ世間に求められてる形が分かってる経営ってことだな。需要がなければ同じもんはできねえだろ」
「そうだな」
 中学生の思考ではないような気もするが、そういえば彼はいずれ家の事業を継ぐ男なのだ。そういう目線から物を見ていてもおかしくはない。改めて、とんでもない男に惚れてしまったなと思った。
「ここならいろいろな物があるから、何か……良い物があればと思ったんだ」
「ああ、いいんじゃねーのか。俺もこういうところは新鮮で楽しい。いつもは外商が家に物持ってきて買うとかだからな」
「それならこういうところはさぞ楽しいだろう。プレゼントでなくても、いろいろ見て回るか」
「いいのか?」
 跡部が驚いたように目を瞬き、手塚はそれに頷く。途端に、パッと嬉しそうな顔をしてくれて、体が硬直した。「じゃあひとまずあそこ」と指をさして、つんと袖を引っ張ってくる跡部に、唐突に実感した。交際中のデートのようではないかと。そういう気分に浸りたいという思いがあったのは事実だが、こんなに実感できるなんて思わなかった。
 どうにか表情を崩さないようにして跡部の後についたが、こっそりとため息を吐く。
 ――――駄目だ、どうしても、好きだ。
 たとえ跡部に好きな相手がいても、自分が跡部を好きなことには変わりがない。跡部も言っていたように、もしこの先自分に他に好きな人ができても、いちばんはずっと跡部景吾なのだと思う。
 それをちゃんと伝えなければ。
 叶えるためというわけでなく、こんな想いが存在していることを、彼にも知っていてほしい。それでこの距離感が壊れてしまったら、また一から築けていけたらいいと思う。
「手塚、これ何に使うんだ? これは?」
 見知らぬ商品が所狭しと並んでいることに興奮を隠せない跡部に、使い方やメリットを教えてやる。
 比較的新しいものは手塚にも分からなかったが、裏の説明書きを見ればだいたいは理解ができた。手塚自身は必要としていないものではあったけれども。
「そんな便利なものがあんのかよ。値段これで大丈夫なのか? コストとか……利益取れてんのか?」
「大量生産だろう、こういうのは。一度ラインが決まってしまえばそんなに心配することでもないのではないか?」
「いや原料とか設備投資もそうだが、人件費とか流通の面でも……なんだよ?」
「いや、すぐそちら方面に意識がいくというのは中学生らしくないが、跡部であることを考えると当然なんだろうな。将来お前の会社で働く人間は良い環境に恵まれることだろう」
 まだまだ先の話だろうし、跡部景吾がどう事業に関わっていくつもりなのかさっぱり分からない。だけど、周りを引っ張っていくカリスマ性以上に仲間思いの彼ならば、関わる人々のことを一番に考えるだろう。一般企業に就職という道を考えたこともない手塚にとっては実感も知識もないが、手堅く良い経営ができるはずだと確信している。
「……フン、当然だろ。俺様が引っ張っていくんだからな」
 気の強いことを言いつつ、跡部は嬉しそうだ。それは純粋に応援すると強く頷いて、手に持っていた商品を丁寧に棚へと戻した。ここへ来た目的はプレゼントの買い物なのだから。今日買うことはないにしても、だいたいの目星はつけておきたい。
「アクセサリーとかどうだよ? ネックレスあるぜ」
「いや……どうだろう……つけてくれるかどうか……。というか好きでもない相手から贈られたものを身につけるだろうか?」
「そういうもんか。髪の毛結ぶリボンとかそういうのもか?」
「……長くない」
 好きな相手が女性だという前提で話が進んでいるせいか、どうしてもアイテムがそういうものになってしまう。可愛らしいネックレスやリボンを付けている跡部というのも見物だが、面白い物を見たいわけではない。使ってくれたら嬉しいが、せめて嫌がられないものでないといけない。
「じゃあ、使いやすいってことで文房具とか、……あ……」
 少し先に文房具をメインに扱っている店が見える。跡部はそれを指さして、見てみようと提案したかったようだが、不自然に声が止まった。
 文房具店の先に、季節物を取り扱う雑貨店がある。店頭に並べられているのは、手袋やマフラーといった防寒具だ。
「跡部、あそこも見てみるか?」
「え、あ、ああ。そうだな」
 そろって足を向け、置かれている商品に触れてみる。高級なものではないが、気軽に日常使いできそうなプレゼントとしては、妥当な価格帯だと思われた。
「こういうのなら、気軽に使ってもらえるんじゃねえのか」
「そうだろうか……もう持っていると思うが」
「そんなん、その日のファッションに合わせて使い分けるだろ」
 なるほどと頷く。跡部はファッションブランドも立ち上げていると聞いたことがあるし、そういう使い分けはお手の物だろう。いくつあっても邪魔には思わないかもしれない。使ってくれるかどうかは別にしてだ。
 ちらりと跡部を見やると、ひとつのマフラーを手に取ってじっと眺めていた。その横顔は今までに見たどんな表情よりも幼くて、優しい。胸が高鳴って、次いで痛んだ。好きな相手に贈る物を選んでいるのだろうか。
「手塚、これ」
「え?」
「イニシャル刺繍してあるみてーだぜ。世界に一個ってわけにはいかねえが、こういうとこで特別感を出してもいいんじゃねえの」
 跡部が、ほらと刺繍面を向けて見せてくる。端の方に、確かに英字が刺繍されていた。深い緑色の地に、灰色でKと。落ち着いた印象だ。
 あ、と小さく声を上げる。手塚のイニシャルはK・Tで、跡部のイニシャルはK・Aだ。二人とも、名前がKで始まることに今さら気づいた。
 なんという偶然なのだろう。これは好都合――いや、自分用に買ったとしてもおかしくないではないか。もし受け取ってもらえなくても、自分で使ってしまえばいい。それはいささかどころではなく悲しいところだが、無駄にならなくて済む。
「イニシャルか……」
「全文字そろってるわけじゃねえみてーだが。こういうところって在庫の取り寄せってできんのか? なかったら訊いてみるかよ」
「いや、問題ない。色も違うのがあるようだな」
 幸いにも、手塚が買いたいのはKの刺繍がしてあるものだ。色のバリエーションも、落ち着いたものから少し目立つ物まで様々である。
「決めたのか」
「色については、少し悩んでみる」
「そうかい。なら、俺は少し他のところ見てきてもいいか? アドバイスが欲しけりゃ力になるが」
「いや……大丈夫だ」
「ん、じゃあ後でな」
 ぽんと肩を叩いて、跡部は踵を返してしまう。彼にも何か、気になるものがあったのだろうか。少し、ホッとした。彼が好きな相手にプレゼントを選ぶところなど、見たくはない。アドバイスなどできやしない。彼と合流するまで、ゆっくり色について悩んでみようと商品の棚に向き直った。



     人の気も知らないで ― Side A ―

 手塚と別れ、他の客にぶつかりそうになりながら跡部は足早に通路を歩いた。
 高層階行きのエレベーター傍に、誰も座っていないベンチがあるのに気がついて、足を向ける。ドサリと腰を下ろして、膝に肘をつき項垂れた。
 アドバイスはいらないと言われて、正直ホッとした。
 ――――無理だ、手塚。
 できるわけがない。手塚が、好きな相手を想って真剣に似合う色を選ぶ手助けなど、いまだに胸にくすぶる恋情を抱えたままではできそうになかった。
 他のところを見てみたいと慌てて離れたが、不自然ではなかっただろうか。変に思われていないといいとゆっくり息を吐き出す。それは自分でも分かるほどに、震えていた。
「情けねえな……跡部景吾ともあろうものが……」
 テニスであればどんな厳しい鍛錬だろうと耐えられる。難題だろうとこなしてみせる。頂点を目指す者として、当然のことだ。
 だけど、これは無理だ。好きな相手を想ってあんなにそわそわしている手塚の傍にいるのは、耐えきれない。
 心がかき乱される。どんな女なんだ、お前には似合わないと、知りもしないのに悪し様に言ってやりたい凶悪な気持ちが這い上がってきて、不愉快だ。
 手塚の恋は叶ってほしい。そう思っているのは本当なのに、相反した汚い感情がある。
 どうしてあのマフラーを贈られる相手は自分ではないのだろう。
 そんなのは少し考えれば分かることなのに、納得しきれないでいる。対象外であると理解しているはずなのに、一緒にいる時間が増えれば増えるほど、長い時間をかければもしかしてという期待が膨らんでくる。
 そんなもしかしたらはあり得ないと何度も自分に言い聞かせ、頻繁に手塚をテニスに誘う。
 好きな女との時間を増やせと言っておきながら、断られないのをいいことに、自分が一緒にいられる時間を増やしてしまう矛盾。
 そんな愚かしい自分が嫌で嫌で仕方がない。
「早く……くっついちまえよ、頼むから……!」
 そうしたら何日か泣いて、泣いて、泣いて、吹っ切ってみせる。
 友人として、ライバルとして、生涯やり通してみせる。
 だから、どうか、早く。
 気持ちを隠して、純粋な友情を裏切って、あの男の傍にいる惨めさに終止符を打ってほしい。
 跡部は何度か深呼吸を繰り返して、気持ちを落ち着ける。こんなことはなんでもないのだと思わなければ、やっていられない。
 最後に息を大きく吐き出して、体を起こした。手塚はそろそろ買い物を終えただろうか。
 戻らなければと腰を上げたところで、高層階から降りてきたエレベーターのドアが開く。ぞろぞろと降りたってきた人々の中に、見知った顔を見つけた。
「あれっ、跡部」
「えっ、跡部? わあ、こんなとこで逢うなんて奇遇だな」
 それは、青学のテニス部元メンバー、不二と大石だ。跡部は気持ちを切り替えた後で良かったと思いつつ、口を開いた。
「よう、珍しいとこで逢うじゃねーの」
「うん、ちょっと上のアクアリウム見てきたんだ。跡部、手塚は一緒じゃないのか?」
「え?」
 なんだかそわそわとした大石が、指で上を指す。このビルに入っている施設のようだ。しかしなぜ、手塚の名が出てくるのだろう。一瞬体が硬直してしまった。
「あれ、跡部からの電話で呼び出されてたんだけどな。ボクたちちょうどその頃一緒にいたんだ」
「あ、ああ。手塚も一緒に来てるぜ。今ちょっと別行動しててな」
 不二も続けてそう言ってくる。手塚が友人たちと一緒に帰っている最中だったのなら、悪いことをしてしまったなと苦笑した。その傍らで、自分とのテニスを優先してくれたらしいのが嬉しくて、辟易とする。後ろめたくて仕方がない。
「そうなんだ。……あ、もしかして手塚、プレゼントでも買いに来たのかな。それなら邪魔しちゃ悪いか」
「そろそろ終わってんじゃねーのか。色に悩んでたみたいだが。俺ももう戻ろうと思ってたところだ」
 そっちの通路を右にまっすぐ……と言いかけたところで、大石はすぐさま踵を返す。手塚の買い物が気になるのだろう。邪魔はしないでやってほしいと思うが、彼ならその辺りの気遣いはできるだろう。しかしこの様子から察するに、この二人は手塚に好きな相手がいることを知っているらしい。
 相談できるヤツが他にもいたのだと安堵する反面、少し寂しくもある。
「大石はアクアリウム好きなのか?」
「うん。ボクも少し興味があったからね。あと、近くにカメラの専門店があったから、そっちにもつきあってもらったんだ」
「カメラ? お前は写真が趣味ってことか。いいな、風景写真か?」
「割となんでも。花も撮るし、裕太が好きなスイーツとかもね」
 テニス以外にも打ち込める趣味があるというのは良いことだ。言い方は悪いかもしれないが、どちらもがどちらかの逃げ道になり得る。疲れた時に、何か違うことで気分転換ができる。
 手塚が買い物をしている店へと歩きながら、これまであまりプライベートで接してこなかった相手の趣味に耳を傾けた。
「人物写真を自然に撮るってのが難しいんだよね。あ、今度跡部のことも撮らせてほしいな」
「俺様をか? 高いぜ?」
「テニス払いってありかな」
「いいな、楽しそうじゃねーの!」
 最低ラインにまで落ち込んでいた気分が、少し浮上してくる。ここで不二たちに逢えたのは、良かったと思った。この後も手塚と二人きりだったら、うっかり口を滑らせてしまいそうだ。
「でもこうして見てみるとテニス部の写真が多いな。あ、これ手塚だ」
 通路の端に止まって写真を確認する不二が口にした名前に、跡部の肩が揺れた。
 気づかれただろうか。いや、跡部景吾が手塚国光の――彼のテニスに執着しているのは周知の事実のはず。反応してしまってもおかしくはない。そう思いたい。
「手塚の写真……あんのか?」
「え、あ、うん。見るかい?」
 不二はカメラごと渡してくれる。小さな液晶の中には、相変わらず仏頂面で腕を組むジャージ姿の手塚がいた。青学の練習中に写したものなのだろう。
「そこらへんたぶんテニス部ばかりだよ」
「…………へえ、……いい写真撮るじゃねーの」
 数枚、他の写真も見せてもらう。ある所で、ボタンを押す手が止まった。
「あ……」
 手塚がボトルから水分補給している写真だった。
 浮かぶ汗と吸い口を咥える口と、喉のラインに胸が高鳴る。顔の熱が上がっているのが、自分でも分かった。破廉恥な想いをどうにか押し込めて、不二にカメラを返す。これ以上は気づかれてしまう。
「サンキュ。俺を撮りたくなったらいつでも声かけろよ」
「……うん、じゃあ遠慮なく」
 不二は言いながらカメラを鞄にしまう。不自然ではなかっただろうかと顔を背け、ドキンドキンと鳴る胸の上で、震える拳を握った。手塚の所に行こうと足を踏み出した跡部の腕を、不二がぐっと掴む。
「跡部。間違っていたら申し訳ないんだけど、君はもしかして…………手塚のことが、好きなのかな」
 不二を振り向いて、跡部は目を見開いた。もしかしてと言いつつ確信しているような彼の瞳に噓はつけなくて、跡部はわずかに眉を寄せて諦めたように息を吐いた。
「……ああ。お前の言う通りで間違いねえぜ」
 恋愛対象として好いていると言葉にはせず肯定する。手塚の写真があるということに反応してしまった時点で、気づかれるかもしれないという懸念はあったのだ。そして、手塚が好きだというこの想いを否定はしたくない。
「そうなんだ……少し、ビックリしたよ。ごめん」
「謝るこたぁねえ。お前の反応は正しいだろうよ。まさか俺が、なあ?」
 肩を竦め、足を踏み出す。相手が女性であったとしても〝あの跡部が〟と驚かれる可能性はあるのに、同性であるばかりかライバルとして接している男に恋をするなんて。
「誰にも言うなよ、不二。手塚にも」
「…………あのさ、跡部、その……酷なことを言うようだけど、手塚には好きな人がいるんだよ。今だってたぶん、その人へのプレゼントを選んでいるんだと思う」
 後を追ってきながら、不二が口にする。酷なことを言うとしながらも強い口調は、〝だから邪魔をしないでほしい〟なのか、〝だから諦めた方がいい〟なのか。
 悪意ではないだろうが、善意でもないのだろうなと思うと、手塚は愛されているなと感じた。跡部と同じ意味の感情ではなく、純粋に仲間として、手塚を想っていることが伝わってくる。
「ああ、知ってるぜ。しかもベタ惚れのヤツがいるってな」
「知っていて、どうして」
「知ったら消えてくようなもんじゃねえってことだろ」
 跡部が知っているということに驚いたようで、不二は追いついて隣に並んでくる。好きな相手がいると知ってしぼんでいく程度の想いであればよかった。そうすればこんな思いをすることもなかっただろうに。
 前方に、大石と何やら話し込んでいる手塚を見つける。どうやら買い物は無事に終えたようでホッとする。
「不二、これでも一応、アイツの恋が叶うように応援はしてるんだぜ。それでも、惚れたヤツへの贈り物選ぶのに最後までつきあってやれる度量はなかったがな」
 初恋でさえなければ、感情のコントロールの仕方を知っていたかもしれない。他の相手が好きだという男の傍で、なんでもないように笑っていられたかもしれない。だけど今さら言っても仕方のないことだ。跡部景吾の初恋は、手塚国光に捧げられてしまった。
「跡部……」
「憐れんでくれるなよ、不二。俺は俺なりに、このどうしようもない状況を楽しんでもいるんだ」
 およそ手に入らないものはないのではと言われる跡部景吾が、ただひとつ手に入れられないものがあるとすれば、手塚国光だろう。
 そんな経験はこの先できるかどうか分からなくて、こんなに悔しくて苦しい思いをすることも、果たしてあるかどうか。経験はあって困ることはない。
 この胸の痛みも、いずれ何かの糧になるだろう。いや、糧にして歩いていかねばならないのだ。自分は跡部景吾なのだから。
「跡部、それ……ちゃんと相談できる人いるのかい?」
「一応な。手塚が。もちろん惚れた相手の名は言ってねえが」
「本人じゃないか。ボクでよければ、いつでも聞くよ」
「ふ、ありがとよ」
 相談する気はないのだろうなと不二も分かっていて、肩を竦めながら足を踏み出す。跡部は躊躇って、それでも口を開いた。
「不二。恥は承知だ。ダメ元で頼むが、さっきの手塚の写真……データくれねえか」
 言えば、彼の目が珍しく大きく見開かれる。拒まれることは想定内で、友人としては手塚を変なことに巻き込まないでほしいだろうし、良く思われないことは分かっていた。
 それでも何か、手塚をいつでも見ていられるものが欲しい。誰に気づかれることもなく、とがめられることもなく、傍に在るだけでいい。
「タダではあげられないけど」
 その希望が見えてきた。見えてはきたが、提示されるものに少し眉を寄せた。対価が必要というのは理解できる。言い値で買おうと普段なら言えただろうが、跡部は俯いた。
「……悪い、手塚に値段はつけたくねえ」
 太腿の横でぐっと拳を握りしめる。欲しいけれど、金銭のやりとりはしたくない。写真に値段をつけることで、手塚の価値を下げてしまいたくない。それならばきっぱりと諦めてしまった方が楽だ。
「ふふ」
 不二の、楽しそうな声が聞こえて跡部は顔を上げる。
「本当に真剣に想ってるんだね、跡部。どんな値段をつけてくるかと思ってたけど、良かった。もちろんあげるよ、手塚には悪いけど、跡部なら変なことにはならないだろうし。秘密の恋ならなおさらね」
「…………ためしやがったのか」
「そういうつもりじゃなかったけど、結果的にはそうなのかな。ごめん、ボクはまだよく跡部のことを知らないから、どの程度の強さで手塚を好きなのか分からなかったんだ」
 にわかには受け入れがたいのだろうなと思う。気の迷いや執着の延長ならば、全力で手塚を守ろうとでも考えていたかもしれない。その思考は理解ができた。
「気の迷いなら楽だっただろうな。こんな面倒くせえ感情、アイツ相手じゃなきゃごめんだぜ」
「跡部って案外可愛いなあ……。あ、そうだ写真。タダじゃあげられないけど、データカード自分で用意してくれたら、それに移してあげるよ」
 にっこりと笑う不二に、跡部は目を丸くする。それは確かに、タダではないという意味にもなるが、不二にとってメリットは発生しない。彼はそれでいいのだろうかと探るように視線を返せば、小さく頷いてくれた。
「……サンキュ。この借りはいつか必ず返すぜ」
「楽しみにしてるよ」
 そうしてようやく手塚と大石の元へとたどり着く。
「欲しい物は買えたかよ、手塚ァ」
「ああ、無事に。お前は何も買わなかったのか?」
「これといって、何も」
 手塚の手には、小さなショッパーが提げられている。無事に目当ての物が買えたようでホッとした反面、いつ惚れた相手に渡すのだろうと考えると、胸が痛んだ。
「跡部と随分話し込んでたな、不二。どうかしたのかい?」
 来るのが遅かったと、大石が何気なく口にする。まさか暴露はしないだろうが、話題のごまかし方を一切考えていなかった。
「この先の広場にさ、大きなツリーあるだろう? せっかくだし見に行かないかって話してたんだ。跡部あんまりそういうところの見たことないんじゃない?」
「あ、ここの前の道路をあっちに抜けたとこだよね。今の時間帯ならライトアップすごいんじゃないかな」
 そんな話は一切していなかったというのに、自然に溶け込ませる不二周助という男の頭の回転速度を知る。大石にも大きなツリーというのには心当たりがあるようで、視線が外を向いた。
「そうなのか。跡部は、時間平気なのか?」
「俺は別に平気だぜ。お前こそいいのかよ」
「少し遅くなると家に電話を入れる。先に行っててくれ」
 手塚の返答に、もう少し一緒にいられると分かって嬉しくなる。表情に出さないように努め、不二たちを促す。
「迷子になったら電話してやるよ、手塚」
「結構だ。俺がお前を見失うことなどない」
 一瞬、何を言われたのか分からなかった。遅れて顔の熱が上がってきかけたが、こんなことで気づかれるわけにはいかないのだと足を大きく踏み出した。じゃあ先に行ってるねと背中をぽんと押してくる不二には救われた思いだ。それに連動するように、手塚国光を憎たらしく思った。
「跡部、平気かい?」
「余計な気を遣うんじゃねえ。……ったく、人の気も知らねえで……!」
「そりゃあ、言ってないなら知らないよね。手塚を責めるのはお門違いだと思わないかい」
 正論でしかない。不二は手塚の恋を応援するのだろうに、無責任なことだと笑う。事実として彼に責任などないのだが。
「当たって砕け散れってか? アイツが傷つかねえなら、それも有りかもな」
「跡部をフッたって、手塚はあっけらかんとしてると思うけどな。あ、いや、でもどうだろう。恋愛に興味ないと思ってたけど、自分に重ねてしまうかも……?」
「まあ、アイツが憐れみで俺を受け入れるとは思わねえがな。それよりさっさと行くぜ。大石が不審に思うだろう」
「うん、ごめん跡部」
「謝んな。お前は手塚の恋をきっちり応援してやれよ」
 少しでも可能性があるのなら告げてみたい。
 だけど少しでも手塚が傷つく要素があるのなら、言えやしない。
 ただでさえ、応援すると言いつつ手塚との時間を独り占めしたがる卑怯な自分に嫌気が差すのに、手塚の都合を無視して想いは告げられない。
 いつか笑い話にできる時がくるまで、この想いは秘めておこう。そう思いながら、乾いた風に身を震わせた。



     二十五日には早いけど ― Side T ―

 跡部たちに少し遅れて外に出ると、随分と気温が下がっていた。十二月ももう下旬に差しかかろうかというところで、すっかり真冬だ。吐き出す息も白くて、手に提げた戦利品がこれから活きてくるだろうと思われる。
 受け取ってもらえればの話だが。
 ここで大石たちに逢ったのは驚きだった。ファストフード店で別れてからこちらに来たのだろう。少し気まずいのは、買い物の理由を気づかれているだろうなと思うからだ。よりによって、好きな人がいると相談したその日に出くわしてしまうなんて。
 大石は何も言わなかったが、そわついていたところを見るに、絶対に気がついている。相手までは分からないだろうが、やはり照れくさい。
 人混みを縫って足を踏み出す。視線の先に、ひどく目立つ金の髪を見つけた。跡部だ。人混みの中でも見失うことはないなと思い、そういえば先ほどとんでもないことを言ってしまったのではないかと気がついた。
 変に思われていないといいが、と少し視線を逸らすが、この気持ちを告げると決めた以上跡部がどんな反応をしようと受け止めなければいけない。
 視線に気がついたのか、それとも追う足取りを気にかけてくれていたのか、跡部が振り返った。
 ホッとしたような表情は、一瞬後にひどく嬉しそうなものに変わる。
 胸が躍って、ドキンドキンと音を立てた。
「手塚、雪だぜ」
 跡部は白い息を吐きながら、パチンと指を鳴らす。それでようやく、ちらちらと白い雪が降り始めたのに意識が向いた。どうりで寒いわけだと、わずかに首を竦め視線を上にやる。
 ――――初雪、だろうか。
 もしかしたらもうすでに最初の雪は降っていたかもしれないが、手塚が今年目にしたのはこれが初めてだ。
「積もりはしないだろうけど、明日も寒そうだなぁ、これ」
「予報じゃ雪なんて言ってなかったよね」
 三人と合流して、大きなツリーがある広場へと向かう。不自然ではない程度に跡部の傍に寄れば、綺麗な横顔が目に入る。白い雪が、それを際立たせているようにも見えた。
 いつ渡そうか、と左手に提げた小さな袋を見下ろす。せっかく隣にいるのだから今渡した方がいいのか、それともクリスマスに渡した方がいいのか。しかし跡部はクリスマスなど忙しいだろうし、と思い悩んでいるうちに、ツリーに到着してしまった。
 まるで光の祭典だ。
 大きな木にちりばめられた電飾の光が、雪の白さとあいまってさらに彩られる。木の枝と地上を結ぶように伸びたリボンの端には、プレゼントを模した光のアートが配置されていた。
「夜だとやっぱりライトアップすごいな」
「星形のライトが可愛い。あそこにあるのトナカイかな」
「へぇ……なかなか面白いじゃねーの。毎年こんなふうなのか?」
「大きめの商業施設とか、こういう広場はこんな感じだよ。夜はデートスポットになるし」
 跡部も楽しそうにツリーを眺めていたが、不二の言葉には苦笑したようだった。
「手塚、それいつ渡すんだ?」
 大石が声をかけてくる。そうだ、いつ渡すか考えていたのだったと思い出して、提げていた袋を腰の辺りまで上げてみる。好きな相手に贈るというのは知られてしまっていて気まずいが、今はそんな些末なことを気に留めている場合ではない。
「クリスマスに渡したいとは思っているが……相手の都合を聞かないといけない」
「今年って日曜日だもんな、クリスマス。平日だったら放課後にちょっと逢ってっていうのも気軽にできただろうけど」
 手塚はこくりと頷く。テニスをしたいと言えば誘いを受けてくれるだろうか。いや、しかしすでに予定が入っていたらそちらを優先するだろう。
 それに、跡部にだって好きな相手がいるのだから、その人と過ごしたいと思っているかもしれない。
「休日に呼び出すというのは、それだけで悟られてしまわないか……? しかもクリスマスだなんて」
「いや悟られていいんじゃないのか。プレゼント買ったってことは、ちゃんと好きだって言おうと思ってるんだろ?」
「それはそうだが」
 叶わなくてもいい、認識だけしておいてほしい。隣に佇む、跡部景吾に。
 ちらりと見やると、ぐっと引き結ばれた口許が目に入る。彼も、好きな人のことを考えているのだろうか。ずきずきと心臓が痛む。
「クリスマスにも雪が降るといいね。ロマンチックじゃないか。今日みたいにさ」
「……クリスマスはともかく、今日はヤローだらけでロマンチックも何もねえだろ。こういうのはやっぱり隣に惚れ――」
「そうか? 俺はお前と雪が見られて良かったと思っているが。今年初めて見る雪だ」
 降ってくる雪を見上げながら呟く。そうしてからハッとした。告白しようと決めたせいなのか、気持ちがどんどんと言葉になっていってしまう。さすがに気づかれたかもしれないと思い跡部を振り向いた。
 珍しく、視線が合わない。それどころか、顔ごと背けられている。全身から血の気が引いていったように思えた。いつでもまっすぐに向かってきている跡部景吾の視線が、あからさまに逸らされるなんて。
 やはり、気づかれたのだ。これは拒絶に違いない。
 渡せなくなってしまったなと、手塚は袋を提げる手をすっと下ろした。
「そう……いうのは、惚れたヤツに言ってやれ、このテニス馬鹿が」
 ぼそりと呟く声が耳に入る。気づいていないのかと目を見開いた。たった今、惚れた相手に言ってしまったというのに。これはちゃんと告白をしてプレゼントを渡すチャンスが失われていないということだが、やはり跡部には届かないということでもある。
「……悪い、ちょっと、……帰る」
「跡部、ねえ、ちょっと、平気?」
「不二、写真の話、なしでいい……悪い」
 言いながら、跡部は一度も手塚を見ようともせずに人混みへ消えかける。不二は追いかけようとしたようだったが、途中で踏みとどまって振り向いてきた。
「手塚、今のはちょっとどうかと思うよ」
 責めるための声音が突き刺さる。だけどその棘を抜くかのように力強い手が、手塚の右肩を掴んだ。
「何してるんだ手塚、早く追いかけろ! ちゃんと言うって決めたんだろ?」
「え……」
 跡部が消えた方向を指さす大石に、目を瞠って言葉を飲み込んだ。まっすぐに見つめてくる瞳は確信的だ。
「大石……なぜ……」
 なぜ気づいているのだと、最後まで口にはできなかった。大石がぐっと肩を押してきたせいだ。
「ほら、見失ってしまうだろう、手塚」
 気づいていながら、背中を押してくれる友人にためらいながらも一つ瞬けば、こくりと力強く頷いてくれる。
 それで、腹は決まった。
「大丈夫だ、見失ったりはしない」
「ああ、そうだったな」
「二人とも、感謝する。俺たちのことは気にせず、先に帰ってくれていい」
 そう言って、手塚は足を踏み出した。跡部が消えた方向へと。
「追わせて良かったのかな、大石」
「うーん、ちょっと心配だけど。でも、俺たちじゃどうしようもないだろ? あれは」
「大石が気づいてるとは思わなかった……いや、今まで気づかなかったボクたちが鈍かったのかな。あからさまだったもんね」
「少しビックリしたけどね。でも、なんであんなにあからさまなのに、気づかないんだろうなあ……跡部って鈍いのかな」
「え? 待って……大石が言ってるのって、跡部のことだよね?」
「ん? うん、跡部のことだけど」
「鈍いのは手塚じゃないの?」
「えぇ? いやいやいや……」
 微妙に話がかみ合わない、と二人はそろって同じ方向に首を傾げる。
 大石が言っているのは跡部のことだ。手塚が想っている相手として。
 不二が言っているのも跡部のことだ。手塚を想っている一途な王様。
「ひょっとしてボクたち、大事な可能性を見落としているのかな」
「そ、そうかもしれないな……」
 気にしないでいいと言われたけれど気になるなあと、二人はお互いの齟齬を解消するために近くのカフェへと足を向けるのだった。


 人と人の隙間を、ただ前に進む。ぶつかりそうになって小さく謝罪し、ぶつかっては頭を下げ、手塚は跡部を追った。
 見失うことはない。見失いたくない。あの綺麗な金の髪が揺れる様を、ずっと見ていたいのだ。できればすぐ傍で。
 このマフラーを渡してしまえば、それも叶わなくなるかもしれないけれど、もう想いはあふれ出してしまった。止めてなどいられない。
 応援してくれると言うのなら、受け止めろとは言わないが聞くだけでもしてほしい。まったく弱気なものだと、手塚は歩幅を広めた。
「跡部、待て」
 声が届くだろう距離にまで詰められた。しかし、呼んだのに彼の足が止まることはない。聞こえていないのだろうかと、もう一度呼んだ。
「跡部!」
 速められた歩調を追って、手を伸ばす。逃げられる寸前で腕を掴めば、振り向きざまに振り払われた。
「……っんでテメェは、ああいうことを俺に言いやがるんだよ……!」
 振り向いた跡部は、悔しさに顔を歪めて恨みがましげに吐き捨ててくる。先ほどのことが癇に障ったのだとは分かっていても、ではどうすれば良かったのかと手塚は口を引き結んだ。
 悪いとは思っていないから、先ほどのことに対して軽々しく謝罪はできない。
「お前にあんなこと言われちまったら、俺はどうすりゃいいんだよ……こっちは必死に抑えてんだ、ふざけんな……」
 跡部がだんだんと俯いていく。通行人が邪魔そうに肩にぶつかっていくのを見て、庇うように建物の傍へと押しやった。跡部の様子が変なのは、自分がおかしなことを言ったせいかと体が冷えていく。いや、跡部にとってはおかしなことかもしれないが、手塚にとっては大事なことだ。
「お前に不愉快な思いをさせたのは分かった。だが他にどう言えばいいのか分からない。お前の気に入る言葉というものがあればいいんだが」
 初めての恋でなければ、もっと上手く言えていただろう。ゆっくりと時間をかけて、この胸の内を知ってもらえたかもしれない。
 手塚はプレゼントの入った袋を提げた左手を見下ろす。ゆっくりと手を上げ、眉を寄せた。
「これはもう、受け取ってもらえないのだろうな」
 小さく息を吐く。この吐息と共に恋心も空気に溶けていってくれないかと思いはしたが、無駄なことだった。目の前にいる男には、これからも焦がれ続けるだろう。そう思って、伏せかけていた目蓋を持ち上げた。
「……なに……言ってんだ……手塚……?」
「――なに、とは」
 跡部は不審げに眉を寄せ、首を傾げている。まさか気づいていないはずはないだろう。これだけあからさまに想いを示してしまい、大石でさえ気がついたのに、当人が気づかないなんてことが――。
「好きなヤツにやるんだろ、それ……お前はまだ望みがあるじゃねえかよ」
 困惑した。あれだけのことを言ったのに、やはり跡部は気がついていないらしい。つまりはこの好意を恋だと考えるつもりがこれっぽっちもないということだ。
 だが、それならばなおさらしっかりと伝えなければならない。このままでは宙に浮いたままになってしまう。
「いや、どうも望みはなさそうなんだが……俺はこの想いに対して、せめて誠実でありたいと思っている」
 後ろめたさも、いたたまれなさもある。しかし、噓は吐きたくないし、もう隠しておきたくない。
「分かってる……だから、応援ならしてやるって言ってんじゃねえかよ」
「いや、応援は結構だ。そんな気があるなら、俺の気持ちをちゃんと聞いてほしい」
 望みが欠片もないと分かっていても、告げたい想いが存在する。初めてだからこそ、中途半端な恋にはしたくなかった。
 手塚はすっと跡部に向けて紙袋を差し出す。跡部の瞳は、不思議そうに瞬かれた。
「望みは欠片もないと分かっている。だが、どうかお前を想っていることだけは理解していてほしい」
 告げた言葉に、跡部の瞳が見開かれていく。ようやく明確に伝わったらしく、それはただ一点だけを見つめていた。
「お前が好きだ、跡部」
 追い打ちのように音にした想いに、青の視線がゆっくりと上昇してくる。じっと見つめる手塚の瞳と出逢って、三秒。跡部の目は差し出した紙袋と手塚の顔とを数度行き来する。
「お、…………れに……?」
「ああ」
「おま、えが?」
「そうだ」
 強く言い放つと、よろりと跡部の体がよろめく。どうにか踏ん張ったらしい足とビルの壁に支えられ、倒れ込むことはなかったけれど。
「手塚、が、俺の……こと」
「驚かせてすまない。できれば受け取ってほしいが、無理ならそう言ってくれ」
「無理じゃねえよ! 無理じゃ……ねえっ……」
 跡部は髪をかき上げて、くしゃりとかき混ぜる。ちらりと見えた瞳は、海みたいに揺らいでいるように思えた。文字通り頭を抱えてしまった跡部の前で、まだ受け取ってもらえない紙袋が揺れる。
「くそ、なんだこれ……」
 ふるふると小さく首を振り、跡部は声を震わせる。大分混乱させてしまっているのだなと、手塚の眉が下がった。
 これは、無理か――と諦めて、差し出していた手をすっと下ろす。それにハッとしたように、跡部が顔を上げた。
「手塚っ……」
 手が下りきる前に、跡部の指先が袋の紐を掴んだ。
「俺が、もらって、いいんだよな?」
 念を押すように一句ごとに区切り確認してくる。もらってくれるのかと、手塚の方こそ驚いた。
「クリスマスにはまだ早いが……お前に似合う色を選んだつもりだ」
「ばぁか、俺はどんな色だって似合うんだよ。惚れたヤツからのプレゼントってんなら、なおさらだぜ」
 指先が絡む。間に紐が絡む。
 手塚は目を瞠った。跡部は今、何と言ったのだろうか。考える余裕も与えられないままに、手のひらが重なって、絡んだ指に力を込められた。
「手塚、好きだぜ。夢じゃねえよな……?」
「……――待て。待て、どういうことだ」
 夢ではない――それはこちらの台詞だ。どうなっているのだと、手塚は目の前の跡部の顔と、繋がれた手とを順に見やった。一本一本丁寧に絡められた指と、濡れて揺れる青の瞳と、幸福そうな口許。
「両、想い……だった、の、か……? いやしかし、そんなに都合のいいことが」
「お前何を聞いてたんだよ。俺はお前に好きだって言っただろうが。たった今」
 こんな奇跡があるのか。こんな幸福が存在するのか。まさか両想いだったなんて。
 唐突な恋の成就を、すぐには受け止めきれない。
「しかしテメェも大概大胆なもんだよな。好きな相手当人に、恋の相談なんてするんだからよ」
「お前だってそうだろう。だからこそ……可能性も見いだせなかった」
「お互い、恋のライバルは自分だったってわけだ。間抜けなもんだぜ」
 跡部が混乱してよろめいたのも納得できる。頭を抱えた理由も分かる。こんなに近くにいたのに、気づかなかった愚か者二人だ。考えようによってはお似合いではないだろうか。
「お前を好きでいていいんだな……」
「いろよ、存分に。絶望的な初恋なんて言わずにな」
「お前もそうしてくれ、跡部」
「ふ……お前相手になら、永遠だって恋をしてやる」
 あの日のタイブレークみたいにと跡部が笑う。たまらなくなって、手塚は思わず跡部を抱き寄せた。人通りの多い往来だということも忘れてだ。
「おい、手塚」
「あ、す、すまない……つい」
 僅かに慌てたような諫める声にハッとして、ぐいと体を押しやる。だが怒ってはいないようでホッとした。
「手塚、最高のクリスマスプレゼントだぜ」
 手塚の手から跡部の手へと渡った袋が、幸せそうに揺れる。思いがけず叶った恋は、お互いにとって最高のプレゼントになった。
「跡部、明日も一緒にテニスできるだろうか」
「恋人になった直後に色気ねーなテメェ……。まあ、それでこそ手塚国光だし、お前のそういうとこにも惚れてんだが」
「そうか。それは嬉しい」
 ずいぶんと遠回りをしてしまったような気がする。悩んで苦しんだ時間が無駄だったとは思わないが、少しばかりもったいないことをしたのではないか。もっと早く言っていれば、こんなに近くに幸福があったのに。
「だがな手塚、分かってると思うが、テニスとお前とのことは別物だ。油断してると俺が勝ちをさらっちまうぜ」
「無論だ跡部。俺は負けない。お前にだからこそだ」
 強く頷けば、跡部が嬉しそうに笑ってくれた。もう見ることのできない顔だと思っていただけに、胸の高鳴りは激しい。
 ドキ、ドキ、と波のようにリズムを刻む心音が心地良い。跡部にも知ってほしいと思った数秒あとには、唇が触れてしまっていた。
 ――――あ。
 触れてから気がつく。了承も得ないままにキスをしてしまったことに。
 してしまったことは仕方がないと体を離せば、顔を真っ赤にした跡部景吾がそこにいて、珍しい物を見たと思わせる。
「……手が! 早ぇ!」
 しかもこんなところで何をしやがると胸を叩かれたが、その振動さえが手塚には心地の良いものだった。
 手塚が特に悪いとも思っていないのに呆れたのか諦めたのか、跡部はそれ以上責めてくることはなかった。頬は赤いままだったけれど、可愛らしいなんてことは言わないでおいた方がいいのだろう。
「……なあ手塚、不二に気づかれてんだが、このこと報告してもいいか。たぶんさっき心配かけた」
「そうなのか。それは構わない。俺の方は大石だな……なぜ気づかれたのかさっぱり分からないが」
 先ほど不二が怒っていた理由が分かって、すとんと腑に落ちる。跡部の気持ちを知っていたのなら、あの状況では怒るのも仕方ないだろう。
「フフ、油断してたんじゃねーの。手塚国光ともあろう者が」
「…………」
「拗ねんなよ」
「拗ねてなどいない」
「可愛いな、そういうところ。なあ、まだ時間平気なら、さっきの店に戻りたいんだが、いいか?」
 来た方向を指さす跡部に、手塚は首を傾げる。跡部は手塚の渡したプレゼントをゆらりと掲げてみせ、嬉しそうに笑った。
「俺もお前にプレゼント買いたい。クリスマスには早いけどな」
 そういうことならと手塚は頷き、雪の中を再び戻る。左手の小指と、跡部の右手の小指が触れ合って、どちらからともなく手のひらを重ね合わせた。
 雪の中でも、その温もりだけで幸福だった。 








 懐かしいなと、指先でそのマフラーをなぞる。五年前のちょうど今頃、雪の降る中を店にとって返し手塚に似合う色だと買い求めたもの。あれから時間も経ったのに、未だに色鮮やかに脳裏によみがえってくる。
「跡部? どうしたんだ。コーヒーが冷めるぞ」
「ん、ああ、今行く」
 ひょいと顔を覗かせた手塚を振り向いて、跡部はクローゼットを閉める。ふわふわとした気分で手塚の元へ足を向け、頬にキスを贈ってからリビングへと向かった。
「やけに機嫌がいいな」
「ふ。今年もまだ使ってくれてんだなと思ってよ、マフラー」
「……ああ、あれか。傷んでもいないし、無地だから使いやすい。どんな服にも合う」
「俺も今回着けてくればよかったな。こんなに寒くなるとは思ってなかったんだ」
 跡部も、あの日手塚にもらったマフラーはまだ大事に持っている。最初は使うのがもったいないなんて思ったこともあるが、せっかくだからと揃いで着けて街を歩いたんだったなと思い出す。全く初心なもんだと、手塚の入れてくれたコーヒーをすすった。
「あの後、不二たちに報告したんだったな」
「ああ、なぜか呆れたような顔をしていたが」
「そりゃあするだろうよ。二人ともが二人とも、相手に好きなヤツがいるからって叶わない恋に喘いでいたんだぜ」
 ソファに腰をかけて、跡部はいやみたらしく口の端を上げてやった。せめて手塚がもっと分かりやすくアプローチをしていれば、と。そうすれば、俺だけのせいにするなとでも言わんばかりの視線が返ってくる。まあそれはそうだ。アプローチを仕掛けるのは跡部からの方だって良かったはずで、どちらかだけを責めるわけにはいかない。
「手は早えのになあ。あれファーストキスだぜ」
「俺もだな」
 満足げに背もたれに身を預ける手塚に、そういうことを言っているのではないと言いかけたが、今さらこの男に何を言っても無駄だと分かっている。「つい手が出た」というのも、あの時の手塚がどれだけ嬉しがっていたか分かるようで、別に怒っているわけではないのだ。五年の間に当然恋人らしいこともしてきて、一つ一つのことを覚えてはいられなくなっても、あの日のキスは跡部にとっていつまでも特別だというだけだ。
「好きだって言われて、本当にビックリした。綺麗な人だって言ってたからよ、まさかそれが俺だとは思わねえだろ」
「跡部は綺麗だと思うが」
「ふふ、ありがとよ?」
「俺だって、まさか自分のことだとは思わなかった。お前ほどの男が想う人で、敵わないなんて言わしめるくらいの相手だと。分かってみればそうかと思うんだが、あの時はお前を想うだけで精一杯だった」
 居心地が悪そうに、手塚が両手を膝の上で組む。何度も語りあってきたことだが、自分たちはその時の精一杯でお互いを想い合ってきた。
 片想いの苦しさも、恋人になってもいつも一緒にいられるわけではない寂しさも、テニスに関しての譲れない信念も、全部分かっている。
「今は?」
 跡部は手塚の手を外させて、あの日のように左手と自分の右手とを合わせて組ませる。指先が絡む力は、あの頃よりも強かった。
「今は、お前に好かれていると思う余裕がある」
「おい間違うなよ、好きどころじゃねえ。こっちは頭のてっぺんから足の先まで愛してんだぜ」
「それは俺も同じだ、跡部」
 握り合った手をぐっと引かれ、唇が重なる。分かりやすい情熱に、跡部の左腕は手塚の首へと回っていく。もっと深くキスをするために、強く強く抱き寄せた。
 唇の温度を確かめ、舌を絡める。変わらない感触に安堵して、吐息を奪って飲み込んで、髪を指に絡めた。
「ん、ん……」
 角度を変えて深く深く味わう。キスより先に進む気配がなくて、じれったいなと舌を軽く噛んで離し、ぐっと手塚の胸を強く押した。ドサリと手塚ごとソファに倒れ込んで、首筋に吸いついた。
「跡部」
「止まんねーよ、ばぁか」
 久しぶりに逢ったのだから、こういうこともしたくなる。肌を合わせるのは、もう体の予定に組み込まれている。手塚のシャツのボタンを外しながら肌を味わえば、諌めるような声音でもう一度「跡部」と呼ばれた。これは本当に乗り気ではないのかと、気分を沈ませながら体を起こすと、それを追って小さなキスが施された。
「俺は、どちらかというとお前に押し倒されるよりもお前を押し倒したい」
 至極真面目にそう返されて、ぱちくりと目を丸くした。気が乗らないのではなく、自分が乗りたいだけだったのかと気づく。跡部は自分の服の裾をすらりと持ち上げ、指先で意味深に腹をなで上げた。
「なんだよ。お前、その位置から俺が乱れてるとこ見るの好きだろ」
「いい眺めであることは否定しない。跡部、ベッドへ行くぞ」
「アーン? ここでいいだろうが」
「馬鹿を言うな、ここで抱いて、バテたお前をベッドまで連れていって休ませるのは骨が折れる」
「なっ……」
 二の句が継げずに、跡部は頬を赤らめた。つまりはそんなふうになるまでに抱くつもりだと言っているのと同じだ。
 体力も持久力もあるつもりだが、テニスとこれとは勝手が違う。バテたくはないがバテてしまう可能性は充分にあり、その時に手塚の手を煩わせるわけにはいかない。ソファに放っておくというのもできないのだろうなと思うと、愛されている実感が湧き上がってくる。
 跡部は立ち上がり、せっかく着た手塚のシャツを脱ぎ捨てた。
「ほら、行くぜダーリン」
 そうして手塚に手を差し出し、ベッドへと誘導する。これから主導権を握られてしまうのだから、これくらいはなと口の端を上げた。
 手塚もそれを分かっているのか、素直に手を取ってくれる。互いの利き手同士が重なり合って、指先がしっかりと絡んだ。
 寝室に向かい、要望通りに押し倒されてやって、手塚の胸が重なってくるのを待つ。
 恋人になって五年も経つのに、この瞬間は未だにドキドキしてしまう。優しかったキスが、深くなるにつれて強引になっていくのもそわそわして、鎖骨に指を滑らせられればびくりと肩が揺れる。くすぐるように指先で遊ばれて、仕返しのように舌に歯を立ててやるのも、もう何度してきただろうか。
「ん、んんっ……」
「お前、昔からここに弱いな」
「テメェがそうしたんだよ、ばーか。お前の指先が通るところ、全部弱ぇんだぜ……」
 思えば最初からこんなふうだった。感じるというよりは、ただただ嬉しくて体を震わせていたあの頃。手塚が触れているというだけで全神経が敏感になって、言い様のない快感に変わっていく。それに嬉しそうに瞳を揺らす手塚に気づいてから、隠すこともしなくなったというだけだ。
「跡部景吾という人間は俺が作り上げてきたものだが、ベッドの中の俺は、間違いなくお前が作ってんだよ。光栄に思え」
「そうか。では丁寧に抱かないといけないな」
 言いながら、首筋を丁寧に吸ってくる。痕が残っただろうなと思うわずかな痛みさえ嬉しい。手塚の手が肌を撫でるたびに、唇が肌を吸い上げるたびに、湿った吐息が空気を揺らす。
「あ……手塚……っ」
 胸の突起をつまみ上げられて、背がしなった。ほんの少しいじられただけで硬くなるそこも、手塚によって作り上げられてきた部分だ。くにくにとこね回されて、腰が揺れる。短い喘ぎが口をついて出てくる。歯を立てられた後に、癒やすように舌で包まれた時には、いっそう甘ったるい声が上がった。
「あぁっ……ン、ん、あ、……それ……や、め……っァ」
 ちゅうっと吸い上げられて、腰が沈んで胸が浮く。気持ちがいいのはすっかり知られてしまっていて、手塚はいつも丹念にそこを責めてくる。跡部は手塚の髪を指に絡ませ、言葉とは裏腹に優しく胸に押しつけた。
「んん……っぁ、あ、だめだ、それっ……だめ」
 爪の先は乳首に触れず、くるりくるりと周りばかりを刺激する。じれったくて仕方ない。舌や唇で直接的に刺激を与えられる傍ら、焦らされるのがたまらない。それに気がついて、手塚は満足げに唇を離す。焦らした方にちゅっとキスだけくれて笑うのが、なんともいえず腰にきた。
 意地の悪い男だなと思いながらも、扱い方を把握されているのは嬉しい気もした。いっそ跡部自身よりも知っているのではないだろうか。
「跡部はこういうとき、本当に素直で可愛いな」
「俺様はいつも素直で可愛いじゃねーの」
「……それには同意しかねるが。素直だというなら、我慢せずに逢いたいと言ってこい」
「なっ、それはテメェを…………っあ!」
 日々練習に明け暮れる手塚を気遣ってのことだと言いかけて、与えられた刺激に飲み込まれた。形を変えかけていた雄を晒されて、根元から扱き上げられる。
「お、前、だって、言って、こねえじゃねーの……っ」
「俺は素直でも可愛くもないので別にいいだろう」
「そういう問題じゃ、ねえって、ん、だよ……っ」
 快感に耐えながら言い返して、あれと思い至る。素直でも可愛くもないが、逢いたいとは思っているのだろうかと。そう考えた途端に、体中の熱が上がったような気がした。その分余計に敏感になってしまう。
 手塚の手のひらが濡れていくのが恥ずかしくて嬉しくて、指先で翻弄されるたびに甘ったるい声が上がった。
「手塚っ……てづか……ぁ」
 にちゅにちゅと淫靡な音が耳に届く。それと重奏するような、手塚の欲情した吐息。筋をたどって二つの袋の形をなぞり、手塚の指先はついとそこを撫でる。
「あ……!」
 つぷりと入り込んだ指先に押し広げられていく感覚が、ぞくぞくと背筋を震わせる。
 同時に責められるのは珍しいことでもなかったが、目眩がしそうなほどの快感にはいつまで経っても慣れそうにない。
「や、あっ……あぅ、んん、だめ、ゆび……そこいやだ……っ手塚ぁ……ッ」
「嫌なら締めつけないでくれ、跡部。気持ちいいんだろう」
「ひ……っうぁ、ああっ……ん」
 気持ちいいのは事実だが、締めつけるなという要望は聞けそうにない。気持ちいいからこそ逃したくなくて締めてしまうのだ。
 それは体の反応からも分かっているだろうに、わずかに沈んだ表情を見せる手塚に、跡部は両腕を回して抱き寄せた。
「……気持ちいい……よすぎて怖ぇけどな」
「お前にも怖いものがあるのか」
「幸せすぎて怖ぇっつってんだよ」
「なるほど」
 それは分かる、と額に口づけられて驚いた。分かるのかと。昔話をしたことで、こうして一緒にいられることの奇跡を思い起こしてしまったのかもしれない。お互いにだ。
 手塚の指が抜けていく。かと思えば深く突き立てられて、体が揺れる。
「ん、んっ……」
 濡れた唇同士が触れて、滑るようにキスをする。上でも下でも湿った音が立てられて、脳までとろけてしまうかのようだった。
「あ……っはあ……ッ、あん、う」
「跡部、いいから」
「で、も、お前が……まだ……っ」
 体の中を大きな快感が駆け巡る。腹部を、圧倒するような熱が覆う。達してしまいそうで歯を食いしばったら、それに気がついた手塚が促すように浅いところをなでつけた。
「俺はいい。後でここでいかせてもらう」
「……っば、か」
 カッと頬が熱くなる。その頬に追い打ちをかけるようなキスと、下腹部で解放を待つ雄に強い刺激が与えられた。
「あっ! あ……ぁ、手塚だめだ、そ……んなに、あっ、あ、や、……っあ、ぁん」
 知り尽くされた体が、手塚の手で高みへと連れていかれる。
「い、……く、いく、から、手塚っ……」
「ああ」
 耐えきれないとふるふる首を振るのに、手塚はさらに追い立ててくる。強く扱き上げられて、同時に奥の方をまさぐられる。
「あん……っう、ああぁ」
 あまりの快感に跡部は背をしならせて、つま先立って高い声を上げた。
「いい……っ手塚、い……、イッ……く、あ、あぁぁ……、あ……――ッ」
 ビクビクと体を震わせながら、手塚の手に勢いよく放ってしまう。荒い呼吸の中でも羞恥が襲ってきて、思わず顔を背けた。
「おい跡部。今さら俺から目を逸らすな」
「……恥ずかしいんだよ、ばか……。毎度毎度、じっくり見てきやがって……」
 手塚はいつも、じっと眺めながら愛撫をしかけてくる。口でしていても、最後は手で促してくるのだ。いつだか理由を訊いたこともある。
「お前が俺の手でイくところが見たい」
「……っ」
 これだ。嫌だなんて言えないし、その気持ちは分からなくもない。恋人が自分の愛撫で気持ちよくなっているところなんて、幸せ以外の何物でもない。跡部は息を整えるためにも一度大きく深呼吸をし、手塚を抱き寄せて脚を巻きつけた。
「俺も、お前が俺の中でイくとこ見てぇんだが?」
「お前にその余裕があると思うなよ」
「あっ、テメ……おい!」
 巻きつけて仕掛けたはずの脚が、そのまま手塚の体で押し広げられる。のしかかってくる重みと熱にぞくぞくと肌をあわ立たせ、丹念にほぐされたそこに手塚の欲を受け入れた。
「あ……ぁ、ん」
 ゆっくりと押し入ってくる熱の塊に、体の中が満たされる。何度も何度も感じてきた手塚の大きさと形を、体で覚えて包み込める幸福は、どうにも言いようがない。湿った肌が合わさる瞬間が何よりも好きで、手塚の髪を優しくかき混ぜる。
「はぁ、っ……ふ、ぅ……――」
 根元まで埋め終わった後に深く息を吐き出すのは手塚の癖だろうか。他の相手は知らないから、どうなのかは分からない。この先も、この男だけ知っていればいいと思う。
「跡部、動くぞ」
「ん、ああ……いいぜ、好きなだけ堪能しな」
 ふっと笑う口許にキスだけくれて、手塚が腰を引く。余裕だな、なんて言われるが、とんでもない。手塚が言っていたように、ここから先余裕なんてなくなるというのに。
 浅いところで何度も抜き差しされて、じれったさに腰が揺れる。脚を抱えられて奥深く突き立てられて、ぎゅっとシーツを握りしめる。
「あ……、あ、あ、あ……っそこ、そこいい……っ手塚、そこ……!」
「知っている」
「あぁ……っん、ん、や、あン、ん、……はぁ……っん」
 気持ちいいところを見つけて執拗についてくる手塚が、憎たらしくも愛しい。合間に降ってくる優しいキスが嬉しくて、手塚の背に手を回した。
 気持ちいいと素直に囁けば、手塚の吐息がもっと淫らに濡れていく。どこもかしこも、手塚の熱に反応する。熱い欲望を逃がすまいと絡みついて締めつけて、快感の渦に飲み込まれていった。
「手塚ぁ……っきもちい、もっと……もっとそこ、なあ、もう一回……っ」
「跡部、俺も……気持ちがいい……もっと奥に、いかせて、くれ」
 ぐっと強く抱きしめられて、耳がとろける。ドキンドキンと胸が鳴って、跡部は自ら脚を大きく広げて腰を揺らした。
「手塚、手塚ぁっ、なあ、いかせ、たい……ここで、イけよ……!」
「おい、こら、……跡部……っ」
「あ、あ、あ……ん」
 くそ、と手塚が珍しく小さく舌を打ったのが聞こえる。腰を大きく引いたかと思えば、抜ききる前に再度押しこんできた。膝が揺れ、脚が躍る。深く、奥に突き立てられて、目の前がチカチカと眩しく光った。これ以上の快感があるものかと毎回思うのに、いつだって新しい幸福がやってくる。
「あ……とべ……っ、跡部、イき、そう……だ……」
「んっ、ん、んぁ、あ……ぁ、深……ぁ、あ、いい……っ」
 何度も揺さぶられて、とてつもない快楽の波が押し寄せてくる。やはり、手塚が達する時の顔など見ている余裕はなさそうだった。
「跡部、跡部……っ」
 手塚が歯を食いしばり体をわななかせる。その振動にさえ感じて、跡部も精を解き放った。
 お互いの荒い吐息が重なっていく。自然に合わさった唇は、二人を再び快楽の中へと誘っていった。




 手塚の指先が、カーテンをめくる。
「雪になったな」
「ふ……どうりで寒いわけだ」
 ベッド際の窓から、ふわふわとした雪が躍るのが見える。それを手塚の胸の上に寝転がりながら眺め、跡部は笑った。五年前の初雪は日本で眺めたことを思い出して。
「なあ手塚、今年のクリスマスプレゼントは何がいい?」
 恋人になってこれまで、毎年クリスマスにはプレゼントを贈り合ってきた。
 初めてのマフラーに始まり、手袋やシューズ、誕生日にはウェアやマグカップなど、日常使いできるものを。手塚が遠慮せず受け取れるようにと、跡部なりに庶民的な値段のものを選んできたつもりだ。
 その中でも、まだあの日のマフラーを使ってくれているのはとても嬉しい。
「そうだな……お前は何か欲しいものないのか」
「んー、今のところ、これと言ってねえな。手帳はもう買ってるし、鞄にも困ってねえ。あ、キーケース……ちょっと古くなってきたかも」
 使えないことはないがと続けると、なるほどと言って手塚が体を起こす。ごろりと転がり落ちてしまった跡部は、抗議しながらもそのまま起き上がった。
「コーヒー入れてくる。お前も飲むだろう」
「ああ、頼む」
 暖房が効いているとはいえさすがに全裸では寒いかと、脱ぎ捨てた衣服を身につけていく。そういえばシャツはリビングの方だったなと思い出して、手塚を追うように寝室を後にした。
 リビングに置いていた荷物から、キーケースを取り出す。やはり端の方がくたびれてきている。乱暴に扱っていたわけではないが、どうしても消耗してしまうものだ。この機会にねだってしまおうと決め、ソファに腰をかけた。
「待たせたな」
「いや、サンキュ」
 ちょうどそこで、手塚がコーヒーを持ってきてくれる。熱いカップを受け取り、一緒に渡されたミルクだけを流し入れた。
「お前は? ああ、もう入れてんのか。砂糖も?」
「ああ」
「珍しいじゃねーの」
 いつもは彼の瞳によく似た色のままでコーヒーを飲むのに、ひょいと覗いたカップの中は、ミルクの色が加わっていた。
「そうでもないぞ。お前を抱いた後は、いつもひどく甘ったるい気分になるのでな。よくお前が寝ている間に飲んでいる」
「なっ……そ、そう、かよ」
 項垂れて、額を押さえた。あの手塚国光が、甘ったるい気分になるだなんて、いったい誰が想像できただろう。しかも抱いた後はいつもだなんて。自分が思っているよりずっと手塚に愛されているのではないかと、恥ずかしさと嬉しさが入り交じった思いでずっとコーヒーをすすった。
「跡部、キーケースというのはそれか?」
「ん? ああ。今年はこれねだってもいいか?」
 テーブルに置いたケースに気づいて、手塚が訊ねてくる。これも充分に普段使いできるものだ。手塚に手渡してやると、中のキーがぶつかって硬い音を立てた。
「イギリスの自宅のものか?」
「ああ。あとはロスのマンションと、車のキーも。日本の家は使用人いるから鍵いらねえけど」
 テニスと事業の関係で、よく利用する場所には家を持っている。今のメインはイギリスだが、使用人は置いていない。日本にいた頃はできなかった……というかさせてもらえなかった家事というものも一通りこなせている。
「で、手塚、お前は? 欲しいものねえのかよ」
「跡部、ここにつける鍵、増えても問題ないか?」
「あ? ああ、そりゃ構わねえけど、どういう」
「一緒に暮らさないか」
「……――え?」
 耳を疑った。何を言われたのかすぐには理解が追いつかなくて、間抜けな顔をしていたかもしれない。
「お前が拠点を多く持っているのは分かっている。一緒に暮らしたからといって毎日ともにいられるわけではなということも」
「な、んで、だって俺たちは」
「誤解をしないでほしいんだが、別にお前を縛り付けたいわけではない。実績が欲しいわけでもないんだ」
 手塚は膝の上で手を組んで、真剣に言葉を紡いでくる。甘ったるい雰囲気に流されたというわけでもなさそうで、跡部はドキンドキンと胸を高鳴らせながら手塚の言葉を待った。
「笑われるかもしれないが、お前がこっちに来た時に……ただいまという声を聞きたい」
 心臓を撃ち抜かれた気分だった。
 確かに、ドイツへは手塚に逢いに来ているだけの状態だ。そんな状態では〝ただいま〟という言葉は出てこない。手塚はその言葉が聞きたいというのか。毎日一緒にいることを望んでいるわけでなく、帰る場所であるという自負が欲しいのか。
「俺が今欲しいものは、お前のイエスとただいまだけだ」
 神妙な面持ちで、なんて強気な言葉を吐くのだろう、この男は。
 強引なところは昔から変わらないなと、跡部は真面目くさった手塚の唇に、そっとキスを贈った。
「まったくテメェは。どうやら俺を驚かすのが好きなようだな?」
 五年前もそうだったと付け加えると、困ったような顔をして「別に驚かせたかったわけではない」と否定してくる。キーケースごと手塚の手を握りしめて、手の甲にキスをした。
「ならもう少し広いところに引っ越そうぜ。ここじゃ狭い」
「いいのか」
「イエスしか言えなくしといて、どの口が言いやがる」
 クックッと跡部は肩を震わせて笑う。心なしかホッとしたような表情を見せた手塚に、愛しさが募った。
「クリスマスには少し早いが、今年も最高のプレゼントだな、手塚ァ!」
「跡部、それなら揃いのキーケースにしないか」
「ふふ、欲張りなダーリンだぜ」
 メリークリスマス。そう囁き合ってするキスは、ミルクたっぷりのコーヒーの味がした。

畳む

 
 



発行:2022/12/18
#ウェブ再録 #塚跡 #R18 #両片想い

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りょやべにグータッチもらった……😭💕💕💕💕

2025.10.25

あと永遠デュエットでまた塚跡が世界を震撼させてた😭🫶🫶💕💕💙🩵💕💕🫶🫶😍(画像省略)

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